「鬼滅の刃」世界のあの世が「鬼灯の冷徹」世界だったら 作:淵深 真夜
前編に当たる今回は、鬼滅キャラの紹介が主になってしまって設定の説明はほとんど出来てません。それは次回予定。
というかこれからの展開次第でまた色々と変わるかもしれないので、次回で全部を説明することもないです。なので、これからもちょくちょくこういう説明回はありますので、気長にお待ちください。
疑問点はむしろネタになるので、感想に書いてくださると助かります。ただ、本編で紹介したいので答えられないことが多いでしょうけど。
それと感想を書かれる際にお願いしたいのは、鬼滅X鬼灯クロスに関しての疑問や矛盾を感想で突っ込むのはこちらが助かるので遠慮せずにして欲しいのですが、どちらか一方の原作に関する疑問点や矛盾を私に突っ込まれても、それは「私が知りたいわ」でしかないのでご遠慮お願いします。
「唐瓜さん、茄子さん。次の休みに予定がなければ、受けて欲しい講習があるのですが」
就業直後に鬼灯から言われて言葉に対して、茄子はもちろん、優等生な唐瓜もちょっといやそうな顔を隠しきれなかった。
休日に予定がないから講習なんて、そりゃ普通は嫌だ。
そんなことはわかり切っているので、鬼灯は唐瓜や素直すぎていっそ言葉にしろよな顔をしている茄子を咎めず、話を続ける。
「もちろん、嫌なら断ってください。受けなかったからといって、査定に影響は当然ありません。
ただ、正確に言うと講習の前準備という段階なので、優等生代表と勉強嫌い代表が参加してくだされば、こちらは大変助かります」
その発言に結構失礼なことを言われたが、その通りなのでまったく気にしていない茄子の方がむしろ「講習」に興味を持った。
「鬼灯様。一体何の講習を始める気ですか?」
「鬼舞辻 無惨と鬼殺隊の歴史についてです」
茄子の問いに、鬼灯は即答。
そしてその答えで、つい数秒前とは打って変わって茄子は目をキラキラ輝かせ、ぴょんぴょん跳ねながら更に尋ね返す。
「え!? 無惨とか鬼殺隊の話が聞けるの!? もしかして、鬼殺隊の柱にも会える!?」
「はい。とりあえずしのぶさんと、柱どころか鬼殺隊でもありませんが狛治さんは確定です。あと、呼べる人は一応呼んでおきましたが……確実に来れそうなのは二人くらいですね」
鬼灯に対して敬語も忘れてはしゃいで尋ねる茄子に、唐瓜は叱りつけつつ彼も鬼灯の肯定に、少年のような楽しみが隠し切れずに目が輝きだす。
どうやらつい先日の倉庫整理が発端で、学校の授業では習わなかった歴史の裏話や当事者からの話が、未だに彼らの好奇心を刺激し続けていたようだ。
なので唐瓜も「行きます行きます!!」とはしゃいだ返答を内心でするのだが、流石に彼は見た目は小学生くらいだが中身は立派な社会人なので、自分の内心をそのまま表す幼馴染を押さえつけつつ、根本的な疑問をまずは一応、訊いてみた。
「それは楽しみだからいいんですけど、でも何でそんな講習……の前準備を?」
「……先日、あなた方に無惨や鬼殺隊の事を話して痛感したんですよ。たった100年ほど前でも、今時のお若い
唐瓜の質問に、鬼灯はやや遠い目をして答えた。
テストで珍回答連発常連だった茄子はともかく、子供のころから優等生だった唐瓜ですら鬼殺隊の事も無惨の事もよく知らなかったのが、どうやら相当鬼灯にとってはショックな出来事だったらしい。
鬼灯に言われて、唐瓜は無邪気にはしゃいだ自分に反省する。
鬼である自分たちにとって100年前は人間でいう数年前、鬼灯のような神代の頃から存在している古参にとっては数か月前レベルと言ってもいいのに、それなのにもう既に風化しかかった過去の出来事としか思われていない事が嘆かわしかったのだろう。
自分も100年前なら既に生まれているので、あまりに無関心だったことに唐瓜は反省していた。
鬼灯が無惨の犯した悪行も、奴の所為で起こった悲劇の数々も全て忘れられて風化していくことにショックを受けている、嘆かわしいと思っていたからこその反省なのだが……。
ショックだったのも嘆かわしいと思っているのも事実だ。けれど、その理由はそんな繊細で
「……風化させる訳にはいかないんですよ。あれは……無惨関係の面倒事は全部、『まさかここまでとは……』の連続だったのですから。
あそこまで医者が縁壱さんだとは思わなかったし、無惨もあそこまで阿呆だとも思いませんでしたよ!
