契約魔法少女まどか☆マギカ 作:名前はまだない
「それで、私に何か用?」
――君はどうして魔法少女を続けてくれているんだい?
自室へ戻ったほむらはキュゥべえを拒む事なく迎え入れた。それは彼女もキュゥべえに聞きたい事があったからだ。それもまどか達には聞かせたくない内容で。
そこでの会話の始まりはまずほむらがキュゥべえに質問させた。ただ、その聞き方にほむらは小さく眉を動かした。
「契約を解除出来ないからよ」
する気もないけど。そう心の中で思ってほむらはキュゥべえを見た。するとキュゥべえは驚きを露わにして目を見開いていた。
――そんな……違法契約じゃないかっ!
「違法契約……?」
――君、契約を結ぶ時、ちゃんと説明は受けたかい? もしくはまどかのように疑似体験をさせてもらった?
「い、いえ、状況が状況だったからするしかなかったの」
――っ!? まさか、いきなり本契約を!? 何て事だ! しかも解除さえ教えてないんだろうね、その様子だと!
「え、ええ……」
見るからに激昂しているキュゥべえにほむらは目を点にしていた。キュゥべえはほむらの前で苛立ちを隠さずうろうろと動き回る。と、急に立ち止まってほむらの方へ向き直った。
――一度試しにここで解除してみて。もし出来たら僕がもう一度契約をし直すよ。
「……分かったわ」
そんな事が出来るはずはないと思ってほむらはソウルジェムを握ると願った。
(契約を解除したい)
だが、何も起こらない。それにキュゥべえは項垂れるようにため息を吐いた。
――はぁ~……やっぱりダメか。どうやら相当酷い営業に引っかかったんだね、君は。
「酷い営業って」
――僕らインキュベーターは契約者の願いを叶える代わりに魔法少女、つまり魔女を倒す者になってもらっている。そして魔女とは魔法少女の変わり果てた姿なんだ。
「っ?!」
(それをもう話してしまうの!?)
想像もしていなかった展開にほむらは動揺するしかない。そんな彼女の表情はキュゥべえにはいきなり過ぎる話のためと思えた。
――ごめん。いきなりこんな話を聞かせて。でも、きっと君はこれを知らずに契約したと思うからね。まずは最後まで話を聞いて欲しい。
「……ええ」
――ありがとう。だけど、あそこで話した通り契約はその気になれば解除出来る。それに、あの時はまどか達に説明出来なかったけど、魔法少女と魔女の関係も本契約時には説明する事になってるはずなんだ。
「それで?」
――魔女は魔法少女の変わり果てた姿と言ったけど、それは君のように違法契約をさせられてしまったためになってしまうんだ。
キュゥべえはほむらへ語った。本来契約とは相互の信頼の下に成り立つものであり、どちらか一方の要求だけを通す事は出来ない。だが”キュゥべえ”の中にはただ契約さえできればいいというノルマ重視のものもいる。
その”キュゥべえ”の営業は悪質で、必要な説明を一切せず耳当たりのいい事しか話さない。あるいは、契約をせざるを得ない者へ営業をかける。しかも解除出来ないようにソウルジェムへロックをかけてしまうのだと。
「ロック?」
――そう。僕の場合のソウルジェムは契約の証でありいわば契約書みたいなものさ。だからそれを握って解除を強く願えば契約解除が出来る。でも、悪質な同胞はソウルジェムをその契約者の魂で創り出してしまうんだ。
そこでほむらは理解した。このループはこれまでと根本が違うのではない。出会うキュゥべえが異なっているのだと。
(これは、本当にチャンスかもしれない。少なくともここまで親切に、しかも丁寧に説明をしてくれたインキュベーターはいなかった)
そしてほむらは気付くのだ。これならばまどかはこのキュゥべえと契約させた方がいいのでは、と。
――で、ここからが問題なんだ。魂から創り出されたソウルジェムは何もしないでも濁っていく。君が言った通りグリーフシード、つまり変質したソウルジェムだね。それを使って浄化していかないといけなくなる。でも、もう知ってる通り魔女とは違法契約した魔法少女の成れの果て。そんなに数がいる訳じゃない。
ほむらは無言で頷く。
