Guilty Crown Bonding the Voids   作:倉部改作

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fourth

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 拘束されていたかと思えば、僕はすぐさま解放されていた。そしてどういうわけか、今はエンドレイヴのオペレーションルームにいる。僕はいまの上官に聞くしかなかった。

「なんで僕だけは解放されたの……」

「君は何も悪いことはしてなかったからね。あれで君が逃亡の手助けをしていたらまずかった」

「じゃあ、あの二人は……」

「GHQと連合国の取り決めに完全に反した。あれを持ち出す予定はまったくなかったんだ」

「あれって、なんなんだ……」

「それは私もさっぱりわからん」

 僕が呆れていると、スポーツマンは肩を竦めて、

「それでも仕事は回るんだ、ボーイ。君がここにいるのだって、君自身、理由はわからないだろ……」

 言葉に窮していると、オペレーションルームにローワンから報告が入る。

「ミスター・ダン、嘘界少佐より報告です。例の教会から元協力者のノーマジーン・ボーイの痕跡、末期状態《ステージ4》の患者の痕跡を確認した、とのことです」

「ナイスだ。これで道化師《clown》が誰かもわかる。ボーイ、新しいおもちゃの準備だ」

 僕は首を傾げるが、また厄介な仕事が始まることはよく理解できた。

 

### 18

 

 大島から帰ってきて、そして夏休み明け。放課後の学校で、颯太がはりきって映研らしい仕事をしている。

「それじゃ撮るよー、ヒロインが恋人の死を知るシーン、テイクファイブ!」

「一週間……君は葬儀社でしっかり休むんだ」

「わかっている。この時代だからこそ非同期の仕事しろ、だったか……お前も、しばらくは大人しく学校を楽しんでいろ……」

 皮肉げな涯に僕は笑う。

「はいはい、いい子にしてますよ……」

 撮影されるヒロイン役、いのりのセリフが聞こえてきた。

「うそ、しんじられない……」

 カットカット、颯太は不満げにそう大声を張った。

 

 僕は夕焼けの中、ため息をつきながら虎柄のやかんを持って自分のクラスへと向かう。クラスにある使い終わったセットとまとめて廃校舎の部室にしまってきてくれ、俺は日が落ちきる前に最後の撮影に急ぐ。葬儀社にも口封じを食らい、あんなに言い合った颯太は、今じゃ僕をよりこき使う始末だった。そして葬儀社のタスクも落ち着きつつある僕は結局言う通りにしている。

 クラスに入ると、委員長と祭がいた。

「それって、虎柄のやかん……」「だよね……」

 開幕そう言われたものの、僕は首を傾げる。「なんだ、まだふたりとも帰ってなかったんだ……」

「それ、桜満君の……」

 僕はやかんを見つめる。「颯太が撮影で使ってるんだ。恋人の……形見?とにかく、いのりに持たせるんだって。ほかのセットと部室に片付けにいくんだ」

 そういいながら、僕はなんとなく笑ってしまう。

 なんだかへんてこだけど、やっと学校が……楽しい気がする。

 その時、突然委員長が叫び、僕からやかんを奪い取る。

「私部室に忘れ物しちゃったー、これ私が持って行ってあげるから、代わりに祭の買い物に付き合ってあげて……」

「え、いいけど……」

 そう言うと祭は焦り始める。「ちょっ、花音ちゃん」

「ラッキーチャンス……がんば」

 なにか言いながら委員長は走り去って行く。がんばがんばラッキーチャンス……

 取り残された祭に訊ねる。「ラッキーチャンスって……」

「なん、だろうね……」

 けど僕はそういう祭を警戒していた。事情はわからない。だから、今日の買い物の中で調べなければならない。

 

 モノレールに乗って、僕は祭と一緒にどこかへ向かう。彼女がため息を着いたところで、僕は訊ねた。

「ねえ、どこで降りるの、買い物……荷物、いっぱいあるの……」

「ああ、うん、そうなの……」

 僕はぼやく。持ち切れるかな。

 あの、そう祭がおもむろに言った時、モノレールは勢いよく駅で停車して、立っている彼女はよろける。僕は驚きながら受け止める。モノレールのドアが開くのをみながら、彼女の顔を覗き込む。

「祭、大丈夫……」

「集、ごめんなさい、私……あなたのこと……」

 ついに何かを教えてくれるのか。そう思った時、閉まりかけたドアに飛び込むようにフードを被った男が突っ込んできて、すかさず彼女を庇う。男はすり抜けて閉まっている反対のドアにぶつかる。その時、大量の錠剤が薬のケースからばらまかれた。僕はなんとなくその錠剤を見つめる。青い錠剤。可能な限りなんの変哲もないような。

 閉まりきったドアをみつめると、顔の怖そうなお兄さんがふたり、その逃げおおせた男を睨み付けていた。フードを被った男はその錠剤をなにかぶつぶつ言いながら拾っていく。その彼に、僕は呼び掛けた。

