光り輝く呪いの歌 作:光子大爆発
彼女とて頭では非合理だと理解していた。
しかし、彼女は知らない。
その非合理は運命に対する悪態でもあったことを。
日陰涼。この名前が示すのはあこのカッコいい人のことだ。
ライブハウスで友希那さんの歌を聞いてあこは友希那さんに本当に憧れた。けれど、正直なところ涼さんは友希那さんに比べると印象が薄かったんだ。多分、あこの考えていたカッコよさとは少し違ったから印象に差が出たんだと思う。
だから、あこは涼さんのことを初めはスゴいかわいい人だと思ってた。
カッコいい友希那さんとかわいい涼さん。この二人の演奏はまるで勇者と魔王が戦うような真反対で、激しくて、でもどこか綺麗でスゴくあこをワクワクさせてくれたんだ。
でも、最近の涼さんはカッコいいと思う。
奏でる音が真っ直ぐで、キラキラしててズドンと胸に刺してくる。普段の佇まいもなんか魔力を纏っているようなオーラを感じるんだ。
……そういえば、どうして急にあこは涼さんをカッコよく思えるようになったんだろう?
今度、りんりんに聞いてみようかな。
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燐子への稽古を続けて一週間になる。まあ、一週間と言ってもロゼリアが休みの日だけだからまだ2回しか燐子に稽古をつけていない。
けれど、燐子の上達ぶりは常軌を逸していた。
「まさか、新曲の譜面まで完璧にモノにしてしまうなんて……」
聞き役の紗夜が唸る。この3回目までに燐子は完全にロゼリアの曲を全て私に近しいレベルにまで仕上げていたのだから当然だろう。
「稽古がなくてもあこちゃんがくれた動画を何度も……ロゼリアが結成されてすぐの頃から見てましたから、思ってた以上に身体が覚えていたみたいですね……」
燐子も困惑しているみたいだが、多分当然のことだ。
燐子自身は気づいていないけど、燐子の物事への推進力は私を超える。
小学生のコンクールの時に、必ず前回の私を超えてきたのだから間違いない。そのせいで私も燐子を意識して練習量を増やさざるを得なかった。
「白金さん。あなたは本当に頑張っているわ。正直、選考会までは間に合わないと思っていたもの」
「……でも、ここからが大変だと思います。50点を80点にすることより、80点を95点にするのが難しい。まだまだ日陰さんには及びません」
褒める紗夜に対して燐子は謙遜する。
今まで私が打ちのめしてきたからか、燐子はまだ自分に自信が持ててはいない。紗夜がお墨付きを与えている以上、技術は問題ないのだけど。
「今は私に及ばなくてもいい。極論を言ってしまえば、私を無視してくれた方がいいけどね。まだまだ焦る時間じゃないから今日はちょっと遊びに行こうか」
私的には及第点に燐子は達している。だから、リフレッシュのために紗夜たちを誘ったのだけど、紗夜も燐子もノってくれなかった。
「私には時間があっても日陰さんには時間がないはずです。ただでさえ少ない機会なのだから、練習をしなければ」
特に紗夜は頑強に反対してくる。けど、私は紗夜の言うことは聞かない。
「もう燐子は練習の機会がどうこうって感じじゃないよ。技術面でのインプットはもう終わった。だから、これからはアウトプットの時間。学んだことを自分で考えて何かを生み出す機会を与えるべきだよ。できれば、燐子が一人で考えて何かを生み出してくれるとありがたいな」
「確かに白金さんが技術的には完成してることは分かりました。技術だけを積ませるのはもういいでしょう。しかし、遊ぶこととは別よ。私はこれとは別に自主練をしたいわ」
紗夜は一部納得してくれたが、まだ動かない。
「いや、まだ燐子にインプットは必要だよ。燐子にはもっと広い世界を知ってもらわないと世界観を築く時に困る。いざ自分を省みる時に相対化する対象がないと、自分を掴めない」
「自分を省みる時に相対化する対象がないと、自分を掴めない……」
私の言葉の一部を紗夜は復唱する。
