獣は死して皮を留め英雄は死して名を残す   作:篠江菴

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ふつうのおうち

なんだか、いい匂いがする…。

 

 

「にゃ」

 

 

ふと目を開けるとぼんやりと周りの様子が見えてくる。

私は柔らかいタオルに包まれてダンボール箱の中に寝かされていたみたいだ。半分蓋が被せてあって明るすぎなくって今の私にはちょうどいい。

逃げる途中で薄汚れていた体も拭いてもらったのか汚れが落ちてさっぱりしていたし、傷だらけの体も手当てしてあった。まだ回復しきってないのか言葉は出ないけど。

 

 

 

「あっ!目が覚めたのか!?」

 

 

 

軽い足音が聞こえてきて頭上が明るくなる。ちょっとまぶしい…。

見上げると赤い目をした黒髪の男の子がこちらを覗き込んでいた。大きな目がかわいらしい。

 

 

「お前、公園で寝てたんだぞ!覚えてるか~?なんか怪我してるみたいだったからうちに連れてきたんだ!」

 

 

ま、まぶしい…!

拾ってきた猫(私)が起きたのが嬉しいのかニッコニコの笑顔が光輝いてる…!

私がたじたじになっている内に箱の中にスルッと手を入れてタオルごと持ち上げられる。思わぬ早業に警戒する暇もなかったわ…。

 

警戒はしなくても緊張はする。

…前世を思い出してから今まで、ほとんど人と触れ合ったことはない。個性が出る前までは家族らしい触れ合いがあったけど、個性が出て檻に入れられてからは両親から触られたことはほとんどなかった。あっても必要最低限だけ。

多分自分たちが要求するのが所謂猛獣と呼ばれる生き物ばかりだったから私がその姿で反抗するかもしれないって考えていたんだろう。そう思うなら檻に入れたりしなきゃいいのにね。

そのせいか人に触られる感覚っていうのがいまいち思い出せなくてドキドキするのだ、悪い意味で。

 

自分の手の中で細長い体が固まったのがタオル越しでもわかったのだろう。赤い目がじぃっとこちらを見つめてくる。私も目を見開いて見つめ返す。

しばらく見つめ合って、相手も緊張しているのが伝わってきて、瞳の中に私を傷つけようとする意思を感じないのを認めてやっと瞬きをした。体の力が抜けてダラーンと垂れ下がる。向こうも私が落ち着いたのがわかったのかふう、と大きく息を吐き出していた。

 

猫的には瞬きって挨拶らしいって言うのをちらっと聞いたことがあるけど、なんかこう、大丈夫だよ!って感じ伝わっただろうか…!

向こうも気が抜けたみたいだし大丈夫そうだな??

 

 

「体ガチッってなったからびっくりした…。おどろかせてごめんな!」

 

「にゃおん…」

 

 

そりゃいきなり抱き上げられたらビックリするだろうよ…。

腕が疲れてきたのか抱っこの形に抱き直されて腕の中に収まる。ちょっと重そうにしながらもどこかに向かって移動が始まった。

 

 

 

「かーちゃーん!猫、起きたー!」

 

「あら本当ー?連れておいでー」

 

 

男の子のお母さんだろうか、優しい声がする。

着いた先で待っていたのは男の子と面影が似た優しそうな女の人だった。

あったかくておいしそうな匂いが鼻をくすぐる。

 

 

 

「元気になったんだねぇ。お腹空いてるんじゃない?ご飯があるよ」

 

「かーちゃんおれも腹へった!」

 

「はいはい、あんたの分はこっちにあるよ」

 

「よっしゃあ!」

 

 

 

一緒に持ってきてあったタオルごと床に下ろされる。コトリ、と音をたてて目の前に置かれた平皿には牛乳が入れてあった。鼻先を近付けてみるとほんのり温かいのが伝わってくる。ペロリと舐めると甘い味が口一杯に広がってお腹がきゅう、と鳴った。

 

 

 

「あの子が拾ってきた時は傷だらけでどうしようかと思ったけど安心したよ。たくさん食べていいからね」

 

 

一心不乱に牛乳を舐める私の背中を温かい手が滑っていく。

動物の体だと涙は出ないけど、泣きたくなるほどおいしいごはんの味だった。

 

 

 

*******

 

 

 

お腹がいっぱいになって男の子にちょっとだけ遊んで貰って今は抱っこされてテレビを見ている。

いや、警戒捨てすぎじゃね?このお家がヌクモリティに溢れてるからいけないんだぁ。今私はお猫様だからコロコロしちゃうもんね!