「それが君の仕事だったのか、谷尋……」

「集……」

 谷尋はフードを下ろしながら語りかけてくる。

「なんだ……お楽しみか……いのりちゃんに隠れて……」

 祭が反論する。「違うの谷尋君、これは……」

「谷尋、他に言うことはないの……」

 僕は目の前にいる薬物売りにそう訊ねる。

「友達ごっこは終わりか、集。何を言わせたい……全てをここでぶちまけるか……」

 僕はおもむろにこう言った。「祭、買い物はひとりでお願い……」

「え、でも……」

 彼女を巻き込むわけにはいかない。

「ごめん、谷尋と話したいことがあるんだ……」

 

 僕と谷尋は電車を降りて倉庫街の誰もいない歩道を歩き続ける。そして僕は訊ねる。

「君がGHQの内通者、そういうことでいいんだね……」

 谷尋は鼻で笑う。

「話はそう単純じゃない。俺を追う人間はほかにもいる。GHQとはまた別の、白い服の連中だ。奴らは俺とお前のような人間を追い続けている。心理計測技術《ヴォイドテクノロジー》の裏を支配する連中だ……」

 僕は彼から手渡された狂気の白い映画を思い出す。

「だとしても、GHQにも葬儀社にも、狙われる要因はひとつだ。根絶やしにされたはずのノーマジーンを売り捌く、シュガー」

 谷尋は黙り込む。僕は訊ねる。

「なんでそんな危険な橋を渡るんだ。GHQからの見返りだけじゃ、不満なのか……」

 谷尋は沈黙し、「俺の繋がりを、お前にみせてやる、道化師《clown》」

 

### insert daryl 8

 

 個別端末でかかってきた嘘界からの通話に、エンドレイヴから離脱して応答する。

「遺伝子観測機《ゲノムキャプチャ》の準備は……」

「動作確認までできているよ……けど、なんでこんなものを……」

「恋した相手を知りたいと思うのは、いけないことですか……」

 なんだそれ。あの道化師といい、なんで心理計測技術《ヴォイドテクノロジー》に興味を持つ連中は好きとか恋とかそんな話をしだすんだ。ため息を着いていた時、ローワンがスポーツマンに告げていた。

「逃亡中のノーマジーン・ボーイ、さらに元インターンを捕捉しました。目的地にはキャンサーもいるとみられます」

 その言葉を聞いてふとオペレーションセンターを見つめる。そこにいたのは桜満集だった。僕が驚いているとスポーツマンは声を張り上げる。

「いいぞ、ナイスガッツだ!集君は春夏さんの大事な御子息だから避けるとしても、裏切り者もキャンサーも、一網打尽だ!」

 そうか、集はまだ葬儀社の一員かどうかも、道化師《clown》かすらもわかっていないということか。そうして作戦の中でふと僕は疑問に思った。

「キャンサー狩りなんかで、僕のエンドレイヴが本当に必要なの……」

 ダンは諭すように言う。

「違うな、ボーイ。ドラゴンはスライムを倒すときでも全力を尽くすというだろ……」

 僕はため息をつく。

「ドラゴンがスライム食べるかよ……」

 そして、別の部屋にいる嘘界へとダンは顔を向けて、「というわけだ、スカーフェース!」

 その時、嘘界は答えた。

「オーケー、ダン!ここからは俺に任せてくれ!ガッツでミッションクリアだ!」

 僕らが凍りついていると、オペレーションルーム側の通話が切られる。そして、

「処世術だ……」

 そんな声が響き、僕と嘘界との通話も、終了した。

 

### 19

 

 たどり着いた場所は、聖夜喪失《ロスト・クリスマス》で倒産し、使われなくなった企業の倉庫事務所だった。中を歩いて行くと、散らかり放題の粗悪な薬剤の精製場所には、魚がわざわざ水槽で飼われている。僕は呟く。

「君はノーマジーンを希釈しているね。だからあの魚で薬の効き目をテストするってことか……確かにそんなの繰り返してたら学校にくる暇、ないよね……」

 谷尋は押し黙ったまま、その事務所の扉を開く。僕は息を呑んだ。

 ソファから転げおちた人。男の子。しかし動かない。痙攣しているその半身には、アポカリプスウイルス症候群によるキャンサー結晶が覆い尽くされていた。そして彼の腕には、かわいらしい宇宙船を模した腕時計がつけられている。

「また落ちたのか、潤《じゅん》……どこか痛いところはないか……」

 谷尋は潤とよばれた患者衣の男の子をゆっくりと抱き起こす。そして男の子は怯えた。そのキャンサーで完全に顔を覆われてしまった顔で。谷尋は諭すように言う。

「大丈夫だよ、潤……にいちゃんの……呼んできた医者だ……」

「僕は医者じゃない……」

 そういって僕は訊ねる。

「けど、谷尋。その子、どうみても末期状態《ステージ4》だ。どんな設備とスタッフでも、その子は見送ることしか……」

 谷尋は僕に激昂する。

「俺たちの繋がりを理解しようともしないで、病院のあいつらみたいなことを、お前も言うのか!嘘と綺麗事ばかりの、金持ちの道化師《clown》のくせに!」

 僕は言葉に窮する。谷尋は潤君をソファに載せて、僕に近づいてくる。そうして僕は襟首を掴まれた。

「お前みたいなのが俺らみたいな奴のことを、その絆の価値も知りもしないから、俺は無害なやつで居続けなくちゃならん!俺でない誰かに演じ続けなくちゃならん!隠れてずっと汚いことを続けなくちゃならん!全部、全部お前らのせいだ!」

