「鬼滅の刃」世界のあの世が「鬼灯の冷徹」世界だったら   作:淵深 真夜

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「何で酒呑童子さんたちと一緒に倒してくれなかった頼光四天王!!」

「縁壱さんが何者かなんて、私や八百万の神、そしてなにより巌勝(みちかつ)さんが知りたいですよ」

 

 縁壱に関しての情報がほぼない連中からの突っ込みに、鬼灯は言われまくってうんざりしているのがよくわかる顔と声音で答えて、更に疑問を深めた。

 

「悲鳴嶼さんの『例外』発言の反応って、今になって思うと図星だったからというより……」

「……人間かどうか悩んでたよね、絶対」

 

 ついでに玄弥と無一郎がヒソヒソと話し合う内容もまた謎を深めるが、もう謎しかないのに多分知らない方が平和そうな事だけはなんとなく全員が察する。

 なので、空気を換えようとルリオが翼を上げて気になった所を尋ねる。

 

「あの、そもそも何で無惨に関してはあの世側は動かなかったんですか? 現世で瘟鬼(おんき)が暴れてた時は、わざわざ桃から桃太郎を生み出してるのに」

「はい、そこを疑問に思われるのは当然です」

 

 桃太郎が迷走して地獄に道場破りみたいなことをした時の狛治の反応時点で、どうやらルリオは「とてつもなく厄介な鬼がいた」ことと、「けれど桃太郎のような英雄に倒された訳ではない」ことを察しており、だからこそ気になっていたらしい。

 そして鬼灯も自分で言ったように予測済みの質問だった為、よどみなく答えてくれた。

 

「まず、先ほど私がキレた通り無惨の鬼化は本人の怨念や執念、何らかの妖術や神通力など超常的なものの成果ではありません。

 ……その所為で、まず最初の段階であの世側が現世に介入する理由がないんですよ。むしろ、介入したら越権行為になります」

『…………あぁ~~』

 

 その答えに、聴講生たちが納得の声を唱和させた。この納得は、あの世側が動かなかったことに対してというより、鬼灯のキレ具合に対しての割合が強い。

 鬼灯がやたらと医者に対してキレていたのは、どうやら無惨という厄介すぎる頭無惨を生み出した事よりも「科学」で鬼という存在を生み出したことが原因だったようだ。

 

 しかし鬼灯の答えは、言ってみれば現世の被害者たちのことを考えていないあの世側の都合と理由なので、今度は「それ、無惨の被害者の前で言っちゃっていいの?」という疑問が茄子・シロ・マキのアホトリオ以外の全員に浮かんだらしく、非常に気まずげに彼らへとそれぞれ視線を向けると、しのぶが代表して苦笑しながら答えてくれた。

 

「あ、私たちは気にしてませんよ。というか、そのあたりのことはあの世(こっち)に来てすぐに説明されましたし。

 そりゃ、最初は理屈としてはそうだとわかってても不満がありましたが、十王の裁判は厳しくも公正であることは身をもって知りましたから、私たちの不幸の元凶である理不尽には相応の報いを期待できますし、自分たちの正しさを断言してもらい、現世では叶えられなかった幸せを与えられたのだから、そんな不満はすぐに消し飛びましたよ」

 

 玄弥と無一郎はしのぶの言葉にウンウンと頷き、等活地獄で罰を受けた狛治でさえも穏やかに笑って頷いたので、彼らは本音であの世側が動かなかったことに関して気にしていないらしい。

 そのことに彼らのことを案じていた者達がホッとしたが、無一郎は相変わらずぼんやりとした様子でボソッと、しのぶの言い分に付け加えた。

 

「……まぁ、動かなかったことで怒るとしたら鬼灯や大王より、アマテラスとかそのあたりの神に対してだよね」

『え?』

 

 相当不穏なことを言い出され、今度はアホトリオも含めてまずは無一郎を注目してから、他の3人や鬼灯に視線を向ける。

 玄弥やしのぶは無一郎の呟きに「あ~……」と気まずそうな納得しているような声を上げ、周囲の視線から自分の視線を明後日の方向に逃がす。

 

