獣は死して皮を留め英雄は死して名を残す   作:篠江菴

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今回は区切りがいい所まで長めに書いてみましたが、どうでしょう…。
また変わるかもしれないです。

毎日ちまちま書いてると口調の安定しなさが凄く目立つ…(汗)


感想評価ありがとうございます!すごく力を貰いました(の割におそいのですが…)!
イマイチ機能を理解しきれていないので返信の仕方がわからない部分もあります。
こちらからですみませんが、読んでくださる方皆さんに感謝を!!


今日からヒーローアカデミア

夢を見ている時に、これが夢だと気付くときがある。

 

そういう時は眠りが浅くなっているのか、大体途中から夢に干渉できるようになるのがいつもの事で、まるで他人の視点を借りて俯瞰視する自分の姿を、ゲームのアバターのようにくるくる動かしてそんな不思議な感覚を楽しむ。そのうち夢の途中でフェードアウトして、目が覚めた事に気付かずに寝ぼけたまま夢での会話の続きにツッコミを入れてしまったりする事も。

 

今日の夢もそうだ。

 

いつも私の夢は暗い森の中から始まる。

そこから先は内容が違うことが多いけど、今日の夢は1番よく見るパターンの夢だ。

霧に染められた森の中で白い息を吐き出しながら簡素な服を着た私が倒木の上に座っている。そこから自主的に動く事はまず無くて、夢だと気付いた後、別視点から見ている私がその日の気分によって勝手気ままに動くのだ。

今日はどうしようかと、スルリと腰掛けていた木から滑り降り柔らかな草を踏み締めて。

足元は裸足なのに露打つ地面の冷たさや濡れた感覚を伝えては来ないし、昔やったゲームで見たような淡く光る蛍光色のキノコがそこかしこに生えているのにも何も思わないのだから、改めてこれは夢だと再認識した。

あの大きなキノコ、確か触ったら何か出てきたな、となるべく近寄らないようにしつつ宛もなく歩く。

 

中学時代に、仲良しグループで固まっていた女子達が「夢には意味がある」んだとギャーギャー騒いでいたな。猿山みたいに騒がしくって大して聞いちゃいなかったけど。

 

なんとなくで足を進めながらふと上を向くと、闇に沈んで黒く染まる木々の隙間から、夜が明ける前のような、日がくれた後のような、薄青く染まる空が見える。

顔を戻せばいつの間にやら場所が変わって、木がまばらになった、森の淵にあるような所にいて。

今度は木が少なくなっていく方に向かって歩いていくと、森を抜けて、切り立った崖の上で、薄青かった空は少しずついろあせてーーーーーー、

 

 

 

「………朝だったのか」

 

 

 

この夢にはどんな意味があるのだろう。

 

夢の中の空のように、カーテンの向こうから暗く沈んだ部屋に色が足されていく様子を夢うつつで眺めていた。

そのうちしゃっきりしてきた頭を振ってヒンヤリした床に足をつけ、すっかり白っぽく染まったカーテンを開け放つ。

 

 

「まぶし………」

 

 

今日は入学式だ。

 

 

 

 

 

*******

  

 

 

 

 

2駅乗った電車を降りて軽く走る。

朝からずいぶんボーッとしていたから何時も起きる時間からしたらかなりの寝坊になってしまった。

今までは朝が早いじいちゃん達と暮らしてたから、4時5時に起きるのは当たり前。そんな生活が長く続いていたから寝坊する事は早々ない。

いつもは朝から自主トレをしているんだけど、新しい通学路で迷う可能性を考えたらそれどころじゃなくなってしまった。

都会の駅とかよく考えてみろよ…。目の前の案内板にどっちなね行くか書いてあったって一発じゃ絶対わからねぇ……!

決して私がポンコツなわけではない、はず…!!