 僕は襟首を掴んだ男の両腕を握りしめる。そして僕は襟首から腕を引き剥がし、蹴り飛ばす。谷尋は地面に倒れ伏せる。そして叫んでいた。

「なら僕を頼らないでよ!」

 潤君は怯えるようにうめく。谷尋は驚いた顔で僕を見上げている。息の上がっていた僕は、彼に宣言した。

「友達ごっこは、終わりだ……」

 僕は踵を返し、電話を取り出し、葬儀社にかけながら出ていく。

 何が絆だ。何が繋がりだ。もう疲れた。あとのことは葬儀社の誰かに任せよう。

 その時、銃弾が窓ガラスを割る音が響く。僕は咄嗟に伏せ、壁に隠れる。続け様に銃撃が繰り返される。僕は谷尋に訊ねる。

「君の筋書きなのか!」

「違う、こんな話聞いてない!潤!」

 壁越しにそう声が聞こえ、さらに銃弾が飛び交う。まずかった。応援は現状いない。葬儀社にかけていた通信に応じたのは綾瀬だった。

「どうしたの、集」

「シュガーが誰かわかった、うちのクラスの谷尋。けど倉庫街でGHQの襲撃を受けている!」

 大変、と綾瀬は応じて、「すぐにそこに応援を送るわ、無事でいてね!」

 僕はすぐさま走り出す。体は覚えている。こういう緊急事態の対処法を。しかし、そこで潤君の呻き声が聞こえた。僕は踵を返し、ふたりのもとに向かう。谷尋も潤君も隠れていたが動き出せずにいた。僕はすぐさま潤君を抱える。

 谷尋は驚いている。「集、お前……」

「君がしたことを許したわけじゃない。けど、潤君に罪はないだろ……」

 潤君を抱えた僕は、谷尋とともに外へと走り出して行く。

 

 銃弾は止まることがない。しかし離散的でもある。本気で僕らを狙ったものではない。走りながら僕は思う。敵の目的は殺害にはないということか。なら捕獲か。

「あれを使おう!」

 谷尋が目の前に見えたフォークリフトを指差す。その時、エンドレイヴが捜索のために通り過ぎて行く。

「だめだ!敵は潤君を奪おうとしている!目立ったことはできない!」

 僕らは別の倉庫へと足を運ぶ。そして中に入り、扉を閉める。

 僕は谷尋に告げる。「なんとかここで隠れるんだ……」

「無理だ。どのみち見つかる」

 そして谷尋は皮肉げに笑い、

「なぁおい、俺はまだお前のことをGHQには話しちゃいない、お前がヘマをして尻尾を出したんじゃないか、偽善者……」

 奥歯を噛み締めたその時、潤君が呻き声を上げる。なにかに怯えている。そしてエンドレイヴの駆動音が聞こえる。近づいてきている。

 手段はあった。けれど、そのときの出来事を思い出す。

 みんなから、無理やりヴォイドを取り出し続けてきた。

 相手がどんな人でも、もうそんなことをしたくなかった。

 僕は潤君を静かに置く。それに驚いている谷尋に告げる。

「谷尋。ここで僕が囮になって、場合によっては戦える武器がある。君だ」

「どういうことだ……」

「王の能力、ノーマジーンを捌いていた君ならその原型くらい知っているだろ……」

 谷尋は目を見開く。「道化師《clown》の、お前が……」

 皮肉げに彼は笑う。

「結局全部、力のある奴ばっかりが得をする。世界は不条理で、不公平だ……」

「黙れよ卑屈野郎!」

 怒鳴られた谷尋は言葉に窮する。僕は続ける。

「潤君を守りたいんじゃなかったのか!」

 僕は告げる。

「これがいま、僕たちのやれることなんだ……」

 谷尋は拳を握り締め、そして肯く。

「潤を、頼むぞ……」

 僕は肯くことのできないまま、彼からヴォイドを引きずり出し、隠れるように壁の端に寝かせ、二人揃って毛布で隠す。そして、その片手に握られたその白金を見つめた。大きすぎる鋏。僕は呟く。

「正真正銘、君がシュガーか……」

 遠くの倉庫の壁が破壊される。そこにはエンドレイヴ、ゴーチェがいる。しかしその右腕には奇妙な兵器が取り付けられている。そしてそこから声が聞こえた。

「顔が映らない……なんだそのキャンサー超えのゲノムレゾナンスの鋏は!顔無し!」

 ダリルか。顔なしと呼ばれた僕は逃げる。ははは、逃げろ逃げろ。でも今日のは特別たぞ、そう言いながら、ダリルは何かを発射した。すかさず僕は遮蔽物に隠れるが、その発射されたものは僕の動きに合わせて奇妙にねじ曲がって追跡してくる。

