みぽりんは人妻だったようです。   作:小名掘 天牙

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前回は沢山のご感想どうもありがとうございました。正直、予想外に反響があり個人的には嬉しいやら恐縮するやら……
今回はBC自由学園の彼女です。楽しんでいただけたら幸いです。


押田ルカは人妻だったようです。

 日本で学園艦という制度が策定されてから、実に様々な高校が開かれた。そのどれもが陸地と隔離されているためか、実に独特の文化を花開かせている。

 

 

BC自由学園

 

 

 この学校も、そんな個性豊かな高校の一つであり、かつてBC高校と自由学園という二つの高校が統合されて成立したという特徴的な成り立ちをしていた。

 こうした経緯から自由学園が得意としていた農業科、工業科、家政科に加え、BC高校が注力していた普通科、商業科が並ぶ彩り豊かな高校となった本校であるが、ブドウ栽培や中高一貫等の特徴の他に、もう一つ他校にはない風物詩ともいえるものが存在していた。それが……

 

 

「こんの、外様があああああああああああああああ!!!!!!!!!」

 

「何だと、エスカレーター組のもやしがあああああああああああああ!!!!!!!!」

 

 

旧自由学園とBC高校の軋轢。端的に言うと、上流階級のお嬢様と外部から普通科に入学してきた庶民派の恒常的な派閥争いであった。その争いの理由は多岐に渡り、実質的に旧自由学園が行っている学園艦の運営に対する不満から、学校の食堂の献立といった極々日常的なものまで、ありとあらゆる不満を火種に小競り合いが発生していた。

 

「ふんぬうううううううううう!!!!!!!」

 

「ぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐ!!!!!!!」

 

そんな、文字通り俗語の呉越同舟状態の両校の生徒達が睨み合う中、その最前列で睨み合うのがエスカレーター組の押田ルカと、外部生の実質的なリーダー安藤レナの二人だった。

 

「大体! 何がエスカルゴ定食だ! あんな堅苦しいものを定食とか舐めてるのかっ!?」

 

「「「「「そーだ! そーだぁ!!」」」」」

 

どうやら、今日の喧嘩の原因は学校の食堂で出される定食の事の様だった。

 BC高校側で叫ぶ褐色肌が特徴的な生徒、外部生の安藤レナの声に、後ろに(たむろ)する外部生が一斉にシュプレヒコールを行う。

 

「エスカルゴ定食が堅苦しいなどと、どんだけ不器用なんだ!! 原始人かお前らは!!!」

 

「「「「「そーだ! そーだぁ!!」」」」」

 

対する金髪の生徒、エスカレーター組の先鋒である押田ルカの反駁に、今度はエスカレーター組のコールが跳ね返る。

 

「そもそも! 食事のマナーなぞ一般家庭のサラリーマンでも必要とあらば訓練して覚えてるだろうがっ! それをまともに練習もせずに不満をまき散らすなど、外部生の言う根性とはその程度のものか!?」

 

「ぐぅ!?」

 

仲間の後押しを受けてか、矢継ぎ早に叫ぶライバルの押田の弁に、普段からエスカレーター組を軟弱などと揶揄している分、安藤は苦しそうに呻いた。そして、そんな仇敵の見せた隙を逃すほど、押田の方も甘くはない。「ふふんっ」と調子付いた様子で外部生全体を見下しながら、嬉々として追い打ちに掛かった。

 

「大体、何だその雑な制服の着こなしは! そんな着崩した格好、お里が知れるというものだ、このふしだらめ! マナーを学ぶ気概すらないなら、せめて身だしなみくらい気を付けたらどうだっ!!」

 

鬼の首を取ったような表情でビシィ!!と安藤が首にぶら下げた制服を指さし宣言する押田。勝利を確信した会心の笑みに、エスカレーター組がやんややんやと歓声を送る!

 

「ふ、ふしだらぁ!?」

 

一方、穏やかでないのは安藤の方だ。よりにもよって、公衆の面前で、しかも犬猿の仲の押田にふしだらなどと罵倒されたのだ。曲がりなりにも女子高生。そんな認識を周囲にばら撒かれるのは彼女の女性としての沽券にかかわる事になる。というか、何でジャケットを結んで羽織った程度でそんな事言われにゃならんのだ!

