『トニー様、メールが届いています』
「誰からだ?」
忙しい合間を縫い、いつものラボでカチャカチャと工具を操りながら、AIのJ.A.R.V.I.S.に声を返す。
『差出人はタバネ シノノノ、メールそのものが暗号でロックされてあります』
手を止めずにスーツの改良に勤しみ、J.A.R.V.I.S.に命令する。
「削除しろ」
聞いたこともない名前で、メールそのものを暗号で封じるのは他人に見られたく無い事を示す。
面倒事と判断して、トニーは見なかったことにした。
『よろしいのですか?』
「削除しろ、と言ったぞ」
『わかりました、件名『小型熱プラズマ反応炉の製造方法』のメールを削除します』
「──待て待て待て、今なんて言った?」
『件名『小型熱プラズマ反応炉の製造方法』のメールを削除します、復元出来ませんが本当に削除しますか?』
「………」
流石に手を止める、内容が件名通りのことなら暗号で容易に開封できないようにするのも理解できた。
それにメールの件名が本当なら不味い。下手に無視して反感を買い製造法がバラまかれてテロリストどもの手に渡ればうんざりするほど面倒なことになる。
少し前のイワン・ヴァンコのようなこともあり得る。これがアークリアクターの事であればどこで手に入れたのか聞き出さねばならない。
「開封して中身を確かめろ」
『了解です。暗号解読は約12時間後になります』
「なんだって? 何で12時間も掛かる?」
『無数の暗号で構築され、複雑に絡み合っているものと推定』
「……解読に集中しろ、可能な限り早くだ」
『了解です』
気が散ってしまった。工具を放り出してラボを後にした。
翌日、昼前にJ.A.R.V.I.S.からメールの暗号解除に成功したと報告を受け、チーズバーガーを食べながらラボの椅子に掛けてメールを開く。
メールには長文のテキストと一枚の画像、熱プラズマ反応炉の設計図が添付されていた。
「……本物か」
見ればわかる。トニーが作成したパラジウムを使用するアークリアクターとは多少構造が違うが、設計図通りに製作すれば毎秒数GJの電力を生み出す。
「……J.A.R.V.I.S.、この……名前かどうかもわからない奴を調べろ」
『調べておきました』
すぐにモニターにJ.A.R.V.I.S.が調べたそれらしい人物の情報が表示される。
確率が高い人物が複数、なんてこともなく表示されたのは一人の少女。
『このメールの発信元は日本のプロバイダ、ダミーとして経由された形跡は見当たりません』
「……他の人物の可能性は?」
『発信地域と契約者名に該当、氏名の希少性を鑑みて彼女がメールを発信した可能性は極めて高いと判断しました』
無数に表示される少女の情報、通っている高校から家族構成まで公共団体のコンピューターに保存されているデータを根こそぎ拾ってくる。
「……クラッキングする事もお見通しか?」
その中に一つ英語で「ミスタースターク、メールに返信してね」と表示された、メールの送信に使ったと思われるパソコンの情報。
『該当のパソコンのストレージには熱プラズマ反応炉に関する情報は存在せず、その代わりにこのメッセージがテキスト情報で残してありました』
パソコン内のデータはほぼ空、こちらが欲しがる情報は見せないという意図が見える。
「……J.A.R.V.I.S.、返信だ。 件名に付けてくれ、『それじゃあ及第点はやれないな』ってな」
「流石に引っかかってくれたか」
ディスプレイを眺めながら呟いた。画面に映っているのはトニー・スタークからの返信。
ちーちゃんがJ.A.R.V.I.S.に引っかからないよう慎重に探ってくれたおかげで、公開されていないメルアドをゲットできた。
そこに熱プラズマ反応炉、ぶっちゃけ私が設計したパラジウムのアークリアクターの設計図を同封してみたが振られてしまった。
だが返信が来た以上、メールを開き設計図を見て私のことを調べるのは予想できた。
調べた上であのプレイボーイは複合暗号化と旧型アークリアクターでは食いついてこなかった。おそらく私の様子を、次の行動を観察しているはず。
理想は最初っから全力で食いついてくることだったが、まずは興味を引くことが大事だったので落胆はない。
警戒という形ではあるが意識に留めることには成功しただろう。
パソコンの中身も覗かれたことは想像に容易い。ネット上でJ.A.R.V.I.S.に監視させているのは間違いないと思う。
