「鬼滅の刃」世界のあの世が「鬼灯の冷徹」世界だったら   作:淵深 真夜

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最終決戦からしばらくたった頃くらいの過去編。最後のエピローグ部分は現代だけど。

今回のように前書きでいつ頃の話か明記してない限り、話の舞台は現代(2010年代くらい)、つまりは鬼滅時代から約100年後だと思ってください。

なので、鬼滅がどのような結末を迎えても、痣の副作用を克服してたとしても、鬼滅キャラは普通に寿命で死んでいるでしょうが、結末次第であの世での就職先やスタンスが変わって来るので、基本的にキャラ同士の話題で名前が上がるくらいはどのキャラでもあり得ますが、本作に登場するのは現段階でお亡くなりしているキャラとしています。

だから推しが登場しないのは、良いことです。そう思わないとやってけない。




「鬼灯様、愛してる!!」

「判決。胡蝶 しのぶは天国行き。

 ただし、己を慕っている栗花落 カナヲや蝶屋敷の養い子たちが悲しむとわかっていながら、怨敵である上弦の弐、童磨と心中する形で討伐し、特に目の前で恩人かつ姉を食われたカナヲの心に深い傷を遺したのは罪と言える。

 なので……えーと……何だっけ?」

 

 鬼を除けば自分が見てきた人間の中で一番大きい岩柱の悲鳴嶼も小柄に見える閻魔大王が、最初こそはその体躯に見合った威厳で判決を述べていたが、途中で何を言うべきかを忘れて横の鬼に尋ねる様子に、しのぶは思わずクスリと笑ってしまう。

 その事を咎められるかもと思ったが、閻魔大王が尋ねた彼の側近らしき鬼は無表情だが不快感などはなく、そして特に何も言わなかった。

 ただ、無言で持っていた金棒を閻魔大王の顔面目掛けて投げつけ、しのぶをビビらせた。

 

「……本来なら最初の裁判、秦広王の所で次の裁判に回す必要なしと判断されるところですが、しのぶさんは四九日である太山王の所まで死出の旅による試練を行ってください。

 その試練に問題がなければ、そこで結審です」

「は……、はい。閻魔大王様や他の十王様たちのご厚意に感謝します。……ところで、大王は大丈夫なんでしょうか?」

「もー、痛いよ鬼灯君! しのぶちゃんも怖がってるじゃないか!!」

(あ、全然平気だ)

 

 閻魔大王が忘れていた文言を代わりに伝え、しのぶは丁寧に礼を言いつつももじゃもじゃした髭に金棒が刺さっている大王を気にしたが、大王は金棒を引き抜きながら先ほどの威厳が全く残っていない、のほほんとした口調で迫力のない叱責を部下にする。

 閻魔の頑丈さに一瞬ポカンとしてから、またしのぶは笑ってしまう。

 

 今ので十分、深い信頼関係があるからこそなやり取りだとわかる閻魔とその側近が微笑ましいというのもあるが、「鬼」を目の前にしてここまで心穏やかである自分自身の変わりようもおかしく思えたからこそ、しのぶは笑う。

 笑って、その心穏やかになれた理由を与えてくれた存在に、改めて礼を告げる。

 

「それから……えっと鬼灯様でしたよね。

 私があいつと……童磨と戦っていた時に姉を連れてくるように指示を出したこと、まだ生きている私に姉の叱責や激が届くようにしてくれたこと、そして何より裁判の前に天国で姉や家族としばらく過ごす時間を与えてくれたことは本当に感謝しています。

 本当に、本当にありがとうございます」

 

 姉が「厳しいけどとても優しい、お館様とは別の意味でこの人についてゆきたいと思わせてくれる方」と語っていた鬼、閻魔庁の第一補佐官である鬼灯に歩み寄って、しのぶは深々と頭を下げる。

 

「別に気にしないでください。お姉さんを派遣したのはむしろあなたを信頼していなかった証拠ですし、無惨討伐は私達あの世側にとっても悲願でしたので、出来る限りの協力は当然です。

 ご家族としばらく過ごしていただいたのも、無惨討伐関係の亡者でどこの裁判所控室も満員だったから、天国行きが決定事項の人たちは天国で待っていただいただけですよ」

 

