「鬼滅の刃」世界のあの世が「鬼灯の冷徹」世界だったら 作:淵深 真夜
今回は恋バナ短編3連作。
そして全部、公式カプでも同原作キャラのカップリングでもなく、クロスオーバーカップリングなので、苦手な方、地雷な方は本当にごめんなさい。
それでも読んでみたいという方は、楽しんでもらえたら幸いです。
(玄弥×??)
「実は……女の子に告白されたんだ。いや、告白って言うか、ほぼプロポーズ」
とある昼下がりの甘味処。
その一角で、実に神妙な顔と空気でモヒカン頭の強面な少年が懺悔するように呟く。
それを聞いていた傷だらけの顔に瞳孔開きっぱなしな四白眼という、向かいの少年と負けず劣らず強面な青年が呆気に取られて、しばし硬直。
不死川兄弟はそのままたっぷり3分ほど、向かい合って沈黙し続けた。
* * *
兄である不死川 実弥は、返答に迷っていた。
弟の玄弥から、他の家族には話せない、自分にしか話せない相談があると真剣な顔で告げられ、どうか時間を作って相談に乗ってくれと言われた時は生前のトラウマが色々ぶり返して、亡者だがまさしく生きた心地がしない状態だったのに、重苦しく公開された内容はまさかの恋バナである。
普通なら割とガチでキレてもおかしくない状況だが、玄弥にとって幸いなことに沸点がかなり低い不死川が珍しく怒っていなかった。
それは誰よりも何よりも大切で守りたかった、その為なら自分の何もかもを犠牲にしても惜しくなかったのに、自分の後を追い続けて、自分と同じものを捨て続け、挙句の果てにもはや人間の末路とは言えない最期を迎えた弟に、ようやく春が来たと思える内容だったからだ。
だからこそ不死川は、「よっしゃよくやった! 今すぐ祝言上げろ準備は全部俺に任せろ!!」と脊髄反射で即答しそうになったのを堪え、自分でハイテンションな内なる自分を宥めていた。
「……お前、付き合ってる相手がいたのか?」
「!? 違う違う! 付き合ってない!! 言ったじゃん告白って!
付き合ってくださいをすっ飛ばして結婚してくださいって言われたんだよ!!」
頭の中の全力お祝いモードな自分を殴り潰して、ひとまず交際の事実を確認してみたら、俯いていた玄弥が真っ赤な顔を跳ね上げ、全力で否定する。
その否定内容で、まだ自分は浮かれていたことを自覚して不死川は、自身を落ち着かせるために抹茶を一口すする。
「あ、あぁ、そうだったな。……っていうか、段階飛びすぎだろ。言っちゃなんだが、大丈夫かその女」
「まぁ、今すぐ結婚してくれは本当に最初、テンションがハイだった時に言われたやつだから、あんま気にしてないんだ。けど、それから会うたびに……その……俺のことを好きだって、結婚したいくらい好きだって言ってくれて……」
少し落ち着いたところで弟の発言を吟味してみたら、積極性が過ぎる女だということに気付き、ようやく脳内のお祝いモードが納まり、しかし今度は逆に過保護な兄バカが顔を出す。
だが玄弥は兄バカに気付かないまま、対象をフォロー。
どうやら積極的なタイプであることには間違いないが、ストーカーのように一方的で狂的な好意の押し付けをするタイプではないことを、弟の照れつつ嬉しそうというか、まんざらでもなさそうな反応で不死川も理解し、兄バカも鎮火。
「めちゃくちゃ惚れられてるな。何やったんだよお前」
「……道に迷ったあげくに何か酔っ払いに絡まれてたところを助けて、家族の元に送り返した」
「よし。結婚しろ」
「兄ちゃんも結論が早ぇよ!!」
更に不死川がそうなった経緯を聞けば、確かにテンションがハイになって初手で段階スキップ求婚してもおかしくないことを弟はしていた。
そして不死川は、自分も弟も強面で女子供からの第一印象が最悪に近いことを知っている。
なので、これだけ「少女漫画のヒーロー」的な行動をしていても、加害者に対してと同じように怯えられたり、慇懃無礼な態度を取られた事は珍しくない。
不死川はそのあたりのことを「どうでもいい」と割り切り出来ているが、弟は繊細に傷つき続けていたことも知っているので、玄弥の外見に引きも怯えもせず、助けられたことで好意を懐いて積極的にその好意を表してくれる女性は、不死川にとってもはや理想の義妹だった。
なので一瞬とはいえ危ないストーカー女と疑ったことは脳内土下座で謝りつつ、不死川も段階をすっ飛ばしてその女性と結婚するよう玄弥に命令する。
「しないから! つーか、どうやったらその子が俺のことを諦めてくれるかを、兄ちゃんに相談したかったんだよ!!」
「はぁ?」
しかしその命令は、玄弥の本意とは反しまくる事だったので、実はまだ入っていなかった本題をぶちまけて玄弥が拒否り、不死川は本気で困惑の声を上げる。
「なんだそりゃ? 一体お前、そいつの何が不満なんだ? 顔か?」
「んな訳ねーよ。俺は他人の顔に文句つけれるような顔じゃないし、そもそも顔が綺麗ならブサイクをバカにしていいとも思ってないし。
あと、その子めっちゃくちゃ美人。だから、美人すぎて目を見て話せない所が不満っちゃ不満だけど、諦めて欲しい理由とは無関係」
不死川としては、色恋沙汰に奥手な弟が一応とはいえ生前結婚した自分にアドバイスを求めていると思っていたが、その前提を完全否定されてしまったので、困惑しながらまずありえない理由を上げてみた。
兄の思った通り、玄弥は顔が好みではないから振りたい訳ではないと告げる。
それどころか相手が美人だと言い切るので、なおさらに何でその相手の告白を受けないのかが不死川にはわからない。
「いや、意味わからん。お前、そいつのことを嫌ってる訳じゃねーんだろ?」
「まぁ、ちょっとシビアで言うことがキツイけど、素直で明るくて優しい良い子だから、好きか嫌いかで言えば普通に好きだけどさぁ」
「大好きじゃねーか。マジで何が不満なんだ?」
