周りの野次馬からこれでもかと言うほどに携帯電話のカメラで撮られている、社長なんか態々フェイスカバーを開いて野次馬に向かって顔を見せているから歓声が上がっている。
そのせいで私にも「顔見せてくんねーかなー」みたいな視線が四方から向けられている。
そんな視線を向けられた所で流石に見せてやる気はない、いずれS.H.I.E.L.D.が崩壊した際の情報暴露で身バレするとしてもだ。
これからは身の安全と言う危機管理も重要になっている、S.H.I.E.L.D.のシステムの大半を掌握したせいでヒドラも焦っただろうし
フェイスカバーを開いたら弾丸が顔に向かって飛んでくることもあり得る、死にたくないしやることいっぱいあるから安全な場所でなければスーツを脱ぎたくない。
……ヒドラのせいで去年の社長みたいなスーツ依存症になりそうだな。
そんな事を考えてパトカーが来るまで待機、負傷しているとは言え流石に銀行強盗を放置して置くのはまずいので到着まで待っていた。
警戒しかやる事が無いので暇潰しを兼ねてアイアンマンを見る、去年のクリスマスの時とまた形状が変わっていた。
社長の事だから間違い無くバージョンアップしていると見ていい、残念ながらスペックの程は知らないがメインスーツにするくらいだから前のバージョンの問題点も解決してきているだろう。
デザインは前回の角ばった奴より丸みを帯びていて、個人的には今のアイアンマンの方が好みだ。
『どうした? こっちばかりを見て、私に惚れたか?』
顔は向けていないのに見ていることがバレたのは、J.A.R.V.I.S.がこっそり社長に報告でもしたのか。
とりあえず鼻で笑って返しておく。
「社長はともかく、アイアンマンには惚れてますよ」
『それはつまり、僕に惚れていると言うことか』
そう言われると確かに、トニー・スターク=アイアンマンだからアイアンマンに惚れているならトニー・スタークに惚れていると言ってもいい。
しかし惚れているのは
「……社長はまあ好き寄りの普通かな。 でもすぐ煽るし表面上だけであっても他者を尊重しないし、余程の才能でないと対等に扱わないでしょ? そこら辺が普通の域を出ない要素だね」
アベンジャーズメンバーは方向性は違えど天才揃い、科学技術的な話は少ないものの一目置くレベルの傑物揃いなのでやっていけている。
そうでなければとっくに意見の相違でバラバラだっただろう、下手すりゃ原作のように各アベンジャーズ結成で別れて活動してたかもしれない。
それくらい社長はほんとにあくが強い強い、自分に自信がありすぎてナチュラルに相手を見下している。
実際大抵のことは一人でできるくらいに万能だから、社長を超える超科学やファンタジー物質でなければ誰かに頼ったりしない。
私に対してそこまで悪辣じゃないのは能力をある程度認められているからだろう、そうでなければ……ただの女として口説かれていたかもしれない。
まあ未成年をあれこれするかはわからないが、そう言う可能性もあっただろう。
社長の女とか私は絶対にごめんだが。
『……確かにそうだな、だが会話ができないと人生つまらないぞ?』
「そこら辺はわかりますけど、社長の場合は会話にすぐ煽りを入れてくるからなぁ……」
『ちょっとしたジョークじゃないか』
そう言って軽く肩を竦める社長。
うーん、これはヴィラン製造機!