 しのぶの礼に鬼灯はやはり無表情のまま、別に厚意ではなかったと答える。照れはその顔からはまったく読み取れない、おそらく本心からの言葉だろう。

 しかし本心からそう思って、しのぶの憎しみに捕らわれ続けていた心を癒す選択を取ってくれたのなら、きっと鬼灯は本質が優しいのだろうと思い、彼女はただ笑う。

 

 姉のようになりたい、姉のようにならなくちゃと思っていた頃の笑顔に似ているが、間違いなくしのぶ本人の、本心からの幸せだから嬉しいからこその笑顔だった。

 

 その笑顔に閻魔大王はほっこり和んでいたが、鬼灯の方は無表情のまま話を変える。

 

「ところで、しのぶさん。少しお時間よろしいでしょうか? あなたの裁判とは無関係ですが、相談したいことがあります」

「? はい。私にできることでしたら、なんなりと」

 

 小首を傾げつつ鬼灯の頼みごとに応じると答えると、鬼灯は頭を下げて礼を言ってから本題に入った。

 

「ぶっちゃけ、童磨の奴はどんな地獄に堕とせばいいと思います?」

 

 ……自分自身を毒の塊にして自爆特攻するほど、憎しみで心を満たして心を病ませた元凶の処罰を、初めて無表情を崩して本気で困ったように尋ねる鬼灯を見て、しのぶは鬼灯に対する評価を修正する。

 この(ひと)は本質的に優しいかもしれないが、それ以上に手段を選ばない合理主義だと貼り付いた笑みのまましのぶは思った。

 

 * * *

 

 被害者代表と言っていい自分に訊くか? と思ったが、訊きたくなる気持ちも童磨という鬼だった者の存在を知っていれば理解できるので、しのぶは頭痛を堪えるようにこめかみに指を当ててまずは尋ね返す。

 

「……それ、私に訊くってことは私の意思を尊重して希望通りの地獄に堕とすって意味ではなく、……どこの地獄の拷問も今の所、効果がないから効果的な拷問に心当たりないかってことですよね?」

「全くもってその通り」

 

 しのぶの問いを即答で肯定し、鬼灯は深い溜息をついた。閻魔大王も「……彼、無惨よりある意味すごいよね」とだいぶ引いた様子で呟く。

 どうやら何千年も罪人たちを見続けてきた彼らでさえ、童磨は許しがたい極悪人というレベルも超えて「何、あれ?」案件らしい。

 

「……罪状で考えれば大焼処(だいしょうしょ)(殺生を救済と説いて殺しを行った者が堕ちる地獄)を中心に、余罪に見合った小地獄をいくつかが妥当です。……しかし、大焼処で行われる刑は物理的な業火や妖術などによる業火の他に、己の内から『後悔の念』が炎となって生じて罪人を焼き焦がすというものなんですが……」

「あいつには全く意味がない!! 絶対に線香ほどの火も出ない!!」

「ですよねー」

 

 鬼灯が一応、普通ならどのような地獄に堕ちるのかを説明するが、罪状に妥当な地獄こそがおそらくもっとも奴にとって無意味、反省を促すどころか被害者の鬱憤晴らしの苦痛すら与えられないことにしのぶが力いっぱい突っ込み、鬼灯も投げやりに同意する。

 

「……裁判官とか地獄の責任者としてしちゃいけない事かもしれないけど、……あの子は本当になんて言うか……アレだから、もはや罪状関係なく地獄を一周して一通りの刑罰を受けさせてみたんだけど……」

「あれ、共感性どころか情緒とか、そもそも感情が欠落しているようですが、一応生理的な快不快くらいは感じるようなので、肉体的な痛みによる拷問はまだ嫌がるんです。ですが、亡者は何度も肉体を再生しては拷問を続ける、生前の鬼と似たような状態なので、おそらく近いうちに肉体的な痛みには慣れて、ヘラヘラするでしょう。

 だから本当に何すればいいのか、今現在地獄で最大の悩みの種です。とりあえず、今は邪魔なんで阿鼻に堕としてますが」

 

