猫と兵士は離れない!   作:ほりぃー

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 人と魔人の戦争は100年続いていた。

 人にとって永く、魔人にとっては短い、その間に多くの戦いがあり、様々な事件が存在していた。

その中で人々は魔人の強力な力に対抗するために魔力に優れた者たちを発掘する機関。「ギルド」を生み出し、発展していった。

 ギルドに所属する才能ある者たちは、人類のために戦い、やがては「勇者」として歴史に名を遺すことになる。

 ただ、この物語は赤髪の兵士。「勇者」として選ばれることのない者のお話。


猫と兵士と冒険者

 それは古い街だった。100年前に作られた城壁は崩れかけ、草が生えている。城壁は空から見れば輪のように街を囲んでいる。

 

 

 

 街の中に一つの大きな河が通っている。

 

 昔から交通の要所として栄えてもいた。その河は街の中心迄まっすぐ進み、そこから緩やかに曲がって、街の水門から外へ出ていく。そこは水路として船の往来は多く、積荷を積んだ船が毎日通っては出ていく。夕焼けに彩られる船影は少し、美しい。

 

 

 

 この街の名をハルスという。

 

 人の往来が盛んなため、ギルドの支部も置かれているほどだった。そのギルドは街の中心にあり、斜塔を構えた小さな城のようになっている。ギルドとはもともと魔人と戦うために生まれた組織である。そのため、その施設も戦闘を想定している。

 

 

 

 そのギルドに人だかりができていた。街の人々だけではなく、鎧を着た戦士や、ゆったりとしたローブを羽織った魔法使いなど、いわゆる「冒険者」たちもいる。だが、彼らは一様に空を仰いでいる。

 

 

 

 その視線の先にはギルドの屋根にあった。そこにはうろうろと猫が一匹下をのぞいては、顔を引っ込めている。人々は口々に「降りられなくなったのだろう」と言いあったが、誰が助けに行くわけでもない。

 

 ギルドの建物は高い。どうやって登ったのかはわからないが一般人に登れる高さではない。かといって屈強な冒険者たちからすれば「報酬」も出ないのにやる意味もない。

 

 

 

「はい、どいてなーどいてなー」

 

 

 

 そこに独りの少年がやってきた、赤い髪をしたその男の声はどことなくけだるい。短衣に腰に吊った剣。剣には街の紋章が刻まれているが、錆びついている。街の人々は彼を知っているのか彼に声をかける。

 

 

 

「おお、ワルなんとかしてやってくれ」

 

「あいよ」

 

「ワルちゃん。猫ちゃんが」

 

「はいはい」

 

「ワル兄ちゃん……あそこ」

 

「大丈夫大丈夫」

 

 

 

 ワルと言われたその男は腰に手をあてて、空を見上げる。彼を見る冒険者たちは彼を見てあざけった。

 

 ワルは「兵士」である。彼は街や国に雇われた者たちである。雇われたといわれれば聞こえよいが、血気盛んな若者や身元の怪しいが暴れないように兵士として雇用している意味もある。場合によっては地方貴族の私兵と化している場合もあった。

 

 そしてその多くが「冒険者」になれるほどの魔力を持たない。魔人との戦いでも彼らは勇者の支援に徹することが多い。

 

 

 

「おー、高いなぁ。俺の兵舎とは全然違う」

 

 

 

 ワルはとりあえず、足に魔力を通す。薄く、青い光の幕が彼の足を覆った。彼は腰の剣を下ろしてこきこきと首を鳴らす。

 

 

 

「よっと」

 

 

 

 ジャンプしてギルドの建物を上る。窓の縁や、小さな屋根。でっぱりに足をかけ、手でつかみ器用に登っていく。身のこなしは軽やかであった。街の人々は歓声をあげたり、応援したりと少しずつ騒ぎ出している。

 

 反対に冒険者からすれば大したことではない。一部の者は冷ややかに「サルだ」と侮蔑的な言葉を吐いた。彼らからすればたとえ猫を助けるためだろうと、ギルドを踏まれることに対するいら立ちもあるのだろう。

