「こちらα1、周囲に敵影なし。本部、応答どうぞ」
『こちら本部、了解した。帰投せよ』
東シナ海上に位置するこの無人島に、一機の空戦型歩兵搭乗型戦機が降り立った。角ばった装甲に多数のブースターを束ねた背部ユニット、そして特徴的なウイングパーツ。同じATでも陸戦型と空戦型では全く違う。陸戦型に求められるのは、戦線を構築するための打撃力と耐えるための装甲。逆に空戦型には、即時制圧のための機動力と速度。このような無人島には陸戦型よりも、空戦型が適任であるのは明らかである。最も彼らはテロリストである故の選択だが。
そんな彼らが運用している機体は、ロシアに本社を置くスフォーニ社が開発した、第二世代空戦型[Su-37-2 チェルミナートルⅡ]。空戦型としては平均的な性能を持つ、比較的扱いが簡単な機種である。
チェルミナートルⅡの搭乗者は機体を解除し、地面に降りる。そこには、自分と同じAT乗りの面々が待機していた。
「おいおい、なんだこれは? お前ら準戦闘装備でなに待機してんの?」
「どうやら本格的に計画に移るらしいから、その準備をしておけってよ」
「マジかよ。そいつは弾薬の確認をしておかないといけねえじゃん」
帰還した途端彼に告げられたのは、ある計画のための用意、つまり戦闘準備だ。この名もなき島だが、その位置は世界の先進国トップ3に入る日本に最も近いのだ。テロリストが狙いをつけないはずもない。そして、彼らが保有するATチェルミナートルⅡは航続距離の長さに定評のある機体。長距離の移動、それは侵攻戦において重要な鍵を握る。
「そういうことだ。各員準備を怠るなよ」
「了解したぜ、隊長」
隊長と呼ばれた壮年の男性に敬礼をする、AT乗り達。既に準備は整っているようだ。彼らにとって、いかにこの計画が重要なのか、真剣な顔をしている彼らの表情から伺える。
「た、隊長!」
だがそんな時、一人の男が大焦りで本部と思われる建物から飛び出てくる。
「どうした、ロブ。そんなに焦ってーー」
「た、大変です! 日本から、一機所属不明機が此方へ接近しています!」
「そうか…………全機、出撃せよ! 所属不明機を撃墜して来い!」
ロブと呼ばれた男からの報告を聞いた隊長は、そう叫ぶ。すると、全員がチェルミナートルⅡへと搭乗を開始する。また、AT乗り以外も、銃座についたり、携行対空兵器を装備したりと忙しい。
「αチーム、出るぞ!」
チェルミナートルⅡは地面を大きく蹴り、ブースターを全開にすると一気に空へと飛翔する。空の殺戮者はその両手にマシンガンを装備、ウイングパーツにミサイルを装備させ、所属不明機へ向け空を翔ける。
「そこの所属不明機、今すぐ回頭せよ。でなければ撃墜するぞ」
チームリーダーが警告を促すが無視して依然として接近する所属不明機。
「了解した。撃墜する」
各員が武器を向ける。空戦型の薄い装甲なら一撃で撃ち抜けるミサイルを装備した空の殺戮者は、躊躇い無く放とうとした。だが、その男は発射コマンドを送ることができなかった。何故か。ミサイルユニットを撃ち抜かれたからだ。
『目標を確認。対象を殲滅する』
その男が最後に聞いた台詞。それは、彼らが侵攻しようとしていた日本の、それも少年の声だった。
「目標を確認。対象を殲滅する」
『了解しました。気をつけて』
俺はナーガを装備して、東シナ海にある国際テロ組織「ユーラシア連合残党軍」の殲滅作戦を開始していた。だが、言っておく。俺のナーガは推進器としてホライゾナル・スラスター以外何もない。それに、陸戦型だ。正直、空を飛ぶなんて無理だ。しかし、俺は現に空を飛んでいる。それは、何故か。実を言うと、ナーガの前にあった[富嶽]は仮称であり、正式な機体名は[闘蛇龍]。第三世代のトンデモシステム試験機だ。そのトンデモシステムというのが、ナーガが背負っているユニットの事だ。拡張背部ユニット、その空戦型モデルだ。大型の推進ユニットに可動する二基のマルチスラスター、大型のウイングパーツ。挙句にはマシンキャノンまで装備されている。あり得ないくらい、制御がきつい。身体にかかるGが、いくら軽減されているからと言って、これはきつい。正直ゲロ吐いてもおかしくない。だが、今は目の前の敵機を撃破しなければならない。さっきロングライフルで撃ち抜いたから残り四機。