 まさかの無惨以上の問題児が地獄にやって来たことで、司法としてどうよ? なことをやらかしていると閻魔は告白するが、これは閻魔を責められない。

 そして鬼灯もとりあえず感覚で堕とすべき所じゃない所に厄介すぎる虚無の塊を放置しているが、これももはや突っ込む気にはなれない。

 

「ほとんど奴にとって苦しくないというのが癪ですが、八寒地獄に任せて永久に氷漬けという案も出ましたが、八寒地獄はうちの八大地獄とほぼ独立している形を取っているので、奴の危険性を理解しきれずに甘く見て、恥ずかしながら逃がす可能性が否めません。

 奴は無惨と同じく、人の弱みに付け込んで誑し込むことに優れている為、人間に戻ったからとて油断はできないので、周りに奴の手駒となりうる人間がいる地獄というのがそもそも向かないんですよね。

 だから、奴一人が永遠に刑を服し続ける孤地獄が良いだろうという所まで話はまとまっているんですが……」

「肝心の刑の内容が浮かばないんですね」

 

 どうやらとりあえず感覚で阿鼻は本当にとりあえずではなく、阿鼻に堕ちるまで2000年かかる深さを利用して、童磨が口車で他者を利用しないようにしているようだ。

 独房か何かに閉じ込めるという手段を使わないのは、あれを見張らなければならない獄卒の多大すぎるストレスを配慮しているのかもしれない。

 

 そんなことを思いながら、しのぶは心から鬼灯や地獄の獄卒たちに同情して言いにくそうな部分を尋ねれば、閻魔は何かを誤魔化すように気まずげに笑い、鬼灯は猫のように中空を眺めてから答えた。

 

「いえ、まったく思い浮かんでいない訳ではないんです」

「? なら、それを試しにやってみれば…………、あの、もしかして私に拷問の協力をして欲しいって話ですか?」

「話が早くて何よりです」

 

 自分の予想が否定され、ならば何故その「思い浮かんでいる事」をしないのかを尋ねようとして、途中でしのぶは察する。そして同時に、自分と姉の評価である鬼灯の「優しい」がだいぶ怪しくなってくる。

 

 無惨の鬼、十二鬼月の上弦の弐だった童磨という男は、表面上はひたすら軽薄で、言っていることが何もかも他人の神経をやすりを使って全力で逆なでしているような男だが、その中身は閻魔や鬼灯が言う通り何もない、虚無が人の形をして人のモノマネをしていると言ってもいいだろう。

 

 しかしそんな奴が、死の間際に唯一の感情、情緒、精神が満たされる何かを得た。

 ……しのぶからしたら迷惑を飛び越えて意味不明だが、何故か奴はしのぶに恋をしたとのたまった。あの時のしのぶは、キレることも気色悪がることも出来ずに硬直した。

 そして「一緒に地獄へ行かない?」と言い出したので、本心からだがどういった感情の発露だったか思い出せない笑みを浮かべて「とっととくたばれ糞野郎」と言い捨て、ついでに童磨の頭を投げ捨てた。今になって思うと、自分が地獄行きであることを理解しているのが意外である。

 

「ご安心ください。あなたに童磨を甚振れとは言いません。むしろご希望されても止めます。拷問にならず、大歓喜するだけなのは目に見えていますから」

「……そちらも、話が早くて助かります」

 

 虚無の塊である奴が、唯一執着しているであろう自分を利用するのか? という意味でしのぶがじっとりと睨んでも無表情だが、しのぶが一番危惧していたことをさせる気は初めからなかったらしく、そのおかげで「優しい」という評価はかろうじて撤回されなかった。

 しかし、それなら余計に何がしたいのか、何をしのぶに訊きたいのかがわからなくなってくる。

 その疑問は、鬼灯より先に閻魔が非常に気まずそうに答えてくれた。

 

「あのね、しのぶちゃん。……実は君の許可を取る前に、野干とか化けるのが得意な獄卒が君の姿に化けて、童磨が追いついたら化け物や厳つい男の獄卒に変わって拷問するっていう、衆合地獄と似た形の刑を既にやってみたんだよ。でも…………」

