悪ならざる敵   作:百日紅 菫

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プロローグ

 「DETROIT SMASH!!」

 

 咄嗟に放ってしまった、自分の代名詞とも言える必殺技に、誰よりも自分が驚き、炸裂して吹っ飛んだ相手を心配する。

 相手からすれば巨大で強力な拳をまともに喰らい、コンクリートの地面をバウンドして壁に衝突した。

 砂埃が舞い、響いた轟音が共振して、ゆっくりと静かになっていく。

 

 「オールマイト!無事か!?」

 「私は大丈夫。だが、少年が…!」

 

 ナンバーワンヒーロー。平和の象徴と謳われるヒーロー、オールマイトに声をかけたのは、彼の唯一のサイドキックであるサー・ナイトアイだ。

 鉄よりも固い筋肉を持つオールマイトだが、今回ばかりは相手が悪い。ゆえにナイトアイも心配して声をかけたのだが、オールマイトの関心は吹き飛ばした相手に向いていた。

 

 徐々に晴れていく砂埃の中。どんな凶悪な敵も一撃で沈めた拳を受けて、無事であるはずがない。ましてや、14歳の少年がその拳を受ければ一溜まりも無いことなど、想像に難くない。

 けれど、そんな予想は空を切る。

 

 項垂れながらも、盗品の刀を握って立つ姿は、救うことを諦めないヒーローを彷彿とさせる。

 口からは、先のオールマイトの一撃を受けて耐えきれなかったのか、胃袋から逆流した胃液と、内臓が傷ついたのか、溢れ出した血が口元を濡らしていた。

 満身創痍。疲労困憊で、百孔千瘡。そして何より、四面楚歌。

 ナンバーワンヒーローと、そのサイドキック。加えて、数名のプロヒーローと、現場を囲む警察官。

 その全員が彼の敵であり、彼らの敵は少年一人だ。

 

 「アレを受けて、まだ立つのか…」

 「…っ!辞めるんだ、神守少年!このまま続ければ、君の体が保たないぞ!」

 

 ふらふらと覚束ない足取りで、神守と呼ばれた少年が前へ出る。

 垂れた前髪から覗く眼光が、大人であり、ヒーローとして強大な敵と戦ってきた彼らを射抜く。

 

 「うるせぇ……うるせぇうるせぇ、うるせぇんだよ!!はやく、死ねよ!!」

 

 下を向いたまま叫んだ少年は、ボロボロの体からは想像できない程のスピードで駆ける。50メートルの距離を、まるで空間を折り曲げたかのように一瞬で詰めた。

 

 「くっ!」

 

 気が付いたときには肉薄している少年に、今度は最大限まで力を抑えて、拳を振るった際に発生する風圧だけで吹き飛ばす。しかしそれは、たかが空中に吹き飛ばされるだけ。その程度なら、少年にとってはダメージに成り得ない。

 空中で体勢を整えた少年は、音もなく着地して、今度はオールマイトから見て右側にいるヒーロー目掛けて駆けていく。

 

 「死ね!死ね死ね死ね!…ゴブッ」

 

 少年の振るう凶刃がヒーローの首筋に迫ろうとしたその瞬間、蓄積したダメージの反動か、大量の血が口から溢れる。

 

 「少年!」

 「オールマイト!彼は敵だ!隙を見せるな!」

 「…っ、MISSOURI SMASH!!」

 

 動きの止まった少年の背後からダッシュで近づき、そのうなじに向かって神速の手刀が繰り出される。常人なら反応することなど不可能。同じヒーローや指名手配されている凶悪敵であっても、躱すことは難しいだろう。

 その技は、オールマイトの優しさだった。

 拳による力での制圧ではなく、気絶による少年の確保。

 すでにボロボロの少年に、これ以上の攻撃を加えれば、今度は少年の命が危ぶまれる。

 だからこそ、背後からの奇襲。首筋を狙った、拳に比べて攻撃力に劣る攻撃。

 ともすればそれは、オールマイトの甘さ故の攻撃。

 

 「なっ!?」

 

 それを敏感に感じ取ったのか、少年は前に倒れ込むことで神速の手刀をやり過ごす。

 後頭部スレスレを通り過ぎるのを待ち、横向きに踏み込んだ右足を軸に、背後に向かって大きく刀を振るった。逆袈裟に振り上げられた刀の切っ先は、反応の遅れたオールマイトの脇腹から右胸までを薄く切り裂く。

 

 「どんな反応してるんだ…!?」

 「まるで獣だな」

 

 バックステップで一様に距離を取るヒーロー達。

 

 彼らが相手にしているのは、たった一人の少年だ。

 全身ボロボロ。大人が、ましてやヒーローが相手にするには、あまりに貧弱な存在だ。脅威なのはその手に握る刀だけ。

 少年の犯罪歴だけを見れば、凶悪敵もかくやというレベルだが、ヒーローが十人近くも出張るほどの存在ではない筈だった。

 それこそ、ナンバーワンヒーローが出てくるほどの存在ではないのだ。

 

 だが、捜査によって分かった少年の経歴は、警察や並みのヒーローの手に余るほどのものだった。

 

 少年による被害者の数。

 重軽傷者及び、一般市民の殺傷数百余名。

 警察官の殺傷数、37名。

 そして、プロヒーローの殺害数、18名。

 

 ヒーローという仕事が世に出て数年。

 その後のヒーロー史を見ても、歴代最多を誇る被害者を出した犯人。

 

 14歳の凶悪犯、神守優。

 

 彼は、無個性だった。

 

 

 

 

 


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