Fate/ Beyond Reverie 〜 月と巨人の原典 〜  改訂版   作:うさヘル

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第十七話 夜にある、それぞれの運命は(二) ー協力ー

SATOR

AREPO

TENET

OPERA

ROTAS

 

Alpha et Omega/私はすべての物事の始めのアルファであり、終わりのオメガである。

 

PATER NOSTER /我らの父よ

 

わたしは殺し、また生かす。

Ego occidam et ego vivere faciam;

わたしは傷つけ、またいやす。

percutiam et ego sanabo

 

過つは人の常、許すは神の業。

Errare humanum est, ignoscere divinum.

To err is human, to forgive divine.

 

あなたがたの思い煩いを、いっさい神にゆだねなさい。

0mnem sollicitudinem vestram proicientes in eum,

 

神があなたがたのことを心配してくださるからです。

quoniam ipsi curra est de vobis.

 

主よ、あわれみたまえ/キリエ・エレイソン

Kyrie eleison.

 

 

「本当に、いいんだな? 」

 

 

投影した弓を構えつつ、着々と準備を重ねる彼らへと質問を飛ばしてゆく。彼等より提案された策には、正直、今でも多少の不安を抱えている。だが、彼等の言動と経験を完全に信じるならば、彼らの出した奇策こそが今のところ最も消耗少なく敵陣へと突入可能な最善の策でありそうなのも確かだった。

 

 

「大丈夫だって、お前の能力とこいつのスキルがあれば、いける、いける」

 

「うむ、この距離で、というのは初めてだが、まぁなんとかなるだろう」

 

 

サガの軽口とダリの言に嘆息すると、二人の向けている視線の行方を追って天井へと向けてゆく。視線を向けた先の天井にある私たちが通ってきた穴とそんな穴から伸びる透明な階段の上には、鉄の鎖が横たわっていた。穴と階段の上にある鉄の鎖は、一つ一つが人の手のひらほどもある鉄の輪によってガチガチに組み合わせて構成されている。鉄鎖はサガに言われて私が投影したものだ。穴の先へと伸びたそんな鉄鎖の先端は百以上にも分離させてあり、さらに分離した先端の楔には簡単に抜けないよう返しを大量に施した上で、ステンドグラスの間とこの場所へと続く短い洞窟のあらゆる場所に埋め込んである。

 

 

「大丈夫……、か……」

 

 

―――何とも気楽に言ってくれるものだ

 

 

埋め込んだ洞窟の中から続いてくる黒い鉄鎖の行方を追いながら思う。こちらの気を知らぬといわんばかりに平然と視線を受ける鉄鎖は、途中からしなやかながらも熱に強いセラミックファイバー製の、同じく私が投影した黒塗りのザイルへと切り替わっていた。切り替わったザイルはダリの足元と手元に多重の円を作って一度収束すると、やがてダリの手元にある黒塗りの矢の端にまで伸びてゆく。透明な階段の上にあるザイルは、天井と天井から十数段ほど離れた階段の上にいるダリとの間を何十往復もしており、まるで山脈か何かのよう積み重なっていた。

 

 

「というよりも、その台詞は私たちが聞くべきだろう。エミヤ。この作戦の実行は君の分担する負荷がとんでもなく高いが、本当に大丈夫なのか?」

 

 

そんな感想を抱いていると、そんなザイルと繋がった矢を持っているダリが尋ねてきた。彼の表情は、今からでも私が不安の言葉を漏らしたのであればこの案はやめようとい言い出しそうな、そんな思いやりに満ちているかのようだった。

 

 

「問題ない。一体多数の掃討戦はそれこそ私の最も得意とする分野だ。―――任せておけ」

 

 

不純な要素のない思いやりが何よりうれしくて、そんな彼の不安を期待に変えてやるべく静かにうなずいてゆく。

 

 

「……そうか」

 

 

発した言葉からこちらの想いを読み取ったのか、ダリはそれ以上何も言わなかった。

 

 

「じゃ、俺、ちょっくら、仕事してくるわ」

 

 

沈黙を合図と受け取ったらしく、話は終わったなと言わんばかり、サガはさっさと洞穴の中に消えてゆく。そして。

 

 

「氷の術式……!」

 

 

少しばかりの間をおいたのち、洞穴の中からサガの声が小さく聞こえてくる。直後、大気中の水分を急激に凝結した際に発せられる特有の擦れた耳障りな甲高い音がしたかと思うと、目の前の洞穴の入り口付近の天井が多少振動し。

 

 

「氷の術式……! ―――氷の術式……! ―――氷の術式……! 氷の―――」

 

 

その後、同じようにサガが言葉を発するたび、天井に開いた穴の付近が多少振動する。パラパラと細かい土埃が落ちてくる中、そんな塵埃が目に入らぬよう腕を額に当てて覆いを作り、そんな急遽作った覆いの下から視線変わらず天井へと送っていると、やがてサガは青い液体を天井に開いている穴の中にばら撒く響と共に冬木の天井にぽっかりと空いている洞穴から出てきて―――

 

 

「氷の術式……!」

 

 

幾度となく繰り返した台詞をもう一度静かに言う。直後、彼の言葉を発動トリガーとしてスキルと呼ばれる技が発動し、見る間に洞窟の入り口は生じた冷気と水分によって凍りついていった。氷の術式。サガが洞穴の中で静かに繰り返し発し続けていたたそれは、アルケミストという彼らが使用することの出来る攻撃スキルだ。熱を操り氷を生み出すことは、彼ら新人類にとって基本中の基本スキルだ。だが、アルケミストと呼ばれるような、いわゆる戦闘職と呼ばれる彼らが用いるスキルは、新人類が日常的に用いるそれとは大幅に出力が違っている。新人類の彼らが使うそれがせいぜい人間の頭大の氷を生み出す程度であるのに対して、アルケミストの用いるそれは岩に等しい氷の塊を生み出すのだ。

 

 

そうして自らが用いるアルケミストスキルによって冬木の天井にあった出入り口を氷河のごとく凍り付かせたサガは、少しだけ階段を上って自らの生み出した氷で完全に塞がれた洞窟の前までゆくと、コンコン、と籠手で氷を叩いたのち、私たちの側にまで駆け下りてきて言う。

 

 

「―――おまたせ。上の方は特に念入りに氷らせておいたぜ」

 

 

サガは言うと、アムリタという己の精神力を回復する―――魔術師的に言うなら魔力を回復させるに相当する―――秘薬を飲みながら透明な階段を下り、ダリやピエール、響や私よりもセンタービルに近い場所へ向かってゆく。

 

 

「フリーズオイルをばら撒いて、鎖にも塗ったので、多分、強度も……うん、大丈夫なはずです」

 

 

さなか、サガと共に洞窟より出てきた響は、私たちの近くの階段の上まで留まりつつ言った。響の言ったフリーズオイルとは、武器などに触れたモノを凍らせる力を持たせるという道具だ。本来ならばそれは、武器に塗りたくって敵の身体から熱を奪うために用いられる道具だ。私たちはこの度そんな敵をから熱を奪うために使うための道具を、鉄鎖と鉄杭に塗りたくることで、鎖の先端埋め込んだ洞窟の壁や杭と地面に振りまくことで鉄鎖や鉄杭がより強固に土壁面と氷でくっついてくれるよう―――、接着補強の用途で使用した、というわけだ。そんな風にして念入りに熱を奪われて凍り付かされた鉄鎖と氷漬けの洞窟から伸びる鉄鎖に繋がるザイルは、その仰々し見た目から、たとえ釣り竿で地球を釣るような衝撃が生じようと幾分の間ならば耐えてくれるに違いないという印象をこちらに与えてくる。

 

 

「ふむ……、そちらの準備は完了というわけか」

 

 

準備完了の合図を見て聞いた私は、視線を鉄鎖からザイルへと移して辿ってゆき―――

 

 

「―――ダリ。君の方はどうだ?」

 

 

やがて視線がザイルの先端と繋がっている特別製の矢に至った瞬間、そんな矢を持つダリへと質問を投げかけた。私の言葉によってダリ以外の一同の視線が彼へと集中する。周囲の視線を受けた彼は、左手に修復済みの盾『アイアス』を握りなおすと、右手にしている黒塗りの特別製の矢を固く握りしめ―――、

 

 

「……ああ。問題ない」

 

 

静かに頷いた。

 

 

「―――よし、やってくれ」

 

 

ダリの言葉を受けた私は、もう一度全員の顔を眺めてゆく。退路を塞いだというにもかかわらず、見渡した彼らの瞳には迷いが見受けられなかった。まっすぐな視線には不退転の意思と絶対の成功させるという覚悟が宿っている。そんなまっすぐさに抱いた一抹の不安が、一気に払拭させられてゆく。―――否。

 

 

「了解だ。では……」

 

 

もはや迷いを抱く要素はどこにもない必要はない。私たちは選択した。私たちは覚悟した。私たちは成功すると誓った。ならばあとは望んだ未来を実現させるべく、突っ走るだけなのだ。見渡した瞳から感じられる熱情に背を押されるよう、視線を下方へと向けてゆく。さなかに新たなる矢―――すなわち攻撃用の剣を投影した私は、そのまま弓に番え―――、視線と切っ先を眼下へと向け、絞りをつけてゆく。視界の中では見るみる冬木の街の光景が狭まってゆく。集中によって瞬時に余計が排除され始めていた。だが、そうして目線を俯瞰から目的の一点へと絞りつつ移動させる最中。

 

 

―――あれは……

 

 

ピントを合わせるために開いたり絞られたりを繰り返す光景のなか、目標の場所である冬木センタービル隣の公園から少しばかり外れた東南方向にある丘と、丘の上にある特徴的な建物が不意に目端へと飛び込んできて。

 

 

―――冬木教会……!

 

 

ほとんど反射じみたレベルで、因縁深いそんな場所へと少しばかり意識を引き付けられてしまう。見た瞬間、意識の奥底から怒りが湧き上がってきた。怒り。それは、狙撃手と呼ばれる存在には不必要であるといわれる感情だった。いつもの私ならばそれを迷いなく切り捨てていただろう。だが今、この時、この瞬間のみは、やめようなんて思いは欠片ほども湧いてこなかった。むしろ意識は、それを意識することこそが今の私に必要なことであるのだといわんばかり、それははるか昔に過去の私の聖杯戦争の序幕が始まった場所にして、つい最近では未来の私が凛によって復活させられたという場所、そしてまた、少し以前に言峰綺礼という男が凛を処分したというそんな場所へと吸い寄せられてゆく。

 

 

―――言峰綺礼……!