「あいつ、しのぶさんの姿に対して注文がうるさい、すぐに偽物と見抜くのはまだ予想してましたが、まさかの逆。

 あなたの姿からどのような姿に変化しても、愛を語って拷問は悦に入ってました」

 

 言いにくそうな閻魔に代わって、鬼灯が何の躊躇もなく虚しい結果を告げる。

 しのぶは両手で顔を覆って、「ほんと頭にくる、ふざけるな馬鹿、馬鹿野郎」と言いながら泣き出してしまった。

 

 * * *

 

 自分の許可を取らなかったのが不満だが、別にしのぶが損をするようなことではなかったのでそれはいい。

 だが、鬼灯の言う通りまさかの想定していた失敗より遥か斜め上な方向にかっとんで効果がなかった。

 

 どんな姿でもしのぶなら愛しているのなら純愛、本物の愛であると言えるかもしれないが、そもそもが幻術による偽物であることを見抜けていない、もしくはしのぶっぽければ何でもいいのなら、やはり奴は感情を得ても何もかもが薄っぺらい。

 その事を鬼灯は指摘してみたようだが、「しのぶちゃんへの愛が大きすぎてしのぶちゃんが関わるもの全てを愛しているだけだよ!」と、「しのぶっぽければ何でもいい」を自覚があるのかないのか不明だが肯定して言いきられた。

 

「そんな無敵お花畑恋愛脳状態なので、次策として用意していた『いかついおっさん獄卒にしのぶさんの格好をして迫ってもらう』も喜びそうなんですよね」

「待って、それはあいつが嫌がっても拷問する側の方が絶対に辛いからやめてあげて」

 

 唯一の付け入る隙と思えたしのぶに関しても、ハイパーポジティブを発揮して受け入れている為、没になった孤地獄第二案を口にしたら、しのぶが泣くのをやめて突っ込む。本当に、実行する前に没になって獄卒側も幸いだろう。

 鬼灯も「そうですね。むしろ、罪人である亡者にやらせた方がまだマシですね」と同意しつつしのぶが想定していない方向にアイディアを発展させてしまう。しのぶはもはや、罪人なら別にいいやと思って止めるのは諦めた。

 

「しかし、この案も没になると、後はカナエさんの案くらいしか有効そうなものがありません」

「え? 姉さん?」

 

 ことごとく拷問を無効化どころか獄卒たちをげんなりさせる童磨に、鬼灯はうんざりしながらまだもう一つだけ案が残されている事を語る。

 その発案者が自分の姉であることを知って、しのぶはきょとんとした顔で続きを待つ。そして、訊かなければ良かったと後悔した。

 

「しのぶさん。冨岡 義勇さんと祝言上げて、砂糖吐くくらいにいちゃついてくれません?」

「何で冨岡さんの名前が出るんですか!? っていうか、何それ!? 姉さんは何を言ってるの!?」

 

 鬼灯は真顔である意味童磨の告白並みにぶっ飛んだことを提案してきて、しのぶは叫びつつ脊髄反射なのか素手で蜂牙(ほうが)の舞い"真靡(まなび)き"を鬼灯の胸にぶちかます。結果、しのぶの手が痛くなっただけだった。

 

「ダメだよ、鬼灯君。こういうのは周囲がそっと自然にそれとなく空気を作ってあげないと、くっつくものがむしろこじれて……」

「閻魔様、叱る所はそこじゃない!! くっつきません! こじれません! そもそもこじれるものが何もない!! あと冨岡さんにも選ぶ権利がある! すごく癪だけど!!

