部屋を移った俺はサーヴァントと相対する。
その白い長髪と浅黒い肌の色からして中東地域の英霊か。
さて、その件の英霊は此方に対して生意気にも何か言いたげな視線を送ってくる。
その口からは今にも嫌味が溢れてきそうだ。
「なるほどね、一応聞きますけど貴方って令呪がどういう物かご存知かしら?」
「ほらな、やっぱり……サーヴァントに対する絶対命令権だろ?」
「はぁ……よろしくて?令呪はサーヴァントに強制的に行動させるのよ。例えば瞬間移動が出来ない私を令呪で遠くに行けと言えば、私と貴方の魔力で実行できる。肉体の限界すら超越する大魔術の結晶が令呪よ、まぁ今は二つですけどね」
「別に構わないだろ、無駄ではない」
「令呪は曖昧な命令には効きが弱くなるのよ。全ての言動に絶対服従なんて、無理に決まってるでしょ?」
落ち着け、遠坂は慌てない。
なんだこのハーマイオニー・グレンジャーの初期登場みたいな喋り方をする女のサーヴァントはムカつく。
遠坂は常に余裕を持って優雅たれ、例えサーヴァントが馬鹿にしようとも俺が令呪を使ったことは無駄ではないのだ。
そんなことあってたまるか。
「はぁ、でも通常ならそうなんでしょうけどね。どうにも貴方の優秀さを見誤ったようだわ。少なくとも、今の私は貴方の言葉に強制力を覚えているわ」
「そうか、そうだろうな」
「前言を撤回しましょう、マスター。貴方は若いが優秀である、戦いから遠ざけようとした私の判断は間違っていた。無礼を詫びよう、今の貴方ならば契約の繋がりを感じれることでしょう」
契約、そうかサーヴァントを留めるのはマスターの力だ。
だから、マスターからの魔力供給をしていることによりレイラインが形成されているということか。
「今更褒めても遅いがな、そう言えばお前セイバーじゃないのか?」
「むぅ……残念ですけど剣は持ってないわ」
「じゃあアーチャーか、やはりミスったな」
「悪かったわね」
「気にするな、此方のミスだ。残念で仕方ないけどな」
「今の暴言を悔やませて上げるわよ、その時になって謝っても聞かないんだからねっ!」
強い口調で皮肉を口にするアーチャーの姿に、遅れながら拗ねているという事に気づく。
そうか、どうやら少しムカついているようだ。
今までの余裕たっぷりで人を小馬鹿にしている態度を見ていたからか少しだけ溜飲が下がる。
子供みたいに臍を曲げた様子は、少しだけ興味深い。
そうだな、野生の猫を見ているような気分だ、多分コイツは懐かない。
「それじゃあ俺を後悔させてみろ、その時は謝ってやるよ」
「その言葉、忘れないことねマスター」
話し合いを終えた俺はふと思い出したようにアーチャーに問うた。
「そう言えば、お前はどこの英霊だ?」
「生憎、私にも分からないの」
「おい、俺を馬鹿にするような発言は控えろ」
「御免遊ばせ、侮辱するつもりはなかったのだけど誰かさんのせいで名前や素性に関して記憶の欠落があるのよ、まぁ些末な問題よね」
「問題大ありだ、作戦の一つも考えられないじゃないか」
「問題ないと言ったわ、貴方が召喚したサーヴァントが優秀でないはずがないですもの」
一瞬何を言ってるのか理解が遅れる。
あぁ、そうか、コイツは俺を見て自分の実力を計ったということか。
……まぁ、分かってるじゃないか。そうだな、大した問題じゃないし今は不問にしてやるか。
「そうだ、早速仕事を頼もうか」
「あら、意外と情熱的なのね。良いでしょう、敵は?」
「居間の掃除だ」
「えっ?待ちなさい、貴方はサーヴァントを何だと思ってるのかしら?」
「従僕だろ、生意気でマナーのなってない使用人だ」
間違ってないだろとアーチャーを見れば、否定できないのか悔しそうに、そして諦めたようにため息をつかれた。
そして、どこからか出したのかアーチャーは箒と塵取りを手に持っていた。
いつの間に、あんなものはウチにあっただろうか。
「了解よ、地獄に落ちろマスター」
「俺は寝る、おやすみ」
そして、長い夜は終わりを迎えた。
次に目を覚ました俺が見たのは壊れて機能停止した目覚まし時計だった。
しまった、寝過ごして昼前まで寝ていた。
召喚の影響か、身体がダルいせいだろう。
「もうお昼よマスター、まったくだらしないのね」
「そういうお前は……なんでメイド服だ?」
「私は形から入るのです。そこ、コスプレ趣味とか思わないように」
「コスプレ趣味……聖杯から知識を与えられるとは言えそんなことも知ってるのか」
ソファーに座ると同時に、横から差し込まれるように紅茶が置かれる。
いつの間に、このサーヴァント出来る!しかも上手い、馬鹿なウチの茶葉からこんな味が出るのか?