 

スクエア型のバックパックを揺らしながら走る事しばらく。

高台にある雄英高校に到着。いや、いいトレーニングだわ。

 

どこを歩くにもこの建物は規格外だ。敷地もデカけりゃ教室のドアもデカい。

家に送られてきていた案内に従って辿り着いた教室も定員に比べればずいぶん大きいだろう。

 

中にはまだ誰もいなかった。自分の席を探して荷物を置くともうする事がない。早く出発したくせに結局スムーズに来れてしまったせいで暇になってしまった。

 

校内探索でもするか……。

 

 

 

 

 

 

 

簡易な校内地図を片手にフラフラ歩いて回り、そろそろ頃合いかと教室に戻れば。

 

 

 

「………!……机の製作者方に申し訳ないと思わないか!?」

 

「思わねーよてめーどこ中だよ端役が!」

 

 

 

なんだこの馬鹿うるせえ連中は。

 

クソ程ガラが悪い奴と神経質そうな眼鏡がガンつけ合っていやがる。

ドアをスライドさせた体勢のまま顔が思い切り歪んでも仕方ない事だと思うのだ。

 

ちょうど私と同時くらいに反対側の出入り口から顔を覗かせた男子に気を取られた眼鏡君を横目に見つつ、関わらんとこ、とさっさと自分の席に向かう。

 

 

「流石にソレは初対面の相手に向ける顔じゃないな」

 

「お、障子。はよ、同じクラスだったんだな。」

 

 

新しく教室に入ってきた人間にヒュンヒュン飛んでくる矢のような視線を受けていると、その中から聞き慣れた声が。

現状唯一連絡先を持っている障子目蔵氏である。

お互い合格した事は知っていたがクラスの事までは知らなかった。正直知り合いがいてホッとした。コミュ障の心強い味方だぜ…!

障子の言葉に、だって初日から騒音被害がでるぜと返すとマスクの下でコッソリ笑っていた。

 

 

「……ねぇ」

 

 

ついつい障子の近くまで来ていたら、今度は横から声が、って耳郎さんじゃん??障子の後ろか。うらやましょうじ。

 

 

「入試の時に助けて貰ったんだけど、覚えてる?」

 

「もちろん」

 

「マジで?よかったー…」

 

 

なんかめちゃホッとされてるけど忘れてませんよ。連絡先の交換は忘れたけど!

今度は忘れないうちにと、片手を差し出す。

 

 

「改めて。これからよろしく、耳郎さん」

 

「好きなように呼んでよ、コッチこそヨロシク」

 

 

握り返された手が柔らかくてじんわりあたたかい。これが女子…!

ほっぺたが緩んでだらしない顔になってるだろうなぁ私。

 

にへにへしているとチャイムが鳴った。

 

 

 

「お友達ごっこしたいなら他所へ行け」

 

 

 

デカい芋虫がいると思ったら相澤さんだった。

 

センセー、立場的にそのアングル大丈夫なんです?

 

 

 

 

 

*******

 

 

 

 

 

「個性把握…テストォ!?」

 

「ヒーローになるならそんな悠長な行事出る時間ないよ」 

 

 

ミノムシ澤さんが寝袋から取り出したる体操服を着て、グラウンドなーう。

あれ、入学式は??

 

 

何やら公式イベントを放り出して緊急イベントが始まるらしい。

ちょいちょい思ってたけど、相澤さんって合理主義を詰め過ぎてぶっ飛んでるとこあるよな。

 

 

「雄英は“自由”な校風が売り文句。そしてそれは“先生側”もまた然り」

 

 

まあ確かに。センセーの言ってる事も間違っちゃない。

 

 

「ソフトボール投げ、立ち幅とび、50m走、持久走、握力、反復横とび、上体起こし、長座体前屈。中学の頃からやってるだろ?“個性”禁止の体力テスト。国は未だ画一的な記録を取って平均を作り続けてる合理的じゃない。まぁ文部科学省の怠慢だよ」

 

 

これだけ超常が日常と化した社会。

見た目じゃわからない個性も周りと異なる姿と形を持った個性もいるのに、平均的な記録を取って何になる?

