なんでもない日。   作:鉤括弧

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イルミネーション。

 2026年、12月24日。木曜日。

「キリト! 渋谷行こう!」

 時刻はもうすぐ午後の十一時。うとうとと自室で眠りにつきかけた俺を叩き起したのは、スマホの着信音だった。

 こんな時間に誰かと思えば、おてんば奔放娘のストレアから。緑のボタンをスワイプしてスマホを耳にあてるや、大音量の声が鼓膜をぶん殴った。

「渋谷って……。え、今から?」

「今から!」

「バイクでも片道一時間はかかるぞ……」

「だから今すぐ行くんだよ! ほら早くオーグマー着けて! アタシはバイクの後ろに乗るから!」

 言うだけ言って、ストレアはさっさと電話を切ってしまった。

 スマホの時刻表示を見る。ついでに置時計の時間も見る。何度見ても、デジタル文字は今が夜中だと告げた。

 まぁこうなったストレアは、もう何を言っても聞きやしない。大人しく従うほかないだろう。

 俺はのそりとベッドから這い出ると、寒さに耐えながら適当な服に着替えた。部屋を出て、目覚ましついでにコップに水を汲むと、階段から足音がした。寝ぼけ眼の直葉だった。

「……どっか行くの?」

「悪い、起こしちまったか」

「ううん、ストレアさんの声だったし」

「はは……。ちょっくらストレアに付き合ってくるよ」

「ん、いってらっしゃい。夜道、気をつけてね」

「おう」

 コップの水を、一気に煽った。

 オーグマーを着けて外に出る。そこには既にストレアが待っていて、早く早くと俺を急かした。

 珍しくパンツスタイルのストレアを眺める暇もなく、俺はバイクに跨ってヘルメットを被り、エンジンをかけた。ストレアは、いつかと同じ黒に紫のヘルメットを被って俺の後ろに乗る。

 夜中でも変わらない彼女のテンションを宥めながら、俺はバイクを走らせた。

 時間と、あとは日付のせいだろうか。渋谷に近付くにつれて徐々に道が混み合い始めたが、どうにか渋滞には引っかからずに走り抜けた。

 渋谷は渋谷でもどこに行きたいのかと訊ねると、ストレアは楽しそうに代々木公園と言った。

 近くの駐車場にバイクを停めて、公園内に入る。時刻は、日付が変わるまでもう五分もない。

 急ぎ足で向かった先で視界に飛び込む景色。

「わぁっ……!」

 俺の隣で、ストレアが息を呑む。

 そこにあったのは、青く彩られたケヤキ並木。毎年この時期に行われているイルミネーションだ。

 代々木公園と言い出したあたりから予想はしていたが、本当にここが目当てだったらしい。

「きれー……」

 あのストレアが、言葉を忘れて見入っている。それほどまでに、この景色は美しかった。

 何処までも続きそうなケヤキ並木が、夜闇を薄明るく照らす。ほんのりと紫の混じった光は地面にも反射し、川面のような、光の道のような光景を生み出していた。

 道の真ん中に、二人並んで立つ。

 少し視線を上げれば、落ち着いた青が夜空とよく合った。青いが、寒さは感じない。暖かな光だった。

「満足か?」

「うん。……来てよかった」

「ん、そうか」

 またしばらく、黙ってイルミネーションを眺める。静かで、心地好い時間だった。

 不意に、ストレアが俺の方を向いた。

「キリト」

「ん?」

「ふふ、メリークリスマス」

 彼女はにっこりと、優しく笑った。ほんのりと赤くなった頬が可愛らしかった。

「さ、寒いし帰ろっか」

「もういいのか?」

「うん、もうじゅーぶん! それに、早く帰って良い子で寝ないと、サンタさんからプレゼント貰えないよ!」

 いつもの様子でイタズラな笑みを浮かべるストレアは、俺を置いてさっさと駐車場に戻っていく。

 オーグマーの時間表示は、とっくに日付を変えていた。

 2026年、12月25日。金曜日。

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