獣は死して皮を留め英雄は死して名を残す   作:篠江菴

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なぜなんの計画性もなく別視点を始めてしまったのか……。
とんでもなく難産でした。


ひだまり

*******

 

《another side》

 

 

 

 

止まった車から降りて目の前の一軒家を眺める。昨日通報があった家だ。

 

 

 

 

ーーーー昨日の昼過ぎに起こった騒動。住宅から虎が脱走したなんて通報があった。本当に虎が一般家庭から出てきたのか、個性によるものじゃないのか。本当の所はわからないが、近隣から同じような通報が何件も寄せられたこともあり、近場のヒーローや警察が駆けつけて捜査が始まった。

虎の方の捜索は難航した。住宅から一番近くの公園に飛び込んでからその後の足取りが掴めない。十分に警戒しながら公園中を捜索した所、草むらの中から千切れた首輪だけが見つかった。通報した民間人からの情報の中に首輪をしていた話もあった為これが該当品だろう。

後、公園の入り口から首輪がある辺りまでは大きなものに踏み荒らされたような跡があるのにそこから先には小型の動物くらいの小さな足跡しか見つかっていない。

他に不審な点は無く、この事からヒーローと警察は十中八九本物の虎じゃなく個性を持った人間によるものだろうと判断した。

一方で虎が出てきた住宅の方では気分が悪くなるような実情がわかった。家の中で実の両親が娘を監禁してペットとして飼っていたらしい。娘は色んな動物になれる個性で、それに目をつけた両親が外にも出さず檻の中に閉じ込めて動物になるように強要していたようだ。監禁するにあたって、近隣の住民には他県に行かせたい学校があったから今からその近くに住んでる親戚に預けている、今の仕事が一段落したら自分たちもそちらに移る、と言って丸め込んでいたらしい。

それまでは両親と共に見かけていた子どもの姿を見なくなって、もう丸3年は経つそうだった。

家に踏み込んだ警察が檻の残骸が飛び散った部屋で呆然としていた母親から聞き出してわかった事だ。

ヒーローや警察がきたことが分かって観念したのか自分から色んな事を喋っていた。今も警察署の方で取り調べが行われている。

朝から出かけて行ったという父親は行方がしれず、現在捜索中だ。

 

そして未だ見つからない虎の捜索につながる情報が、母親への取り調べ中に出てきた。

子どもについて聞くと"娘は白い色にしかなれない"と言ったそうだ。

何件も来ていた通報でも共通して、皆口を揃えて「"白い"虎だった」と言っていた。

これによって情報がつながり、白い動物になっているはず女の子を捜索する事に決まった。

首輪が見つかった公園に残されていた小さな足跡。虎の姿が一向に見つからない以上、他の動物になっていると考えて動いた方が合理的だ。

俺に出動要請が来たのはこの段階で、胸糞悪い事を考える奴もいるもんだ、と思ったもんだ。

 

もうすぐ深夜に差し掛かる頃だった。捜査本部とされていた場所に警察から一本の電話が回されてきた。

白い猫に変身できる女の子を保護しています、と。

周りにも音が聞こえるようにされた電話の内容を聞いてその場にいる全員に緊張が走る。

若い女性の声で、息子が拾ってきた猫が個性で変身した女の子だったこと、保護してからの様子、体の状態等の情報が語られる。変身を解いてくれて見せてくれた体は傷だらけだったと震える声で話され、眉間に深く皺が寄った。

 

 

 

「こんばんは」

 

 

電話口の声が変わった。さっきの女性よりも高い、女の子の声。

 

 

 

「めいわくをかけてごめんなさい。…よあししちかです。」

 

 

 

四葦七伽。今捜索されている白い動物に変身できる女の子の名前だ。

本人で確定だろう少女が自分が保護された状況、保護された家から動く気がないこと、朝まで保護は待って欲しい事を淡々と話していく。しゃべり方は舌足らずだが内容はしっかりしている…。今何歳なんだ?

 

 

 

「なぜ明日の朝なんだい?…我々としてはすぐにでも迎えにいってもいいんだけど……」

 

 

 

電話の対応をしている警察官が柔らかい言葉でいう。聞いているこちらとしては勝手なことをいう子どもに少し苛立つ。もうすぐ深夜だが相手は虎になれる。保護している家庭の安全の為にも早急な保護が求められるだろう。一人の為にたくさんの人員が動いていたんだぞ…?

