それは、何てことのない昼下がりの事だった。午前の授業が終わり、生徒達が思い思いに休み時間を楽しむ中、戦車道部あんこうチームの面々も、自分の昼食を持って、その日は学校の中庭へとやって来ていた。
「だからさ〜、私達華の女子高生だよ? ここで格好いい彼氏の一人も作らないと!」
その中心で熱弁を振るう沙織に、隣に座る華が「あらあら」とのんびり口許を押さえる。
「武部殿 今日は一段と熱が入ってますね」
「あ、あはは……」
普段より一段とヒートアップしているチームメイトの姿に、振り返った優花里に困ったように笑い返すみほ。
「何かあったのでしょうか?」
そんな二人のクエスチョンマークを代弁するように首を傾げた華に、沙織の隣の麻子が「ん」と一冊の雑誌を差し出した。
「「「……生涯未婚の女性にありがちなこと十選?」」」
麻子が指差したその先、彩り鮮やかで、如何にも沙織が好きそうなタイトルの雑誌の一番手前に書かれた記事のタイトルに、みほ、優花里、華の三人は思わず顔を見合わせた。
「これの第一位が理由だ」
そう言って、もそもそと昼食に戻る麻子を前に、正面にいた優花里が代表してページを捲る。
「「「あ〜……」」」
そこには、如何にも人目を惹き付けそうな赤字で、でかでかと「高校迄に交際経験がない!!」と書かれていた。
「今朝、それ見てから、ずっとこんな感じだ」
付け足した麻子の言葉に、三人は何となく朝の沙織の様子を察する。
「でもこれ、編集部調べって書いてますよ?」
「あ、本当ですね」
「この手の雑誌で、アンケートですらないベストテンとか、あまりに当てにならないんじゃないでしょうか?」
その内容を読んでいた優花里の言葉に、みほと華の二人も同調するように頷く。が、
「甘いっ!!」
そんな三人の反応に、当の沙織がガバッと身を乗り出してきた。
「三人とも甘過ぎっ! 具体的にはクリームマシマシのマロンケーキにはちみつを掛けてからグラニュー糖をふるくらい甘いよっ!!」
「それ、もう殆ど砂糖だろ」
胸焼けしそうなメニューに麻子がぼそりと入れた突っ込みは当然ながら無視された。
「女の子が女子高生でいられる期間は三年間しかないんだよ!? 80年の人生の中でたった三年! 割合にして僅か3.75%! しかも、一年使いきっちゃってるから、実際は2.5%!! 大学生でも初恋はあるかもだけど、女子高生っていうプレミアが付くのは、この期間だけなんだよ!? 今まで鍛えた家事にお洒落に加えて始めた戦車道!! ここに女子高生まで乗せたボーナスタイムに貴重な3.75%を浪費とか絶対に人生後悔するって!!」
「何か、言い方が物凄く不健全な気がしますね」
「あ、あはは……」
その、余りにも鬼気迫る生々しい熱弁に、優花里とみほは思わず苦笑を浮かべた。
「っていうかみんな!!」
そんなみほ達の反応が気に入らなかったのか、ぷくーっと膨れた沙織がバンッ!と手を打った。
「みんなは危機感ないの!? 高校なんて大学受験だってあるから、本当にあっという間なんだよ!?」
「面倒臭い」
「わたくしもみなさんと一緒に居るのが楽しいですし」
「わたしも、高校生活は戦車道に全てを捧げるつもりであります!」
が、実にマイペースなあんこうチームの答えに、沙織は「むぅぅぅぅぅ」と如何にも不満気だ。
「あ、あはは……」
何時ものチームメイトらしい反応に思わず苦笑を浮かべるみほだったが、その反応が一歩遅れたのが命取りだった。
「みぽりんもそう思うよね!!」
「へっ?」
きっ!とこっちを振り返った沙織の一寸血走った視線に、みほは思わずほけっとした反応を返してしまった。
「だよね! うん! 乙女の嗜み! 戦車道家元の娘ならそう思うよね!!」
「あ、あうぅぅ」
「沙織の奴、明らかに力技で味方を増やそうとしているな」
「あらあら……」
「通信手はその声こそが最大の武器。流石は我らあんこうチームの通信手武部殿。西住殿もたじたじでありますな!」
