光り輝く呪いの歌   作:光子大爆発

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第6話 センセイ

 Roseliaが結成されてからというもの、私の練習に限界が生じていることをひしひしと感じる。

 紗夜、あこちゃん、リサの世界とはうまく混ざれるようにはなった。旋律の斥力も日に日に弱くなっている。それは本当にありがたいことで、私はまだRoseliaに関わっていいんだと、救われたような気分だった。技術は問題ない。適性も後天的に獲得できそうだ。

 けれども、身体がついてこなくなりつつある。

 いくら旋律は問題なくとも、2、3時間しかピークを保てないのでは意味がなかった。

 

「休憩にしましょう」

 

 疲弊した私をみかねて友希那が休憩を切り出す。それはとてもありがたいことたけど、胸が辛かった。

 友希那はまだまだ走り続けたいだろうに、私のせいで足を止めざるを得ない。

 友希那にそのことをあまり気にしている様子は見られないけど、こういうのは客観的な事実より主体的なイメージが勝る。

 私が友希那に対して負い目を感じている。足を止めさせている。そんな私が許せなかった。

 

「どしたの、涼? 怖い顔をしてるよ?」

 

 あんまりに考え込んでいたからか、リサが心配そうに顔を覗き込んでくる。

 私は「心配しなくていいよ、考え込むとああなるだけだし」と返したけど、リサの表情は晴れない。

 

「ほんとに〜? 何か隠してることない?」

 

 もう一歩リサが踏み込んでくる。確かに隠してる。けど、絶対に言えない。病で身体が思うように動かなくなってきてる、なんて。

 

「……かなり、寝不足で。指先がちょっと重いなって」

 

 だから、私は嘘を吐いた。

 けれども、今日この一度しか通用しないだろう。

 それだけリサはよく人に目を凝らして見ることが出来るひとだから。

 いよいよ、こちらも何か手を打たなくてはならないと思った。

 

 ********************

 

 練習が休みの日。

 私は花咲川女子高校の校門の前にいた。

 花咲川には紗夜が通っているが、別に彼女に用があるわけじゃない。

 

「日陰さん、どうしてここに?」

 

 紗夜のことを考えていたからか、目的の人物に会う前に紗夜に話しかけられる。練習がないにも関わらず、ギターケースを背中に担いでいて、紗夜のストイックさがよく分かる。

 

「待ち合わせ、いや待ち伏せしている人がいるんだよ」

 

「待ち伏せ、ですか?」

 

 待ち伏せという言葉が珍しかったのか、紗夜は目を瞬いた。

 

「昔、少しだけ知り合った人でさ。花咲川に行ったってことだけ風の噂で聞いたんだ。白金燐子って言うんだけど知らない?」

 

「白金さんですか。確か二年のピアノができた人だと聞いています」

 

 白金燐子の名に紗夜は聞き覚えがあったらしい。まあ、中学の時は凄かったから残当かな? 

 

「なら、ちょうど良かった。ちょっと燐子のクラスに案内してくれないかな? ここで待ってもいいけど、唐突にやっていいような用事じゃないし」

 

 私が紗夜にお願いすると、紗夜は事務室に行って入校証を貰ってきてくれた。

 

「白金さんは図書室にいるはずです。彼女、図書委員会なので」

 

「わかった。けど、道わかんないから、図書室もお願い!」

 

「……わかりました。では、案内しましょう」

 

 かくして紗夜に案内されて、花咲川の廊下を歩く。時間がもう遅くて、やや日差しに赤が混じり始めている。

 3分ぐらい歩くと図書室の前に到着した。

 

「着きましたよ。では、私は自主練があるので……」

 

「ありがとう。でも、やっぱり紗夜も立ち会ってくれない?」

 

 私の三度目のお願いに紗夜の表情が引き攣る。自主練するって言っているのに、引き留めてるんだから当然のことだ。

 