 

「ふん! この程度の事でふしだらなどと言わなければいけないお前達の旧態依然のセンスの方がいっそ哀れだ!」

 

 勝利の甘美に酔って、完全に自分への警戒を解いている隙だらけの押田を睨みつけ、安藤は真っ向から噛みついた。

 

「んなっ!?」

 

油断していたところに手痛い一撃を食らい、とっさに言葉が出なくなる押田。一瞬で優位が逆転したのを嗅ぎ取った安藤の方が、今度は一転して攻勢に出る。

 

「何につけてもマナー、マナー、マナー、マナー!! そんなもん、単なる習慣だろうがっ!! そこに貴賤をつけなきゃプライド一つ守れない軟弱者どもが!!! そんなにマナーが好きなら、いっそマナーとでも結婚していろ、この色気なしがっ!!!」

 

「な、なにおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?!?!?!?」

 

先の優位も失せ、顔を真っ赤にして激怒する押田と、押田の反応を見て活気づく外部生。そんな仲間の昂揚に後押しされて、安藤が更に言い募る。

 

「ふんっ! そこで怒り出すのが図星な証拠だ!! お前達みたいな高慢ちき、真面な人間なら願い下げだろう!! よしんば誰かと付き合えたとしても、金があるだけで高飛車な貴様らなど、財産狙いの寄生虫男くらいしか捕まえられんだろうさ!! そんな貴様らに大好きなマナーなんて選択肢を用意してやった分、むしろ感謝してもらいたいものだな! 悔しかったら、そこの男捕まえてバージン捨てて見せろ、この確定オールドミスがぁ!!!!!!」

 

「「「「「「「「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!」」」」」」」」」」

 

この日、最高潮に達する仲間のボルテージ、黙ったままのエスカレーター組、プルプルと肩を震わせるばかりのライバル(押田)の姿。

 

(勝った!!)

 

(自分も処女のくせに)勝利を確信する安藤。事実、仲間達も安藤の勝利に活気づき、歓声を通り越して怒号となった声援を轟かせている。昂揚する気分と勝利の美酒に酔いながら仲間達の安藤コールに手を振り、さて、止めを刺してやろうと押田を振り返った彼女は、しかし、押田を除くエスカレーター組の様子が妙な事に気が付いた。

 わなわなと肩を震わせる押田。これは良い。だが、エスカレーター組が反駁の一つすらなく、皆一様に顔を青くしているのは一体どういうことか?

 

「お、おい」

 

何となく、不安になり、つい目の前の良く知るライバルに声を掛けた安藤だったが、そんな彼女の前で押田がガバッと顔を上げた。

 

「!?」

 

その憤怒を通り越して殺気立った眼光。いっそ獣じみたそれに射すくめられた安藤を、

 

 

 

「既婚者に向かって何言ってるんだ貴様ああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」

 

 

 

押田ルカ渾身の右フックが吹っ飛ばしたのだった。

 視界がブラックアウトする直前、最後に安藤が目にしたのは自分に襲い掛かろうとする押田と、それを何とか抑えようとする必死の形相のエスカレーター組の姿だった。

 

 

 

 

     ◆

 

 

 

 

「はっ!?」

 

 安藤が目を開いた瞬間、視界に写ったのは見慣れた学校の天井だった。

 

「つっ」

 

咄嗟に起き上がった瞬間、右の米神に走った激痛に、思わず顔を顰める。

 

「あら、お目覚めかしら?」

 

そんな安藤の前で、個室のカーテンがシャッと音を立てて開く。そこに居たのは、

 

「あ、マリー様」

 

そこに居たのは、安藤が所属する戦車道部の隊長であるエスカレーター組のマリーと、その側近である祖父江と砂部の三人だった。

 

「体調は大丈夫かしら?」

 

ぽやーんと微笑むマリーの、エスカレーター組にしては珍しい邪気のないそれに、安藤は思わず「あ、はい」と頷く。

 

「というか、ここは保健室ですよね? えっと……」

 

「ああ、もしかして、気絶する直前の記憶があやふや?」

 

首を捻る安藤の様子を見て、マリーがクスリと笑った。

 

