契約魔法少女まどか☆マギカ 作:名前はまだない
――僕と契約して魔法少女になってよ。
それが鹿目まどかと美樹さやかが契約という物事を初めて体験した時だった。
彼女達は大人ではない。むしろまだ世間的には子供と呼ばれる年齢である。故に契約などと言う事柄とは縁遠い生活だった。
「え、えっと……?」
「契約って……ハンコとかいるやつ?」
「う、うん。書類とか、書く奴だよね」
突然の事に二人は自分達の知っている契約に関する知識を引っ張り出す。だが、それを聞いて二人の目の前にいる白いぬいぐるみのような存在である”キュゥべえ”は、瞬時に二人が契約という物事に理解がない事を察した。
(これはいけない。このままじゃ二人に契約してもらえない……ならっ!)
この地球で何度となく魔法少女契約を成功させてきたキュゥべえは、戸惑う二人へこれまでの経験で培った営業力を発揮した。
――大丈夫だよ。この契約にはハンコはいらないし書類もないんだ。
「それって、逆に危ないんじゃ……」
「そ、そうだよ。普通契約ってのは書面で交わすものってママが言ってた」
教育がしっかりされている二人の反応を見て、キュゥべえは己の至らなさを痛感していた。
(しまった。これじゃ逆効果じゃないか。いや、まだだ。僕の誠意を伝えないと)
――聞いて欲しい。まず、この契約をしてくれたら一つだけ願いを叶えてあげられるんだ。次に、契約時に願いが決まっていなかった場合は契約不成立となる。最後に、契約成立後も不満や不安を感じたら解除、つまり契約をなかった事に出来る。ただ、契約解除の場合は願い事も無効化されるから注意して。
「願い事を……」
「叶えてくれる?」
二人の反応が好印象的なものとなったのを見て、キュゥべえは内心で手ごたえを感じていた。これまでもこの条件を聞いて契約しなかった者はいないのだ。
何せ願い事がない人間など皆無に等しく、大なり小なり欲望は内に秘めているものだからだ。まどかもさやかも願い事が叶えられると聞いて年頃の女の子らしく色々な事を妄想し始めた。
このままならきっと契約成立となる。そう思ってキュゥべえはホッと胸をなでおろした。その予想は正しいと言えた。ただ……
「そいつの言葉に騙されてはダメよ」
そこへ、キュゥべえにとっての商売敵が現れなければ、だ。
「えっ……?」
「転校生?」
現れたのは暁美ほむら。キュゥべえの営業を邪魔する存在だった。魔法少女らしいのだが、キュゥべえの契約先リストには名前どころか顔さえなかった相手である。
この地球では彼の他にも営業を行っている”キュゥべえ”がいるため、その中のものと契約した可能性は大いにあるが、キュゥべえにはどこか彼女が異質な存在に思えて仕方なかったのだ。
――また君か。どうして僕の邪魔をするんだい?
「教える必要はないわ。あなた達、悪い事は言わないから契約しない方が良い」
「ど、どうして?」
「忠告はしたから」
「待ちなって! もしかして、あんたは契約したの?」
さやかの問いかけにほむらは少しだけ意外そうな反応を示した。まるでそんな事を聞かれるとは思っていなかったとばかりに。
「……それが?」
「じゃ、あんたの願い事は叶ったの? どんな願い事した?」
「言う必要はないわ」
「ケチ」
「ねぇキュゥべえ。お試し契約っていいかな?」
「なっ?!」
まどかの口にした内容にほむらが顔色を変える。何故そんな事をとその表情は物語っていた。が、そんな彼女は次のキュゥべえの返事に耳を疑った。
――いいよ。それが一番契約の意味を理解してもらえるだろうからね。ついでに解除の仕方も教えようか。
「ありがとう」
「……えっ?」
目を点にするほむらにさやかが不思議そうな表情を見せる。
「どうしたのよ?」
「えっと、今、何て言ったの?」
「え? 解除ってやつ? 何、知らないの?」
「……解除?」
「契約解除だってさ。何でも契約したけどやっぱり辞めたって時に出来るんだって」
その瞬間、ほむらの頭の中がパニックを起こした。
(えっ?! どういう事?! 何で契約を解除できるの!? というかお試し契約って何? そんな良心的なサービスインキュベーターに出来るの? もしかしてこのループは根本から違う? もしそうなら今度こそまどかを救えるんじゃ)
――それでまどか、君は何を願う?