 

 

その名が浮かび上がってきた瞬間、怒りのボルテージが一気に上昇してゆくのを実感した。頭がざわついている。怒りのさざ波は耳鳴りすらも呼んでいた。生まれたノイズは視線を外して目的地へと向けてゆくさなかにも収まってなんてくれなかった。歯軋りを抑えきれない。心臓は馬鹿みたいに高鳴っている。怒りなどの感情から発するこんな感覚は、焦燥や失敗を招く何よりの要素だ。だからこそ私はそんな感情を抱くこと自体を、普段ならば無様と断じて切り捨てる。だがそんな常ならば不必要と断じる要素を、しかし今私は、あえて切り捨てることなく望んで溜め込んでゆく。なぜならば今の私に必要なのは、敵の急所を気取られず静かに貫くアーチャーとしての必須な冷静さではなく―――

 

 

―――言峰、綺礼……っ!

 

 

敵に対して真正面から挑戦状を叩きつけるような、そんな烈火の意思であるが故に。背筋が熱い。溜め込まれた怒りが体中に伝播してあちらこちらをざわつかせてゆく。さなかにも心臓から発した信号が全身へと広がって、鳥肌のようなものが立つ。苛つきが止まらない。そう。これは苛つきだ、頭が痛い。耳鳴りがする。心臓が馬鹿みたいに高鳴っている。貴様だ。貴様という敵がいるからこそ、この痛みは治まらない。貴様と貴様の痕跡がこの世に存在している限り、私に平穏の時など決して訪れやしないのだ。

 

 

―――……っ!

 

 

若き上がる激情をもはや言葉に変換する事など不可能だった。とめどなく湧き上がってくる憤怒の思いを隠そうともせず、力づくで向けた鏃の先端を最速で目的の場所へと修正してゆく。だが。

 

 

―――……

 

 

やがてその先端を寸分違わず目的地である駅前パークと呼ばれる公園の中心に向ける同時、胸と頭の中に去来し続けていたすべてのざわつきが突如として収まった。……否。

 

 

「言峰、綺礼……!」

 

 

それは収まったのではない。それは分水嶺を超えたのだった。弦を持つ手から力を抜き、矢を解放する。ぷつん、と響いた音は、果たして弦の音だったのか、キレた私の脳が発した大人のかすらわからない。そうして溜め込んだ感情を叩きつけるかのよう射出された矢―――ランクの低い攻撃用の剣/宝具―――は、私の強化魔術と重力を受けて約四キロほども距離を瞬時にゼロとすると、予定通り目標としていた地面に突き立ち。

 

 

「壊れた幻想/ブロークン・ファンタズム」

 

 

投影した矢が冬木の懐かき大地に深く突き刺さったのを見届けた瞬間、一言呟く。同時、閃光が走り、夏の夜の霧に支配された冬木の街の闇を一瞬だけ光で塗り替える。遅れて鬱憤を晴らしてやるといわんばかり、耳をつんざくほどの轟音が通り抜けてゆく。光と音が生まれた地点では、宝具の爆発という現象によって土煙が生じ、同じく爆発によって生まれた風がそれらをまき散らして、白の光景が茶色く塗り替えられていっていた。

 

 

過剰な音と光に掻き混ぜられる世界。まるで時の止まったかのような静寂が訪れる。だが、そんな瞬間は刹那の内に消え去ってゆき、やがて光と音に遅れて生じた煙と風の影響すらも完全に消え失せゆこうとした頃―――

 

 

「――――――!?」

 

 

大地に蠢く魔物どもは当然のようにそんな異常事態に気がついて―――

 

 

「―――ッ!」

 

 

今しがた爆発起きた地点である駅前パーク周辺に群がる、爆発の影響を受けてなお原形をとどめていた幸運な犬型の魔物どもが真っ先に反応してみせる。

 

 

「ッ!」

 

 

己の領域に対する突然の暴力行為を許しがたかったのだろう。それは世界樹の迷宮に属する魔物が強く持つ、さらに言えば全ての生物が持ちえる抗い難い本能だ。あるいは縄張り意識の強い魔物らしく、突如として起こった未知な行為に怯えたのかもしれない。本当の王者であれば―――あの英雄王のように世界の全てを縄張りと豪語して憚らない性格の主なら、縄張り内で何が起きようが気にしなんてしやしない。些末に厳格に縄張りを定め主張して領有空間を侵害されたと怒りに震えるのは、その実そいつが自分の身に何が起きてもそれを当然と受け止められない肝っ玉の小さな臆病者である何よりの証拠と言えるだろう。

 

 

「――――ッ!」「ッ!」「――ッ!」

 

 

そんな犬型の魔物どもの臆病さを証明するかのように、犬型の魔物の怒り狂ったかのような雄叫びが次々とあがってゆく。魔物が暴力的な嘶く雄叫びを上げるその行為は、やがて冬木市の東にある駅前パークから中央にある冬木大橋を通り抜けると、さらには西方面にあるの深山街を伝って、さらに西の端の柳洞寺の方にまでが連鎖していった。そんな黒塗りの魔物たちの動作の時間差によって、冬木の街の地面の上には闇色の波打つ絨毯が生まれている。そんな闇の波の上はまた、闇よりも少しだけ濃度の薄い赤い光―――黒塗りの魔物たちの瞳の色―――の色で彩られてもいた。生物の原始的な本能と反射によって生まれたのだろうそんな光景はもはや生物的というよりもむしろ機械科学工学的で、まるでプログラムによって定められたとおりに暗闇の中で豆電球が点滅する様とよく似ていた。

 

 

十分に発達した科学技術は、魔法と見分けがつかない、とは著名はSF作家、アーサー・C・クラークの言だ。だがいやなるほど、どうやら十分に発達した魔法技術も科学と見分けがつかなくなるものであるらしい。

 

 

―――極めたのモノ行き着く先はどこも同じ、か

 

 

思う間にも疾走する赤と黒の光の波はやがてセンタービルも爆発の起きた公園すらも通り越し、街の東の端へと到達してゆく。

 

 

「ッ!」

 

 

直後、そうして西の端の奴らは、冬木の街を東の端から西の端まで横断した声に反応したのだろう、猛々しく咆哮し。

 

 

「――――ッ!」

 

「――ッ!」

 

「ッ!」

 

 

西の端の奴らの上げた咆哮がさらなる怒りの感情の呼び水となったのか、街中を包む雄叫びは西から東にかけてさらに勢いが強まってゆく。

 

 

「――――ッ!」

 

「――――――ッ!」

 

「――――――――ッ!」

 

 

生まれた反応が別の魔物の方向を呼び、連鎖によって魔物たちの雄叫びはどこまでも強まってゆく。呼応して、冬木の上の地面はまるで津波に飲み込まれた後の如き様相へと変化していった。音によって生まれる波はもはや視覚的にわかるくらい荒々しく、そんな波の乗算によって生まれる冬木の街の東西南北の地面に大きく細かく深く長く広がった黒と赤の波紋がやがて再び東の果てへと到達し、やがて返しに生まれた波紋はさらに細かく時間で切り刻まれ、さらにさらに再び冬木の西の円蔵山方面にまで到達した。その直後。

 

 

「――――――」

 

 

大に小に声を上げていた奴らは、西の端からぴたりと静まり返ってゆく。起こった変化はあまりに激烈で突然だった。街から一気に光の点滅が消えたのだ。今や冬木の街は、まるでMRIやMRAで瞬間だけを切り取った画像のようだった。違いは黒い背景染め上げているのが白ではなく、真っ赤な血液のような光であるという点だけだった。光景にむしろ、まるで押し寄せた潮が陸から一気に引いていくかのようだとの感想を抱く。おそらくは徐々にだったのだろうそれは、しかし今まさに動かぬという結果と合わさって、一瞬と見紛う錯覚を覚えたのだろう。けれどそうして一切の波紋消えた冬木の街を静寂が支配したのは―――

 

 

「ッ!」

 

 

まさに一瞬だった。そうして西の端、円蔵山を発端とする雄叫びが再び一つ発生したかと思うと―――

 

 

「―――ッ!」

 

「――――――ッ!」

 

「―――――――――ッ!」

 

 

再び雄叫びの連鎖が起こった。雄叫びは先ほどとまるで同じよう次々と冬木の街を横断し、同じくやがて冬木の街の東の果てにまで到達すると―――

 

 

「「「「「「―――ッ!」」」」」」

 

 

魔物たちの雄叫びによって再び冬木の街は包み込まれてゆく。先ほどまでと同じく繰り返されるそんな雄叫びにはしかし、先ほど以上に統率が取れているような節があった。先ほどまでの光景が自然の水に発生する波であるとするならば、これはまるで人為的に起こされた人波のよう―――、例えていうなら、戦闘開始の合図を受けて隊伍を組んだ兵士の群れが揃って猛々しい声を上げているかのようでもあった。すなわち、目の前の光景の光には、生物の発する意思的なものが含まれていた。

 

 

「「「「「「―――ッ!」」」」」」「「「―――ッ!」」」「「「「「「―――ッ!」」」」」」「「「―――ッ!」」」

 

 

 

一致団結したそんな雄叫びは、しかし西から東、大に、小にと繰り返され。

 

 

「「「「「「――――――ッ!」」」」」」

 

「「「―――ッ!」」」

 

「「「「「「――――――ッ!」」」」」」

 

「「「―――ッ!」」」

 

 

そんな動きの差異は先ほどと同じように、やがて黒い体の魔物が持つ赤い瞳の上下運動のズレとなり。

 

 

「「「「「「―――――――――ッ!」」」」」」「「「―――ッ!」」」

 

「「「―――ッ!」」」「「「「「「―――――――――ッ!」」」」」」

 

「「「「「「―――――――――ッ!」」」」」」「「「―――ッ!」」」

 

「「「―――ッ!」」」「「「「「「―――――――――ッ!」」」」」」

 

 

そうして冬木の街の地面の上は再び、赤と黒の波によって包み込まれてゆく。そうして規則正しい周期でうねる人波は、人並みというよりももはや、血管内を循環する血液のようでもあった。

 

 

―――どうやら先ほどの例えはまさに正鵠を射ていたようだな……

 

 

そうして己の出した仮説の正しさを確かめるかのよう、しばらく敵の動きを眺めていると―――

 