「……社長って人間強度高いのか低いのかわかんないですよね」
『なんだその人間強度って言うのは?』
「ちょっとした日本のファンタジー小説で出てくる造語ですよ」
社長はその性格から友達と言える人なんて極々わずかだろう。
ローズ大佐、ローディさんみたいな器がでかい人とじゃないと友人として付き合っていくのは無理だろうな。
『歓談の最中申し訳ないのですが、ヨークビルで強盗事件が発生しているようです』
「……ほら、やっぱり治安悪すぎですよ」
『僕に言われてもどうしようもないぞ』
「わかってますよ、ただの確認です」
警察も来たことだし、事件現場に向かうか。
この場を警官に任せスラスターを吹かして一気に飛び上がり、社長が後に続く。
『これは……トニー様、まずい事になっています』
『何があった?』
飛行中に焦ったような合成音声でJ.A.R.V.I.S.が事件の追加情報を告げた。
『強盗犯は3人、それぞれエネルギー兵器を使用しているようです。 これにより警官5名と市民9名が死傷、現在人質を取って店に立て篭り逃走用の車両を要求しています』
エネルギー兵器と聞いて片眉が上がる、今現在エネルギー兵器を実用化しているのはごく僅か。
社長や私のように自力で開発するか、S.H.I.E.L.D.などの組織が地球外の超技術を手に入れて解析するか。
前者ならどっかの天才が作って誰かに売り払ったか、後者ならどっかの組織から横流しされたか。
S.H.I.E.L.D.の可能性も考えたが、流石にそこまでガバってないだろう。
そうなると現在一番可能性が高い入手先は、後のヴァルチャーことエイドリアン・トゥームス一味か。
2012年のニューヨーク襲撃の際、チタウリの武器は旧スタークタワーを中心としてあちらこちらに散らばった。
社長が出資してアメリカ政府が立ち上げた『
政府も広報で危険であるから拾っている場合は提出してほしいと国民に伝えている。
それに耳を貸さず記念だとか言って隠し持つ奴らや、金になると価値を見出して裏に流す奴らもいる。
そう言うのの一部が彼らに流れ、チタウリの武器を作り変えたりエネルギーコアを転用して別の武器を作り上げた可能性は高い。
「社長、エネルギー兵器ってチタウリのやつだと思います?」
犯人を警察に引き渡してからの現場に向かって飛行中、ほぼ決まりの結論を社長に聞いてみた。
『その可能性は高いな』
「チタウリなら誰かが弄って流してる事になりますね」
『そうだな、その誰かはあまり頭が良くないらしいが』
「確かに」
部下を食わせる為や嫌がらせもあって武器作ったんだったか、だがこんな白昼堂々強盗を働くような阿呆に武器を売ったのは流石に呆れてしまう。
足がつく可能性があるが早急に活動資金でも必要だったんだろうか?
これがエイドリアンの仕業だとして、流石に目をつけられたとして今後は身を潜めもっと慎重に活動するだろう。
知識を使えば早期に身柄を抑えることもできるが、デメリットとしてスパイダーマンの成長の場が減ってしまう。
ヒーローとして考えるなら、ここでヴァルチャーが生まれないように先んじて叩いておくのが最善だろう。
それを承知で抑えて彼らの活動を終わらせれば、今後作られ売り払われるエネルギー兵器によって出る犠牲者が居なくなる。
だがスパイダーマン対ヴァルチャーの一戦は、ピーター・パーカーがスパイダーマンと言うヒーローを確立するために必要な出来事だ。
これをすっ飛ばして成長が遅れればどうなるか……、対峙するヴィランは容赦はしてくれない。
怪我で済むなら良いが、最悪死ぬ可能性もあり得る。
サポートすればいい話ではあるが、ずっとスパイダーマンを支える事ができるかわからない。
なので私にとっての最善の方法は奴らに圧力を掛けて活動を抑制し、怪しい武器取引をほどほどに抑えてその時まで待つ。
もとより何処で誰が武器取引をするかなど知らないのだ、都合よく全ての取引がネット上で行われているとかでなければ全て抑えるのは不可能。
A.I.M.の時と違って繋がる情報はない
なので可能な限りピーター・パーカーには単独でヴィランをぶちのめして、事件を解決出来るようになってもらわなければならない。
もちろんサポートはする、介入しすぎた結果で強くなれなかったスパイダーマンが死亡するなんて事になったら大事すぎる。
未来を知っている、正確には並行世界の未来を知っているとこう言う問題に直面して悩むから嫌なんだよ……。
「全く、面倒なことを起こしてくれますね。 強盗殺人を働く気概があるならもっと真っ当なことを出来るでしょうに」
『それについては同意だな、まあ強盗の気持ちなんて理解する気はないが』
「武器を手に入れて気が大きくなっただけでしょうしね」