けれど、予測は出来なくとも念には念を入れて、どんなに『……まさかな』『さすがにここまでは……』と思って可能性を排除せず、『かもしれない行動』を徹底的に取っておけば被害や負担は最小限に抑えられたのかもしれないのです!
無惨の事なんか風化して吹き飛んでもいいですけど、現実は小説よりも奇なり、想定外の出来事なんかゴロゴロその辺に転がっている事だけは、想定のはるか彼方にぶっ飛んだことしかやらかさなかった実例を、茄子さんのような阿呆でも把握しているレベルで周知させなければならないのです!!」
鬼灯にとってショックだったのも嘆かわしかったのも、そして無惨や鬼殺隊に関する講習を行うのも、全部は無惨のやらかした数々による面倒すぎる仕事がどうもトラウマっぽくなっているからのようだ。
後になってから「ここでこうしていれば……」なんて後悔は、生きている限り尽きないものだが、無惨関係の数々は本当に当時では予測できる訳もないことの連発だからこそ、「特殊すぎて応用が利かないけど、目の当たりにした時にパニックにならずに済む前例が出来たぞ、喜べ」なものという認識なのだろう。そう思わないと本当にやっていけなかったほど、当時は大変だったらしい。
だが、その前例が忘れ去られては意味はない。
だからこそ、現在の地獄の義務教育にも取り入れる為、獄卒の研修として学ばせる為にまずは一般的にどの程度の認知度なのか、そしてどのように教えたら茄子のようなタイプも学んでくれるのかを知りたいからこそ、鬼灯はこの小鬼二人に声を掛けたことが、鬼灯の怒涛の愚痴と決心でようやく判明する。
「……お、お疲れ様です」
「……俺、柱とか無惨の残念エピソード目当てじゃなくて、頑張ってちゃんと講習受けます」
声かけの動機を理解して、唐瓜はひとまず上司を労わり、ミーハーな動機で参加を決めていた茄子が真面目に受けると宣言する。茄子が怯えてではなく、心から真面目に勉強すると発言するほど、当時の苦労を語る鬼灯には迫力と同時に悲壮感があった。
しかし時々瞬間沸騰のようなテンションになるが、同時に瞬間的にすぐに冷める鬼灯は、決心を宣言したらいつもの素に戻って言い切った。
「無惨の話に関しては残念エピソードしかないので、たぶん頑張らなくても大丈夫ですよ」
そう言いきられるラスボスが1000年も討伐されなかったのだから、本当に無惨に関することは想定外の連続だったことを小鬼二人は思い知った。
* * *
「聴講生が豪華!!」
数日後の休日、指定されていた時間の10分ほど前に閻魔庁の会議室の一つに唐瓜が入室した瞬間、まず突っ込んだ。
「おはよー、唐瓜さん、茄子さん」とあいさつしているシロを初めとした桃太郎ブラザーズは、3匹に悪いが豪華の内には入らない。
この3匹に関しては、鬼灯が「他に受けてくれそうな方がいたら誘ってみてくれません?」と頼まれて一応程度で誘ったので、そもそもいる事を予想していたからだ。
そして彼らが来ているのなら、彼らの主である桃太郎が来ているのも別に不思議ではない。
予想外だが、桃太郎が来ているのならまだ納得できるのが、白澤だ。
鬼灯と犬猿の仲だが、どうしてかこの二人は嫌いだから徹底的に相手と会うことを避けるということはしない、むしろ自ら喧嘩を売りに行くことも珍しくないので、何かしらの興味……おそらくは驚異的な可愛い女の子センサーが働いて来たのだろうと、唐瓜は勝手に納得する。
だから唐瓜が「豪華!!」と断じたのは、正確に言えば二人に対してだ。
「わぁ~~! マキミキだー!! サインくださーい!」
唐瓜の後ろからひょっこり顔を出して、茄子が無邪気にはしゃいでそのたった二人で「豪華」と言い切られた女性たちに走り寄る。が、慌てて唐瓜に「失礼だろ!!」と首根っこを掴まれた。
そしてその「豪華」と称されたアイドルユニット「マキミキ」である鬼女のマキと野干のミキは、「……何故、私たちはここにいるのだろう?」と言いたげな困惑の苦笑をしつつも、恥ずかしげに顔を赤くして俯いている狛治と、同じような反応をしているモヒカンっぽい髪型の少年に書いたサインを渡していた。