だが受話器から聞こえてきてくる少女の必死な声を聞いて自分勝手な要求だとささくれだっていた気持ちが萎んでいく。

 

 

 

「わたしをたすけてくれたこにもはなしをきいたりするんでしょ…?」

 

「おとながねてるこどもをおこしてまではなしをきくの?」

 

「わたしはここからにげないしなにもしたりしない…!」

 

 

 

 

「だから、もうすこしだけここにいさせてほしいの…!!」

 

 

 

保護されてから心を開くのがやけに早いなと思った。まだ半日も経っていないのにこの様子……。幼い喋りの子どもだが何か良くないことを考えているんじゃないかと疑っていたが。

うっすらとトゲを感じさせる言葉と声色ににじむ羨望。

これはーーーーー、

 

 

少女の過去を考えれば人に優しくされたのは数年ぶりだっただろう。同年代の子どもと触れ合ったことがあるのかどうかもわからない。自分が与えられなかったものが目の前にある状況はどんなものだろうか。

 

自分が望んで作った状況だったはずなのに、突然目の前に転がってきた自分が欲しかったものから離れがたい思いは痛いほど伝わってきた。

 

結局保護は明朝行う事になった。捜索をしていた人員は父親を追っているチームを除き引き上げる。

一部のメンバーは秘密裏に少女が保護されている住宅に様子を見にいった。

俺達ヒーローは明日の保護に向けて準備を進めていく。

 

 

 

*******

 

 

 

「なー…、ほんとにいっちゃうのか?」

 

 

「にゃ」

 

 

「もっとうちにいればよかったのによー…」

 

 

 

鋭児郎くんがしょんぼりしてる。

黒髪から覗く眉毛がハの字に垂れていてなんだか申し訳なくなった。

 

今この家には私を保護しにヒーロー達がやってきている。昨日の電話で打合せして迷い猫を保護しにやってきた、という体で回収してもらうことになったのだ。呼び鈴を鳴らしてやってきたのが多分私服の警察官とモサッとした髪の小汚ない男の人だったのは驚いたけど。出会い頭にヒーローと言われなかったら気づかなかった。

最初に猫の姿でちらっと顔合わせをしてから、今は隣室で鋭児郎くんのお母さんと話をしている。

 

朝、起きてきた鋭児郎くんに私を迎えにヒーローがやってくることを鋭児郎くんのお母さんが話すと、それはもう、非難轟々だった。

昨日の夜の電話を迷い猫の届け出をしたと言うことにして話してもらったので、自分が寝ている間に勝手に決まってしまってそれが嫌だったらしい。

しばらく怒っていたけどお母さんに宥められてしぶしぶ納得していた。

でも諦めきれない所はあるようで、朝ご飯が終わってから私はずっと鋭児郎くんの膝の上に抱えられているのである。

 

モヤモヤしているのか意味のない言葉を吐き出しながら私のお腹に顔を押し付けてくる。く、くすぐった!?髪の毛わちゃくるぞ!

頭の位置に前足がきたのをいいことに爪を立てないようにしながら髪の毛をかき混ぜる。お日さまみたいないい匂いがしてちょっとだけ楽しくなった。

最初は「やめろよ!」とか言っていた鋭児郎くんもだんだんおかしくなってきたのかくふくふ笑っている。よかった、機嫌は直ったみたいだ。

 

ふと、体が持ち上がって鋭児郎くんと目が合う。私の後ろの窓から光が差し込んで白い毛並みがきらきら光る。

 

 

「お前の毛、きれいだなぁ」

 

 

そんなふうに純粋に言われたのは初めてかもしれない。

ポロっとこぼれ落ちた言葉が胸のなかに染み込んでいく。何気ない一言が心からの言葉だと伝わってきてなんだかくすぐったかった。

真っ赤な瞳が宝石みたいにキラキラして引き付けられる。

 

 

「あっそうだ!いいもの持ってきてやるよ!」

 

 

唐突に私を下ろすと近くにあった戸棚まで走って行って引き出しの中を漁り出す。探し物が見つからないのか中身をポンポン投げてるけど、これ後で片づけるんだよね…?