急に向いた矛先に、内心で「見てないで助けてよー!」と悲鳴を上げるが、触らぬ神に祟りなしとばかりに奇麗に沙織の射程距離外に避難している、実に隊長思いな三人だった。
「そうだ! 今日の放課後、練習もないし、みんなでみぽりんの家に行こうよ!」
「え、ええ!?」
更に重なった沙織の一言に、みほは混乱で目を白黒させた。
「みんな彼氏づくりに興味が無いって言ってるけど、だからと言って女子力を磨かなくていい理由にはならないでしょ? それに、そうやって女の子磨きさぼってたら、いざ素敵な男の人見つけてもアタックできなくなっちゃうでしょ?」
「なんでわたしの家なんですかぁ!?」
「みぽりんが隊長なんだし! ね? それに、みぽりん西住流の家元の娘なんだし、二人で練習すれば新しい発見があるかもしれないでしょ!」
戦車道の試合では毅然としているみほも、今のスーパーサイヤ人に成り掛けている沙織の気迫には完全に白旗、もとい撃墜状態だった。
「一寸たんま」
そんな二人を見かねて、麻子がぱっと手を上げた。そして、一緒に逃げていた華と優花里の二人と額を突き合わせる。
(これって完全に)
(西住殿を人質に取る作戦ですな)
(思いっきり、二人で練習すればって言ってますもんねえ)
(どう考えても、わたし達が行かなかったら、一人だけ犠牲になるパターンだな。まったく、相変わらずこういう時は頭が回る)
(実際、どうします?)
(流石に、これ以上西住殿を見捨てる訳にはいかないでありますからなあ)
(ですよねぇ)
(しょーがない。わたし達も行くしかないか)
((賛成))
頷き合った三人は、沙織とみほを振り返る。
「わたくし達も、その女子力磨き、同行させていただきますね」
「そう言ってくれると思ったよ! ビバ、友情!」
「まったく、調子いい奴だ」
「まあまあ、それが武部殿の良いところですから」
三人が同行を申し出たことで満足したのか、立ち上がった沙織が「じゃあ、放課後ね!」と言ってパタパタと教室に戻っていく。
「じゃあ、わたくし達も戻りましょうか」
「そうですね。武部殿対策も立てる必要がありますし」
「ドンマイ」
その後を追う華、優花里、麻子。
「……ど、どうしよう」
そんな三人の背中を呆然と見送ったみほは、漸く我に返ると思わずそう呟いたのだった。
放課後の事、沙織達あんこうチームの訪問を前に、一足先に家路についたみほは内心でどうしたものかと頭を抱えていた。別に、チームメイトを家に招くことも、多少大変ではあっても沙織の女子力磨きに付き合うのもみほ個人としては特に問題はなかった。ただ、
「みんな、気にしないでくれるかなあ……」
別段悪い事をしているわけでもないし、それそのものはむしろ良い事だとも思っているが如何せん、みほの年齢でそうというのは少々騒がれてしまうのも無理からぬことだ。自分だけであれば、黒森峰の時と比べればまだ我慢出来る範囲なのだが……
「迷惑にならないと良いんだけど」
「……」
とはいえ、みほ個人としては今のチームメイトを信じる思いもあった。多分、事情を正直に話せば悪い事にはならないだろうとも。
「うん、大丈夫だよね……」
自分に言い聞かせるように呟いたみほはトテトテと少し速足で、大洗の学園艦にある自宅へと急いだのだった。
◆
みほが帰宅してから三十分程した頃、商店街から続く道を抜け、私服に着替えた他のあんこうチームの面々がみほの家へとやって来ていた。
「この辺みたい」
先頭を歩いていた沙織の手にはスマホと一緒に、みほから渡された自宅の住所が書かれたメモがあった。ボコの形をした付箋だったが、それを覗き込んだ隣の華がふと首を傾げた。
「あれ? この辺、『西住』と書かれた表札は何処にもありませんよ?」
「でも、みぽりんのくれた住所はほら」
「確かに、このあたりの住所ですね」
沙織の差し出したそれに、優花里も頷く。
「ふむ、一寸見せてくれ」