後で鬼灯に「よくアイドルなんて呼べましたね?」と唐瓜が訊けば、一般人というか獄卒以外の地獄の住人の周知度を知りたかった為、ダメ元で誘ってみたらどうやら鬼殺隊を基にしたドラマ企画があるらしく、そのキャラ作りに良いかもとマネージャーが判断して送り込まれたらしい。
「あ、ありがとうございます!」
「狛治って、アイドルとか知ってたんだ」
「いえ、どう考えても奥さんがファンだからもらっているんでしょう。この人が奥さん以外の女性にうつつを抜かすなんて、想像できませんよ」
「お、俺だって兄弟がファンだから……」
「え?
「意地張りました、ごめん! 兄弟がってのは本当だけど、俺もファンです! 兄ちゃんは関係ない!!」
「というか……何故下の兄弟ではなく実弥が先に出た?」
マキミキからサインを受け取って礼を伝える狛治を眺めながら、唐瓜や茄子が知らない亡者が口々好き勝手に話している。
和気藹々としたやり取りなので狛治の友人たちなのだろうと、少し前の二人ならそう思えた。茄子なら、「狛治さん、その人たち誰?」と無邪気に近づいて尋ねているはずだ。
しかし、つい最近知った狛治の生前のあれやこれやと、そしてニヤニヤしながら白澤が呟いた「しのぶちゃんが参加するって聞いたから僕も来たけど、マキちゃんとミキちゃんもいるなんてラッキー」という発言……、狛治の愛妻家っぷりを微笑ましそうに語っていた女性が「しのぶ」であることを理解したことで、二人はその場で固まる。
「お二人とも、どうしたんですか? 早く入って席について……」
「うわっ!? 何で泣いてるんだお前達は!?」
講習開始時間の数分前となったので鬼灯がやってきて、何故か会議室入り口から動かない小鬼二人に入るよう促すが、彼らの様子に気付いてさすがの鬼灯もちょっと困惑して言葉を失う。
そしてそのやり取りに気付いて振り返った狛治が、涙をだらだら流している後輩たちにも気づいて、彼は引きつつも自分の手ぬぐいを渡してやる。
「……良かった。狛治さん……鬼殺隊の人たちとちゃんと和解してて良かった……」
狛治の手ぬぐいは断って自分のハンカチで涙を拭きながら唐瓜は思わず感涙した理由を語り、狛治の過去を知らないマキミキと動物組以外の表情が、ドン引きから納得の苦笑に変化する。
「なんか……心配させて悪かった……」
「後輩に慕われてますね、狛治さん」
「まぁ、ちゃんと罪は償ってるし、100年も経ってるんだからそりゃもう憎んでないよ。煉獄さんのおかげってのもあるけど」
「いやあれはおかげというか……所為というか……」
「というか、煉獄さんは来ないの?」
狛治は困惑したまま安堵の号泣する後輩たちに謝罪すれば、しのぶはおかし気にクスクス笑う。
そして14,5歳と思える中性的な少年は独り言のように自分たちが狛治に敵愾心を懐いていない訳を語れば、モヒカンの少年が控えめツッコミを入れる。しかし中性的な方の少年はマイペースなのか、モヒカンの突っ込みを気にせず自分の訊きたいことを鬼灯に尋ねている。
誰がどう見ても、狛治だけ元敵だと思えないなじみっぷりである。
「平日の昼間に教師が来れる訳ないでしょう。そしてお二人は早く席につきなさい。
あと、茄子さん。それをせめて洗濯してから返却しなさい。狛治さんも、受け取らずに叱りなさい」
鬼灯は少年の質問を端的に答えて切り上げ、小鬼たちに着席を促す。
ついでに、自分の手ぬぐいで躊躇なく鼻をかまれて困っていた狛治の代わりに、茄子に注意するいい上司だ。ただ、鬼灯以外と面識がほとんどないマキミキにそれぞれを紹介する時、白澤だけ白豚と紹介して大人げ皆無なのに被害は甚大な喧嘩が勃発しかけたが、まぁそれはいつもの事。
「で、皆さんが一番気にしているであろうメンバーですが、こちらの女性が
こちらの小柄な少年が