全の中で飛び抜けて強い一がいるのなら、その上で取った平均なんざ意味を為すわけがない。

 

 

「爆豪。中学の時ソフトボール投げ何mだった」

 

「67m」

 

「じゃあ個性を使ってやってみろ。円から出なきゃ何してもいい、早よ」

 

 

教室で騒いでいた騒音野郎が石灰で描かれた円の中に立つ。

急かされるままに振りかぶられたボールは爆音に弾き飛ばされてあっという間に見えなくなった。

「死ねえ!!!」………死ね???

 

 

「まず自分の「最大限」を知る。それがヒーローの素地を形成する合理的手段」

 

 

どこかに着地したボールから相澤さんの端末に送られた数値は705.2m。

 

 

「なんだこれ!!すげー面白そう!」

 

「705mってマジかよ」

 

「“個性”思いっきり使えるんだ!!さすがヒーロー科!!」

 

 

一気に沸き立つクラスの様子を眺めていると。

ヒヤリと。こちらを見遣っていた気だるげな視線から温度が消えて空気が冷える。

ああ、怒ってるなぁ。

 

 

「…面白そう、か。」

 

「ヒーローになる為の3年間、そんな腹づもりで過ごす気でいるのかい?」

 

 

ピリついた気配に気付いた周囲がザワザワと揺れる。

 

 

「よし。トータル成績最下位の者は見込み無しと判断し除籍処分としよう」

 

「「はあああ!?」」

 

「生徒の如何は先生の“自由”。ようこそ、これが雄英高校ヒーロー科だ」

 

 

あまりにも自由。でもそれだからこそ、って感じだな。

こんな理不尽な事をしたって許される、それだけ積み上げられた実績がある学校。これが最難関。

まあでも普通の感性なら受け入れなれないわな。

 

 

「最下位除籍って…!入学初日ですよ!?いや初日じゃなくても…理不尽すぎる!!」

 

「自然災害、大事故、身勝手な敵たち…。いつどこから来るかわからない厄災。日本は理不尽にまみれてる。そういう理不尽を覆していくのがヒーロー」

 

「放課後マックで談笑したかったならお生憎。これから3年間、雄英は全力で君たちに苦難を与え続ける。」

 

「“Plus Ultra”さ。全力で乗り越えて来い」

 

 

山程の苦難を押し付けられても、それをクリアしていくのがヒーローだと言うのなら。

最良の結果を、なんて言えないけれど、自分の限界を飛び越えた研鑽を求められ続けるのだろう。

 

 

 

 

「先生ー、この体操服どこまで伸びますか?」

 

「事前の申請でお前の個性に対応してはいるが、コスチュームのオマケ程度の機能だ。誤差の範囲だと思っておけ。」

 

 

まじか、コスチュームだけじゃなくて体操服にも考慮してもらえたんか。流石にここまで手を出してもらえるとは思ってなかったんだがなぁ。破れる度に買い直しだと思ってたわ。……女子だからって所も無きにしもあらずか…?

まあ、ある程度は許容範囲と見た。

巨大なのは厳しいと見た方がいいな。初日早々破る前には脱ぎましょーかねー。

 

そんな事を考えているとじとりと視線が飛んでくる。

倫理観の範囲内でってか。いくら私でも流石に多感な少年少女の前で露出狂になるのは勘弁ですって。

 

移動しながらそんな問答をしていると若干低めの位置から粘り気のある何とも言えない気配を感じたが、直ぐに最初の測定に移っていったが為に大勢の人波にかき混ぜられて霧散していった。

 

 

 

 

 

「爆豪4秒13、緑谷7秒02」

 

 

均されたトラックの上をそれぞれの個性を存分に披露しながら駆けていく。

ビームに尻尾、テープ、豪快に音を鳴らす俊足、爆発。色んな個性がある上に、今回個性が活用できなかった面子もフツーに足が早い。障子はパワフルだしキョーカはかわいい。…うぬぅん名前呼び慣れなァい!グラウンドに来るまでに2人で考えたけどもにょもにょする…。

ちなみにキョーカは私の事チカって呼ぶ。ぬぅん…!