「その光を追いかけるんだよ、こいつは!」

 ヴォイドを追うということか。僕はすかさず鋏を振り、装置の先端を切り飛ばす。すると、その装置の先端は溶け、壊れて解ける。僕は呟く。

「壊すヴォイド……なのか……」

 エンドレイヴの駆動音が響く。「まさかそれが、王の能力……だったら連射はどう……」

 エンドレイヴは連続で三発放ち、こちらに装置の先端が再び迫ってくる。僕は焦る。体に力はあるかもしれない。けれどこの鋏で捌き切れるのか。

 僕に向かってやってくる三発のそれは、やがて僕ではなく別のところへと飛んでいく。どういうことだ。そうして行き先を見つめると、潤君が立っていた。彼のキャンサーが、輝いている。

「危ない!」

 そう叫んだ束の間、そのうちの一発が、潤君を捕らえ、そして何かが突き刺さる。さらに、天井へと彼は磔にされる。

「潤君!」僕は叫びながら彼の元へ向かう。どうして、そう思いながら、ふと直感が訪れる。ヴォイドセンサーのようなものだとしたら、そのゲノムレゾナンスさえ強ければ、誤認してそちらに飛んでいくかもしれない。しかし、なぜ人の体にできるキャンサーが、ヴォイドを超えるほど反応するんだ。

 その時、ダリルから呻き声が聞こえる。

 振り向くとそこには、潤君を突き刺したケーブルが輝くと同時に紫色の結晶を作り始めるゴーチェがいた。

「人間みたいに……キャンサー化しているのか……」

 潤君に振り向くと、彼からは結晶が消え去っている。どういうことだ。

 ダリルが叫ぶ。すると、ゴーチェは機体の装甲板を破壊しながら、大量の結晶を作り出し、さらに腕は結晶に覆われ、有機的な人間の手のように変わっていった。

 そこに他のエンドレイヴたちが現れ、僕らではなく、その結晶化したゴーチェへと向かう。その時、潤君が天井から落ちてきてしまう。急いで潤くんに駆け寄り、声をかけるが反応はない。

 こんなの、谷尋になんて言えば……

 その時、複数の爆発が起きる。あの結晶化したゴーチェから、結晶が伸びて味方のエンドレイヴを貫いている。ヴォイドの力そのもの。

 そしてキャンサー化したエンドレイヴが僕たちの元へと迫ってくる。僕はヴォイドを構え、そして潤君を庇う。しかしエンドレイヴは僕らではなく、その後方へと向かって行く。そしてエンドレイヴは跪き、目の前にいる谷尋を掴み上げる。そして、握り締め始める。

 僕はすかさずヴォイドを構えてエンドレイヴへ飛び出す。

「もうやめてくれ!」

 そう言いながら、僕はエンドレイヴへとそのヴォイドを突き立てた。大量の白金の線、ヴォイドエフェクトが溢れる。そして、真っ白な世界へと堕ちていく。そのとき、潤君が笑った顔が見えた。

 

 僕が眺めていたのは、公園だった。しかしそれは閉鎖され、跡形もなくなった場所。

「六本木。ロストクリスマス前の……」

 そうです、そう言われ、僕は振り向く。その少年は立ち上がり、僕を見つめている。

「君は……潤君……」

 彼は頷き、「ようやく話せましたね……」

 その時、小さな男の子が感嘆の声をあげて、ありがとう、と言っているのが聞こえた。僕は振り向く。そこには、特別だぞ、誕生日だから。と小さな谷尋が、小さな潤君になにか腕につけてあげている光景が見えた。

 そして付けられていたのが、あのかわいらしい宇宙船の腕時計だった。

「2029年12月24日。僕が一番幸せだった時間です。もうすぐ、聖夜喪失《ロストクリスマス》が起きる……」

 小さな谷尋と潤君は笑っている。

 そしていまの潤君は、左腕につけられた腕時計を眺めている。

「この幸せな思い出だけ抱いて、僕はもう旅立ちたい……」

 そして、彼は僕に告げた。

「集さん、そのヴォイドで……僕の命を、切ってください……」

 困惑していると、彼は教えてくれる。

「兄さんのヴォイドは、この世からの繋がりを断つヴォイド……僕を、葬るためのヴォイド」

 僕はあのヴォイドで切り裂いたときの感覚を覚えている。しかし、認められない。

「そんな……ばかな……」

 潤君の周囲には、真っ赤な二重螺旋が円状に広がる。潤君はさらに告げる。

「僕の自由を奪った結晶が、代わりにヴォイドが見える目をくれました。そこには、僕に見せる兄さんとは、別の兄さんがいた……」

 ヴォイドから囁きが聞こえる。

 小さな頃の谷尋の声。今日ピザ食べような。お前の好きなトマトのやつ。兄ちゃん、母さんに頼んであげるから……

 そして、いまの谷尋の声。邪魔だ……お前は邪魔だ……

 潤君は言う。「僕はもう何度も、優しい人の優しくない姿を見ました。友達。親戚のおばさん。医療センターのひと。たぶん集さん。あなたも。あなたのヴォイドは、全く見えませんが……」

 僕が息を呑んでいると、潤君は続けた。

「これ以上この世界に繋がり続ければ何度でも、この悲しみが僕を襲う。兄さんのことも嫌いになってしまう。素敵だった兄さんを大好きな僕のまま、僕は兄さんの繋がりから解き放たれたい。さあ早く……」