最後が、狛治さん。この人だけ鬼殺隊ではなく彼らの敵、十二鬼月上弦の参でその頃の名前は猗窩座です」
天国組と地獄組を紹介し、最後に聴講生というより講師役として呼ばれたメンバーを紹介し、今更ながらマキミキ、そしてシロたちはその関係性に驚愕し、唐瓜たちの反応に納得した。
「あ~……、言ってる感じからして元敵なのはわかってたけど、そこまで上の立場の人だったのかニャ~ン……」
「っていうか、十二鬼月って名前も上弦の何とかってのもカッコイイ……」
一般人枠の優等生代表のミキと、残念代表のマキがそれぞれどうして自分はそちら側代表なのかがよくわかる反応をし合っていると、シロが元気に無邪気に挙手して質問して来た。
「ねーねー、どうして昔の名前は『アカザ』っていうの? 今の名前と全然違うよね? 昔は狛治さん、赤鬼だったの?」
「あ、それは俺も気になった。何か意味あるんすか?」
動物界の残念代表の質問に、シロほどではないがどちらかというと残念よりな柿助が追い打ちをかける。
優等生枠のルリオもさすがに人間の文字、特に漢字は詳しくないのと、そもそも鬼灯は口で言った為に「アカザ」という名前に漢字を当てはめることが出来なかった為、二匹を止めることは出来なかった。
結果、動物組と同じく「アカザ」の漢字を把握していないマキミキと桃太郎以外全員の空気が一気に重くなった。
「え!? 何この空気!? お通夜? お通夜なの!?」
「地獄というかあの世でお通夜や葬式はありませんよ」
困惑するシロに鬼灯は淡々と突っ込む。そして自分が答えるべきかどうか迷っていたら、狛治が自ら答えてくれた。
「……俺は鬼になってすぐに人間だった記憶を失ったから、無惨様がその名前を付けたんだよ。
意味は……『猗』は去勢された犬で、『窩』は空っぽの穴、『座』はそのまま座ってるだから、通して俺の本名で意訳すると『役立たずの狛犬』ってところだ」
死んだ虚ろな目で狛治の語った蔑称にしても酷すぎる由来の名前に、今度こそ会議室全体の空気が鉛のように重くなった。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!」
「すみませんすみませんすみませんでしたー!!」
「こいつら止めなくてすみません!! 本当にごめんなさい!!」
「うちの馬鹿犬とアホ猿が本当にすみません!!」
重すぎる沈黙の空気の中、尋ねた当人たちだけではなく桃太郎一味一丸となって勢いよく土下座で語らせたことを謝った。実は「アカザって名前も何かカッコイイな」と思っていた脳が個性的なアイドル、ピーチ・マキもとっさに土下座しかかった。
狛治はもちろん、相手に悪気が一切なかったことはわかりきっているので「気にするな」と言って快く許す。が、目の光は戻ってこない。
「そ、そういえば姉さんがいないってことは、姉さんは店番なんですか桃太郎さん?」
このままだと重すぎる空気の中、それを一切気にしない鬼灯が講習を始めかねないので、なんとか空気を入れ替えようとしのぶがひきつった笑みのまま桃太郎に全然別の話を振った。
「え? あ、はい。カナエさんも行きたがってましたけど、俺も白澤様も行きたいと言ったら店番を買って出てくれました」
「真面目だよねー、カナエちゃんは。一日くらい休んじゃってもいいのに」
「あんたがそんな風にしょっちゅう、酔いつぶれたり遊郭から帰ってこなかったりで休むからカナエさんが気にすんだよ! あんたはもう少し気にしろ!! 休むな!! 今からでも帰ってカナエさんと交代してこい!!」
しのぶの問いに桃太郎はまだ狛治を気にしながらも答えるが、ただ女の子目当てでやって来た上司がヘラヘラして言うので、もう狛治や胡蝶姉妹に対しての申し訳なさも吹っ飛んで、上司に対して割と遠慮なしに叱りつける。
御伽草子の英雄と神獣のやり取りに呆れてるんだか引いてるんだかな顔をしつつも、しのぶの意図を汲んで玄弥も同じような話を無一郎に振る。