「さっきの外部生とエスカレーター組の小競り合いで、この子を煽った時に、怒ったこの子に気絶させられたのよ」

 

そう言って、マリーが振り返った先に居たのは、むすっとした表情で腕を組んでいる、エスカレーター組の押田の姿だった。

 明らかに機嫌が悪そうな押田の姿に、漸く朧気ながらに気絶直前の事を思い出し始めた安藤。痛む右米神を抑えながら、「そういえば」と首を傾げた。

 

「?」

 

「さっき、こいつに殴られる直前、何か信じられない事を聞いたような気が……」

 

そんな安藤の疑問符に、更に機嫌が下降する押田。そんな押田と安藤の様子を見比べていたマリーがふふっと楽しそうに笑った。

 

「それ、あれでしょ?」

 

「あれ?」

 

「ええ」

 

頷いたマリーが笑みを深め、ベッドの上の安藤に内緒話をするように身を乗り出してきた。

 

「 き こ ん しゃ ♥」

 

「あ、そうです、それです」

 

楽し気なマリーの言葉に、安藤はポンと手を打つ。

 

「これと一緒に殴られて、避けることも出来なかったものね♪」

 

そう言って、くすくすと笑うマリーに、逆に安藤は渋い顔になる。

 

「いや、あれは仕方ないじゃないですか……。咄嗟にあんな嘘言われたら、誰だって「え?」ってなりますって」

 

そう言って口を尖らせる安藤。実際、久しぶりにあんな奇麗な一撃を貰ったのが悔しかったこともあり、押田の口車が無ければ避けられてた負け惜しみを言う。

 

「大体、お前も嘘を吐くならもっとマシな「嘘など言ってない」……は?」

 

不満の矛先を、こちらを見ようともしないライバルに向けた安藤だったが、その押田が安藤の言葉を遮った。

 

「いやお前……」

 

そんなライバルの言葉に、いっそ不信感を隠さずに安藤は顔を顰める。

 

「それはいくら何でも無理が「んっ」

 

だが、そんな安藤に向けて押田が差し出したのは、蟷螂拳の稽古で固くなったにも拘わらずすらりと形の良い左手と、その薬指に嵌められた小さな銀色のリングだった。

 

「……は?」

 

ぽかんとする安藤。そのリングの意味、左手の薬指というところまで含めれば、それが既婚者の証であることは知らない人間の方が少ないだろう。

 

「え? ……え!?」

 

その左手を指さして絶句する押田に、「あら、知らなかったの? 私達の間では割と有名なのよ?」と実に良い笑顔でマリーが首を傾げる。

 

「こ、これって……」

 

「彼女、エスカレーター組で唯一の既婚者なの」

 

ぎぎぎっと振り返った。安藤にマリーが悪戯っぽくウィンクした。

 

「か、担ごうとしてませんかぁ!?」

 

「こんなことで担いでどうする」

 

流石に耐えきれなくなった安藤の悲鳴に、手を引っ込めた押田が突っ込む。

 

「因みに押田というのは旧姓だ。本当の苗字は安藤……安藤ルカだ」

 

「…………」

 

奇しくも自分と同じ苗字。だが、

 

「い、いやいやいやいやいやいや!? 本気で理解が追い付かん!? え!? 本当なのか!?!?」

 

混乱の渦中に叩き込まれた安藤が目に見えて狼狽する姿に、マリーは「ふぅ……」と溜息を吐く。

 

「こういう、情報の溝も今後は是正していかないといけないわね」

 

そして、隣に立つ押田、もとい安藤ルカに問い掛ける。

 

「貴女のそれも改めて公開する事になるけど、良いわね?」

 

「Oui」

 

そんな、二人のやり取りを見て、漸くこの信じられない光景が事実であると理解した安藤は、

 

 

 

「えええええええええええええええええええええええええええ!?!?!?!?!?!?!?!?!?」

 

 

 

「きゃっ!?」

 

学園艦全体に響く程の絶叫を上げたのだった。

 

 

 

 

 安藤の長い長い絶叫が収まった頃、相変わらず不機嫌そうな表情の押田……ルカが未だに呆然とした様子の彼女に「おい」と声を掛ける。

 

「あ? え?」

 

「何アホ面をしている。今日、練習終わりに時間はあるか?」

 

