新年一発目の投稿は、オコゼ地鎮祭での投稿です。テイストとしては前回のアザラシ祭りと全く同じです。その結果全方位に喧嘩を売るような作品となりました。
読んでみて下されば幸いです。
夜に浮かんでいた、海月のような月が爆ぜた。
それとは関係なしに研究用の魚がメスに変わっていた。
本当に突然の出来事だった。私にも何が起こったか分からなかったが、助手が大慌てで私に報告したことでそれが真実であると認識させられたのだ。私の助手は嘘をつけるような人間ではないし、私も魚を隅々まで細かく調べたから間違いはないだろう。
そもそも魚が性転換をすること自体は珍しくない。例えばホンソメワケベラやサクラダイはメスからオスに性転換するし、クマノミやクロダイはオスからメスに性転換する。いずれも種を存続させるため、子孫繁栄につなげるために、太古の昔から行なわれ続けている現象である。
だが、それは一夫多妻の生活を営む生き物に多く見られる傾向にある。私たちが研究用として飼育していたのはオコゼであり、彼らが一夫多妻制をとることは、生物学的に起こりえないことである。長年魚の研究を続けてきた私も、こればかりは首を捻った。こんな事は過去の研究の歴史を紐解いてもあり得ない。
これだけでも学会に出したら騒動ものだが、いかんせん原因が分からない。水温は適温だし、エサもいつもの特製ペレットである。環境的に変わる要因が一つもない。となると、偶発的に起こった突然変異が考えられる。というか、それ以外に考えられない。
そう思い、試しに鱗を一枚とってゲノムを取ってみたが、遺伝子情報に大きな変化は見られなかった。単純にオコゼのオスからオコゼのメスに変化しただけで、色素配列がめちゃくちゃになっていたわけではない。ならばストレスによる過剰反応かとストレッサー検出器をつけて測ってみても、ストレス値は常に正常でおかしなところも見られない。
その他さまざまな検査を続けてみても、特に目立った異常は見られない。大学に戻れば施設も道具も揃っているが、戻ろうにもここは地図に載っていない南の島。研究のために来たとはいえ、戻るのには相当時間がかかるし、送ってもらおうにも送料がばかにならない。
八方ふさがりかと思ったその時、助手が一つの興味深い仮説を立てた。この土地の言い伝えが関係しているのではないかと。どういうことかと問いかけると、助手は次のようなことを説明した。
曰く、この土地には何百年も前から続いている伝統的なお祭りがある。満月が爆ぜた次の晩、たこといかとオコゼやアザラシを供えるというものだ。なんでも、この土地には遥か昔、たこ、いか、オコゼ、アザラシの姿を模した四体の神が降り立ったとされており、その四神は自分たちの行動がことごとく失敗に終わり、その余波が人間にも及んだため、これを哀れんだ当時の長が、それぞれの神様を奉り、その力を抑えたのだという。
だが、この抑え込む力というのは、月をまたぐごとに弱まっていき、最大まで弱まると、人間や島の生態系にまで大きな影響を及ぼす。人々の行動はどこか抜けがちになり、一部の生き物は性別が転換するという。目安は、祭りの前日つまり、今日という事になる。だからこそオコゼの性別が変化したのではないか。
興奮気味に語る助手を制しながら、私は少し考えた。助手の考え方にも一理あるが、それはあくまでも推測でしかない。そもそも、そんな現象はほかに観測されていないし、観測されていたとしても、それを証明する手立てがない。
そう反論したところで、助手は得意げに鼻を鳴らした。なんと、被検体がいるという。
どうやらこの島で知り合っていた村の住人が、今日見かけた際に女の子になっていたという。その住人に言い伝えの事を聞いたらしい。更に、よく行く商店の店主も子供の姿に変わっていたとも語り、これは間違いないという。
ならば私達にも何らかの影響がなければおかしいだろうという考えが頭をよぎったが、助手がそこまで言うのであれば仕方がない。実際にその目で確かめてみようではないか。
私はコートを手に、助手とともに村へと飛び出した。
◇
私は長く、この小さな漁村を拠点として研究を続けてきた。ここに来たのは海に近く、魚の種類も豊富なため、サンプルの取得に困らないという理由の他に、温暖な気候で過ごしやすく、バカンスも兼ねて研究が出来るからである。勿論、この風土が実験に最適な環境なのは事実であり、ここで発見したことのいくつかは論文として発表もしている。
だが、そんな私ですらそう言った伝承は聞いた事がなかった。何よりも、長く来続けた私より、今日ここに初めて来た助手に祭りのことを知らせるとは一体どういう事なのか。