悩んでも仕方ない、今回もこっそりと見守るのがベターなんだろう。
内心で方針決定したところで、J.A.R.V.I.S.がディスプレイに表示している事件現場までの最短距離に沿って飛ぶ。
私が前、社長が10メートルほど後方で飛んで事件現場上空に到着。
「やっちゃってますねぇ……」
通りの上空で滞空して見下ろすと通りに面した店、看板から見るに宝石店の前にはひっくり返って燃えているパトカーがあった。
パトカーを盾に出来ないために警察官たちは遠目に銃を構えて強盗犯を警戒し、更に距離を置いて野次馬が群がっている。
命の危険があることに気が付いていないバカな野次馬にため息を吐きながら、パトカー側面にはえぐられたような大きな凹み、道路にもいくつかの大穴が空いている光景を見る。
明らかに爆発した跡で、これがパトカーを吹き飛ばして燃やした原因だろう。
「穴の縁が融解してますね、火薬の武器じゃここまで綺麗に溶けませんよ」
『エネルギー性の爆発、十中八九奴らの武器だな……』
社長のトラウマを刺激している光景、マシになったとは言えまた酒漬けになったら困るので行動に移す。
「社長、テーザー使いたいんですけどいいですよね?」
人質が居る以上流石に無手で突っ込めとは言わないだろう、1人に殴り掛かっている間に人質を撃たれたりしたら責任は取れない。
『僕も行こう、流石にこれは任せてはおけない』
「失敗すると?」
『そうじゃない、ただ僕がやるべきことなだけだ』
「……まあ、それならいいですけど」
社長は思うところでもあったか? そんな殊勝な性格じゃないと思うが。
奇妙な社長を見ていれば店の前に勢いよく降り立つ、いつもの膝に悪そうなスリーポイントランディング*1でバッチリ決めた。
私もちょっと真似しようと思ったが、足の長さが違いあの体勢は格好良く決められそうにないので普通に落下して社長の隣にガツンと着地。
ちょっと道路にヒビが入ったが、緊急事態だし許してくれるだろう。
ついでに周囲の野次馬たちからは歓声が上がっていた。
「まずは投降を呼びかけるんでしたっけ?」
『一応な』
警告を出さず叩きのめすと、叩きのめした側から訴訟される可能性があるとか、しかも負ける場合もあるのできっちりと投降を促しておく。
「強盗たちに告げる! 君達は包囲されている! 人質を解放し武器を捨てて投降しろ! 話せばわかる!」
「……ほんとかなぁ?」
社長の投降の呼びかけに疑問を感じていたら、人質を盾にした強盗犯たちが店の奥からこっちを見てくる。
すぐさま拡大ズームで強盗犯、ではなく手に持つ武器を確認する。
ナターシャさんが奪って使っていた細長いエネルギーライフルが2丁と、キャップがパトカーの上で警察官に指示を出した時に盾でチタウリ兵の腕ごと叩き落としていたブラストライフルの計3丁。
縁取りして強調表示される武器は照会の結果、チタウリの武器と82%で形状が一致。
残りの18パーセントはバイパスなどの明らかに後付けされた機構で占められている。
いかにも人が扱えるようにしましたと言わんばかりの武器、そのまま流用しているので武器としてはスマートさは失われている。
「もっと綺麗に作れないもんですかね」
「そう言ってやるな、一生懸命作ったかもしれないぞ」
社長の上辺だけの努力は認めます的な発言、しかしいじくり回して使えるようにしている以上相応の能力があるのはわかる。
尤もとりあえず使えるようにしたと言った感じであり、地球上に存在しない理論を理解している訳ではなさそうだ。
強盗たちに注意を払いながらも、武器の事を考えていたら強盗たちが困惑していた。
声を拾って聞けばアイアンマンが来るとは考えていなかったようで、このまま人質を押し出して要求を飲ませようとする奴と、今更ながら事の重大さに気が付いて投降しようとする奴とで揉めていた。
『この武器ならアイアンマンなんてイチコロだ! 怖気づくことはねぇ!』
『で、でもよ! 効かなかったらどうするんだよ!』
『てめぇも車が吹っ飛ぶのを見てただろうが! 効かねぇわけねぇんだ!』
残念だけどこの装甲相手じゃ一発や二発では効かないんだよね、社長のもそんな軟な装甲じゃないだろうし。
正直魔改造されて威力数倍とかになっていなければゴリ押しで問題なく制圧できるが、その場合だと人質の安全は保証できないのでやらないだけ。
「話は纏まったか? 素直に投降することをお勧めするが、どうする?」
投降しないなら遠慮は無しだ、そんな意思の籠もった最後通告。
社長の一言で右肩部内蔵テーザーガンがオンラインに、意思一つで展開して発射できるようになる。
強盗犯との距離は25メートルほど、テーザーガンの射程内でいつでも撃てるが、痙攣時の衝撃で引き金を引いてしまうかもしれないので銃口が人質から外れないと撃つのは無理か。
