2026年。5月30日。土曜日。
「あのー、ストレアさん?」
「んー?」
「まだやります?」
「うん、まだまだー」
「あっはい」
時刻はもうすぐ午前11時をまわろうとしている。起床の7時から実に4時間、俺はずっとストレアに拘束されていた。
いやまぁ、昨日の俺が土曜ならいくらでも付き合うと言ったのが全ての原因なわけだが。それにしたって、4時間もベッドから出ずにずっとくっついてるとか堪え性のないストレアがよく続くものだ。
「ふふ、キリトー」
ストレアは完全に甘えモードで、俺から一切離れようとしない。
流石に同じ体勢で居続けるのはしんどいので、たまに向きを変えたり起き上がったりもしてきた。が、今朝から一度たりとも床を踏んでいない。
休日の朝食は摂らなくても大丈夫なタチなので体調等々に問題はないが、この調子だと昼食──いや夕飯までこのままということも有り得る。流石にそれはちょっと、と思わなくもないが、身から出た錆だなこれは。
「ねぇキリト」
「ん?」
「ありがとう」
「何が?」
「んー、なんでもなーい」
ストレアはころころと楽しそうに笑った。肩口に顔を埋め、俺の腕をしっかりと抱く。
「キリトとこうしてるとね、とっても安心して、落ち着けるの」
嘘偽りのない本心を、恥しげもなく曝け出す。耳元での囁きに、こちらは落ち着かなかった。
「けどね⋯⋯」
不意に腕を離すと、今度は体を起こす。仰向けになっている俺の顔の横に両手をつき、腰のあたりに跨った。
ついさっきまで白い天井が映っていた視界が紫に染まった。ほんの数センチの間を空けて、正面から見つめ合う。
「聞いて」
俺の右手をとると、それを自分の左胸──二つの特徴的なほくろの位置へとあてがった。突然の行動に俺は驚き言葉を失う。しかし直後、手のひらに伝わる振動を確かに感じた。
「あったかくて、安心できて⋯⋯でも、ドキドキして止まらないの」
手を離し、そのまま俺を抱き締める。上から覆い被さるような体勢だったが、決して重くはなかった。
鼻先を髪が舞い、ふわりと芳香がした。擦り合わせた頬は柔らかく、容易く傷付いてしまいそうな儚さを感じる。
ストレアは俺の首に腕をまわし、俺は彼女の髪を撫でた。
「キリト⋯⋯大好きだよ」
耳に囁く、甘い声。答える言葉に困っていると、ささやかな吐息が耳を掠めた。すぅすぅと、一定のリズムを刻んでいる。
「安心するにも程があるだろ」
またしばらくは動けないなと確信しながら、俺もまた目を閉じた。
今ばかりは、二人ぶんの呼吸と衣擦れだけが、世界の全てなように感じた。