「そりゃ……」
聞けば聞く程にその義妹候補な女性の印象は良くなり、そして語っている玄弥も嫌ってないどころか好意的であることを認めている。
これが生前なら、鬼殺隊であることや鬼喰いによる特異体質という、玄弥自身の問題で躊躇っているという想像がつくが、現在は鬼殺隊という前職はもちろん、特異体質も鬼が敵ではなく隣人という関係だからこそ生かされることはまずないので、気にする必要などない。
なので、もう相談に乗るというより完全に兄弟の雑談モードで不死川はおはぎを食べながら尋ねると、玄弥もみたらし団子を食べながら、「なんでまだわかってくれないのかなぁ?」とちょっと不満げな顔をして答えようとした。
「あ! 玄弥ちゃん!!」
しかし、答える前に答えそのものがやってきて、座っている玄弥の腰に抱き着いた。
「!?」
「…………は?」
その声と抱き着かれたことに玄弥は顔を真っ赤にさせ、不死川は最初の弟のカミングアウト以上に目を見開き、呆気に取られた。
そんな兄弟の反応に気付いていないのか、それとも気付いた上での行動なのか、彼女は玄弥の腰に抱きついたまま、艶やかな髪を揺らして顔を上げ、上目遣いで玄弥をその大きな瞳に映し、満面の笑顔で元気よく言い放つ。
「玄弥ちゃん、大好き! 丙が大人になったらお嫁さんにして!!」
5,6歳の幼女が無邪気にプロポーズし、その背後で兄姉らしき男女は微笑ましげに笑って見守りつつ、今にも玄弥に手裏剣を投げそうな平等王の補佐官兼、丙の父である弟切を宥めていたのを不死川は眺め、途方にくれた。
* * *
しばし途方に暮れてしまったが、現状というか玄弥の相談事、弟に懸想する義妹候補が誰であるかを知ってから不死川がしたことは、とりあえず立ち上がって正面の玄弥の頭を割と本気でぶん殴る事だった。
「最初に言え!!」
「何を!?」
「相手が年齢一桁の子供だってことに決まってんだろうが!!」
突っ込まれてもわかってなかった玄弥は殴られつつ抗議し、余計にキレられた。
玄弥としては「女の子」と言った時点で、相手が子供であると伝えたつもりだったのだが、もちろんキレている兄にその言い訳は火に油どころかガソリン塗れのダイナマイト投下同然だ。
「玄弥ちゃん!? 誰!? 玄弥ちゃんをいじめないで! ……あれ?」
「……よぉ」
幸いながら玄弥が空気を読まない言い訳を口にする前に、丙が驚きつつ抗議し、そしてすぐに彼女は気付く。
相手は幼稚園の遠足で、完全にふれあい動物園扱いだった不喜処で世話になった獄卒のおにーさんだということに。
そして不死川も、彼女のことは覚えていた。というか、彼女の父と知り合いだったので、父親そっくりな丙は嫌でも印象に残っていた。
なので、丙に対してはその一言で終わらせて、彼は視線を弟と丙から彼女の父親であり、自分の知り合いへと移す。
「……久しぶりっすね、弟切さん。なんか、……弟がスマン」
「……いえ。むしろ自分の方がなんというか……申し訳ない」
不死川がもうどんな顔をしたらいいのか全くわからない、ひたすらに困惑した顔でひとまず謝れば、相手もひたすらに気まずそうな顔で手裏剣を懐に仕舞って謝った。
「あれ? パパも知ってるの?」
「丙、匡近くんの親友だよ」
「! 匡近お義兄ちゃんの!?」
二人の反応に丙が小首を傾げて尋ねると、父ではなく兄が答えて、丙は無邪気に瞳を輝かせた。
不死川と弟切に面識がある理由は、互いが獄卒であることは勤務地も業務も違い過ぎているのでほぼ無関係。
面識の理由は不死川が鬼殺隊に入るきっかけであり、そして柱になったきっかけでもある親友の粂野 匡近が弟切の娘と結婚したからだ。だから互いに家族構成や家庭の事情、相手の性格などといったものは知っているくせに、どちらにしろ別に親しい訳ではない。
その為お互いに気まずい思いをしているのだが、結婚前のトラップ搔い潜りに好成績を叩きだし、嫁である姉はもちろん他の家族も大切に尊重してくれる粂野は、数人いる義兄の中でも特に父親に気に入られているのを、丙は父譲りの観察力で気付いていた。
なので、彼女はこれまた父譲りの異性を一瞬で魅了する笑顔を浮かべ、計算なのか本心の無邪気さなのかわからない発言をぶちかます。
「玄弥ちゃんのお兄ちゃんが、匡近お義兄ちゃんの友達なら、玄弥ちゃんは絶対にうちの罠をクリアできるね!
玄弥ちゃん! 丙は絶対に
「いやいやいや! 丙ちゃんマジで待って! 無理だって俺、何度も言ったよな! 言いましたよ! だからその手裏剣と殺気しまって弟切さん!!」
熱烈な求婚を続ける丙に、玄弥は顔を真っ赤にさせタジタジだが、それでもハッキリ断って弟切の殺気を鎮めようとするのだが、殺気の元凶である娘本人は全く引かない。
「無理なのは、今すぐ結婚することでしょう?
……玄弥ちゃん、丙が大人になっても無理なの? こんなに丙は玄弥ちゃんが好きなのに、子供ってだけで丙は玄弥ちゃんのことを諦めないといけないの?」
「おいこら、俺の弟にハニトラ仕掛けるなガキ。そもそも、お前の結婚相手は『少なくともパパくらいかっこよくて誠実で、許せる程度に安心な欠点のあるお殿様』だろうが」
きょとんとした顔で反論し、そして徐々に悲しげな顔になってハラハラ涙を零す丙は、幼子とは思えぬほどに美しく、ただでさえ未だに女性への免疫は皆無に等しい玄弥は、しちゃいけないとわかっていてもドキッとしてしまうわ、けれど根の善良さで泣かせてしまったことにものすごい罪悪感を抱いて、泣き止ませてやりたいと思うわ、でも下手になんか言えば丙の後ろの弟切に殺されそうで怖いわと大混乱していたので、実は既に色々見抜いていた不死川が代わりに突っ込んでおいた。
「お、俺はお殿様じゃないし、それにほら、弟切さんとは違って全然カッコよくねぇから!