最初の競技は50m走。

色んな個性の使い方の奴がいるけれど、足の個性っぽい眼鏡が今んとこ1番速い。3秒台て。抜けるかな?

出席番号としてはラストで奇数だから一人で走る事になる。周りを気にせず自分のペースで走れるのはいい事だ。

そうこう言ってるうちに直ぐに順番が回ってくる。

 

 

「次、四葦」

 

 

邪魔になる靴を脱ぎ捨ててゆるっと歩いてスタートラインへ。何人かがしていたのに倣ってクラウチングスタートの体勢を取る。

個性の関係上独特なスタイルでスタートする奴もいるけれど、私としては凄く理にかなったスタイルだよ本当。相澤さんに言わせてみれば合理的。

 

息を整えて、スタート。

 

一瞬の内蔵が置いていかれるような感覚を知覚した頃にはゴールラインを通り越していた。

行き過ぎた距離をゆるゆると戻ると丸くなった目がいくつもあって、まるで朝の光景の焼き増しのよう。

長い尻尾を揺らしながら障子のゴツい足の横に並ぶ。でっかくていい影だ。

 

 

「何秒だった?聞き取れなかった」

 

「2秒26だ」

 

「なる。やっぱ50じゃ足りないなぁ」

 

 

トップスピードで走るには距離がちょっと足りない。

100mならもっといい結果が出るはずだ。

次の競技へと向いながら考察する。ん、2秒なら眼鏡は越えたな。手を使う競技は置いとくとして、足を使う競技は結果が伸ばせそうだ。

 

 

「それより戻らない(・・・・)のか」

 

「省エネだよ。変身に1番体力取られるからな」

 

 

維持には消費しないくせに変身の度にゴッソリ持ってかれるのは何故なのか。完全に自由自在だったなら楽だったものを。

一日にそう何度も変えてられないし、選択肢によっては消費無しにも例外はある。

 

雪のような毛並みの上に淡い斑が散って小さな足跡のような模様をいくつも作る。目元から垂れ落ちる筋は緩やかなカーブを描いて小作りな顔に濃淡をつけて。

濃い色の服は体の形に沿って無理なく変化し、動きを阻害せずにほっそりとした手足を覆っていた。

 

移動を始めた集団の流れに乗って途中で散らかしていた靴を回収。

この姿の時は普段よりも感情が剥き出しになりがちな事を知っていて気遣ってくれたのか、人の固まっている場所から少し外れた所を歩く障子の横を、ありがたく思いながら歩いた。

 

 

握力で障子がタコ並みの怪力を出し、立ち幅とびでは騒音野郎が宙を舞い。各々個性を活かして頑張っている。

私と言えば。

あんまり個性の使いどころが無くてほぼほぼ素の力でチャレンジしてる状態だ。

入試のアレでやってもいいけど手先を使う作業に関しては現実的じゃないんだよなぁ。毛は滑るし肉球は力加減が難しくて物投げようとして真下に叩きつけたこともある。そもそも消耗率が上がるから嫌だ。

まあでも出来ないとは言ってない。

握力で、素で60kg越えた時は男子連中が白目向いてたな。誰だゴリラって言った奴。ゴリラにはなれねーから。

そんなこんなで。

 

 

 

「今確かに使おうって…」

 

 

てんてんと。

遠いけれど、まだ目に見える場所に着地したボールが数度弾んで転がった。

多分使いたかった個性が発動しなかったんだろう。深緑色のボリュームある髪をした男子の愕然とした様子が後ろから見ていてもわかる。確か今までの競技ではあまり活躍できていなかったようだから焦っていたのだろうか。