 

「む……」

 

 

強化した視界の中、犬型の魔物が頭を細かく動かして、きょろきょろとする姿が映りこんでくる。せわしなく動く魔物の頭ではまた、赤い瞳もが左右に動かされていた。統率乱して視線動かすその様はまるで、血管内に生まれた血瘤のようだった。つつけば噴出しそうな危ういそいつを注意深く観察してやると、犬型の魔物は人間がやるようあたりを注意深く探るよう細めている。挙動に、そいつの探し求めるものは東の駅前パークへと攻撃を撃ち込んだ下手人の姿とみて間違いないだろうとの確信を得る。そんな一匹の行動を発端に、やがて眼下にいるすべての奴ら―――西の端から東の端まで―――下手人の捜索へと向けられたことを確認した頃―――

 

 

「ではお望みの通りに……」

 

 

そんな頃合いを見計らって私は透明な階段を数十段ほど下ってゆくと―――

 

 

―――その下手人の場所を教えてやろう

 

 

私たちと離れて待機ずみだったサガの近くにまで寄り、その後ろに立ち止まると同時に再度投影した矢として剣を番えて、下方向けて一切の遠慮なしに放ってゆく。放たれた矢は蠢く闇の中を直進すると、地面と接触した瞬間―――

 

 

「壊れた幻想/ブロークン・ファンタズム」

 

 

私は口から呪文を解き放つ。言葉が放たれ終えると同時に矢となっていた剣は内部崩壊を起こし、眩い光と地面砕く威力をまき散らした。黒く染まった冬木の街は再び一瞬だけ白へと染めなおされ―――、やはり先ほどと同じよう、爆発によって生じた音と煙と風が街にまき散らされてゆく。爆発地点、公園付近にいた血腫の如き敵どもの赤と黒の身体が、再び、出血したかのよう空中へと飛び散った。

 

 

「――――――ッ!」

 

「―――ッ!」

 

「―――――――――、―――ッ!」

 

 

公園近くにいた爆発に呼応して統率乱した敵が、しかし仲間の犠牲を怯む様子もなく、次々と反応する。ざわつく街中の視線がこちら階段へ集中してくるのを感じる。闇の中をもう一度切り裂いた第二矢は魔物たちに、こちらの予定通り、行為の下手人が第五階層たる冬木の街の天井付近にいる奴らだということを悟らせたのだ。魔物たちの向けてくるそんな漆黒の殺意に満ちた赤い視線に応じるかのよう―――

 

 

「今更気付いたか、この間抜け……!」

 

 

わざとらしいまでの強い口調で挑発的な言葉を放ちつつ、思いっきり殺気をばら撒いてやる。

 

 

「「「「―――ッ!」」」」

 

 

すると直後、街にいた奴らはそんな侮蔑の言葉に反応したかのよう、一斉に猛々しく吠え叫び。

 

 

「―――ッ!」

 

 

やがてぶつけられる殺気を溜め込んでおく辛抱などたまらないといわんばかりに一匹が私たちの佇む天井へと続くセンタービルの先に続いている透明な階段を見つけると、センタービルの中へと飛び込んで。

 

 

「「「「――――!」」」」

 

 

そうして統率乱した一匹の周囲にいた魔物どもの視線は、一瞬にしてセンタービルへと集中し。

 

 

「―――――!」

 

「―――ッ!」

 

 

一匹の暴走は群れの暴走を呼び込んだ。

 

 

あいつだけに先を越されてたまるか。この胸のもやもやを一刻も早く、俺が誰よりも早く、晴らしたい。つまりは、敵を征服してすっきり安心したい。平穏が欲しい。鬱憤を晴らせ。世界を晴らせ。己を救え。誰よりも早く、一刻も早く、一秒でも先に、まず真っ先に俺だけでも救われたい。

 

 

世界の他の全てを犠牲にしてでも、己だけは救われたい。

 

 

そんな原始的な衝動に突き動かされるかのよう、ビルの近場にいる奴らは我先にと怒り狂った様子で結晶化したビルの内部へと飛び込んでゆく。ビルはそんな犬型の魔物どもの荒々しい侵攻をその内部に取り込んで、下から上へと赤く染めあげられていった。光に飲み込まれてゆく結晶化したビルまた、そうして次々に飛び込む犬型魔物の勢いによってだろう、長い体を前後左右小刻みに震わせてもいる。ビルが振動してうねる場面など、大地震か解体現場以外では滅多にお目にかかれるまい。

 

 

「―――来るぞ……!」

 

 

貴重な場面を観察できたのもつかの間、冬木の全景を見えるよう視線を俯瞰視点へと切り替えてつつ、言い放つ。広げた視界の先では、冬木の街を西から東へと横断して魔物たちが殺到してゆく光景が次々と更新され続けていっていた。そんな怒涛の勢いで押し寄せてくる犬型の魔物の瞳はまっすぐ前だけ―――、つまりは攻撃を撃ち込んだ下手人へとつながる透明な階段のあるセンタービルとこの場所と数百段はあるこの透明な階段にだけ、注がれている。こちらの予定通り、迷宮を傷つけられた奴らの瞳は怒りに染まっていて、下手人である私たち以外がまったく目に入っていない様子だった。

 

 

「そうだ! それでいい! そのまま群れてこちらに来るがいい!」

 

 

言いながら事をさらに計画通り進めるため再び投影した矢を番えると、主に冬木の東側へと密集した奴らに向けて放っては―――

 

 

―――壊れた幻想/ブロークン・ファンタズム……!

 

 

そんな矢たちを次々と爆発させてゆく。ビル近くの公園やその付近の空間では、闇が切り裂く光の華がいくつも咲いて散っていった。そんな爆発の光によって引き付けられるよう、魔物たちは冬木の西側から東側へと移動しては、冬木の街の東側―――新都方面のセンタービル付近で次々と起きる爆発に群がり、すでに自分たちのお仲間でいっぱいのセンタービルめがけて突っ込んでくる。センタービルの入り口はやがて、そんな次々と飛び込んでくる魔物たちの身体で、もはもはや入る隙間ないほど埋め尽くされていった。満員御礼千客万来のそんな状況のビルの入り口に、だがしかしそんなこと知るかと言わんばかりに、魔物たちは次から次へと押し寄せてくる。

 

 

「!?」

 

「―――!」

 

 

そうして押し寄せてくる砂粒のようなセンタービルに入れない魔物たちは、やがて―――

 

 

「ッ!?」

 

「!」

 

 

センタービルの周囲に群がる仲間のはずの魔物たちを踏み台とすることを選択した。

 

 

「―――」

 

 

怒涛の勢いでやってくるそいつらによって、入り口付近の魔物どもは悲鳴を上げることすらも出来ずに黒の中に消えてゆく。そうして冬木の街で最も高いセンタ―ビルの足元は、まるで手で砂を集めて山を積み上げるよう、黒い犬型の魔物に埋め尽くされていっていた。あるいは結晶化して赤く光っているセンタービルがまるザラメ塗した色付き飴玉のようで、それに群がる犬型の魔物が今や神経反応のみで動いている生物であることを加味するなら、まるで蟻がたかった砂糖菓子のような状態、と例えた方が適切かもしれない。蟲から複雑な神経の進化を辿って動物に至ったはずの奴らはしかし今、歴史の階段を遡るかのようにニューロンの結びつきから生み出される思考というものを失っていた。

 

 

ともあれそんなセンタービルの超過密の惨状とは裏腹、視線をそんな場所から外してゆくと、東側のセンタービルへと馬鹿みたいに魔物たちが集中する一方、本来魔物たちが多くいた冬木に街の西側―――すなわち円蔵山から深山町にかけての方面の魔物密度は薄くなっていっているのが目に飛び込んでくる。そうして見えた光景はまさしく目的通りのモノであり―――

 

 

―――ここまでは計画通り……!

 

 

「来たぞ、エミヤッ! 」

 

「!」

 

 

予定通りの進行に内心ほくそ笑んでいると、さなか、割り込んできたサガの声が聞こえてきて、意識が再び西から東へと引きずり戻されてゆく。そうして向けたセンタービルの屋上の端っこには、そんな屋上への入り口である建屋があった。折り返しの階段を設置するスペースしか存在していないのだろうそんな建屋の一面にはまた、自殺が珍しくもない時代の当たり前の処置としてだろう、屋上から飛び降りられてはたまらないとばかり、鋼鉄の扉が備え付けられている。だが今。屋上とセンタービル内の通行を制限するため、人の出入りを拒むかのよう、人ひとりが通るので精いっぱいな大きさによって重く固く封鎖されているはずの鋼鉄の扉は、そんな己を支える建屋ごと、頼りなさそうに大きく震えており。

 

 

―――来る……!

 

 

そうして振動していた頑丈なはずの鋼鉄の扉はやがて、まるで紙屑のように折れ曲がって吹き飛んだ。あまりにも乱雑に解き放たれた扉の向こう、建屋の中から現れたのは当然―――

 

 

「―――ッ!」

 

 

センタービルの中へと飛び込んできた犬型の魔物たちだった。犬型の魔物たちはついにセンタービル内部の全フロアを駆け上り終えたのだ。だが犬型の魔物たちは数十回もあるビルの踏破という苦難の達成を喜ぶこともない様子で、乱雑にあたりを見回した。そうして見る間に百の数を越していった視線の先、大した苦労もなく透明な階段を見つけた奴らは、やがて途端、当初の目標―――迷宮への侵入者にして、迷宮を傷つけた大罪人を排除するためだろう、怒涛の勢いで階段へと押し寄せてくる。

 

 

「……きたきたきたぁー!」

 

 

光景にたまらなくなったのだろう、サガが頓狂な叫び声をあげた。

 

 

「やるぞ、サガ!」

 

 

緊張感ないそんな声を合図に、『異邦人』のパーティーメンバーの中、唯一、私と共に彼らから少しだけ外れた数十段ほども下の階段部分にいるサガへと声をかけてゆく。

 

 

「おうよ!」

 

 

すると応じてサガが籠手を開放したのを見た瞬間―――

 

 

「―――投影開始/トレース・オン……!」

 

 

同じく投影した剣を弓に番えて攻撃の準備を整えてゆく。隣ではサガが先日の戦いの折にもやったよう光の玉を籠手の前に生み出して、眼下、透明な階段に殺到してこちらに向かってくる魔物たちへ向けていた。遅れじとこちらも剣をセンタービルの屋上の透明な階段上ろうとする奴ら目掛けて放ち、それがあたった瞬間―――