丙ちゃんならマジで、弟切さんみたいな人以上の難易度高い相手のほうから結婚してくださいって言ってくれるから!」
兄の突っ込みで少しは混乱が納まった玄弥は、ついでに暴露された丙の理想に便乗する。
だが玄弥はもちろん不死川も、このハニトラの申し子である弟切の娘に敵うはずなどなかったとすぐに思い知らされた。
「うん、知ってる。お殿様じゃないことも、玄弥ちゃんは全然カッコよくないことも。
けど、それの何が悪いの?」
殿様ではない事はともかく、カッコよくないと言い切られたことにちょっとショックを受けるが、いつの間にか玄弥の膝上に登って座る丙が、クリンと首を傾げて尋ね返したことに、兄弟は何も返せなかった。
「玄弥ちゃんは、酔っぱらった気持ち悪いおじさんから丙を助けてくれた。パパとはぐれて泣いてた丙の側にずっといてくれて、泣き止ませようと頑張ってくれた。鴉天狗のお巡りさんに、誘拐犯だって勘違いされた時は、お巡りさんに怒っても丙には怒らなかった。丙は悪くないって笑ってくれた。丙をお巡りさんに任せるんじゃなくて、玄弥ちゃんがパパたちを探してくれた。
丙の『結婚して』に『子供だから』で断ったけど、『大人になったら』はテキトーに誤魔化さない。いつもすごく真面目に考えてくれてる事、丙は知ってる。
丙を子供だから大切に守ってくれてるけど、子供だからって下に見ないで、ちゃんとひとりの人間だって認めて、話を聞いてくれるところが大好きなの。
だから、パパみたいにカッコ良くなくていいの。完璧なんかじゃなくていいの。玄弥ちゃんは、そのままの玄弥ちゃんでいいの。そのままの玄弥ちゃんじゃないとダメなの。
ねぇ、それじゃダメなの? 理想は理想だよ。本当に好きになったのは、ママみたいに苦しんだって恨まないくらいに丙が愛しちゃったのは、不器用で照れ屋で正直で頑張り屋さんで優しい玄弥ちゃんだよ。
それの何が悪いの?」
見た目は5歳ほどだが、実年齢は下手すれば不死川兄弟よりも上かもしれないからか、幼子とは思えぬほどしっかりした主張をぶつけてきた。
ハニトラの申し子なので、自分の魅力を最大限に生かす言動は意図的に行っているだろう。しかしそれは生前の父のように、将来の夢である衆合の囮役のように、相手を誑かす為ではない。
それは自分が相手しか見えないから、相手も同じように自分のことしか見えなくさせたいからしている事。
熱烈だが同時に素朴な本心の恋心に「悪い」と返せるものはいない。
口車に長けているはずの弟切ですら、反論など何も思いつかない。
というか、弟切はある意味この「娘が他の男にベタ惚れ」という地獄を見せられているのは、自分の生前の行いというか顔面の業による自業自得に近いものだということにショックを受け、その場に倒れ込んでいた。甘味処にすごく迷惑。
そんな瀕死の父親のフォローは実子に任せ、不死川は丙の発言にポカンとしてからまた更に真っ赤になって固まる弟の肩に手を置き、言った。
「俺と匡近が修行つけてやる。だから、お前はこいつと結婚しろ」
「兄ちゃん!?」
「! お義兄ちゃんも大好き!!」
こうして、玄弥の最大級の外堀が埋められた。
* * *
(鬼灯×梅)
空から言葉通り降ってきた時は、兄から引き離された挙句に力づくで穢されるという恐怖も、兄が傷つけられる怒りも、見知らぬ女の献身が理解できない困惑も、全部が一気に吹き飛んだ。
男を金棒で殴り飛ばしつつ、自分の腕を掴んで引き寄せたのは乱暴だった。兄から引き離された時と同じような状態だったのに、その腕は兄の腕と同じ、自分を守るものだと思えた。自分の胸に満ちるものは、安堵だった。
そして、すぐに放り投げられるように兄の元へと返された。
自分の元に戻ってきたことで、泣いて妹を力加減なく抱きしめたその腕とあの鬼の腕が似ていたことに気付く。
加減をする気がなかったのではなく、加減など出来ぬほどに自分を案じてくれていたことがわかった。
自分を見ていたはずなのに、その鬼は表情を全く変えなかった。
欲情、肉欲、劣情、それらを懐いているくせにそれらを抱かせる相手が悪いと見下す目などしていなかった。
兄を見ても、やっぱり無表情だった。
恐怖、嫌悪感、嘲りなんてなかった。汚物を見るような目なんかしないで、自分と平等に見ていた。
そして、鼻が欠けた女。
元は美しかったのだろうが、だからこそ余計に崩れた部分が際立って、醜く、悍ましく見えた女相手でも無表情だった。
けれど、目だけは違っていた。
「助かりました。ありがとうございます」
女を見てそう言った鬼の目は、優しかった。
まばゆいものを見るように、慈しむような目をしていた。
――自分を見てくれないその眼に、射貫かれた。
遊女や花魁としてのプライドではなく、ただの「梅」としての心が望んだ。
ただの「梅」として見てくれたからこそ、ただの「梅」を見てほしくなった。
その透明な目を、自分と同じ「恋」で染めたくなったのだ。
* * *
「信じらんなーい! 鬼灯、本気でその名前でいいと思ったの? 座敷童たちかわいそー!!」
右手で鬼灯の左手を掴み、そして左手の先にはいつものように兄が一緒。彼らを伴って地獄のショッピングモールを歩きながら、梅は言った。
胡蝶家に引き取られて約1ヶ月。二人はカナエやしのぶの両親から、見た目の年相応なお小遣いを初めてもらって、そのお小遣いで梅が買いたいと望んだものは、友達になった座敷童へのプレゼントだった。