 僕は戸惑った。その時、背後で歌が聞こえた。それは、ロンドン橋。いのりの声の。

 爆発が起きる。それは、絶滅の始まりだった。聖夜喪失《ロストクリスマス》。それは、いのりの、彼女の声で起動したとでもいうのか。

 大量の廃墟。涙を流す女の子。燃え盛り、人に溢れる道路。そして公園。

「おにいちゃんこわい、こわいよ……」

 そう言う小さな潤君に、背中にガラス片の刺さったままの小さな谷尋は優しく言い続ける。

「大丈夫だ。兄ちゃんがついているから……ずっと、ずっとついているから……」

 目の前には、エンドレイヴが今の谷尋を握り締めていた。潤君は言った。

「お願いです。このままじゃ僕が兄さんを殺してしまう……」

 僕はすかさず潤君の命の螺旋に、鋏を向ける。

「やめてくれ、君が繋がりを断つ必要なんかない!谷尋はこんなこと……」

「あなただってわかってる!全てを繋ぐことはできないって!」

 答えに詰まっていると、エンドレイヴは、潤君は、谷尋を更に握りしめる。 

「兄さん!僕がいて迷惑だった?僕が兄さんの人生をめちゃくちゃにした?僕のこと嫌いだった?」

 潤君は谷尋を握り締めた。

「僕だって!兄さんのことなんか!」

 僕は潤君の命の螺旋を断つ。

 すると、潤君は緩やかに倒れていく。「ありがとう……」

 まただ。また、僕は人を殺してしまったんだ。あのときのように。

 そして、潤君はこう言った。

「お兄ちゃん、だいすき……」

 現実世界に、僕の意識は戻っていた。

 そこでは、エンドレイヴは緩やかに倒れていく。そして、キャンサーの結晶は崩れ、残滓を伴いながら、跡形もなく消える。

 前と同じだ。あのあやとりを差し出しながら歌っていた彼女の首をしめたとき。こうして、彼女は跡形もなく、消えていったんだ。

 僕は膝から崩れ落ちていた。

 

### 20

 

 雨の降る中で、僕はベンチに寝かせた谷尋が目覚めるのを待ち続けていた。谷尋は目を開け、訊ねてくる。「ここは……そうだ、潤、潤は……」

「君のことが、だいすきだって……」

 谷尋は更に訊く。「お前いま、なんて言った……」

「殺したんだよ……僕が……」

 そうして、僕は谷尋に手渡す。燃えて、壊れてしまった、あの腕時計を。

 谷尋は目を見開き、僕を見上げてくる。僕は彼に告げた。

「自分を殺してほしい、そう言いながら、エンドレイヴを使って君を殺そうとした」

 何を言っている、そう言う彼に、僕はただ言った。

「僕が、繋がりを断つ必要はないと言っても、潤君は言っていた……全てを繋ぐことは、できないって……」

 谷尋は腕時計を握り締め、雨の中、走り出し、飛び出して行く。

 僕は、追いかけることができなかった。その時、倉庫街の裏から、オートインセクトが飛び出してくる。そして綾瀬の声が言った。

「集、大丈夫……」

 うん、そう言うと、オートインセクトは周囲を見渡す。「もうすぐ増援はくるけど、シュガーは……」

「飛び出していった……」

 そして僕は、別方向へと足を向ける。どうしたの、と綾瀬の声は訊ねてくる。

「すこし……ひとりにさせて……」

 僕もまた、走り出す。遠くへと。

 なにが、世界を繋ぐ王だ。何が、世界を繋ぐ橋だ。結局僕は、末期状態《ステージ4》男の子ひとり、救えやしないじゃないか。

 曲がり角を曲がったその時、誰かとぶつかる。違う、誰かに受け止められていた。背は僕より低い、そして、女性。栗色の髪。僕は彼女の名前を告げた。

「祭……どうして、ここに……」

 彼女は僕を見上げた。「今度こそ、一緒に来て、集……」

 

### insert daryl 9

 

 僕はエンドレイヴのコックピット、棺桶で項垂れ続けていた。

 ローワンが僕の顔を覗き込み、訊ねてくる。「ダリル坊や、大丈夫かい……」

 僕はその顔を押し除けた。そした顔を腕で塞ぐ。

「何もできなかった……何も……」

 ローワンはためいきをつく。「仕方ないさ。あれが、いま我々の戦っている、心理計測応用技術《ヴォイドアプリケーションテクノロジー》なんだ」

 そんなことを言いたいんじゃない、僕はそう叫びながら、ようやく棺桶を出る。そして、まくしたてた。

「あの顔が見えなかった誰かが、エンドレイヴの一部を簡単に切り落とした!そして変な力で、エンドレイヴの制御をあのキャンサー患者に持っていかれたみたいじゃないか!周囲のGHQの部隊も全滅した!あれは技術じゃない、パンデミックだ!僕らはゲームオーバーなんだ!」

 そのとき、ゆっくりとダンがやってきた。そして、僕を見下ろす。そして、いつになく静かにこう言った。

「そう、ゲームオーバーだ。相手はスライムなんかじゃなかった。あれは、別次元の……まだ、名前のない怪物《Monster Without a Name》だ」

 そして、動けない僕の両肩を握った。

「作戦の結果と状況を伝えてから、GHQ全体に通達が来た。我々GHQは、エンドレイヴですら対処不可能なアポカリプスウイルスの猛威を再度確認した。この日本は、もう手に負えない。我々GHQは解散、そして撤退する」