 

 

 

「よっとっと」

 

 

 

 ワルは気にせず登る。彼は魔力的には恵まれてはいないが、登る一瞬に足や手の必要な場所に魔力を通して、その部分の強化をする。生まれついての魔力が少なく、あまり無駄遣いはできないからこそ、うまくなった。

 

 

 

「到着っと」

 

 

 

 ギルドの屋根に足をかけて、ワルは下を見た。群衆が小さく見える。

 

 

 

 みゃー

 

 

 

「おっと。そうだったな」

 

 

 

 ワルは身をかがめて鳴き声のする方をみた。灰色の毛をした、くりっとした目の猫がじっと彼を見ている。

 

 

 

「おまえ、見ない顔だな」

 

 

 

 猫の知り合いも多いのだろうか、ワルは言った。

 

 

 

「ほら、こっちこい。ほら、こわくないこわくない」

 

 

 

 ワルは目線を猫にあわせて、おいでおいでと手をゆっくり動かした。すると猫はとてとてと近寄ってきて、おなかを見せた。人なっこい猫だった。ワルはそのふさふさの毛におおわれたお腹を撫でた。

 

 

 

「おまえ、どうやって登ったんだ?」

 

 

 

 にゃーお

 

 

 

「猫の言葉はわっかんねぇなぁ」

 

 

 

 ワルは猫を抱いて、立ち上がる。その顔を涼しい風が撫でた。ギルドの屋根から見れば、遠くの山脈の影も見える。青い空と白い雲が遠くまで広がっていた。

 

「いい天気だな。お前もこれを見に来たのか?」

 

 

 

 猫はワルの顔を不思議そうに見るだけだった。

 

 ☆

 

 

 猫の身元は分からない。

 

 毛並みの良い猫である。ワルが歩くと後ろをとてとてとついてくる。ワルはその腰に吊った剣を邪魔に思いながら、いつも通りに街をパトロールしていた。

 

 

 

 パトロールといってもやることがあるわけではない。街の中に魔物など基本的にでない。街の外にしても、街の役所は報酬を出して冒険者ギルドに依頼する。よって、ワルの行うことは決まった場所を巡回するだけである。

 

 

 

「だれかー。この猫のことを知らないのかー」

 

 

 

 道を歩き、街の住民に聞く。彼は知り合いに聞くという感覚はなかった。毎日毎日街を歩いているとほとんどの人間の顔を知っている。

 

 

 

「いやーしらねぁなぁ」

 

 

 

 鍛冶屋のダンドンは言った。

 

 

 

「野良猫なんじゃないの?」

 

「かわいいわぁ」

 

「ワルちゃんがこの猫ちゃんを助けたところを私は見たのよ。すごかったわぁ」

 

 

 

 井戸端で「淑女」達に聞いた。

 

 

 

「シラねー」

 

「かわいー」

 

 

 

 広場で遊んでいた子供達も知らないようだった。

 

 それから市場にも、ごろつきの住処にも、川辺にも言ったが結局猫のことはわからなかった。

 

 

 

「おまえ。どこから来たんだ」

 

 

 

 ワルは猫を撫でながら聞いた。しかし、どうやらこの猫も自分のことを知らないようだった。猫は「にゃぁ」といってから口を何度か動かした。ワルはため息をつくしかない。

 

 

 

「野良猫ならどこに行ってもいいんだぜ。ほら、好きなところに行けよ」

 

 

 

 そうワルが言うと猫は彼の足元に来た。

 

 

 

「いや、そうじゃなくて」

 

 

 

 いいながら、撫でる。ワルは苦笑するしかない。猫に言葉が通じるはずがないとわかっているが、歩き回ってなんの手掛かりもなかった。愚痴をこぼす代わりに猫に聞いてみたくもなるのだろう。すでに日は中天にある。

 

 

 

 そうやって猫の頭をわしゃわしゃと撫でていると、

 

 

 

「おーい、ワル」

 

 

 