「あ、ああ。特には」

 

咄嗟の事で、反論もなく頷いてしまう安藤にルカは「よし」と頷く。

 

「今日の放課後、私の家に来い」

 

「は? お前の家に?」

 

その口から出た意外な言葉に、安藤はまじまじとルカの顔を覗き込んだ。

 

「……そう身構えるな。普通のマンションだ」

 

「そうなのか?」

 

きょとんとした安藤の視線に、ふんと鼻を鳴らしたルカは「当たり前だろう」と頷く。

 

「学園艦なんだぞ? 建てられる家屋の重量にも限度がある。幾らエスカレーター組でも陸地みたいな豪邸に住んでいる奴は殆ど居ないぞ」

 

そう言って、さっさと保健室から出て行こうとするルカに安藤が「お、おい!?」と声を掛ける。

 

「放課後だぞ。確かに言ったからな」

 

立ち止まったルカがちらりとだけ振り返り、言葉少なにそう言う。

 

「あら、私達は誘ってくれないのかしら?」

 

そんなルカにマリーが悪戯っぽく尋ねる。ルカの方はそんなマリーの態度に慣れたものなのか、小さく肩を竦めて「ご要望とあらば」と頷く。

 

「今日は夫も仕事が遅くなると言っていましたから、食器も空きがありますし。……何のおもてなしも出来ませんが、それでも良ければお越しください」

 

そう言って、今度こそ出て行くルカの背中に、

 

「楽しみにしているわ♪」

 

マリーはにっこりと微笑んだのだった。

 

 

 

 

     ◆

 

 

 

 

 その日の戦車道の練習が終わり、安藤が校門で待っていると、私服に着替えたマリーと祖父江&砂部、そして、

 

「待たせたな」

 

同じく私服に着替えたルカがやって来た。

 

「行くぞ」

 

「お、おい」

 

そう言ってスタスタと歩き出すルカに、安藤が思わず声を掛ける。

 

「行くって、お前の家にだよな?」

 

「その前にスーパーだ」

 

「……は?」

 

ルカの口から出た耳慣れない、否、馴染み深いが彼女の口から出るのは想定出来なかった言葉に、安藤は思わず間抜けな声を上げた。

 

「普段二人暮らしなんだ。流石にこの人数分の食料は常備している訳がないだろ」

 

そう言って肩を竦め、改めてスーパーに向かうルカ。そして、その後を慣れた様子で付いていくマリーとその側近達。

 

「……」

 

その後姿を見詰めながら、思わず自分の頬を引っ張った安藤は、

 

「……痛い」

 

少し涙目になりながら、慌てて四人の後を追いかけたのだった。

 

 

 

 

 買い物を終えて五人がやって来た自宅は、設えも良くセキュリティもしっかりしていたが、確かにルカが言った通り、普通の範囲を逸脱していないものだった。

 

「ただいま」

 

「お邪魔しまーす♪」

 

「「お邪魔致します」」

 

「お、お邪魔します?」

 

三々五々、靴を脱いで家に上がるマリー達に付いて行くと、部屋の中には様々な戦車道グッズや本、そして、

 

「あ……」

 

幸せそうに微笑むルカとその隣に立つ男性のツーショット写真が数多く飾られていた。

 

さらさらと散る桜の前で

 

日差しの眩しい砂浜の前で

 

紅葉する木々の前で

 

そして、雪景色の前で

 

四季折々を愛する二人が過ごした、そんな記録だった。

 

「……」

 

百の言葉よりも雄弁なその光景に、安藤は漸くあの好敵手(ルカ)が既婚者である事を実感したのだった。そんな安藤や勝手知ったる様子でくつろぐマリー達に、

 

「直ぐに夕飯の用意をしてしまうので、少し待っていてください」

 

と、チェックのエプロンを着けたルカが声を掛ける。

 

「はいは~い♪」

 

そんなルカに機嫌よく返事をしたマリーが、少々行儀悪くソファに寝そべりながらテレビのスイッチを点けた。

 

「……」

 