後ろの方でのそのそと付いてきていた麻子が付箋を受け取ると、こっちも首を傾げた。
「住所だけ見ると、此処みたいだな」
そう言って麻子が指さしたのは比較的新しい二階建ての一軒家だったが、その表に掛けられた真新しい表札には、大きく『東城』の二文字が書かれていた。
「もしかして、みぽりん書き間違えた?」
「いえ、ラインを送ってみたら、ここで合ってると返ってきました」
「まだ、引っ越してきて、表札を変えていないのでしょうか?」
「……」
「あ、麻子!?」
首を傾げる三人の前で、麻子が家の門を開けて中に足を踏み入れる。親友の背中に思わず声を上げる沙織だったが、その声に「ここであってるって返ってきたんだろ?」と振り返らずに麻子は返した。
「「「……」」」
つられて、玄関までやって来た他の三人の前で麻子がチャイムを押すと、奥から「はーい」という声が聞こえた。その声は確かによく知った
奥から聞こえてくるパタパタという音が止むと、ドアノブがかちゃりと動いた。
「お邪魔します、みぽ、り……ん?」
中から出てきたみほに、沙織がにこっと首を傾げる。が、
「え?」
「は?」
「ん?」
中から出てきたのは、自分達がよく知る
「いらっしゃい、みほの友達かな?」
優し気に微笑む、若い男性の姿だった。
「え? え? ……」
突然現れた見知らぬ、青年と言っていい年の男性の顔に、真正面に居た沙織が一番の混乱に飲まれていた。
「リビングで待っててもらって良いかな? みほ、一寸手が塞がってるから」
そう言って、スリッパを並べた青年に、咄嗟に「あ、ありがとうございます!」とお礼を言いながら、靴を脱いで家に上がった沙織が、かーっと顔を赤らめながら「あ、あの!」と声を上げる。
「ん?」
「み、みぽりん、じゃなくて、西住さんの親戚の方ですか? あたし、西住さんのチームメイトの武部沙織っていいます!」
「ああ、これはご丁寧に。東城林太郎といいます。どうぞ宜しくお願いします」
「あ、宜しくお願いします!」
折り目正しく一礼した青年に、沙織の方もがばっと頭を下げる。
(あの、これって……)
(間違いなく、惚れたな)
(やっぱり、ですか?)
その様子を後ろで見ていた三人は、赤くなった沙織の耳を見てそれぞれに顔を見合わせる。
「そちらの皆さんは」
「同じくチームメイトの五十鈴華と申します」
「あ、秋山優花里です!」
「冷泉麻子」
「ん。宜しくお願いしますね」
そう言って、頷くその男の人に、一番前に居た沙織が「あ、あのっ!」と声を上げた。
「はい?」
「もしよかったら、メールアドレス交換しませんか!?」
ぎゅっと両手を握り、身を乗り出す沙織。唐突な言葉だったが、微かに震えた両手が、その本気を何よりも雄弁に物語っていた。
「……え?」
青年の方は突然の事に困惑した様子だったが、沙織の真剣さが伝わったのか、直ぐに口を閉じて、「えーと」と言葉を選ぶような表情になった。
「何て言うか、非常に「ごめんなさいっ! 一寸手が離せなくって!!」
が、そんな空気を遮るように、パタパタという音と共に、上の階からみほが小走りで降りてくる音が響いた。
「あ、西住殿!」
その音にいち早く反応した優花里がパッと笑顔を浮かべる。そんな優花里に釣られて華と麻子も階段の方を向く。と、
「ごめんなさい、待たせちゃって」
「「「……」」」
階段から降りて来たみほの姿に、目をぱちくりさせた三人。
「優花里さん?」
そんな三人の反応に、こてんと首を傾げたみほ。
「西住殿、私服だと随分と雰囲気が変わるのですね」
不思議がるみほに、先頭に居た優花里が代表して三人の感想を口にした。後ろの麻子と華も優花里に同意するようにうんうんと頷いている。
確かに、クリーム色のハイネックのセーターに、動きやすいジーパン。そして、前に掛けたボコ柄の大きなエプロンは普段三人が目にしているセーラー服やパンツァージャケットのみほからは一寸イメージしづらい、何と言うか女子高生らしくない落ち着いた雰囲気を纏っていた。