 

 

「壊れた幻想/ブロークン・ファンタズム……!」

 

「『核熱の術式!』」

 

 

着弾を確認した私は攻撃の威力を上げるために言葉を発し、サガはフォーススキルを発動した。叫び声と共にサガの前にあった光玉は形を崩し、光線へと変化し、直進した光がすでに私の引き起こした爆発へと突っ込んだ瞬間、魔術とスキルの二つが生み出した爆発と爆発は相乗効果を引き起こし―――、やがて大爆発を引き起こした。爆発、爆発、続く爆発に、閃光、轟音、炎上、爆風が乱舞する。ビルの屋上付近の空間は真っ赤な炎が舞い、生まれた風が空間に吹き荒れ―――

 

 

「ッ!?」

 

「―――ッ!」

 

 

センタービル屋上の階段付近に群がる犬型の魔物はそうして起きる爆発と風圧によって、あるいは粉微塵となり、あるいは身を焼かれ、あるいは吹き飛ばされ、あっという間に消えてゆく。一度生まれれば世界を永遠に侵食し続ける異端すぎる投影魔術の崩壊熱と、スキルという極まった科学と魔術の融合によって生み出された核融合という宇宙の原始の光の生み出す威力。共に極みへと達したといえる古臭い技術と最新の技術とが乗算されて引き起こされたこの度の爆発のそんな威力は―――

 

 

「ッ!」

 

「―――」

 

 

まさしく奴らの目を物理的に潰して、二度と見えなくしてしまうどころか存在を消滅させてしまうほどの衝撃を持っていた。起きた爆発によって、透明な階段の周りには犬型の魔物どころか、階段の周囲にあったはずのセンタービルの屋上の床すらも吹き飛んでゆく。

 

 

「やっべ、やりすぎた……?」

 

 

やがて目の前の現状があまりにも想定の範囲外で驚いたのだろう、サガが発動している術式を慌てて停止させた頃、生まれた荒れ狂う風によって噴煙や爆発の余波が地上の塵として失せて消えて現れる屋上は、爆発の中心点から大きく十数メートルにかけて抉り取られているとそう表現するしかないような、鉄筋とコンクリートがきれいな球状に失われた状態へと変化していた。……だが、爆発によって屋上へと静寂と空白が生じたのも束の間―――

 

 

「「「「!」」」」

 

 

味方が消失し、あるいは吹き飛ばされてゆくさなか、そんな死にゆく仲間や目の前の現状になど目もくれずに、屋上の建屋や爆発の衝撃で屋上床の消えて吹き飛んだ隙間の部分から、犬型の魔物は続々と現れる。そうしてセンタービルの屋上にある透明な階段へと殺到する奴らは、我先にと階段へと殺到して―――

 

 

「投影開始/トレース・オン……!」

 

「雷の術式―――!」

 

 

再びサガと私の連携攻撃の前に打ち払われてゆく。低ランクとはいえ人類の希望の結晶たる宝具の連続射出と秒の間も保ち続ける雷の効力―――100億ボルトの稲妻の威力によって、屋上に現れる奴らの体は次々と消失し、焼かれ、漆黒の体は暗闇の中に解けるよう消えてゆく。―――だが。

 

 

「―――ッ!」

 

「ッ!」

 

「―――ッ!」

 

 

もちろん、その程度のことでこの犬型の魔物たちはひるまない。否、生物は元々、余裕のない時に他者のことなんて気にしない。今の動物本能だけで動く奴らのとって、犠牲になった他の存在など他山の石以下の価値でしかないのだ。そんな全ての生物が持つ原始の本能―――自分の安楽に満ちた世界を壊す奴を消せ、というそんな衝動にのみ支配されている奴らは、つい先ほどセンタービルの入り口でやったよう、積み上げられる屍の上に屍を重ね、踏み越え、我が身を建築材料として透明な階段への架け橋にしてやってこようとする。

 

 

「多重投影開始/トレース・オン……!」

 

「雷の―――、大雷嵐の術式!」

 

 

増殖するその速度を前に、とても一撃の威力なんて重視していられない。品を変え、ただひたすらやみくもに連射と効果範囲を優先した威力を落とした攻撃を群がってくる敵へと叩き込んで敵を先ほどよりも多く吹き飛ばしてやるも、それでも手が追い付かない。

 

 

「―ッ!」

 

「――ッ!」

 

 

威力とはじめの頃こそわずかにしかなかった犬型の魔物が伸ばす透明な階段に到達する手は、やがて時間の経過とともに一つ、二つとその数を増やしてゆき。

 

 

「―――ッ!」「――――ッ!」

 

 

「―――――ッ!」「――――――ッ!」

 

 

「――――――――ッ!」「―――――――――ッ!」

 

 

やがてセンタービルの下方に群がる犬型の魔物の山が高くなるにつれて、三つは四つ、五つは六つ、七つは八つと、折り重なって際限なく増殖してゆく。そうしてセンタービルがもはや犬型の魔物によって完全に覆われ、積み重なった奴らの身体でセンタービルを中心とした山が出来上がり、もはや目を瞑って適当に撃っても敵に当たるだろうという、そんなひたひたと這い寄る奴らの手がやがて数百にも到達していったころ―――

 

 

「エミヤ……!」

 

 

攻撃のためにスキルを発動し続けていたサガが焦ったような声をこちらへと投げかけてきた。『まだか』、と呼びかけるようなその声に応じ、攻撃の手を止めないまま、視線を眼下、冬木の街の東のセンタービルから西の端の方面へと向けると―――

 

 

「―――あとは任せたぞ、サガ……!」

 

 

そうして視線を向けた先、円蔵山の付近にもはや犬型の魔物が一匹たりともいないことを確認した瞬間、攻撃の手を一切止めて振り返り、透明な階段を駆け上りながらその名を呼ぶ。

 

 

「おう! ―――おっしゃ、お前ら! 後ちょっと付き合ってもらうぜ! 喰らえ、大雷嵐の術式……!」

 

 

応じて、サガは細く透明な階段を上ってこようとする奴らに対する攻撃の手を再開する。サガの右手に装着された機械籠手より飛び出した雷は、最初の時ほどよりも広範囲に散らばり、私とサガとの応答のわずかな間に増えた透明な階段の上の敵を打ち払い、黒に染まりかけた階段は再びわずかな時だけ静寂さと透明さを取り戻す。大雷嵐の術式は雷の術式よりも威力に劣る代わり、広範囲の敵への攻撃を可能とするスキルだ。威力が落ちたせいだろう、そうしてサガの放つスキルは直撃してもほとんど魔物を仕留めることはない。だがそうして発動したスキルはそれでも十分すぎるくらいに威力を発揮して、階段に飛びついてこようとする魔物たちを細い雷の嵐で余さず打ち払ってゆく。

 

 

接地した部位から耐え難い電気が流れ込んでくれば離してしまうのが生物の本能というものだ。おそらく今のサガが広範囲に放つスキルの威力は、数銭と群れた奴らの一匹に冬の乾いた日のドアノブと手の間で生じる静電気ほどでしかないだろう。だが、そんなか細く小さな雷であっても、それが生物の皮膚である限り、耐えがたい量の電気の衝撃であり―――、つまりは電気が通用する奴らが透明な階段の上や群れ重なった奴らから自ら飛びのく程度の威力を持っていることに間違いはないのだ。

 

 

「ダリッ……!」

 

 

雷が扇のように敵を薙ぎ払うそんな光景を目端でとらえながら透明な階段を駆け上った私は、サガ以外のメンツと合流すると共に、その名を呼ぶ。

 

 

「―――あぁ!」

 

 

すると左手で盾を構えたダリは、先ほど仕掛けを施した黒塗りの矢を私に手渡してきた。手渡された矢の端に繋がる黒塗りのザイルは、長く幾往復もしながら、凍らせた洞穴から伸びる鉄鎖の端へと伸びて繋がっている。ダリはそんなザイルを右手でしっかと握りしめつつ、そんな天井と矢の間に伸びているザイルを可能な限り輪のように束ねて、自らの体へと巻き付けていた。

 

 

「こっちもいつでも」

 

「問題ありませんよ……!」

 

 

ダリの傍ら―――彼の上下の透明な階段の上からは、響とピエールからも声が返ってくる。手すりのない階段の上に自らの身を置いている響とピエールは、同じく透明な階段の上でザイルを巻き付け掴むダリの左右の足に片手で抱き着つつ、もう片方の手でつるりとした階段の断面を持って、自分とダリの体をその場に固定していた。準備完了の返事と態度を確認すると、周囲の闇と同化する色をした矢を番え。

 

 

「……ではいくぞ!」

 

 

同時に弦から指を放し、やがて矢羽の部分にザイルが結びつけられた過剰と思えるほどに強化を施してある矢を虚空に向けて射出した。直後、矢羽の代わりにザイルなどという余計を抱え込んだ黒塗りの一矢は、しかしそんな事情など素知らぬといわぬばかり、目的地向けて空中を一直線に突き進んでいった。撃ちだされた矢が冬木の街の上空を切り裂き、横断してゆく。確認した私は透明な階段を数十段駆け下りて再びサガへと近寄り―――

 

 

「投影、開始/トレース・オン―――!」

 

 

再び投影した矢を即時眼下の魔物たち目掛けて解き放つ。そうして攻撃のために放たれた矢が予定通りビルと地面との中央にて接触する直前で―――

 

 

―――壊れた幻想/ブロークン・ファンタズム……!

 

 

「!?」

 

 

サガが両目を瞑って首をそらすを確認したと同時、私もサガと同様の仕草をして、極限まで熱と風の威力を閃光生むためのエネルギーへと転じさせた宝具を爆発させる。そうしてビルと地面との中央に生まれたサガの雷の連撃にすらも勝る線香は、予定通りにその場へと集まってきていた表層の奴らの目を完全に瞑らせて―――

 

 

「『フロントガード』ッ!」

 

 

くらくらとして一瞬だけ直後、背後からダリのそんな声が聞こえてきたかと思うと―――

 

 

「―――ッ!」

 

 

さなかにやがてすぐ近くで金属同士が擦れるような耳障りで甲高い音が響き渡り―――

 

 

「―――ぬ、……ぐぅ、……っ! 」

 

 

そんな不快な音の重なりの隙間を埋めるかのように、後方から低い悲鳴のような声が聞こえてくる。

 

 

「投影、開始/トレース・オン―――!」

 

 

―――壊れた幻想/ブロークン・ファンタズム……!