 狛治は相変わらず、穏やかに笑っている。

 が、その目はやけに怖い。煉獄あたりがこの場にいたら、「猗窩座の頃と同じ目をしていた」と答える程、その目は虚ろでありながら深い怒りや憎悪の熱を孕んでいた。

 

「そう言ってもらえるのなら、幸いです。

 ……言い訳にしかなりませんが、一応他にも動けなかった、動かなかった理由はあります。

 まず人が鬼に変化すること自体は、そう頻繁ではありませんが稀とは言えない程度にありました。なので、『鬼に変化した』こと自体はさほど重視されなかったんです。

 それに加え、無惨の生まれた時代は平安時代。酒呑童子さんや茨木童子さんという有名所が暴れていたこともあって、医者の証言や俱生神さんからの報告で『日光が致命的』という弱点を持っていた無惨は、彼らと比べるとそこまで警戒する必要はないように思えてしまったのです。

 

 …………何で酒呑童子さんたちと一緒に倒してくれなかった頼光四天王!!」

 

 鬼灯はしのぶのフォローと無一郎の発言に感謝を示しつつ、更に当時の事情を話していたらまたキレて両こぶしをテーブルに叩きつけて、テーブルはもちろん粉砕。

 狛治はそれを、慣れた調子で掃除して片づけた。その時には目がいつもの「あぁ、またか」と言わんばかりの苦労人の目に戻っていたので、一同はちょっと安心する。

 

「鬼灯様、気持ちはわかるけど落ち着いて!」

「気持ちはわかるけど、頼光四天王に期待しすぎだろ!?」

「いえ! 当時の無惨なら血鬼術も捨て駒の鬼もおらず、爆発四散して逃げる術もないので四天王と頼光さんの5人でタコ殴りしてれば夜明けで焼き殺せました!!」

 

 唐瓜と桃太郎が鬼灯を宥めているのかただの突っ込みなのかよくわからないことを言うが、鬼灯にとって本当に頼光四天王は自分が無惨とエンカウントした時、そして縁壱の存在並のビックチャンスだったらしく、諦め悪く主張する。

 その主張、まだ無惨はろくに自分が得た力を生かせていなかったことを知って、鬼灯がここまで悔しがっている訳を理解し、聴講生たちは元鬼殺隊と同じく同情の視線を送る。

 

 だが、他国のこととはいえ知識の神いつもは残念神獣の白澤と、普通に勉強ができる優等生迷走系アイドルのミキは気付いていた。

 ……無惨は討伐された大正初期で鬼となって約1000年なら、頼光四天王が活躍した時期と鬼になった直後の時期は微妙にずれる。

 そのずれは精々30年ほどだし、そもそもが相当大ざっぱな計算なので、無惨が鬼になった正確な時期がその頃なのかもしれないが、鬼灯は一言たりとも「鬼になってすぐ」だとか「日が浅い」という類の言葉を使っていない。

 

 つまり、奴は30年かけてもその程度だった可能性が非常に高いということにも気づけば、更に鬼灯に対しての同情度が上がった。

 そりゃ未だにブチ切れるのもわかるほど、その時に討伐していて欲しかっただろう。

 

 * * *

 

「……あいつは変化が嫌いなだけあって、この当時からヤバいと思ったらガン逃げスタイルだったんですよ。だからこそ平安時代は比較的大人しくて、鎌倉時代あたりから活動的になりました。この頃くらいに自分の血を与えたら人間が自分と同じ鬼になることを知ったのでしょう。

 奴は太陽を克服するための実験台、もしくはただの下僕として使う為に人間を鬼にし、その鬼が人間を喰らうことで無惨の被害者が増加。……それでも神々(うえ)の判断は、『現世の問題なのだから現世に任せて干渉するな』でした。

 