 突然の決定に驚く僕に、ダンは語りかけてくる。

「君のことは聞いている。君を僕らの家に歓迎するよ」

 ダンはゆっくりと抱きしめた。

「家に帰ろう、ボーイ。何もかも忘れて、静かに生きるんだ」

 僕は彼を突き放した。ダンは驚いていた。僕は何度も首を振る。

「そんなことしてくるな!それを僕にしていいのは……パパだけなんだ!」

 僕は逃げ出す。そして、あの時パパに送ったメッセージを見る。返信は、いまだに返ってこない。ずっと、ずっと。

 僕はただ逃げ出すことしかできなかった。

 

### 21

 

 僕は祭のたったひとりの家に上がる。そして、椅子に座る。久々だった。すこしものが変わったりしていたけれど、彼女はかわいらしいものが好きなままらしい。

「はい、晩ご飯。サンドイッチだけど、よかった……」

 ありがとう、と僕は受け取る。

 そして僕らは食べ終わり、その時ふと彼女は訊ねてきた。

「さっきはびっくりしたんだよ。突然飛び出してきて……何も、教えてくれないの……」

 僕は答えられなかった。さっき起きたこと全てが、まるで遠い昔のようでもある。僕はぽつりと、こう言った。

「助けられなかった……」

 僕は右手をみつめる。

「僕は変わった。だから僕だって、祭が僕にしてくれたみたいに助けられるって。でも僕は僕だった……優しい王様になれなかったんだ。だいたい僕は、こんな力欲しくなかったんだ。もう、いやなんだよ。こんな……」

「あのすごい力、王の能力のこと……」

 僕は言葉に詰まる。

「私、見たの。集が谷尋君から鋏みたいなのを取り出して、エンドレイヴを壊すの……」

 僕は祭に訊ねていた。

「君は……僕の全てを、知っているの……」

「ええ、あなたが道化師《clown》で、王の能力を手に入れていて、そして、あの聖夜喪失《ロストクリスマス》の、中心にいたことを……」

 僕は驚いた。「僕が、聖夜喪失《ロストクリスマス》の、中心に……」

 思い出す。あの教会は、六本木にあった。そしてそこが爆心地《グラウンドゼロ》であったことを。さらに、あの場で僕はいのりに似た彼女から何かを取り出し……そして……

 動悸がする。そんな。ありえない。僕が、あの爆発を……

 彼女が僕の横にやってきて、そして抱きしめてくれる。優しいアロマの匂いと、安らぐような香りがした。そして、記憶が少しずつ塞がっていく。

「ごめんね、集。変なことを、思い出させちゃって……」

 茫然と訊ねる。「僕は……何なんだ……」

「あなたが何でも、大丈夫。私はなんでもない集のいいところ、いっぱい知っているよ……」

 祭は続ける。

「集は大きな音立てないよね。椅子に座る時も、ものを置くときでも、そっとするでしょ。断言したりしないのも、好き……」

 自信がないだけだよ、そうおもむろに言っていたとき、僕は驚いて訊ねる。

「祭、好きって……」

「みないで……」

 そう言って、彼女はさらに抱きしめる。暖かくて、柔らかかった。

「ごめんね、本当は、言うつもりなかったのに……」

 彼女から体を離されて、僕は茫然としていた。僕は立ち上がり、彼女を見つめる。

「君は、一体……」

「それは……教えられない。教えたら、私は、殺されることになる……」

 どういうことだ。祭は申し訳なさそうに、そして、恥ずかしそうに抱きつき、僕にこう言った。

「だから……だから、お願い。私は答えられない。だから、手を握って。いまの私の心を……あなたの王の能力で、とって欲しいの……優しい王様の、あなたに……」

 彼女は上目遣いで見つめてくる。そして、唇を少しだけ開いている。

 僕はそして、いのりを思い出した。

「集、私以外のひとから……ヴォイドを出して欲しくない……」

 だから祭をゆっくりと離して、静かに告げた。

「ごめんね、祭。僕は……僕は、いのりが、好きみたいなんだ……」

 彼女の驚いている顔が怖くて、僕は彼女の家から飛び出す。集、そう呼びかけられていてもなお、僕は走っていく。

 通知を切っていたスマートフォンには、いのりからの大量の着信履歴とメッセージが入っていた。そう、いのりに、聞かなければならないことがある。

 

### 22

 