もしかしたら相対化は紗夜の専売特許と言っていいかもしれない。常に紗夜は自分の腕前を天才の妹・日菜と相対化している。
だから、日菜への劣等感を抱えていた。彼女のジリジリとした旋律はそこに由来している。
……私、わりとひどいな。罪悪感の次は劣等感を煽るのか。
「……日陰さんの、言う通りですね。白金さんにとって意味があることなら私も付き合います」
ともかく、これで私の希望通り遊びに出ることができる。かなーり後ろめたいけれども。
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日陰さんの希望に沿って私たちは夕方の街に繰り出した。
私の左隣には日陰さん、右隣には白金さんがいます。
練習では何度も顔を合わせたけれども、二人のプライベートについてはあまり多くは知りません。特に日陰さんは音楽以外に何をしているのか全く掴めていない。
私の自主練はもう出来ないけど、日陰さんのブラックボックスを垣間見るチャンスなのではないか。そう、自分自身に言い聞かせて焦りを押さえ込みました。
「まずは、私が行きたいところからだね。突然だから紗夜も燐子も何も考えてないだろうし」
最初は日陰さんが音頭を取って街を歩きます。その足取りは確かで、彼女の定命が近いとはとても思えません。
夕凪に吹かれている金髪もきめ細かく美しい。
「ちょっと電車に乗るけどいい?」
「私はいいけど、白金さんは大丈夫でしょうか?」
日陰さんの問いかけに私も白金さんも頷いて大塚のライブハウスから渋谷まで向かう。クラスの人はよく渋谷まで来ているそうですが、私はあまり来たことはありません。
スクランブル交差点の洪水のような人混みに私はあくせくしながら、センター街へ歩いていきます。
白金さんは私よりさらに耐性がなかったようで、私の左腕にがっしりとしがみついていました。
「紗夜ー。私はここだよー」
足音や壁面ビジョンに映る広告CM、学生や外国人観光客がはしゃぐ声。人だけではなく、数多の音が氾濫するスクランブル交差点でもお構いなしに声で日影さんは私たちに呼びかけます。
どうやら日陰さんは勝手が分かっているようで、すいすいと歩を進め、すでにセンター街のゲートの前にいました。
私たちは必死になって向かってくる人を避け、日影さんの方に向かいます。実際問題、信号が変わるまで猶予があったため急ぐ必要はなかったのですが、なぜか急がないと日影さんがゲートの向こう側に行ってしまって、離れ離れになってしまうような気がしたのです。
「それじゃあ、ここにしようか」
センター街を歩いて日陰さんが足を止めたのは女子高生に人気のアパレルブランドチェーン店でした。
……普通の女子高生、特に今井さんのような人ならこのようなところに行っても違和感はありません。しかし、日陰さんが選ぶ先となると違和感を覚えます。
「いやー、やることが多過ぎてさー。夏服を買う機会がなかったんだよね。まあ、着る機会もあんまないと思うけど」
訝しむ私を察したのか、日陰さんは苦笑いを浮かべて答えます。しかし、その動機はとてもありふれたものでした。
「やだなぁ、そんな微妙な顔しないでよ紗夜。私だってアホだと思うよ? でも、毎年やってたことを今年死ぬからってサボるのも何か違うなって思っただけ」
「ふふっ、そうですか」
変に律儀なところに思わず、笑いがこみ上げてきます。実のところ、私は日陰さんを勘違いしていたのかもしれません。
楽しいものは楽しいと言う。面倒臭いことには、あからさまに嫌な顔をする。そんな等身大の姿が日陰さんにはありました。
「ええ……、今度は笑うの? ちょっと腹立つなぁ……。燐子、ちょっと試着室に紗夜を追い込んで」
しかし、笑っていられたのはここまでのようです。
日陰さんは白金さんとの連携プレーで私を試着室に押し込むと、そのまま彼女は巧みな手つきで私の制服を脱がしていきます。
カーテンで外からの視線を遮られているとはいえ、公衆の場で半裸にされている。それも女の子の手で。
なんとも言えない背徳感が私を襲います。
「私ね、常々思ってたことがあるの……」