 現場を知らないエリートに、あれやれこれやれと合理性も実用性もない指示を出されて動かされるのも業腹ですが、明らかにヤバいから報告しているというのにそれを理解しない頭極楽とんぼ桃源郷には殺意を覚えましたよ。

 その癖、もっと後になってから医者を天国行きでも地獄行きでもなく、転生させたことを責めてきますしね」

 

 更にあの世側が動かなかった理由を今度はキレずに鬼灯は語ってくれたが、いっそキレて叫んでほしいほどに雰囲気が怖い。背後から八大地獄名物「漆黒の炎」が燃え盛っているように見えるのは、間違いなくその場の全員だ。

 

 殺意を視覚的に表現して見せた鬼灯の怒りで、無一郎の発言と他の無惨被害者たちの反応を聴講生たちは理解する。

 彼らがあの世側に対して怒っていないのは、少なくとも鬼灯は積極的に動きたかったのに、鬼灯の言う通り現場を知らない頭でっかちの(エリート)が、事態を楽観視していたからか特例的に動く許可をくれなかったから。

 その為、鬼灯だけではなく鬼殺隊や狛治の雰囲気も怖くなってしまった。彼らも現場で動きまくった叩き上げ実力者だからこそ、自分たちの悲劇を抜いても神々の「現世(むざん)に干渉するな」という判断に怒りが湧くようだ。

 

「あ、あの~……医者の判決は転生だったのは何でですか?

 無惨を生み出したことを考えたら地獄行き。わざとじゃない、病気を治すための善意が無惨の癇癪で最悪の事態に陥ったことを考慮したのなら天国行きになりませんか?」

 

 室内人数の約1/3の雰囲気が怒りによる漆黒の炎になり、その炎なのに八寒地獄並みのブリザードと思える空気に耐えられず唐瓜が何とか少しでも話題を逸らそうと、鬼灯が最後に語った「(ある意味元凶な)医者への判決」について尋ねる。

 唐瓜の願いは叶った。ある意味では。別に叶って欲しくない方向で。

 

「……唐瓜さんの言う通り、当初は天国行きの予定でした。あの医者は私財を投じて貴族はもちろん、平民も治療していた功績もあるのと、先ほども言った通り人間が鬼になることはたまにあったので、医者を罰する理由が当時はなかったんですよ。

 ですが……この医者は本当に平安時代の縁壱さんでしてね。スペックが異常なのに性格は善良この上なかった為、自ら自分の非を語って、天国行きはふさわしくないと抗議してきたんです。

 

 医者は無惨に施した治療によるデメリット、食人衝動などを理解していたからこそ、そのデメリットを抑える代わりにメリットである治癒能力も最低限になる薬を同時投与していました。

 だから、無惨が癇癪を起さなくても何らかの不幸で医者が突然死してしまえば、同じような事態に陥っていた。そのことを全く想像せず、対策していなかった自分が天国行きなんておかしいと主張したんですよ。

 で、その主張は正論だったので、『ならばその後悔と反省を魂に刻み、再び人間に転生して生き抜くことで生かしてみせよ』が医者への判決でした。

 

 ……私達の判断が甘かったことは認めますよ。認めてますよ。

 けど、言わせろ!! この当時で、医者が現代に至っても異常すぎるってことも、無惨のその後も想像できる訳あるか!!」

 

 いっそキレて欲しいという願いは叶った。そして元鬼殺隊も狛治も鬼灯のキレ具合、叫びながら壁を殴って大穴を開けた勢いと迫力に押されて、怖い雰囲気は消え去ったのは良い。

 けれど、今度は壁ドンでは気はすまなかったらしく、更にその穴を広げるように壁を殴り続ける鬼灯に全員が引きに引いているので誰も止められない。今、宥めようと声を掛けたら確実に穴が開くのは壁ではなく自分の体か頭だと全員が理解していた。

 

 なので、皆がドン引きつつも同情そのものの視線を送り、気が済むまで放っておくことにした。

 

「医者が死んだ平安時代は、私達はもちろん現世の人間も『科学』なんてものは理解どころか認識してなかったんですよ! ぶっちゃけ、無惨の鬼化は医者が無自覚に何らかの妖術を使っていたと思いこんでて何が悪い!?