「さて、契約において最も重要な交換をお忘れでなくて?」
「何かあったか?」
「察しが悪いわね、マスター、貴方のお名前は?」
「そうか。名前を言ってなかったな、好きに呼べ。俺の名前は遠坂凛だ」
「凛、そう貴方にピッタリの響きね。でも女みたいな名前で馬鹿にされそう」
「凛が男の名前で何が悪い」
「オーケー、もう名前に関しては弄らない事を約束しましょう」
「フン、行くぞ。午後から街を案内してやる」
戦争において、勝利とは事前準備が物を言う。
既に聖杯戦争を想定してどういう立ち回りをするか日々シミュレートした俺に抜かりはなかった。
そう、あれは中二の頃、自分の考えた最強のサーヴァントと街を駆け巡るために色々な場所に言ったものだ。
「マスター、色々な場所に案内してくれるのは良いんですけど最初からビルの屋上が良かったわ。少なくとも、街全体が見渡せるんですもの」
「何を馬鹿なことを、実際に細部まで見ないと分からないこともある」
「そうね、貴方が子供の頃にどういう事を想定していたかって解説付きじゃなければ、少なくとも私は男の子ってヒーローごっこが好きよね、なんて思ったりもしなかったわ」
「うるせぇ、良いだろ!男の子は一度は通る道なんだよ」
少し興奮して、テロリストが路地裏から出てきた場合とか悪の魔術師とガンドを撃ち合う妄想をした話をするんじゃなかったと後悔した。
翌日、家から出た俺にアーチャーが話しかけてくる。
『学校に行くのマスター?』
「大丈夫だ、問題ない」
『もしもの話だけど、学校で襲われたらどうする?』
「捻じ伏せる。それにこの街には落ちぶれた魔術師しかいないからな、遠坂の敵ではない」
『随分と自信満々ね、貴方の知らない魔術師がいないとも限らないのに』
もし自分が女ならば、彼女の言葉に不安を覚えて一考の余地もあっただろう。
だが、その手の想定は既に対策法まで中二の時点でバッチリである。
そう、例え授業中に襲撃にあろうとも懐から宝石を指弾で飛ばして迎撃する練習は終えているのだ。
『そうだったわね、男の子ってどうしてこうも馬鹿なのかしら』
「おい、何故馬鹿にする……ッ!?待て、どういうことだ」
アーチャーと念話を通して会話しながら校門を通り過ぎた瞬間、強烈な違和感を抱いた。
空気が淀んでいるなんて匂わせるレベルじゃない、結界を張っていると完全に分かるレベルの違和感だ。
隠そうともしないそれは、挑発に違いないと理解する。
「ふざけやがって、俺のテリトリーで舐めた真似しやがって」
『凛、そっちは教室じゃないけれど』
「授業なんか知るか、今日はサボりだ。それより結界の起点を調べるぞ、一発ぶん殴らないと気が済まねぇ」
『了解よ、マスター』
結界は学校の周囲にあった。
意地になってあの手この手で解除を試みるも、全て失敗。
気づけば日が暮れる程であった。
分かったことと言えば結界内の人間を溶かして、そして魂を強引に集める魔術だ。
サーヴァントの強化、魂食いを行って魔力の貯蔵量を増やす魂胆だろ。
基本的な作戦だろうが、癪に障る。
何よりも腹立たしいのは解除出来ない俺の実力だ。
「おい、アーチャーの力でこれを消せるか?」
「あら、それを消すつもり?」
「ッ!?」
その声は、頭上から聞こえた。
振り返り、その声の相手を見る。
目に入るは月光、その下には一振りの赤い槍と赤い瞳、そして尋常ならざる気配。
あふれる魔力はその長い髪を風に靡かせるように揺らしていた。
「いつから、いや、お前の仕業か?」
