獣は死して皮を留め英雄は死して名を残す   作:篠江菴

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長らくお待たせいたしました。
仕事で書く時間が取れなくなったと思ったら、時間が出来た頃には書き方を忘れていました……。
ネタはめちゃくちゃ思い付くけど書き起こすのってムズカシイ……!
世の文字書きさんはすんげーと思いました。とほほ。


※残酷な表現注意


オリジン.2

鬱蒼と繁る森の中を自分の鼻を頼りに進む。じいちゃんとの稽古で何度も来ていた山はいつもの様子から姿を変えて、ピリピリとした緊張感を肌に伝えてきていた。普段は野生の動物の気配がするし誰かしら森の中で訓練をしているからこんなに何もかもが息を潜めたような静けさは始めてだ。

 

それにしても熊狩ってこいってどういうことだってばよ…。我12歳ぞ?学校には行ってないけど小学生ぞ??

 

 

「ちょっと無茶振りが過ぎるんじゃないかクソジジイ……」

 

 

 

 

 

ーーーーー時は少し遡る。

 

 

「………は?」

 

「じゃから山に熊が来とるからお前が狩ってこいと言っとるんじゃ」

「いや唐突過ぎるわ」

 

 

じいちゃんに呼ばれて道場に行くとじいちゃんとばあちゃんが2人で待っていた。いつもは門下生がいる時間なのに今日は1人もいない。

正座で座っている2人に習い向かい側に腰を下ろす。

 

「七伽。お前の成りたい物は何だ」

 

 

開口一番、厳めしく細められた瞳がひたりと此方を見据える。何時にない鋭さの視線に晒され背筋が伸びる。

 

 

「お前が何かを目標に据えた事は気付いておったよ」

 

「それが何かは問わん。じゃがのう、ちっと考えが甘いんじゃないかのう...?」

 

 

チリチリと底冷えするような緊張感が背中を撫でていく。じいちゃんの隣に座るばあちゃんの顔は普段の優しい表情と違い、ピクリともせずに何の感情も伝えて来なかった。異様な空気に喉が引き吊って吐息ばかりが漏れる。

 

「それでも成りたいと言うのなら儂等は止めん。代わりに覚悟を見せろ」

 

「...はい」

 

 

じいちゃんは多分、私がヒーローになろうとしている事に気付いてる。それがすこし不純な動機だと言うことも。だからこそ覚悟を見せろって言ってるんだ。課題を与えてそれを乗り越えようとするだけの強い意志があるのかを。だからって何で熊狩り。

……まあ、これを乗り越えなければおそらく本当にやりたい事はさせてもらえないだろう。かの有名なヒーローが言っていた。プルスウルトラって奴だ。やるしかねぇ...!

 

 

 

 

森の中を走り回って小高くなった奥の方までやって来た。この山の中でも緑深いこの場所からはいつもの稽古の時に嗅ぎ取る生き物達の残り香よりも強い匂いを感じる。今世では個性の影響か微細な匂いまで嗅ぎ分けられる鼻はここにターゲットがいることを明確に伝えていた。

足を止め意識を集中させると靴底からこちらに向かって近付いてくる重みのある振動を感じることができた。

ガサガサと茂みを掻き分けて現れる太い脚と濡れててらりと光る鋭い牙。離れた位置からでもわかる血走った目が自分の領域を侵そうとする敵への興奮に燃える。

こちらを見定めるが如く睨め付ける圧倒的強者に膝が笑いそうな程の恐怖に震えるが、ここまで来たら引き返せる訳がない。

 

『熊に追われた連中が怪我をしておる』

『儂はマタギもしたことがあるし家の山は私有地じゃ。

━━━━手段は問わん。』

 

詳しく事情を話したジジイはそう言っていた。この世界での狩猟についての法律がどうなってるかは知らないが、そうまで言うからにはジジイが求める覚悟とはそういう事なんだろう。命のやり取りをすることもあるだろう仕事に着こうとするだけの、意志があるのかどうかを。

 

 

「……どこまでやれるかわからないし最悪死ぬかも知れないが、やるしかないよなぁ!?」

「グルルァアア!!!」

 

 

野生の本能のままに此方に飛び込んでくる巨体に向かって拳を振り翳した。

 

 

 

 

 

