悪ならざる敵   作:百日紅 菫

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初戦/幼き犯罪者

 神守少年が本格的に追われることになったのは、二人目のプロヒーローを殺害してからだった。

 それまでに、自分の両親と幼馴染の両親の4人、警察官を1人、ヒーローを1人、すでに殺していたんだが、それでも子供の個性の暴走ということで、事故の方向で捜査が進んでいた。その原因は、少年と連れ立って逃げていた幼馴染の少女の個性が関係するのだが、それは一先ず置いておこう。

 二人目のヒーローの殺害方法は、包丁による刺殺。個性を発動した形跡もなく、警察は現場に残った少年の血痕からDNA鑑定をした。その時の少年は、とある事情で個性登録を行っていなかったんだ。だから、どんな個性なのかも分からなかった。念力やサイキックのような個性で包丁を操ったのか、ヒーローの動きを止められるような個性を持っていたのか。少なくとも、一緒に居た少女の個性ではないことは分かっていた。

 しかし、結果として少年は個性を持っていなかった。8割の人類が個性を持つようになって数年、決してないとは言えないが、珍しいことに違いは無かった。それが、少年が無個性と分かった瞬間だった。

 けれど、無個性の少年が、大人を4人、警察官を1人、ヒーローを2人も殺したという事実が、事の重大さを物語っていた。

 包丁一本。

 オールマイトやランキング上位者ほどのヒーローでは無いとはいえ、厳しいプロヒーローへ至る為の道を乗り越えてきた者達だ。それを無個性の子供が殺すには、あまりに貧弱な武器だ。だからこそ、少年の個性を調べたわけだが。

 そうして、無個性の子供がプロヒーローを含めた大人を7人も殺すという大事件として、少年は世に報道され、捜査本部が置かれることになったんだ。

 だがまぁ、プロヒーローが殺された大事件と言えど、相手は無個性の子供。また、殺されたヒーローが無名の新人サイドキックだったということもあって、捜査は警察だけで進められることになった。そもそも、君たちも授業で聞いただろうが、無個性の犯罪者は警察の管轄。ヒーローは手出しすることができない。とまぁ、近年の大事件の中でも、初動が警察だけだった稀な事件になったわけだけど。

 

 それが良くなかった。

 

 9歳の少年と、13歳の少女。

 世界でも優秀とされる日本の警察から逃げるなど、ほとんど不可能だと思われていた。移動範囲も限られてくるし、移動系の個性も無い。お金や食料も無いし、直前の事件で少年は怪我を負っていた。

 当初の捜査範囲は、少年たちが住む町と、その近隣の市町村だった。警察は個性の使用を禁じられているから、警察犬や犯罪心理学者さんたちの助言をもらいながらの捜査だったけど、同年代の非行少年を捕まえるのに1週間と掛かったことが無い。

 だから、1か月経っても足跡の掴めない二人に、警察は手を焼いた。

 子供二人の足取りも掴めなかった警察に、当時は非難の嵐だったそうだ。

 そして、それを後押しするように、次の事件が起きた。

 

 事件現場は、捜査していた場所から遠く離れた某県だった。

 

 当時の世間の荒れ様は凄まじかったよ。

 なにせ、殺されたのは全く関係のない四人家族だったんだから。

 

 事件現場の近くには有名な神社もあって、そこに奉られていた宝刀が盗まれていたことも分かり、刀による斬殺だったこともすぐに分かった。

 だが、その後の足取りもつかめず、文化遺産でもあった宝刀を盗まれ、後手にしか回れない警察は、ついにヒーローへの協力を打診した。あくまでも、捜査協力として、ヒーローの武力は使わないことを約束して。

 

 その結果、1週間で少年たちの居場所を突き止めた為、警察の評判が下がり、ヒーローを称える声が増えたんだが、それはさておき。

 

 二人が隠れていたのは、港にある廃倉庫だった。

 警察は二十名近くで取り囲み、自首勧告の為の説得材料として、平和の象徴である私もその場に駆け付けた。 それが私と、二人の少年少女。神守優少年と冬神雪少女と出会った瞬間だ。

 

 「私が来た!!」

 

 重厚な鉄の扉を開け、私が先頭になって突入したとき、二人は倉庫の最奥で眠っていたよ。ボロボロの布を床に敷いて、どこかから盗んできた毛布にくるまって、肩を寄せ合って眠っていた。

 

 「………塚内君。私、余計なことしちゃったかな?」

 「…まぁ、起きていないようだし、大丈夫だろう」

 

 寝息も聞こえない程に静かに眠る二人を、起こしてしまう前に確保しようとした時だった。慎重に近づき、傍らに置いてある刀から回収しようとした、その瞬間。

 

 「ゆきねぇ…?」

 

 目を覚ました少年が、警察が回収しようとした刀を目にもとまらぬ速さで抜き放ち、一番近くにいた警察官の首を斬った。即死だった。

 子供ながらに、あまりに躊躇いのないその挙動に気を取られたもう一人の警察官が、今度は心臓を一突きにされた。

 子供で、寝起きで、重量のある刀を振るって。

 凶悪犯と言えど、私達は心のどこかで子供だからと油断していたんだ。

 