「と、時透さんのお兄さんは来なかったんすか? 鬼灯さんの意図じゃ、ある意味お兄さんの話も貴重なんじゃないんすか?」
「兄さんは『嫌なことをわざわざ思い出しに行きたくない』って言ってたよ。けど、たぶん鬼灯に会いたくなかっただけだと思う。兄さん、自分が死んだ時に生き返らせろ、現世に戻せってごねて、鬼灯にしめられたらしいから」
年下だが元は上司に当たる柱なのと、上弦の肆の時も上弦の壱の時も世話になったからか、未だにやや雑とはいえ敬語で尋ねる玄弥とは対照的に、鬼灯すら呼び捨てにした無一郎はぼんやりとした調子で双子の兄、有一郎のたぶん語られたくなかったであろう過去とトラウマを自然体で暴露。
その暴露に玄弥はどういった反応を返せばいいのか困惑しているのだが、記憶が戻っても記憶喪失時代の性格は素なのかもう定着しているのか不明だが、マイペースに「そういう玄弥こそ、実弥は誘わなかったの?」と尋ね返す。
「兄ちゃんはただ単にシフトの都合で無理だっただけっすよ。
今日は不喜処の犬たちを予防注射に連れて行かなくちゃいけないらしくて。間に合うようなら、後からでも来るって言ってたなぁ」
「えぇ。同じく、シフトの都合で
そして実弥さんの来れなかった業務内容からして、何故いるシロさん」
「え? あ、あははははは~~~~……」
玄弥の説明を引き継いで鬼灯が他の来れなかった鬼殺隊メンバーの名前を上げつつ、『不喜処の犬たちの予防注射』をさぼってここにいるシロを睨み付けた。
笑って誤魔化そうとするシロだが、玄弥には「素直に謝って講習が終わってからでもいけ」、狛治には「そうしないとお前ぐらいの大きさの注射を鬼灯様がぶっ刺すぞ」と忠告されて、トドメにしのぶが「何なら私が今からしましょうか?」と未だ現役な特殊日輪刀を笑顔ですらりと抜き、シロは尻尾を後ろ脚の間に挟みながらまたしても激しく謝って行く事を宣言する。
しのぶの意図通り、空気の重さがなくなったことにホッとしつつも、マキは横のミキに訊いた。
「……今日、何しに来たんだっけ?」
その質問に、ミキはしっかり「鬼舞辻 無惨」や「鬼殺隊」のことを予習してきたから優等生だからこそ、答えられない。
鬼殺隊を基にしたドラマのキャラ作りにと言われてマネージャーに送り出されたが、獄卒の鬼はもちろん元とはいえ悪鬼であった狛治ともこんなに仲良く、中身のない雑談を永遠に続けられそうな風景を見て、「鬼、絶対にぶっ殺す隊」のキャラが作れるとは到底思えはしなかった。
* * *
「はい、それでは雑談はさすがにここまでにして、さっそく無惨のやらかしとその被害者たちによる想定外すぎる歴史と私たち獄卒の修羅場を語っていきたいと思います」
『大変ご迷惑をおかけして、申し訳ありません!!』
鬼灯がホワイトボード前に立ってそう宣言すると同時に、元鬼殺隊と狛治が座ったまま深々と頭を下げた。
獄卒として働いている彼らだからこそ、「元凶は無惨だし」という責任転嫁は出来ないようだ。狛治は全く別の意味合いだが、鬼殺隊は自分達の「無惨絶対に許さないぶっ殺す」精神が何も悪くないお迎え課に迷惑かけまくったことや、お館様の隊士にバフかける為の産屋敷ボンバーを、今更だが本当に申し訳なく思っているのはしのぶや玄弥だけではなくマイペースすぎる無一郎まで謝っている事からよくわかる。
「こちらこそ、何かと未だに気を遣わせてすみません。
それでは、まず最初にマキさん。あなたは鬼舞辻 無惨についてどの程度知っていますか?」
別に嫌味の意図はなかったらしく、鬼灯も謝罪で返してからいきなりマキを指名してどの程度の知識があるのかを確かめる。
だが、マキも自分の脳がだいぶ個性的であることを自覚してそれを売りにしているとはいえ、完全に開き直っている訳ではない。むしろそのキャラを脱却したいと思っているからこそ、少しばかりは努力している。
そう、彼女だってミキと同じくちょっとばかりは予習して来たのだ!