 

 

「おっ!オールマイトじゃん!また敵(ヴィラン)をやっつけたんだなー!」

 

 

ヴィランってなんだ?

聞きなれない単語が耳につく。テレビを見るとアメコミのスーパーマン見たいなデッカイ男の人がデカデカと映っていた。すげぇ、画風が違う…!

テレビを見ていると今まで知らなかった情報がたくさん頭に入ってくる。ヴィランってなんだ。ヒーローってなんだ?前の記憶になかったことがいっぱいだ。

その後見ていた番組でタイミングよくヒーロー関連の特集が始まって、私は新しく知ったヒーローについて詳しく知ることになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「わたしのこと、けいさつにれんらくしてもらえないですか?」

 

 

ヒタヒタと音をたてずに廊下を歩く。

赤い目の彼はもう寝てしまった。良い子は寝る時間である。ちなみに鋭児郎くんというらしい。彼のお母さんがそう呼んでいた。

私が向かった先はこの家の大人がいるところ、台所である。

見つけた鋭児郎くんのお母さんは机に紙を広げて何か書き物をしていた。突然足元に音もなくやってきた私に少し驚いた様子だった。それよりももっと、しゃべる猫に対して驚くことになるんだけどね。

 

 

 

「あなた喋れたの?」

 

「はい、だまっててすみません。つかれててしゃべれなくって…。

けがのてあてとごはん、ありがとうございました」

 

「それは、大丈夫だけど……。それはあなたの個性なの?」

 

 

「そうです」

 

 

 

見せた方が早いかなと思って変身を解く。どんどん高くなっていく目線にポカンと口を開けた彼女の姿が映る。

あっ私今服着てないじゃん。

ハッとした鋭児郎くんのお母さんの手によって慌てて近くにあった上着が被せられる。

そうだね。服着てないってヤバいよね。家だと変身の邪魔だったから病院の検査服みたいな簡易な服かいっそ着てないかっていう状態でした……。実家やば……。

 

 

「ちょっと!お風呂入るよ!!」

 

 

「えっ」

 

 

 

 

 

 

あの後一緒にお風呂に入って洗われて傷の手当てをされ直した。見苦しかったですよね!!本当にすみません…。

 

それから自分がどんな状況で猫になっていたのかを簡単に話した。実家のことは話していない。鋭児郎くんのお母さんも何か黙っていることがあるのはわかっているみたいだったけどそこまでは突っ込んでこなかった。

でも自分の子どものことじゃないのにすっごく心配された。

これがふつうの親なのかなと思ってちょっと鼻がツンとした。

 

警察に連絡してもらってちょっと私も交渉させてもらって、明日の朝に迎えに来てもらえることになった。

また猫の姿になって鋭児郎くんのお母さんの部屋のソファーで、かけてもらったタオルケットにくるまって丸くなる。(人間姿で寝て欲しいお母さんVS猫に戻って最初に寝ていたダンボールでOKな私で戦争が起きるところだった。妥協案である。)

 

 

 

「ふつうのおうちってこんなかんじなのかなあ」

 

 

 

じわりじわりと体の中に温かいものが溢れてくる。

久しぶりに感じた気持ちが瞳からこぼれ落ちてしまいそうでぎゅっと強く目を閉じた。




特殊な環境にいた子がこんな環境で早々に緊張を解くわけがないって思ってますが、中身は元大学生(オタク)だしショタはまぶしいしマッマは優しいし…
絆されちゃうよね!ってことで。

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