罪と少女 作:カタルシス
僕は小さい頃から結婚を約束している許嫁がいる。それは家族以外他の誰にも話さないことにしていたが、中学生の最後の方、本当の親友、そ・う・思・っ・て・い・た・や・つ・だけに、特別に教えたことがある。
そのことがあって以来、純粋な心は疑心暗鬼に、友情は汚く脆いものだと考えるようになった。表面上の付き合いに固執しない。周りに馴染む訳でなく、かといって離れ過ぎない。適度な人間関係を築く。進展は無く、ただただ停滞し、変わることはない。僕にとってはそれが一番落ち着くのである。
授業が終わり、いつものように家に帰る前に少し時間をつぶすために、僕は物理準備室に向かった。別に家にすぐに帰ってもいいが、この前面白いやつを見つけたので、そいつで遊ぶのが最近の僕の日課になっていた。
「あれ、東洋」
物理準備室に入った僕に声をかけてきたこいつが最近見つけた面・白・い・や・つ・だ。身長は少し小さめで、クルミのような茶色の髪をしばることなく腰のあたりまで伸ばしている。小さく整った顔には、またチョコレートのような色をした丸く可愛らしい目に眼鏡をかけている。制服の上に白衣を着ていてもわかるその大きな胸は、男子に人気であると同時に、彼女のコンプレックスでもある。
「ああ、お邪魔するよ」
普段からこの部屋に籠もっている彼女は校内で唯一の科学部の部員ではあるが、僕は彼女を科学に関わる者としてはあまり向いていないと思っている。しかし、話し相手としては面白い。話していて不快になることも多いが、楽しいことも多い。
「なんの用?お茶ぐらいなら出せるけど」
「君に会いに来たのさ。紅茶なら貰おう。美味しく入れてくれよ?」
佐倉さくら小和こより、それが彼女の名前だ。僕の返答に彼女は顔を赤らめ恥ずかしがり、目線を逸らす。実にわかりやすく、からかいがいがある。しかし、彼女のその表情はあまり好きでは無い。思わず顔が歪みそうになるのを引き締める。
「冗談はやめて。砂糖は用意しないわよ?」
「冗談なんかじゃないさ。それと、僕が砂糖を大量に入れるのは知ってるだろう?」
相変わらず耳障りな声だが、話す内容は特に変わったことはない。白衣を着ているせいでは学校内で変人という扱いになっている。しかし僕のスタンスは誰とも平等に、等しくすることなので彼女にとっては唯・一・といってもいい関わりになっている。だから、
「と、突然だけど、今週の土曜は空いてる?忙しかったら別にいいんだけど…」
彼女がこういうことをするのも予想はできていた。髪をいじりながら尋ねるその仕草は可愛らしいが、あくまで小動物的であり、そもそも僕は彼女のその表情は好きではないし、いわゆるそ・う・い・う・関・係・になりたいとは思わない。残念ながら彼女の想いが届くことはないだろう。しかし表面上はなにもないよう、気付いていないよう振る舞わなければいけない。
「何か用事?僕はあまり休日を他人の為には使いたくない主義なんだけどね」
「い、嫌だったら良いんだけど、駅前に新しい喫茶店が出たみたいなの。ちょっと行ってみない?」
せっかくあまり社交的ではない彼女が勇気を出して誘ってくれたことだし、行っても良いかもしれない。たまには土日を他人と過ごすのも悪くない。
「喫茶店か…いいかもね。ロシアンティーがあれば最高なんだけど」
「よし」
僕は彼女がそう小声で言ったのを聞き逃さなかった。何もなさげに装っているが、本心ではさぞ喜んでいることだろう。せめて隠してほしいが、彼女の中では全くバレてはいないらしい。
「ロシアンティー?ああ、紅茶にジャムを入れるんだっけ?」
「断じて違うね。紅茶にジャムを入れるのは邪道だ。紅茶と一緒に果物を砂糖で煮たものを食べるのが理想のロシアンティーだよ」
「そ、そうなんだ…」
若干引かれようが、そこだけは譲れない。日本人の多くは紅茶にジャムを入れればロシアンティーだと思っているが、本場のものは違う。紅茶とともにハチミツを舐めたり、砂糖を大量に入れて甘くするのである。
「それはともかく、何時に行けばいい?できれば紅茶を飲む時間帯がいいんだけど」
「3時ぐらいはどう?丁度ケーキとかも食べれるんじゃない?」
一時から、といって色々な場所に一緒に行こうという勇気はないらしい。中途半端なところが実に彼女らしい。僕は彼女のそんな中途半端な勇気のないところが好きである。
「じゃあ土曜日の3時に。場所は?現地集合にする?それとも待ち合わせ?」
「うーん…現地集合にしましょう」
「よし、決まりだ。楽しみにしておくよ」
土曜日の三時から、一緒に喫茶店に行ったあとどうするかはあえて尋ねなかった。彼女のことだから、何もせずに寂しそうにそのまま帰るのだろう。
「こよりが誘ってくるなんて珍しいね。よく誰かと遊びに行ったりするの?」
「誰か」なんていないことは当然知っているが、一応聞いてみる。
「い、いや、その…と、東洋が初めてなんだ」
「本当に?じゃぁ、僕がこよりの初めての相手になるんだね。嬉しいよ!」
「う、うん…」
ちょうど一区切りしたところで、時間が迫っているのに気づく。少しくらいなら遅れてもいいが、わざわざ彼女と話を続けてまで遅れる必要はないだろう。
「もう少し話したいことだけど、残念ながら時間が来たみたいだ。じゃあ、また土曜に」
「うん、また土曜」
別れの挨拶を告げたときの彼女の顔は、名残惜しそうな、寂しそうな表情だった。彼女の可愛いところを言えと言われれば、あの表情だと言うだろう。しかし、そんなどうでも良いことよりも早く帰る事を優先する。あいにくだが、彼女と話している時よりも家にいるほうがよっぽど楽しいのである。
なぜなら、
「おかえり」
「ああ、ただいま」
家には僕の許嫁がいるのだから。