悪ならざる敵   作:百日紅 菫

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次戦/二人の咎人

 神守優と冬神雪は、互いが唯一の友だった。

 二人とも両親から虐待を受け、学校ではいじめに遭い。その全ての原因は、二人の個性故のものだった。

 

 神守優は無個性。それ故に、ヒーローとなって恩返しさせることを望んでいた両親から煙たがられ、家の中では存在すら認識されなくなっていった。また、個性を持つ者が8割を超えるこの世界で、無個性は度々弱者として扱われる。確かに、個性因子がある人間と比べれば、そもそも体の丈夫さから違うし、子供の世界ではいじめの対象になりやすい。

 

 そして、冬神雪。

 彼女は、とても強力な個性を持っていた。系統的には相澤君に近いかな。個性を持つ者を対象にする、効果だけを見ればヒーローにとても向いている、強力で脅威的な個性。

 個性の名は『凍結』。その効果は、対象の個性因子を媒介に、個性を扱う部位から凍結させ、本気で使えば最終的に人を内側から凍らせて殺してしまうことも可能。だが、最も脅威だったのは、個性を凍結させてしまう、ということだった。

 相澤君のように、一時的に個性が使え無くなるのではなく、完全に使えなくなる。個性因子を伝って、個性に関係する部位を凍らせるんだから、当然と言えば当然だけど。

 そんな強力かつ個性を失うかもしれない恐ろしい個性故に、冬神少女は多くの人から距離を置かれた。

 だが、周囲の人間にとって幸いだったのは、冬神少女がとても大人しい少女だったことだろう。個性を使うことも無く、誰に何を言われても怒ることも無く。

 故に、神守少年と同じく、いじめを受けることになった。

 人を害する個性で、人に逆らうことのできない性格。子供の感性は推し量ることができない程の摩訶不思議だ。だからこそ、少女は魔女と恐れられ、いじめに遭っていた。

 そして、両親はそれを助けようとはしなかった。

 少女の個性を、誰よりも知っていたからだった。

 

 だから、両親は少女を殺そうとした。

 

 死にたくなかった。殺される前に殺そうとした。気持ちが悪かった。

 両親は、そう言っていたそうだ。

 うん、そう。少女の両親は、少年に殺された。

 

 少女の個性は、個性因子を媒介にしなければ効果が無い。つまり、無個性の少年にとって、少女は無個性も同然だったんだ。

 無個性の少年が、無個性の少女に怯える必要はどこにもない。

 そうして、二人は同じ境遇の無二の友になった。

 

 

 けれど、少年が少女の為に、自身と少女の両親を殺して逃げるまでには、もう一つのきっかけがあった。

 

 親から虐待にあい、学校ではいじめられ、二人は助けを求めた。

 警察に、児童相談所に、ヒーローに。

 そのたびに家庭に調査が入り、証拠を掴めずに二人を放置していた。二人が大人を恨むようになったきっかけだ。

 何故、証拠が掴めなかったか。

 その原因は2人の親の個性だ。

 少女の母親の個性は『幻覚』。少年の父親の個性は『治癒』。

 これだけ言えば、察しのいい君たちならわかるだろう。

 

 助けを求めても、誰にも助けてもらえない少年と少女は、次第にすべてを恨むようになった。自分を、少女を痛める人間も、誰かを助けて自分たちを助けてくれない大人たちも、すべてが彼の敵になったんだ。

 

 それが、一度目の敗北を受けて再捜査した私達が知った、二人の過去だ。

 神守少年と冬神少女には、復讐する権利があったんだ。

 ヒーローや警察が助けることのできなかった自分たちを自ら助け。過剰防衛故に、他を助けて自分たちを助けてくれなかったヒーローや警察に追われる。

 成熟していない子供の彼らにとって、それがどれだけ理不尽なことだったのか。想像を絶する苦痛だっただろう。

 

 だから、私たちは決めたのだ。

 彼らを保護し、罪を償わせ、人並みの幸せを享受させることを。

 もう二度と、彼らを見放さないことを、胸に誓ったのだ。

 

 

 

 

 

 

 「良くも悪くも、今の世は個性を中心に回っている。個性によって悪が為され、個性によって正義が行使されている。個性は人権に等しい扱いを受け、個性によって周囲からの対応が変わる。個性は、その人の半分以上を占めるキーファクターになっている節がある。だから、無個性の人間は、その半分以上の何かが欠けた人間として扱われる」

 