初めて会って喧嘩の仲直りに、自分たちがもらったお赤飯を分けてくれたから、その礼がしたいと自ら主張した時は胡蝶家全員と妓夫太郎が、あまりの尊さに思わずしばらく言葉を失って、梅を盛大に困惑させた。
そんな尊さによる絶句から回復したカナエが、提案した。「鬼灯様に選んでもらったらどうかしら?」と。その提案に同意して、鬼灯に買い物の付き添いを頼んだのはしのぶであり、そして健全に優しく育っている梅への最大の「ご褒美」に全力で狛治や閻魔大王たちが協力して、鬼灯に時間を作らせたのは言うまでもない。
だがしかし、そこに梅が望むデートらしい空気は皆無だ。
それは梅が幼女であり、鬼灯は健全だからこそが大前提であり、また梅自身が鬼灯と二人っきりよりもお兄ちゃんも一緒が良いと望んだ割と自業自得な部分も多大にあるが、一番の要因は鬼灯自身が挙げた最近の座敷童についての話題の所為だろう。
鬼灯が名付けた座敷童の個人名は、梅から大変不評だった。
幼女に非難されて、鬼灯はちらりと彼女に視線を向ける。
その眼は100年前のようにもう透明ではない、見ているが必要な情報以外は認識していない無関心ではないが、残念ながら梅が望んだ「恋」の色も一切見当たらない目。
だけど、ほんの少しだけあの鼻欠けに向けられたものと似た光を帯びた目で彼は言う。
「わかりやすくていいと思ったんですけどね」
「わかりやすさしかないの間違いでしょ」
「俺の名前がマシに見える名前なんて、初めて聞いたなぁ」
言い訳を口にする鬼灯に、梅は呆れた目で即答し、妓夫太郎も正直な感想を口にして、鬼灯は拗ねた子供のように唇を尖らせて黙った。
黙ったということは、本人が「良いと思った」のは事実でも、妓夫太郎の感想の方が正しいことは認めているのだろう。実際、正しい。
なんせ鬼灯が双子の座敷童に「名前が欲しい」と言われてつけた名前は、「一子」と「二子」。しかも最初は「子」すらなかった。それは名前ではなく、ただの識別ナンバーだ。
「二人とも今風の名前が良いって言ってたのに、何でそれよ? あたしだったらもっと可愛い名前つけてあげたのに、ホント二人が可哀相!」
「まぁ確かに。今思えばお香さんとか女性を呼んで、考えれば良かったかもしれませんね。私と桃太郎さんで可愛い名前を考えろというのが、そもそも無理な話です」
「お香じゃなくて、あたし! あたしを呼んで!!」
子供向けのファンシーショップで、ヘアピンなどを吟味しながらしつこく鬼灯のセンス以前の問題だった点を責める梅に、ようやくそのあたりのことを認めた鬼灯が反省点を口にすると、梅は鬼灯の口から他の女の名前が出たことに不満を懐いて、キャンキャン喚きだす。
それを鬼灯が注意する前に、妓夫太郎が話を逸らす。彼は鬼灯なら相手が子供という点だけしか考慮してない力加減の鉄拳制裁をしてくることを理解していたので、妹が痛みと鬼灯に叱られたショックでギャン泣きするのを防ぐために行動した。
「梅なら、良い名前を付けるんだろうなぁ。梅が頼まれてたら、どんな名前にしたんだ?」
「そうねぇ。蘇芳姫と浅葱姫とかどう?」
「梅さん。それは源氏名です。花魁センスの名づけは、悪い方向で今風です」
その行動は成功したと言えばしたが、梅が呆れられて突っ込まれるという方向だった。
読みが変なぶった切りや当て字ではないだけマシだが、梅の遊郭での常識と花魁のセンスが、ある意味では現代でも通じる所為で悪い方向に突っ走っている。
それでも梅が好んでつける「姫」さえ取っ払えば普通に鬼灯案よりマシなので、梅は頬を膨らませて「鬼灯に言われたくなーい」と言い出し、鬼灯はそれを「はいはい」と流しながら妓夫太郎に目を向けて言った。
「妓夫太郎さんなら、なんて名付けますか?」
話を向けられた本人は、「何で俺に訊くんだよ?」と言いたげな顔をしたが、それでも彼はしばし考えて答えた。
「……桜と桃とかかぁ?」
「! 可愛い! 双子っぽくてすごく良い! お兄ちゃん凄い! ね! 鬼灯もお兄ちゃんを見習いなさいよ!!」
妹と違い教養がなく、彼女が挙げた蘇芳や浅葱の意味など妓夫太郎は知らない。梅は座敷童たちの着物の柄の色からイメージして取っただけだということもわかってない。
そんな自分が挙げた名前なのに、妹は無邪気に「可愛い」と言って喜び、その上げた名前である花をイメージして二人のプレゼントを選び始めた。
可愛らしいピンク色の花を選びながら、「……いいなぁ。可愛い名前」と呟いたのを、妓夫太郎は聞き逃さなかった。
だけど、何もしてやれない。言えなかった。
母の病気から取られた名前。
そんな名前だけど、妓夫太郎にとっては世界で一番可愛くて綺麗な名前だから、そこから連想してつけたとは言えなかった。
言えないまま、妹がプレゼントを選ぶのを見守っていた妓夫太郎は気付かない。
いつの間にか鬼灯がしれっと二人から離れ、そして何かを買ってから二人の元へと戻ってきたことに彼も、プレゼントを真剣に選んでいた梅も気づかなかった。
* * *
「見て見て鬼灯! 桜と桃の髪飾りにしたの! 桃の方が先に咲くから、一子に桃、二子に桜を渡すわ!」
鬼灯のアドバイスをもらいつつ、自分が選んで買ったプレゼントを鬼灯に見せ、無邪気に笑う梅に鬼灯は「二人とも喜ぶでしょう」と言って、梅の頭を撫でてやる。