だからマキは自信満々に手を上げてとてもいい返事をしながら立ち上がって、堂々と答えた。
「はい! すっごいイケメンでペイズリー柄が似合う人です!!」
「あいつ、アホにはペイズリー柄の印象しか残せないのか」
マキの脳の個性を単刀直入に言い放って、鬼灯はもはや感心したような感想を呟く。
一応、「無惨」が誰のことを指しているのかがすぐにわかっただけでも予習の成果は出ているだろう。そう思っておいてあげて。
さすがの白澤もややひきつった笑みになる答えを言い放ったマキを着席させて、今度はミキを指名して同じことを問うと、ミキは安定の優等生ぶりを発揮して答えてくれた。
「はいだニャ~ン。
えーと、私が学校で習ったのは現世で元人間が鬼になって、そのまま自分と同じ鬼を増やし続けて、大正時代に人間の手で討伐された悪鬼だってことくらいですニャ~ン。
あと、今日の講習の為に予習して知ったのは、無惨は自分を倒した鬼殺隊の当主である産屋敷家の先祖にあたることと、体内に7つの心臓と5つの脳を持っていたってことですニャ~ン」
「素晴らしい。特に心臓と脳の数まで知っている方は、当時を知る獄卒の中でも珍しいですよ」
ミキの答えに鬼灯は拍手して褒めたたえる。
そして体内の心臓や脳の数に動物組は「すげーな、そいつ」「タコかな?」「再生するらしいし、タコっぽいよね!」と驚嘆しているのかけなしているのかわからない会話を交わしているが、彼らの主は非常に遠い目をして呟いた。
「……脳が5つあんのに、あんなんなのか」
『あんなんだったんだよ・です』
桃太郎の呟きに、白澤と鬼灯、鬼殺隊組に狛治が真顔で深々頷いて更に念押しする。
どうやら桃太郎は、白澤やカナエから多少は無惨に関してのエピソードを知っていたようだ。
「あんなんって……」
「一体、どんなんだったんですか?」
「端的に言えば、『残念な脳が5つあっても5倍残念なだけ』だと思い知る感じです」
「俺的には烏頭さんが言った『直列思考』がわかりやすいと思います。脳が5つあっても、あんなんだった訳は」
ミキとマキが引きつつ尋ねると鬼灯は即答で脳が複数あっても意味がない理由を答え、更に狛治が真顔で追撃をかけてしのぶたちを吹き出させた。
「あんなだったと言われる所以が一番わかりやすいのは……やはり奴が鬼になった経緯ですね」
鬼殺隊にも挑発や嘲りの意味合いはもはやなく、素で笑われる無惨の残念さにアイドル組は困惑しっぱなしだが、その困惑を解消させる為の話を鬼灯は始める。
「奴は平安時代の貴族でした。しかし病弱で二十歳まで生きてられないと言われている体でしたが、……とてつもなく、本当にとてつもなくとんでもなく腕のある医者が善意で奴を治療していました。
ですが、奴は治療の成果が出ていないと思って癇癪を起こし、医者の頭を鉈で叩き割って殺害。そのしばらく後に病が治り体質も超常的なものになりました。そう、医者が奴に施していた治療は人を鬼に変えるという、頭どころか何もかもがおかしい治療法でした」
鬼灯の語りは淡々としたものだが、どこかしら怒りや苛立ちが感じ取れるものだったので聴講生たちが怯えだすが、その怒りと苛立ちの原因は簡単に判明。どうりで、医者の腕を「とてつもない」「とんでもない」と強調する割に「名医」だとは言わなかった訳である。
「……それ、無惨の癇癪のインパクトでつい見逃しがちだけど、医者がマジで色々とおかしいよな」
鬼灯と犬猿の仲である白澤でさえも、なんだか心から同情しているような声音で医者の異常さを言及すれば、鬼灯がまた昔の苦労とか後悔とかいろんなものが爆発してキレた。
「おかしいどころじゃないですよ!