けど。

この個性の使用不可能状態。これを私はよく知っていた。

 

 

「個性を消した」

 

 

ブワリと浮き上がった髪と細布が覆い隠していた物を曝け出して。中から現れた黄色いゴーグルがその存在を主張する。

 

 

「つくづくあの入試は…合理性に欠くよ。お前のような奴も入学できてしまう」

 

「消した…!!あのゴーグル…、そうか……!抹消ヒーローイレイザーヘッド!!!」

 

 

抹消ヒーローイレイザーヘッド。相澤さんのヒーロー名。抹消と付くだけあって視ただけで人の個性を抹消する。基本的には発動するタイプの個性を消してくるから、一応そのタイプに入る私はたまに見てもらった手合わせで大変苦労した。

深緑の彼がこの場面で個性を消されたと言うのなら、何か相澤さんの琴線に引っかかるような所があったんだろう。最下位除籍なんて言ってたから彼は危ないかもしれない。基本的に相澤さんは有言実行の人だからやると言ったらやる。

首元の布ーー捕縛布に絡め取られて一対一でオハナシアイをしていたが、相澤さんが個性の発動を止めた事で話は終わったようだった。

2回挑戦出来るうちの残り1回。

円の中で何事かを呟く彼はあの合理主義の権化のような人を納得させられるのか。

 

大きく腕を振りかぶって指先で押し出されたボールが一度目よりも遠く遠くへと飛んでいくのを見て、静かに瞼をおろして視界を遮断した。

 

 

あれからちょいちょいトラブルがありつつも全ての競技を回って測定終了。自分の分くらいしかちゃんと記録を聞いてなかったけどどうだろう。いくつかは上位を取れてた気がするが。

 

 

「んじゃパパっと結果発表。トータルは単純に各種目を評点を合計した数だ。口頭で説明すんのは時間の無駄なので一括開示する」

 

「ちなみに除籍はウソな」

 

 

端末を操作して空中に画面を表示させた相澤さんがそんな事を宣う。

 

 

「君らの最大限を引き出す合理的虚偽」

 

 

大ブーイングである。そりゃそうだ。

持久走で首位争いをしたすごいポニテの女の子は「あんなのウソに決まってるじゃない…」と呆れているが、イイエ。アノ人はヤリマス。

合理的虚偽とか言ってるけど本気になったら合理的虚偽こそが虚偽だから。んっん虚偽虚偽詐欺。

 

ぼんやり順位表を見ていると相澤さんからの呼び出しが。

 

 

「体操服のままでいいから後で職員室に来い。話がある」

 

 

やべ。使える能力全部使わなかったの怒られんのか?でも順位は2位だったから結果は出してるぞ…?体操服でって所が気になるな。

とりあえず、と障子とキョーカに断りを入れてからグラウンドを後にした。

 

 

 

 

 

*******

 

 

 

 

更衣室の荷物は少し気になったがどうせ後で戻るかと放置して、いざ職員室。

 

 

「失礼しまーす、相澤さんいらっしゃいますかー?」

 

 

あっ。しくじった。

 

ガラリとスライドさせたドアの向こう側の視線が一気にこちらへ吸い寄せられたのを察知した。

いくら関わりがある人でもここでは先生だ。そんな人に「〜さん」だなんて気軽に声を掛ける生徒は特殊過ぎる。現に向こうからやってくる相澤さんからジットリ重たい空気が流れてきてる。

 

 

「四葦。此処ではその呼び方は止めろ」

 

「すみません」

 

 

モサっと垂れ下がった前髪の下からの圧。やっぱ相澤さんは怖ーや。以後気をつけねーと。

ところで今日は何用で。

 

 

「コスチュームの試着だ。お前の個性は特殊だから使用前に一度不具合が無いか確認しろ」

 

 

