今回の話が3話分くらいまで膨らみそうなので、とりあえずできた分だけ……コッソリ。
テレビを見ているとよくヒーローの話題が上がる。眩い笑顔のNo.1ヒーローなんかいい例だ。ヴィランが出るとすぐに飛んで来てあっという間に事件を解決してしまう。近年のヴィラン発生率を考えると本当に大変な仕事だと思う。でもそれを感じさせることなく笑顔で街の人達を救えるのは誰にでもできることじゃない。
視界の端にちらつく赤に目を移す。ここに来てから増えた色んなものは大切にとってある。あの日のリボンもそこにある。
彼はまだヒーローを目指しているだろうか。
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「よう。久しぶりだな」
来客の知らせを受けて応接間に行くと昔私を保護してくれたヒーローが来ていた。ヒーロー名はイレイザーヘッド。一個人としては相澤さんというそうだ。
彼はあの日から年に2回くらいのペースで私の様子を見に来てくれる。じいちゃんばあちゃんと元々関わりがある人だったようで、チラッと私の様子を見に来るとじいちゃんやばあちゃんと仕事の話をしに行ってる。
保護されてから5年。相澤さんは毎年欠かさず来てくれるからマメな人だ。
「お久しぶりです。大分くたびれてますね。」
「最近大きなヤマがあってな。あんまり寝てないんだよ…」
相澤さんはヒーローであると同時に有名な高校で教師としても働いてるらしい。どっちも両立させるってなったらそりゃハードだわ。
こりゃ一肌脱ぐしかないっすね~。
するり、と着ていた服が畳に落ちる。床に散らばった服の中から現れた私はいつぞやの猫姿だ。
脱げた服を口で引っ張って纏めている私を見る相澤さんの目は胡乱げだ。
「お前…、急に脱ぐなよ。もうすぐ中学だろ?」
「残念ながらあんまり気にならないんですよねー、毛皮ですし」
「野生に打ち勝てよ、合理的じゃない」
変身している時の倫理観云々は、私の精神が動物に寄ってしまうのか結構テキトーだったりする。動物、服着ないですし。ブカブカになったりキツくなったりしてむしろ邪魔だし。
人間の時もその感覚に引っ張られるのか服が脱げたり破けたりしても特には気にならない。
稽古中はズタボロになることなんて日常茶飯事だしなー。
相澤さんがいる机の反対側に回り込み胡座をかいている足にスリ、と頬を寄せる。
慣れるのには大分時間がかかったが(私が)、今は自分から癒しを提供しに行くくらいには慣れたつもりである。
しばらくそうしていると呆れたようなため息が1つ降ってきて、大きな手が優しく背中を撫でていった。
相澤さんは猫好きらしい。何度目かの邂逅でその事を知った私はたまにこんな風に猫になってみている。帰る時はなんとなく機嫌がいいように見えるから若干のアニマルセラピーになっているのでは?
毛並みに沿って撫でる手付きに目を細めていると上からの視線が突き刺さる。首を傾けて見ると感情の読めない瞳がこちらを見つめていた。
「なんですか?」
「お前、なんか悩みでもあるのか?」
……おかしいなあ。ほとんど会うことなんてないのに。
教師をしているが故だろうか。
「そんな風に見えます?」
「お前の様子が変だって乙木のじいさん達が言ってたぞ。伸び悩んでるのか?」
ガッデム、敵は身内か。
スランプになってると思われているのか。いや、違うんだけど。
んーー…、別に悩みと言うわけではないのだが。
「最近よく将来は何になりたいんだって聞かれるんですよ」
ぽつりと1つ言葉を落とす。
ある時は道場に通う子どもだったり、ある時はじいちゃん達の客だったり。
私にそんな言葉を投げ掛ける。
この道場は特殊だ。ただ習い事としてくる子がいれば訓練としてやって来る大人達がいる他に、じいちゃん達が受け入れた不良等、ーーー所謂溢れ者が結構いたりする。
自分がそうだった人や昔から道場にいる人等はあんまりそういう話題に触れてこない。
私もじいちゃんやばあちゃんの孫のように育てられているけど、血縁なだけであって実際そうじゃないことを知っている人は知っている。
そういう質問は世間話の内の1つだし、必ずしも悪いって訳じゃない。