さらに、追い討ちをかけるように日陰さんは艶っぽい声で囁いてきました。
「紗夜って綺麗だよね……」
そう言うと、日陰さんは滑らかな手つきで私の顎をクイっと持ち上げます。一時、テレビでよく見た動作です。まさか、自分がされる側になるとは思いませんでした。
「こんな綺麗なのにさ。……飾りっ気のない服ばかり着て……。本当に勿体ない」
もう何をされるか、わからない。私は身構えました。
「だから、燐子プロデュースで着せ替えることにしました!」
しかし、私の構えは無駄に終わったようです。
次の瞬間には日陰さんから今まで纏っていた妖艶な雰囲気は消え失せ、いつにも増してコミカルな動作で高らかに宣言していました。
半裸で試着室にいなければならないのはつらいのですが、何かを失わずとも済んだ安堵が私を包みます。
その後、私は二十分ほど日陰さんたちの着せ替え人形にされました。
着せられた服は湊さんや白金さんのようなゴシックなものから、日陰さんや今井さんが着るような露出が激しいものまで多岐に渡ります。宇田川さんのような服を着せられなかったのは、正直ありがたかったです。
「いやー、紗夜は着せ替え甲斐があっていいね。私は背が低いし、胸もそんなに大きくないからどうしても子供っぽい感じになっちゃって」
「私も氷川さんが羨ましいです。私だと日陰さんとは反対に少し大きい服しか着れないので……、やっぱりゆったりとしたシルエットになってしまうんですよね……」
二人はなぜかため息をつきながら私を見たのち、各々の服を購入してお店を出ました。
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あこちゃんが日陰さんをカッコいいと思う理由。
わたしはそれを探すつもりでした。
あこちゃんの今までの嗜好を考えると、闇の力や黒といった少し影のあるものを好みます。
湊さんはいかにもあこちゃんの好みに一致していましたが、明るく闊達な日陰さんが「カッコいい」区分に入るのはいささか奇妙に思えました。
幸いにも今日、日陰さんと氷川さんで町を巡る機会がありました。といっても、それぞれの用事を果たすことを重視して、あまり雑談をすることはありませんでしたが。
しかし、それでも一つだけ分かったことがあります。
どう取り繕うとしても、日陰さんには死の影が見え隠れしていたのです。
日の光が当たれば、必ず陰が出来るように。日陰さんが輝けば輝くほどに、死の影もまた色濃く出てきてしまうのです。
名は体を表す。日陰さんはこの諺の生きた見本のようでした。
わたしの推論ですが、おそらくあこちゃんは無意識ながらもその死の影を認識しています。そして、それでもなすべきを為す日陰さんの姿勢があって「カワいい」から「カッコいい」にカテゴライズしたのではないでしょうか。
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今日は稽古の後に燐子と紗夜で遊んだ。
初めての組み合わせだったけど、特にちぐはぐになることはなく、結構自然な感じだと思う。
でも、かなり二人の知らないところが分かった。特に紗夜に関する発見は凄かった。意外にも紗夜は懐が広い。制服を剥ぎ取った時なんか殴られるんじゃないかと思ったけど、アホを見るような視線だけだったし。
後、マドドに行った時の紗夜は可愛かった。お腹減ったから仕方なくって体で入って、ポテトを見た時にはすごく食べたいだろうに我慢する。でもやっぱり耐え切れなくていっぱい食べてしまう。
多分、本人はポテトが好きなことを隠しているつもりなんだけど、あれじゃあ隠し切れない。
紗夜との稽古の後に何か食べるんだったらマドド。
たった一回で行っただけでこれは燐子との共通認識になっちゃった。
……本当に今日は楽しかったと思う。
音楽と死を意識しないで遊べたのは久しぶりだった。
さて、もう一月生きれるかも分からなくなってきた。
そろそろ一曲は完成させないとなあ……。
二〇一七年六月十二日