「えっと、じゃあ美味しいケーキと紅茶を人数分」
「ええっ!?」
ほむらが知る限り、とんでもなくしょうもない願いである。だが、次の瞬間まどかの目の前に美味しそうなケーキが数種類、それも人数分用意されて紅茶もティーポットまで現れたのだ。しかもテーブルや椅子までセットだ。まるで軽い茶会のようである。
「うわぁ……」
「凄いじゃないこれ。てか、テーブルとか椅子は?」
――僕からのサービスだよ。とりあえずこんな感じかな。
「ねっ、これ食べてもいい?」
――いいけど、解除したら悲しい気持ちになると思うよ?
「何言ってんのよ。ここで食べない方が悲しくなるっての。ね、まどか」
「うん。ほむらちゃんも一緒にどう?」
「え? あ、うん」
何度となくループを繰り返してきたほむらでも、この状況は初めてである。あれ程止めなくてはと思っていたまどかの契約。それをあっさりとさせてしまった上に、キュゥべえの対応が良心的だったために呆然となっていたのだ。
「あむっ……ん~っ!」
「ちょっとちょっとぉ、ショートだけじゃなくてショコラやレアチーズもあるとか、あんた分かってんじゃん」
――まあね。契約を勝ち取るには顧客の好みや嗜好を押さえておかないといけないんだ。
若干胸を張るキュゥべえを見てほむらは本当にこれは現実かと思い始めていた。と、そんな彼女の目の前へいちごが載ったケーキが差し出される。
「ほら、あんたも食べなさいよ」
「ほむらちゃん、美味しいよ」
「……あなたは自分が何をしたのか分かっているの?」
落ち着いた声で告げられた言葉にまどかは小首を傾げるしかない。何故ここまで言われるのか分からないからだ。
――どうやら君は僕の営業に不満や文句があるようだね。
「ええ」
(営業?)
キュゥべえの言葉へ頷くほむらだったが、その内心では疑問符を浮かべていた。そんな事を知る由もないキュゥべえはならばとため息を吐いてまどかへ顔を向けた。
――まどか、じゃあ解除のやり方を教えるね。
「あ、うん。どうすればいいの?」
――簡単だよ。これを握って心の底から強く願えばいい。契約を解除しますって。
「これって何?」
キュゥべえがまどかの手に乗せたのはソウルジェム。名の通り魂を宝石化した物だ。それを握り締め、まどかは強く願った。
(契約を解除します)
その瞬間、まどかの手の中にあったソウルジェムが光を放ち、それが治まった時にはテーブルからなにから全てが消えていた。そして、ケーキを食べたはずのまどかとさやかは微かな空腹感を覚えたのである。
「まどかぁ、何かお腹空いた」
「わ、わたしも……。キュゥべえ、これって解除したから?」
――そうだよ。食べ物の場合はそれを食べた事がなかった事になる。でも消化した際に使ったエネルギーまでは戻らないんだ。それはあくまで君達の体が勝手に行った事だからね。
「「なるほど……」」
納得している二人とは違い、ほむらは完全に呆然自失となっていた。何せ本当に契約がなかった事になったからである。どこかでこれはキュゥべえの罠だと思っていた彼女も、こうなると信じるしかない。
(このループのキュゥべえは、本当に契約を解除させてくれる……。じゃあ、魔女はほとんどいない?)
と、そこでほむらは思い出す。自分が既に魔女と戦っている事を。
「聞きたい事があるわ」
――まだ何かあるのかい?
「魔女を倒せばグリーフシードが手に入る。それはソウルジェムの浄化に使うけど、契約を解除出来るならそんな必要ないじゃない」
――そうだけど……?
「え?」
何度目か分からないほむらの間抜けた声が出た。
――たしかに君の言う通り、契約を解除してしまえばわざわざ浄化する必要はないよ。でも、今のまどかのような願いなら何度だって解除しても平気だけど、例えば死ぬほどの怪我を治してとか誰かのためにって願った時は、そうそう解除出来ないだろ?
どこか申し訳なさそうな言い方にほむらは違和感を覚えた。まるでそういう願いをキュゥべえは悔やんでいるかのように聞こえたからだ。
(有り得ない。巴さんや佐倉さんの事をこいつが後悔してるなんて……)
散々ループを繰り返した結果、知ってしまった数人の魔法少女の願い。それを思い出してほむらはキュゥべえを冷たく睨む。だが、その相手はこれまで見たことのなかった程に項垂れていた。
「キュゥべえ、魔女って……何?」
「ちょっと転校生、あんたも知ってる事を教えなさいよ」
――一先ず場所を変えよう。時間も時間だ。詳しい話は明日にしないかい? えっと、君もそれでいい?
「……ええ」
こうしてこの日は終わる。果たしてここは、ほむらが願った結末を手に出来るループなのか。それを判断出来かねるまま、ほむらは帰路へと就いた。
その後をキュゥべえが尾けている事を知りながら……。
夢を叶えてキュゥべぇ。ただし、事と次第とものによっては大変な事になるので注意。