なんでもない日。   作:鉤括弧

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思い出して。

 2026年。5月31日。日曜日。

 結局夕飯時まで続いた昨日の甘えのためか、ストレアはすっかりいつも通りの様子になっていた。特に仲間たちのログインが増えるこの日曜日は、大忙しで大変楽しそうである。

 何故そんなことがわかるかと言われれば、

「キリトー、早く早くー!」

 こうして連れ回されているからである。

 ストレアを一人にしておくのはなんだか危なかっかしいし俺も暇を持て余していたので構わないのだが、よくまぁこうもアクティブに動けるものだ。底知れない体力が恐ろしい。

 朝から10数個のクエストをクリアして5つほどのダンジョンを踏破し30近くのネームドモンスターを倒してきた。現在時刻は午後8時。

 流石に疲労困憊な俺はストレアに休憩を提案し、一旦街に戻って手近なカフェに入った。案内されてテラス席につき、カフェオレとミルクティーを注文する。

 間もなく現れた飲み物を、各々口にする。

「ねぇねぇキリト、そのカフェオレっておいしい?」

「え、あ、おぅ」

 急に話を振られ、ややどもる。

 いや、それ以前に、その言葉には確かに聞き覚えがあった。

「アタシのミルクティーちょっとあげるから、そっちも飲ませて? ⋯⋯なんてね」

 そうだ。これは、ストレアと初めて出会ったときに似ている。

 アークソフィアで何者かに尾けられている気配を感じた俺に曲がり角で声をかけられ、出てきたのがストレアだった。わざわざ尾行なんてして、どんな人物かと思えば勢いよくまくし立てて強引にカフェの席に座らせられた。

 正直、最初の頃は、尾行されていたしこっちの話を聞かないし質問すればはぐらかすしでかなり怪しいと思っていた。それが、気が付けばここまでの仲になるとは。

「あのときを思い出すね」

 懐かしむように目を細め、ミルクティーの水面を見つめる。

「いろいろあったな」

「うん」

 本当に、いろいろなことがあった。それは、全部が全部、良い思い出ではないけれど。

「キリトは、何が一番思い出に残ってるの?」

「え、俺か?」

 ニマニマと口角を上げて、ストレアが訊ねた。

 記憶に残る出来事が多すぎるし、どれを選んでもストレアに茶化されそうでしばし熟考することにする。

「アタシはね、全部」

 ストレアは、先んじてそう言った。

「キリトと出会ったのも、辛ーい屋台で一緒に食べたのも、みんなでポーカーしたのも。全部全部、アタシの大事な思い出」

 それはきっと、嘘偽りのない本心だ。あの鉄の城で、自分自身を虚像だと卑下した彼女が手に入れた本物。

「アタシね、みんなと会えて本当によかったと思う」

「⋯⋯どうして?」

「みんながアタシを受け入れてくれたから、みんながアタシを認めてくれたから、アタシはこうしていられるの」

 頬杖をつくと、カップの縁を指でなぞった。

「もし⋯⋯もし、みんなと会えないまま、自分の役目を思い出してたら、アタシ⋯⋯」

「ストレア」

「⋯⋯ごめん、なんでもないよ」

 小さく頭を振ると、弄んでいたカップを傾けた。

「俺も、ストレアと会えて良かったと思うよ」

「ホントに?」

「ストレアがいなかったら、俺は⋯⋯俺たちは、アインクラッドを攻略できなかった」

 それもまた事実だ。ヒースクリフを倒して全てが終わると思っていた俺たちは、続けられるデスゲームに疲れきっていた。

 そこに現れたのがストレア。困窮する攻略組を救い、導いてくれたストレアだ。

「ストレアの前向きな笑顔があったから、俺たちは前に進めたんだ。そうじゃなかったら、25層ぶんの重さに押し潰されてた」

「そんなこと⋯⋯」

「あるさ。どうしたら良いかわからないときも、ストレアの笑顔が背中を押してくれた」

 そう言うと、ストレアは俺から目を逸らした。白い肌が、うっすらと紅く見える。

 腕を組んでテーブルに肘をつき、珍しいことに小さくため息を漏らした。

「ほんと、キリトってそういうところだよね」

「え、はっ?」

 言っている意味が分からずに首を傾げると、それを見てストレアが笑った。ミルクティーのカップを空にする。

「お互い、会えてよかったってことだね。なんかちょっと運命的かも」

 ストレアの口からそう聞くのは、少々意外だった。

「みんなに会えてよかったと、本当に思うよ。でもねキリト」

 立ち上がると、テーブルに身を乗り出した。顔がぐっと近付き、紅い瞳に吸い込まれそうになる。

「アタシはみんなと会う以前に、キリトに会えたことがとっても嬉しいんだよ」

 小さく言うと、ストレアは椅子に座り直した。湛える笑みの持つ意味が、すぐにはわからなかった。

「あっ、アスナたちだ!」

 通りを指さして声をあげる。つられて俺も通りを見てみるが、そこに見慣れた仲間たちの姿は見受けられない。

「スキありー!」

 視線を戻そうとしたところでストレアは俺のカフェオレのカップを攫い、そのまま飲み干してしまった。

「あっ!」

「油断大敵だよー、キリト。ここのカフェオレも、甘くて美味しいね」

 すっかりご機嫌なストレアは、カップをソーサーに戻すとさっさと立ち上がり、歩き出した。俺もつられるように席を立つ。

「次はどこ行こっか!」

 きっと、どこに行ってもこの笑顔は絶えないのだろう。

 俺は、秘蔵ネタにしておいたレアクエストの話をし始める。

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