契約魔法少女まどか☆マギカ 作:名前はまだない
「ワルプルギスの夜、か」
杏子はそう重々しい声で呟くと、手にしたフォークで目の前にあるケーキを突き刺した。
「ええ。キュゥべえが言うにはまず間違いないんですって」
「そっか。だからあいつ、魔法少女を増やそうと躍起になってるんだ」
「そうみたい。美樹さんと鹿目さんのお友達も契約出来たって言ってたわ」
そう、二人の友人である志筑仁美も契約を結ぶ事を了承したのだ。その理由は、キュゥべえの営業トークにあった。
――近い内に恐ろしい魔女と呼ばれる存在が現れてしまう。それに君の友人であるまどかとさやかが立ち向かおうとしているんだ。でも、このままじゃ勝ち目が薄い。お願いだ。その魔女と戦う時だけでいい。二人の力になってくれないかい?
情に訴えるという普段のキュゥべえらしくない営業だったが、まどかやさやかからの連絡もあって仁美は契約を決意。
一応体験契約をした上で彼女も契約を結んだのだ。その際の願いは恭介の怪我が治るようにと言うものだったため、キュゥべえからそれはもう叶えられないと言われて動揺する場面があったものの、その理由を聞いた仁美は何かを察して願いを変えた。
だが、その願いも叶えられる事はなかった。キュゥべえは仁美へ告げる。人の想いは不変ではない。故に固定化させる事は不可能なのだと。
そう言われて仁美は微かに寂しげな笑みを浮かべて納得し、ならばと再度願いを変えた。
――その魔女との戦いが終わったら、皆さんでパーティーがしたいですわ。
こうして仁美の願いは聞き入れられた。彼女も魔法少女となり、今はまどか達と共にほむらを指導役として訓練を行っているのだ。
「でも、さ」
マミの言葉に笑顔でケーキを口へ運んだ杏子だったが、その笑みが少し曇る。
「どうしたの?」
「マミさんは怖くない? あたしは正直怖い。魔女と戦ったのは片手で足りるだけ。だけど、ワルプルギスの夜って凄く強い魔女、なんだよね?」
怯えを顔に乗せる杏子へマミは若干迷いを見せるも、しっかりと頷いた。だが、それだけでマミは動きを止めなかった。その後杏子を優しく抱き寄せたのだ。
「ま、マミさん?」
「私も怖いの。でも、今の佐倉さんを見て分かったわ。この怖いって気持ちを失っちゃダメなんだって」
「怖いを……失っちゃダメ?」
「ええ。怖いと思うから、怖くないと思えるように人は努力したり知恵を絞るのよ。キュゥべえからワルプルギスの夜に関して情報をもらいましょ。まずは相手を知る事。そして傾向と対策を考える。学校のテスト勉強と同じね」
そのマミの最後の例えに杏子が表情を歪めた。
「うえっ……あ、あたしそういうの苦手なんだけど……。あ、あと、そろそろ恥ずかしいから放してよ」
「ふふっ、だーめ。あの頃はよくお泊りとかしてこうしたわね。妹さん達は元気?」
「元気も元気。マミさん、また顔出してよ。みんな、マミさんの事気に入ってるし」
「そうね。じゃあ、ワルプルギスの夜をみんなで倒したら行こうかしら」
微笑みと共に告げられた言葉に杏子は嬉しそうに笑うと頷いてこう告げた。
「うん、その時はマミさんの後輩達も一緒にな!」
杏子がマミの家へ泊まるかどうか迷い出した頃、人気のない空き地でまどかとさやかの新米魔法少女が倒れ込みそうなぐらい疲れ果てていた。一人仁美だけがそうなっておらず、やや困り顔でまどか達を見つめている。
「だ、大丈夫ですか?」
「な、何とか……」
「ひ、仁美、あんた強すぎでしょ……」
魔法少女となった彼女達はその身体能力が強化されている。更に変身する事でそれはより顕著となるのだが、それを差し引いても仁美の身体能力はずば抜けていたのだ。
まず三人での魔法無しバトルロイヤル。そこでまどかが即脱落、さやかと仁美がいい勝負を繰り広げた。ならばと今度は魔法アリでの同条件としたのだが、ここでまさかの展開が待っていたのだ。
「志筑さんの魔法は、どうやら自身の強化系のようね」
そこでほむらが見て気付いた事を告げると、まどかやさやかだけでなく仁美自身も納得するように頷いた。
「魔法少女の使える魔法はその人の在り方や願いが影響するの。おそらく、志筑さんは自分で何とかしたいと思う事が多いんじゃないかしら」
「そう、ですわね。幼い頃から自分の事は自分でと、そう思ってきました」