 後ろから声が聞こえた。ワルが振り返ると、2人の男が並んでいる。片方は短い金髪で細い目をした男、もう一人は青い髪の男だった。2人はワルと同じく粗末でも動きやすい短衣と腰に剣を佩いている。彼らも兵士なのだろう。

 

 

 

 青髪が言う。

 

 

 

「お前。なんか大活躍だったらしいな。なんかギルドで大暴れしたって聞いたぞ」

 

「ローグ……噂に尾ひれどころじゃねえぞ」

 

 

 

 ローグはワルより少し背が高い。ワルと親し気に話をして、朗らかに笑い、ワルからかいながら肩をたたく。逆に短い金髪の男は両手を組んで黙っていた。ただ口元がほころんでいる。その組んだ両手は太く、刀傷が刻まれている。

 

 

 

「ワル先生のご活躍にフィンが飯をおごってくれるんだってよ。俺にも」

 

「ほんとかよ、やった!」

 

 

 

 フィンとは金髪の男のことだった。ワルは屈託なく笑う。こうしているとあどけなさの抜けていないただの少年である。

 

 フィンはつかつかと歩み寄って、ローグの頭をたたく。「おまえに奢るとは言っていない」という意思表示なのだろう。

 

 

 

 ★

 

 

 

 ワル、ローグ、フィンの3人と一匹は街中にある宿屋にやってきた。

 

 昼時には一階で開放して食事を提供しているのである。ローグはおなかを鳴らしながら、入り口を開けた。

 

 

 

「よー、バルサおばさん。飯食いにきたぜ」

 

 

 

 店の中には円卓がいくつも並んで、ほとんどが埋まっていた。街の人間だけではなく、交易都市として様々な人間でごった返している。それでも「バルサ」と呼ばれて、ふくよかな女性が奥からやってくる。前掛けをしている彼女は空いている席を指さす。そこはまだ前の客が食べた皿が残っている。

 

 

 

「あいよ。3人ね。割増しにしとくから」

 

 

 

 なぜか割増しにされたことに3人は「なんでだよ」と笑いあう。

 

 

 

「割引じゃないのかよおばさん」

 

 

 

 ワルが言う。バルサは頭に白い布を巻いているのを手で直しつつ、

 

 

 

「うるさいよ、さっさと座って注文しな。ガキはいっぱい食べるもんさ」

 

「話になんないよ」

 

「食器を片付けてくれたら割引してもいいよ」

 

 

 

 ワルは苦笑する。フィンはすでに席の上の食器をかたずけに向かい、ローグは「ひでぇ店」と悪態をつきながら頭を掻く。そして猫がみゃーと鳴く。

 

 

 

「あら、ワルちゃん。その猫」

 

「ああ、こいつか。こいつはさっき拾った……いや、ええと、あー。言い方が難しいんだけどさ。飼い主を探しているんだ」

 

「なんだいなんだい。それなら4人じゃないか。ちゃんと4人分注文するんだよ」

 

「こいつ金持ってないぜ」

 

「あんた持ってるでしょ」

 

 

 

 ワルは流石に猫をじっと見た、猫はワルを見上げる。

 

 

 

「これは貸だからな。ちゃんと返せよ」

 

 

 

 にゃー。

 

 わかったのかわかってないのか、猫は鳴いた。バルサは猫に食べさせられそうなものを探しに行くといって奥へ引っ込んだ。

 

 

 

「おい、ワル。さぼってんなよ。こっちこいよ」

 

 

 

 ローグの声がした。彼とフィンとはすでに席に座っている。さっきまであった食器は綺麗に片付けられている。ワルは猫に一声かけて、そちらに向かおうとすると、

 

 

 

 その背中を蹴り飛ばされる。

 

 

 

「!?」

 

 

 

 ワルは不意打ちによろける、それでも「他人の食事している円卓」にぶつからないように、通路へ倒れた。猫がにゃーと鳴いて、近寄ってくる。

 

 

 

「……だ、なんだ!」

 

 

 

