光り輝く呪いの歌   作:光子大爆発

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人はよく何かに手を伸ばす。
恋焦がれ、時には届かないと知りながらも。
口悪しき者はそれを強欲と称するのかもしれない。
ただ、その欲はいつだって世界を変えていく。


第3話 アコガレ

 

 日陰涼。

 この名前は私にとってとても意味を持つ名前です。

 彼女は金髪碧眼で可愛らしく、そして少し掴み所のない女の子でした。

 私が彼女を初めて見たのは、ライブハウスLINKのライブに初めて参加した時でしょうか。

 あの日も私は反省会の際にバンドメンバーとともに口論をして頭を冷やすためにライブを見ていました。そのライブのトリに湊さんと彼女が登場したのです。

 演奏曲は『深愛』。やはりトリを務めるだけあってクオリティは他バンドに比して抜きん出ていました。ことさら湊さんの声は印象強かったように思います。

 しかし、それだけならば、私はこうも彼女に何かを見い出すことはなかったでしょう。

 彼女が私にその存在を強く印象づけたのは二曲目の『GLAMOROUS SKY』でした。

 この時、ライブハウスは完全に湊さんの独壇場でした。だから、私は二曲目も湊さんが歌うものかと思っていました。

 しかし、それは違いました。

「GLAMOROUS SKY』は彼女がソロで歌ったのです。

 すでに完全に場が湊さんに染まっていた状況で歌うなんて。

 私は始めは無粋なことをした、と日陰さんを軽蔑しました。

 しかし、彼女が曲を歌い終わった時には、自分自身の世界でライブハウスを塗り返したのです。

 私にはそれが衝撃的で、思わず日菜にその姿を重ねてしまいました。

 日菜も天才であるがゆえの独特な感性を持っています。特に日菜が多用する「るん」はその代表格と言ってよいでしょう。

 そう、日菜と同じように彼女もまた強固な自分の世界を築いていました。性格こそ異なれど彼女たちは根本的に近しい存在だったのです。

 だからこそ、私は興味を抱いた。

 もしかしたら彼女の世界を知ることで、日菜に並び立てるかもしれないと……。

 

 ********************

 

 氷川紗夜、いや紗夜をバンドメンバーに組み入れた私達はスタジオで練習を重ねた。

 私と違って紗夜は全く癖がなく、すぐに友希那に溶け込めていた。

 

「これで三人は揃ったわね。後はドラムを一人募集すればメンバーに問題はないはず」

 

 しかし、悩みの種は尽きない。というのもこのバンド、未だにドラムの目星がついていないのだ。

 ドラムはバンドの指揮者だ。ベースと一緒にリズム隊としてバンドを引っ張っていく。今はメトロノームを持ち込んで練習しているけど、やはりどこか物足りなかった。

 

「けれど、ドラムは他の楽器に比べ敷居が高く、人口が少ない。集めるのは容易には行きませんね……」

 

「あと、ベースをどうするかだね。募集できればいいけど、しないようなら私がやるしかないし」

 

 それとベースの問題もある。ドラムだけではリズム隊は成り立たない。一方、キーボードは最低限出来ているものにトッピングする程度だから最悪無くても構わないのだ。

 

「そうね、ベースは涼にやってもらおうかしら。ドラムは歯がゆいけれど、今までと同じ方法で集めるしかないわね」

 

 お世辞にも友希那も私も友達がいる部類ではない。氷川さんは知ってはいるけど、すでに喧嘩別れしたあと。勧誘なんてできるわけがない。

 ……このバンド、人脈が限りなく枯渇していることに今、私は気づいてしまった。

 

 *****

 

 友希那がそう決めてから三週間、ライブハウスに出てきた中にはご期待に添えるだけのドラマーはいなかった。

 見つけたのはただ一人。

 

「友希那さん! あこ、たくさん練習しました! 友希那さん達の曲も全部叩けます! だからバンドに入れて下さい!」

 

 ちっちゃくてひたむきなチャレンジャーだった。

 

「どうする、友希那?」

 

「決まっているでしょう。無理よ」

 

「えー⁉︎ またああああ──!」

 

 とはいえ、友希那はすげなく断るのだけど。ただ、それでも彼女は懲りずに何度も挑んでいる。

 この子の名前は宇田川あこ。

 最近この辺りで有名になりつつあるガールズバンド・アフターグロウのドラム、宇田川巴の妹である。

 お姉ちゃんに憧れてそれを超えるべく頑張っているらしい。かなり健気な妹だと思うけど、だからといって友希那と紗夜の態度は変わらない。

 私は比較的好印象を抱いているけど、厨二病趣味があってかなり癖が強そうな気がするから率先して入れようとは思わない。……せめて実際の腕前が分かればいいんだけどなあ。

 

「わかりました。また明日来ます!」

 

「……来なくていいわよ」

 