「私と燐子で最低限済む用事だから、無理強いはしないよ。でも、後で必ず紗夜と関わるから、出来るだけ早いうちに顔を合わせておきたいの」

 

「後で? 後とはいつのことですか?」

 

 後で関わる、と聞かされたら気にならないわけがない、こっちの目論見通り紗夜が尋ねてくる。

 そして、無論私の答えも決まっていた。

 

「そんなの、私が死んだ後って決まってるじゃん」

 

「……ッ!」

 

 ようやく、紗夜は私がやろうとしていることを悟ったらしい。

 鎮痛な面持ちで拳を握りしめていた。

 

「沈黙は肯定とみなすよ。まあ、燐子が話を受けてくれなければ、それまでなんだけど」

 

 重くさせた雰囲気を和らげるべく軽口を叩いて私たちは図書室に踏み込んだ。

 

 *****

 

 日陰涼。

 わたしにとっては、よく聞き馴染んだ名前です。

 小学生の頃は彼女を超えようとひたすらピアノの練習に励んでは、後一歩コンクールには届かずに終わるという日々を過ごしました。

 中学生の頃は彼女がピアノから去り、顔を合わせることはなくなったけど、彼女の名だけはよく耳にしました。

「日陰涼がいたら白金燐子は賞が取れない」「白金燐子は日陰涼の下位互換でしかない」と。常にわたしの上位者として姿を見せなくても君臨していたのです。

 高校生になり、わたしもピアノを辞めてようやく彼女の名を聞くことがなくなりました。

 だからこそ、私は今考えるべきなのだと思います。

 はたして、わたしは日陰涼に憧れていたのか。或いは憎んでいたのかを。

 

 ********************

 

 風紀委員を務める氷川さんに引き連れられ、図書室を訪ねてきた日陰さんを前にしたわたしは困惑していました。

 美しい金髪のセミロング。華奢な手足に、覇気に満ちた青い瞳。

 日陰さんの姿は眩しい。わたしには手に入れられなさそうなものばかりで、羨ましかったです。

 彼女のようになれたら、と何度も思いました。思えば、ピアノを始めたのも彼女の演奏に憧れたからです。

 しかし、そんな彼女にわたしはなれなかったのです。

 近くにいるように見えて、彼女は途方もなく遠くにいました。

 そんな彼岸にいる彼女がわたしに今更何の言葉をかけるのでしょうか。

 予想ができないわたしは彼女から発せられようとする言葉に身構えました。

 

「久しぶりだね、燐子。早速だけど、ロゼリアのキーボードになってくれない?」

 

「……はい?」

 

 わたしは耳を疑いました。氷川さんも驚きのあまり絶句しています。

 

「私はもう長くはなくてね。このまま無策で私が死んでしまえば、Roseliaのキーボードに空白期間が生じてしまう。何もないならそれでいいんだけど、悪いことにフェスの予選が迫っている。だから、先手を打つことにしたんだ」

 

 続いて日陰さんから発せられた言葉はさらに信じられないものでした。

 死ぬ、と? 

 この眩しいぐらいに輝いている人が長くないなんて、ありえるのでしょうか……。

 わたしの疑念は尤もでした。しかし、日陰さんではなく、隣の氷川さんを見た時にそれは氷塊したのです。

 あの、真面目で強い氷川さんの眼の端が濡れている。

 その一時は事の深刻さをありありとわたしに伝えてきます。

 

「わたしが、ロゼリアのキーボードですか……」

 

 Roseliaには最近あこちゃんが入りました。あこちゃんからの話で多くのことを知っています。演奏だって動画で何度でも聞きました。

 あの美しい旋律をわたしは忘れられません。忘れられるわけもないでしょう。あの旋律がわたしをしばらく離れていたピアノに向かわせたのだから。

 しかし、その旋律はおそらく日陰さんの死によって絶えてしまう。

 そう思うと、わたしは胸が引きちぎられるような感情を覚えました。願わくば、もっと聞きたい、守れないものかと。悲しみで胸が一杯になりました。

 でも、だからといってRoseliaに入ろうとは思えませんでした。その理由はわたしが日陰さんの代わりになれるとは思えなかったからです。

 