 ワルが後ろを振り返ると、そこにいたのは青い鎧を着た男だった。手には魔石をちりばめた槍を持っている。明らかに冒険者だった。その顔は赤い、どうやら酔っているようだった。

 

 

 

「お前、さっきの赤猿だろ。てめぇ、なにギルドに気安く登ってんだ、猿」

 

「…………」

 

 

 

 店の中がざわめく。ローグとフィンが駆け寄り、ワルを抱き起した。ワルはその間になんで蹴られたのかを理解した。彼ら「兵士」は「冒険者の支援」程度にしか思われていない。その彼がギルドに足をかけてのぼったことがこの酔っ払いの冒険者には気に食わなかったのだろう。

 

 

 

「そりゃ、すみません」

 

 

 

 ワルは素直に謝った。ローグとフィンは黙っている。いや、ローグなどは自らの手をもう一方の手で押さえている。酔っ払いの男は「けっ」と蔑んだ目でワルを見る。

 

 

 

 にゃぁ!! 

 

 

 

 足元で猫が鳴く。明らかに威嚇していた。男はただそれだけで反射的に蹴ろうとした。

 

 

 

「んだ、このくそ猫」

 

「……!」

 

 

 

 ワルはとびだす。その体に男の足が食い込む。猫をかばったのだ。

 

 

 

「げほ」

 

 

 

 苦しそうにむせるワル。

 

 

 

「テメェ!」

 

 

 

 ローグはこぶしを固めて殴り掛かった、だが、男は軽くかわし。膝でローグを蹴り飛ばし、ひるんだ頭を掴んで近くの円卓にたたきつける。

 

 悲鳴と怒号が飛び交う。客は逃げるもの、遠巻きに見守るもの、ただの野次馬に分かれる。

 

 バルサも出てきたが相手が冒険者ではどうしようもない。

 

 

 

「…………」

 

 

 

 フィンもとびかかる。男と両手を組んで押し込もうとするが、その瞬間男の手を青い光の幕が包む。魔力の発動である。フィンの体を男は片手で持ち上げて、投げ飛ばす。

 

 円卓にフィンが突っ込み、食器が飛び散る。

 

 

 

「雑魚が」

 

 

 

 吐き捨てるように冒険者の男は言う、近くの円卓に合った酒を掴んで飲む。

 

 

 

「兵士だとか言われてるけどよ、どうせ食いぶちも稼げねぇくずの集まりだろうが。おめぇらなんか何の価値もねぇんだよ」

 

 

 

 男の力は絶大であった。冒険者とは魔力を駆使して魔人と戦う者たちである。ただ正面からぶつかるだけではローグたちに勝ち目はなかった。

 

 

 

「なま、いってんじゃねぇぞ、よっぱらい」

 

 

 

 ゆらりとワルが立ち上がる。赤い髪を逆立てて、その強い光を含んだ瞳を冒険者の男に向ける。

 

 

 

「てめぇみてぇなのがいるから俺らがいるんだよ」

 

「あぁ?」

 

 

 

 男の顔に怒気が満ちる、その瞬間だった、ローグが彼の足にしがみついた。

 

 

 

「いまだワル!」

 

 

 

 顔中に血がべったりとはりつけてローグが叫ぶ。ワルは、「あいよ」と地面をける。その両足に青い光。「離せ」と喚く男の顔面に向けて、

 

 

 

「でていけ、くそやろう」

 

 

 

 飛び蹴りをくらわす。

 

 何かが折れる音とともに男が壁を破り、勢いよく店の外にただき出される。

 

 ワルはゆっくりと地面に降りた、いやそう見えるほど彼の蹴りは鮮やかだった。一瞬遅れて野次馬たちが歓声を上げる。ワルは体のほこりを払いながらローグとフィンを見る、彼らはゆらゆらとしながら立ち上がる。

 

 ワルはこきこきと首を鳴らしながら外へ出る。

 

 

 

 そこには槍を構えた冒険者がいた。

 