突き、蹴り、受け流す。当たれば怪我じゃ済まなさそうな爪は触れないように腕ごと殴りつけて躱していく。

重さの乗った突進を転がるように避け様子を窺う。

切り替えして食らいついてくる鼻先を踏みつけると同時に高く跳び近くの木の枝に着地する。

足元では肉を噛みちぎり損ねた憤怒の瞳が腹立たしげにこちらを見上げていた。

今の所ステゴロでの戦いはあまり結果が出ていない。

当たりはするが硬い皮膚や厚い脂肪に守られて中まで攻撃が通っていないようだ。まずもってなんの強化も無しに挑み始めてしまったのが間違いなのだが。

こちらは若干の擦り傷やかすり傷はあるが出来る限りヒットアンドアウェイでやり合っている為目立った怪我はしていない。

というかそもそも何故素手で戦ってるんだ私は。個性を使え個性を。ビビってトチってる場合じゃないんだぞ…!

ズン、と足場が揺れて気付けば内臓が浮くような浮遊感。幹に足をかけた獣の閃く爪が近づいて。ヤバッ……!

 

 

「、ガッ…!!」

 

 

視界が赤に染まってその後に感じる腕の熱、地面に打ち付けられて肺から空気感が押し出される。反射で腕を獣に変えて弾こうとしたが失敗し、モロに爪を食らって吹き飛ばされた。

肩から二の腕にかけて皮膚が裂け真っ赤な血が服と地面を濡らしていく。

茫然と流れ出る液体を見ていた一瞬を逃さずに追撃してきた巨体にハッとして転がるように体を投げ出し走って、走って。

追ってくる足音が聞こえなくなった所で茂みに潜りへたり込んでしまった。

こんなのただの時間稼ぎだ。怪我をしたから血の匂いを辿られて何れ追いつかれてしまう。そうだ、止血を……、

破れた上着を脱いで包帯代わりに引き裂こうとした手がガクガク震えるのが。抱えた膝に吸い込まれていくいくつもの透明な粒が。自分の甘ったれた心を表しているようだった。

 

 

「ちくしょう……、」

 

 

痛い熱い怖い逃げたい。

何が“死ぬかもしれないが”だ。死ねる程の覚悟なんてこれっぽっちもないじゃないか…!

一発まともに食らったくらいでなんだよ。稽古で骨が折れたこともあっただろ。

自分の失態への動揺が頭いっぱいに広がって、思考する余力を奪っていく。

情けない自分に嫌気が差してゆるく頭を振るとくらりと視界が揺れる。止血の途中だった事を思い出して引き裂いた布地をのろのろと腕に巻く中で、皮膚を染めている血にふと目が引き寄せられた。

 

 

「あかいろ……」

 

 

これはなんの色だったか。血が足りなくて歪む視界を一度閉ざすとまあるいきれいな色が瞼の裏に浮かんでくる。昔見たあの色はこんなに汚い色ではなかったけれど。

……“約束だ”と言ってくれた彼にこんな私で報いることができるのか。

ヒーローになると言っていた彼を手伝いたいと思った自分は嘘だったか。

未だ震えが走る手を握りしめて膝に打ち付ける。

逃げ帰る訳には行かず、唇を噛み締めた。

 

 

 

のしのしと。重たい足音が少し離れた所を臭いを辿りながら歩いている。鼻先が向かうのは先程まで私が潜んでいた場所だ。長く留まっていたから血の匂いが濃いのだろう。

ウジウジ考えるのはもう止めた。そもそも考えるのは苦手だし、怖いものはしょうがない。

そもそも今まで個性があるにしろ自分が猛獣になれるにしろ、あんなガチな野生動物と対面する事は初めてだったんだ。ションベンちびらなかっただけ褒めてくれ。…汚いな。

とにかく。

ここを切り抜けない限りは生きて帰れないだろうし、その先の願いを叶えるのは夢のまた夢だ。最悪死ぬかも所か死ぬ気で挑まなきゃ生き延びる可能性すらなくなるだろう。

理性なんて捨てて、生き残る為に個性を活かせ。それができないなら大人しく死ね。

きっちり止血し、血臭をこれ以上辿られないように木の葉や土を体にまぶして木々の隙間から眈々と目標を見つめる。

 