 鎌倉後期あたりで無惨の被害が『現世の妖怪のことだから』という範疇に納まらなくなってきて、(うえ)に報告するために浄玻璃の鏡で医者の調薬シーンとか見直して驚愕しましたよ!

 安倍晴明さんにも見てもらって断言されたんですよ!! 『妖術の類は何一つとして使っていない』と!!

 

 無惨があそこまで生き延びるとわかっていたら! 私たちが介入できる理由がないと初めからわかっていたら!

 少なくとも転生させる前に、人間に戻す方法を聞き出すか編み出させるかして、その情報を何とか鬼殺隊か珠世さんあたりに託してましたよ!!」

 

 どうやら医者の裁判の時点では、医者は善行しかしていないし妖術の類は時代柄珍しくもない、そして医者は自分の非を自ら主張していたが、全く自分の異常性に自覚がなかったのもあって、浄玻璃の鏡による事実確認をほとんど行っていなかったらしい。その所為で、無惨の鬼化をあの世側は長らく「妖術によるもの」と勘違いしていたようだ。

 

 これは、鬼灯や閻魔大王の怠慢だと責められない。

「科学」なんて言葉すらなかった時代なのだから、医者自身も「実験もせずに欲しい効果の薬を調薬できる」なんて頭縁壱な己のやらかしもその結果の薬も、妖術だと思い込んでいたと考えるのが妥当。

 

 そして鬼灯も自分が死後とはいえ人間から鬼になった事例だからこそ、無惨も似たようなもの、つまりは「人間が本来なら持ち得ない力を使って生まれた存在」だと思い込み、いざとなれば自分たちが対処すればいいとでも思っていたのだろう。

 だが、いざその対処をしようと思ったら、無惨自身は妖怪としか言いようがない存在に変貌しているが、その変貌させた手段そのものは「科学」だった為、手の出しようがなかった。

 

 つまり、自業自得と言うには惨いが鬼灯のある意味楽観的な考えが、事態を泥沼化させた一端でもあることを自覚しているからこそ、解決して1世紀が経過しても怒りが風化も劣化もしない程の後悔らしい。

 

「転生させなければ良かった! 天国行きどころか旃荼処(せんだしょ)あたりに堕としておけば良かった!!

 いっそ転生した医者のスペックが来世でも受け継がれていれば良かった!!

 なんで転生したら人並みになってんだ!! その所為と平均寿命が短いから転生サイクルが早くて、あの医者の異常性に気付いた時には、元医者の魂が今どこで何やってるのかわからなくなっていたことを一番悔しく思ったのは私だ!!!!」

「わかった! 本当にもうわかったから! わかりすぎたから落ち着け!!

 僕がお前は悪くないって断言してやるから、マジでいい加減落ち着けって!!」

 

 だからか、いつまでたっても鬼灯の気が済まずに壁に穴どころかもはや隣の部屋とくっつけて一部屋化する拡張工事ですか? 状態になってしまったので、ビビりまくっているマキミキや勇気を持って鬼灯を宥めようとしたしのぶを庇ったのか、それとも吐くほど嫌いな取引先相手でも本心から同情しているからか、白澤が鬼灯を「悪くない」と断言して宥めて事態の収拾を試みる。

 

「持っている知識は縁壱さん並のチートなのに、それを全く生かせていないお前に断言されても説得力ないだろうが」

「急にいつものテンションに戻んな!! つか、どういう意味だアカミミガメ似釣り目!!」

 

 だが鬼灯からしたら、白澤に同情させるのはこの上なく屈辱的だったようで、白澤が言うように急に素に戻ってかなり理不尽なことを言い出したので、白澤も素でキレていつもの喧嘩が勃発。