 

 

眼下の魔物への攻撃を緩めないさなか音の正体を知ろうとちらりと目端を向けると、ほぼ間断なく撃ち込まれる雷光と爆炎の生み出すフラッシュの連続がその場の光と闇の主役を入れ替え続けていて、そんなストロボカーテンの向こう側からはダリと響とピエールのシルエットの輪郭情報しか読み取れない。パラパラと写真をめくり続けているかのような光景に見える三人はまるで、橋を支えるために埋められている足―――橋台すら映っている設計図のようだった。

 

 

また、そんな白と黒の光の重苦しい緞帳のわずかな隙間を縫うかのようにして見えるシルエット以外に詳細な情報として伝わってくるのは、重い物体同士が擦れ合ったときに発生する独特の甲高い音と―――

 

 

「ぎ……っ、ぐ……!」

 

 

先と同じ、誰かの―――間違いなく、歯を食いしばっていることによってしか生まれない、エナメル質の物体が軋む音と、腹の奥底から絞り出された悲鳴の三つだけだった。勢いよく射出された矢。そこに繋がれた鎖とザイル。三人がくっついたシルエット。矢の向かう先。加速度。重力。耐える音。歯の軋む音。そして、事前にダリがそんな射出された矢と繋がった先を体に巻き付けていたというこの状況から考えて―――

 

 

「ぐ……、ぐ……っ!」

 

 

地響きのような悲鳴がダリという男のあげた―――その金属鎧の上に担がれている身体の右肩から左腰に掛けてを勢いよく這って通過していっているだろう、そんなザイルの先端が結びつけられた矢の衝撃によって生まれたものであるのは明らかだ。そう。より正確に言うならば、私が先ほど放った闇色の矢の端に括り付けられたザイルの生む摩擦と進行と落下の勢いとザイルや鉄鎖の重量とそれらを支えなければならないという力が、彼という人物を苦しめているのだ。

 

 

「ぐ……、ぬ……っ!」

 

 

ダリの役目は言ってしまえば、釣り竿のリールのそれに近い。空中を勢いよく直進する矢の尾っぽに結び付けられている山脈のように折れ重なっているザイルは、ダリという優れたリール―――支点と中継地点によって一定の速度と力とを保って空中に放り出されているからこそ、一切絡むことなく勢いよく空中に伸びて続けることが出来ているのだ。だがリールと違って、その場で回転すること許されない釣り竿の役目をも求められたダリは、だからこそそうして勢いよく飛び出てゆくザイルの威力をそのまま受けざるを得ずにいるのだ。

 

 

「……っ!」

 

「あと少しだけ踏ん張ってくださいよ……、ダリ! 作戦の成否はこのザイルとかいう縄が絡むか否かにかかってるんですからね!」

 

 

そう。ピエールの言う通り、この度の作戦は、射出した矢に繋がるザイルが絡まってしまえばそこで終わりである。だからこそダリは決してそんな事態にならぬよう、物理攻撃―――自らの体に負荷として掛かってくる威力を軽減するスキル、フロントガードを使用してまで、ザイルを支えている。しかしパリングと違って所詮フロントガードは物理攻撃の威力を『軽減』するだけスキルである。そう。無効化でなく軽減なのだ。

 

 

長さが優に十キロメートル以上にも及ぶ化物ザイルの生みだす威力と重量をしかし無効化してやっては、放たれた矢は繋がるザイルごと勢い失って墜ちてゆくばかりで目的地までは届いてくれない。重要なのは、放たれた矢が勢い殺されつつも目標通りの場所に突き刺さり、この場と円蔵山近くの目的地―――穂群原学園の校庭との間がザイルで繋がれることである。……そう。

 

 

私たちの目的は、この化物ザイルで私たちのいる場所と敵本拠地近くとを撓ませることなくつなぎ、ショートカットを敷くことにあった。

 

 

魔物が東側に集中している今、薄手となった敵本拠地近く目掛けて空中から地上へ一直線の道を引けば、あとはその道を辿ってやるだけですぐさま敵の本拠地の近くに辿り着く。ちなみに本陣であるだろう円蔵山の中腹にある池付近に矢を放たなかったのは、敵の本拠地や階段のあるだろう付近という、いわゆる番人部屋に等しいだろう場所を攻撃する愚行を避けるためと―――、世界樹の迷宮においては次の階層へと続く階段にはたいてい、付近から前の階層へと続くショートカットが―――それも終わりから始まりの階段に向けて一度通ってやらねば開通しないショートカットが設けられているという経験則によるものだ。

 

 

本来ならばズルともいえるような世界樹の迷宮が許さないだろうそんな近道を、しかし、世界樹の迷宮は一度開通した強者にのみ使うことを認める。つまり私たちの案とは、そんな本来ならば終わりから始まりに向けて不可逆にひかれている一度その迷宮の層を攻略した者だけが使えるようになるショートカットを、しかしこの度、自力で無理やり開通してやろうとすることにあった。この作戦の成功は、それこそ迷宮の一層を攻略したかのような利を―――、例えばこの度の場合には、私たちへ万の魔物を相手にするという消耗の回避という多大な報酬を約束する。だが―――

 

 

「ギ……、グ……」

 

 

開かれていない未知なる場所と未知なる場所を無理矢理線で繋ぎ、道とする。しかもこの度は、本来ならば均す地面すら自分たちで作るというおまけつきだ。道というよりは橋。橋というよりは縄。縄というより、それはこの距離で見るなら、線だ。紙面上でやればそれば本当に、ただ天の点と地の点を一本線で繋げるだけの瞬時に済む作業。だがそんな机上であれば容易い空論を実現させるだけの二点間を繋げるための代償として、実在の重みをもつ長さ数キロにも及ぶザイルの重みが空中へと飛び出す勢いと重量がダリの体を蝕んでいる。それはまさに、言うは易く行うは難し、ということわざを証明するかのような光景と音色だった。

 

 

そう。ザイルと金属鎧の間で奏でられる耳をつんざく甲高いその音と彼が懸命に歯を噛み締めることによって発生する不協和音は、そんなザイルのもたらす衝撃と痛みにダリが耐えているという何よりの証であり。

 

 

「「「―――ッ!」」」

 

 

加えて、そんなダリの様子に気付くことなく視線をこちらへとダリから離れた場所にいる私たちへと固定したままの、猛然とした勢いで透明な階段やセンタービル、そしてそんなセンタービル横に積みあがる仲間の身体踏みつけて犬型の魔物がこちらに駆け上がってくる光景や、視線を後ろから正面へと向けるさなかに映りこんできた目の前の子のセンタービルめがけて犬型の魔物が冬木の街を西から東に大移動してくるそんな光景はつまり、私たちの立てた作戦が予定通りに進行しているという証でもあった。

 

 

「よっしゃ、もっときやがれ! ―――大雷嵐の術式!」

 

 

そう。サガの言う通り、敵の意識は攻撃を放つ私たちへ集中しており―――、つまりこちらの計画は当初の目論見通りに進んでいるのだ。そうとも。迷宮を傷つけられた場面を見た魔物たちは予定通り、怒り狂ってこちらにだけ意識を向け、殺到してきている。迷宮を傷つけられた怒りか、はたまた自らの内側から生じる怯えによって生じる衝動故か、そうして猛然とした無我夢中の勢いで殺到する迷宮の魔物たちが、しかし迷宮に敷かれているルール通りにだろう、律義に迷宮に敷かれた透明な階段を用いてやってこようとするのも計画通りだ。あとは先ほど放った周囲の闇と溶け合う色の矢とザイルが敵に見つからぬよう予定通りに空中あるポイントで停止し、円蔵山の東南にある穂群原学園の校庭へと突き刺さるのを待つだけであり―――

 

 

「グ……、グ……!」

 

 

だがそんな計画の成否は、矢が無事に敵陣中央付近に到達するそれまでの間、後ろで苦悶の声を漏らすダリという男の双肩にかかっている。彼の足元はつるりと滑る階段であり、踏ん張りが効きにくい。一方でザイルは、まるで針先の矢をクジラにでも呑みこまれたかのよう、あるいは地球に針先をひっかけてしまった釣ってしまったマグロ漁船の糸か何かのよう、まさに射出という勢いで空中を突き進んでゆく。

 

 

さなか、空中を糸が進むにつれてやがて後ろからは、ガリガリガリガリ、金属を鑢で削ったかのような耳に障りの悪い硬い音が聞こえてきて。そんな射出された矢の加速度と重力の勢いを受けて目的地に辿り着こうとするザイルの威力とダリがそんなザイルの勢いに負けぬよう金属纏った足で透明な板を踏ん張る威力の反発とによって生まれた、スキルによって軽減された摩擦の音らしきは、徐々にその大きさを増してゆく。

 

 

「…………!」

 

 

もはやダリは歯軋り以外の音を出す余裕すらも失っていた。そうして今にも落ちてしまいそうな消声のダリが、しかしそれでもギリギリ何とか踏ん張れているのは―――

 

 

「んぎぎぎぎぎぎぎ……!」

 

「―――っ!」

 

 

彼の足元に縋りついている響とピエールの注力もあってのことなのだろう。二人の態勢は視線を向けることなくとも、その声と先ほど目に焼き付いた橋台のような彼らの状態と、事前に建てた作戦の概要から、容易に想像することが出来ていた。おそらく二人は当初の計画通り、そうしていかにスキルを用いたとしても射出の勢いによって浮き上がりそうになる彼の体の足元で、しかし彼が決してその足を浮かさぬようにと、彼の金属鎧に包まれた足を抱え込み、さらには二人が使用できる日常レベルの氷術にて彼の足元を階段ごと凍らせている。

 

 

彼らがそうして透明な階段の上に即席の足場を広げて作り、必死になって凍らせた両手でダリの体にしがみつきながら、一方で両足をべたりと膝まで接地させて自らの体を用いて振動分散させているからこそ、ダリは透明で細い橋から滑落することもなく、長さキロメートル以上、重さにしてトンを超える太いザイルと鉄鎖が勢いよく空中へと飛び出してゆくそんな衝撃に、この本来ならば立つのも精いっぱいな広さしかないはずの透明な階段の上、ザイルよりはるか軽い体で耐えられているのだ。やがて彼らの献身と私たちの攻撃が続くさなか―――

 

 

「―――っ、…………ぅ、はぁ……っ!」

 