旧型とは言えアークリアクターの設計図をばら撒かれるのは間違いなく困るだろう。まあそんなことは全くする気はないが。
さて、段階は次のステージに移行した。
旧型アークリアクターと言う前菜は終わり、メインディッシュの新型アークリアクターの話と設計図で席についてもらう。
残念ながら実験するための資金が無いので全部机上の空論ではあるが、実際に組み上げれば動作するだろう確信を持ってテーブルに置く。
流石にバッドアシウムの名称を出すと警戒の域を超えるので、改良案と題したバッドアシウム使用前提のリパルサートランスミッターの設計図を添付する。
流石にいきなり口封じには来ないだろう。他人には見せないだろうが彼の心には善意がある、はず……。
「……よし!」
メールを打つ、腹の探り合いをしている無駄な時間はない。
きっちり単刀直入に要求を書いてメールを送信。私が要求する設備を持っているのは世界広しと言えどトニー・スタークだけ。
だからなんとしてもと、柏手を打ってメールを送信した。
「お父さん! お母さん! お金貸して! パスポート作りたい!」
空港から出てすぐの指定された場所に向かえば、送迎用の豪華な車。
出迎えの運転手に笑顔で声をかけられた。
『タバネ シノノノさんですね? スターク・インダストリーズよりお迎えにあがりました』
策というよりも超最新技術のゴリ押し、そのおかげで出したメールの返信はすぐ来た。
是非とも招待したいとのお誘い。それを受けて両親にパスポート発行代を借り、高校を休学して一息に飛んできた。
休学の理由はスターク・インダストリーズに体験入社と出したらすぐに許可を貰えた。
校長はいろんな意味で有名なスタークで、最高学府に入るよりも宣伝になると踏んだのかもしれない。
一応通っている高校はちゃんと卒業する気ではあるが、これからどころかこれからも大問題が何度も発生するから、もしかすると出席日数が足りなくなるかもしれない。
……とりあえず今は目的を達成することを考えよう。
運転手はドアを開けて乗車を促してくる。
従って乗り込み、ドアが閉まればまるで檻の中。
運転手が座る前部座席と私が座る後部座席の間には分厚いガラス、後部座席からの襲撃を妨げる目的だろう強化ガラス。
ドアもドアで分厚く、工具があっても脱出するのに結構時間が掛かるのが手に取るようにわかる。
まあ私に掛かればこの程度のガラスは一撃で破壊できるし、ドアも蹴り飛ばして難なく脱出できる。
もちろんする気などないが。
これはかなり警戒されてるな。
問題なく向こうに着いたら、人気を遠ざけられてリパルサー・レイを向けられそうだ。
まあ、知り合いでも無いのに公開していないメルアドにいきなりアークリアクターの設計図を添付してくる奴とか怪しまない方がおかしいか……。
大人しく車に揺られながら、日本とは異なる風景を眺めて目的地への到着まで待った。
見えてきたのはビッグアップル。何処かの誰かが下品な建物とかなんとか言っていたスタークタワーも見える。
少なくとも全く別の場所に連れていかれる事はなさそうだ。
さらに車に揺られてスタークタワー前、案内されるがままエレベーターに乗り、社長の許可なしでは入れない上層階へと登っていく。
「案内はここまでになります。この中でおまちください」
案内役が止まったエレベーター内でそう言って頭を下げた。
こっちも礼を言って頭を下げる。エレベーターを降りて辺りを見渡せど人っ子一人いないフロア。
広々としたフロアに全面ガラス張りの窓の外には青空が広がっている。
少しだけ窓の外の景色を眺め、フロアの中に進んでいく。
予想が外れていなければJ.A.R.V.I.S.が監視していて、トニー・スタークが居るはず。
「………」
未来感溢れるデスクに近づいていけば、さらにフロアの奥から足音が聞こえてくる。
ゆっくりと足音の方を見れば、両手を後ろ手に近づいてくる男。
マーベルビッグ3のうちの一人、トニー・スタークが姿を現した。
「やあグッディガール、私のラボにようこそ」
警戒心の見えないような軽い足取りで近づいてきて、“左手”を差し出してくる社長。
警戒心バリバリですねわかります。
「初めまして、スタークさん」
そんな真顔の社長に対し、笑顔を浮かべて“右手”を差し出す。
左手と右手、行われない握手に数秒見つめ合い、社長が折れたのか左手を下ろす。
その代わりに右手を出してガッチリと握手、社長の右手は赤と金色で実に冷たかった。
手に伝わる冷たさに握った手に視線を落とし、すぐに社長の顔へと視線を戻せば真顔から笑顔に変じていた。