そして、同じテンションと無表情で彼は言った。
「梅さん。あなたは自分の名前が嫌いですか?」
言われた瞬間、無邪気に笑っていた梅から笑顔が消え去り、凍り付いたような顔になる。
そして妓夫太郎も驚いたように目を見開いてから、梅を鬼灯から庇うように二人の間に割り込んで、鬼灯を下から睨みつけた。
梅は兄を止めないが、鬼灯に対して怒り出したり泣き出したりもしない。
ただ、唇を噛みしめて彼を見上げいた。
肯定も、否定も出来ない。
肯定をしてしまえば、愛おしげに優しく自分の名を呼んでくれる兄を否定することになる。
けれど否定もしたくない。兄が呼んでくれる自分の名前は大好きだ。けれど、その由来は決して好きになどなれない。
「梅毒の子」なんて、産まれた時から汚れていると言われているような名前ではなく、兄が座敷童につけたような、華やかで、望まれて生まれて来た子だと一目でわかる名前が良かったと思う気持ちに、嘘はつけなかった。
「嫌いなら、私がつけ直しましょう」
鬼灯は言った。
梅の答えを待たず、更に目を見開いて「やめろ!」と懇願するように叫んだ妓夫太郎の声も無視して。
けれど、その眼にははっきりと怯えるような、今にも泣きそうな二人の兄妹を映して言った。
「あなたは、『梅』。松竹梅の、『梅』です」
同じ名前を、付けた。
「縁起物で松竹梅は基本ですが、何故あれらが縁起物なのか由来や意味はご存知ですか?」
ポカンとする二人に、鬼灯は懐をごそごそ探りながら尋ねると、梅は目をきょとんとさせたまま答えた。
「……え? ……えっと、三寒三友っていう、縁起のいい3って数字に冬でも緑の松と竹が長寿を現してるからよね? それから梅は、春になると一番最初に――――」
100年以上吉原で花魁という地位を保っていただけあって、文系の知識はかなりあった梅が割とすらすら語り、そして気付く。
同じ名前を鬼灯がわざわざつけ直した意味、「松竹梅」の「梅」の意味に気が付いた。
「桃よりも、桜よりも先に、冬の寒さの中でも咲き誇り、春を告げる花。
そして梅は幹に苔が生すほどの樹齢になっても、花を咲かせることから『気高さ』の象徴でもあります」
別の意味で言葉を失った梅に、鬼灯が続きを語りながら彼は懐から先ほど購入したものを取り出し、梅の髪にパチンとつけてやる。
梅が座敷童たちに選んだものと似たテイストのヘアピン。
白い髪によく映える、赤い梅の花の髪飾りがそこにある。
「良い名前でしょう? なので、その名前に見合う大人になりなさい」
もうそこに、「梅毒」なんて意味はない。
梅が捨てたかったものだけを捨て、大事に守ってきたものを残し、そして欲しかったものが与えられた。
その与えられたものに、梅だけではなく妓夫太郎も受け止めきれずにまだまだポカンと固まっていたら、鬼灯は懐からもう一つ物を取り出し、今度は妓夫太郎に渡す。
「はい。妓夫太郎さんにはこちらをどうぞ。良く似合いますよ」
梅だけに何かを買ってやるのは不公平かと思ったのか、どうも妓夫太郎にも買ってやっていたようだ。
だがそれは緑色の素朴な鳥笛。鶯の鳴きまねが出来るオモチャだった。
なので妓夫太郎は素直に受け取りこそはしたが、正直言ってどうしたらいいかで困った。
見た目こそは子供であり、環境の所為で情緒は子供並なのは確かだが、あくまで子供並なのは情緒であって、妓夫太郎の精神年齢は割と高い。
そもそも見た目も10歳くらいなので、見た目通りの精神年齢でもこんなオモチャで喜ぶような年ではない。
妓夫太郎からしたら妹のついでにオモチャをくれるほど気にかけてくれたこと自体は、照れくさいが嬉しいのだが、それ以上に思うことはない。
だが、それは妓夫太郎にとってはの話。
梅はその鳥笛を見て軽く目を見開き、そしてまた鬼灯を見上げた。
鬼灯はやはり、いつも通りの無表情。
しかしその眼は、あの鼻欠けを見ていた時と同じ光を帯びていた。
「『梅に鶯』ということわざがあります。意味は、帰ってからご自分で調べなさい」
鬼灯の言葉の直後、梅は大きな目に涙を溢れさせて妓夫太郎をギョッとさせたが、その涙が嬉し涙だと確信できるほど綺麗な、雪の中で咲き誇る紅梅のような笑顔で鬼灯に飛びついて叫んだ。
「鬼灯、大好き!! 小指を本当にあげたいくらい大好き! 絶対に結婚する!!」
「遊女流の求婚はやめてください。いろんな意味で通報される」
妓夫太郎には、そのことわざの意味はもちろん、鬼灯のチョイスや妹の反応の意味がわからなかった。
だから、勉強に興味などなかったがそれだけは言われた通り、胡蝶家に帰ってから自分で調べた。妹に訊いても教えてもらえなかったから。
調べて知って、そして鶯の鳥笛は「もらっても困るもの」から「宝物」になった。
「梅に鶯」
その意味は、「取り合わせのよいもの、美しく調和するもののたとえ。または、仲の良い間柄のたとえ」。
* * *
(??×ミキ)
「はぁ~……」
髪を下ろしてメガネをかけた書生スタイルのオフモードで、ミキはトボトボと帰路に着いていた。
手には、スープジャー。中身は、同じくオフだったマキに習って作ったみそ汁。
そのみそ汁入りスープジャーをちらりと眺めて、また深い溜息が零れる。
「なんで私は、料理が出来ないんだろう……」