 

突如として後部から聞こえてくるダリの呼吸に変化が起こった。彼は息を吐ききったのち、思い切り息を吸い込んだのだ。呼吸の変化の音は、魔物たちが減少する時間を考慮するために一定以上空中に滞在することを余儀なくされたそんな矢が、しかし予定通り穂群原学園の校庭の上へと着地して、空中に道が生まれたという何よりの証明に違いなかった。それは背負っていた重荷を目的の場所で下ろせた人間が吐く時にだけ聞こえてくる、とても特別な安堵の想いを含む音色だった。

 

 

「―――っ!」

 

 

そんな特別さに誘引されてだろう、思わず眼下やセンタービルの敵を攻撃する手を止めないまま強化した視線を西へと向けてゆく。すると瞳には穂群原学園の校庭にまで伸びたザイルの先―――地面とザイルの設置部分付近が凍り付いている光景が飛び込んでくる。張り詰めたザイルの先にあるそんな光景は、間違いなく矢の刀身にフリーズオイルを塗っておいた黒塗りの特別製の矢が無事地上へと着弾した証であり。つまりはこの十数キロ以上にもわたる二点間を線で結ぶという私たちの作戦が順調に進行していることを表してもいた。

 

 

「サガ!」

 

 

そうして計画の順調を示す氷が見えた瞬間、アルケミストのその名を叫ぶ。

 

 

「おうよ、了解だ! ―――加減はするが多少はお熱いぞ、我慢しろ! 炎の術式!」

 

 

直後、私と共に眼前眼下に攻撃を放っていたサガは振り向き、巨大な機械籠手を装備していない方の手を構えるとその場で大きく叫ぶ。アルケミストのスキルの真の力を発揮するためにある補助器具の籠手の力を利用せずに放たれた炎は、もちろん先ほどまで放っていたアルケミストが通常放つ炎の術式のものよりもずっと低威力のモノであり―――、だがアルケミストとしての極みに立つサガが放つその炎は、日常使うには大きすぎるものでもあった。

 

 

ダリの下半身目掛けて放たれたそんな小さな中途半端な大きさの炎は、それでも直撃した部位とその周囲の氷を蒸発させるに十分な熱を―――、それでいて、足元に作った足跡の氷足場を溶かさない器用な熱量を持ち合わせていた。アルケミストのサガの宣言通り、氷を瞬時に液体状態すっ飛ばして気体へと返すほどの、しかし一定の範囲以外を溶かさない炎が、凍り付いているダリの腰部付近に直撃する。

 

 

「ぐ……」

 

 

そんな器用な炎の余熱はしかし金属鎧を伝わって多少ダリの肉体に害を―――苦痛をもたらしたのだろう、ダリは少しばかり苦い顔を浮かべた。分子の過剰な振動によっての生まれる熱の痛みは、おそらく電子レンジで加熱した料理入りの陶器皿を持って移動させる際に耐えねばならぬ痛みと近いに違いない。熱さに耐えられないことはないが、熱いものは熱い。持つことは可能だし、料理は言ったそれを運ばぬわけにもいかないから熱くても触って耐えざるをえないが、痛いものは痛い。そんな耐え難いとは言い切れぬが忍び難くはある痛みが、きっとダリという男の眉を潜ませているのだろう。

 

 

「っ!」

 

「―――っ!」

 

 

否。だが、そうしてダリと同じく炎の恐怖と痛みに晒されたはずの響とピエールがダリよりさらに苦悶の表情を―――、眉間にしわを寄せ、汗をにじませて歯を食いしばっているさまから逆算推測するに、あるいはダリという男は単に、突如として生み出された炎に驚いて顔を歪ませただけなのかもしれないと思いなおす。

 

 

―――ともあれ……

 

 

そんな日常スキルにしては大きい、かといって戦闘用として使うには物足りない程度の大きさの炎によって、凍り付いていたダリの足とサガ、響の手の氷は溶かされてゆく。そうして自ら作り出した氷の戒めより解放された彼らの内、響とピエールは、ダリにほとんど変わらない姿勢のまま―――つまりは、両足を膝から足の甲まで完全に透明な階段上に作られた白い氷の即席の足場に置いたまま、両手を即席で自らたちが作り出した氷の床の上へと置いて、大きく肩で息をしている。見れば二人の体は、小刻みに震えてもいた。曲がりなりにも摩擦から熱を得続けていたダリとは違い、そんな摩擦から生まれる熱や勢いを殺すために自らの体を凍らせ続けていた二人の手足は、ほとんど凍傷寸前だった。

 

 

「―――感謝する……!」

 

 

ダリは言うとしかしそんな彼らに視線を落とすことなくむしろ見上げると、天井付近にまで伸びたザイルの行方を追わせてゆく。そうして彼は視線で予定通り、天井より垂れさがった鉄鎖の先端から一本のザイルが地面にまで伸びていること確認すると―――

 

 

「先行する……!」

 

 

彼はそれに旧迷宮二層の火喰い鳥の落とす『赤玉石』といまだにどこで採取されているかよくわかならいとかいう曰く付きの『呪われた鎖』とかいう素材で作られているという、熱を片っ端から溜め込む性質の石とひっかける対象の大きさに応じて勝手に形状変化する怪しげならがとても頑丈で便利な鎖を組み合わせて作られたカラビナ―――ひどく頑丈で、輪をひっかけた対象と摩擦によって生じる熱を限りなく溜め込んでは、そんな溜め込んだ熱を用いて自己の形状をひっかけた対象の大きさに変え続け、しかも輪が重力や加速度に従って滑り落ちる限りは絶対に外れないうえ、八セする衝撃を一部を吸収しては輪と繋がった先の対象を一定の速度に減速させ続けて、どのような高さから飛び降りようと確実に使用者の命を守るとかいう、つまりは落下速度自動調整機能及び移動方向調整機能付き絶対安全カラビナとかいう、山に命を賭けるクライマーなどが聞いたら怒り出しそうな便利アイテム―――を冬木の地面と天井との間に伸びるザイルへひっかけた。

 

 

―――準備は完了か……!

 

 

瞬間、迷わず動く。最大強化を施した左足で透明な階段の地面を思い切り踏みしめ、もう片方の右足の足裏を振り上げると―――

 

 

「蹴るぞ!」

 

 

私はすかさずダリが手にしていたザイルを奪い取って確保したうえで一方的に宣言し、ダリの背中へと全霊の蹴りを叩き込んでゆく

 

 

「あぁ! ―――ぐぉッ!」

 

 

ダリの金属鎧と私の靴底の鉄板が衝突し、鈍い音をたてる。同時、蹴りにより勢いを増した彼の体は一瞬重力を無視したかのように一瞬だけ真横に進むが、そんな天井や地面と平行方向への勢いの一部は、すぐさまその二点間に斜めへ敷かれたザイルの動きの制限と落下速度自動調整機能及び移動方向調整機能付き絶対安全カラビナの軌道修正力と重力の影響を受けて下方向への勢いへと変化し、最後には横方向と下方向の力は合わさって斜め移動のモノへと変化する。

 

 

「お、……おぉ、…………おおおおぉぉぉぉぉ―――」

 

 

そしてダリは、冬木の夜の闇の中を滑空してゆく。

 

 

「ぉぉぉ―――……」

 

 

流石のダリも一切加減なく放たれた元英霊の全力強化済みの蹴りの衝撃には声を抑えきれなかったようで、間延びした低い声があたりに響き渡ってゆく。そうして二つのカラビナと長いザイルと短いザイルによって支えられているだけの彼の体は、しかし落下速度自動調整機能及び移動方向調整機能付き絶対安全カラビナとかいうチートじみたアイテムによって、まるでアスレチックの滑車付きターザンロープに乗った子供のように、左右に揺れながらもしかし体軸を大してずらすこともなくほとんどまっすぐ地面に向かって消えてゆく。

 

 

―――本当に……

 

 

自らが投影した十キロ以上にも及ぶザイルの上をほとんど等速直線運動のような速度で沿って進むダリの体を支えるそのカラビナの優秀さに感心させれた私は、思わずため息をつく。

 

 

「物理法則も何もあったものじゃないな……」

 

 

魔術という自らが修得している特大の物理法則無視の異常を棚に上げつつ、そんな半ばの関心と半ばの感心との想いの間で揺れ動く思いに導かれるようザイルに沿って地面めがけて突き進むダリの背中の面がやがて点になってゆく様を眺めていると―――

 

 

「っと、来た!」

 

「む……」

 

 

聞こえてきたサガの甲高い声に自然と意識は誘導されて、視線は反対側、ビルの方面に伸びる階段へと向けてゆく。すると、移動した視線の先に性懲りもなく上ってこようとする敵たちの姿を見つけて―――

 

 

「サガ!」

 

 

ザイル固定のために身動き取れなくなった私は、もう一人の攻撃担当者の名を叫んだ。

 

 

「任せろ! 気を引くって目的がなけりゃ、方向限定された一直線の通路なら、こっちの方が手っ取り早いってな! ―――氷の術式! 」

 

 

そうして敵攻撃の役割を一人で担う羽目になったサガはしかし威勢よく返事を返すと、すぐさま階段より押し寄せてくる敵に対してスキルを解き放った。キンッ、と音がしたかと思うと温度差と電位差によってだろう一瞬だけ目の前を白い光が包み込み。そんな光がはれた次の瞬間には、サガの眼前、戦闘を進む犬型の魔物の前方、に巨大な氷の塊が現れる。氷の塊は強制的な冷却によって水蒸気から氷へと相転移させられた、サガの『氷の術式』によって生みだされたものだ。

 

 

スキルという人類が開発した技術によって造られたその氷球は、だからこそだろう、ほとんど真球に近い氷の塊だった。直径にして三、四十メートル、重さ三十トンはありそうな透明な階段の少しだけ上の部分に生み出された氷球はやがて重力に負けて階段の上に重苦しい音を立てて着地すると、自然の流れとして透明な階段を行儀よく転がってゆく。

 

 

「ッ!?」

 

「――ッ!?」

 

 