視線操作で背部ユニットのマシンキャノンの照準を合わせつつ、両腕にガトリングガンを呼び出して、一気に加速する。
「ビル⁉ 貴様ぁぁぁぁぁっ‼」
仲間を落とされたからか、激昂して突っ込んでくる一機。その手に持つマシンガンを撃ってくるが、こいつの馬鹿げた機動性だ。スラスターを操作し射線からずれる。代わりに此方からマシンキャノンを放つ。25mmAPFSDS弾が敵機チェルミナートルⅡの装甲を貫き、搭乗者の命を刈り取って行く。
「そこだっ‼」
その爆発に紛れて、もう一機がミサイルを放ってきた。陸戦型の装甲がいくら硬くても直撃は少しまずい。両腕のガトリングガンによるミサイルの撃墜を選択、分間二千発のレートで放たれる大量のAP弾は確実にミサイルをくらい潰した。視線操作で背部ユニットのミサイルランチャーを起動、ロック次第、直ぐに放った。
「そ、そんなのありかーー」
そう言ってミサイルに飲まれるチェルミナートルⅡ。爆炎の中からは破片が海へと降り注いだ。
「もう三機失ったのか⁉」
「仕方ない! 全弾一斉発射!」
二機は手持ちの火器を惜しみなく放ってくる。相当追い込んだようだ。だがな、空戦型の特性である機動力をろくに生かせてない。縦横無尽に動き回れば、捕捉も振り切れるのによ。
「当たるかよ!」
俺はバレルロールで射線から回避、追尾してくるミサイルをチャフを振りまいて無力化。その間にガトリングガンを引っ込め、ロングライフルを呼び出す。照準はろくに合わせなくていい。薄いから、余裕で貫通可能だ。
ジェネレーターが貫通した、中の人間も貫通した。生存は不可能だ。小規模の爆発を引き起こしながら、海中に没していった。
「く、くそぉぉぉぉぉぉっ‼」
残った一機は、全速力で此方へ突っ込んでくる。その手にはATの標準装備である対装甲ナイフが握られている。陸戦型の装甲すら貫通可能な刀剣だ。だがな…………800メートル離れてる位置から抜刀しても意味ねえだろ。
「沈め」
その言葉と共にロングライフルの引き金を引いた。胸部装甲を貫き、搭乗者を失った機体は爆発を起こし、爆散した。残るは本拠地のみ。
『敵拠点を確認。そこから三キロ先の無人島です』
「了解」
夏希からの情報を元に一気に加速する。その間に右手にブラストライフル、左手にリボルビングランチャーを呼び出す。
暫くして見つけた。建物らしきものが見える。そこに向かって降り立つ。銃座だのスティンガーミサイルだのいろいろ狙われるが、背部ユニットのスラスターを利用して退避。
「纏めて吹き飛べ」
ブラストライフルの使用弾を榴散弾へ変更、リボルビングランチャーはグレネード弾に切り替えて、薙ぎ払うように放った。激しい爆発と爆風が地面を、草を、人を焼き尽くし、一面を炎の海へと変えた。撒き散らされる榴弾、高威力のグレネード、破壊というよりは、既に一方的な虐殺に近いのだろうか。銃座では大したダメージも与えられず、携行対空兵器でもスティンガーミサイルでも傷一つつける前に潰され、挙句拠点ごと焼き尽くされた。一般の人から見れば許されざる行為なのかもしれない。だが、俺はテロリストを許す事ができない。親を殺されただけじゃない、俺のような孤児を生み出さないために、俺はテロリストを根絶やしにすると誓った。始めてATに乗った時から、変わる事のない思いだ。
マガジンの弾薬が尽きたのか、空弾倉がブラストライフルより排出される。また、リボルビングランチャーも丁度弾切れだ。辺り一帯は焦土と化し、人っ気一つない。生き物の気配すらない。あるのは、焼けた鉄やタンパク質の臭いと、硝煙の臭いだけだ。レーダーにも生体反応はない。
「こちらナーガ、全目標の排除を確認した。これより帰投する」
『了解しました。お疲れ様です』
俺は背部ユニットの推進ユニット内蔵のブースターを点火、空へと一気に飛び立った。
帰還した俺は機体を解除し、整備斑に預けた。今回の任務には拡張背部ユニットの運用試験も含まれている。まぁ、飛ばない陸戦型を空へと上げてしまったんだからな…………つくづく劉ヶ崎の変態技術はすごいレベルだ。
「さて、今回の装備はどうだったかな?」
「芝本…………お前かよ、この変態な技術の塊を作ったのは」
「いや〜、それほどでも」
「褒めてねえ」