「ええ、でもとても落ち着いた雰囲気で、優しいみほさんに良く似合ってると思いますよ」
「そ、そうかな?」
華の言葉に、みほが少しだけ照れくさそうに頬を掻いた。そんなみほに「ええ、凄く似合ってるであります!」と優花里も力強く頷いた。
「そ れ よ り !」
「えへへ」と笑うみほ。何処となく和やかな空気になる中、青年の前に居た沙織がグイっとみほに近付いた。
「みぽりん、こんな素敵な親戚がいるってなんで言ってくれなかったの!? 意外過ぎて、私びっくりしちゃった!! まさか、こんなところで素敵な出会いがあるなんて!♪」
「さ、沙織さん!?」
爛々と目を輝かせて迫ってくる沙織の迫力に、みほが思わず仰け反った。
「このお兄さんとみぽりんてどんな関係? あ、待って、当ててみせるから。黒森峰からこっちに移ってきたのって、絶対にこのお兄さんがいるからだよね? なら、結構近い親戚だよね? もしかして、従兄とか?」
「あ、あうぅぅぅ……」
希望と期待に胸を膨らませて、鼻息荒く詰め寄ってくる沙織に、みほは冷や汗を流しながら後退った。と、
「ん?」
そんな二人を見ていた中で、不意に麻子が何かに気が付いたように首を傾げた。
「……」
そのまま、もう一つを探すと、少しだけ驚いたように目を見開いた。
「じゃあさ、じゃあさ♪「待て、沙織」っと、どうしたの麻子? 今大事な所なのに」
「相手の手、見たか?」
「手?」
「そうだ。左手」
「……!?」
一瞬、首を傾げた沙織だったが、流石にそっち方面の造詣が深いだけあって、直ぐに麻子の言わんとする答えに辿り着く。はっと目を見開いて、困った様に頬を掻いている青年の方を振り返ると、直ぐにその左手に目を向け、その薬指に光るシンプルな形のリング、具体的には結婚指輪に麻子の制止の意味を理解する。
「そ、そんなぁ~……」
突然降って湧いた出会いに燃えたのも束の間、相手が既婚者だと知った沙織は、先程とはうって変わって涙目になりながら頭を抱えた。が、
「それだけじゃないぞ」
「へ?」
そんな沙織に、麻子はまだ続きがあると首を横に振る。
「麻子さん?」
「冷泉殿?」
そんな麻子の様子に、隣に居た華と優花里も首を傾げる。
「ほら、そっち」
指差した先、そこに居たのは何時もと少しだけ雰囲気の違う
「……え?」
「まぁ……」
そして、その指さした先、そこにあった事実に、流石の優花里と華も驚愕に目を見開いた。
「あ、あはは」
そう、自分達のチームメイトである隊長の左手の薬指には、
「実は……そういう事なんです。はい」
隣に立つ青年と全く同じデザインの
「私は西住……じゃなくて、東城みほで」
シンプルなデザインの銀色の結婚指輪が
「林太郎さんの奥さんやってます」
しっかりと、嵌っていたのだった。
「「「え……ええええええええええええええええええええ!?!?!?!?」」」
そろそろ水平線の先で日が傾き始めた学園艦の上で、その日一番の悲鳴が上がったのだった。
◆
「お待たせしました」
キッチンから出てきたみほが手に持ったお盆から、手際よくテーブルに夕飯を並べていく。ふんわりと香る出汁の匂いに、あんこうチームのメンバーは思わず顔を綻ばせた。
「うわー、本当に美味しそうであります♪」
「えへへ♪ 今日はいつもより張り切っちゃいました」
素直な優花里の反応に、少しだけ面映ゆそうにしながら、みほは「温かいうちにどうぞ」と微笑んだ。
「いっただきまーす♪」
「いただきます」
「いただきますっ!」
「いただきます……」
三々五々、手を合わせて箸を取る。そして、
「「「「ん~~~~~!!!!」」」」
全員が同時に唸った。
「とっても美味しいです西住殿!」
「本当に、何かほっとする味で」
「美味い……」
「ありがとうございます」
照れくさそうに笑うみほの隣で、沙織がう~とまた唸った。
「沙織さん?」
「う~、負けたぁ!!」