「ま、待て! 俺は投降する!」
怖気付いた1人は武器を手放して両手を上げ、店の外に出ようとする。
「おい待て! 勝手なことをするんじゃねぇ!」
「うるせぇ! 簡単な盗みだって聞いてたのに話がちげぇじゃねぇか!」
人質を盾にする主犯格らしき男が仲間の行動を咎め、仲間割れをしはじめた。
「さっさとそいつを拾え!」
「嫌だね! こんな話に乗るんじゃなかった!」
簡単な盗みという話だったのにパトカー数台を廃車にし、警官と市民を殺害してアイアンマンに追い詰められる状況は美味しい話ではないのは明らか。
『まだ撃つなよ』
「わかってますよ」
様子見をしているがこのまま仲間割れを見ていたら十中八九投降しようとしている男は撃たれることになるだろう、明らかに激昂しているしそうならない方がおかしいまである。
「……社長、私がワイヤーで武器を引き剥がすのはどうです? 発射から引っ張り寄せるまで1秒で出来ますよ」
人質に銃口が向いている武器をピックアップ、人質は一塊にされているのでこの武器がなくなれば即制圧できる。
具体的には左腕のワイヤーを人質を取っている強盗犯の武器に向けて高速射出、武器に吸着させて引ったくる。
同時に社長が残る武器持ちをリパルサーレイでぶっ飛ばす、実に簡単でスマートに終わらせられる。
『で、僕が残りを撃つってことか。 いいね、やろうか。 合図はこっちで出す、ワイヤーの発射はJ.A.R.V.I.S.がやれ』
『了解しました』
仲間割れの怒鳴り合い、ヒートアップする口論は強盗犯にとって最悪になった。
口論は無駄と投降しようと店の外に歩き出そうとすると、怒り心頭の主犯格が銃口を向けて男の背中を撃った。
「ゥギァ──」
短い断末魔を上げた男は、まるで紙が焼けるように全身が灰になって床に散り積もる。
『撃て!』
その光景を前に素早く左腕を上げるとJ.A.R.V.I.S.が照準を合わせワイヤーを発射、時速300キロ超の吸着ワイヤーが強盗の武器を捕らえる。
巻き取りながら左腕を引く頃には社長が両腕を上げて、残る武器持ちにリパルサーレイ。
衝撃特化のリパルサーレイは仲間殺しに愕然としていたもう1人の男を吹き飛ばして店内の壁に叩きつけ、主犯格の強盗は急に手元から武器が引っ張り取られた反動で人質を突き飛ばすようにして前によろけ出ていた。
『プレゼントだ』
アイアンマンの左右の手のひらから同時に光弾が飛び出し、主犯格の男は被弾の衝撃で吹っ飛んで壁に叩きつけられたあと床に転がった。
「馬鹿な真似を……」
強盗犯を制圧したあと、店の中に銃を構えて突入する警官を横目に見ながら左手に持った改造チタウリ武器を眺める。
「リチャージ出来ないからバイパス噛ませてる、人間相手なら過剰出力だしねぇ」
『及第点だな、こんな設計をみれるとは思っていなかった』
「……オモチャとして?」
『そうだ、こんなオモチャで殺人をやったのは笑えないが』
オモチャと言えばオモチャだ、正面から撃ち合いをしたとしたらバイパスに当たる可能性があるくらいにはみ出ている。
このバイパスが破損すれば十中八九スパイダーマンでもあったエネルギー漏れが発生する、金属も簡単に切断するほどの高密度エネルギーなので人に当たったらお察しだ。
そんな欠陥品をハイテク武器と謳うのはお笑い種、かつて武器を売っていた社長からすればオモチャもいいところだ。
「これの販売元、どうします?」
『君に伝えてどうする? なにかする必要はないぞ』
この件については何もしない、間違いなく新聞やニュースで報じられてエイドリアン一味は知ることになるだろう。
そうなれば活動を控える、活動基盤であるネットを介さなければ社長でも追い切れないと思う。
ただまあ、S.H.I.E.L.D.やFBIもあるからそっち方面の足で稼がれる可能性もある。
しかし原作はアホなショッカーがぶっ放してスパイダーマンの目に止まったから一気に進展したのであって、それまでは何年も尻尾を掴まれなかった。
無論時間の問題であったとしても隠れ続けたのは事実であり、本格的に動き出してもあっさり捕まることは恐らく無いだろう、と思いたい。
「社長がやるって言うなら何もしませんよ、私としては販売元が無くなればいいわけですし」
動くとしても本格的にスパイダーマンが活動し始めた時だろう、願わくば介入無しで立派なヒーローになって欲しいものだ。
ハルクみたいな超人か対策したスーツや装甲じゃないと当たったら一瞬で全身が燃え尽きて灰になるってエグいよね。
改造でそうなったのかわからないけど殺意マシマシなサノス軍の武器だし、元から低強度生物絶対殺す武器でも不思議ではないと思う。