 説明! 説明を求めます!! っていうか姉さん呼んで来て!! 訳のわからないことを言い出した姉さんを!!」

 

 閻魔が困った顔で鬼灯のデリカシーの無さを叱責するが、しのぶからしたら前提がそもそも意味不明な為、鬼灯の岩のように固い胸を突いて痛くなった手を撫でながら喚く。

 涙目なのは、手の痛みかそれとも羞恥の所為か。

 

「奴は初めて執着するものを得た子供のような存在な為、その執着するものが既に別の誰かのもので、自分が欲しいものは全部その誰かのものだと知って悔しがれば良し。あなたが幸せであることを喜べたのなら、それはそれで奴を良い方向に誘導できるのではないかと言ってました。

 あと、『そろそろ素直になりなさい。お姉ちゃんは応援してるからね』とも言ってました」

「姉さんが一番、私の敵よ今は!!」

 

 どうやら妹が憎悪に捕らわれないように拷問が成立してほしいという願い、鬼と和解したいからこそ何としても童磨に人間らしい感性を与えたいという思い、そして姉個人の感情からによる余計すぎるお節介がカオスな融合を果たした結果の提案だったようだ。

 

「しません! 祝言なんてあげません! それなら適当な男とイチャついているフリをした方がマシです!!」

 

 姉のお節介を真っ赤な顔で怒りながら、本心だが素直ではない妥協案を自ら出してしまうあたり、しのぶの精神面は色んな意味でいっぱいいっぱいだろう。

 そんなしのぶを微笑ましく思っているのか閻魔は「まぁまぁ」と宥めるが、鬼灯は何故か酷く不愉快そうな顔で考え込む。

 

「…………本当にそちらがマシだと言うのなら、ちょうどいい『適当な男』がいます。あれが喜ぶようなマネはあいつの頭をねじ切りたいくらいにしたくないのですが、あのヘラヘラした軽薄なところが奴とよく似てますから同族嫌悪で効果が期待できますね。

 ……ん? 同族嫌悪?」

 

 鬼灯の纏う空気が一気に怖くなり、明らかに機嫌が悪くなったことに気付いてしのぶと閻魔はちょっと怯えるが、しのぶは自分で言っておきながら「童磨と似た軽薄な男」という部分に反応して、彼女も怖い空気を纏いながら「誰ですか、それ?」と尋ねる。

 彼女の中で憎い仇に苦痛を与える歪んだ愉悦と、その為に最も自分が嫌うタイプの男と相思相愛の真似事をしなくてはならない屈辱を内心で秤にかけていたが、鬼灯の答えでその秤にかけていたものが両方ともどっかに吹っ飛んだ。

 

「あなたのお姉さんの上司です」

「……はぁ?」

 

 しばし思考が止まるが、そういえば裁判が始まるまで家族と過ごしていた時に姉は今、天国の薬屋で働いて薬剤師を目指していると語っていたことを思い出す。

 姉が「しのぶのようにたくさんの人を癒す薬が作れたらいいなって思ったの」と、自分が鬼を殺す毒だけではなく、鬼の血鬼術である毒も解毒する薬を作っていたことを知っていた、憧れの姉に憧れてもらっていたことが嬉しかったが、姉が就職した薬屋は日本の天国ではなく中国の桃源郷で、その理由は「従業員が可愛いうさぎさんなの!」と言っていたことまで思い出し、嬉し涙は一瞬でカラッと乾く。

 

「え? ウサギ? まぁ、ウサギなら軽薄でも本心から好きになれるかもしれませんね」

「違うよ!! 白澤君はウサギじゃないよ!!」

「どちらかというと……牛ですかね?」

 

 そして姉の就職理由を思い出した所為で、とんでもない勘違い発言をしでかすしのぶに閻魔は突っ込み、鬼灯は鬼灯で余計なことを言い出した。

 その所為で一瞬また混乱するが、しのぶは「白澤」という神獣の名を知っていた為、なんとなく姉の上司の正体を察して今度は「普段の姿は人間なんですか?」とまともな質問をする。

 

「人間です。ですが、とんだ色情魔です」

「ちょっ! こら、鬼灯君! そんなこと言ったらしのぶちゃんがカナエちゃんを心配しちゃうじゃん!!