炎や雷に身を焼かれながら、味方の屍を乗り越えながら透明な階段の上を突き進んできていた果敢な魔物たちは、しかし今、透明な階段の上、突如として眼前へと現れた氷の球体を前に、目を白黒させていて驚いていた。顔を真っ青に染まってしまっているやつもいる。気持ちはわからなくもない。火事の現場、身を焼く熱や断線したケーブルとケーブルの間に走る電撃の犠牲になった仲間の屍を乗り越えてあと少しでゴールにたどり着くというところ、そうして手の届きそうになったゴールの目の前に乗り越えられないほど巨大な壁が現れて、しかもそんな巨大な壁が迫ってくるのだ。希望の光景が一瞬で絶望へと塗り替わるそんな衝撃を、魔物たちは今まさに受けているに違いない。

 

 

「!?」

 

 

そうして呆ける魔物を巨大な氷球は容赦なく押しつぶしてゆく。

 

 

「ッ!?!?」

 

「――ッ!?!?」

 

 

巨大な質量というのはそれだけで脅威だ。瞬間的に身を焼くだけの現象である炎や雷ならば周囲の味方を犠牲にすることで耐えることもできる犬型の魔物どもは、実在する巨大な氷球の転がってくる威力の前に無力だった。透明な階段の上を移動する氷球によって、透明な階段の上にいる犬型の魔物たちはコメディアニメのギャグキャラか何かのように潰されてゆく。

 

 

「すごい……! 」

 

「はっはっはぁー! 遠距離から狭い場所で一方的に嬲れるならこっちのもんよ! 」

 

「それ、自慢げに言える事ですか? 」

 

 

響が驚きの声を上げ、サガの自慢げな態度にピエールが突っ込みを入れる中も、氷球は突き進む。それはまるでかの冒険活劇ハリウッド映画のワンシーンの再現だ。

 

 

「ッ! ――――――ッ!」

 

 

一部の魔物はどこぞの考古学者のように逃れようとして、しかし狭い透明な階段の上に逃げ場などどこにもなく、しかし押しつぶされることも許容できなかっただろう、悔しさにだろう一吠えして空中へと身を投げると、遠吠えを残しながら落下してゆく。透明な階段の上を突き進む氷球は、黒と赤の絨毯や落第者を生み出しながらセンタービルの屋上にまで移動すると、そのまま屋上の一部を粉砕しつつ階段の反対側にある屋上側にまで転がって、最後は己自身も何もない空中へと身投げした。巨大な氷球によって階段の上がきれいに整備され、数分ぶりにこの場所から屋上までの間の障害物が消え失せている。だが、氷球によって透明な階段の上に視線が通ったのは一瞬―――

 

 

「ッ!」

 

 

氷球の威力によって崩れた屋上の隙間や屋上の扉からは再び魔物が現れ、自らのたちの身を積み上げ、氷球によって生まれた階段と屋上の大きな落差を瞬時に埋め尽くすと、透明な階段の最下段に手をかけて、上ってこようとする。

 

 

「―――っ、氷の術式!」

 

 

サガが再び吠えた。スキルによって再び氷の塊が生まれ、結集し、生まれた球が転がってゆく。そうして生まれた球は再び透明な階段の上を転がって、魔物たちを押しつぶしてゆくが―――

 

 

「だ、駄目だ! 止まらねぇ!」

 

 

魔物たちは止まらない。魔物たちは透明な階段の上に無数の屍を積み上げてゆく。屍はやがて階段と階段の段差を埋める素材となり、透明で薄っぺらいはずの階段には壁が生まれ、魔物たちは生まれた屍壁の側面を蟻のように這って進んでくる。魔物たちはその腕を、蟻というよりはむしろクライマーのよう屍壁の凸凹にひっかけながら進んでくるのだ。

 

 

「氷の術式―――、炎の術式―――、雷の術式っ!」

 

 

生理的嫌悪感を感じたのか、ほとんどやけくそのような声で、サガはスキルを連発する。サガのスキルが生む氷球は正面からくる魔物を潰し、炎や雷は側面から来る魔物たちを叩き落とすが、あちらが立てばこちらが立たず、正面を崩せば側面から、側面を崩せば正面から魔物たちは這い寄ってくる。

 

 

「氷の術式―――、炎の術式―――、お、おい、エミヤ! まだか! ―――、雷の術式っ!」

 

 

潰しても潰しても耐えなく湧き出ては近寄ってくる魔物たちの様はサガの余裕を打ち崩すに十分な威力を発揮したらしく、スキル発動とスキル発動の合間にサガは悲鳴じみた声をこちらへと投げかけてくる。一秒ごとに安全領域が削られることに焦る気持ちはわからないでもないが、焦ったところでザイルを確保する役目を担っている私には―――

 

 

「ま―――」

 

 

待つしかできない。

 

 

「―――!」

 

 

そう言いかけた時。

 

 

―――む……!

 

 

確保していたザイルから不断に伝わってきていた衝撃が、一瞬で消え去った。体に込めていた力が、ふっ、と、消えていったのだ。それこそが合図だった。

 

 

「来たぞ、サガ!」

 

 

ダリだ。物理的衝撃の完全無効化はダリがパリングを用いた証だった。今や冬木の街に降り立っているだろうダリは、冬木の街の天井から街の端まで高速移動する物体落下の衝撃を、そんなザイルと己との間に発生していた衝撃を、パリングで無効化したのだ。視線を眼下、犬型の魔物どもが蠢いていた冬木の街から西の方へと向けてゆくと、慌てて身を翻し、東から西、ビル周辺からダリ降り立った西の端の穂群原学園へ向けて一直線に進んでゆく魔物の姿がとびこんできた。獣の移動速度はこれまで見てきた中でも一番速く、いかに獣が必死であるのかを伝えてくる。あの調子では思ったより時間が稼げないかもしれないが―――、それでも我々がダリの後に続く時間くらいは稼げるだろう。

 

 

「―――おう! ―――最後にくらえ、氷の術式!」

 

 

考えている間に返事を返してきたサガは最後にもう一度スキルを発動した。声に振り向くと―――

 

 

「あばよ!」

 

 

透明な階段を駆け上ってくるサガの姿が目に映る。

 

 

「そら、順番が来たぞ、二人とも! 」

 

 

そんな彼に急かされるかのように、時間が惜しいとばかりにすぐ近くにいた響とピエールに呼びかける。するとピエールは私が手にしているザイルにカラビナをひっかけて―――

 

 

「では、お先に失礼」

 

 

迷わず飛び出した。

 

 

「後でな! 」

 

 

そして駆け上がってきたサガも後に続く。

 

 

―――よくもまぁ、四キロもの上空から迷わず平然と身投げを行えるものだ

 

 

光景を見て、驚きの感情が生まれるのを抑えられない。彼らのそのスキルや自らが持つ道具というものに絶対の信頼を置く態度に、どこか感心すら覚えてしまう。彼らにとって、スキルや道具が効力を発揮するのは、呼吸をした際、肺が酸素を取り込むのと同様の感覚や、ライターを使えば火が起こるくらい当然の出来事なのだろう。思いながら改めて眼下へ視線を送ると、暗闇、地上から四キロメートルも離れた場所の黒い地面に意識が吸い込まれそうになり、慌てて意識を引き戻す。そうして自らの目の前にあるザイルと手中のカラビナを見た。

 

 

目の前のザイルが容易く千切れぬのは投影した本人である自分が誰より知っているし、手中のそれが確かに衝撃を和らげてくれるのは目の前で起こっている事実から確かであると判断できる。けれど、それでも上空、地面が霞み、目も眩むほどの遠さの場所から飛び降りるには、多少躊躇が生まれてしまう。それは自分が臆病だから、という以上に、彼らと違い、スキルや道具の効力を信じ切れていないから―――、なのだろう。

 

 

―――……どこまでも他人と違う感性、か

 

 

「……ん?」

 

 

どうやら自分は生前においても死後においても、つまりはどこまで行っても他人と理解し合えにくい性格らしいな、と、自虐的に考えていると、残る一人の少女がザイルに身を確保した状態で飛ぶのを躊躇っていることに気がついた。

 

 

―――おや……、

 

 

「……、……っ、…………、っ、っ……――――――、うぅ……」

 

 

私と共に一人この場に残った響は、足元を覗き込んで体を震わせ、目を瞑って天井を見上げ首を振ると、力を込めて無理やり目を開けて眼下に視線を落とし、そしてもう一度全身を震えさせて階段にへたり込んだ。

 

 

―――……はっ

 

 

その自分の常識に当てはめれば当然の態度をとる響の態度を見て思い直す。

 

 

―――……自意識過剰、か

 

 

どうやら先ほどまで自分の懊悩は的外れで自虐の過ぎる感傷であったらしい。

 

 

「―――怖いか」

 

「あ……、はい」

 

 

問うと彼女は思いの外素直に返答してくれた。

 

 

「無理もない。私もそう思う」

 

 

目の前に同じような感性を持つ存在がいたという事実に突き動かされたのか、思わずそんな言葉が口を突いて出た。

 

 

「エミヤさんも……?」

 

「ああ。―――この高度だ。よくも彼らは、ああも戸惑いなく飛び降りられるものだ」

 

 

いうと響は少しほっとした表情で頷く。

 

 

「流石はもともと色んな経験を積んだ冒険者の人たちというべきか、戦闘職の人というべきか……」

 

「ふむ―――なるほど、そういえば、君は正式な戦闘職とやらではなかったな」

 

「ええ。ですからこういった本当の意味での冒険者的な活動には慣れていなくて……」

 

 

震える彼女は、へたりこんだまま視線を下へと送った。少しばかり安堵の色に染まった顔を下に向けた響は、余計に全身を大きく小刻みに震わせた。察するに己の体を支えているものが透明な素材で作られて薄い板である事を今更ながらに改めて理解したのだろう。どうやら強大な魔物を前に理性で恐怖を押し殺せる強さを持つ少女も、高さというファクターによって生みだされる本能的な感情は処理しきれないらしい。

 

 

魔物と相対して死ぬかもしれないという恐怖と、落ちれば確実に死ぬという恐怖。経験したことある恐怖と、経験したことのない恐怖。かもしれないか、絶対か。確率か、確実か。そんな抽出して言葉にしてやれば一文字の違いで、数値にしてみたところで数パーセントも違いがないだろう主観的な感覚の違いが、しかしこの度彼女をここまで怯えさせているのだろう。

 

 

「ひ―――」

 

「―――ッ!」

 

「む……」

 

 

気丈にも弱音だけは吐かない彼女に何か声をかけてやろうかとすると、雄叫びが耳朶を打って不快な遠吠えが耳の中に入り込んできて、行為は中断させられる。音量に反応してそちらを見れば、階段の半分以上を奴らは行儀よく並びながら進軍して近づいて来ていた。

