光り輝く呪いの歌 作:光子大爆発
昼休みのこと。
珍しくお弁当を作り忘れて、私は麻弥ちゃんと食堂でご飯を食べている。
麻弥ちゃんとは同じクラスで、クラス替えしてすぐに仲良くなった。音楽……特にドラムの腕はかなり前から高く、スタジオミュージシャンとして働いていたらしい。今は最近デビューしたアイドルバンド・Pastel palletのメンバーになっている。
「涼さん。最近のRoseliaはどんな感じですか?」
「まあ、順調だね。今までの練習環境が個人練と変わらない状態だったからかなりマシに見えるよ」
「確かRoseliaってメンバーが揃ってからまだ1か月経ったか経たないかぐらいでしたね」
「そうそう。だから、いくら技術があってもバンドとしてはまだまだ駆け出しなんだよね」
私が一番苦労しているのは、バンドとしての一体感だ。
他の4人は全力でぶつけ合ってうまい具合に響き合う。でも、私は手心を加えてようやく響かせることができる。
きっと、いつかは皆が私の癖になれて全員が全力でぶつけ合っても響かせることができるようになるはず。……だった。真っ当に時間さえあれば、と思わずないものねだりをしたくなる。
「麻弥ちゃんはパスパレどう? 多分演奏は問題ないと思うけど」
考えたくないので話題を変えることにする。
「そうですね。やはり涼さんの言うようにまだアイドルとしての自分に慣れていないです。なんというか、ジブンが彩さんのように輝いているイメージが湧かないんですよね……」
麻弥ちゃんもまたアイドルという在り方に悩んでいるらしい。演劇部では表に立つより裏方に徹しているあたり、あまり人前に出たがる性格ではないことは知ってる。
だから、正直麻弥ちゃんがパスパレに入ったって聞いた時は合うのか心配だった。
「彩ちゃんみたいにか〜。ごめん。私にもイメージできないや。でも、ちょっとでも輝かせる方法はわかるよ」
「それは本当ですか!?」
開かれた活路に期待した麻弥ちゃんが飛びつく。しかし、悲しいね。その期待はすぐに裏切られてしまうのだから。
「うん。化粧」
「うっ、化粧ですか……」
麻弥ちゃんの表情が一気に曇る。
「千聖ちゃんにも言われてるだろうけど、お肌の手入れとか忘れちゃダメだよ。麻弥ちゃんはその、どこか無頓着なところがあるから」
「そうっすよね……」
項垂れる麻弥ちゃん。
まだ麻弥ちゃんはアイドルとしては半人前だ。スタジオミュージシャンという前歴の無骨な職人気質を今も引きずっている。
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スタジオに私の歌声が響く。
調子は悪くはない。成長も感じられる。しかし、まだ求める水準にはほど遠かった。
「はぁ……、はぁ……、足りない。フェスの選考会まで1ヶ月を切ったというのに……」
もうフェスの選考会まで残り少ない。そして、涼の寿命もおそらくはそんなに長くはないはずだ。涼自身は隠しているつもりだろうけど。
最近の涼はもうバンドをやれるほど、体力が残っていないのは明らかだった。今も彼女がバンドを出来ているのは、執念だと思う。
音楽で自らの存在を世界に刻み付けて、永遠に近い存在になる。
病に冒されたと知った時、彼女はそんな夢を抱いた。
その夢を叶える道のりはおそらくどの音楽家よりも険しい。涼はそれを承知で残された時間を容赦なく音楽に投じた。けれど、それでもまだ夢を叶えられないと涼は知っていた。
『私の歌を友希那が世界に伝えて欲しい。私が全てを賭けて生み出した歌を世界に刻んで欲しい。私だけじゃきっと曲を作るところまでしかいけないから』
だから、涼は私に夢を叶える最後の過程を任せた。
その絶望はどれだけのものだったか、私には計り知れない。よく笑う彼女のどこか諦めたような表情はこの時しか見たことがなかった。
とにかくフェスに出て、父を否定した音楽界に復讐を果たす。それが今の私の目標だ。
その後は涼の歌で音楽界を席巻する。歴史に私たちの名を刻む。これが私たちの夢なのだろう。
だから、私の復讐のためにも、私たちの夢を叶えるためにも、次の選考会は落とせない。
激しい焦燥感が私の身を焼く。涼が飛躍的な成長を見せる一方、私の進捗は芳しくなかった。
伸び悩む理由は、朧げながら分かっている。私が音楽に真剣に向き合えないからなのだろう。涼のように音楽に寄り添うには私は穢れすぎていた。
思考を巡らせていると、アラームが鳴る。
もうスタジオの使用期限が迫っていたらしい。
「おつかれ〜、いやー友希那ちゃんは偉いねえ。ロゼリアは最近どう?」
まりなさんが、練習を終えた私に声をかけてくる。
circleはまりなさんと新人スタッフの人で切り盛りしているらしい。オーナーは別にいるらしいのだけど、姿を見たことはない。
「フェスの選考会が近いので、練習にも熱が入っていますね。しかし、まだまだ足りません」
「流石はロゼリアってとこだね……あ、忘れてた」
会話の途中でまりなさんが何かを思い出したのか、視線を待合室のベンチに目を向ける。そこには黒いスーツを着た男の人がいた。
「友希那ちゃんに会いたいって人がいるんだった。それもアレックスの人! すごいよ友希那ちゃん、アレックスのスカウトなんて今までcircleに来たことなんてないよ!」