「申し訳ないですが、わたしにはとても……。……代わりの人を探してもらった方が……」

 

 だから、わたしは日陰さんの申し出を断りました。

 代わりの人をなんて口にはしたけれど、日陰さんの代わりになれる人なんているのでしょうか……。

 

「いや、代わりの人なんていないよ。燐子しかいない。ロゼリアを託すに値するのは、私の知る中では燐子だけだ」

 

 しかし、日陰さんは食い下がってきました。もう、わたしには分からない。なぜ、日陰さんがこうもわたしに拘るのか、わかりませんでした。

 

「なぜ、わたしにって顔をしているね。 まあ、仕方ないか。昔から私は燐子には自分の考えとかは全く言ってなかった気がするし。だから、3つの理由を教えてあげる」

 

 そう言って日陰さんは人差し指を立てました。

 

「まずは私の交友関係が非常に狭いってことだね。Roseliaの皆以外は燐子しかあんまり印象に残っていない」

 

 つぎに、中指を立てます。

 

「次にコンクールの時、私に迫って来れたのは燐子しかいなかったことかな。多分、音楽の才能だけなら燐子は私に等しい。表現の仕方がらしくなかったから結果には繋がらなかったけど」

 

 最後に苦笑いを浮かべながら薬指を立てました。

 

「最後に。すんごい悔しいけど、私はRoseliaには合わない。私より燐子の方が適性がある」

 

 この言葉はわたしだけではなく氷川さんにも大きな衝撃を与えたようです。

 

「嘘、でしょ。……あれだけの演奏をして向かない、なんて」

 

 まるで打ちのめされたように氷川さんは呟きます。

 おそらく氷川さんも、わたしのように何らかの理由で日陰さんを追っていたのでしょう。ですから、その衝撃はわたしにも手に取るようにわかります。

 

「……っ」

 

 それにしても、日陰さんがわたしをこうも認めてくれていたとは、夢にも思いませんでした。

 なんとも言えない暖かさが胸にじわりと広がります。

 

「というわけで、燐子。Roseliaのキーボードとして私を超えてみないか? 君なら叶うし、私の本意でもある。何回言ったか分からないけど、燐子にしか頼めないんだ。……お願い」

 

 半ば祈るように日陰さんがわたしに頭を下げました。

 ここまで追い詰められた日陰さんは今まで見たことはないです。それだけ、日陰さんがRoseliaに懸けるものが強いのでしょう。

 もう、わたしは迷いませんでした。

 

 ****************

 

 燐子がRoseliaのキーボードになってくれた。

 とはいえ、すぐに友希那に会わせはしない。なぜならば友希那達には、Roseliaのキーボードは日陰涼という意識がある。私が向かないからと言って辞めると一悶着が起こるはずだ。

 ……それでは、空白期間を作らないようにした意味はない。不幸中の幸いなことに私は頭より先に身体の方が衰える。だから、私が本当に友希那達の練習に付き合えなくなったら、燐子を会わせる。それが一番スムーズな交代の仕方だ。

 しばらく燐子には練習が休みの時に私と紗夜が稽古をつけることになる。私だけだと、少し危うかったから紗夜が手伝ってくれて良かった。

 私の知る限り紗夜が一番友希那に近しい。彼女が求める水準まで燐子を近づければ、交代した時のギャップが少なくて済む。

 ……紗夜には苦労をかけていると思う。私の死に加えて燐子まで背負わせるのだから。負い目を感じている相手をこき使うなんて倫理的には反しているけど、もう私には時間がない。

 だから、許してほしい。

 必ず夢を叶えてみせるから。

 二〇一七年六月一日

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