 鬼灯が騒がしくなくなった代わりに白澤がギャーギャーと騒いで鬼灯を罵り、鬼灯もまた先程とは別の意味で苛立ち始めて事態はより悪化。

 

 持っている金棒や近くにあるホワイトボードで白澤を殴るのならいつもの事だから全員が放置するだろうが、鬼灯がとっさに手を伸ばしたのは窓側の壁。この鬼神、壁をもぎ取って白澤を殴り潰す気だと察した全員は、鬼灯のことを理解しすぎている。

 

 だが、鬼灯のことを理解出来ていても対処法まで反射レベルで行える者は、さすがに一人だけだった。

 

「そういえば、シロたちも言ってましたが無惨様の脳と心臓の構造ってほぼタコと一緒ですよね! 鬼化の薬の材料はタコだったんでしょうか!?」

「「いや・いえ、タコの方が賢い」」

 

 マキミキは怯え、獄卒たちと桃太郎も怯えているがなんとかマキミキだけでも巻き添えを食わないように周囲を囲んで庇い、そして鬼と戦い続けただけあって度胸が据わりすぎている元鬼殺隊たちが二人の間に入って止めようとしたが、それより先に狛治が訳のわからない事を言い出した。

 

 唐突すぎる狛治の疑問というか無惨への悪口なのかもよくわからない発言に、もちろんほぼ全員が困惑するのだが、何故か狛治の発言に喧嘩(というには既に白澤が一方的にボロ負け)していた張本人たちが同時に即答して、余計に周囲は困惑。っていうか、即答してるがその答えは狛治の疑問に何も答えていない。これこそただの悪口だ。

 

「狛治さん。タコの脳は9個。つまりはタコの方が多いのですから、タコの方が絶対に賢いですよ。無惨と比べたらタコに失礼です」

「そうそう。煮ても焼いても美味しい、ワサビにつけたらもう最高なタコの方がずっと偉いよ」

 

 しかもそのまま、狛治の発言を軽くだが咎める。タコに失礼だと。

 

「っていうか、あいつの脳は5つあるんじゃなくて元の一つを5等分してるんじゃないの?」

「あぁ。その方が納得ですね。あれに脳なんて複雑怪奇なものを複製できるとは思えませんし」

「心臓は7つあるし、人を食べるんだから消化器もあるのに、人並みの大きさの脳なんてもう体に入る余裕はないだろ」

「消化器を丸々抜いても体に入るのは2つかギリ3つって所ですよね。後はどこにあったんでしょう? 尻?」

「あぁ……。そこなら座るだけで脳みそ踏みつけている状態になるから、あの残念さに説明がつくな……」

 

 挙句の果てに二人は先ほどの険悪さなど綺麗さっぱり忘れたように、和気藹々とは言わないがかなり普通にただの世間話としてのテンションと空気でそのまま、無惨の頭無惨さとその原因について語り始める。

 

 もちろん、他の者達からしたら狛治の発言以上に訳のわからない結果と状況に、まん丸い目で全員が狛治を見る。

 その説明を求める視線に、狛治は魂から苦労人であることをにじませた遠い目で語った。

 

「……良い機会だから、覚えておいてくれ。

 この二人が険悪にならずに長時間続けられる話題は、無惨様に関してのことだ。だから二人が険悪になって周りに被害が出そうになったら、無惨様のことを話題に上げろ。

 ちょっと無惨様を褒めているように聞こえる話題がベストだ。それなら、頭に血が上った状態でも一瞬で素に戻って否定するから」

 

 どうやら狛治にとって、無惨をタコと同列に扱うのは褒め言葉の部類だったらしい。マジでか。

 

 しかしその効果の絶大さを目の当たりにしたので、全員が激しく首肯して心の最重要事項用のメモ帳へ特に目立つにように書き込んだ。

 書き込みながら、マキは隣の部屋が良く見えるようになった元壁を死んだ目で眺めながらボソッと呟いた。

 

「……これって講習とか勉強会というより、ただ単に鬼灯様が愚痴を語る会な気が」

 