 二度目の邂逅。

 体の芯から冷えそうな、極寒の冬。その年は大きく強い寒波が訪れていたのを、よく覚えている。

 最初の邂逅から2年経ち、少年は11歳、少女は15歳になっていた。子供の成長は早いもので、出会った頃より大きくなった二人は、2年の間にさらに人を殺していた。より正確に言うならば、神守少年が30人以上の一般人と、数人のプロヒーローを殺していた。また、彼らの噂を聞いて勧誘しに行ったのだろう敵の死体も、10人では効かない数が発見されていた。

 

 「知ってるか。何をしても、枕詞に無個性なのに、って言われて、まともに認めてもらえない辛さが。どいつもこいつも、ヒーローのように、って口にして、無個性が敵として扱われる辛さが。どいつもこいつも…どいつもこいつも!いつかヒーローが助けてくれるって!見放されてきた俺たちを、お前らなんかが理解できるわけねーだろうが!」

 

 「貴方たちのように、人を害しても許される存在になりたかった。暴力が認められて、より強い力を持つ人が称えられる、そんな世界に行きたかった。でも、無理でした。誰からも認められない、敵として力を振るわれる側だった私を助けてくれたのは、優君だけだった。私のヒーローは、優君だけなんです!貴方たちは…」

 

 「お前らは…」

 

 「「()たちの敵なんだよ!!」」

 

 そうやって吠えた二人は、神守少年を前衛に、殺した警官から奪った拳銃を使って冬神少女が援護をするという、子供とは到底信じられない戦闘をした。

 相も変わらず、むしろ強くなった神守少年は、正直言って並みのヒーローでは相手にならなかった。小柄な体格と、並外れた速さ、刀という武器を活かしたヒットアンドアウェイ戦法。一撃離脱する少年を捉えることは、私でも難しかった。

 

 けれど、それ以上に驚愕だったのは、前回とは違って早々に逃走を始めた冬神少女が、どこからか盗んできたのだろう車を運転していることだった。

 

 「なっ、なんで運転できてるのよ、あの子!?」

 

 叫んだのは、ミッドナイトだった。

 少年たちを無傷で確保するため、『眠り香』の個性を持つミッドナイト、『ファイバーマスター』の個性を持つベストジーニストに、私が個人的に協力を申し出たのだが、今回に関しては人選ミスだったと言うほかない。

 二度目の戦闘は前回と違って、逃走する少年たちを追う、追撃戦になったんだ。

 

 「オールマイト。こうなってしまっては、私たちにできることは少ない。彼らの動きを止めてもらえれば、私かミッドナイトで拘束できるのだが…」

 「そうだな…承知した!まずは私と警察で彼らを止めてくる!二人は追って、少年たちの無力化の準備をしておいてくれ!」

 「ええ、了解したわ。さぁ、行ってちょうだい、ナンバーワンヒーロー?」

 「ああ。私が、行くっ!!」

 

 冬神少女は未成年では考えられないドライビングテクニックで警察を振り切ろうとしたが、警察だって負けないくらいに優秀だ。

 それでも、警察は一定の距離までしか近づけなかった。

 

 「クッ、神守少年!危険だから車内に戻るんだ!」 

 「馬鹿が!そう思うんなら、テメェらがさっさと消えろ筋肉ダルマ!!」

 「むむぅ!ごもっとも!!」

 

 車体の上に立つ神守少年が、同じくパトカーの上に立つ私に向かって叫ぶ。

 この時から少年は、本当に無個性かどうか疑いたくなるほどの強さを持っていた。だって、信じられるかい?なんの個性も持っていない11歳の少年が、刀を自由自在に操るだけじゃなく、かまいたちを発生させるんだぜ?

 

 「塚内君!ほかのパトカーは下げさせてくれ!」

 「もうやってる!」

 「流石だな!それと、全力でアクセル踏んでくれ!」

 「何を…!?」

 「私が行く!!」

  

 縦横無尽に走る無数のかまいたちが、パトカーを破壊し、周辺の店や民家を切り裂いていく。走るだけで周囲を傷つける暴走車と化した二人を止めるため、全速力のパトカーから飛び出した。私が跳ぼうとすると、車が壊れちゃうから、もちろん力はセーブしたけどね。

 

 追うパトカーはいなくなり、2人を追い詰める存在は私だけになった。

 前回の失敗を省みて、油断など一切しなかった。

 傷つけない。傷つかせない。もう二度と、彼らを見放したりなど、絶対にしない!