 大丈夫だよ、しのぶちゃん。白澤君は確かに女の子が大好きでちょっと……問題はあるけど、天国の住人なだけあって童磨とは違っていい子だから」

 

 鬼灯はよほどその神獣を嫌っているのか、吐き捨てるように端的に言い放って慌てて閻魔がフォロー。

 そして鬼灯もさすがに私情を出し過ぎたと思ったのか、無表情で同じくしのぶの心配を杞憂だと告げる。

 

「すみません、お姉さんへの心配を煽るようなことを言って。

 しかし心配は必要ないでしょう。あいつは知識はありますがアホで、腕っぷしも全くないので普通にカナエさんの方が強いです。あと彼女はほわほわとしていますが我が強いので、あいつの押しに負けることもまずありません。

 私も彼女があそこに就職すると聞いた時はとても心配しましたが、今ではむしろ店をカナエさんが牛耳って、奴の女癖の悪さが少しは改善されてます。

 そしてもちろん、カナエさんはあの白豚に恋愛感情はまったくありません。ただの世話が焼けて困るけど、薬の知識だけは確かな上司としか思ってませんね」

 

 童磨に似た軽薄で女好きが姉の上司と知って懐いたしのぶの心配を、閻魔と違って全く何一つ白澤をフォローせずに杞憂だと語り、鬼灯は本気でその白澤が嫌いなんだなと思い知りながらしのぶはひとまず納得。

 納得してから、しのぶはちょっと真剣に考え始める。

 

 鬼灯曰く、白澤という神獣は女好きで二股三股は当たり前のクズだが、恋人や夫がいる相手には「可愛いね、別れたら僕と付き合おうよ」と言うくらいに留める、最低限の節度はあるらしい。

 そもそもそいつは二股三股を隠さず、「君だけを愛してる」などといった甘言で騙して関係を築くようなことはせず、女性に貢ぐことは大好きだが貢がせることはまずないと、クズである事は間違いないが、腐っても神獣だからか誠意は女好きのクズなりにあるようだ。

 

 なのでまぁ、我慢できないこともないなとしのぶが妥協しかけていた時……

 

「鬼灯様、灼熱地獄の報告書をお持ちしました。……あ、すみません。まだ裁判中でしたか」

 

 何やら書類を持って入って来た女性を、反射的に振り返ってしのぶは見た。

 女性は獄卒らしいが、どうやら鬼ではなくしのぶと同じく人間、亡者らしかった。

 その亡者の女性から、何故かしのぶは目が離せなくなった。

 

 彼女は美人で、系統で言えば姉のカナエに似ている。しかし姉は太陽のように朗らかで明るい溌溂とした魅力に満ちた女性だが、彼女の纏う雰囲気は憂いと諦観に満ちていた。

 しかしそんな雰囲気を纏った者は、鬼殺隊という組織で鬼に家族を殺された者と関わり続けたしのぶからしたら珍しくない。

 髪は緑色とかなり奇抜だが、しのぶの同僚は桜餅カラー。これも別にどうってことはない。

 

 しのぶからしたら、別に特に気にするような要素などない女性のはずだった。

 なのに、何故か目が離せない。胸の内から何かが沸き上がって来る。

 

 そしてそれは向こうも同じだった。

 相手の女性もしのぶと目が合ってから、瞬きもせずにただ無言で見つめ合っている。全く同じ何かが胸の内から湧き上がっているに戸惑いながら、向こうも同じだと確信している顔だった。

 

 そんな女性二人に閻魔は「え? 二人とも、どうしちゃったの?」と狼狽しながら尋ねるが、鬼灯の方は二人を見比べて、何かに気付いたように手をポンと打った。

 

「……そうか。同族嫌悪ならあの白豚よりもっと適任がいた!!」

 

 先程、しのぶに白澤を推薦していた時に感じていた引っかかりの正体に気付き、鬼灯は一人置いてけぼりで困惑しっぱなしの閻魔は放置して、見つめ合う二人に向かって言った。

 

「しのぶさん! そして瓜子姫さん! 童磨に対して効果的な孤地獄が思い浮かびました!!」

 

 

 

 * * *

 

 

 しのぶの四九日が終わり、無事に天国行きが結審されて数日後。

 しのぶは地獄に訪れていた。

 

 真っ白な何もない部屋で、広さは4畳半ほど。

 そんな最小の孤地獄の中には、罪人である亡者と呵責する獄卒の二人だけ。

 

 亡者は「万世極楽教」という宗教の教祖であり、十二鬼月上弦の弐だった童磨。

 そして、彼を呵責する獄卒は……

 