こんな治療法を思いついて実行するってだけでもサイコかマッドとしか言えないはずなのに、善意ですよ善意!! しかも、無惨以外にはその善意が報われる結果を出してるんですよ!!
っていうか、何よりおかしいのは鬼化の薬に妖術とか神通力とかが使われていない、材料さえそろえば普通に再現できる『科学』だってことだ!!」
『マジで!!??』
鬼灯のマジギレの愚痴に、白澤としのぶ以外の全員が驚愕の声を唱和させた。
「……マジなんですよ。これが。今はもう絶滅した薬草とかを使っているらしいので、再現は不可能っていうのが救いですね」
「……それも十分凄いけど、その医者のおかしい所はそれを人体どころか動物実験すらせず、ただ材料を見ただけでそういう薬が作れると確信して調薬して、本当に作ったことなんだよねぇ」
仕事の関係上か、前々から知らされていたしのぶが「冗談です」という言葉を求めて視線を向けてくる皆から目を逸らして気まずげに肯定し、更に白澤が余計に信じられなくなる情報を補足する。
「何なんですか、それ!? 本当に人間ですかそいつは!?」
「薬の神の使いか何かじゃないの、その医者」
当然、そんな存在が信じられる訳もなく唐瓜と茄子が突っ込み、マキミキとシロたちは地震中の赤べこのように激しく頷きまくる。
しかし鬼灯は、「そう思っていたからこそ、今の後悔です!」と言い放って、「有り得ない」と否定しまくる連中を黙らせた。
「信じられないのは無理もありません。しかし、その『ありえない』が実際に起こったのにその事を認めずにいたからこそ、無惨をのうのうと1000年も現世にのさばらせてしまったのです。
だから、どんなに『ありえない』と思っても勝手に自分で納得できる解釈にしてしまわないで、現実だと受け入れることは大切なんです。どうしても納得できないのなら、こう思いなさい。
あの医者は、医術界の縁壱さんだと」
当時の愚痴をぶちまけてまた瞬間的に冷めた鬼灯が、滔々と医者の非常識ぶりを受け入れろと言い聞かせる。
そしてどうしても納得できない場合の最終手段まで語るが、それは大体の聴講生にとって「誰!?」と言うしかない知らない人の名前だった。
が、彼らが突っ込む前にその名前を知る人物たち、具体的に言うと狛治と鬼殺隊、白澤と桃太郎が深々と頷きながら「あぁ!!」と非常に納得した声を上げたことでツッコミが変化する。
『縁壱さんって何者!!??』
そんなの、こっちが知りたい。
鬼灯の冷徹は縦軸と言えるストーリーがないですけど、時系列がきちんとしているので、1話目で唐瓜たちを新卒扱いしているのに、マキミキが結成されている事に違和感を覚える方がいるかもしれませんが、本作の時系列はいい加減です。面白ければそれでよしと思ってください。
そして、結末がわかるまで本格登場予定はないですが、なんとなくどんな結末を迎えてもこういう所に納まるだろうと思っているキャラの名前は出しましたので、活報でその「なんとなく納まった所」を書いておきますので、気になる方はぜひ見て下さい。