芝本は闘蛇龍の開発主任。拡張背部ユニットの開発に携わっていてもおかしくはないが…………俺は劉ヶ崎の変態技術に改めて驚かされた。どうやら、芝本はただの彼女欲しい重火砲好きじゃなかったようだ。
「それで、使ってみてどうなの?」
「あぁ、確かにすげえ。陸戦型の防御と空戦型の機動力が合わさったからな。空戦型が戦闘機なら、これは空飛ぶ戦艦か?」
「ある意味、その例えは的を射てるぜ。B型ユニットの試験ご苦労さん。そうだ、ついでたから試作段階のユニットも見ていくかい?」
「お、行くぜ。どうせ、俺が試験するんだろうしよ」
芝本は俺の評価が気に入ったのか快活に笑う。やっぱり技術屋は、自分の開発した物を使って高い評価をもらえるのが嬉しいようだ。
ちなみに、俺はもう芝本は呼び捨てだ。というか向こうから今の状態にしてくれって言われたんだよな…………。
褒められて気が乗ったのか、芝本は俺を開発室へと連れて行ってくれることになった。楽しみの気持ちもあるが、とんでもない変態技術があったら報告しろとオヤジに言われたしな。
二度目のちなみにだが、空戦型拡張背部ユニットのことはB型ユニットと呼ばれている。どうやらブーストの略称からとったらしい。
「そう言えばさ、あの大口径リヴォルヴァーカノンはどうなった?」
「…………悪い、ジャムって暴発した」
そんなこんなで、俺たちは劉ヶ崎重工開発室に到着した。何故だろうか、扉越しにでも変態の匂いがする。一体今度は何をしているんだろうか?
「馬鹿野郎! そんなので装甲が貫けるか! 小型のジェネレーターを搭載するぞ!」
何をしてんの⁉ 電子兵器⁉
「ああ…………レールキャノンの問題かな?」
「レールキャノン? それはなんだ?」
レールキャノンという言葉を俺は初めて聞いた。かつてレールガンは聞いたことがあるが。あれは手持ちの火器じゃないのか?
「レールキャノンは、簡単に言えばレールガンの大型化した物。理論値上では100mmの時点で戦車砲を超える威力をたたき出してるんだけどさ」
「は…………?」
「でもまだ連射とか砲身の耐久性とかわからないことだらけなんだけどさ。ちなみに、本物は160mmで作ってるよ」
「いやいや待て待て。何かとぶっ飛んでるぞ⁉ ナーガのフレームが持つのか⁉」
「レールキャノンを始めとする電磁投射砲は反動が少ないからね。重量以外は何とかなるでしょ。ナーガなら、ね」
芝本はイイ笑顔でそう言ってきた。まぁ、本来が既存の重機が使用できない場所での重作業をこなすために作られた産業用のパワードスーツだし、問題はないのかもしれない。それに、ナーガはジェネレーターから新規で作った物だ。どのくらいの重量があるかわからないが、レールキャノン位は余裕だろう、きっと。
「ちなみに、レールキャノン本体は弾倉抜きで105キロね」
「…………パワー、持つかな?」
「サブアームで保持するしなんとかなるさ。それはそうと、今のレールキャノンとそこにあるミサイルポッドを背部ユニットに搭載したのが、L型ユニット。砲撃戦が重視されたユニットだ」
「む? あれか?」
芝本が指す先には、そのレールキャノンを両サイドに一門ずつ構え、両背部にミサイルポッドを装備したユニットが見える。どうやら、砲撃戦用の拡張背部ユニット、L型ユニットらしい。ただ、取り付けたらとんでもない重量になりそうだ。ただでさえナーガも重いってのに。…………砲撃中に地面にめり込んでしまわないのだろうか? そうなったら最後、素敵な的に早変わりだな。
「そう。砲撃戦を主眼においているから、ユニット装備時は機動性が著しく低下する。戦闘する際には注意が必要だ。まぁ、ナーガの装甲なら60mm弾までなら二百発以上直撃しても耐えられるから心配ないか」
「…………俺の体が衝撃に耐えられなさそうなんだが?」
確かに、ナーガの装甲は硬い。被弾時の身体にかかる負荷は大きいが、60mmクラスの弾丸には耐えられるし、実験ではブラストライフルの直撃にすら耐えているものだ。ほんと、どんな合金を使ったらそんな強度が出るんだろうか? 最も、振動や衝撃で身体が大きく揺さぶられたりするけどな。
「大丈夫だろうさ、きっと」
「そうだといいけどな」
「ナーガも君も俺たち開発部にとって大切な物だからね。…………簡単に死なないでくれよ」
「誰に言ってるんだか? ナーガの整備を頼むぜ」
「あいよ〜」