 帰ればそこには、いのりがいた。彼女はソファで膝を抱え、iPadを握っていた。歌を作っていたらしく、譜面が一瞬だけ見えた。僕が来たのをみると、彼女は立ち上がる。

「綾瀬から聞いた。大丈夫だった、集……」

 僕は肯く。「谷尋は……」

 彼女は首を振った。「見つからないって……」

 そっか。僕はそう言いながら、「ごはんは、食べた……」

 彼女は肯く。

「春夏さんと一緒にピザを……春夏さん、もう寝ちゃったけど……」

 ごめん、今日はつくるはずだったのにね。そう言いながら、僕は訊ねていた。

「歌、作っていたの……」

 彼女は肯く。僕は聖夜喪失《ロストクリスマス》直前に、いのりの声のロンドン橋が聞こえていたことを思い出しながら、いのりに訊ねていた。

「いのり。聖夜喪失《ロストクリスマス》のとき、君の歌う声が聞こえたんだ。ロンドン橋。知っている……」

 彼女は目を見開き、そしてさっとiPadを隠す。そして、彼女は黙っていた。

「もしかしていのり。君の歌は、アポカリプスウイルスにも、作用、したりするの……」

 彼女は見上げた。そして、彼女は背を向ける。やってしまった。まただ、なんでいつも僕はこんなんなんだ。

「ごめん、君を、あの時傷つけてしまったかもしれないんだ。でも、君の歌が好きだから、つい……」

 背を背けた彼女は振り返っては来ない。おやすみ、いのり。僕はそう言って寝室に向かおうとした。

「集、私の歌……作用する……」

 僕は振り向く。彼女は、まだ背を向けたままだった。「いい結果になるから歌えって……涯が……」

「それが、EGOISTができた理由……」

 彼女は小さく肯いた。

「これが、私の償いなの……」

「償い、か……」

 大島にいたときも、颯太に同じことを言っていた。それが意味する全てはわからなかった。けれど、僕は言った。

「すごいね、いのりは……」

 その時、彼女は僕に振り向いてきた。

 そして迷うように、ゆっくりと近づいてくる。

「ねえ集、いま、集にほめられて、なんだか不思議な気持ちで……私以外のひとから、ヴォイドを出して欲しくないって言ったけど、なんだか違う気がするの……今日は、特にそう……」

 そしていのりは僕を見上げて訊ねてくる。

「ねえ集、もういちど教えて。好きって、どういう意味なの……」

 僕は突然の質問に考えあぐねて、結局こう言っていた。

「僕も……本当は、好きの意味が……わからないんだ……」

 いのりは肩を落とす。けれど、僕はこう言っていた。

「でも君に、僕のためだけに一度歌ってほしいと頼むのは、好きって意味なのかな……」

 彼女は目を見開いていた。そして、肯いてくれた。そして彼女は僕の手を引いていく。僕は驚きながらもついていく。そこは、彼女がいま寝室にしているところだった。彼女は僕をベッドに連れていき、そして僕の背中を押す。戸惑いながらも横になると、彼女もまた、遠慮がちに横になる。そしてお互いに見つめ合う。彼女の紅玉《ルビー》のような瞳。そしてしなだれる桜色の髪を見て、僕は呟く。

「本当に桜みたいな色だ。きれい……」

 そして彼女は、遠慮がちに僕へと手を伸ばし、そして僕を抱きしめてくる。

「いのり……」

 彼女の顔が見えなかった。けれど、暖かくて、優しい匂いがした。

「集は、桜が好きなの……」

 うん、僕は答えた。そう。彼女はそういうと、おもむろにロンドン橋を歌い始める。優しく、眠りに誘《いざな》うように。

 僕は心地よく、眠りに堕ちていく。

 怖いことがたくさんあった。潤君を殺してしまった。あの聖夜喪失《ロストクリスマス》で、彼女を傷つけてしまったかもしれなかった。けれどそんなすべてをかき混ぜて、僕ははじめて彼女と会ったあの場所へと向かっていく。

 結晶の丘。約束の場所。そこでは、波の音すらも聞こえ始める。ここは、海岸《ビーチ》。そこには、いのりがいる。けれど、その瞳は金春色《ターコイズ》の輝きを放っている。そして彼女は一言告げた。

「あなたはもう、橋の生贄《Bridge Baby》なんかじゃない。あなたは、虚無を繋ぐ橋の領主《Bridge Boss》。だから忘れないで。全てはここに、繋がっている……」

 

### insert tugumi 3

 

 朝。綾ねえと一緒に私たちは作戦の準備をし始めていたとき、突然集から通話がきた。私が応じると、そのビデオ通話には、いのりんも一緒にいた。

 私は訊ねる。

「どしたの集、いのりん。こんな朝早くから……ふたりはGHQ撤退支援作戦には参加しないんじゃなかったっけ……」

「ごめん。いのりの歌についてだ。君たちは、いのりの歌が遺伝子共鳴《ゲノムレゾナンス》を起こして、ウイルスを抑制すること……つまり、彼女の歌は癌《キャンサー》に効くってこと、知っている……」

 私は驚いていた。「え、それほんと……」

 シミュレーション結果がこれだよ、と送られてきたグラフを見て、私は感嘆の声を上げるしかなかった。

「信じられない……あんたのワクチンより効くじゃない……じゃあまさか、EGOISTもそういう目的で涯が……」

 そうらしい、と集は答える。私は興奮気味に、

「じゃあもしも、ウイルスが爆発的に増殖したときは、いのりんが歌えば……」

「そう、いのりに頼んで欲しい。涯にも、この結果を」

「わかった、じゃあふゅーねるにサポートする機能を持たせて……あ、それはだめだったんだ……」

 集は首を傾げる。「ふゅーねるは……」

 私は、なんとか答える。

「凍結させている。私がたくさんの機能を入れすぎたせいで、あの子を通して研二がやってきたから……」

 そのとき、いのりは教えて、と言って、

「どうしてふゅーねるは、ツグミみたいに優しくしてくれていたの……」

 私は黙り込んでいた。けれど、ふゅーねるの大の友達でもあるいのりに、いままで誰にも言ったことのなかったことを、答えた。

「私ね、一緒に遊んでくれる子が、ほしかったの……」

 いのりは黙って肯いてくれる。そして、私は続けた。

「私は聖夜喪失《ロストクリスマス》でひとりぼっちになって、お人形としか遊び相手がいなくて。だから、お人形がもっと楽しくしてくれたらいいなって思って……あの子が、できたの。それが、今の私の力になっていったってわけ……」