 その油断が、命取りになった。

 

 「…だれだよ、お前ら。またおれたちを捕まえに来たのか?」

 

 二人の警官が殺害された時点で交渉は不可能と悟り、彼らは銃を構えた。当然、私は何をすることもできないため、その場で見守ることしかできなかったけど。

 そして、最初の事件を起こした時の現場に、無名のサイドキックではなく自分がいれば、なんて考えを浮かべることなど、私にはできなくなってしまった。

 

 「…っ、そうだ!刀を捨てなさい!今ならまだ間に合う!」

 「少年!今の君は、取り返しのつかないことをしているんだ。だけど、今なら引き返せる。これ以上、罪を重ねてはダメだ!」

 

 十人近くの警察官に拳銃を向けられた少年は、怯むどころか臨戦態勢になった。ナンバーワンヒーローがその場に居て、全方位を警察に囲まれ、並みの敵なら降伏するような場面で、年端もいかない少年が戦いの姿勢を見せたことに、我々は二度目の動揺に襲われた。

 

 「雪ねぇ。起きて、雪ねぇ」

 「んん、優くん…」

 「逃げるよ。また、あいつらだ」

 「…うん、早く行こう」

 「全員殺す。雪ねぇは逃げる準備して」

 「優くん、私も…」

 「ダメ。雪ねぇが個性を使う必要は、ない」

 

 刀を構えた神守少年は、無個性とは思えない程の力を見せた。

 速さ、膂力、戦略、剣術。

 どれもが一流で、発砲を躊躇った警官たちを次々に斬殺していった。

 さすがの私も、法律がどうのと言っている場合ではなくなった。只管に防御に徹し、少年が疲労で倒れることを目的に、戦闘に参加した。

 

 背後で荷物を抱える冬神少女を確認した神守少年は、こちらへ視線を戻すや否や、先と同様の速度でもって切り込んできた。

 狙いは私。

 一太刀目は、神速の上段だった。左右にステップを踏みながら、視界から消えた時には驚いたよ。気が付いたときには目の前に居て、刃が顔面に迫っていた。

 

 「ぬおっ!?」

 

 咄嗟に白刃取りしたが、力のこもっていない柏手の中から刃を引き抜いて、二太刀目の薙ぎ払い、袈裟斬り、突きの連撃を放ってきたんだ。一応避けきることはできたけど、全てが紙一重。9歳で無個性の子供を相手に、ナンバーワンヒーローが防御に徹していたとはいえギリギリの攻防をした。それが、どれだけ重大で凄まじいことなのか、君たちにもわかるだろう。

 

 「は、はっやいな!!本当に無個性なのかい!?」

 「お前も、無個性だって憐れむのか…!死、ねっ!!」

 「ちがう!単純に少年の強さを褒めているんだ!それだけの強さがあれば、人を殺さなくても少女を守れたんじゃないか!?」

 「バカが!あんな奴ら、死んで当然だ!お前らも!あいつらと同じだ!」

 

 踏み込む度に一撃を見舞う少年は、文字通り必死だった。

 目の前の敵を排除し、守るべき少女の為に孤軍奮闘する。9歳の少年にはあまりに過酷で、当時の私達には、何故そこまで人を憎み、強く在ったのか理解できなかった。

 私たちは、少年の事を何も知らなかったのだ。

 

 「優くん!」

 「っ、ふんっ!」

 

 冬神少女の声に反応した神守少年は、地面のコンクリートが割れる程の力で踏み込み、跳躍。人1人分ほどの高さから、私を縦に真っ二つにしようと、最初の上段とは比べ物にならない程の力で刀を振り下ろした。

 瞬間、衝撃。

 

 「なぁっ!?」

 

 危機感故にその場から飛び退いた私は、さっきまで自分がいた場所の惨状を見て驚いた。

 

 「増強系でもないと、そんなんできないぜ…!?」

 

 粉々だった。

 コンクリートが、無個性の少年の手で、粉々になっていた。

 

 「雪ねぇ!」

 

 そうして私達が気を取られている間に、神守少年は冬神少女を抱えて廃倉庫の奥の窓から逃げ出していた。追おうと思えばできたけど、私達にはできなかった。

 

 少年と初めて邂逅した倉庫で殉職した警察官の数、6名。

 廃倉庫は血の海になり、少年と少女のことはほとんど分からなかった。

 

 君たちはもう知っていると思うが、その後、神守少年と冬神少女は5年間の逃亡生活を行い、その間にヒーローと警察の連合と計三回衝突する。

 その一度目が、先の我々の敗北。

 だが、そう。緑谷少年の言う通り。

 計三回。100名以上の警察官とヒーローを巻き込んだ少年との闘いは、その半分を少年に殺された。

 そして、知っての通り、神守少年と冬神少女が捕まることは無かった。

 

 我々は。ヒーローは、無個性の少年に、三度負けたのだ。

 

 

 

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