そう言って俺は開発部の工廠を後にした。しかしあの拡張背部ユニット、何処までナーガに汎用性を高める気なのだろうか? …………それにしても、あの砲撃戦用の拡張背部ユニットのL型ユニット、早く使ってみたいな。
そんな事を色々と考えていると、いつの間にか社員寮の方に着いた。ここにくるのは暫く振りだ。最近は用意されたマンションの方に住んでいるからな。ついでにもう少し必要な物を持って行くとするか。
「あ、悠助」
「夏希か。どうした?」
寮に戻った時、丁度夏希と鉢合わせになった。どうやら俺と同じく備品を少し取りにきたようだ。見ると、アタッシュケースが持たれている。
「備品取りと今回のデータの整理。新装備の件もあって、大変だったんだから」
「そいつはまぁご苦労さん。もう向こうに戻るのか?」
向こうというのは新居のマンションである。
「そうだね。悠助は?」
「備品を取ったら、ナーガでそっちに戻る。問題はないだろ?」
「ばれなければ、ね」
「それじゃ、俺は行くわ。また後でな」
「はいはーい、後でね」
一旦夏希とは別れ、自室の方に向かう。まぁ、俺の自室には殆ど物はないんだがな。残っているとしたら、護身用の銃火器くらいだ。ハンドガンは携行してるが、アサルトライフルやサブマシンガンなどの装備は置きっ放し。アンチマテリアルライフルも同じだ。一介の個人が持つには過剰かもしれないが。
その中からアサルトライフルとオプションパーツをアタッシュケースの中に入れ、物寂しげな自室を後にした。
「芝本、ナーガはどうだ?」
整備区画に戻ってきた俺はナーガを受け取りにきた。整備がそろそろ終わった頃合いかと思ったからな。
「ああ。最高の仕上がりさ。それに、B型ユニットもL型ユニットもTCMに収まったからね」
「そうか! ありがとな」
「そいつはどうも。よし、カタパルトは開いてる。行くなら今のうちだぞ?」
芝本は俺の行動を見据えたかのように言ってくる。カタパルトは開いてるしな、行くとしよう。
「了解。んじゃ、またな」
「次もいいデータを期待してるよ」
そんないつも通りの言葉を交わし、俺はナーガへと乗り込む。馴れ親しんだこの感覚が、俺へ愛機に乗った感触を伝えてくれる。
よく見るとディスプレイには左右の武装選択欄やジェネレーター、ラジエーターの状況を示す欄の他に丁度眉間のあたりだろうか、新たな表示が追加されている。そこに表示されているのは、[拡張背部ユニット選択ー未装備]のスロット。これを選択して拡張背部ユニットを選択できるようだ。これなら、現地でも換装が楽になるかもしれない。
俺は操作してB型ユニットを選択する。すると、背部のジョイントから大型翼の装備されたB型ユニットが召喚された。本当にこのTCMはどのような構造をして、こんな高性能な機能を生み出しているんだろうか?
だが、今はそれよりもマンションの方に帰るのが優先だ。俺はコマンドを操作、ブースターを点火する。
「ナーガ、出るぞ‼」
最大出力となった背部のブースターはナーガを空へと打ち上げ、夕方の空を翔けた。マンションの方に着いたのはそれから十分後の事だった。
「おかえり、悠助」
また、争いのない平和な日常が始まる。
「…………そうか、東シナ海の部隊が全滅か」
「はい、如何されますか?」
「如何するも何も、全滅させた奴は俺がこの手で殺すしかない。おそらくこの計画に邪魔をしてくるだろう。そういう奴だからな」
あるところに存在する国際テロ組織「ユーラシア連合残党軍」、その一大拠点で若い青年がそう言葉を漏らした。彼の補佐を担当する秘書は、先日東シナ海の部隊が全滅した事を彼に告げた。最前線に送り出した彼らが死んだ事を、青年は胸にしっかりと受け止めた。
「少し席を外す。暫くここを任せるぞ」
「了解しました」
その青年は秘書を一人残して、ハンガーに向かう。彼らが一体何を目的として戦闘を引き起こしているのか、それは彼らにしかわからない事だろう。
青年はあるATの前に立つ。その機体の色は血に染まったかのような赤。背部から姿を見せる翼は機体の色とあいまって、堕天使のような風貌をみせる。
「俺達は世界に変革をもう一度もたらす。そのために、とことん付き合ってもらうぞ」
彼は暫く間を置いてからその機体の名を呼んだ。
「ーーアヴェンジャー」
それに呼応し、禍々しくその双眼を紫色に光らせるのだった。