みほが首を傾げると、沙織が悔しそうにぶんぶんと両手を振った。
「ていうか、みぽりんすっごい羨ましいよ! 旦那さんもとっても優しそうだし! 家庭もしっかりしてそうだし! 女子力完璧じゃん!」
「あ、ありがとうございます」
うわーん! と泣きながら夕飯を食べる沙織の姿に、みほは苦笑しながらもお礼を言った。
「でも、本当に、みほさん素敵なお嫁さんなんですね。わたしも驚きました」
そんな二人のやり取りに、反対側に居た華がそう言って頬に手を当てた。
「確かに、西住殿は西住流家元の次女ですし、改めて言われると全く不自然ではないのですが、既にご結婚までされていたのは正直驚きでした」
「料理も美味いし、掃除も凄く行き届いていて、言う事なしだからな」
華の言葉に同意するように、優花里と麻子もこくこくと頷く。
「あ、あはは……」
頬を赤らめたみほが照れを誤魔化す様に箸を進めると、何となく食卓全体が穏やかな空気になった気がした。
「そういえば、質問なのですが」
「?」
「西住殿と東城殿は一体どういった御関係だったのですか?」
「あ、それ私も気になる。西住流家元~なんて、どう聞いても純粋培養っぽいし」
「確かに、あまり男の方と出逢う機会は多くなさそうですよね」
「……」
じーっと視線を向けてくる四人に、「あぅぅ」ともじもじしながらも、やがて、視線から逃げ切れなくなったのか少し考えるように「えっと」とみほは口を開いた。
「うちの人とは、幼馴染なんです」
「「「「幼馴染?」」」」
「はい。熊本に居たときからの」
首を傾げる四人に、みほはこっくりと首肯する。
「元々、うちの家の近所に住んでいて、小学校の低学年の頃なんかは、うちの人が私とお姉ちゃんの登下校を見てくれたりしてたんです」
「成る程、そして、そのまま押しきったと!?」
御得意の恋ばなになり、思わずズズイッと身を乗り出した沙織を「流石にまだ早すぎるだろ」と麻子が冷静に引っ張って席に戻した。そんな二人に、みほはくすくすと苦笑を浮かべながらも、「でも、あの人が好きだったのは本当にあの頃からかもしれません」と昔を懐かしむように呟いた。
「お姉ちゃんと私は丁度本格的に戦車道の稽古を始めた頃で、何でもすぐに出来たお姉ちゃんと違って、私は何時も稽古の後に泣いちゃっていて……。よく、家の外に居た私を何時も家まで手を引いてくれたんです」
「それで、好きになっちゃったと?」
こくりと頷いたみほの頬がうっすらと帯びた赤い色に、四人は「はぇ〜……」と感嘆ともつかない声を漏らした。
「お姉ちゃんは戦車道の稽古が本格的になると、段々うちの人とは疎遠になっていっちゃったんですけど、私は大好きな年の離れたお兄ちゃんに会いたくて、何時もこっそり同じ場所で泣いてました」
そう語ったみほの姿を想像し、優花里や沙織は
「はは〜」
「あのみぽりんがね〜」
と、感心した様に目を丸くした。
「子供の頃のみほさんって、結構おませさんだったんですね」
「あはは、そうかもしれません」
くすくすとからかう華に、みほはペロッと舌を出した。
「それで、中学校に上がった頃に、思いきって告白したら、本当に真剣に考えてくれて」
「オッケーを貰えたんだね!?」
「はい♪」
頷いたみほの満面の笑顔に、こういう話に目がない沙織が「きゃ〜♥♥♥」とはしゃいだ。
「勿論、何時も良い関係だった訳じゃありません。お互いに自分勝手な理由で喧嘩もしましたし、本当に別れそうにもなりました。でも、あの人は何時でも私と本気で向き合ってくれました。子供だって見なさないで、最後まで粘り強く相対してくれて、だから乗り越えて来れたんだと思います」
「何と言うか、とても誠実な方なのですな、東城殿は」
「はいっ♪」
優花里の言葉に、みほは我が事のように嬉しそうに微笑んだ。
「因みに、御結婚されたのはいつ頃だったのですか?」
「あ、そういえばそうですよね。私達と同じ年齢なのですから、そんなに前ではありませんよね?」