――そうなるとどうなるか。解除も出来ず、浄化も出来なくなって、違法契約した魔法少女は魔女になるしかなくなるんだ。その際に生まれるエネルギーをその悪質な同胞は回収しているんだよ。
「あなたはしないの?」
――当然じゃないか。第一、効率が悪いよ。回収出来るのはその瞬間なんだよ? いくらそのエネルギーが膨大でも、一体どれだけ待てばいいんだい? だったら例え少なくても契約者を増やして、彼女達の正のエネルギーを回収していく方が楽だし簡単さ。
その語り口でほむらは目の前のキュゥべえも自分が良く知るインキュベーターだと思った。ただ、それでも目の前の存在の方がこれまで見てきた”キュゥべえ”よりもはるかにマシに感じてはいたが。
「じゃあ、さっきのまどかとの契約も?」
――うん、少量だけど回収させてもらった。ただ、彼女は凄いね。普通なら願いは言っただけしか叶えられないけど、まさか椅子やテーブルまで出すなんて。
「あれはあなたのサービスって」
――そう言った方があの場はいいと思ったんだ。僕だって驚いたんだよ。ケーキだって普通は一種類だ。なのに、それも複数の種類が出た。多分だけどあの子は他の同胞に狙われる。しかも、君と契約したような悪質な同胞なら余計に。
「っ?! どうして!? この街にはあなたがいるじゃない!」
悲痛な叫びを上げるほむらを見てキュゥべえは驚くように目を瞬きさせる。そして何かを察して伏し目がちになった。
――そうか……。君はそこまで知っているんだね。たしかにこの街の担当は僕だ。でも、だからって他の同胞が営業してはいけないわけじゃない。僕らの目的はあくまでこの宇宙を延命させるためのエネルギー回収なんだ。
「じゃあ、まどかは……」
――このままだといずれ悪質営業をかけられるだろうね。あの子は素直で優しい子だ。君のようなしっかりした相手に違法契約を成功させる相手なら、きっといとも容易く契約させてしまうだろう。僕も数多くの契約をしてきたけど、お試し契約であんなに可愛い事を願ったのはそんなにいないよ。
「そんな……」
ほむらはキュゥべえの言葉を聞いて愕然となっていた。あの時、解除させなければまどかはむしろ幸せに過ごせたのにと、そう思って。
(どうすればいいの? 今からまどかに……いえ、さすがに時間が遅すぎる。でも朝を待っていたら手遅れになるかもしれない)
今までで一番マシなループかと思えば、最悪な展開へ一気に向かおうとしている。そう思ってほむらは思考を巡らせる。だがどう考えても今の時点で自分がまどかに出来る事はないに等しかった。
――一つだけ僕にまどかを他の同胞から守る手段がある。
「っ?! どうするの!?」
――簡単さ。またまどかに契約してもらうんだ。そうすれば二重契約は出来ない。
「……それが一番ね」
キュゥべえなら他の人間には見えないし声も聞こえない。夜遅くに少女の部屋まで近付いても問題はないと言えた。
――じゃあ、悪いけどドアを開けてもらえるかい? 僕じゃ開けるのはちょっと面倒なんだ。
「ええ」
ソファから立ち上がってほむらは玄関のドアを開ける。その隙間をキュゥべえが急いで抜け出して――――何かに気付いたように動きを止める。
「どうしたの?」
――そういえば君の名前をまだ聞いてなかった。
「……暁美ほむらよ」
――ほむら、か。うん、じゃあほむら、まどかは僕がちゃんと仮契約しておくから心配しないで。それと、君の契約解除も方法がないか考えておくよ。
それだけ告げてキュゥべえは再び駆け出していく。その見えなくなった背中を見つめるようにほむらはその場で立ち尽くしていた。
「因果なものね。まどかを助けるためにインキュベーターの力を、いえ……」
そこで一旦言葉を切り、ほむらは微かに笑みを浮かべた。
「キュゥべえの力を頼らないといけないなんて、ね」
それは、久しぶりになるほむらのキュゥべえ呼びであった。
「えっと、要するに悪いキュゥべえがいるから契約した方がいいって事?」
お風呂上がりのまどかは、部屋の中へ招き入れたキュゥべえから事情を聞いてそう問いかけた。
――そういう事。僕ならいつでも解除出来るしね。さっき説明した通り、魔女になる事もない。
「分かった。じゃあ、契約しておく」
――ありがとう。じゃ、願いはどうする?
