朝、二人でご飯を作っていたら桜くんの手首が赤くなってるのを見つけた。
あっ、怪我してる。もしかして、慎ちゃんが何かしたのかな?
「桜くん、手首のそれどうしたの?」
「えっ、あー、これですか」
「もしかして、慎ちゃんと何かあった、喧嘩とか」
「えっ、なんでここで姉さんが出てくるんですか?違いますよ、これは転んでぶつけたんですよ。それに、姉さんが僕に力で勝てる訳無いでしょ」
おかしそうに笑う桜くんに、確かにと思ってしまう。
例えば慎ちゃんが怒っても、桜くんなら笑顔で取り押さえられそうだ。
怒った慎ちゃんがポカポカ胸を叩いて、困った顔をした桜くんが容易に想像できる。
「この匂いは、士の卵焼き!……うん?」
「なんでも無いけど、空気読んで」
「空気、うまそうな匂いしかしないけど」
もういいよ。
桜くんの事を考えてたら、あっという間に昼休みだった。
はっ、私はいつの間に学校に来ていたんだ。
っていうか、弁当がない。
しょうがない、食堂で食べるとするか。
「ごめん、葛木先生に呼ばれてるからお昼一緒に食べれない」
「大丈夫だよ、元々食堂で食べるつもりだから」
「ぼっち飯、すまない」
「絶対すまないと思ってないでしょ、もう」
久しぶりの食堂、何を食べるか券売機を見て選ぶ。
おっ、シェフの気まぐれランチって何が出るかガチャみたいでおもしろそう。
「ほぉ、昼はシェフの気まぐれランチか。今日は生徒会長と一緒じゃねぇんだな」
「まぁね」
私が頼んだものを興味深げに見たのは、弓道部のモテ男美綴だった。
なんだかんだ、やたらと絡んできて気づけば仲良しな男の友達だ。
そうだ、桜くんの事とか聞いてみるか。
「そう言えば、最近の桜くんって元気にやってる?」
「桜?あぁ、元気にやってるぞ。問題は姉貴の方だけどな、遠坂に振られてヒステリックで面倒なんだ」
「えっ、遠坂さんに!?」
「おい、声デカイって、まぁ昨日からずっとそんな調子で見張ってなきゃいけねぇのなんの、疲れるって。ブツブツ言ってるし、絶対なんかやるぜ。刺すな、絶対背後からズドンだ」
「慎ちゃん癇癪持ちだからなぁ……でも、流石に慎ちゃんもそこまでしないよ」
ハンカチを噛み締めて地団駄を踏む慎ちゃんが頭の中に浮かび上がる。
うわぁ、やりそうだわ。
「でもよぉ、遠坂が近寄るから仕方ねぇんだよ。お前はやめたから知らねぇけどね」
「えぇ、慎ちゃんが……そうなんだ」
慎ちゃん、カッとなると止まらないからな。
美綴に聞いた話が頭から離れなくて、避けていた道場に来てしまった。
どうしよう、いざ来たけど帰ろうかな。
「おい、お前!お前が遠坂に付き纏ってる間桐慎だな!」
「えっ?」
道場を覗き込んでいたら、急に知らない男子が話し掛けてきた。
活発そうな、肌黒の男子、運動部に違いない、陸上部だろうな。
それで、なんで慎ちゃんと間違えてるんだろ。
「違いますけど、人違いです」
「おい、マキ。ショートだし茶髪だし違うんじゃね」
「髪を切って染めたんだろ、今日はそういう日に違いない」
「いや、違うんですけど」
茶髪っていうか赤毛だし、その時点で慎ちゃんと大きく違うんですけど。
しかし、話を聞いてくれなくてうんざりする。
そうだ、生徒手帳を見せればいいかな?