顔を見合わせて頷き合う優花里と華に、みほは「えっと……」と少し言い淀む。
「丁度、去年の私の誕生日に……」
「てことは、一六に成ったその日にか」
「はえ〜……」
「ホントのホントで最速婚て、みぽりんも思いきったよね」
「でも、そういった思いきりのよさも、みほさんらしくて素敵だと思いますよ?」
和気藹々と笑う中、正面にいた沙織が好きそうな「でもさ」と首を傾げた。
「みぽりん、結婚に不安とかは無かったの?」
「不安ですか?」
「私も素敵な男の人と付き合いたいって思ってるけど、正直結婚までってなるとピンと来ないって言うか、二の足踏んじゃうなーって」
言葉を選ぶように首を傾げる沙織に、みほは納得したように「ああ」と頷いた。
「私の場合は、そういうのはあんまりありませんでした」
「そうなのか?」
「はい♪」
きっぱりと言い切るみほに、麻子が少しだけ驚いたように目を瞬いた。
「元々、熊本に居た頃から、よくあの人の家にお邪魔してましたし、受験の時なんかは、一月くらい彼の家で寝泊まりしていたこともありましたから」
「成る程、流石西住殿! つまり、結婚前から夫婦生活の準備は万端だったということですね!」
きらっきらと目を輝かせる優花里に、みほは少しだけ誇らしそうに頷いた。が、同時にふと、少しだけ複雑そうな、そして寂しそうな、そんな表情になった。
「西住殿?」
隊長のそんな雰囲気に真っ先に気付いた優花里が、心配そうに首を傾げた。
「どうかされましたか?」
「え、あ、いや……」
そんな優花里と言い淀むみほにつられて、華や麻子も首を傾げる。
「……本当に」
「?」
「本当に、あの頃は色んな事があったなって思って……」
「あ……」
しみじみと呟くみほの姿に、四人は誰ともなしに、その理由を察した。
「丁度、あの頃は去年の戦車道の全国大会が終わって、少し時間が経った頃でした。結構、学校の中はゴタゴタしていたし、私も正直家に帰りづらくて、あの頃は毎日うちの人の家から学校に通ってました。……本当に、大分前の事のように思いますけど、まだ一年も経ってないんですよね」
何処か遠くを見るように目を細めるみほ。
「そっか、大変だったんだねみぽりん」
「辛くはなかったのですか?」
そんなみほに、沙織と華が心配そうに声をかける。だが、視線を下ろしたみほは少しだけ考えてから、ふるふると首を横に振った。
「全く辛くなかったって言えば嘘になります。でも、挫ける気は不思議としませんでした。きっと、あの人が隣に居てくれたからだと思います……」
そう言って、その頃の事を思い出すように、みほは薬指に嵌められた指輪をそっと撫で付けた。
「一度、彼の家にお母さんが来たことがあったんです」
「お母さんというと、西住流家元の?」
「うん。その時のお母さんは凄い剣幕で、今までのどんな稽古の時よりも怖かったです」
「……」
「今思うと、自分の娘が心配だったのかなって思うんですけど、その頃の私は兎に角、学校に行くのも家に帰るのも辛くて、あの人の隣だけが唯一安らげる場所でした。だから、正直お母さんについて帰るのだけは絶対に嫌でした」
少しだけ、悲しそうに俯くみほ。彼女の中でも、まだ完全には消化しきれていないのかもしれない。
「それで、あの人にしがみついて、けど、お母さんが怖くて、ずっと震えていたら、彼、何て言ったと思います?」
「えっと」
「『みほは渡さないから。絶対に』って。十年以上一緒にいたのに、初めて見るくらい真剣な顔で」
「……」
「それで、お母さんが詰め寄ってきたんだけど、彼はその手を払ってくれて……。お母さんに退くように言われても、最後まで立っていてくれたんです。きっと……私のために」
―退けません―
―みほを愛しているから退けません―
そんな、夫の姿を思い出しながら、みほはふっと表情を緩めた。