やっと見つかったのか「あった!」と手になにかを掴んで戻ってくる。手に握られていたのは真っ赤なリボン。

鋭児郎くんのお母さんが取っていたお菓子のラッピングの奴らしい。

 

 

「これ、お前にやるよ!」

 

 

するりと首にリボンをかけてくれて難しそうにしながらもリボン結びにしてくれる。

縦結びになっているのかちょっと傾いた羽が首をくすぐる。

 

「最近好きになったヒーローがいるんだ!すっごくカッコよくてアツいんだぜ!?そのヒーローと同じ色だから、お前にやる!」

 

「おれ、大きくなったらそのヒーローみたいになりたいんだ!だからそのリボンで約束だ!絶対なるから、元の家に帰ってもおれのこと忘れるなよ!」

 

 

約束かぁ……。

鋭児郎くんは私が本当は人間だってことを知らない。本物の猫だと思っている。猫の寿命は16年くらい。鋭児郎くんがヒーローになるまで生きているかどうかわからない。そのことを知らないだろう子どもらしい約束だ。

でも私は人間だ。きっとずっと、今日の約束を忘れないだろう。

わしわしと頭を撫でてくれる手に了承の気持ちを込めてすり寄った。

 

 

 

 

*******

 

 

 

 

あれから鋭児郎くんも警察の人と話してからお別れとなった。家を出る前に鋭児郎くんのお母さんが鋭児郎くんとのツーショットを撮ってくれた。鋭児郎くんはやっぱりしょんぼりしていたけれど写るときはちゃんと笑ってくれた。ちなみに写真撮影の前に曲がったリボンは綺麗に整えてもらった。ありがとうございます。

リボンを整えて貰っている時に鋭児郎くんのお母さんとはこっそりお別れができた。謝罪とお礼を伝えると「元気でね」と頭を撫でてくれた。

 

 

「(あたたかかったな……)」

 

 

鋭児郎くんも鋭児郎くんのお母さんもひだまりみたいなあったかい匂いがする家だった。

鋭児郎くんのお母さんがくれたタオルケットにくるまりながら振り返る。

タオルケットは昨日寝るときに借りたのをそのまま持ってきている。服を着ていなかった私に、ちょうどいい服がないからと言って譲ってくれたのだ。確かにマントのように被れば十分に体を隠してくれるだろう。

今私が乗っている車は病院に向かっている。脱走の時にできた傷の治療をしたり体に異常がないか調べたりするんだろう。それから、警察からの事情聴取も。

 

 

「…大人が怖いか?」

 

 

布の向こうから声が降ってくる。頭まで覆っていたタオルケットからチラリと顔を覗かせると、ヒーローだと名乗った人がこちらを見ていた。

 

 

そりゃあ、怖いよ。どっちかっていうと人間怖いって感じだけど…。

でも思うところがあるんだよね。

 

 

「……おとなはかってだから」

 

 

望んでこの個性になったわけじゃないのに勝手に持て囃されて閉じ込められて、わからないだろって自分達の欲望を押し付けて、勝手なことをばっかりだ。

 

本当は。この体の女の子はそんな状況に耐えられなくて心が死んでしまったんじゃないかと思ったことがある。

怖い想像は風船みたいに大きくなって、本当はこの体が前世である私を思い出したんじゃなく、心が死んでしまって空っぽの体の中に代わりに私が入ってしまったんじゃないか…。そんなことまで考えたこともあった。

真相は誰にもわからないけど、頼るべき大人である両親に振り回されて心がすり減ってしまっていたのは事実だ。

でも鋭児郎くん達と会って両親みたいな人ばかりいる訳じゃないことを思い出した。きっと私を保護しに来てくれたこの人たちもあたたかいものを持った人達なんだろう。だから。

 

 

「……おとながそんな人ばっかりじゃないってしってる。

だから、生きるよ」

 

 

私を助けてくれたあのあたたかい家の人達に報いる為にも。

 

もしかしたら空っぽになってしまったのかもしれないこの体の子が報われる為にも。

 

しっかり前を見据えて進むと、赤い目のあの子が約束だとくれたリボンに誓おう。




Q.結局前世を思い出したのかorメンタルブレイクした幼女にinしたのか

A.後者がFA。だが本人は幼女inを疑ってるだけで本当のところは知りません。
死んで再出発してるんだから転生って言えるんでしょうけどね…。
幼女……南無…………;;;;

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