 体中から青い気を立ち上らせ、血だらけの顔面に憎悪をにじませている。その放つ魔力から当たりの店や家がわずかにきしむ音がする。ワルはその純粋な殺意に剣も抜かず、腰に吊ったそれを外す。

 

 

 

「……」

 

 

 

 ワルはゆったりと歩を進める。槍を構えた男。その槍の刀身が青い光に包まれる。武器に魔力を通す、その威力を何倍にも高める技術だった。

 

 

 

 閃光。

 

 そう思えるような突きがワルを襲う。だが、彼は半身になってよける。

 

 

 

「!?」

 

 

 

 仕留めたという確信を軽々打ち砕かれた男は驚愕する。ワルは体を沈め、彼の膝を蹴る。だがびくともしない、体中を魔力で強化しているのだろう。

 

 ワルは一歩下がる。男の槍が一瞬ぶれる、それは2撃目の合図。

 

 

 

 さらに迅い。

 

 男の突きはワルの頭を狙っていた。だが、ワルはわずかに顔を動かしてよける、そのほほに一筋の傷ができる。ワルは男の懐へ踏み込む。崩せないのであれば、その手に魔力を込め、男の鎧を掴む。

 

 そのまま投げた。狙いは近くのゴミ捨て場である。如何に強化しようと投げられることにまでは抵抗できなかった。

 

 男は何が捨てられているのかわからないゴミ捨て場に突っ込む。すぐに咆哮を発し、たちあがった。

 

 

 

「殺す」

 

 

 

 びきびきと殺気があたりを震わせる。ワルは首を鳴らしながら、唾を吐く。

 

 

 

「けっ、やれるもんならやってみやがれ」

 

 

 

 ワルは引かない、その後ろにローグとフィンが立った。1人ではやらせないということだった。野次馬たちもどちらかというと彼らの味方だった。

 

 

 

 そこに

 

 

 

「そこまでぇ」

 

 

 

 大きな声をだしながら、太った男が双方の間に入った。白く染まったその頭の頂上が見事に禿げたさえない男であった。彼は不似合いな官位的な鎧を着ている。ワルたちと冒険者の男はあっけにとられた。

 

 

 

「はあ、はあ、はあ、そ、双方そこまで。け、喧嘩はいけませんぞ。ぼ、冒険者殿」

 

 

 

 そのさえない男は突然冒険者の男に頭を下げた。

 

 

 

「て、手前はこの街の兵士長をさせていただいております。オリバー=カーンというものです。ぶ、部下の不始末は私の責任。どうぞここは穏便に取り計らっていただけませんでしょうか……」

 

 

 

 おびえた声で男、いや兵士長オリバーは言う。冒険者の男は言う。

 

 

 

「貴様があのガキどもの……? この落とし前はどうつけるっていうんだ。ああ?」

 

「も、もちろん店の弁償等は私どもだけで清算いたします……。そ、それにぼ、冒険者殿のこともぎ、ギルド様には一切こ、口外いたしませ……ん。どどうぞ、お、お許しを」

 

 

 

 オリバーは言った。恐縮して、震えながら、おびえた声で。深く深く頭を下げる。引かないなら「醜聞を口外しつつ、金を払わせる」と脅しながら。

 冒険者もギルドに対して悪評を流されてはたまらない。

 

 

 

「……貴様」

 

「……」

 

 

 

 何かを言おうとしたのだろうワルに冒険者は叫ぶ。

 

 そのワルは冒険者に頭を下げた。兵士長の姿で彼も冷静になっていた。冒険者はそれで完全に相手を失う。最後に「くずどもが」と吐き捨てて踵を返した。

 

 

 

 ワルたちは、その冒険者が見えなくなるまで、ぼうとして、それから座り込んだ。野次馬たちも「かっこよかったぜ」「あばれてんじゃねぇ」などと好き勝手いって、元の生活にもどっていく。

 

 

 

 にゃー。

 

 

 