そっちに多目的室がある。着替えてこい、早よ。とアタッシュケースのようなデカイケースを渡されて事務所から追い出された。

閉められたドアの向こう側がなんだかゴチャゴチャ揉めてる気するが、まあ、いいか。

それよりも多目的室を探そうと辺りを見回すと案外近くに目的地。

中に滑り込んで念の為鍵をかけて。

 

ケースの中から取り出したコスチュームと一緒に入っていた明細書のような紙を手元と見合わせながら手早く着替えていく。

 

全て身に着け終わるとグッと体を伸ばして動くのに支障がないかを確かめた。うん、いい感じだ。

 

置いてあった長机を動かして広めに場所を作り、剥き出しの足で床を踏みながら型の動きをなぞっていく。

空手なんかで言う“型”と呼ばれる演武からすれば鍛錬を繰り返す中であまりにも我流になり過ぎたそれは、武術の形を残しながらも獣じみていて、私にとってはとても身に馴染む。

たっぷりと生地を使った所謂カンフーパンツと呼ばれるズボンは足の動きを妨げずに可動域を広げ、可能な限り余分な布を排除したのか肋の中程までのノースリーブの上着は薄い生地でありながらもしっかりと体に沿い動きをサポートする。セパレートになった袖は指先よりも長く、腕の動きに合わせて美しく翻り、下に行くほど淡くなる(つるばみ)色の生地に鮮やかな紅で刺繍された大振りの花模様が踊っていた。足元から咲く椿のような花の群れを掻き分けて這い上がる龍は背景が暗色であることも相まって夜空を登っていくようにも見えた。

ひと通り動きを流して軽く息を整える。

コスチュームの着心地は抜群だった。もたついて邪魔になりそうな遊び(・・・)のあるズボンや袖も捌きやすい。変身のせいで靴を消耗品にしてしまう足元は甲掛やアンクルガードのように保護用のパーツが当ててあって、腰のベルトに着けられていたポーチの中に念の為にと折り畳んだ予備の靴が入っていた。衣装に合わせた華やかなそれはほとんど使う事はなさそうだが、その気遣いがありがたい。

 

次は本命の変身をやるかと思った時。

鍵を掛けた入り口の方からノックの音が響く。

相澤先生かとドアを開けに行けば微かに香る甘い匂い。どこか眠気を誘うようなこの匂いは何だったか…。兎に角相澤さんじゃないな。

 

 

「相澤先生の代わりに様子を見にきたわよ!」

 

 

派手な登場をかましてくれたのはセクシーダイナマイト美女。際どい衣装に身を包んだ彼女は教育上こんな所にいてもよろしいのか。

聞けば試着後の様子を見るのは同性の方がいいかと思ってとのこと。別にいいんだが。

ああでも相澤さんも、私が何かしら失敗した時に不本意な物を見るかもしれないリスクが下がったから良かったのか…?

まあ、しょうがないかと妥協して。

 

二三言、今から試すことをセクシー美女と打ち合わせ、持っていた端末を手渡す。ここには鏡はないから、動画を録ってもらってキチンと機能が動くのかを確かめよう。

仕切り直して。ポコンと鳴った録画開始の音を聞きながら変形していく骨格に合わせて背中を丸めていく。あまり変化の激しいのものは対応しきれないかもしれないのだから、まずは体格が近しいものから。

一瞬で可能なものを記録の為に引き伸ばしてもわずか数秒にも満たない時間の中。低くなる視線をそのまま下に落とせば長かった袖の表面が洒落たコートのファーのように毛羽立っていき、瞬きの間に爪を備えた獣の前脚に変わった。

ふるりと耳を揺らして首を回せば腕と同化した袖と同じように強く色味を主張していたコスチュームが消え、白一色の毛並みが白色光に照らされて波のように揺れる。無駄無く絞まった胴体の後ろに感情に合わせて揺れる太い尻尾が見えた。本来灰色がかる色味が白に染められているのはいつもの事だが。

……ヤベェなコスチューム。ここまでできるのか。

辺りを見渡しても何処かの部品が落ちた様子はない。その場で跳んで見てもいつものような服がもたついたり窮屈になったりする不快感もない。すごい、なんだこれ…!!

