~いろは視点~
わたしは夢心地でいた。
いつもの愛情アピールをスルーされ、拗ねてたら
流れるように抱きしめられた挙句、耳元で囁かれたりしたら
頭の中ショートするってもんですよ?
せんぱい、人目があるところではこんなことする人じゃなかったのに
米坂線で乗ってきた人達、逆側のホームでこっちを見てるのに・・・
こんな開き直れる人だった?
かろうじて、動けるまでに持ち直したわたしは、村上駅までの車内
動揺と高揚がごちゃ混ぜになった胸中を隠すが如く
せんぱいの肩に寄りかかり、目を閉じたままでいた。
(せんぱいがこんなことする理由って・・・何か・・・ある?)
村上駅に着いて、宿へタクシーへ移動中も
何とか話を合わせるまでには持ち直したものの
落ち着かない気持ちは残ったままだった。
〇〇〇〇の宿
宿到着後、主人からの説明で、ここの大浴場が独特の源泉かけ流しであることに加え
メタケイ酸なる成分が肌に良いとのことらしい。
浴衣も色や身長に合わせたものを選択できるというのは
ありがたいことだった。ホテルや旅館の浴衣って統一されてて
地味な色合いが多くて悩みの種になりやすいのよね・・・
やっぱり、可愛いもので身を包みたいというのは歳をとっても
女にとっては永遠のテーマなわけですよ!
今度こそ、せんぱいに上手くはぐらかされずに言わせてやりますとも!
さっきは拗ねすぎたせいでカウンターを食らいましたけどね
部屋に入って、それまでの冷えた体を癒すが如く
暖房が暑いほどの温度に設定されて効いていた
和室で布団が敷かれており、就寝の準備は万全といったところだろうか
でもまだ7時半にもなってないのだし、ちょっと休憩しますかねー
そうだ、さっきのメタケイ酸って何だろう、ちょっと調べてみようっと
おお、これは・・・期待できそう
「せんぱい、これ凄いですよ!?」
スマホに表示されている説明書きをせんぱいにも見せてみた
『肌のセラミドを整えてくれる作用もあるということで、
とても期待度の高い成分なのです。この成分が100mg以上であると、
美肌に導いてくれるお湯だと証明することができるのです』
「さっきロビーの説明書きには170mgってありましたから、
これは楽しみですよ!」
「随分と食いついてるのな、昼の時といい」
「女性にとって美肌は永遠のテーマなんです!せんぱいも肌の綺麗な
わたし好きですよね?」
「まぁ、肌が荒れてるよりはな」
もう、相変わらず素直に言わないですね
なら、褒め殺しにしてみましょう
「事前に温泉を念入りに調べつくしましたね?流石です!」
「ここのクチコミも悪くはなかったし、宿泊も1万ちょっとだから
選んだだけだったが、竹で源泉を冷却してるなんて見落としてたんだがな」
「そうなると、せんぱいは神がかってるのかもしれませんね!
わたしの中でも株が爆上げですよ?」
「ってことは、旅行前まで株は低かったのか?ショックだな・・・・」
「ああ、もう拗ねないでくださいよ~」
(むむ?ベクトルを誤ったかな?)
(でもまだまだ、浴衣を誉めてもらうんだ)
(大浴場に行くのに浴衣に着替えたわたしを)
「せんぱいせんぱい、浴衣似合ってます?」
「ああ、よく似合ってるな」
「フフン、そうでしょうそうでしょう」
どや顔を決めつつ、そっとせんぱいの腕に抱き着いて
意識させてみることに
あと、どさくさ紛れに腕にしがみつくと階段が降りにくいからな」
「むぅ・・なら袖で我慢してあげます」
(ちょっと目を逸らしてるから、意識はされたかな・・?)
大浴場
そこは主人の説明の通り、引湯管から出た源泉を竹で冷却していく方式で
備え付けのデジタル温度計は41度と表示されていた
温泉は貸し切り状態となっており、ほのかな竹の香りが漂って
硫黄の温泉って違って、風流な空間を演出していた。
実際に浸かってみると、昼のせんぱいが勧めてくれた旅館の
よりは心持ち劣る感触ではあったけど、それでも程よい
温度で満喫出来そう
(せんぱい・・・あなたはこの旅行で何をしようとしてるんですか・・・)
(旅行を快諾してくれた父さんや母さんが、示唆した事って何なのだろう・・・・)
思考に耽ってると顔が沈んでしまうまで体勢が崩れてしまい、
危うくのぼせてしまうところだった
火照った体を冷ますべくロビーに向かうと既にせんぱいがソファーで
寛いでおり、テーブルに置いてあったビールを渡してきた。
「ま、飲みな」
「いただきますね♪」
「・・・ゴクゴクゴク」
「おーいい飲みっぷりだ」
「乾いた喉に冷え冷えビール、最高ですね
ま、あとでお冷も飲みますけど」
「水分不足、利尿作用も働くから、当然だわな」
「せんぱい、残りは部屋で飲みましょ。体冷えちゃいますよ?」
「そうだな、戻るとするか」
部屋に戻り、窓側の椅子で向かい合って座り
何気ない会話をしていると時刻はどんどん進んでゆき
9時を回っていた。代わり代わりに洗面所を使って
寝る準備をしていると
「いろは、終わったらちょっと話がある」
(!?せんぱいがこの旅に誘ってくれた目的・・・?)