疑問が尽きない私をよそに、助手は早速被験体と称した一人の少女の家に向かう。
出迎えてくれたのは、栗色の髪を一つ結びにした可愛らしい少女だった。緑色のワンピースがより一層彼女の可愛らしさを引き立たせている。
私達は早速、彼女にこの地方の風土や、祭りのことについて尋ねてみた。すると、彼女はスラスラと質問に答え始めた。
彼女が言うことには、この祭りは地鎮祭であり、四神の力を封じるために行われる。そして、祭りが開催される一週間前からは村の住民を含めた全てになんらかの変化が現れる。あるものは幼児化し、あるものはパンツを被せられ、またあるものは何かにつけてドジを連発するそうだ。彼女自身も元々の年齢は二十代後半の年齢だが、祭りの期間中は子供の頃の姿になる。いつもの事だから気にしてはいないらしい。
私は、この祭りは人間以外の生物にも影響が出るのかと彼女に尋ねた。彼女はそれに首肯するように頷いた。助手の仮説は正しかったらしい。ただ、何故そう言う現象が起こるかは、流石の彼女にも分からないらしかった。
最後に、何故長くここにいる私よりも先に、助手にこの事を伝えたのかを聞いてみた。すると、彼女は困ったように俯き、言葉に詰まってしまった。髪から覗く耳が微かに赤くなっている。助手の方を向けば、同じように顔を赤くして俯いている。
成る程、これは老いぼれの出る幕ではなさそうである。だが、まずは研究が第一である。私は少女にお礼を言うと、助手の肩をポンと叩いて次の場所へ向かった。
少女の家を出て、次に向かった先は魚屋である。ここの店主もまた子供の姿になっており、前髪が隠れて犬耳が生えている。
私は、店頭に置かれている魚のいくつかに目を通すと、既に焼かれた鯖と、水揚げされたのにもかかわらずワサワサと動く鹿尾菜に目をつけ、これは貴方の手で加工したものかと尋ねた。店主は即座にこれを否定し、これは全て四神の仕業であると答えた。
更に尋ねると、店主は新たに、これは祭りの時に四つの供え物と共に捧げるものであり、毎年変わっていくという。この村の近海は、祭りの時期が近づくと共に新たな変異種が生まれるらしい。
私は、この変異は祭りが終わるとどうなるかともう一歩踏み出す。店主はそれに淀む事なく、全て元に戻ると答えた。その時期に収穫した魚や肉、野菜等は戻る前に食すとも答えた。
こうなると、私も祭り自体に興味が出てくる。私は祭りに参加出来るかどうかを尋ねてみた。すると、店主は少し渋い顔をしてダメだと答えた。一般人の参加は原則として許されておらず、村長の許可がなければ参加出来ないらしい。よほど信頼、もしくは特別な理由がなければ参加することは出来ないという。
ならばその許可を得て来よう。
私は店主にお礼を言うと、助手に調査を任せ、その足で村長の家へ向かった。この時間なら、村長は家にいるはずである。
そして、私の予想通り村長は家にいた。ただし、姿は海月に変わっていたが。
その変わりように驚いた私であるが、村長は嫌な顔一つせず(というか表情筋があるのだろうか?)迎え入れてくれた。
挨拶もそこそこに、私は祭りの参加を許してもらうようお願いした。しかし、村長は触手をヌルヌルと動かしてそれを拒否した。前にここに来た観光客が、神にとって罰当たりな事を散々したらしく、それ以来一般人の参加は禁止したのだという。観光客はその後、行方不明になったそうだが、村人達は神が天罰を下したともっぱらの噂になっている。
私はそこをなんとかと村長に頭を下げた。私の知的好奇心を満たしたいというのもそうだが、助手の応援もしたいのだ。助手とあの少女を見ていると、私と亡くなった妻との馴れ初めを思い出して歯がゆくなる。人の恋路を助けたいというのは、誰しもが感じたことがある人の情というものであろう。
頼み込む事数分、ついに村長が折れて(今骨はないけれど)祭りの参加を許してくれた。私は深く感謝し、ガッチリと触手を握る。
ただし、記録する場合は衆人への公表は控える事、何か起きても責任は取らないことを条件に付け足された。これに関しては問題ない。元々私達は部外者なのだ。自分の後始末は自分でしなければならない。
私はお礼として故郷の特産品をプレゼントすると残し、助手を迎えに行った。案の定というか、助手は先ほどの少女と仲よさそうに話していた。私に気がつくと二人ともバツが悪そうに顔を背けていたが、私としてはいいぞもっとやれと言いたい気分である。
閑話休題。