「うっわ~~、趣味わっる~~。見た目はそこそこ、変な髪の色と目が減点で60点くらいだけど、女の趣味が悪すぎてもう0点でも高すぎ~~。

 ブス専? ブスしか興奮できない変態なの? あ~~、もうこんな奴と二人っきりにされるなんて、天探女(アメノ)ちょ~~怖かったけど、それならあんし~ん」

「……はぁ? 何言ってるの? 鏡見たことないの? あ、自己紹介かなるほど。そんなのわかり切ってるからいちいち言わなくていいよ」

「きゃ~~、本当にブス専だ~~! 気持ち悪~~い」

 

 このやり取りを室外から妖術で見ていたしのぶは、無言で振り返ってうれし涙で瞳を潤ませて叫んだ。

 

「鬼灯様、愛してる!!」

「ありがとうございます」

 

 思わず愛を伝える程、嬉しかったようだ。

 童磨が、あのサイコパスも可愛く見える虚無の塊が、感情を得たら得たらでハイパーポジティブを発揮してきてどんな地獄も意味がないのではと思わせた変態が、演技ではなく心の底からイライラしているのが、嬉しくて嬉しくてたまらないらしい。

 

「彼女……天探女(あめのさぐめ)は、性格的に言えば無惨の方が同類ですが、発言の何もかもが煽りになっている所が奴とそっくりですから、淫獣より同族嫌悪を与えるのは適任でした。今になって思えば、あいつを使っていたら、自分と似ていることを前向きに解釈して、『しのぶ(あなた)の好みはやっぱり自分なんだ』とか言い出しかねませんから、この配役で正解ですね」

「えぇ、まったくです」

 

 ニコニコ笑いながら、孤地獄内の様子を観賞してしのぶは鬼灯の言葉に同意。

 童磨の孤地獄の内容は、ひたすらに「瓜子姫」という昔話に登場する天邪鬼のルーツである女神、心が読めるが嫉妬深くて陰険で身勝手な天探女が、童磨を煽り続けるというもの。

 童磨が唯一執着しているのがしのぶなので、その内容は童磨よりしのぶに対して失礼なものなのだが、そこは全く気にならないらしい。

 

「良かった……。本当に良かった……。あの頭も心も空っぽなあいつじゃ、やっぱり何にも響かないかもしれないって不安だったけど、あの糞野郎でもやっぱりこれはムカつくのね」

「あれは自然体で、自分が優れていることを前提に物事を見て、基本的に他者を見下してますからね。明らかに自分より劣っているものに、ここまで見下されて馬鹿にされてるのは初めてなんでしょう。

 また、彼女は自分の力を他者を貶めることにばかり使い、嫌がれば嫌がるほど煽ってきますが、効いてなければないでムキになって全力で嫌がらせをしてきます。

 あなたに執着していなければ、彼女でも分が悪かったかもしれませんが、おかげで良い攻撃材料となりました」

 

 何だかんだで童磨は生理的な快不快は初めから感じ取れたのも、天探女が効果的だった一端。

 彼女の外見は……、言っちゃなんだがブスとしか言いようがない。特別特徴的な部位がある訳でもないのに、絶妙に全てのパーツのバランスが悪い。

 美人を好んで食べていたし、心の綺麗な者はペット感覚とはいえ寿命が尽きるまで傍に置いておこうと思った童磨にとって、天探女は全てが「生理的に不快」なのだろう。

 

「ありがとうございます、鬼灯様。それから……瓜子姫」

「私はなにもしてませんよ、しのぶ。お礼を言うのは、私の方です」

 

 何を言い返しても馬耳東風。心が読める分、天探女の方が煽りは的確な為、ついには黙り込んだ童磨を満足そうに見てからしのぶは再び礼を伝える。

 しのぶの裁判の日、法廷に報告書を提出しに来た女性獄卒、天探女の被害者である瓜子姫は優しげに微笑んで、彼女もしのぶに感謝を伝える。

 

「あやつはあれでも女神なので、裁きの対象外。だから報いもなくのうのうと日々を過ごし、罪人だけではなくそこらの獄卒たちも不快にしていました。だけど、あやつがこの孤地獄担当になったおかげであやつと顔を合わせる機会が激減!