「だから魔法も誰かへ、ではなく自分へという方向性なんだと思うわ。しかも、誰かに負けないようになりたいという気持ちが自身の強化へと繋がったのよ」
「凄いですわ、暁美さん。とても納得出来る説明です」
「ありがとう。だけど、これは思わぬ結果になったわね……」
ほむらからすれば仁美の力は目を見張るものがあった。徒手空拳にも関わらず、強化された身体能力を魔法で更に強化する事で動きや攻撃力を凄まじく上昇させているのだ。
傍から見ていたほむらでさえ、その目で追えるはずもなく、ただただまどかやさやかが一瞬の内に地面に叩きつけられたようにしか思えなかったのだから。
(これはやれるわ。ワルプルギス相手に素手は相性が悪いかもしれないけど、間違いなく攻撃力だけならトップクラス。私の魔法は未だに時間干渉のようだし……)
五人で挑むのが望む事の出来ないベスト。そう考えていたほむらにとって、まどかが参戦するだけでも有り得なかったのに六人目の魔法少女まで出現だ。しかも、その能力は間違いなくトップである。
何とかなるかもしれないと思っていた可能性が、一気に勝てるかもしれないレベルまで跳ね上がったのだ。
そこで仁美の提案で全員の魔法を理解しておこうとなった。その方が戦術を立てる際に役立つし、連携などを考えるのにも必要だからと。
「じゃあ、今からマミさんのところへ行く?」
「そうね。志筑さん、時間は大丈夫?」
「えっと……はい、まだ何とか」
「じゃ、さっさと行ってさくっと終わらせますか」
こうして四人もマミの暮らすマンションへと向かう事に。そこで杏子と対面し、同い年と言う事もあってまずさやかが仲良くなり、その流れでまどかと仁美が、最後にほむらをまどかやさやかが引っ張って親交を始める事となる。
マミの焼いたクッキーを食べながらの女子六人でのお喋りは、内容はともかく賑やかで華やかだった。仁美も、魔法少女という人には言えない秘密を共有する仲間を得て、更に杏子の裏表のない部分やマミの先輩らしい気遣いを気に入り、後ろ髪を引かれる思いで習い事へと向かう事に。
「巴さん、学校でもまたお話させてください。佐倉さんも、必ず連絡しますわ」
「ええ。大丈夫だと思うけど、気を付けてね」
「勉強頑張れ」
「はい」
「じゃ、あたしらも帰りますか」
「マミさん、杏子ちゃん、バイバイ」
「また機会を作って相談しましょう。六人での連携も、考える必要があると思う」
「そうね。じゃあ、みんな、また明日」
「気を付けて帰れよ」
仁美が退出する事を受け、まどか達も一緒に部屋を後にする事にした。それは仁美だけ疎外感を受けるような状況をさやかが嫌がったためだ。
こうして仁美と共にまどか達三人も外へ出た。その道中での話題は他愛もない事だった。マミのクッキーだったり、杏子の事だったりと喋る。
女三人寄れば姦しいとはよく言ったもので、さやかとまどかと仁美はそもそも仲良しグループだったからかその会話の弾み方もいつもの事と言ったものだ。
ほむらはそこまで口数が多い訳ではないが、今の彼女は少しだけ心が軽くなっていた事もあり、口数も増えていたためかそんな三人へそれなりに口を挟んでいた。要するにツッコミ役である。
「では、私はここで」
「うん、また明日ね仁美ちゃん」
「気を付けて」
「はい。あっ、さやかさん、少しお時間よろしいですか?」
「へ? あたし? 別にいいけど……?」
「ありがとうございます。では、少しだけ二人だけでお話ししたい事がありますの」
まどかとほむらに別れを告げる一方で仁美はさやかを呼び止める。そして二人はその場から少し歩いたところで立ち止まった。
「えっと、話って何?」
「上条君の怪我、さやかさんが治したとキュゥべえさんから聞きましたわ」
突然の事に理解が出来ず、さやかは内心首を傾げながらも仁美の言葉を待った。
「そして、その顛末も。おめでとうございます。お二人は、お付き合いを始めたとか」
「あ~……ごめん。仁美にも教えようと思ったんだけどさ、何か恥ずかしくて」
さやかはそこで仁美の話を誤解した。仲良くしていたのにまどかには教えて自分には何故教えてくれなかったのかと、そういう話だと思ったのだ。
「いえ、構いませんわ。私も同じ立場なら教えるのを躊躇ったと思いますし」
「そう言ってくれると助かるよ。にしても、どうしてそんな話を?」