 ワルの手を舐めるもの。猫がそこにいた。ワルはその顎をなでてやるとごろごろと気持ちよさそうに猫が鳴く。一瞬影ができた。ワルが見上げるとオリバーが両手を組んで見下ろしている、ワル、ローグ、フィンは居住まいを正した。

 

 オリバーは息を吸う、その怒気に満ちた顔で次にこういう。

 

 

 

「コラ」

 

 

 

 それだけ言った。4人はそれで、笑いあう。オリバーはのそのそと自分の体が重たそうにあるきだす。

 

 

 

「3人とも兵舎にもどったら始末書を書くように。あとワルよ」

 

「はい」

 

 

 

 ワルは素直だった。

 

 

 

「その猫は飼うのかい?」

 

「え? 俺が?」

 

「なついているように見えるのだが」

 

 

 

 ぴちゃぴちゃと舌でワルの顔を舐める猫。

 

 

 

「こらこら。お前」

 

「名前くらい付けてあげなさい」

 

「名前?」

 

 

 

 ワルはローグとフィンの顔を見たが、彼らは「お前が決めろ」という。すでに飼うことは決まったような言い方だった。オリバーはフィンを伴って店の中に入る。先ほどの弁償の話をするのだろう。

 

 

 

「俺、猫飼うのかよ?」

 

 

 

 ワルは猫の顎を撫でながら困惑していた。

 

 

 

 ★

 

 

 

 兵舎にもどった3人は簡単な治療を受けた。流石に予算不足で魔導士などはいない。回復魔法を使えないからこそそれぞれが勝手に薬草を使って治療したり、包帯を巻いたりする。

 

 兵士の中でもワルはどちらかというと目立つ。冒険者とのやり取りをローグがおもしろおかしく吹聴するから、ワルはいろんな仲間からからかわれた。

 

 

 

「勘弁してくれよ」

 

 

 

 彼はそれだけをいうと逃げるように自分の部屋に引きこもる。その後ろを猫が一匹ついていく。部屋と言っても粗末なものである。とにかく狭い。ベッドが1つと窓が1つ。それにものを入れる箱、それだけである。

 

 ベッドといってもこれも固いベッドである。ワルは箱を開けて、自分の兵士としての短衣の替えをぐるぐる巻きにして猫の寝やすい「ベッド」を作ってやった。

 

 

 

「今日は疲れたなぁ。まあ、明日、名前を決めてやるよ。なぁ。どんなのがいいんだ」

 

 

 

 みゃあ。

 

 

 

「みゃあじゃわかんねぇな」

 

 

 

 ワルは笑って、ごろんとベッドで横になった。実際疲れていたのだろう、すぐに心地よい眠気が彼を包み込む。窓から月明かりが優しく彼を照らす。すぐに、眠りの中に落ちていった。

 

 

 

 ──ごそごそ

 

 

 

 どれだけ時間がたっただろうか、ぼんやりとした意識の中で音が聞こえる、気がした。ワルはもうろうとしながら、うっすらと目をあけると人が立っているような気がした。肌色が見える。

 

 だが、ここは自分の部屋である。そんなことはないと思い、また目を閉じる。

 

 

 

 ──ごそごそ

 

 

 

 音がする。ワルはやはりもうろうとしながら、体を起こした。

 

 月の明るい夜だった。

 

 ワルの部屋に兵士としての短衣を着た少女が立っている。きらきらとした目で彼を見つめ両手を組んでいる。髪の色は灰色だろうか、肩まで伸ばしている。その顔は謎の自信に満ち溢れている。

 

 ワルは目の前の光景が理解できずに、もう一度寝ようとした。

 

 

 

「ちょ、ちょっと。君。君。な、なんでこのタイミングで寝るんだい」

 

 

 

 その少女はワルに抱き着いてゆっさゆっさと揺らす。

 

「ねえぇ。君、起きてくれよ。ねえぇねえぇ」

 

 

 

 激しい揺さぶりにワルは体を起こした。それだけの事だったが、目の前の少女は「やった」と目を開いて、その細い指をした両手を合わせて喜ぶ。屈託のない笑顔が月明かりに映える。