アレックス。最近売れる歌手を多く抱えるようになった芸能事務所だ。最近だとシンガーソングライターの赤羽伊織がヒット曲を次々と繰り出している。
間違いなく大物事務所。今まで涼を含めて幾つかの事務所からスカウトされたけど、ここまでの大手からスカウトされることは久しい。
「貴女が湊友希那さんですね。私はアレックスの岸と申します。単刀直入に聞きましょう。友希那さん、私たちの事務所アレックスに所属していただけませんか?」
「生憎だけど、例えアレックスであろうともスカウトを受けるつもりはないわ。私は自分の音楽で業界を認めさせる。自ら進んでどこかの風下に入ることはないわ」
そう、私は自分の音楽で業界に挑む。強要された音楽は私の憎むところであるし、涼との夢も叶えられない。
さて、並のスカウトマンならこれで諦めるはず。今は彼に拘っている暇はない。
「待って下さい。友希那さん! 貴女は本物だ! 貴女が望むなら私は全てを賭けてフェスの舞台に貴女を立たせる! 貴女の曲で、アレックスが誇る優秀なバックバンドだって用意します! だから、どうか……!」
しかし、この岸という男は諦めなかった。余程私に惚れ込んだのだろう。声を枯らして、唾を飛ばして私を引き止めて、いつになく、途方もなくこちらに譲歩してきた。
……このスカウトを受ければ、おそらく私はフェスの舞台に立つことができる。そして、もう涼には時間がない。
「岸さん。私だけではなく、涼もフェスの舞台に立たせることは可能かしら?」
だから、こんな条件を切り出した。
涼の曲を私の歌で広める。それが私たちの夢だ。けれど、涼がいない世界で私が涼の曲を歌うことはまるで私が涼の全てを簒奪するようで後ろめたかった。
一般的に作詞家より歌い手の方が人々の心に残る。曲だけじゃない、私は涼という少女そのものを後世に刻み付けたいのだ。もっとも、そんなことは涼はもうさほど気にしてはいない。もう彼女はそれは不可能だと割り切っている。
けれど、私はその不可能を覆したかった。
「どうかしら? 卑怯だけれど、涼と一緒でなければ、私はあなたのスカウトを受けられない」
さらに追い討ちをかけるが、岸さんは動じない。むしろ、私の瞳を見据えて確かな声で答えた。
「もともと日陰さんもスカウトするつもりでした。……実はアレックスに引き抜かれる以前、別の事務所で働いていた時も貴女方をスカウトしたことがありました。一年ぐらい前ですから湊さんは覚えていないでしょうが……。その時、私は貴女方が構成するセカイに心を捉えられてしまった」
訥々と岸さんは語る。これで私は確信した。今の段階で業界に挑むならこの人に乗るべきだと。それが、私の夢にも繋がる。
……しかし、どこか釈然としない。だからか、あろうことに私はとんでもない台詞を口にしていた。
「……少し、考える時間が欲しい……」
「わかりました。これが、私の連絡先です。決心ができましたらおかけ下さい。……私はいつまでも待ちますよ。私の労苦と忍耐で貴女方を迎えられるなら何も悔いはない」
最後に名刺を渡して、岸さんはcircleを退店した。
一方で私はそのまま待合室のベンチに座り、考えを回らせる。
フェスの舞台に立つのなら岸さんに乗るのが最善手。だというのに、なぜ私はすぐに決意を固められなかったのだろう?
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燐子の仕上がりも上々。
私の体調も思ったほど悪くないみたいで、お医者さんに聞いたらなんだかんだで夏は生きられるらしい。
いい具合に曖昧でありがたいことだ。
私の病は本当に珍しいみたいで、他の症例は3年前に私より年下のイギリスの女の子しかないらしい。その女の子は裕福なお家だったためか1億も掛けて手術を受けた結果、快癒した。
珍病奇病の類だけど、私の病気は治るのだ。一生で稼げるお金のほとんどを使う必要があるけど。
もっとも、私の家族は普通だった。パパもママも頑張ったけど、8000万がせいぜい。期限が1年未満では流石にもう届かない。
閑話休題。
私と燐子が順調な一方、Roseliaの練習はあまり芳しくはなかった。
やや実力が劣るあことリサにはしっかり成長を感じられるけど、まだ友希那たちの水準には遠い。
私は調子が良くなったけど、以前に身に付かなかった分の取り返しに終始している。
まあ、この3人がやや物足りないのはいつものことだ。
けれど、今回は友希那もやや物足りない。これは本当に珍しいことだと思う。
別に友希那の覚えは悪くない。けれど、声にどこかノイズが混じってるような気がしてならない。
「……今日はこれで終わりにしましょうか」
いつもより疲れた表情で友希那は号令して、今日の練習は終わった。
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疲れたから日記はサクッと書くことにする。
……なんか、友希那やばそう。
2017年6月23日
リサ姉免許取れなかったよ……。
でも、考え直してみたらリサ姉免許必須なの次の次からだから、まだ書いても大丈夫そうなことに気づいた。