光り輝く呪いの歌 作:光子大爆発
私の友達に日陰涼という女の子がいる。
金髪碧眼の可愛らしい女の子で、何より変わり者だった。
はじめて会った時は色々本当に驚かされたわ。まだ中学生、それもギターを弾き始めたばかりだというのに、すでに彼女は確固とした世界を持ち、表現することができていた。
私が思うに音楽家というのは二つの人種に大別されている。
一つはそれしかない人種。自分の全てを音に懸けて表現する、音を奏でられないと存在意義がないような人たち。カテゴライズすれば私はこちら側に当てはまると思う。
そして、もう一つは歌と他の分野を織り交ぜて自分の世界を作れる人種。紛れもなく涼はこちらに当てはまる。
彼女の世界はとても強固な美学に裏打ちされていながらも柔軟で、私に非常に良く合っていた。私の歌声が観客に好意的に捉えてもらえるのは彼女が奏でる音でデュオの世界観を補強してもらっている部分が大きいと思う。
だから私は彼女にかなりの信頼を寄せている。
しかし、ごく稀に距離を感じてしまうことがある。
私は歌に全てを懸けてきた。……それもあまり純粋とは言えない動機で。
けれど、彼女は違う。彼女はどこまでも「ただ美しいものを見たい、作り出したい」という衝動に基づいて行動している。
それが、私にとってひどく眩しく思えてしまう。
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翌週のライブの日。
私たちの出番はないけれど、練習を減らして初めからライブを見ていた。
今、私たちが通っているライブハウスはスタジオ併設型でかなり大きい。それでいて学校からも近いため、学生バンドがよく集まっていた。ここなら先週友希那が言っていたギターの子も、まだ見ぬポテンシャルを秘めた子と出会うことができると思う。
とはいえ、そんな子は中々いない。
今日のライブに出てるバンドはそれなりの覚悟とそれなりの努力を重ねているものの、やはり学生相応というか趣味の枠を出ない。
友希那がまず第一に求めるのは、強烈な動機。第二にそれに伴う力量だ。数合わせ的な動機が多分に含まれているから即戦力を求める。
対して私が求めるのは、自我。
バンドだからまとまりがいい方がいいのはわかってる。けど、強烈な自我……セカイのぶつけ合いを私は好む。互いのセカイをぶつけ合って混ざり合って、そして新たなセカイを醸成する。友希那と重ねたこの経験は未だに私の思い出の中でかなりの比重を占めている。
まあ、こんな具合に二人とも選考基準が高かったり、異端だったりするためそれを満たそうとするとかなり困難になるのだ。
「今日も不作かな……?」
ライブも終盤に差し掛かったにもかかわらず、面白そうな子がいなくて飽きて席を立とうとした時。ようやく件のバンドがステージに現れた。
(これは、すごいね)
そのバンドを見て私が初めて思ったのは強烈な違和感だった。
今日何度も見たような無個性なバンドの中に一人だけ、冷厳さと先鋭を極めたような子がいたからだ。
彼女の名前は氷川紗夜というらしい。名を体を表すということわざを実に体現する存在だった。
「涼。しっかり見ておきなさい。私は彼女に不足はないと思った。けど、あなたから見れば違うのかもしれない」
「といっても、技術は友希那が認めるぐらいなんだからわざわざ見なくていいよね?」
「ええ、あなたには世界観を見てもらうわ。彼女の音色が私たちにそぐうかそぐわないか。それだけを見ていて」
話しているうちに曲が始まる。
やはり、技術の差が歴然としている。瞬く間にバンドではなく氷川紗夜の音がライブハウスにこだました。
硬質で正確な音。鈍色で堅実。ライブハウスの中だけど、背景にコンクリート打ちっぱなしの壁を想起させる。
けれど、それだけじゃない。はじめこそ機械のように聞こえるけど、しっかり温度がある。そしてそれはとても熱いものだ。
聞いていると焼けた鉄を背に差し入れられたような感覚を覚える。身体が熱くて熱くてたまらない。今にも叫び出してしまいそうだ。
……澄ました顔をして、これだけの熱量を隠してるとか、ちょっと卑怯だ。友希那といい勝負だよ、ほんと。
「ふふ、その様子だとあなたも気に入ったようね」
「うん。少し色味が足りない気がするけど、あの熱は忘れられない。誘おうよ」
二人ともに頷いて、氷川紗夜を勧誘すべく楽屋前へと足を向けた。しかしすぐに氷川紗夜は出てこなかった。
「もう無理! あなたとはやっていけないッ!」
「……私は事実を言っているだけよ。今の練習では先がない。バンド全体の意識を変えないと……」
「あなたが来てからずっと課題、練習、課題、練習……! そんなな身体を壊すよ……! 私たちはあなたほど強くないのよ!」
「でも、だからといって練習量の不足をパフォーマンスで誤魔化しても焼け石に水だわ。基礎が伸びなければ、いつか頭打ちになる……。あくまでプロを目指すなら基礎も作らないと」
壁越しに聞いているだけだけど、紗夜の思考がありありと見えてきた。この人も友希那と同じような努力型だ。一度目標を定めれば、そのためにいくらだって努力を積める。ライブでのあの存在感はそのまんま積み重ねてきた努力の集まりだった。
「……確かに私たちはプロを目指している。けど、まだ高校生だよ? そこまでしなくって……」
「それは甘えよ。努力に年齢など関係ないわ」
「……ッ。紗夜、確かに私たちはあなたほど強くはない。けど、それでも仲間なのよ⁈少しは気遣ってよ」
「それも甘えだわ。馴れ合いならファミレスに集まるだけで十分よ。わざわざ音楽を絡める必要なんてないはず」
正論で次々と氷川紗夜はバンドメンバーを論破していく。隣で友希那はうんうんって頷いて聞いてるけど、私としてはかなり怖い。どれだけカルシウム足りてないのよ、と思わざるを得ない。
それからバンドメンバーが泣きながら楽屋から出て行った。その後、他のメンバーもまた楽屋から出て行った。話の流れからして氷川紗夜は追放。……仕方ないね。本人も強硬過ぎるけど、周りも普通過ぎた。
そうして開け放たれた楽屋の中に氷川紗夜は一人で佇んでいた。
(で、友希那。ほんとに誘うの?)