「ハッ、小細工なんぞ魔術師の役割よ。私達はただ戦うのみ、そうでしょ?そこの女」
「アーチャーが見えているか、ならば!」
四方は囲まれているこの場所に地の利はない、故に、グラウンドに移動する。
視線を見てか、槍兵は槍を煌めさせた。
だが遅い、俺は一足飛びで屋上から飛び降りた。
魔術を用いて、鍛えている俺はこのくらいの高さから降りても問題ない。
「迎撃しろ、アーチャー!」
「自分で着地しなさいマスター」
「良いぞ、速い男は嫌いでは無いぞ。さぁ、やりましょうか!」
グラウンドに着地した瞬間、アーチャーと恐らくランサーが睨み合う。
ランサーはその赤い槍をクルリと回して構え直す。
よく見れば、何故かタイツのような服を着ており、ボディラインがはっきり見える。
「マスター、敵に欲情している暇はないわよ」
「だ、誰がそんなこと」
「ほぉ、だが私を抱けるのは私より強い男だけだ。どうだ、試してみるか」
「生憎、マスターはお前のような野蛮人を相手する暇はない」
「ほぉ、ではお前が相手しくれるんだろうな」
グラウンドの一部が吹き飛ぶ、戦いが始まった。
人間を超越した存在同士の戦い、その一部始終すら目で追うことも難しい。
ランサーが虚空に槍を震えば、コマ送りのようにアーチャーが現れ、剣を交える。
剣閃が残光を空間に残し、遅れて暴風が吹きすさぶ。
大地に亀裂が走り、校舎が反動で一部破損する。
これが英雄同士の戦い、すごい。
「なかなかやるではないか」
「どうした、さっきの勢いは口だけか?」
「真名を言うが良い、二刀使い」
「真名が知りたいか。そういう貴方は分かりやすくってよ。これほどの槍の使い手、赤い槍、そして女、恐らく条件に当てはまるのは一人」
「ほぉ、ならば喰らうか?我が必殺の一撃を!」
ランサーの赤い槍が炎を纏う、否、それは炎のように煌めく魔力。
まずい、宝具を開帳する気だ。
どうする、このままでは……。
「誰!?」
「足音、生徒か!?まずい、ランサーはどこに」
「さぁね、目撃者でも消しに言ったんじゃないかしら?」
「クソが、追えアーチャー!」
一般の生徒は巻き込まない、なんて間抜けだ。
それが嫌だからずっと気を付けていたのに、間に合え。
息を切らせる程に無我夢中で走る。
アーチャーとの繋がりから、生徒の場所を特定して急いで向う。
生徒は校内に逃げたらしい、階段を上がれば先行していたアーチャーが残念そうな顔で立っていた。
あぁ、そうか、間に合わなかったか。
すぐに思考を切り替える。
「ランサーを追え、マスターの顔くらい把握しないと割が合わない」
廊下に倒れているのはスカートからして女子生徒だった。
ゆっくりと広がる血、刺されて間もないのだろう。
これは俺の罪だ、俺が背負わなければならない責任。
せめて、看取るくらいはしてやろう。
「ランサーの槍で一突きか、心臓をやられていては助からんな。悪いな、看取るくらいは――」
その顔を、その姿を見て、心臓が大きく跳ねる。
どうして、どうしてお前がと思わず叫びそうになる。
「嘘だろ、これは何の冗談だ……」
その赤い髪を知っている。
その横顔を、小さいのに意外と力のある腕も知っている。
誰かのそばでいつも何かをしている姿を覚えている。
「よりによってお前だと、明日からどんな顔でアイツに……」
悪態を付きながら太ももを叩く。
すると、チクリと刺すような痛みが走った。
原因はポケットに入った何か。
「いや、まだだ!まだ、手はある!だから、死ぬなよ!」
俺の手には赤いペンダントが握られていた。