 マキの呟きに、無惨について真顔で悪口のつもりはなくただの純粋な自分の感想や疑問を語り続ける鬼灯と白澤以外の全員が、生ぬるい目をして静かに唇の前に指を1本立てるジェスチャー……「沈黙は金」と告げる。

 そんなの、言うまでもなく全員が知っていたことだった。

 

 

 

 * * *

 

 

 

「すみません。皆さんのお時間をもらっておきながらただの私の愚痴を語る会になってしまって」

 

 マキの呟きが聞こえていたのか、それとも初めから自覚していたのか鬼灯は自分から言って頭を下げる。

 愚痴りたくなる気持ちは嫌になるほどわかる話だったので、白澤以外は苦笑しながら「そんなことない」と大人の気遣いを見せた。白澤はもちろん、「お前には言ってない。そもそもお前は誘ってない」と言い返されて、ホワイトボードの角が頭に刺さる。

 

 白澤の惨状に関してはいつもの事なので、全員が放っておく。

 というか、本日の聴講生たちは「次、講習があったらどうしよう?」という考えで頭が一杯。白澤の安否を考える余裕などない。

 

 ひたすらに鬼灯がキレまくっていたが、話としては面白い部類だったのでアホトリオも勉強への苦手意識はなく、本音でまた聞ける機会があるのなら聞きたいと思っている。

 しかし、初めからわかっていたことだがこの「無惨や鬼殺隊の歴史」は端的に言えばあの世の失敗や後悔の歴史でもある為、どうしても話している側の鬼灯が過去のトラウマやら未だに諦めきれない後悔が鮮明に思い出されてしまい、おそらくこれからの講習も似たような瞬間沸騰ギレは容易く想像できた。

 

 白澤でもないかぎり、鬼灯は人や動物に八つ当たりをぶつけはしないが物には容赦なくぶつけるし、そもそも鬼灯は「怒」以外の感情の振れ幅が少ない所為でわかりにくいが、仕事だとか人前だとかという理由で自分の感情を押さえつけて隠すという真似はしない。意外とこの鬼は、感情がいつも駄々洩れなのだ。

 

 学校の授業などでは教えてもらえないし、これから周知してもらうための実験的な講習なのでTVなどの雑学系番組でも知ることができない歴史の裏話を当事者たちから教えてもらうメリットと、本日のような怖い空気に怯えなくてはならないデメリット。

 それらを聴講生たちが頭の秤にかけて重さを確かめていると、白澤を踏みつぶし飽きた鬼灯が再び皆に向き直って語る。

 

「結局、本日は予定していた話の大半が語れなかったのでまた後日、講習を行いたいと思います。同じく、参加はご自由ですので他に予定がある方はもちろん、今日の話で興味が湧かなかったり私の不備が不満だった方は遠慮なく断ってください。

 ただ、本日の講習で私も学習しましたので、次回はこのような愚痴と八つ当たりばかりにならないことを約束します」

 

 自分の非をちゃんと自覚しているだけあって、鬼灯はもう一度頭を下げる。そしてその場のノリと勢いでの暴走も大好きだが合理性の塊でもある為、鬼灯はしっかり本日の反省点も次回への改善案も纏めていた。

 なので全員が「それなら」と納得して期待して、鬼灯の改善案を聞く。

 

 が、甘かった。

 このドS補佐官の改善案は全く「改善」ではない、「改造」なら良い方で9割方「改悪」になっていることを、付き合いが長い狛治でさえも疲れているのか忘れていた。

 

「ひとまず、医者に関しての事は語りつくしたので医者への愚痴はもうありません。たぶん。他の方々の愚痴は瞬間的に叫んで突っ込むか、せいぜい机を壊す程度で押さえる自信はあります。

 そして一番の問題である無惨は、前回撮影した等活・黒縄地獄編と近々撮影予定の衆合地獄編の小地獄めぐり動画を横で延々と流しておきます。あいつの拷問の様子を見ていたら、少しはストレスが緩和されますので」