物音を立てないように慎重に背後に身を潜め機を窺う。

獲物を狙う狩人のように息すら殺してジリジリとその距離を詰めた。

 

ふと頭を地面に寄せていた熊が顔を持ち上げようとし、完全に上がりきる前に力強く地面を蹴ってその晒された首元に力一杯齧りついた。分厚い首の皮に鋭く伸びた牙を押し込み暴れる巨体に爪を立てて押さえ込む。

背後から飛び掛かられマウントを取られた熊は突然の襲撃に驚き半狂乱になって腕を振り回し体を揺すり暴れ回った。背中に貼り付いているから上手く当たらないが時折掠める爪や牙が身を削り血や白い毛が飛ぶ。

私は今虎へと姿を変えている。牙を剥き出しにして爪でガリガリと肉を削って抗う。人間よりも何倍も力ある姿で人としての在り方を忘れて相手の息の根を止めようと己が持つ武器を振り翳す。

襲撃者が背中から離れず攻撃は当たらず己ばかりが削られている事に怒った熊は唸り声を上げながら地面を転がった。縺れ合い振り回され時に下敷きにされながらも噛みつくのを止めない。

 

 

「ギャウンッ!!!」

 

 

脇腹の猛烈な痛みに思わず悲鳴を上げた。ギチギチと食い千切られそうな痛みが耐え難く、滅茶苦茶に手足を振り回してやっとの事で離脱した。様子を窺えばさっきの攻撃が何とか当たったようで相手は顔から血を流し、体は今までやりあった中で傷付き想像していたよりも深手を負っていた。

まだ、まだだ。まだ相手は立ってる。

ジクジクと痛みを訴える脇腹の傷を押さえながら体を起こす。もっと力を引き出す為に個性で体を作り替えていくと変化による負荷に耐えきれず傷口から血が吹き出した。

それでも堪えて立ち上がればしっかり戦う為の準備は出来ていて。

虎を人に近づけたような、獣と人間が合わさったような姿のいきものがそこにいた。

 

 

「ゥルルアァッ!!」

 

「ギャアッッ!?」

 

 

一足飛びに接敵し渾身の一撃を顔面にぶち込んだ。急所を打たれて怯んだ隙にすかさず突き出した鼻面を肘と膝で挟み打つとメシャリと固いものが潰れる音がした。喉奥でくぐもった声を聞きながら更に蹴り上げ骨を砕く。

人の力とも四本脚で出来る動きとも違う明確な差異。

確かな手応えを持って相手を追い詰める。

下から首元を蹴り飛ばし一度離れて脚を踏み直す。軽い音を鳴らして跳ね上がった高い場所から相手を見下ろして。

 

こんな事で命を狩るなんて私の都合以外の何物でもないのだけど。

だからこそ。

 

 

「……無駄にはしない、!」

 

 

絶対に。

 

刹那に閃いた脚から繰り出された一閃が、此方を振り仰いだ首を叩き折った。

 

 

 

 

 

 

 

「、ぐぅッ……!」

 

 

痛ェ。これ一言に尽きる。

大量に出ていたアドレナリンが切れ、そこかしこに散らばった傷が熱と痛みを呼ぶ。それでいて体は流し過ぎた血のせいで芯の方から冷え、手足が痺れて動きが鈍い。

霞む目を凝らしながら見つめ続けた先の黒山は既に活動を止め、さっきまで燃え盛っていた命の灯が尽きた事を 伝えていた。

鈍い体を引き摺って手で触ってもう一度確かめて。自分が生き延びた事を実感して腹の底から長く息を吐き出した。本当に出てきそうな物は喉元までで押し留め。

一気に重たくなった体が重力に負けてずるりと横に崩れた。

掌に感じる毛は固くて、感覚の鈍った手でも感触を伝えてくる。その下の温度は燃えていた炉が消えてじわじわと熱を落としていた。

 

これは自分のエゴで奪った命だ。

 

 

「……ぅ、ッ……、」

 

 

だから泣く資格なんてない。

それは私がころしたコイツに対しての冒涜だ。

 

 

「…本当に、ごめん。それか、ら、あり、がと…う……」

 

 

コイツの命に誓って願おう。

命と夢を背負って進む覚悟を。

 

 

 

 

 

*******

 

 

 

 

病院ってなんでこうも薬臭いのか。

人よりよっぽど獣寄りの嗅覚をしているから鼻が馬鹿になりそうで仕方ない。

 