 

 ワルは目をごしごしとこすり、大きくあくびをする。

 

 そして次の瞬間に少女を驚愕の目で見る。

 

 

 

「だ、誰だ。あ、あんた」

 

 

 

 ワルがベッドの上であとじさった。少女はその驚きようになんとなく満足げな顔をして、鼻を鳴らす。

 

 

 

「ふふふ。誰でしょう。そこらへんはミステリアスさを残しておいた方がいいきもするんだよ。僕としてはね」

 

「…………」

 

 

 

 見れば兵士としての服装をしている。丈の短い上着にひざ丈のズボン。ただ、そこから伸びる肢体は白く、細い。剣をもち戦うようには見えない。

 

 

 

「その恰好ってことは俺と同じ兵隊なのか……。でも、お前みたいな奴いたっけな……?」

 

「え? ああ、そうそう。私はヘイタイ、君と同じ」

 

「……怪しい」

 

「……怪しくない」

 

 

 

 ころころと少女は表情を変える。笑ったり、むぅっとしたり、いたずらっぽい顔をしたり。ワルはその天真爛漫な姿にどう接していいのかわからなくなってしまう。

 

 

 

「とりあえず、どいてくれ」

 

「にゃ、はいはい」

 

 

 

 少女はベットから降りて、立ち上がった。ワルは頭を掻きつつ、彼女を見る。整った顔立ちをしている。それにちょっと目を背けた。

 

 

 

「それで、あんたはいきなり人の部屋に入ってきて何の用なんだよ」

 

「そこですよ。そこ。実は僕は協力者を探しているんですよ」

 

「協力者?」

 

「そうそう、君はそれにぴったりだよ。あと、気に入ったしね」

 

「そりゃどうも……そういうのは兵士長に言ってくれ。それじゃ、そろそろ俺寝るから」

 

「ま、まった、まった。これは極秘任務なんだ。すごく、すごーく重要なことなんだよ」

 

 

 

 少女はワルの手に縋りつく。きらきらした目で彼をまっすぐ見る。

 

 

 

「協力しておくれよ! へいしちょうにも言えることじゃないんだ」

 

「すげぇ怪しい」

 

「怪しくない。ない」

 

 

 

 ワルの心の中で疑念が深まっていくが、にぎにぎと手を掴まれると恥ずかしい。彼は振り払おうとしたが、少女は手を離さない。

 

 

 

「と、とりあえず、何に協力するんだよ」

 

「街の中を案内してくれるだけでいいんだ」

 

「はあ? 勝手に回れよ」

 

「ひどいなぁ」

 

 

 

 しょんぼりした顔で少女はうつむく。だが1秒後にさらに目を大きく開いて、顔をワルに近づけて言う。ベットに手をかけて顔が触れそうなくらいに、

 

 

 

「それが女の子に対して言う言葉かい? 君はお昼に猫ちゃんを助けただろう? あれと同じようなものさ、猫助けも僕助けも一緒だろう?」

 

「わかった、わかった、近い近い」

 

「お」

 

 

 

 ワルは少女を下げるために手で押そうとする。胸元に手が触れて、あわてて引いた。

 

 

 

「…………えっちだなぁ」

 

「わ、わざとじゃねぇ! わかったから、もう明日にしろよ」

 

「今から」

 

「は?」

 

「いーまーかーらー」

 

 

 

 突然強気になった少女。ころころと変わる表情は常に純粋さをワルに感じさせる。彼女はすくっと立ち上がり、窓を開ける。涼しい夜風に彼女の髪がなびく。窓から外を見れば星と月が呼んでいるかのように光り輝いている。

 

 窓枠に少女は腰かけて、

 

 

 

「いこっ」

 

「お、おい」

 

 

 

 少女は窓から飛び降りた。ワルは「なんだよ」といいながら、足に魔力を通す。青い光が月明かりに溶け、彼もともに窓から飛び出した。

 

 

 

 その一瞬、ワルの目に映ったのは鮮やかに光る満月だった。

 

 

 

 





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