 

 

―――まったく、無粋な……

 

 

「投影開始/トレース・オン。 ―――はっ!」

 

 

私はいつもの双剣、干将・莫耶を投影すると、振りかぶって思い切り奴らに投げつけた。

 

 

「壊れた幻想/ブロークン・ファンタズム―――、そら、行くぞ。しっかりつかまっていろ!」

 

「え―――、きゃぁっ! 」

 

 

爆裂が敵を包み込むと同時に、自らが投影し保持していたザイルにダリから手渡されたカラビナをひっかけると、彼女を抱えて返事も待たずに空中に身を翻す。と同時に、響は慌てて私の首に両腕を回してしがみついてきた。

 

 

「ひ、ひ、ひぇっ……!」

 

 

さなかにも天井と地上との間に敷かれているザイルは、私たちの重みを受けて一瞬だけ下に大きく撓み―――

 

 

「ひぐっ!」

 

 

しかし保持を失った勢いによってその後大きく上へと膨らむと―――

 

 

「―――ぅっ、うぅっ、ぅ、ぅうぅっ」

 

 

ビヨンビヨンと上下に何度か振動したのち、やがてまっすぐになり、そんなザイルの動きにもみくちゃにされていた私と響は、天井と地上との間で先ほどよりも深い角度になった直線の上をカラビナを滑車代わりに滑ってゆく。

 

 

「うっ、き……」

 

 

古い技術と最新の技術によって生み出された道具は思った以上に仲良く協力してくれていて、私たちはザイルの平行線上から離さない。私たちの体は、私が想像していた以下の速度と横方向への回転や縦方向への振り子運動なしに、すさまじい勢いで天井から地面へと近づいてゆく。

 

 

―――凄まじいショックアブソーバーだ……

 

 

最新の技術によってつくられたカラビナの威力に私が感心できたのも束の間―――

 

 

「き―――」

 

 

私の顔をしかめさせていた響という少女は、しかしついに加速し続ける落下の勢いと風圧に耐えかねたらしく、思い切り口を開けて空気を吸い込むと―――

 

 

「きぃやぁあああぁぁぁ―――」

 

 

その見た目通り年若い少女特有の耳と脳に響く甲高い声を、私の耳元で一切遠慮することなく解き放つ。そうして私に耳元で放たれる音があまりにも神経を刺激するものだから―――

 

 

「あああぁぁぁ―――、んむぅ……っ!」

 

「黙ってろ、舌を噛むぞ」

 

 

私は思わず放たれる悲鳴が一切遠慮なく悲鳴をあげていた響の赤い髪生えた後頭部をつかむと抑えつけて、口を私の肩に無理やり押し付け、塞ぐ。脳髄にまで響く苛立たしい音圧が消えた代わり、響の口を押し付けた左肩には湿り気のある圧力がやってきた。だがその圧力は、先ほどまで脳の中で響いていた高音のそれに比べて柔らかく、熱を伝えてくるだけだった。ようやく静かになった。そんな満足感を得て、再び意識を下方へと集中する。

 

 

―――ふむ

 

 

眼下には学校教材の航空写真でしか見たことのないような冬木の夜空が映っている。そうして見える光景は、一秒、また一秒と経過するごとに鮮明になってゆく。視野が一気に狭まってゆくその感覚にはひどく既視感があった。

 

 

――はて? 

 

 

生前あらゆる無茶をやってきた私だが、流石に四キロもの上空から飛び降りたという無茶をやった覚えはない。

 

 

―――……ああ、そうか

 

 

既視感の正体をじっくり考える間もなく、やがて進行方向の中にあった豪華な屋根が視界に収まった瞬間、強制的に既視感の正体へと気付かされる。

 

 

―――そういえば、凛に呼び出された直後も似たような体験をしたものだったか

 

 

うっかり家中の時計の針をずらした事を忘れたせいで己のコンディションが最高になる時刻を間違えるというミスをやらかした彼女に呼び出された私は、一体彼女がどういうミスをやらかしたのかは知らぬが、眼下にある丘の上に目立つ、遠坂家のはるか上空へと投げ出される羽目になったのだ。

 

 

―――あの時は相当慌てたものだが……

 

 

慌てながらも態勢を整え、やがて屋根と屋根裏を緩衝材として無事に衝撃を逃がすことに成功した私は、しかしそんな私が生き残るためにぶち壊した居間の清掃を彼女に命ぜられ。さらに次の日から、普段通りの生活を過ごしたいという彼女の我儘を叶えるために従僕として過ごしつつ、やがて今向かっている穂群原学園の校庭にてランサーと戦闘をしたのを皮切りに、私と彼女の聖杯戦争は本格的に始まったのだ。

 

 

―――これもまた縁というやつなのだろうか

 

 

遠坂の家。そして、穂群原学園の校庭。冬木の中でも特に縁ゆかりある場所に想いを馳せながら、最終決戦の火ぶたを切るというのはなんとも運命的だ。

 

 

―――と、それは流石にセンチメンタルに過ぎるか

 

 

いつも通りに自嘲を済ませて現実に意識を戻すと、やがて目的地である校庭と、そんな校庭で盾を構えるダリの姿が目に入ってくる。もう数秒もしないうち、私たちは校庭へとたどり着くのは明らかだった。

 

 

「―――見えたぞ」

 

 

抑えつけていた手を動かして赤髪をぐしゃぐしゃと撫でまわし、胸の中の彼女へと到着の時が近いことを教える。

 

 

「ん……!」

 

 

先ほどまでより落ち着いている、しかし今なお熱と息の圧力を私の左肩へと与え続けていた響は、頭の動きと喉から出した音だけで返事をすると、さらに強くこちらに抱き着いてきた。動きと音からおそらくは準備が完了したのだと判断した私は、視線を前方へと引き戻す。すると視界には、ダリが腰を落として盾を前に構えつつ、先ほどまでよりもしっかりとした防御の姿勢をとる光景が飛び込んできた。見えた瞬間、一切躊躇なしにそのまま突っ込んでゆくと―――

 

 

「――――――パリング! 」

 

「――――――」

 

 

ダリが物理攻撃をシャットするスキルを発動した。瞬間、この身に生じていたすべての衝撃が消え失せる。スキル発動直後、我々の体が彼の盾に触れた瞬間、すでに音速の速さを超えていた我々の体に秘められていた威力は全て消え去り、彼の盾の前にて自然に停止していた。熱、風圧、重圧といった、全ての物理的エネルギーがダリの防御スキルによってかきけされたのだ。予定通りの、しかし受けたことのない感覚にほんの少しの戸惑いを覚えつつ、やがてスキルにより動きの自由を奪われていた私が己の体に重力が正常に働いたのを自覚すると、私は盾を離れて冬木の地面の上へと降り立つ。腕の中にいる響が一瞬ぐらついた。

 

 

―――衝撃はなかったはずだが……

 

 

「いけるか?」

 

 

あるいはこの長距離空中スライダーの速さに酔ったのかと、確認をしようとすると―――

 

 

「勿論です」

 

 

響は抜け出すと私の胸の中から抜け出し、ふらつきながらも自らの意思と足で見事に地面の上に踏み出し、己のよろめく体を動かぬようしっかと両の足で地面へと固定させると、言った。

 

 

「―――では、いこうか」

 

「『さぁ、戦士たちよ。駆け抜けるときが今ここにやってきたのだ』」

 

 

意地をはった。その事実から彼女が戦意を失っていない事を確認した私は、ピエールがスキル「韋駄天の舞曲」を発動する。瞬間、私たちの体を光が包み込み、私は体が軽くなったのを自覚した。ピエールのスキルによって我々の全身を巡る血液の循環が早くなり、酸素の運搬量が増えたのだ。

 

 

「―――よし、では行こう。案内は……」

 

「ああ、任せておけ―――、こちらだ」

 

 

身体能力向上を確認したダリの言葉を受けて、私は校舎裏の林を指差した。

 

 

「「「「―――ッ!」」」」

 

 

すると、背後より連鎖する獣どもの遠吠えが共鳴して、耳に飛び込んできた。

 

 

「――――ッ!」

 

「――――――ッ!」

 

 

それはまるで、そう易々と行かせてたまるものかと、叫んでいるようだった。我らを取り囲んでいる湿った空気に、進軍を阻んでやると言わんばかりの圧力が伴った。まるで体が音叉になったかのようだった。外部からの音圧によって震える体の振動を逃がすよう、言う。

 

 

「目的地はすぐそこだ―――、行くぞ」

 

「まてまて、そう慌てるな」

 

「―――っ!」

 

 

不快感を無視して宣言すると、彼らが頷くより先に、獣どもの咆哮よりもはるかに小さな低く重く、そして不快な声が、反響する高音の中をも通り抜けて、耳朶を打った。声に反応して視線を送ったのは、瞬間だった。反射的に動いた体に遅れ、常とは真逆のベクトルを持つ感情の波が心中に溢れだす。魔物どもの遠吠えを聞く中にも残っていた、起こった計画通り高所より無事に着地し、大幅な時間と手間の短縮に成功したという喜びは、その声によって瞬時に打ち消されて消え去ってしまっていた。

 

 

「つれないではないか。客人の来訪に備えて大勢を引き連れて歓迎の準備を整えていたのに、主賓に会場を素通りされてしまっては、白けてしまうというものだ」

 

 

その声を忘れたことなど一度たりともない。

 

 

「貴様―――」

 

 

その言い回しを忘れたことなど一度たりともない。

 

 

「他人の善意を己の都合で無碍に台無しとするのは、正義の味方らしからぬ、恥ずべき行為だと思わんかね? なぁ、エミヤシロウ」

 

 

その、挑発的で、いちいちこちらの気を苛立たせる、他人の傷をいちいち切開してはかき乱すような、そうして生まれた痛みによって生まれる感情こそが我が望みだといわんばかりの腹立たしい言い回しと声を、私は一度たりとも忘れたことがない。

 

 

「言峰綺礼……! 」

 

 

視線の先へと移る人物に湧き上がる負の感情をすべてぶつけてゆく。それが、そんな自らを呪う視線と負の感情は奴を喜ばせるだけの行為と知りながら、私はそれを止めることなどまるでできなかった。奴は静かに嗤う。予想通り快楽と慈愛に歪んだその表情は私をさらに苛つかせ、そうしてぶつけられる感情を得た奴は、さらにその気味の悪い柔らかい聖職者の笑みを深くした。

 

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