「あ、はい分かりました」
つとめて冷静に返事をするも、胸中では
不安と期待が渦巻いたままでいた。
それを何とか顔に出さないようにしつつも
せんぱいが座って待っている椅子の向かい側まで
向かうのでした
~八幡視点~
「話ってなんですか?」
「・・・これからの事だ、将来の」
「・・・!!!」
「高校の時、お前から告白されて7年いやもうじき8年だったか
世間一般だったらもう結婚しても可笑しくないと言われるだろう。
実際、奉仕部の2人や戸塚と同窓会やった時もまだなのかと言われるくらいだ
でも、結婚式・引っ越し・家電、毎月かかる光熱費・家賃それを捻出して
いざという時の備えがないようでは家庭の幸せなんて程遠い所にあるのが
今現在の状態だ。このざまでは甲斐性なしと罵られ、離れていってしまうのが
関の山だろう。現実なんて常に残酷で、暮らしにゆとりがないようでは
それに押しつぶされてしまうのがオチだ。
お前も、これまでの人生で少なからず世の中の闇というものを見てきただろう」
ここで一息ついて
「でもだ、でも俺は今回旅に誘ったのはこうしてこれからも年を重ねても
お前に振り回されつつも、息抜きの温泉旅をして思い出を重ねていきたいんだ。
生まれてから重ねてきた年月が、価値観が違う者同士が暮らしていく中で衝突もあるだろう
離婚率の統計がそれを示しているだろう」
無言で重苦しい雰囲気だけど、
緊張で喉がもつれてるけど、
一番伝えたい事、これだけはちゃんと伝えるんだ!
「それでも・・・・それでもだ、長い間付き合ってきてやっぱり俺は
お前と共に歩んでいける未来が欲しいんだ!
結婚費用が溜まるまでまだ数年はかかるだろうけど、
これが俺の偽ざる思いだ」
「せんぱい・・・・」
いつしか俺はいろはの顔が見れず、ずっと下を向いてしまっていた
きっと俺はとても情けない顔をしているだろうから
無言の時間が流れていたが、いろはのすすり声に我に返った
「お前、なんで泣いて・・・・」
「せんぱい・・・怖かったんですね。いつまでも同じ思いなんて保証なんてないですもんね。
でもそれ以上に将来の事考えてくれてたんだって、わたしと一緒に幸せになりたいって。
そう思うと、胸がいっぱいになっちゃって、わたしもいずれ結婚出来たらと思ってましたから・・・・」
「!!」
「でもね、でもね話を聞いてせんぱいは、しょいこみ過ぎだと思うんです」
「・・・何が?」
「結婚式・引っ越し・家電、毎月かかる光熱費・家賃でしたっけ?
それらを一括で考えていることです。確かに結婚式の費用は一番かかるものだと思います。
何も一緒に暮らす事=結婚式ではないですよ?
芸能人やアスリートの方々って、入籍して数年後に式をあげるっていうケースもありますよね?
確かに乙女にとって一生に一度の結婚式、ウェディングドレスを着るというのは夢ではあります。
でもそれはわたしにとっては、あくまでも通過点であり、せんぱいと共に幸せであること
それが最優先であり、他に勝るものではないんです」
「!!!!」
「ですから、そんなに抱え込まないでください・・・ね?」
涙を流しつつも、特上の笑顔でほほ笑んでくれる
それまで幾度となく見ていたあざとい顔でもなく
心からの笑顔、慈しみを持った笑顔
それを見たらもう迷いはなかった・・
膝が震えてしまっているが、ここで勇気を出すんだ!
この子の心からの笑顔が、これからも見られるならば
比企谷八幡!ここで奮い立たなきゃ男じゃないぞ
震える膝を拳で叩き、カツをいれる
「いろは。。。いや一色いろは」
「・・・・・・はい!」
俺の開き直った顔に改めて姿勢を正す
「俺と・・・・・俺と結婚して下さい」
「・・・・っ!!」
その言葉を聞くがいなや、いろはは俺に抱き着いて首に腕を回してくる
「わたしが・・・・わたしがあなたを支え続けますっ・・・!
今回みたいなすれ違いにならないように。わたしたちが幸せでい続けられるように
わたしがせんぱいを支え続けますから・・・っ!
だから、よろしくおねがいします・・!」
これはなんだろう、体の奥から熱くなる気持ちは。
体全身が震えるようなこの感触は。
そうか、こんな俺でも手に入れることが出来たのか・・・
共に歩んでくれる愛おしい人が。
俺の思いに応えてくれる人が。
しばしの間この歓喜に硬直していたが、今や世界で一つしかない宝物に
感謝を込めて
「ありがとう、いろは・・・・これからも宜しく頼む、相棒」
そう言って、壊れ物を扱うかのように優しく抱きしめた
これで終わりな訳がありません。
外堀がまだです。お互いの両親という外堀が!
了解が得られるまでは!
追記:いろはの浴衣はプリンセスコネクトRの正月ユイをイメージしております