 いまの私の技術は、ぜんぶ、ふゅーねると一緒につくりあげたの。そう言いながら、私は首を振った。

「でも、もうおしまい。あの子を、もうこれ以上、戦いには巻き込めない……」

 いのりんは、そのときこう言った。

「ふゅーねるは、きっと戦える……」

 私はいのりんを見つめる。

「でも、あの子は……私は……弱いよ……」

 その時、綾ねえも声をかけてくれる。

「ツグミ、私は集やあなたみたいに、エンジニアのやることはぜんぶわかるわけじゃないけど……その子を一人前に扱ってあげてもいいんじゃない……あなただって、一人前なんだから……」

 私は綾ねえの言葉に揺れる。

 そうだ。あの子は。私はきっと。

 そして、私は走っていく。そして、電源を切られて動くことのなくなっていたふゅーねるを抱える。

「もうお人形遊びは終わり……あなたにもがんばってもらうわ、ふゅーねる……」

 心なしか、ふゅーねるは笑ってくれているような気がした。

 

### 23

 

 彼女と共に眠り、朝からツグミと通信をした日の朝は、とてもきれいに晴れていた。

 そんななか僕といのりを見送る人がいる。

「いってらっしゃーい」

 いつもよりずっとたのしげな春夏はいつも通り薄着だ。

「やめろよ春夏、そんなかっこで……」

 はいはい、と彼女は扉を閉めていく。まったくもう。なんて日常だ。そんなことを言っていると、

「でもたのしそう……」

 へ?と僕が聞いていると、彼女は笑って僕に振り向いてくる。

「集、たのしそう……」

 僕はそんな風に笑う彼女を見たことがなくて、どぎまぎする。彼女は首を傾げた。

 

 学校に向かいながら、ねえいのり、と僕は彼女に話している。彼女は応じてくれる。

「僕、道化師《clown》を名乗り始めてからずっと迷ってきたけれど、ヴォイドは、この技術は、今ならもっといい方向に使えそうな気がするんだ……この大きな力を、もっとみんなのために使えるんじゃないかって。いのりの、歌みたいにさ……」

 彼女は、また笑った。「そう……」

 笑っている彼女のことをみると、僕までなんだか嬉しかった。

 GHQは今日撤退する。そんなニュースが流れている時、モノレールに乗っている時。僕は呟いていた。

「僕の罪は償えない。ずっと背負っていかなきゃいけない。そう、本当に裁かれる、その時まで……」

 いのりはそのとき、突然こう言ってきた。

「集、ずっとそばにいても、いい……」

 僕が驚いていると、不安げな彼女は言ってくる。

「私にも、秘密があるの。でも集と違ってどうすればいいか、ずっとわからなくて」

 だから……そう言う彼女に、僕は所在なく窓の外をみやる。

「す、好きにすればいいと思うよ……」

 彼女が肯く。

 そのとき、モノレールが突然停車する。本来止まるはずのない駅のホーム。その先には、今日撤退するはずのGHQの兵士たちが並んでいる。

 駅の扉が開いた。その瞬間に、僕は誰かに背中を押される。そして誰かと共に駅のホームに出てしまい、そして扉が閉まっていく。それは、谷尋だった。

「悪いな……」

 僕はいのりを見つめる。彼女は閉じられたモノレールの窓に手をつけて、僕をじっとみつめている。けれど、モノレールは発車していく。どんどん遠くに、いのりが離れていく。僕は手を伸ばす。けれどその手は、虚空を掴むばかりだった。

 僕はいのりの向かった先をただ見つめながら、谷尋に訊ねていた。「どういうこと、谷尋……どういうこと……」

 その時、聞き覚えのある別の声が聞こえた。

「桜満集君……」

 振り返るとそこには、かなり古いガラケーをキータイプする人がやってきていた。そして、そのケータイを閉じる。そのキーホルダーの吊られた男《ハングドマン》が揺れる。

「あなたを逮捕します」

 それは、GHQの元アンチボディズ、嘘界少佐だった。 

 そして僕の両手首に、手錠をかけられる。嘘界少佐は言った。

「君はとてもいい友達を持ちましたね……」

 僕が谷尋を睨み付けると、谷尋は目をそらし、こう呟いた。

「俺は謝らないぜ。世界は不条理で、不公平なんだ……」

 そして僕は連れて行かれる。元セフィラゲノミクスのインターン。それ故に穏便に、しかし確実に。

 僕の日常は、こうして真の終わりを迎えた。

 

 

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