私はにやにやとしそうな表情を必死に抑え込み、助手と共に一旦ラボに帰宅した。次に外に出るのは、明日の夜七時。祭りの開催時刻である。
水槽のオコゼは、変わらずそこでじっとしていた。
◇
祭りが始まる時間になった。
外に出てみると、普段は錆びた街灯が付いている街の道には松明が赤々と燃え、飲み屋の他にも様々な出店が並んでいる。神の力を封じるお祭りは、小さな村をここまで活気付かせるらしい。
助手に色々見てきなさいと自由にした後、私も自由に出店を回る。今までの滞在期間では見たこともなかった魚や肉、それをうまく調理した料理が次々と私の舌を満足させる。こんなに美味いものがあったのかと、食べれば食べるたびに驚きの連続だった。
直搾りのレモンジュースと、笹を食むドラゴンのようなデザインのチョコミントアイスを買ったところで適当なところに腰を下ろし、改めてオコゼの突然変異について考える。
昨日のちょうさだけでも大きな収穫はあった。助手の仮説通り、この土地の神様の力が何らかの管を介して村人や生物に大きな影響を及ぼしている。それは間違いないことである。
だが、それを差し引いても疑問は残る。一体どこからその力は流れているのだろうか。
可能性として考えられるのは、山の湧き水に力が混じっていて、それが下流域に流れて海や人間に摂取され、生物濃縮のような形で力がため込まれているというものである。仮説の段階ではあるが、上流域の水質や魚を調べれば、村や海よりも正確なサンプルが取れるだろう。
明日、助手を連れて山へ行こうと思い立ったところで、カーンカーンカーンと、三回鐘が鳴った。それを合図に散っていた村人たちが、一斉に歩き出していく。向かう先は、島の中でも一番高い山。私も持っていたアイスとジュースを片付けて山へ向かう。
住民たちは、多かれ少なかれ鹿尾菜や焼かれた鯖等のお供え物を手にしていた。一部の住人は手ぶらの人もいたが、それでもお供え物を持っている人が大半で、なんだか部外者の気分が強くなってしまい、少しだけ居心地が悪くなった。
そんなことを考えながら後をついていくと、前方の集団が一気に立ち止まった。どうやらここが祭りの会場らしい。遠目から、二つの大きな松明が明々と燃え、中央には大きくて立派な升が祭壇に鎮座している。
ざわざわと周りが騒ぐ中、祭壇から村長が開会を宣言した。その瞬間、一斉に村人の熱狂が止む。しかし、彼らの熱は静かな渦になって、痛いほどに私の耳に響く。
村長の挨拶が一通り終わった後、彼は祭壇から去り、変わって少女が祭壇に立つ。午前中に出会ったあの少女だった。四神を讃える歌を皆で歌うらしい。
聞けば、彼女は巫女だという。少女とはいえ、あの時とは雰囲気が違った。
彼女が歌う。幼い声とはかけ離れた、芯があって真っ直ぐな歌声。それに応じて村人もまた高らかに歌う。私も見よう見まねで歌ってみたが、どうにも異国の歌というのは聞き慣れないもので、半分ほどは口パクで終わってしまった。
歌い終えた彼女は、衆人に向かって深くお辞儀をする。それを合図に、獅子の立髪が生えた男の子が、中央の升に火をつけた。今度は魚屋の店主が四つの供え物と、今年の変異種である鹿尾菜と鯖を升の中に投げ入れる。
奉納の時間ですと村長が告げた。村人達が徐々に列となって動き出していく。供え物を持つ人はそれを投げ入れ、持たない人は五体を投地して神に祈りを捧げている。私は供え物を持ってなかったので、同じように五体を投地して祭壇から降りた。
そうして全ての人が供物を捧げ終えた。最後の一人が祭壇を降りると、全員が祭壇に向かって五体を投地した。
すると、驚くべきことが起こった。祭壇が突然光り出し、四つの穴から何者かが降り立ったのだ。
恐る恐る顔を上げてみると、現れたのは四体の人間であり、それぞれタコ、イカ、オコゼ、アザラシの仮面を被っている。助手から聞いていた姿とは違うが、あれがこの村に祭られている四体の神であることは容易に想像できた。
四体の神は尚も燃え続けている升に目を向けると、いきなりその中に手を突っ込んで──火傷でもしたのか突っ込んだ手をぶんぶんと振り回したが──中にあるそれぞれの仮面と同じお供え物をつかみ、取り出す。
そのまま四神達はそれぞれの捧げものにかじりつくと、満足したようにうなずき、そのまま升の中にあった全ての供え物を浮かせてそれを退場に包み込むと、そのままどこかへ消えてしまった。神の力というものを始めてみてしまった。
