一週間、彼女が来てからそれだけの時間が流れた。
教官として過ごした時間でわかったのは、彼女はとても優秀で勤勉であること。
座学は文句の付けようがなく、少なくとも基本を間違えることはなかった。
実際に出題すれば間違いなく答えて、一晩で全て覚えたと言う言葉は偽りでなかったのが証明された。
既に知識の面ではエージェントとして問題なく活動できる、優秀と言うレベルを超えていた。
そんな彼女は主に体の動かし方、特に格闘術を重視したトレーニングに日々励んでいる。
才能があると言うのはこう言うことなのだろうか、と思うほどの適応力を彼女は見せる。
私の動きを見て技術を取り込む、口にすれば簡単だが実際にやるとなると難しいのは言わずともわかる。
だけど翌日には動きが洗練されている、彼女曰く、効率的な体の動かし方は考えた、との事。
彼女には知識を動きに反映できる才能がある。
今やネットでメジャーな格闘技や武術を簡単に見られ、その学んだ動きを自分の体に落とし込んで最適化する。
トレーニングが終わった後でも自室で体を動かしている、今日覚えたことを復習して身につけている。
そうして翌日には動きが鋭くなっている、世界中のアスリートや格闘家などは彼女のことを見て羨望や嫉妬を抱いても不思議ではない。
長い時間を掛けた繰り返しの連続で身につける動きを1日で習得する、それは異常と言っていい才能。
その才能が彼女を極めて大きく成長させる、一週間前のぎこちない動きだった彼女はもう存在しない。
「右、次左行くわよ」
「りょ、おっと」
返事を待たずにワン・ツーからの左足を狙った右のローキック。
「反撃!」
その声に反応して彼女は左足の足底で踏みつけるように受け止め、私の体勢を崩しながら踏み込んでくる。
コンパクトな構えから私の左頬に向かって右のジャブ、左手で受け流して外へいなす。
お返しに右のボディブローを打ち込もうとするが、同じように左手で受け止めて外へといなされる。
その時には左肩を掴まれ、上体を引っ張られれば上体が下がってそこに顔面を狙った左膝が飛んでくる。
顔面を砕こうとする彼女の左膝を左腕で受け止め、左足を下ろされる前に両腕を突き上げ彼女の胸の前で開いて強引に腕を開かせる。
片足立ちの彼女の上体が反れてたたらを踏んだところで前蹴り、腹部に足底を押し付けて蹴り出す。
彼女はバランスを崩して臀部を床につけるも勢いを殺さず軽やかに後転、一回転した後、素早く起き上がって構えを取り直す。
「なるほど……」
ダメージを受けるような蹴りではなかったので、特に問題なさそうな彼女。
続きを、そう言いたげな彼女に付き合うのが私の任務。
構え直してジリジリと距離を縮めた所に携帯が鳴る、すぐにお互い構えを解いて離れた。
外しておいた携帯を手に取り耳に当てる。
『エージェント・ロマノフ、任務だ』
「それで、いつまで彼女を監視する気?」
「隠していることを確かめるまでだ」
ニックはかなり不審がっている、確かに怪しむ理由が複数あるための考え。
それは理解できる、ニューヨーク襲撃前後の彼女の行動は怪しい。
襲撃の一週間ほど前に突如異星人に対抗できるスーツと武器を作ってそれを着こなして戦い、アベンジャーズ入りを拒否されてトニー・スタークの元から去れば、わずかにも追跡できなかった謎の人物と盗聴できない会話を行なっていた。
それ故に彼女に不審が付いて回っている、その頭脳だけでも要監視対象であるのにS.H.I.E.L.D.が盗聴も追跡もできない人物と接触していたのは怪しまざるを得ない。
「それはどれくらい?」
「可能な限りだ」
ニックはかなり拘っている、確かに怪しいが怪しみすぎているようにも見える。
「確かに彼女は怪しいけど、どうしてそこまで怪しむ必要が?」
「……タバネ シノノノがトニー・スタークに匹敵する頭脳だけならただ監視するだけで終わっただろう」
「なるほど、彼女よりも追跡できなかった謎の人物の方が気になるのね?」
「それもある。 知っての通り、使用していた集音デバイスは世間一般に流通しているものとは違う。 民生品だろうが軍用品だろうがS.H.I.E.L.D.以外の盗聴防止対策では防げない」
S.H.I.E.L.D.が保有する技術は最新鋭の軍事技術の数世代先を行く、一般には未だ未来と思われている技術を実用化して使用している。
エージェントが使用する数多のデバイスも同様で、動作原理そのものが違うので旧知の盗聴防止対策はまるで効果がない。
だと言うのに完全に防聴され、まるでその音声部分が編集で切り取られたかのように無音だった。
一応この盗聴デバイスの防聴対策もあるが、単純にノイズが入って聞き取れなくなる程度の物で完全に無音にするほどの効果はない。
そんな完全に無効化出来る防聴技術をただ男と話すために使うだろうか? たとえ使ったとしても一瞬でエージェントの追跡を振り切る男なんて怪しいにも程がある。
「たとえ彼女が防聴デバイスを作っていたとしても、そこまでして聞かれたくない話をしたのはなぜだ? そして話していた男はどこへ消えた? ……タバネ シノノノを放置しておくのは危険すぎる、杞憂であればいいがそうでなかった場合に備えておく必要がある」
「だから彼女の訓練は終わりってこと? 彼女、行動力あるから飼い殺しは難しいと思うけど」
調べれば一度も渡航履歴がないハイスクールガールが、単身でいきなり渡米するほどの行動力を見せた。
どうやったかは分からなかったけど傲慢で気難しいと言えるトニー・スタークに取り入ったのもやすやすと出来る事ではない。
この行動力を以って動かれると面倒なことになりそうな予感もする。
「彼女も新米とは言えS.H.I.E.L.D.職員、実績を積むために相応の仕事をしてもらう」
彼女は認めてもらうためにS.H.I.E.L.D.に加入した、その実績積みを理由にすれば文句も言いづらいでしょう。
「冗談はよしてくださいよ、まだ一週間しか経ってないんですよ?」
ナターシャさんが黒ハゲ、じゃなかったニックを連れて戻ってきた。
そして言われたのが訓練終了、一週間分の訓練経験でどうしろって言うんだよ!
