現代魔術科の放課後、教室での一幕になります。一部の方だけニヤリとして頂ければ幸いです。
彼女は自らの手を、白く清らかなものとは思わなかった。
振るった旗の元に集い、殉じていった大勢の友とその刃に倒れた兵達を、決して忘れることは無かった。
故に彼女は十字架に掲げられるその最期の時、穏やかで居られたのだろう。
魔女と罵る民衆の声に身を震わすことも無く、謂われ無き罪を擦り付ける教徒を責めることも無く、動じずに居られたのだろう。
かの炎こそが、彼女が望み主よりもたらされた、彼女にとっての贖罪だったのだろうから。
「論外だな」
教卓に座ったまま黒のスーツで身を包み、眉間に深い皺を寄せた腰まで届く長髪の男性──ロード・エルメロイⅡ世は目の前に置かれたレポートを手に取り、そう一蹴した。
「当時の十字教における聖戦での殉教は、何よりの誉れとされていた。文字通りの、名誉ある死だ。だがこのレポートにはそれらの歴史的考証と背景が全く取り入れられていない」
レポートを卓上に投げ捨て、つらつらと問題点を挙げていくロード。その一つ一つに提出者である栗毛の少年が肩を落とし小さくなっていく。
「文体もやたら感傷的で要領を得ず、もはや魔術論文と呼ぶのさえ烏滸がましい。これではただのポエムでしかない。当然ながら、今回の中世フランスを範囲とする魔術考察のレポートとしては落第だ」
落第。最後の台詞に何時もの無表情ながら、絶望し顔面を蒼白させる少年。
その様にロードは、ハァと心底からくる吐息を漏らして、数枚のプリント用紙を彼に渡した。
「一応、これに改善点を纏めておいたので明朝までに再提出するように」
「ハ、ハイッ! 失礼しますッ!」
紙を受けとるとまたも無表情ながら一転、明らかに喜色ばんだ気配の少年は、返事もそこそこに早足で教室を出ていった。
ドイツから一月前に現代魔術科へ入学を果たした、現在一番に手の掛かる生徒。その背を見送り、ようやくロードは本日の講師としての業務を終えた。
フゥーと今度は安堵から長く息を吐き、コキコキと肩を回す。気が付けばロンドンを照らす夕日もそろそろ落ちる頃合いだ。
窓越しの強い斜陽に目を細めたロードはふと、卓上に置き去りにされたレポートの存在に気が付いた。こんなものでも一応は魔術的な書類だ。手に取り、然るべき形で処分するかと思案する。
「…………」
しかし、その思考は脳裏ではためく王のマントによって中断された。
「……夢で見た、か。下らんな」
夢で着想を得たとされた少年のレポートを、言葉とは裏腹に乱雑に鞄へ入れたロードもまた教室を後にする。
鞄からはみ出たレポートに書かれている少年の名は──。
ジーク。
かの竜殺しの英雄を由来とするものだった。
竜君と書いてジーク君と読みます。