 

 やっぱりこの鬼は自分の不機嫌や苛立ちといった、周囲を畏縮させてしまう感情を押さえつけて隠す気は一切ないようだ。

 鬼灯の語った改善案は、いかに鬼灯のストレスを減らすかであって、聴講生が話に集中できるかどうかは全く考慮していない。おそらく聴講生のことを考えていないというより、ただひたすらに無惨を虚仮にしたいという鬼灯の希望も合わさってこの結果なのだろう。

 

 そんなある意味では今回以上に参加したいような、流石に無惨が可哀相に思えてくるので見たくないようなという迷いが聴講生全員の頭をぐるぐる駆け巡るのだが、鬼灯の案に異を唱える勇気がある者はいない。

 しかし、聴講生にはいないが本来なら講師役だったが本日は完全に聴講生となってしまっていた者達、元鬼殺隊がそれぞれ鬼灯に向かって言った。

 

「鬼灯様……。それだと聴講生が元鬼殺隊だけになりますよ?」

 

 まず代表としてしのぶが突っ込み、それに続いて無一郎が「少なくとも、お館様が最前列ど真ん中にいるね」と同意し、玄弥は遠い目で「そうだな……。等活・黒縄地獄編の動画を腹抱えて酸欠になってあまね様に引かれるくらい笑って見てたからな」と、何気に深い産屋敷の闇を軽やかに暴露する。

 

「そうですね……。新作動画を先行上映してしまうと、鬼殺隊の方々が間違いなく殺到しますね。

 仕方ないですが、延々と流すのは等活・黒縄地獄編だけにしましょう」

 

 そして鬼灯も、彼らの意見に深々と頷いて納得。

 それらの様子を見ていた聴講生たち、代表して桃太郎がひきつった顔で尋ねる。

 

「どんだけ未だに嫌われてるんすか、無惨は」

 

 講習中のしのぶたちの反応からして、もう1世紀は経っている事と、鬼に奪われた家族らと再会している事からして、鬼に対しての恨みはほとんどなくなっているように彼らには思えていたのだろう。

 だがそんな訳がなかったこと、ある意味では鬼灯のようにわかりやすい恨み骨髄ではなく、もはや恨んで憎んで酷い目に遭うことを望んで呪い続けるのが呼吸同然レベルである者がまだ大半であることを知って、かなりドン引いている。

 

 そんなドン引き勢から目を逸らし、狛治は遠くを眺めて乾いた笑みを浮かべて言う。

 

「……無惨様以外の鬼に対しては、別にもう何とも思ってない者の方が多いぞ。無惨様に関しても、杏寿郎や炭治郎みたいに『好きの反対は無関心』を地で行っている者も結構いるが……、無惨様は無限城で鬼殺隊に『自分による被害は天災だと思って諦めろ。諦めないお前らは異常者だ。しつこい異常者の相手はもううんざりだ』みたいなことを言ったんだよな……」

 

 一応、この3人レベルではない鬼殺隊の存在を語りつつ、未だに生命活動同然レベルで憎まれている無惨の、そこまで憎まれる理由の一端として一番わかりやすい事例を語れば、聴講生たちは狛治と同じ目になった。

 他人事でも瞬間的に頭に血が上るくらいどころか、「聞き間違いかなんかかな?」と発言そのものを脳が理解を拒否してしまうレベルの「お前が言うな!!」発言である。

 彼らの憎悪には納得しかない。

 

 とりあえず、聴講生たちは次回の講習に参加するかしないかはともかく、無惨の十六小地獄めぐり次回作の衆合地獄編を楽しみにすることにした。現実逃避とも言う。





次回は恋雪さんメイン回。
本当は煉獄さんメイン回予定だったけど、1/31が愛妻の日だと知ってその次に予定していた恋雪さん回を前倒しに。
……愛妻の日に投稿できたらいいなぁ。遅れたらごめんなさい。

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