そんな、外の雑音を聞き流しながら、何となく気になった安藤は少し躊躇いながらもルカが包丁を取るキッチンに足を踏み入れた。

 トントンとリズミカルに流れる包丁の音。慣れた手付きで手早く切り揃えられていくネギ、白菜、豆腐に、石づきの取られたしめじ。どの家庭でもよく見る野菜が、どの家庭でもめったに見ない風貌のルカの手で手際よく形を整えられていく様子に、安藤は我知らずの内に「はー……」と感嘆ともつかない声を上げていた。

 

「何を作っているんだ?」

 

思わず、そう尋ねていた安藤に、顔を上げたルカはその手を止めることなく「すき焼きだ」と応えていた。

 

「流石にこの人数で、今の時間から細かく作っていられないからな」

 

トンッと音を立てて、切り終わった人参を深皿のホットプレートに放り込む。澱むことのない手付きが暗にルカの料理の腕を物語っていた。

 

「というか、作るんだな……すき焼き」

 

「たまにな。二人だと却って鍋物は邪魔になるから滅多にやらないが」

 

そう言って肩を竦め、酒と醤油で出汁の味を調える。ふんわりと漂ってきたカツオの香りに安藤は思わずこくりと唾を飲んだ。

 

「そういえば」

 

「ん?」

 

「結婚はどうやって決めたんだ? 実家が決めたとかそういう「違うわよ?」

 

何となく手持無沙汰になった安藤が、ふと湧いた疑問を口にすると、いつの間にかにゅっとキッチンに顔を出していたマリーがくすくすと悪戯っぽく笑った。

 

「むしろ、学園艦に乗る前からの幼馴染らしいわよ? 中学の時なんか毎日学校が終わると電話していたし」

 

「はー……」

 

「で、この子が高校に上がる頃に、旦那さんも就職したんだけど、丁度お互いすれ違いも増えていて、暴走したこの子が艦を降りるとか、旦那さんを檻に閉じ込めてでも艦に乗せるとか、刺すの刺さないの、そもそも彼女の家をどうするのかとか散々揉めての大恋愛の末に結婚して旦那さんが艦に乗る事になった訳」

 

「だから、エスカレーター組では凄い有名なのよ♪」と締めくくったマリーの言葉に、安藤は「はー……」と最早感心しか出てこないといった風に溜息を洩らした。

 

「でも、普段は指輪していないですよね?」

 

今のルカの左手に嵌った銀色のリングに、ふと首を傾げる。もし、普段からルカが左手の薬指に結婚指輪をしていたら、もっとこの話は有名になっていたはずだ。

 

「普段は戦車道と蟷螂拳があるから外しているんだ。本当はずっと付けていたいけど……無理をして壊したら悲しいだろ」

 

「……」

 

そう言って、少しだけ頬を染めるルカの様子に、真っ向から惚気られた安藤は自分が言われたわけでもないのに、何となく気恥ずかしくなって頬を掻いたのだった。

 

「お熱いわねー」

 

くすくすと笑いながらキッチンを出て行ったマリーを追いかけ、安藤も気恥ずかしさを誤魔化す様に「邪魔したな」とだけ言って、リビングに戻ったのだった。

 

 

 

 

「ねぇ、まだかしら?」

 

 ルカが鍋とお椀を持ってきてから十分程が過ぎた頃、部屋の中にはカツオ出汁のきいた良い匂いがふんわりと漂っていた。くつくつと鳴る鍋の音に、我慢しきれない様子のマリーが頻りに蓋を開けて良いか尋ねている。

 

「ん。そろそろ良いでしょう」

 

そんな、何度目かのマリーの確認に、納得した様子で頷いたルカが湯気でうっすらと曇った鍋の蓋を取る。

 

「ん~良い匂い♪」

 

「「!」」

 

忽ち、立ち昇る煮えた具材の香りが、此れまで漂っていたカツオ出汁の香りに混ざり、皆の食欲を一気に掻き立てた。

 

「……」

 

学園艦の女子寮に住むようになってから、久しく食べていなかった家庭料理に思わず安藤も喉を鳴らした。

 

「いっただっきまーす♪」

 

そんな安藤を横目に、パッと真ん中にあった肉に手を伸ばすマリー。一切の遠慮もなく「ん~、美味しい♥」と満面の笑みを浮かべる姿に安藤は一瞬呆気に取られたが、向かいに座る祖父江&砂部、そしてルカもが肉に手を伸ばすと、慌てて自分も肉の争奪戦に参戦したのだった。