「これ」
「おい、どうすんだお前」
「マキ、人違いじゃねぇかよ。どうすんだよ馬鹿」
「や、やべぇ。衛宮ってあの衛宮、何か暇を見ては美品を修理する、人呼んで穂群原のシルキーのぉぉぉ」
「その渾名、知らないんですけど。でも、陸上部の部長とは知り合いですよ」
すいませんでしたと土下座するマキと呼ばれる男の子。
手のひら返し凄いなぁ。
「ごめんね、誰か探してるぽかったから」
「いえ別に、それより遠坂さんに何かあったんですか?」
「うっす、今日は風邪引いたとかで休みなんです、へへっ、あの完璧優等生が風邪とか絶対嘘っすよねぇ、ぐべぇ」
「すまんな衛宮ちゃん。ウチの馬鹿が勘違いして、でも君も怪しいからね。早く帰るように言われたでしょ?」
「そんなこと言われましたっけ?」
「知らないの?学校近くの交差点で殺人事件があったんだよ。辻斬りめいた殺人事件だって騒ぎになってるんだよ」
学校近く、そういえば朝に警察が集まってたかも。
帰りのバスの中で、ふと考えてしまった。
もしその場にいたら、その人達が救えたのになと。
でも、そんなのは非現実的な話で、人助けの範疇を越えているのは分かっていた。
「分かってるよ、人助けと魔法少女が違うってことぐらい」
ふと、昔の事を思い出す。
病室で、初めて義母さんと出会ったときのことだった。
その人は、随分と草臥れたスーツを着た冴えないおばさんだった。
化粧はしておらず、髪もボサボサで、疲れ切ったOLみたいな人だ。
磨けば美人だろうが、怠っているので老けて見えるみたいな人だった。
「こんにちは、君が士ちゃんだね?率直に聞くけど、孤児院に行くのと初めてあったおばさんに引き取られるのどっちが良いかな?」
「えっ、うーん、えっと、あー」
ゆっくりと考えて、おばさんを指差した。
すると、おばさんは嬉しそうに微笑んだ。
「ふふ、良かった。なら、身支度を済ませよう、新しい家に早くなれなきゃだもんね。おっと、大事なことを言い忘れた、初めに言っておくけどね。私は魔法使いなんだ」
それが、義母さんとの二度目の邂逅だった。
義母さんは覚えてないかもしれないけど、私は覚えている。
『あぁ、良かった!生きてる、生きてる!ありがとう、見つけられてよかった!助けられた、一人でも助けられた、救われた……』
十年前、あの日の事を覚えている。
熱かったこと、息ができなかったこと、そして誰かを助けようとして、その誰かも死んでいったこと。
そういうのは嫌だ、頑張っている人が報われない、犠牲になるような出来事は頭に来る。
誰もが助かって、幸福、何ていうか救われている結末は欲張りなのかな。
『それは難しい、士の言ってることは誰彼構わず全てを救おうって事だからね』
切嗣の言葉に、幼い私は納得できなかった。
だって、切嗣は否定したけど私を助けてくれた。
何でも出来る魔法使いなんだって、知っていた。
だから、切嗣ならあの時に何とか出来たんだって。
だけど切嗣は言った。
『士、誰かを救うってことは誰かを救わないってことなんだ。良いかい、人の手で救えるのは自分の手が届く範囲。当たり前だけど、これが魔法少女の定義なんだ』
そりゃ、今ならわかるよ。
言われてみたら、当たり前だ。
でも、救われることに定員が決まっているのは嫌だ。
そこから溢れた人がいることに、救われない人が居ることに耐えられないんだ。
翌朝、いつものように一緒に登校しようとしていたら桜くんが遠慮がちに聞いてきた。
「先輩、今度から暫く寄れなくなってしまうんですけど良いですか?」
「あっ、うん、桜くんも年頃だし遊びたいよね」
「そ、そんな違いますよ!部活だってちゃんと出ますし、何かあったら道場に来てくれれば何とかします。土日だから遊びに行くわけじゃないですし、変な勘違いしないで下さい!」
「わ、わかった。何かあったら、頼らせてもらうよ」
必死になる桜くん、どうも友達と遊んで部活をサボってると思われたくなかったようだ。
でも付き合いでゲーセンとか友達と遊んだりするもんだし、誤解しても仕方ないと思うんだよね。
仲が良いってだけで、女の先輩とよくいると誂われそうだし、付き合いも大事だしね。
「あっ、先輩。その手、痣が」
「えっ、ホントだ。どこかぶつけたかな、大丈夫大丈夫」
「ダメですよ、女の子なんですから。包帯、ちょうど包帯持ってます、巻きますね」
「お、おう……女子力高いなぁ……」