「結局、朝までそうしていて、お母さんが仕事で帰っても、私はずっと怖くて……そんな私の手を握って、大丈夫って言ってくれたときに、『ああ、この人を好きになって良かった』って思って、だから」
顔を上げた視線には、さっきの不安げな光は既に無くなっていた。
「だから、あの人がプロポーズしてくれた時も、一緒に熊本を出ようって言ってくれたときも、不安は全然ありませんでした。私の事を想ってくれてのことだって、ちゃんと分かっていましたから」
「「「「……」」」」
そんな、何処か誇らしそうなみほの姿に、四人は誰ともなしに魅入らせられるような、そんな不思議な気持ちに成った。
「そっか……」
まだ、恋とも縁があまりない四人は、普段は少しおどおどしていて、けれど戦車道では誰よりも頼りになる、どちらかと言えば小動物系な
「じゃあ、みぽりん、今最高に幸せなんだね」
「はいっ♪」
頷いた、その表情は何処までも爛漫で、それ以上に素敵な活力に溢れていた。
「となると、今後、西住殿は東城殿とお呼びした方が宜しいのでしょうか?」
「そういえばそっか、みぽりんは西住流だけど、今は西住じゃなくて東城なんだもんね」
「あら? そうなると、西住流じゃなくて東城流になるのでしょうか?」
「そうなると、西住流の後継者じゃなくて、東城流の家元になるんだな」
そんなみほをからかうように、四人が口々にそう言うと、今までの雰囲気は何処へやら、「え、ええええ!?」と慌てる彼女は、四人がよく知るいつもの西住みほなのだった。
「でも、これではっきりしたね」
一頻り笑いが過ぎ去った頃、不意に沙織がそう言った。
「? どうしたんだ沙織。また変な事でも思い付いたのか?」
また、唐突に動き出した親友に、麻子が「んー?」と首を横にする。
「もう、麻子ったら! 見て分からない?」
「んん?」
「みぽりんのこと! ほら、出会いも、結婚も、新婚生活も全部完璧でしょ!」
「まあ、それなりに山谷はあったようですけどね」
それでもまあ、その全てを含めて、確かに今のみほは夫婦生活を満喫している様に見えた。
「これはつまり、西住流を学んでいれば、絶対に最高に幸せな結婚が出来るって証拠じゃん!」
「えぇ……」
「あ、あはは……」
びしぃっ!とみほを指差して力説する沙織に、「そりゃ、戦車道ってより、結婚の方の努力だろ」と呟く麻子。一方、沙織認定の完璧な結婚のモデルにされたみほの方は実に反応に困った様子で笑っている。
「あたしも頑張るよ! 頑張って、みぽりんみたいな素敵な結婚するんだから!!」
そして、そんな麻子の突っ込みに欠片もめげる様子もなく、ぎゅっと拳を握った沙織は、ふんす!!と鼻息も荒く、高らかに宣言したのだった。
「因みに、西住殿は結婚生活で何か後悔したこととか、失敗したことってあったりするんですか?」
完璧という沙織の言葉につられてか、優花里がふとそんな事を聞いてきた。
「んー、細々とした失敗とかは沢山あったけど、後悔っていうのは……あ」
「お? 何か心当たりが?」
「うん」
頷いたみほが深々と吐いた溜め息に、四人は興味深げにエプロン姿の隊長を見詰める。
「確かに最高に幸せだって言いましたけど、一つだけ大洗に来て後悔したことがあります。それは」
「「「「それは……?」」」」
「あのコスチュームで、あんこう踊りを踊ったことです」
うら若き、華の女子高生というだけでも、あの踊りは恥ずかしいものがあるというのに、人妻があの格好で踊っていたとなると、途端に如何わしい臭いがしてくる。そして、当然ながら、あの時のみほは既に人妻だった訳で……。
「「「「あー……」」」」
同じ恥を分かち合った四人の口からは納得の感情しか出てこないのだった。
◆
「と、そろそろ、おいとまする時間でありますな」
食事が終わり、みほに出されたコーヒーを楽しんでいた優花里がポーンと鳴った時計を見上げて椅子から立ち上がる。壁に掛けられたそれの針は、丁度9時を回ったところだった。