あっけに取られたわけもなく、最悪フル装備で出迎えられる可能性も考慮していたのでまだ優しい方だ。
「お会いできて光栄です、プレイボーイ」
こちらからブンブンと腕を振ってやる。スーツ込みなら負けるが生身では社長を圧倒できる。
「……意外と力が強いんだな」
社長が半ば振りほどくように握手を止める。
「それで、私の話を聞いてもらえると思っても?」
「聞いてやってもいいが、まずは私の質問に答えてからだ」
「もちろん」
一歩二歩と下がって、社長は疑問を口にした。
「あの熱プラズマ反応炉の設計図はどこで手に入れた?」
「私が自分で引きましたよ」
「聞き方を間違えたな。誰から製造方法を聞いた?」
「私が自分で考えましたよ」
それを聞いて社長は肩をすくめる。
「君があれを考えた? 世間一般じゃあ──」
「──大型施設での核融合炉すら実現していないのに?」
声に割り込んで引き継ぐ。
「……君がそれを自分で考えたとして、それを証明する方法は?」
「材料と設備を貸していただければすぐにでも作りますよ?」
そう言えば社長の眉が少し上がった。まあ作り方を知ってても実際製造するとでは勝手が違う。
現物を社長が見ている前で用意してやれば、流石に納得するだろうが……。
「まあ貸してくれませんよね。わかりやすく天才同士だけで通じ合う会話でもいいんですが」
ゆっくりと両腕を広げて。
「このバッグの中にメモリがあるんですけど、取り出しても?」
「……構わない」
「お言葉に甘えて」
ゆっくりと肩に掛かったバッグに手を差し込み、目的のメモリをゆっくりと取り出す。
「この部屋に内外からネットなどにアクセス出来ない孤立化したコンピューターはあります?」
USBメモリを社長に見せながら、内部のデータを見てもらえればわかりやすいと態度で提示。
「J.A.R.V.I.S.」
『設定変更、スタンドアローン』
「そこを使え」
社長が顎で示したのはテーブル、側面に差し込み口があるのであれ自体がパソコンなのだろう。
指示通りゆっくり近づいてからメモリを差し込む。そうするとメモリに収めていたプログラムが立ち上がり始める。
「ちょっと待て、何を起動している?」
社長の右手がテーブルに向けられる。何かあったら速攻ぶっ壊すつもりだろう。
「そりゃあ閲覧しやすいように私が作ったAIを起動しているんですよ」
正直に言えばちーちゃんはJ.A.R.V.I.S.にも負けないと言う自負があるが、宿しているマシンスペックが桁違いなのでやりあってもリソースの差で押し切られる。
テーブルの上には映像が投影され、起動中の文字とプログレスバーが数字を刻んでいる。
「社長にはわからないでしょうけど私の家って裕福じゃないんですよ。せいぜい衣食住に困らない程度なんです」
生まれながらの大富豪である社長には到底理解できない、低い生活レベル。
作りたいものがあれば簡単に何千万とつぎ込める社長と、ネットや携帯使用料を引いて残る月数千円をやりくりで凌ぐ私とではどうしようもない。
成人していればやりようもあるが、流石に未成年でイリーガルな手を使ってでも金を手に入れる気は無かった。
まあ正直配信だったりでこじんまりと遊んでいられればよかったが、違法ではないやりようで頭の中に引いた設計図を現実のものに出来るならやってみる価値はある。
その上敵対的な異星人やら異世界人が襲ってくるこの世界じゃ、彼らがなんとかするだろうと楽観して居る事は出来なかった。
映画じゃ日本なんてかけらも描写されていないが、全宇宙にまたがる指パッチンで自分が除外される確率は二分の一と言う高すぎる確率は看過できなかった。
自分が傲慢になっている自覚はある。それでも私に出来ることがあってその才能がある以上佇んではいられない。
「……よし、ちーちゃーん。 メモリ内のすべての情報を表示して」
異星人やらのことは省いて整合性を持つ説明をして、起動したちーちゃんに命令を飛ばす。
『プロジェクトISの情報も開示するのか?』
「うん、全部全部」
『わかった、メモリ内の全データを開示する』
流石に3Dモデルはなしで、J.A.R.V.I.S.と同じように音声だけで応答。
「私はアイアンマンに憧れて危惧した、だからこそこれを作るために社長に接触したんだ」
そしてトニー・スタークの助力があれば実現できる、机上の空論が開かれた。
この頃の社長はすぐに煽るから、うまい煽り具合なんて考えていられねぇよ!