あの熊狩りから数日経ち。近所の病院まで抜糸に行ってきた。

あの日山でぶっ倒れた私は、一応何処からか様子を見ていたらしいジジイに回収され、下山した。

全身傷だらけ、ギリギリ骨折はないもののヒビが数ヶ所。最初に怪我した腕はやり合っている間に噛まれて更に傷が抉れていて痕が残るそうだ。……まあ、そんなに気にすることでもない。

大きい傷をいくつか縫って塞いで抜糸。これがまだ1週間経たない間の出来事って事が驚きだ。いくら治療向けの個性持ちが病院にいるにしたって、この世界の人達は皆頑丈が過ぎる。

熊なんて前世基準なら会敵即オワタ/(^o^)\って感じだろ?わからない人は「熊 顎の力」で○K G◎gleだ!

 

帰って来た自分の部屋で、出掛け用の服から動きやすい室内着に着替えようと服を脱ぐとキッチリ巻かれた包帯が目につく。

完治するまでは稽古も全部お預けだ。凄く体が鈍りそうだ……。

げんなりしながら着替えを済ませると部屋の外から声が掛かる。

扉を開けると毛だらけになったジジイがいた。

 

 

「ジジイ何それ」

 

「爺様と呼べ。お前が狩った熊だ」

 

「は?」

 

 

熊is。

ジジイは腕いっぱいに抱えていたそれの端を持つとさっと開いて床に広げた。これは……、

 

 

「……毛皮?」

 

「お前が下手くそじゃからズタボロだったもんでの。見れる所だけ残してこんだけじゃ。」

 

「下手く……!?生きるか死ぬかでそんな事まで構ってられるかよ!!?」

 

 

一辺が1mにも満たない歪な毛皮。何処の部分なのかはわからないが、これが今回の死闘の戦果らしい。

触って見れば指先に固い物が当たり、辿っていけば縫って補修した跡だと気付く。

……これは今の私だ。とても、拙い。技術も、個性も。

 

 

「のう七伽。お前の成りたい物は何だ?」

 

 

俯いた頭の上から数日ぶりの問いが落ちてくる。

その声音は前に聞いた時よりも弛んだ音をしていて。

そっと顔を上げると厳しい顔をしようとして失敗したような何とも言えない顔をしてジジイが座っていた。

 

 

「……お前の覚悟は見せて貰った。お前は戦いにおいて慢心しておったし、技術も個性の扱いも相手に立ち向かう為の気力も何もかも足りとらんじゃったが、それでも腹を括って戦って勝った」

 

「……」

 

「お前は死なず、生き残ってここにいる。己と戦い覚悟を決めたからじゃと思ったがのう。」

 

「困難な事を受け止める。覚悟とはそういうものじゃ。てっきり逃げ帰ってくるかと思っておったのに、あれだけの事をやり遂げたからには成したい願いがあるのじゃろう?」

 

 

慢心か……。自分ではあの時思い至らなかったがあれは確かに慢心だ。見通しを立てずにステゴロで突っ込んで、個性も使わず呑気に樹上で様子見なんかして。

稽古で大人にも勝てるようになってきたからと、それを心のどこかで驕っていたんだ。だからこそこれだけの怪我をした。

だけど、ジジイはそんな失態と結果を見た上でまた質問をしてきている。

……じいさんが望む覚悟はこれで良かったのだろうか。

 

 

「……ヒーローに。昔の恩人に報いる為に、ヒーローになりたい」

 

 

姿勢を正して床に手を付き深く、深く頭を下げた。どうか………。

 

 

「……そうか。ならば、後悔のないように。己をよく見つめ腹に決めた覚悟を忘れぬよう。」

 

「……!ありがとうございます、爺様」

 

 

きっと忘れずに前に進もう。自分が誓った願いをしっかり括りつけて。

あの日の馬鹿で情けない自分を記憶の片隅に焼き付けて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの日の熊肉はスタッフ(本人と愉快な妖怪家族)が美味しく頂きました。

なお、スタッフは地獄の稽古により中1で身長が止まりました。遺憾の意!




オリキャラばかりのターンも終了です。
はやくキャラをガッツリ出したい…!


誰か押してくれ我が文才スイッチを…………!!
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