「あ~……決まってないや」
――う~ん……じゃあ、こうしよう。僕はしばらくまどかの傍にいるよ。で、願いが決まるまで他の同胞が営業出来ないようにしておく。
「いいの?」
――本当は他の契約者の様子を見に行ったりしないといけないんだけど、まどかの場合は事情が事情だ。君の秘めたエネルギーは確実に狙われる。それも違法契約をした同胞が近くにいるかもしれないなら余計に。
キュゥべえの言葉にまどかはほむらの事を思い出した。キュゥべえからほむらが違法契約をさせられたと聞いたためだ。
(ほむらちゃんはだからキュゥべえの事を嫌ってたんだ。でも、このキュゥべえはイイ子だって分かったからわたしのところへ行かせたんだね)
そう考えればあの時の態度や言動も理解出来る。そうまどかは思ってキュゥべえを見つめた。
――どうかした?
「え? あ、うん。ほむらちゃんもキュゥべえに出会っていればなぁって」
――それでもきっと契約はしたんだろうね、ほむらは。おそらくそういう状況になっていたんだと思うよ。
「そういう状況……」
――例えば、今にも魔女に殺されそうだったとか。あるいはどうしても叶えたい願いが出来てしまったとかだね。
「……酷い」
まどかにも分かったのだ。相手の一番弱ったところを狙ってきたと。大抵の人間が藁にも縋る思いになったところで契約を迫るのだ。願いを叶えると、そんな大きな見え見えの釣り針で。
――中にはそういう状況を作り出して契約を迫る同胞もいるらしい。
「そんな……」
――まどか、ほむらが僕を信頼してくれたのはきっと君達への対応を見たからだ。それと、君の他にさやかも狙われる可能性がある。
「さやかちゃんも?」
――君を僕がガードしているなら、さやかを使って君へ接触する可能性があるんだ。つまり、さやかを契約するしかない状態にするか、あるいは……。
そこでキュゥべえは言葉を切った。正確には言いよどんだ。だがそれにまどかも気付く。そして同時に何故そうなったのかも。
「キュゥべえ、もしかして最悪の場合……」
――……ああ、きっとさやかを危険に晒す。そこを君に見せるか巻き込むかするんだ。
「……分かった。キュゥべえ、魔法少女って簡単には危ない事にはならない、んだよね?」
――そう、だね。身体能力が強化される。でも……。
「ううん、いいの。キュゥべえにもいいキュゥべえと悪いキュゥべえがいるって分かったから。わたし、なるよ。魔法少女に」
強い決意のようなものが宿った眼差しを見せるまどかにキュゥべえは申し訳なさそうに項垂れた。分かったのだ。今、自分はまどかの優しさにつけ込む形で契約を勝ち取ってしまった事を。
――いつでも解除してくれて構わないから。
「うん、ありがとう、キュゥべえ」
まどかが願ったのは、もう悪質な魔法少女契約を結ぶ事が出来ないようにというものだった。
こうしてこの夜、最強の魔法少女が密かに誕生する。その際に得られたエネルギーにキュゥべえは確信した。
(やはりまどかは異常だ。下手をすればこの宇宙の因果律さえ変えられるかもしれない。だけど、どうしてこんな規格外のエネルギーが彼女に?)
余談だが、この契約の結果、従来のキュゥべえ達はほとんどが契約出来なくなってしまった。
だがその原因がまさか一人の少女の願いだと思うはずもなく、またその契約を迫る方法の改善も出来ないインキュベーター達は途方に暮れる事となるのだが、それはまた別の話……。
あと二話か三話で畳もうかと思います。