 この手で救いきれなかったものなんて、数えきれない。どれだけナンバーワンヒーローだと持て囃されようと、見えない人まで救うのは不可能だ。だからこそ、平和の象徴として。救いを求める者が絶望する前に、最後の希望であろうとしたのだ。どれだけ離れていても、眼には見えなくとも、絶望の淵にいる者達が最後の一歩を踏み出さないための存在に。

 

 「君たちの罪は重い。だが!償えない罪など無い!君たちには、まだ未来があるんだ!」

 「……」

 「平和の象徴として、多くの敵と戦ってきた。だからこそわかる。君たちは、彼らのような悪とは違う!互いを想い、守る心を持つ、ヒーローの素質を持っている!!だから、今ここで!足を止めてくれないか!?」

 

 そう。

 彼らは凶悪犯だ。

 人を傷つけ、人を殺し。どんな過去を持っていようと、簡単には許されない犯罪者だ。

 それでも、敵のように単純な復讐心や、己の快楽のために戦っているのではない。

 神守少年は冬神少女の為に。冬神少女は神守少年の為に。

 互いを守るヒーローとして、私達と戦っているのだ。

 

 「…罪?人を傷つけることが罪なのか?」

 「そうだ!傷つけられた者達にも家族がいる!友がいる!一人を傷つけると言うことは、その人に関わる人も傷つけるということなんだ!」

 「だから、お前らは俺たちを助けてくれなかったんだな?俺たちが傷ついて悲しむ人がいないから。俺たちを傷つけることは、罪じゃないから」

 「それは…!」

 「だから嫌いなんだ。お前らは。自分達に都合の悪いことを罪だの悪だのと呼んで、それを叩くことが正義だと思ってる。傷つけることが罪?傷つけられた奴の知り合いも傷つく?それがどうした。そんなことは、昔から知ってる。雪ねぇが傷つけられているのを見て、俺が何も思わないとでも思ったのか?ふざけるなよ、平和の象徴」

 

 走って追いすがる私を見下ろして、少年は言う。

 

 「お前の光が眩しかった。救いを求めて手を伸ばしても届かないお前の光が、鬱陶しくてしょうがなかった。お前の存在は、絶望の淵にいる人間をどん底に突き落とす最悪の光だ」

 

 右手に握る刀を構えて、私の目を見据えた。

 

 「貴方は、きっと正義の味方なんでしょう。家族がいることが幸せで、友達がいることが幸せで、誰かのために怒り、誰かのために行動し、人を傷つける人を懲らしめることが正義で、貴方たちの常識に更生させることが正しいことなんでしょう。けど、貴方の正義は私達には届かなかった。私たちは生まれた時から悪だった。生まれたことが罪だった。それが今更、罪は償える?笑わせないでください。貴方たちにとっての罪は、私達が生きてきたうえでの常識で、正常です。だから、私たちを更生させると言うのは、私たちを殺すということ」

 

 運転席から、冬神少女が言う。

 正義は、ヒーローは、不要だと言う。

 

 「平和の象徴。貴方に、人を殺す覚悟がありますか?」

 

 冬神少女の運転する車のタイヤが道路との摩擦で悲鳴を上げ、速度を上げていく。街中をテールランプの赤い光を残して通り過ぎ、高速道路のインターを遮断機を破壊して突き進む。

 その後ろを、私は無言で付いていった。

 時速100キロを超えると言っても、本気で走れば私に追いつけない速度ではない。けれど、私は何をするでもなく、ただ付いていくことしかできなかった。

 神守少年と冬神少女の言葉に、何も言い返せなかった。

 平和の象徴。

 それは、理想のヒーローだ。

 すべてを救い、悪を挫き、悪意に怯える人々を照らす、正義の味方。

 けれど、悪意の中で育ち、悪意の中で正義を為した者にとっては、身を焦がすだけの太陽なのではないだろうか。

 私の存在は、二人を苦しめているだけではないのだろうか。

 

 「いい加減、止まれよヒーロー」

 

 だから気づかなかった。

 車上から飛び降りた神守少年の持つ刃が、自分の首元に迫っていることに。

 

 

 

 「オールマイト!!」

 「んぐぅっ!?」

 

 聞き覚えのある声に反応して、頬を削られながらもギリギリのところで回避した。

 

 「無事かしら?」

 「あ、ああ。助かったよ、ジーニスト」

 「礼には及ばん。しかし、戦場で心ここにあらずとは、貴方らしくもない」

 