「ニックが言う実績を積みにきたのもありますけど、一番は経験を積むことなんですけど?」
ちょっとキレてますよアピールしながらニックを見る。
「知識は備えた、格闘技術も十分、だから仕事をしてもらう」
「……仕事の内容は?」
空飛んで異星人とドンパチした身ではあるが、ある意味安全なIS装着しての事だから生身で銃弾が飛び交うようなところは遠慮したいが。
「実績を積むには地道な努力が必要だ、だから新米に相応しい仕事をしてもらう」
そう言われ、ニックとナターシャさんは別の任務があると去っていった。
そして与えられた仕事はデータ入力、紙媒体のアナログデータをデジタルデータに入力変換するお仕事。
当然機密なんて含まれていない、漏れたとしても大した問題ではない情報。
それを自室のパソコンでタイピング、どっかの部署に配属になるのかと思ったがソロ活動。
確かに営業じゃない出歩かない新人がやりそうな事だけどさぁ。
私がやるべき仕事かと言われれば、新入社員として見ればやるべき仕事ではある。
信頼されてないし新入社員だからこの仕事、厚めの紙束は普通一日掛かりの量だが速読からの高速タイピングで午前中に終わった。
正直に言えばもっと早く終わらせられる方法もあるが、まあ一応私がやっておいた方がいいんだろう。
ちなみにその早く終わらせられる方法とは、カメラで撮影して画像をパソコンに送り専用プログラムに解析させてテキストに起こすと言う方法。
これなら一時間も掛からずに終わらせられる、これは間違いなく人材と時間の無駄遣いですねわかります。
今度テキスト起こしのプログラムでも作ってニックに渡してやろうか、AIのような複雑なものじゃないからリバースエンジニアリングで解析されても問題無いような構成にできるし。
とりあえずやるべき仕事は提出し終わって午後は暇、これが普通の会社なら別の仕事をやるんだろうけど終わったら自由の了承を貰ってるんでネットに齧り付く。
「ちーちゃーん、キーワード検索、『トニー・スターク』」
椅子の背もたれに背を預けながら日課となっている社長の情報収集、なんか社長のストーカーみたいになっているが単独映画がいつ起こったのか正確に覚えていなかったので情報収集は欠かせない。
表示された情報の社長はあっちやこっちでイベントに出ている、実に精力的ではあるが原作通りトラウマを患っているならこれから露出が減っていくだろう。
今日は自動車のイベントに出るようだ、社長がメインで乗っている自動車メーカーイベントに出演予定。
派手好きだしアイアンマンスーツを着ていくのかもしれんな、むしろ着て行かない理由がない。
へいへい社長ビビってる〜! と煽るにも相手が強大すぎる、私もビビってるし……。
確かインフィニティ・ストーン無しだと勝ち目ゼロだったっけ……、ちょっと難易度調整ミスりすぎとちゃう?