でも、心のやわらかいところに土足で踏み込まれているように感じる人もいなくはないのだ。
「……その質問をされるのは苦手か」
「苦手というか、よくわからないです。」
だって明確なビジョンがない。そんな質問をされても困惑するばかりだ。
引き取られてからは進められるがままに稽古を続けてきただけだし、小さい頃はそんなことを考える暇はなかった。
鍛えているから「ヒーローにならないのか?」と聞かれることがあるが前向きに考えたことはなく。
ただただ来る1日を享受するだけの日常だ。
「ならやりたいことはないのか。」
「やりたいこと…?」
「そうだ。なんでもいい。だか1つくらい目標がある方が何をするにしても合理的だろう」
「相澤さん合理的って言葉好きだねぇ…」
やりたいことかぁ……。
今まであんまり考えて来なかったかもしれない。
あの家を出てから今までの分を取り戻す勢いで人として必要なことを詰め込んで勉強して稽古して。
転生のことがあるから勉強はある程度できるけど、前世と違うことは凄く多い。歴史系の話とか全然役に立たないし。
私ももう12歳になるのでそろそろ通信教育生活も終わりにして中学からは学校に行くことになっている。そもそもが義務教育だからな。
道場の中だけの関係じゃ同じ年齢層が少なくて私の社会性が危うい。習い事に来ている子がいても私の稽古内容とは段階が違うから稽古の時間が違ってなかなか会うこともない。
この間ふと気づいたが、今世の私、友達がいない。
……ボッチじゃん。友達作ろ…。
悶々と考え事をしている私の背中を相澤さんはゆるゆると撫でる。私が考えている事をわかっているのか急かすことをしないのは教育者だからだろうか。
………あ。
「相澤さん、1つやりたいことあった。」
「そうか」
「今まで全然興味なかったことだけど、ちょっと頑張ってみる」
「……なんにせよ、お前がやると決めたのなら俺は何も言わない。まあ、やれる所までやってみるといい。」
「…はい!」
ぽふりと背中叩いた手が離れ、立ち上がった相澤さんが部屋から出て行った。……あの人実はこの話の為だけに今日来てたんじゃないよな?
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突然だが、ヒーローになろうかと思う。
相澤さんと話した時、やりたいことの事でヒーローになるのが手っ取り早いんじゃないかと思ったのだ。手段として。
大分、やりたいこととしてというか、なりたい動機としてどうかと思われるだろうが、鋭児郎君に会えないかなと。
鋭児郎君はあの日の私の恩人だ。あの時は猫だったから鋭児郎君のお母さんにしかお礼を言えなかったけど、できることなら鋭児郎君本人にも何かお礼がしたい。
でも猫だった私が突然彼の家に行ってどうする?自己紹介するにしてもあの家のことから話すのか?…話せる訳がない。
だから、ヒーローになりたいと願っていた彼が夢を叶えた時にその手伝いができればと思ったのだ。
それならば、私にはヒーローが一番向いている。
前世からして企画を考えたり物を作ったりするのは正直あんまり得意じゃない。ここに来てからの稽古三昧の日々で、頭を使うことよりも体を動かす方がよっぽど向いてることがよくわかった。
それに自慢じゃないけどこの五年で結構強くなったんじゃないかと思う。前はお手玉攻撃で手加減されていた稽古もかなり段階を踏み、今では訓練にくるヒーロー達の組み手に混ぜてもらって白星を挙げることも出てきた。
強さはそれぞれ違うけど、手を抜かずに真剣に相手をしてくれていることはわかる。そんな稽古で少ないけれど勝てるのだ。ちょっとくらい自信を持ってもバチは当たらないだろう。……まあ、道場主である2人には勝てた試しがないのだが。
ヒーローになると決めてからそれまでよりも訓練に力を入れるようになった。
目標ができるということは人を大きく変えるのだろうか。まだそんなに経っていないのに以前よりも目に見えて力がついてきていることを実感できるようになった。
そんなある日。
「七伽。お前、熊狩ってこい」
流石にこれは予想外だ。
この世界の義務教育とか教育の制度とかどうなってんだ…?現実だとあり得ない小学校の通信教育とか捏造してしまった……。