 ベストジーニストの操る繊維が少年の刃に巻き付き、固定していた。

 だがそれも一瞬。

 無理やり繊維を引きちぎり、残った糸くずを振り払う。

 

 「なぁ。もういいだろ?俺たちとアンタらは、別の常識の中で生きてる、別の生き物だ。野生の動物に人間の法律を持ち込むのか、アンタらは」

 「貴方たちは人間でしょう?それなら、あたし達は貴方たちを止めるわ」

 「間違った道に進んでいるから?」

 「ああ、そうだ。君たちを更生させるのが、我々の仕事だからな」

 「やっぱり、相容れませんね、私たちは」

 

 停止させた車から冬神少女が降りてくる。

 並んだ二人は神守少年の方が小さくて、二人とも私の半分くらいの身長だった。

 

 「そこの平和の象徴には言いましたが、私達を殺す覚悟が無いのなら、さっさと消えてください」

 「そんな覚悟は必要ない。君たちは生きたまま捕え、更生してもらう」

 「次に起きた時には、ちゃんと話を聞いてもらうから。ね?」

 「うるせーよ、おばはん」

 「おばっ!?」

 

 二人の子供と、二人のヒーローの押し問答を見ていることしかできなかったが、その時に背筋に走った寒気は今でも忘れられないよ。

 今まで、直接的な脅威は神守少年だけだった。

 無個性とは到底思えない力、技術、速度。近、遠距離の攻撃手段を持ち、無個性故にヒーローが手を出せない、対ヒーローとしてはジョーカー過ぎる存在。

 だから、冬神少女の絶対零度のような視線を見た時、私はゾッとした。

 凶悪敵と出くわした時のような、脳内に警報が鳴り響いたような、そんな感覚。

 

 「優君、逃げる準備、しといてね」

 「!雪ねえ、それは…!」

 「大丈夫。三人くらいなら、少しで済むから」

 

 瞬間、周囲を冷気が覆った。

 肌が凍てつくほどの冷気。冬の寒さをも凍らせるようなそれは、白い靄を伴ってベストジーニストとミッドナイトの周囲を旋回していく。

 その靄が冬神少女の個性であることはすぐに分かった。

 パキ、パキ。

 個性因子を媒介に、個性を含めた全てを凍らせる個性。

 

 「これは…?」

 

 一際大きく、何かが凍った音が鳴る。と、同時に、靄が掛かっている地面に氷の華が咲く。

 パキ、パキ、パキパキバキン。

 ベストジーニストとミッドナイトの周囲で咲いた氷の華は、凄まじい勢いで二人の足元に迫り、止まることなく二人の身体の上で、その冷たく美しい花弁を開いていく。

 

 「くぁああ!?」 

 「くっ!二人とも、下がれっ!!」

 「オールマイト!その靄はっ!」

 「分かっている!二人は急いで処置を!」

 

 冬神少女の体から発せられる靄は、触れるモノ全てを凍らせる、彼女の個性だ。

 神守少年がヒーローの天敵であるならば、冬神少女は個性の天敵だ。その気になれば、数十人のヒーローに囲まれても、その全てを無力化できる。

 けれど、強大な力には、それ相応の代価が必要だ。

 それは君たちもわかっていると思う。

 例えば、入学当初の緑谷少年は、個性に耐えきれず体をボロボロにしていた。麗日少女は吐き気に襲われたり、轟少年は左右の力で体温調節しなければ凍傷になったり火傷になる。

 個性を含めた全てを、冷気だけで凍らせる。

 そんな個性の代償は、私達が考えている以上に大きかった。

 

 「っづぅうぅぁああ!!」

 

 冷や汗を垂らしながら蹲る冬神少女。その苦しみ様は尋常ではなかった。それこそ、たとえ話にした緑谷少年の個性に耐えきれない代償と同等か、それ以上だったよ。

 苦しみ、悶える少女に素早く駆け寄った神守少年は、私を睨んで言い放った。

 

 「…近づくなよ、平和の象徴。お前らが近づけば、雪ねぇは死ぬ。そうしたら、どんな手段を使っても、お前を殺す。刀が折れても、腕が砕けても、足を失っても、この身体が死んだとしても、必ず殺してやる」

 

 純粋な殺意。

 人を守るために放たれる殺意は、こんなにも力強く、美しいものだと、初めて知った。

 

 冬神少女を抱え、神守少年が夜の街に走って消える。

 

 私が、二人の少年少女に二度目の敗北をした夜のことだ。

 

 

 

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