友希那に目で問いかける。
不意に訪れた絶好の好機。だけど私は二の足を踏んでいた。
何しろさっきの舌鋒の斬れ味がすご過ぎる。あれが事態によっては私に矛先が向かうのだ。うん、これから氷川紗夜をカミソリ女と呼称しようか。……いや、今はシリアスだからそれはよそう。
本当に氷川紗夜は好物件だと思う。それこそ友希那の求める即戦力だ。
……けど、それでもどこか危うさは否めなかった。
(もちろん。むしろ今誘わずしていつ誘うというの?)
反語形で返される。
やはり友希那は誘う気満々だった。
「あ、ちょっと私雉撃ちに……」
「我慢しなさい。これから秀才を迎え入れるのよ? あなたを欠いては失礼に当たるわ」
ちっ、逃げられなかったか。やむを得まい。
私は泣く泣く友希那と共に楽屋に踏み込んだ。
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「お見苦しいところをお見せしてしまいましたね」
踏み込んだ私たちを迎えたのは苦みばしった氷川紗夜の笑みだった。
「燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや。確か、昔の中国の言葉だったかしら? 傑物は時に無理解を強いられることがあるわ。別段気にすることではない」
「……そう言っていただけるとありがたいです。それで、湊さん達はなぜこの楽屋へ?」
「氷川紗夜。貴女を私が組むバンドに誘おうと考えているからよ。私と涼はフューチャー・ワールド・フェスに出るためにバンドを組もうとしているの。貴女ぐらいなら知っているでしょう?」
「私も、それに出たいと常々思っていました。……でも、そのフェスに出るための大会ですら、プロですら落選は当たり前とされていて、この分野の頂点に位置付けされています」
どうやら氷川紗夜もまた友希那と同じ目標を掲げていたらしい。しかし、周りにそこまでの熱意に乏しく、そのギャップに苦しめられていたのだろう。
「そう。けれど、私たちと組めば届くかもしれないわよ? 私たちはフェスに出るためなら何を捨てたって惜しまない。それぐらい全てを音楽に捧げているつもりでいるわ」
「湊さん達のレベルが高いのは、以前の演奏を聞いて知っています。しかし、覚悟は足りているのですか?」
とはいえ、やはり疑念はあるのだろう。どうにも氷川紗夜は決めかねていた。
「私はともかく友希那が口先だけに見える?」
「そうとは言ってません。……ただ、私にはもう時間が残されていないんです。しかし、悔いを残すような結果を迎えたくはない」
「それは私達とて同じこと。紗夜、保証するわ。私達はあなたに失望だけは与えはしないと。だから出来る限り早く決めて欲しい」
友希那によるダメ押しが綺麗に決まる。
それにしても、こんなにかっこいいことをよく友希那は素で言えると思う。失望だけは与えはしない、なんて普通考えつかない。
言われた氷川紗夜は得心したかのように頷き、
「……わかったわ。あなた方と組みましょう。共に頂点に至るために」
凛然とした声でそう答えるのだった。
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私たちのバンド志望集団に新しくギタリストが入った。氷川紗夜。熱意が高く、技量があるいいギタリストだと思う。少しイレコミ過ぎなのは難点だけど、他がそれを補って余りある。
それにしても「私にはもう時間が残されていないんです」か。氷川紗夜が焦ってるのは初対面でもわかった。……私たちも焦るとはいかなくても急ぐべきかもしれない。今のこの余裕は砂上の楼閣のようなもので、案外危ういバランスで成り立っているから。
二〇一七年四月二十八日