 

「!」

 

果たして、その味はこれまでで一番かは分からないが、一般庶民の安藤をして「凄く美味しい」と思う出来栄えだった。

 

「? どうかしたか?」

 

一瞬動きの止まった安藤に、ルカが訝る様に首を傾げる。

 

「あ、いや……」

 

急に声を掛けられて狼狽えた安藤だったが、こほんと咳ばらいをすると、

 

「凄く美味いな……これ」

 

彼女にしては珍しく、一切の嫌味のない賞賛を送った。

 

「! そうだろう」

 

そんな安藤の言葉に、一瞬虚を突かれた様子のルカだったが、直ぐに何時もの少し傲慢にも見える笑みを浮かべて自信満々に頷いた。

 

「夫がこういう料理を好んでいるからな。喜ばせたくて、交際中に色々と覚えたんだ……それなのに、よりにもよって外部生からバージンだのなんだのと言われるとは思わなかったがな」

 

「うっ……。その件は悪かった」

 

幾ら大嫌いなエスカレーター組の、しかも相手がこのルカとはいえ、此処まで真剣に夫を愛している人間にしていい罵倒ではなかった。流石に、気まずくなる安藤に肩を竦めたが、結局ルカはそれ以上は何も言わなかった。

 

「そういえば、お前の旦那……さん? って、幼馴染なんだよな?」

 

「ああ」

 

「お前と幼馴染なのに、こういう料理を食べるのか?」

 

何となく、ルカと幼馴染というと、もっとこう、分かりやすくセレブな人間を思い浮かべていた。そんな、安藤の意見には頷くものがあるのか、少しだけルカは困った様に眉尻を落とした。

 

「妻の私が言うのもなんだが、正直、私と接点が出来たのが不思議な旦那だ。実家の方も普通の……まあ外部生とさして変わらないよ」

 

「それでも大恋愛か?」

 

少し揶揄う様に首を傾げると、「ああ」と頷いたルカはにやっと笑った。

 

「愛しているからな」

 

そう言って、見詰めてきたその青い瞳は何処までも真剣で、彼女の言葉が偽らざる本心であることを物語っていた。

 

「そ、そうか……」

 

何となく、気後れした安藤は、そんなルカの視線から逃れる様に言葉を切る。

 

「というか、今更なんだが、こんな家庭料理を好む相手と結婚しているのに、私達にマナーだ何だと言っていたのか?」

 

偶然思い付いた話題を深く考えずに口にしてしまった安藤だったが、その言葉を聞いたルカは「それとこれとは話が別だ」と渋面を作った。

 

「マナーが一般教養であり最低限身につけなければいけないことというのは厳然たる事実だ。そこに、エスカレーター組とか外部生とかといった括りは関係ない」

 

きっぱりと言い切るルカの言葉は、安藤としてもぐうの音の出ない正論だった。

 

「旦那さんも、貴女との距離を詰めるために頑張って覚えたんだものね♪」

 

だが、そんなルカを茶化す様に、隣のマリーがにっこりと曲者らしい笑顔を浮かべる。

 

「む……」

 

「テーブルマナーなんて、私達よりも奇麗なくらいだし、旦那さんの努力を知っているから、ああいう言い方になっちゃうんでしょうね♪」

 

「マリー様……」

 

「♪~」

 

思わず、声を上げたルカに、しかし、マリーは素知らぬ顔で鍋を突いていく。やがて、諦めたのか「ふぅ……」と溜息を吐いたルカは「まあ、そういう事だ」とマリーの言葉を図星だと認めた。

 

「私の旦那は庶民といっていい生い立ちだが、私の為に私の習慣に馴染めるようにとゼロから努力をしてくれた。もうすでに自分自身の習慣が身に沁みついてしまっているのにも関わらずだ。それは"好き"という感情を一時の情熱に任せた恋で終わらせないために、あの人が私と真剣に向き合ってくれた結果の一つだと思っている。結果が、今の何処に出ても恥ずかしくない夫だ……」

 

そう言って、ルカはかちゃりと手に持った箸を置く。

 