石無しでサノス軍に勝つためには地球人類そのものを数世代先の技術で武装させる必要があるが、当然の権利のごとく悪用する連中が出てくるだろうからもう諦めている。
となると原典通りアベンジャーズがなんとかするしかないし、せめて石無しサノスぐらいは殺せる程度には強化しないとダメそう。
「……ちーちゃん、公開している中で社長の推定総資産は?」
「約750億ドルだ」
「……公開分だけで7.5兆円位か、金持ちすぎでしょ」
数百万円どころか数千万円でもはした金って言えちゃうレベルだ、しかし世界は広くトップ10に入るものの社長の資産でも世界一ではない。
こんだけあれば好きなもん作れるんだけどなぁー、ほんと可能な限り早く社長に取り入りたいよなぁー。
サノス軍は原始的に見えて実はハイテクなんだよなぁ、向こうには宇宙一の頭脳と言っても過言ではないエボニー・マウも居る。
だから一刻も早く研究したい、製造したい、実験したい、社長の金で。
ここだけ切り取るとクズみたいだが、昔から金稼ぎに精を出していたとしても社長の資金や設備には届かないと断言できる。
当然今から金稼ぎをやり始めても無理、結果的に社長のマネーパワーに頼るしかない。
レアメタルとかもガンガン使ってる私のISや社長のアイアンマンスーツは1着だけでも100億円くらいかかってるからなぁ、これはスーツそのものの制作費であって製造設備は考慮してない値段。
製造設備の費用はスーツの十倍では利かない金額、以前製造設備費も兼ねて1000億円くらいと考えたが実際使用すると足りないのがよくわかった。
所有権は社長にあるとは言え10万ドルポンッと、じゃない1億ドルポンッと使わせてくれた社長のお大尽には感謝しかない。
いろいろ作りたいし、だからあと10億ドルぐらい使わせてくれねぇかなぁー、無理だろうなぁー。
仕事しつつIS改良したいなぁと考えていたら結構な月日が経った、ガチでデータ入力のお仕事しかもらえなかった。
一週間くらいしたら少しくらいは何か進展があるだろうと思ったけど何も起こらず、そのまま二週間、三週間、一ヶ月、二ヶ月と時間が経った。
朝起きて仕事して午後からはトレーニングと社長情報を探してネット徘徊、休みの日には時差考慮で朝配信と言ったS.H.I.E.L.D.生活。
完全に何もなかったかと言えばそうではなく、数週間から一ヶ月に一回の頻度でナターシャさんが戻ってきて訓練をつけてくれる。
ちょっと聞いたら潜入任務やら違法な武器取引してるやつをぶん殴ったりで頑張っているらしい、そういう仕事だし特に驚くこともなかった。
そういやキャップはニックの尻拭いでもしているんだろうか? S.T.R.I.K.E.チームは有るようだし、ナターシャさんたちと一緒にエージェントしてるんだろう。
しかし動きがないのもそれはそれで焦るな、次に起こるのは社長が自宅住所晒してテロ組織に偽装したキリアンたちに自宅凸を食らう『アイアンマン3』。
調べて予想した通り社長の露出は今やがっつり減っている、せっせとスーツ作りに邁進しているようだ。
自称テン・リングスが爆発テロってるしもうそろそろ起こってもいいはず、確か『アベンジャーズ』から7ヶ月後なので時期的にはおかしくない。
見逃さないためにもこれからも社長ウォッチを続けなければ……、と思ってたら社長が自宅住所を公表していた。
ハッピーがやられたせいで頭にきていたんだろうけど、流石に住所を公表するのはまずい。
住所バレで自宅凸食らった事が有る身としては全くもって感心できない、社長は知らないとは言え研究バレたらまずいんでテロ組織に偽装しようなんて考える連中やぞ。
トップは社長に恨み抱いてるし、凸ってコロコロしようと考えても不思議じゃない。
殺人を起こした理由が恨みで有る事がトップだと聞いたことがある、エクストリミスや兵器もあるから行動に移ってもおかしくない。
「……これは──」
これから起きる社長の受難を考えてチャンスかな、と口にせず考える。
ある程度同じように進むなら、ペッパーさんはエクストリミスを投与される。
社長にとってペッパーさんは大事な人だし、エクストリミスの製剤方法を渡せば解毒剤を迅速に作れる。
認められる実績を積んでいくのもいいが、現状飼い殺しでしかない状況だし社長に恩を売っておきたい。
ただこの問題自体は社長だけで解決してもらわなければならない、下手に手助けしてトラウマ残したままになったら不安しかないし。
騒動が起こったらA.I.M.から情報を抜けるだけ抜き取っておかなければならない。
ネットに繋がっているデータサーバーにエクストリミスの製剤方法保管してたりしねぇかな? それならなんとしても抜き取っておくんだが。
……やっぱ受け身じゃダメだな、7ヶ月掛かって理解してたんじゃ賢いとは言えない。
ニック、あんたのことは嫌いじゃないが人命救助のためだ、こっそりとだがいろいろやらせてもらうぞい。
「……んー」
大きく背伸びをしてベッドに向かう、飛び込むようにベッドに寝転がって瞼を閉じる。
動きたいがまだ早い、社長が行方不明になってからじゃないとニックがうるさいだろう。
「……死なないでよ」
動けない今、世界を救うために必要不可欠な社長の無事を祈っておいた。
エージェントオブシールドは見てないので技術の話は適当です
社長が乗ってる車=ア○ディ
社長の総資産はマーベル・スタジオ・ビジュアル・ディクショナリーだと754億3000万ドルらしい
スーツの値段は適当、当然それだけ出せば作れるわけじゃあない