前々からコンプレックスだった料理下手がマネージャーにばれ、「プロならそれをネタにしろ。絶対に上達するな」と厳命されたが、ミキはそれに逆らってマキに頼んで料理の特訓を始めた。
今はまだその「料理下手」というキャラを使う気がないので、公開されて公式化する前に上達してしまって没にしてやろうというという魂胆だ。
だが、その第一回目の結果がこれで既に心は折れかけている。
ミキ自身はいわゆるメシマズと呼ばれる人たちがやらかすこと、レシピを見もせず作ったり、見てもわからない部分を無視したり、勝手な解釈を加えてアレンジしたり、分量が目分量どころか適当極まりなかったり、好き勝手作って自分では食わずに他人に丸投げなどと言った非常識は行わない。
ただただ単純に不器用と野狐という種族柄、魚は生で丸のみなどと言った鬼や亡者とはズレた味覚事情ゆえの料理下手だからこそ、自分には料理の才能が本気でないのだと思い知り、ミキ自身は余計に凹む。
「はぁ……。なーんでレシピ見て作って、マキちゃんにも教えてもらったのに、自分でも不味いものが出来ちゃうんだろう?」
ここまでくるとマネージャーが慧眼だった、自分はむしろ面白おかしく非常識な料理を作るキャラでいるべきなんだろうか? と、望んでいない方向に根が真面目だからこそ思いつめて極めようかと本気で考える。
本気で自分を色物芸人枠にしようと考える自分に、心のどこかが冷静になって「アイドルって何だっけ?」と自問自答。
そしてそのまま、「自分は何でアイドルになったっけ?」「子供の頃の将来の夢って何だっけ?」と、現実逃避なんだか、むしろ現実を思い知っているんだかな思考に迷い込む。
そんな思考をしていたからだろうか。兄たちの職場に寄るつもりが、いつの間にかミキの足は自分の母校、焦熱小学校へと向かっていた。
しかし、ミキは小学校に着く前に、小学校近隣の住宅街で思わず見つけて立ち止まる。
個人宅の玄関前で、その家の玄関を背にして門番というかもはや守護神のように腕を組んで堂々と仁王立ちしている男に。
なんかやたらと神々しくて頼もしそうな不審者に、見覚えがあった。
「……れ、煉獄さん?」
「ん? 君は……ミキくんだな!」
呼びかけたというより困惑ゆえの独り言だったが、それに反応した煉獄が一瞬だけ戸惑ったが、すぐに笑ってミキの名を呼んだ。
たった一度、鬼殺隊の歴史の講習回で会ったとも言えない、顔を合わせただけの相手を互いに覚えていた。
* * *
気付かれなかったら、初対面とそう変わらない関係なので、ミキはかなり気にしつつめちゃくちゃ困惑しながらも、声を掛けずにそのまま兄の店まで帰っていただろう。
だが相手の方にも気づかれ、しかも誰かまでハッキリ認識されたのもあって、ミキは会釈してから近寄り、せっかくなので下手すれば一生解けなかったであろう疑問を口にした。
「こ、こんにちは。……えっと、煉獄さん。ここで何を?」
「うむ! ここは俺の受け持つクラスの生徒の家だ! 親御さんに用があるのだが、共働きで帰りが遅くなるそうなので、ここで待たせてもらっている!!」
煉獄の明朗快活な答えにミキは一瞬「なるほど」と納得してから、「いや、何でだよ!?」と心の中で突っ込んだ。
「……家の中で待たせてもらえないんですか?」
「生徒は塾に行っていて今は無人だ! それと、家庭訪問などと言った学校行事ではなく、俺が個人的に訪問しているだけだからな!
何度か都合のいい日を訊いたんだが、いつも『忙しい』と言われ続けたので、これはもう時間を作ってもらうのではなく、俺が仕事終わりまで待つべきだと思った!」
その心の突っ込みをオブラートで包んで問いかけたら、ミキが思ったよりも重い事情がありそうなことを軽やかに言い放たれたので、ミキは余計に反応に困る。
ミキは教員免許を持っているので、多少はモンペや毒親などへの対処法を学んだこともある。どうやらそれ系の事情で、煉獄はこの家庭に見た目通りの熱血さを発揮して首を突っ込もうとしているようだ。
とりあえずの疑問は解決したが、ただの疑問だった時より重苦しいものを抱え込んでしまったミキ。
そしてその重苦しいものに現在進行形で関わる当の本人は、どこまでも元気よく真っ直ぐだった。
「ミキくんは、今日は休みなのか? ずいぶんと疲れたような顔をしているが」
まさかおそらく教師としても、人としても関わりたくない面倒事に関わろうとしている人に心配されるとは思っておらず、ミキは曖昧に笑って誤魔化した。
「あはは、今日はオフだったんですけど、せっかくのオフだからこそマキちゃんと一緒にちょっと色々しすぎて……。ちゃんと休まないとダメですね。
煉獄さんもその……あまり無理せず……。っていうかそんな所で出待ちというか帰り待ちしてたら、鴉天狗警察が……」
「心配してくれてありがとう! だが大丈夫だ! もう既に2回ほど職質されたからパトロール中の警察にも情報は回ってるだろう!」
「それは大丈夫じゃなくて手遅れ!!」
テキトーに誤魔化してもうミキは立ち去るつもりだったが、流石に生徒の家の前で守護神状態はどうかと思ってそのことをやんわりと忠告したら、堂々と全然大丈夫じゃないことを自信満々に告げられて思わず本心からの突っ込みが飛び出た。
「煉獄さん、あっちで待ちましょう! あっちの公園で!!
あそこのベンチならこの家のリビングあたりの窓が見えるから、親が帰って来たら電気がついて気付きますから!