 結局、今日もあこちゃんは友希那に軽くあしらわれ、すごすごとスタジオを去っていく。

 この光景は最早日常茶飯事となっていた。

 

「ふふ、懐かしいわね……」

 

 去りゆくあこちゃんの背中を眺めながら友希那は微笑む。紗夜は友希那のその仕草に首を傾げたが、私にはすぐにわかった。……というか、私のことだ。

 

「日陰さん。何か心あたりでもあるのですか?」

 

「あるよ。というか、私も中学で友希那と出会った時に同じことをしたんだー」

 

「……それは少し意外でした。あなたほどの方が湊さんに認められていなかったなんて……。てっきり最初からメンバーかと」

 

「あの時はギターをはじめたばかりだったからね……。本当に友希那は高嶺の花だったよ」

 

 けれど、と友希那は口を挟む。ちょっと身体が疼いてるのは薄々分かってたよ? でも人の思い出話を横から取らないでほしいなー。

 

「けれど、涼は諦めなかったわ。一月間、死にものぐるいでギターを仕上げ、私に弾き語りをしてみせた。そこで私はようやく涼をバンドメンバーに入れることを決意したのよ」

 

「そんな話があったんですね……」

 

「ええ。だから私も宇田川さんにも同じことを期待しているわ。少なくとも言葉で思いを伝えようとしているうちはまだ駄目ね」

 

 そう微笑む友希那の表情は優しげだった。

 そしてそれは、常に張り詰めた雰囲気を放っている友希那には珍しい表情で今までは私とリサだけのものだった。

 しかし、これからはそうではないのだろう。

 それが、良いことであることには疑いようはない。

 けれども、一抹の寂しさは禁じ得なかった。

 

 **********

 

 それからあこちゃんは努力を重ねたらしい。

 何度も友希那に請い、その数倍の時間をドラムに捧げた。

 直接見たり聞いたりしたわけじゃないけど、あこちゃんのちっちゃな掌にまめができてたからあながちまちがっていないはず。

 だから、私はリサに口添えをした。

「あこちゃんが次に友希那に頼みにいった時、せめて一度セッションの機会を作ってあげてほしい」と。

 見た限りあこちゃんは意外と賢い子だからどう伝えたらいいのか、何が大事なのか分かっている。だったら私が介入して過程を短縮しても大丈夫だろう。

 ……と、あこちゃんのために動いている。

 けど、本音は違う。

 私はただ単にあこちゃんのドラムを聞きたかったんだろうな。

 憧れに憧れて磨き上げた演奏。それは絶対綺麗なはずだ。……本当にあこちゃんのためを思うならもう少し待つのが一番なんだろうけど、どうにも私は欲求には抗えなかったらしい。やっぱどこか焦っているのかもしれない。

 

「オーディション受けにきました!」

 

 かくして、数日後。

 LINKの練習スタジオに友希那と紗夜に私、あこちゃん。あとなぜかリサが集まっていた。

 

「リサがスタジオに来るなんて久しぶりだねー」

 

「まあねー。あこの演奏を見届けなきゃだし、あと新しくバンドに入った紗夜も気になってたんだよね」

 

「やっぱり気にかかるよね。わかってた。けど、見てて安心させてあげるから大丈夫だよ」

 

 リサの友希那に対する愛情は深い。それこそバンドを辞めてもその関係性に大した変化がなかったぐらいには。

 けど、やはりどこか明確な一線はある。

 

「ちょっと涼。今日は時間がないのよ。無駄話はやめてセッティングに入りなさい」

 

「うん、わかった。けど友希那。ドラムのオーディションはベースがいないとキツイよ? リズム隊としての働きが分かりづらくなるし」

 

「ベースは涼しかいないけれど……。まだ身体が戻ってないのよね?」

 

 申し訳なさに苛まれながらも頷く。

 最近私はベースの練習を再開したけど、未だブランクを埋めるに至らない。それに基本的に広く浅く楽器はやってきたため、直近までやっていたキーボード以外の積み立てはあまり残ってなかったのだ。

 

「ならさ、アタシが弾いてもいい? ブランクはあるけど一通り譜面を弾くことはできるよ?」

 

 それを見かねたのか、リサが申し出てくれた。

 

「これで準備は良さそうね。リサの準備が終わり次第始めるわよ」

 

 そして、この日。

 私たちは奇跡を知った。

 

 ********************

 

 友希那の隣は私ではない。あの奇跡を経て私が抱いた感想はそれだ。セッションしてすぐは興奮してたけど、家に帰って冷静になってからはそれは仕方ないことのように思える。リサほどではないけど、私は友希那が中心だった。だから紗夜やあこちゃんが入ってもその音には大いに関心があるけど、彼女たち自身となるとまだまだだ。おそらくそれが演奏に出てしまったのだろう。

 ……あのバンドは確実にイイものになる。それは確信できる。ああ、だけど。なぜか完成したバンドの近影に私の姿を見出すことはできないでいる。

 

 二〇一七年五月十八日

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