まだまだ寒い時期が続く、上にもう二枚ほど羽織るこの時期。
空を超えた先の宇宙では、アスガルドで言う九つの世界が直列に並んだ。
5000年に一度に起こるこの現象は、SFでありファンタジーでもあるマーベル世界では珍しくはあるがおかしなことではない。
九つの世界が並んだらどうなるのかと言うと、未知の自然法則で発生した謎のパワーがリアリティ・ストーンを強化する、その時にリアリティ・ストーンを使えば全宇宙を改変出来るほどの力を発揮する。
普段通りインフィニティ・ストーンやべぇ事案、未知の自然法則を解き明かすには情報が足りさなすぎてもやもやしていた私は何時ものアベンジャーズ・タワーの自室。
空に穴が空いたり、ソーがマレキスとどつきあったり、空間の歪みに飛び込んで天文学的距離を瞬時に移動したり、ダークエルフの船がへし折れて倒れている最中に消えたり。
すでに全て終わった事件で、ネットに上げられた映像を見ていた。
今回の事件も当然知ってはいるが、動けないので無事に終わることを祈るしかなかった。
始まった時には既に手遅れ、社長は忙しくて間に合わないし。
事件が始まった時点では全容がわからず空間の歪みでもS.H.I.E.L.D.止まり、アベンジャーズ案件と認識された時には距離の問題で手助けすらできない。
おかげで私の祈祷力が右肩上がり、祈る先はもちろんサングラスを掛けたあの人。
おそらく存在するだろう神と言っても過言ではない超存在である他のコズミック・エンティティーズに祈るよりはマシだろう。
許可を得た上で出来るだけ情報を収集、ネットに上がっている映像はもとより、S.H.I.E.L.D.からの情報も一部だけ社長から流してもらった。
限られた情報からの解析結果、何らかの力が空間を歪めている事しかわからなかった。
それは当然で物理法則とは異なる法則、あるいは超越した現象でこれは確実と思える情報がない状態で解き明かせるなんて不可能。
せめて当時のグリニッジに観測機器を置いて収集したデータだったり、手元にリアリティ・ストーンでもあれば未知を解き明かせる手がかりになっただろうが……。
いや、インフィニティ・ストーンは流石に危険か。
縛りのある元学生だと流石に事前の仕込みも出来ないし、不自由なのはストレスがたまる。
まあそれも順調に行けば後1年位でS.H.I.E.L.D.崩壊からの証拠不十分で釈放されるだろう。
疑いをかけてくるフューリーも雲隠れするし、そうなれば少しは動きやすくなるかもしれない。
ただフューリーが雲隠れする前に一度は会っておきたい、その理由としてフューリーには地球人類の殆どが持っていない宇宙への伝手がある。
フューリーではなくソーに頼るのも手だが、S.H.I.E.L.D.崩壊時点でもほぼ他人のお願いなんて聞いてくれるか怪しい。
それを言ったら私の事を怪しんでいるフューリーも拒否る可能性はバカ高いが。
地球に定住している異星人を探すのもフリーになってからやるつもりだが見つかるとは限らない、そのために複数の手段をとっておきたい。
何にせよ異星人の高度な技術はガチで欲しいし、それだけの価値が間違いなくあると踏んでいる。
今こうやって設計図の三次元映像を投影しているテーブルを挟んで社長と議論している、反重力ユニット程度の技術を難なく実現している超隔絶した科学技術なんだから。
「で?」
「なんだその『で?』と言うのは?」
ピッ、と新しく小型化に成功した反重力ユニットの設計図に高出力化の案を組み込み、それに従ったJ.A.R.V.I.S.が設計図を書き換える。
「ここで設計図書き直してていいんですか?」
「……どういう意味だ?」
ピッ、と高出力化案が外されて出力安定化の案を入れる社長、それに従ったJ.A.R.V.I.S.が設計図を書き換える。
「ポッツさんですよ、折角の休みなんですから二人で出かければいいのに」
「君にそんな事を心配してもらう必要はないな」
ピッ、と出力安定化案を外して高出力化案と出力安定化案の折衷案を組み込み、それに従ったJ.A.R.V.I.S.が設計図を書き換える。
「表面上怒ってないかもしれませんが、内心不満が溜まったでしょうねぇ」
「………」
社長は無言で設計図を横に退かし、少し眉間に皺を寄せて言った。
「さっきから何が言いたいんだ?」
「いえ、せっかく社長が休みになったのに遊びに行かずラボに籠もりっきりなのはどうかなと」
「……君は僕の恋のキューピッドにでもなりにきたのか?」
「まさか、なんでそんな面倒なことしなくちゃいけないんですか」
正直社長は焦っているだろう、ニューヨーク襲撃もそうだが、今回のダークエルフ襲来も危機感を募らせるには十分すぎる。
外宇宙に対する監視衛星なども社長は打ち上げている、なのにダークエルフの艦がイギリスのグリニッジに現れるまでまるで気が付かなかったようだ。
社長が考えて作ったセンサーやレーダーを欺くステルス性能、同じく世界平均から逸脱した技術を持つS.H.I.E.L.D.の初動から見ても見逃した可能性が高い。