っていうかここで待ってたら、たぶん親御さんが家に入る前に警察に通報する!」
「む? そうか。なら移動しよう!」
もうこの人は放っておいたらダメだと、兄や檎、マキと付き合って磨き上げられた面倒見の良さを発揮してミキは煉獄の腕を掴んで、近くの公園で見張るように説得すると、煉獄はおそらくミキが何を心配しているのかは理解していないが、それでも素直に言う事は聞いてくれた。
そしてそのままミキは勢いでベンチに座り込む。煉獄の隣に座ってしまい、すぐに立ち去るつもりだったのに、そのタイミングを完全に逃してしまった。
「……その、大変ですね。小学校の先生って。授業だけでも大変でしょうに、こういう家庭の事情にも関わらなくちゃいけないってのは……」
座ってしまったのにすぐに立ち去るのはおかしいが、黙っていても気まずいだけなのでミキが正直な感想を口にする。
その感想に、煉獄は即答した。
「大変なのは俺じゃない。一番大変なのは生徒自身。その次が親だ。
俺は彼らの問題が解決したり、少しでも力になれたのなら誇らしいが、たいていは無力だ」
真っ直ぐ、問題の家を見つめながら煉獄は先ほどよりは静かな声音で語る。
語りたい弱音や愚痴を隠した自分の理想論ではなく、天気の話でもするような当たり前のことのように。
「あの子は、学校ではとてもしっかりした子だ。宿題を忘れたことはなく、遅刻などもしない。掃除もサボらない、とてもいい子だ。
だからこそ、問題ないと思ってしまった。そう思って、なかなか気づけなかった。弁当の日に持ってきているのは、いつもコンビニの弁当だったこと。作文で休日の思い出がテーマだったら、なかなか書き出せず、書いたものも他のテーマの時よりずっと短く、内容もほとんどなかったことに俺はなかなか気付けなかった。
……こんな時、生徒の為に何かをしたい、力になりたいという己の心映えが無価値に思えて、流石に虚しくなる」
それは、弱音だったのかもしれない。
個人名を出していないとはいえ、他人のミキに語るべきではない家庭事情を話してしまうくらい、教師としての自分の力量、出来ることの無さに苦しんでいたのかもしれない。
内容だけを聞けば、そう思えた。
けれどミキには、思えなかった。
真っ直ぐに、彼は見ていた。
おそらく仕事を言い訳に子供にネグレクト気味な親を待っているのに、その親を責めるような色はその金の瞳にはない。
自分の無力さを本当に嘆いているのかも怪しい、燦爛とした光しかそこにはなかった。
「だから、待つことでも何でも出来ることがあるのなら、それは苦ではない。とても有意義なことだ」
笑ってそう締めくくった煉獄を、無力だとは思えなかった。
「……気付けた時点で、煉獄さんは良い先生ですよ。行動してくれたのなら、きっとその生徒さんはたとえ親のことが解決しなくても……、それでも煉獄さんのしたことに意味はありますよ。
気付いてくれた、行動してくれた人がいるってだけで……自分を見てくれたというだけでも、きっとその子の力になりますよ」
だからミキは、煉獄の心映えは決して無価値ではない、煉獄は無力ではないと告げる。
自分がそうだったから。
自分も、正直言って親に恵まれたとは思えない。
兄を遊郭へ奉公に出し、妹である自分をその店に預け、挙句の果てにミキがアイドルになり、けれどその芸風が痛い系であったことを恥として電話を拒否るような親だ。
そんな親で、優しくて好きだが頭が相当残念な兄達だったから、ミキは幼いころから「私がしっかりしなくちゃ」という思いで生きてきた。
自分の弱音を出せず、他者が望むように自分を押し殺して自分を演じるのに慣れてしまっていた。
たぶん煉獄が心配しているその子供は、小学生時代の自分と似たタイプだと思ったから、本心からミキは告げる。
気付いてもらえなかった、しっかりしているから周囲から放っておかれたタイプの子だったから、……煉獄のような教師を欲していたから、ミキは語る。
そんなミキの語りに、煉獄はミキの方を見てしばしきょとんとしてたが、「力になる」という断言で彼は嬉しそうに、あたたかな陽だまりのような笑顔を浮かべて言った。
「そうか……。ありがとう、ミキくん! 自信がついた!!」
勢いの良い礼に、ミキは苦笑で返す。
それはこちらのセリフだ、と心の中で思いながら。
* * *
ぐぎゅるるるるる~~~
煉獄が礼を告げ、ミキが苦笑した所で煉獄の腹の虫が盛大に鳴った。
ミキはその音で気まずくなるが、煉獄は気にした様子もなく腹をさすって「ふむ。この音ならもう7時頃か」と腹の虫の具合で正確に時刻を計っていた。
「思った以上の長期戦になりそうだな! 弁当でも用意しておくべきだった!」
完全に夕飯時になっていると気付いても、腹の虫が空腹を訴えても、親が帰って来たら突撃する気しかないらしく、煉獄はここから離れようとはしなかった。
なのでミキは、自分が代わりにコンビニで何かを買ってきて、それを渡して別れようかと思った。それが一番、いい口実でタイミングだと思った。
けれどミキの口から出た言葉は、その思惑とは違ったもの。
「……あの、良かったらこれ飲みますか? みそ汁なんですが……」
「? いいのか?」
自分で自分の言っている事に驚きながらも、ミキの口から言葉はスルスル勝手に出てきた。
「はい。……あの、実は私、料理が苦手でこれは練習で作ったものなので……、正直言って全然美味しくない、不味いくらいなんですが、それでも良かったらその……あ、アドバイスとかもらえたら上達するんじゃないかなって……」
もはや何を言いたいのか、ミキ本人でもわからなくなってきた。
なぜ自分は、ほぼ初対面同然の相手に、不味いとわかっている自分の手作り品を飲ませようとしているのか? メンヘラのストーカーでももう少し段階を踏むぞ、など思いながら、それでも彼女はしどろもどろになりながらも言い切った。
また煉獄はミキの言い分をきょとんとした顔で聞いていたが、ミキからしたら訳のわからない「アドバイスとかをもらえたら上達」で何故か納得して、「なるほど! 俺は料理をしないから見当はずれなことを言うかもしれないが、任せろ!」と言ってくれた。
もうその返答の時点でだいぶ見当はずれだが、そもそもミキの主張の段階で割と意味不だから、問題しかないが問題にならないだろう。
なのでミキは、自分で言っておきながら「どうしてこんなことに?」と思いつつ、スープジャーを開けて蓋部分を器にしてまだ湯気が立つほどにあたたかいカボチャのみそ汁を煉獄に手渡した。
煉獄をそれを受け取って、「いただきます」と丁寧に言ってからずずっと一気に半分ほど飲む。
そして笑顔で勢いよく言った。
「うむ! 美味くはないな!!」
味見は作った直後からしていたのでわかっていたし、煉獄ならたぶんハッキリ言うだろうとミキでもわかっていた。