 それだけでも感謝してやまないのに……あやつは心が読める。だからこそ、口では何と言おうとも本当は理解しているでしょう。自分があの亡者にどれほど見下されているのか。

 あやつが黙り込まれてもああやって煽っているのは、亡者が心の中で罵っているからムキになっているのでしょう。互いが互いを見下し合って不快にし合う。何とも素晴らしい地獄です。

 こういう感謝は不謹慎でしょうが、あの亡者を連れてきてくれて本当にありがとう、しのぶ」

 

 どうやら、彼女たちが法廷で出会った瞬間に胸の内に沸き上がったのは、シンパシー。

 最も憎い相手がまったく反省しないわ、報いを受けてないわという不満と憎しみをどこかで鋭く感じ取ったらしく、彼女たちの交流はあの日と本日とでまだ2回だけの間柄だというのに、既に信頼関係は親友だ。

 

 だからこそ、しのぶは鬼灯が天探女というジョーカーを思いつくきっかけとなった瓜子姫に感謝してやまないと同時に、罪悪感を懐く。

 この孤地獄で多少は天探女をムカつかせることが出来ているが、それでも瓜子姫のいうとおり彼女は女神なので、瓜子姫を殺した罰は受けていない。

 

 しのぶは怨敵が最適な罰を受けてすっきりしたが、ささやかな嫌がらせで鬱憤を晴らすしかない瓜子姫が似た者同士だからこそ申し訳なく思い、自分だけすっきりしたことに感じなくていいとはわかっているが、どうしてもその「自分だけ」という思いが罪悪感となる。

 

 だからしのぶは心に誓う。

 瓜子姫の仇は、絶対に自分が取る。そのことに力は惜しまないと。

 

「十王の裁判は人間に対してのものなので、女神の彼女は裁きの対象外です。ですが、彼女は八百万の神からも嫌われていますので……、神のメンツ上、動かなくてはいけないという事態にならない限りは……」

 

 地獄の黒幕からそんなお墨付きをもらったのが、しのぶの決心を更に後押ししたのは言うまでもない。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 しのぶが死んでから約100年後。

 

 あれからしのぶは、天国でのんびり暮らすのは性に合わないが、姉と同じ就職先は上司が確かに童磨より億倍マシだが嫌いなタイプであることには変わりないので務めていられず、鬼灯の「もし、気が向いたらいつでもどうぞ。歓迎します」という言葉に甘えて地獄の技術課に就職し、毒物研究を続けている。

 

 そして、鬼灯から茄子のアイデアを伝えられた時、彼女はくるくる舞うほどに歓喜した。

 

「! すばらしいアイデアですね! やります! やらせてください!!

 ぜひとも天探女ごと、あの4畳半を黒い悪魔で埋め尽くしましょう! あいつは私が集めて品種改良したと知れば喜ぶかもしれませんが、天探女は普通に気持ち悪がってあいつに縋り着くなり盾にするなり、どちらにしろしがみつくはずです!!

 天探女の全てを100年たっても慣れずに生理的に嫌ってる童磨にとっても地獄! 天探女にとっても地獄!! 最っっ高じゃないですか!!」

 

 ハイテンションで喜々としてゴキブリ地獄に賛成しているしのぶと、具体的にまずはどんなゴキブリに品種改良するかのアイデアを出し始める鬼灯を狛治は遠い目で眺めながら、「今日も地獄は平和だな」と結論付けて、技術課を後にした。

 

 獄卒を巻き添えにした地獄を止めないのかだって?

 

 あの性格に加えて、「祝言前の女性」を「身勝手な嫉妬」で「家族が少し家から離れた隙に殺害」という、狛治の地雷を実に丁寧に踏み抜いている天探女を庇うのなら、そもそも狛治は道場破り(文字通り)をやらかしはしない。

 

 まぁ、全ては日ごろの行いと人徳が結果という話だ。




次回は鬼灯の冷徹の原作沿いで、狛治さんの日常短編集予定。
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