つまり地球最高峰の科学技術を持つ組織と個人が揃って出し抜かれた、外宇宙の文明からすれば地球など何ら脅威を覚えない辺境の低文明惑星に過ぎない。
社長もその程度のことはとうに察しているだろう、だから技術を高めようと研究に邁進している……、ように見える。
つまり何が言いたいかと言えば。
「気分転換してきたら?」
異星人のせいで気分が落ち込み、何とかしなければと頭の中が新技術開発で煮え滾っている、その上スターク・インダストリーズ会長としての仕事で肉体が疲れている。
トラウマ爆発してたアイアンマン3状態に戻りかねず、そのままにしてメンタルブレイクされたら全世界の人間が困ることになる。
そうならずに居たのは、偏にペッパー・ポッツの支えがあってこそなのは間違いない。
じゃなきゃメンタル弱めな社長ならとっくにメンタルブレイクしてサノスに完全敗北していただろう。
「J.A.R.V.I.S.、社長は最近休んでる?」
『いいえ、シノノノ様。 トニー様の平均睡眠時間は5時間を切り、直近では3時間48分しか睡眠をとっていません。 それとポッツ様とお出掛けになったのは2ヶ月ほど前になります』
身を削ってんなぁ、という感想。
だが理解できる、私は平行世界知識と言う指標があるし、そこまでメンタル弱くないと思っている。
だが社長は知らない、わからない、真っ暗な目の前の道を必死に照らそうとしている。
その真っ暗な道から全人類を簡単に滅ぼすような存在が急に飛び出てくるかもしれない可能性に怯えている。
そしてその危惧は一度起こり、二度目も最近起こった。
もう楽観視出来る状態ではない、だから身を削って道を照らそうとしているんだろう。
「いつまでも持たないでしょ、そんな生活。 困るんですよね、いざ社長が居ないといけない時に心身ボロボロなんて」
仮にそんな事になっても気力を振り絞って立ち上がるだろうが、そんなボロボロな状態より心身万全な状態で立ち向かったほうが能率が全く違うのは言われなくてもわかるだろう。
「幾つか設計パターン作っとくから、ちょっとばかりバカンスに行ったほうがいいんじゃない? J.A.R.V.I.S.もそう思うよね?」
『シノノノ様に同意します、トニー様は十分な休息を取るべきです』
「2対1、民主主義でこっちの勝ち」
「……いいか、君には──」
社長は拒否するつもりだったのだろうがそうは問屋が卸さない、J.A.R.V.I.S.と結託して社長は既に罠に嵌っている。
言い切る前に社長の携帯が鳴り、渋面でポケットから携帯を取り出せば発信者であるペッパー・ポッツの顔。
とっくにJ.A.R.V.I.S.へメッセージを贈り、社長の名前でポッツさんを呼ぶようにしていた。
社長に電話したのはポッツさんがこのフロアに入れないからだろう、危険人物の可能性がある私が居るこのフロアに大事なポッツさんを入れるような社長ではない。
『トニー? 貴方が用があるってJ.A.R.V.I.S.から聞いたのだけど』
「……話は後だ、忘れるんじゃないぞ。 あと僕は社長じゃなくて会長だ」
席を立ちながら指差して私にそう言い、着信を受けポッツさんと喋りながらエレベーターへと向かった社長。
私は手を振って見送る。
『感謝します、シノノノ様』
「言って聞かなかったんだから仕方がない」
エレベーターの扉が閉まった後、J.A.R.V.I.S.が感謝を述べた。
基本他人に泣き言を言わない社長、ローズさんやポッツさんにも殆ど漏らさない。
忠告した所で聞かないだろうからJ.A.R.V.I.S.に協力した、ポッツさんも巻き込んでちょっとリフレッシュして貰うことにした。
何もなければ次のアベンジャーズ案件は来年、キャプテンたちがヒドラの陰謀を阻止してのS.H.I.E.L.D.崩壊ではあるが社長が必要になるかはわからない。
もし必要になった時、ボロボロとか笑い話にもならないので休める時にちゃんと休んでもらいたい。
恐らく精神すり減らしてる社長の頭の中でウルトロン計画は出来上がっているだろう、ニューヨーク襲撃もダークエルフ襲来も国軍は敵の排除という点でまるで役に立ってなかった。
なので量産型アイアンマンを大量生産して、宇宙からの敵に備えようとしている。
新技術だったり基礎技術が上がればスーツは強力になる、私も社長もそれを理解しているから開発に勤しんでいる。
正直国もS.H.I.E.L.D.も外宇宙の敵には役立たねぇからなぁ、自分でなんとかしようって気持ちになるのはわかる。
その結果がソコヴィア協定なんだけど……。
一つため息を吐いて、テーブルに肘を突いて手のひらに顎を乗せる。
「人間関係は面倒だねぇ……」
来る非難を想像して辟易してしまった。
介入の余地はないんでダークワールドすっ飛ばし、作中の2013年も特にやることないんで飛ばすでしょう。
・サングラスを掛けたあの人
ただの特別出演ではなくMCU世界でちゃんとした設定がある人、実はコズミック・ビーイングまたはコズミック・エンティテーと呼ばれる超存在。