「そんな努力をしてくれた夫を私は誇りに思っている。見栄えとかそういう意味じゃないぞ? 私を愛してくれて、私の為にそれだけの努力をしてくれることを誇らしく思っている。だから、自分が努力をしていないにも拘らず、エスカレーター組を一括りに軟弱などと罵る限り、お前達外部生を私は認めない」

 

そう言って、真直ぐに安藤を見据えるルカの視線は何処までも真剣で、決して単に高圧的なだけではない、そんな強い意志が見て取れた。

 

「別に、私の夫の様にしろまでは言わん。夫の努力は私への愛情だが、そんなものを外部生に持たれても困る」

 

「……」

 

「だが、せめて我々と同じ高校の生徒であるという自覚くらいは持て。我々の習慣に文句を言うなら、せめて最低限の事を身に着けてからにしろ。逆に私達に軟弱と言うなら、自分達で料理くらいしたらどうだ? 家庭料理の作り方なんて、今ならごまんとあるだろう。レシピや本を見れば、最低限誰にでも作れるようになるはずだ……それ以上を求めるなら、相応の本気が必要だがな」

 

滔々と語るルカの言葉に、安藤は何も言い返せなかった。要するに、押田ルカはこれ(努力)を安藤に見せたかったのだろう。

 ルカの出した料理と、ルカの旦那のした努力は互いの為にであったとはいえ、確かに自分達外部生にも求められるべきものだった。こうして、まざまざと実績を見せつけられると、確かに自分達は温かった。そう言われても仕方ない部分はあるように思えた。

 

「……それ「旦那さんに美味しいって言ってもらいたくて、一時は戦車道や蟷螂拳の怪我より包丁で出来た切り傷の方が多かったくらいだったものね~♪」

 

「ぐふっ!?」

 

気まずさに、思わず視線を伏せかけた安藤だったがそんな重苦しい空気を壊す様に、のほほんとしたマリーの言葉が安藤の言葉を遮った。そして、そんなマリーの一言がクリティカルヒットしたのか、ルカは「うぐぐ」と胸を抑えていた。

 

「というか、盛大に惚気だったわよね。要するにお互いに大好きってしか言ってなかったし。私はまだそういうのに縁がないけど、ちょっと羨ましいわねぇ♪」

 

「マ、マリー様ぁ……」

 

思わず情けない声を出すルカに誰かが噴き出し、少しだけ和やかになった空気の中で、安藤は目の前のライバルに「おい」と声を掛けた。

 

「? 何だ?」

 

「今回は敗けを認めておく」

 

首を傾げるライバルに、安藤は珍しく自身の非を認める言葉を口にする。

 

「ふんっやっと認めたか」

 

「調子に乗るな。あくまで今回だけだ」

 

その意味を理解して、にやっと笑ったルカに鼻を鳴らし、安藤は出汁と混ざった卵をご飯に掛けて、かちゃかちゃとそれを一気に掻き込んだ。

 

「おい……」

 

思わず、呻くルカに、「別に良いだろ」と安藤は開き直る。

 

「習慣をマナーと言うなら、これだって別に逸脱はしていないだろ?」

 

「いや、だからって「んぐっ!?」おい」

 

やけ食い混じりにルカを無視した安藤だったが、急に飲み込んだ大量のご飯に一瞬大きく咽た。流石に冗談みたいなその光景に思わず頭を抱えたルカだったが、一方の安藤の方はそんな事を気にしている余裕もない。視線だけで周囲に助けを求めるがテーブルには生憎ルカが作った出汁しか残っていなかった。

 

「まったく。冷蔵庫にあるもの好きに飲め」

 

「んっ!」

 

ため息交じりのルカに、こくこくと頷くと、安藤は急いでキッチンにあった冷蔵庫に向かう。几帳面に並べられた食材やおかずの中に幾つかの瓶があった。その中の一つ、見るからに甘そうな雰囲気の瓶を取ると、胸の苦しさに任せて、その中身を一気に飲み干した。

 

「!?」

 

直後、かぁっ!!と熱くなる喉と腹。むせ返る様な痺れに思わず安藤は大きく咳き込んだ。

 

「ん? あ、おいそれは!?」

 

安藤の異変に気付いたルカがキッチンを覗き込み、そして、その手に握られた瓶を見て悲鳴を上げた。

 