だからショックというより、直球ストレートに言われて反応に困りそうだと思っていたのに、思った以上にミキはその言葉に自分の心が凹むのを感じる。
その凹み具合で、自分が何故あんなことを言いだしたのかを理解した。
(あぁ……。私はこの人に甘えてたんだ。
もし、この人が私が子供の頃の先生なら、笑いものにせず、……私が失敗しても失望なんかしないで、嘘でも美味しいって言ってくれるんじゃないかって……勝手に期待してたんだな)
別に子供の頃、調理自習で先生に笑いものにされた訳ではない。
ただ、普段は優秀なミキだったのでいつも通り放っておかれて、出来上がったものがあまりに残念な出来だったので、とても気まずく笑われた事はあった。
その気まずい笑顔と、「ミキちゃんにも苦手なものがあったのね」と語る言葉の端々に「失望」が見えたのは、きっとミキの被害妄想だと自分で言い聞かせていた。
だから、どっちにしろ煉獄の反応はマシだと今回もミキは自分に言い聞かせる。
マネージャーが企んでいるように、大勢の人に笑いものにされた訳ではない。勝手に期待して放っておいたくせに、勝手に失望された挙句に気遣われた訳でもない。
ただただ誠実に、正直な感想を口に出されただけ。
それは、ずっとマシな反応。喜ぶべき反応だと自分に言い聞かせ、ミキは笑う。
笑って、「ですよね、ありがとうございます。もうこれを機に、料理下手をネタにしていきます」と言った。
その後は器に残っているみそ汁を回収して、口直しのお詫びにコンビニで何かを買って渡して帰ろうとしていたのに――
「……アイドルという仕事は、俺にはよくわからない。
けれど、『人に笑顔を与える仕事』と『人に笑われる仕事』は別物だということくらいはわかる」
「え?」
ミキが取り返す前に、煉獄は残りの味噌汁も飲み干し、そして空になった器をミキの前に差し出す。
差し出して、言った。
「おかわりを頼む」
「……は? いやいやいや! 無理しなくていいですよ! わかってますよ、不味いってことくらい!」
味見をしたから、ミキだってわかってる。レシピを見ながらだったし、マキに手伝ってもらったので、檎に以前食べさせたもののように緑色のゲロを吐く心配はいらないが、それでもこのみそ汁は不味い。
出汁の煮干しの内臓がよく取れてなかったようで変なえぐみがあり、具のカボチャが水っぽかったせいか味噌が薄いのにカボチャが溶けたせいでドロッとした舌触りが最悪な出来栄えだ。
それなのに、煉獄はミキに器は返さずおかわりを要求する。
「確かにこれは、美味くはないな。けれど、俺は教師になって生徒の作ったものをもらい、食べる機会が多くなったからか、料理をしなくてもわかるようになったものがある」
ミキと地味に器の引っ張り合いを行いながら、煉獄は優しい笑顔で告げる。
「相手のことを何も思っていない、自己満足の品物か。それとも、相手のことをよく考え、思って作ったものかくらい、俺でもわかる。
そしてこれは、間違いなく食べる相手のことを考え、思って作ったものだ」
煉獄の言葉に一拍の間を開けて、ミキは顔を赤くして固まる。
引っ張り合っていた力が抜けたのを良いことに、煉獄は勝手にスープジャーもミキの手から抜き取って注ぎ、セルフおかわりを実施しながら話を続けた。
「『今は』残念だが美味くはない。だが、他者を想って作るものが、上達しない訳などない。
そう考えると、君が想った『誰か』を羨ましく思う。その者はきっと、いつでも一番美味い君の料理を食えるのだから」
煉獄の言葉に、更にミキの顔に熱が溜まる。
彼の言う通り、これは具体的な人物など想定していないが、それでも「誰か」を……自分の恋人や旦那に食べさせるというイメージで作ったもの。
そんな風に考えて作れば、「どうせ自分が食べるんだし」という甘えがなくなって上達するんじゃないかとマキが言い、自分も期待して作った結果がこれだったからこそ凹んでいた。
なのに、まさかのポジティブかつイケメンすぎる感想をもらって、ミキは何も返せない。
兄の奉公先兼自分の託児所が遊郭だったので、異性からの甘い言葉に関してはむしろ耐性が高い方だと思っていたのに、これは反則もいい所。
そんな感じで大ダメージを食らっている真っ最中だというのに、この鬼殺隊の柱は野狐にも全く別の意味かつ無自覚で容赦が皆無だった。
「俺は、食べ物を無駄にする番組などが嫌いだ」
脈絡があるようでない言葉を紡ぎ、みそ汁を全部飲み干して煉獄は言う。
「笑われる必要なんかない。きっとそれは、アイドルの仕事なんかじゃない。
ミキくんは大切な人の為に料理の練習をしたらいい。笑われたら、泣いて『笑うな』と怒っていい。少なくとも、俺は自分の生徒が恥ずかしい思いをして、他人に笑われるのは我慢ならない」
ミキはこの発言でようやく、煉獄の脈絡がないと思われた言葉は全部、自分の強がりと諦めで言った「料理下手をネタにする」へのフォローだったと理解した。
理解しても、言葉が出ない。
何と返せばいいのかわからない。ミキの方が実年齢は絶対に上なのに、煉獄の方があまりに大人だった。
「……俺が教師になる前でも、それでも君はあの学校の生徒だった。
だからきっと、俺と同じように思う者はいる。そして俺は、その者の代わりに、その者と一緒になって、君を応援しよう。
君が、『笑われる』のではなく、『笑顔を与える』仕事が出来る力になりたいと思っている」
スープジャーの蓋を閉めて返し、そう告げられてもミキは何も返せなかった。
ただ幸いというべきか、その直後に煉獄の目的の家の電気がついたので、ミキが行動せずとも煉獄の方が離れるタイミングとなる。
煉獄は女性を一人残していくことに難色を示したが、そこは何とか「兄に迎えに来てもらう」とミキが主張することができたので、彼は安堵したように笑って去って行った。
「ありがとう、ミキくん! みそ汁が上達するといいな!」
その笑顔を、ミキはずっと見ていた。
煉獄が去って行っても、兄から「店に寄るんじゃなかったのか? 今、どこで何してるんだよ?」と心配の電話がかかって来るまで、彼女はそのベンチから動けず、ただ煉獄の笑顔を何度も思い返し続けていた。
* * *
後日、閻魔庁でまたマキミキが企画のゲストとして参加することになり、その打ち合わせをしていた時の休憩中にミキは、狛治に訊いた。
「あ、あの……狛治さん。あの……煉獄さんの好物ってなにか、知ってますかニャ~ン」
その問いとミキの真っ赤な顔で色々察した狛治は、煉獄の春に喜ぶやら、一体何があってこうなったのかがめちゃくちゃ気になるやら、煉獄に恋愛が出来るのか不安になるやら、とにかく様々な感情が一気に頭で湧き上がって混乱し、その結果とっさに出た言葉が「正気ですか!?」だった。
単純に「本気」と言い間違えただけなのに、「思わず本音が出た」と周囲に確信されたのは間違いなく狛治ではなく煉獄の所為だろう。
* * *