「あ、本当だ。みぽりん、今日は本当にありがとう♪ とっても参考になったよ!」
夕食の終わりから、主婦業に精を出すみほに『見取り稽古』と称してくっついていた沙織も、手に持ったメモ帳を閉じて、みほに嬉しそうにお礼を言った。
「次に来るときは、何かお土産でも持ってこないといけませんね♪」
此方も、にこにこと期限良さそうな華に、隣の優花里が「それならば勿論、西住殿のお子さんにも相応しい、子供用戦車グッズで決まりでありますな!」と少々気が早い贈り物を提案する。
「も、もぅ……」
それが意味することを理解し、みほはぽっと顔を赤らめたのだった。
「じゃ、旦那さんに宜しくね!」
「お幸せにであります!」
そんなみほの反応を楽しみながら、沙織と優花里が席を立ったところで麻子が「あ、ちょっとトイレ借りて良いか?」と尋ねてきた。
「廊下の奥の左際のドアです」
頷いたみほが、そう伝えると軽く礼を言った麻子がのそっと立ち上がった。そして、
「むおっ!?」
「あっ」
それが全ての間違いだった。
今の今までずっと座りっぱなしだった麻子は、急に立ち上がったせいか、よろりと大きくバランスを崩してしまった。咄嗟に身体を受け止めようとした沙織の手が空を切り、思わず皆が息を飲む中、倒れかけの麻子は半ば反射的にその手を伸ばしていた。幸か不幸か、その手の先には備え付けのクローゼットがあり、麻子の小さな手が辛うじてその取っ手に届いた。
「「「「ほっ……」」」」
一瞬、落下を止めた麻子の後ろ姿に他の四人が胸を撫で下ろす。当の麻子もほっとした様子で大きく息を吐いた。が、所詮、クローゼットの取っ手はクローゼットの取っ手。決して雑な作りではなく、また麻子自身が小柄で華奢であったとしても、人一人の体重を支えるようには作られていなかった。
「「「「「あっ」」」」」
部屋に響いたバキッという音と共に真鍮で出来たそれがへし折れ、無情にも麻子は西住、もとい東城家の床へと墜落したのだった。「ふぎゃっ!?」という悲鳴と共に強かに鼻を打った麻子。そんな彼女の後頭部に、コツンとぶつかる物があった。
「ん? 何だこれ……」
涙目で鼻頭を擦りながら起き上がった麻子は頭にぶつかってきたそれを手に取った。見ると軽い小さな紙箱。医薬品か何からしいそれに、みほが何かに気付いたらしく、「あっ!?」と声を上げた。
「極薄……0.01ミリ……!?!?!?!?」
殆ど条件反射だったのだろう。群青色の小箱に金色の文字で書かれた目立つ製品名を麻子はつい口ずさんでしまった。
「「「!?!?!?!?」」」
直後、麻子につられて、ボッと真っ赤になる沙織と優花里と華。今は、その情熱の大半を戦車道に捧げているとはいえ、彼女達も華の女子高生である。
「「「「……」」」」
ぎぎぎぎぎっと油の切れたブリキの人形のように振り返ったチームメイトの視線に、ただ一人みほだけがさーっと青くなる。そんな我らが西住隊長の視線を反射的に追いかけてしまった四人は、
「あら……」
「うわ……」
「すご……」
「は、ハレンチであります!?」
クローゼットに掛けられた大量の下着類、具体的にはどう見ても布の面積が足りなすぎる黒いブラジャーや、エグい角度の純白のパンツ。絹よりも薄いピンクのベビードールに、本来隠さなきゃいけないところに穴の空いた紫色のランジェリー。
確かにみほは人妻だった。だから、こういった物を所持していても、成る程、確かに問題もないだろう。
―自分達とは格の違う―
何よりも雄弁に物語る、その品々に、
「「「「御見逸れしました隊長」」」」
まだまだ、未熟な彼女達は無意識のうちに畏敬の念を抱いていた。
「あ、ああ……」
そして、そんなチームメイトの視線に晒され、
「いやああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?!?!?!?!?!?」
みほのこの日一番の悲鳴が、大洗の学園艦全土へと響き渡ったのだった。