なんでもない日。   作:鉤括弧

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落ち着く場所。

 2026年。5月28日。木曜日。

 特にすることもなく、俺はALOの自室でなんとなく時間を潰していた。

 手持ちのアイテムを整理してみたり、この先獲得したいスキルを考えてみたり、スキルコネクトについて考察してみたり。

 あれこれやってはみるものの、こういうときは何故だが時間の進みが遅いもので。現在時刻は午後11時。いつもなら寝ようと思えば寝られる時間だが、今日は妙に目が冴えている。

 まぁ十中八九、昼休みと5限の授業を寝て過ごしたせいだろうけど。

 さてどうしたもんかなと思いつつ、何となく窓なんか開けてみる。今日は暑くも寒くもないうえに風もない気候設定なので、特に何か変わるわけでは──

「やっほー!」

「ぶっ⋯⋯!?」

 窓の外の景色が一瞬で消え、代わりに紫と肌色が視界を埋める。同時に俺の体は後方へと吹き飛ばされ、飛来物ごと3メートルほど宙を舞って床に落ちた。

「ごふっ⋯⋯!?」

 後頭部と背中を強打して制止。

 背に床の冷たい硬さを感じると共に、体の前面は暖かい柔らかさに包まれた。特に顔は弾力性のある心地好い感触がして、甘い匂いが鼻腔をくすぐった。

「わ、ごめーんキリト! 大丈夫!?」

 聞き馴染みのある声がして、飛来物がガバッと退いた。視界がパッと明るくなり、間近にその顔を見る。

「窓から突っ込んで来たのは流石に初めてだなストレア⋯⋯」

「あはは⋯⋯。すぐ近くを飛んでたら丁度いいタイミングで窓が開いたから、つい」

 飛来物ことストレアは俺の体から完全に退くと、スカートを何度かはたいて身だしなみを整える。金属の軽鎧は外していて、ワンピースタイプの軽装だ。

 というか、これで金属のブレストプレートをしていたら俺は死んでいた。

「ついで全力急降下ダイブしてくる奴があるか」

「ごめんって。今度美味しいケーキ屋さん教えてあげるから、ねっ?」

 顔の前で手を合わせ、ちろっと舌を出す。悪びれる気もない仕草だが、俺(だけでなく、アスナやリズもそうらしいが)はストレアのコレにめっぽう弱い。全く、小悪魔的というかなんというか。

「百歩譲って窓から入るのはともかく、ちゃんと確認して入ってきてくれよ」

「はーい。あ、キリトお茶飲む?」

 生返事で返したストレアは、答えを待たずにさっさと角のキッチンスペースへ移動する。

 真に勝手知ったる様子だが、ストレアは仲間内でも俺の部屋に入り浸っている時間が長い方なのでそれも当然か。

「何の茶だ?」

「ハーブティーだって。今日のお昼頃にクエストの報酬で貰ったの」

 部屋の外部ストレージからポットを取り出し、水を入れて火にかける。手際よく準備を進め、慣れた手つきでハーブティーを淹れた。

 もとより手先は器用な方だし、料理が真紫になるのはスキル不足なだけ⋯⋯と思いたい。味は良いしな、うん。

 鼻歌交じりに作業をするストレアの背を見ながら、俺はソファに腰掛ける。

「はーいおまたせ~」

 トレーにポットとカップを載せて、テーブルへ。とぽとぽ音を立てて、琥珀色の液体がカップに注がれた。仄かな酸味を舌で感じ、爽やかな香りが鼻に抜ける。

「ん~、これおいしいね」

 普段は甘いものと辛いものを好むストレアなので、そのどちらでもないこういったハーブティーは比較的珍しい。クエスト報酬と言っていたし偶然のことだろうが、たまにはこんなのもいいかもしれない。今度、菓子か何か探しておくのもいいだろう。

「ところでキリト、何してたの?」

「や、特に何も。しなきゃいけないこともないし寝ようかと思ってたんだけど、妙に寝付けなくてさ」

 口にしてから、あ、と気づく。ストレアの前でこれは、自殺行為でしかないのだ。

「へぇ~? ふぅ~ん? キリト寝れないんだ~?」

 はいきました。知ってた。

 ソファの隣に座ったストレアが、ニコニコ顔で俺を見る。

「ふふん、どうする? おねーさんが久しぶりに優しく寝かせてあげようか?」

 訂正。ニヤニヤ顔で俺を見る。実際問題、SAOの頃こそよく俺の部屋で寝ていたストレアだが、ここしばらくはずっとユイと一緒に寝ている。姉妹仲が良いのは非常に喜ばしいことだ。

 で、今のこの状況をどうするのかという話だが、そもそも俺に選択権があるのかどうかという点から始めなければいけなくて。あるかないかといえば、もちろん──

「ほら、はやくはやく~」

 あるはずがなく。

 半ば⋯⋯というか完全強制的に抱き上げられ運ばれベッドに放られ気づけば完全に固められている。ベッド壁側に追いやられているので脱出もままならず、抵抗できないうちにストレアが隣で横になった。

 厚手の毛布を頭まで被って、薄暗くなった視界の中至近距離で目が合った。ご機嫌な様子で、ストレアは俺の腕を抱く。

「なんかちょっと懐かしいね」

「懐かしむことか⋯⋯?」

 いや、きっとストレアにとってはそうなのだろう。人との触れ合いを誰よりも大切にする彼女にとっては。

「眠たくなったら、いつでも寝ちゃっていいからね」

「そうは言うけど、SAOの頃はストレアのほうが早く寝てたよな?」

「ぅ⋯⋯そ、そんなことないよ」

 ハイハイ図星図星。珍しく目が泳いでますよストレアさんや。

「⋯⋯だってあのときは、キリトといると安心できたんだもん」

 言うと、甘えるように腕への密着を強める。なんとも大きなお子様で。

 しかしまぁ、ストレアはこの二面性あってこそな部分もあるし、そんな特性に癒してもらうこともよくあるわけで。

「もうほら、寝よ? おやすみ!」

 なんとなく赤く見える頬を隠すように一際ぴったりくっつくと、瞼を閉じて寝の姿勢に入る。

 やっぱりストレアが先じゃないか。

 口には出さず、彼女の髪をそっと撫でた。

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