それを受けて、村人にも変化が起こる。今までキャラクター……というか、様々な属性を持った村人たちが、どんどん元に戻っていく。魚屋の店主は壮年のダンディな男に、巫女の少女はより成熟した女性に、村長はモノクルの紳士に変わっていった。
これにて祭りは終了だと村長が告げた時、周りから拍手が巻き起こる。そこから一人、また一人と会場からそれぞれの家へ帰っていく。
そうしてある程度人がはけたところで、私は助手と合流した。どうやら助手は関係者席で見ていたらしく、しっかりと儀式に参加したようで、さしたる大きな変化はなかった。常日頃から、郷に入っては郷に従え通しへ続けてきたかいがあるというものである。
例の巫女さんはまだ片付けが残っているらしく、帰りは私と助手の二人きりとなった。初めて神様を見たと興奮気味な助手とともに、神様の力についてのお互いの考察と、巫女の女性との関係はどうであったかをからかい半分で聞いたりしながら、拠点のラボへと戻る。
ドアを開け、助手が電気をつけた。
ずぶ濡れの女性が水槽の中に入っていた。
ひっ、と助手が小さな悲鳴をあげた。私も驚きで半歩後ずさる。
恐らくは十代後半であろう彼女は、茅色のワンピースを着ており、そこから透ける少しだけセクシーな下着からは彼女の大きそうな胸が強調され、ホットパンツから覗く伸びやかな肢体は、まさしく健康的で性的な十代のそれで、見ていてとても目に毒だった。
女性は、最初は私たちが来たことに驚き、警戒するように胸を隠して身をよじっていたが、私達がここの家主であると説明し、証拠も見せると、やっと安心したのか水槽から飛び出して私の膝に飛びついてワンワンと泣き始めた。
私は助手にコーヒーを沸かしてタオルを用意するように指示し、彼女を椅子に座らせて肩をさする。その間ずっと、助かった、生きててよかったとうわごとのように繰り返していた。
助手が持ってきたタオルをかけ、コーヒーをある程度飲ませたところで、彼女に何が起こったかを尋ねた。
彼女が言うことには、自分は前にここに来た観光客であり、四神の言い伝えに対して『ドジっ子』という言葉を発してしまった結果、目を覚ましたらオコゼになっていたこと、その直後に私たちに捕らえられて生きた心地がしなかったと、涙ながらに語った。
彼女の言葉を聞いて、私と助手は慄然とする。そして、私は観光客は君一人なのかと尋ねた。彼女は否定するように首を振り、他にも三人いたが、今どうしているかはわからないと答えた。
私たちの中に、一つの仮説が浮かぶ。
もしかすると、私達が食べていたのは……
怖くなり、私は首を振ってそれを打ち消した。考えたくはないし、今は彼女のことをどうするか先決である。
私は落ち着いた彼女に、これからどうしたいかを尋ねた。すると彼女は、恥ずかしそうに顔を赤らめた後、私に責任を取ってもらうとか細い声で言う。
どういうことかと尋ねると、彼女は私の胸ぐらをつかんだ。
そしてそのままキスをした。
時間にしてみれば、一瞬の出来事。しかし、やられた側にとっては十数秒に感じられたこの現象。私は驚きのあまり混乱していた。
しかし、当の彼女は顔を赤くしたまま、私のお嫁さんになると高らかに宣言して更に驚いた。
パニックになりそうな私に変わり、助手が何故私の嫁になりたいのかと尋ねた。予想通りというか、彼女がオコゼの間、私がいろんなところを触りすぎて、お嫁にいけない。だから責任取れという。
私は死別しているとはいえ妻がいる身。さすがの私でもそれは出来ないとから別のお願いにしてほしいと頼んだが、それでも彼女は譲らず、頑として嫁になると言ってきかない。
助手に助けを求めたが、まあいいじゃないですかと言って話にならない。多分、先ほどのことを根に持っているのだろう。みみっちいと言えばそれまでだが、私も同じことをやられたら助手とは別の手口だが、何らかの報復は行うと思う。
数分間の押し問答の末、私のほうが折れて彼女の要望を飲んだ。ただし、まずは助手として私の仕事を手伝うという事を条件に、ではあるが。
それを聞いた彼女はやったー! と私の胸に飛び込んでくる。予想以上に大きくて柔らかい双丘が押し付けられたが、何とか欲望を押しとどめる。
こうして、長年来ていた島の祭りに参加した結果、私は研究サンプルを失った代わりに新たな妻兼助手を手に入れたわけである。少しばかりこの島の闇の一端も垣間見た気がしたが、そこはおいおい、考えていきたいと思う。
私は胸に顔をうずめる彼女の頭を撫でながら、窓の外に目をやった。
空には、あの時と同じ海月のような月が夜に浮かんでいた。
はい、なんかもうグダクダになってしまいましたが、最後に一言。
すみませんでした。