「……お分かりになりません?」
少しだけ、仁美の空気が変わったとさやかは思った。顔を伏せ、まるで何かを必死に抑えるような彼女に、さやかはそれまで浮かべていた照れくさそうな笑みを消していく。
「仁美も、願ったって事だよね? 恭介の怪我を治したいって」
「はい」
「……それってさ、どうして?」
「お聞きになります?」
「…………ごめん」
「謝る必要はありませんわ。いえ、むしろ謝らないでください。その方が……」
「そっか……そう、だよね。じゃあ、ありがとう」
そこで仁美は顔を上げた。そこには優しい微笑みを浮かべるさやかがいた。
「仁美は、強くて優しいよ。あたしだったら、きっとそうは出来ない。表面上は気にしない振りしてても、絶対内心じゃ恨み言言ってる。あたしの方が先に好きになったのに。あたしの方が恭介を好きなのにって」
「さやかさん……」
「もしかしたら、仁美もそうなのかもしれない。でも、それでもあたしやまどかのために魔法少女になってくれた。それが、一番あたしと違う。あたしだったら、きっとなんだかんだ言い訳して引き受けない。本当に、ありがとう。あたし、仁美の友達になれて良かった。こんな凄い子が友達なんてさ。ううん、仲間で、ホント嬉しい」
「さやかさん……いえ、私はそんな褒められるような人間ではありませんわ。だって、私は二回目の願いに……」
そこで仁美は手を握り締めた。だけど、浮かべるのは悲しそうな笑み。
――上条君が私を好きになるようにと、願ったんですもの。
さやかの顔が驚きに染まり、ゆっくりと納得するように変化していく。そして大きく息を吐いて仁美へ挑戦的な笑みを見せたのだ。
――なら、奪ってみなよ。正々堂々ならあたしは文句も不満もないよ。選ぶのは恭介だしね。
――あら、良いのですか? 私、こう見えても勝負事には容赦しませんわ。
――上等。こっちはとっくにキスまで済ませてるっての。ぽっと出の女に盗られてなるもんですか。
――まぁ……ならば、私が上条君を奪うにはもっと大胆な事が必要ですわね。
言い合う内容はともかく、二人は笑みを向け合い続けていた。分かっているのだ。お互いに相手がどう思っているのか。
さやかは仁美が諦められるようにと挑発し、仁美はさやかが気にしないようにとそれに乗っていると。そしてこうも思っていた。
どうなってもこの関係は断ち切るつもりはない、と。
同じ男を好きになった。なら、目の前の相手はきっと同じ視点で男性を見ている。その価値観はきっと近いはずだ。そんな相手が友人にいる。これはとても厄介で、とても楽しい事だと。
それに、目の前の相手になら好きな男を委ねられる。その場合、自分の想いが散るとしても、だ。それが二人が出した友情を壊さぬための方法であり、同じ相手を好きになった同性への情けと同調の結果だった。
「ま、とにかくこれからもよろしく。それと、もう知ってると思うけど、あたしは今後恭介と登校するから」
「ええ、存じておりますわ。誰も勝負は中学生の内だけと言っていませんよ?」
「……本気で怖いっての」
「ふふっ、高校生になった時にもっと素敵な男性に巡り合えればいいのですけど……」
「ねぇ仁美? まさかとは思うけどあんた、相手のいる男の方が燃えるとかない?」
「どうなのでしょう? そもそも男性に心惹かれたのが初めてですので」
最早普段の雰囲気へと戻っている二人。そんな二人を離れた場所から見つめる影が一つ。
(何というか、やはり人間は分からないね。どうして番となる相手を取り合うんだろう? 人間の雄はその気になれば複数の雌へ繁殖行動がとれると言うのに……?)
ただ、さやかと仁美からそれなりの正のエネルギーが得られているので、キュゥべえとしては問題ない。むしろ取り合う事でそうなるのなら、どんどんやって欲しいとさえ思っていた。
後日、キュゥべえがその考えをまどか達へ告げたところ全員から大ブーイングを喰らう事になる。ただ、その後に六人がキュゥべえをネタに会話へ興じ、大きな正のエネルギーを生み出したので彼としては結果オーライであったが。
(やっぱり人間は分からない事が多いや)
六人の盛り上がる会話を聞きながら小首を傾げるキュゥべえであった。
次回、ワルプルギスの夜登場。ただ、もうご理解いただけたと思いますが今作ではシリアスはありませんのであしからず。