「え? 何?」

 

「あれ、うちの人のコニャックです!!」

 

同じく何事かと顔を出したマリーにルカが叫ぶと、「うえっ!?」っと焦ったマリーも又、悲鳴を上げる。

 一方の安藤の方は被害甚大だ。コニャックのアルコール度数は40%以上。ビールの十倍以上だ。当然、そんなものを一気に煽ったら、

 

「う……ぎぼぢわ゛る゛い゛」

 

こうなるに決まっていた。

 

「だああああああ!!! 何でそれをよりにもよって飲んだ!? 普通瓶見たら気付くだろ!? 吐くな吐くな吐くな!!! いや、吐け!!! その量一気は不味すぎる!!! って、ここでは吐くな!? 吐くならせめてトイレに行け!!!」

 

咄嗟に駆け寄り、安藤を介抱するルカにくっついて来たマリーが「世話焼きねぇ」と言って笑う。どうやら、安藤をトイレまで運ぶのを手伝ってくれるみたいだ。

 

「貴女、良い奥さんだけど、良い母さんにもなれるんじゃないかしら?」

 

「それは光栄ですし、いずれはとも思いますが、こんな跳ねっ返りな上に手の掛かる娘はいりません!!」

 

「う゛う゛ぅ゛……」

 

「だあああああああ!? あと五秒! あと五秒だけ耐えろ!!!」

 

「うえぇぇぇぇぇぇ……」

 

ルカの絶叫も虚しく、決壊した安藤の堤防。

 

「ぎゃあああああああああああああああああああああああああ!?!?!?!?!?!?」

 

そして、BC自由学園生徒唯一の既婚者(押田ルカ)の悲鳴が、夜のBC自由学園の学園艦に響いて消えたのだった。

 

 

 

 

     ◆

 

 

 

 

 翌日の事、

 

 

「こんの、唐変木があああああああああああああああ!!!!!!!!!」

 

「何だと、一人じゃ何もできない役立たずがあああああああああああああ!!!!!!!!」

 

 

今日も今日とて派閥争いに精を出すBC自由学園の生徒達だったが、この日は明らかに双方の勢いに差があった。と、いうのも……

 

「うっ……」

 

リーダーであるはずの安藤の体調があからさまに悪く、時折青い顔をして口元を抑えているのだ。

 

「……」

 

しかも、そんな安藤を見下ろす押田の目がこの日は常にないぐらいに殺気立っているのだ。これでは勝てない。

 そして、今日何度目かの息継ぎに入った安藤を尻目に、押田ルカが「大体!」と叫んで戸惑った様子の外部生を見回す。

 

「揚げだの生姜焼きだのさばの味噌煮だの……揚げ物は面倒臭いにしても、生姜焼きとか肉じゃがくらい自分で作ったらどうだ!? お前達は一年以上学園艦に居て、その程度の事も出来ないのか!?」

 

「「「「「ぐぅっ……」」」」」

 

ぐうの音しか出ない押田の怒声と殺気に飲まれ、完全に敗色濃厚となる外部生達。そして、その中心で「アタタ……」と二日酔いの頭を抑える安藤。

 何時も引き分けで終わるBC自由学園の小競り合い。本日は珍しく押田……ではなく安藤ルカの優勢勝ちとなるのだった。

 

 

 

 

 




※お酒は二十歳になってから!!!
此処で言っても遅いけど!!

はい、という訳で、読了どうもありがとうございます。

此処からは一寸自分語りと今後の予定です。
興味の無い方は読み飛ばしていただいて大丈夫です。
まず、押田の話の前に、三本程ボツにしちゃったりしています。
内訳と理由は以下の通り。

みぽ妻のまほサイド:みぽ妻の補完にはなるけど、暗い。単純に見てて楽しくない
杏妻:お友達夫婦になっちゃって人妻の旨味を出しにくい。つか、友達で良い
エリカ妻:上に同じ。頑張ればワンチャン

後は、みぽ妻の方で書きたかったけど、流れ的に入れられなかった下ネタマシマシの話を考えておりますが、出しても問題ないものやら、一寸心配……

それ以外にも何人か構想を練っておりますので、書き上がった時は読んでいただけると嬉しいです。ではではノシ
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