呪いの絵画が飾られてあると評判の美術館を訪れて、さっそく受付に「呪いの絵画はどこですか」と尋ねると「はい、御案内いたします」と、存外ちっとも顔色を変えず私を案内するのだった。
やがて私は薄いガラスに護られる呪いの絵画を目の前にしていた。題は『彼岸の蔭』とされてある。なるほど場所はどこか山中だろう。小石ばかりの川の向こうから、白い女がこちらを睨んで顔を
が、これが本当に呪いの絵画なのだろうか? この絵画を観たものは必ず呪われるとの評判であるはずが、私は平気で、むしろじっくりと眺めてしまっている―――、
「いい絵画ですよね」
その言葉は唐突だった。ぎょっとして振り向くと知らない男が立っていた。間もなく男はニコリと笑って、こんなことを言い続けた。
「これは三途の川と解釈して良い。この絵の主人公は、女と入水自殺を図ったのでしょう。ですが、主人公は死を恐れた。恐れて、川から必死に這い出た。するとその時には、もう女はどこかに溺死していた・・・。要するに作者は、主人公に対する女の憎悪を
男が話しているあいだ私の心境は、男の解説に対する関心が半分、男に対する嫌悪が半分で占められていた。芸術が分からない私に、鑑賞する際の注目すべき技法や表現を詳しく教えてくれるのは、
「あの」
私は
「この絵画を見ると呪われるって本当ですか? 私たち、ぜんぜん平気じゃないですか」
と尋ねた。すると男はさっきまでの話を
「本当ですよ。実際に作者の友人と、画商との二人が命を落としています」
こんなことを言い出した。
「なぜ我々が平気で鑑賞できているか? それはこのガラスに護られているからです。
私は話を聞きながら、もっと顔を絵画に近づけてみた。
「どうです、色彩がより鮮明に表れて、女の
―――よく見ると女の
「ほんとうだ」
「どうでしたか?」
私は絵に関するあらゆる発見を男に語った。男は私の話を聞きながら、大抵はうんうん頷いていた。しかし話の進んだところによっては、いや違うと思いますと異議を唱えたりもした。議論はますます激しくなっていった。
いつか私は男と別れて、美術館を後にしていた。その時にはまるで自分が芸術の名人であるかのような気持ちだった。私は夕焼けの空に掛かった三日月を見上げて、ああ美しい・・・とか思ってみたりした。
それから幾日か経った後、私は或る画家の逮捕された
私はすぐにまた『彼岸の蔭』を観に行った。すると絵画は相変わらず薄いガラスに護られてあった。私はその絵画をしばらく
まず構図が悪い。観る者の視線を主役の女へ集める工夫が
私は
「はい」
「お久しぶりです」
「なんの用ですか」
「いえ、ちょっと暇でして、貴女と一緒にご飯にでも行けたらなと・・・」
「そうですか。ごめんなさい、気分じゃないんです」
電話を切って、すぐに男の連絡先を削除した。不意に空を見上げると、まあ、なんとも
呪いの絵画の評判は、それから聞いたことがない。