というか技術局おかしいだろ!?サンプルに髪を提供したとはいえ、トンデモ技術過ぎる!!

ケースの所まで行って中身を漁れば最初の紙の他にもう一枚。曰く、防御力は紙だが、耳に装着するカフスで細胞の変化や脳波等を感知し、提供した髪の細胞を元にした生地が連動して変化しサポートする、だと……?チョットナニイッテルカワカンネーデスネ……。

 

 

「………着心地はどうかしら?」

 

「、……ウォフ」

 

 

テンションがブチ上がって宇宙猫になった結果、人語を忘れた。

ハッと振り返った先には撮影中の端末。これは確実に間抜けな顔が映ってるな…。つーか先生、声が震えてやがりますよ。

 

 

「んん、どうですか。どこか衣装が残ってる部分はないですか」

 

「バッチリ消えてるわよ!イイ感じね」

 

「ありがとうございます」

 

 

この姿でも喋れる事に驚いているような先生はスルーして、今度は床に着けていた前脚を浮かせ伸び上がるように体を起こしていく。今の姿は生物の進化の過程を早送りにしたような奇妙なものになっているのだろう。息を飲み込む音が聞こえた。

毛皮と同化していた布地が元の質感を取り戻した時点で変化を止める。

獣に服を着せてそのまま立ち上がらせ、ほんの少し人間に近付けたらこんな姿になるのだろうか。顔は獣そのままに、手先を使えるようにしっかりと長い指を持ち合わせたバケモノ。

稽古を重ねる中でできた最適解。嫌いじゃないが、子どもは泣いてしまいそうな見た目をしている。

ああ、コレが1番堪えるなぁ。人と獣の姿を行き来する変身を途中で無理矢理に止めているようなものだから、変身には掛からないはずのコストの消費で体力がゴリゴリ削られていく。

だが、1番出力が高いのがこれなのだから使わない手はない。なんてったって通常の約3倍のパワーが出る。もう少し調整して顔や骨格をほとんど人間寄りに調整してしまえば対人的にはやわらかくなるが、出力の倍率が2倍まで落ちるのだ。消耗も軽減されるけどここぞという時の力が足りない。

これを実践で使いこなせなければ意味がない。

人と獣の姿では継続した消耗がない代わりに倍率はかかかってくれないのだから、正に一長一短だ。

 

そうしてしばらく調整を続けて不備がないのを確認し。

きっちり動画を録ってくれたセクシー美女にお礼を告げてケースに仕舞ったコスチュームを返却した。

相澤先生には問題無しの報告をしておいて下さるそうだ。もう一度お世話になったお礼を言えば、ニッコリ笑って手を振ってくれた。

 

 

更衣室を経由して教室まで戻ればクラスメイトの姿はない。測定が終わってから1時間も経てば当然か。

嗅ぎ慣れない匂いが残る室内を横切って自分の机まで戻れば、控えめに存在を主張する紙の切れ端が乗っていた。コスチュームの調整で疲れた体を机にぺたりと預けれると動いた空気に押されて小さな紙が踊る。

 

“また明日”と当たり前に書かれた文字に、何だか体がもぞもぞとむず痒くて組んだ腕に顔をうずめた。

 

 

いつの間にやら日は傾いて。あのまま寝落ちていた間抜けな奴の、相澤さんにぶっ叩かれてできたたんこぶはそこそこデカかったとだけ言っておこうか。

 

痛む頭を摩りながら出口へ向かう途中。

開いた扉から吹いた風がどこかで嗅いだ懐かしい匂いを纏って鼻先を撫でていった。

 




チーターの脚の速さは50m換算で1.49

ザワ先の呼び方が安定しないのは使用です。
興味がある事ない事への反応・関心の差が酷い主。

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