Guilty Crown Bonding the Voids 作:倉部改作
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朝。大量の再設計が行われ、そのぶん大量のリファクタリングが行われたけれど、奇跡的にふゅーねるは完全な復活を遂げた。そのふゅーねるは今、天王洲第一高校の廃校舎、映研の部室に向かっていた。そして彼女のもとにたどり着く。今日はここで待機する予定の、いのりんのもとに。
「ふゅーねる……」
いのりんはふゅーねるを抱える。
「ツグミ……いる……」
「アイアイ、どしたのいのりん」
「集が……GHQに連れて行かれた……」
「なんですって……」
「谷尋に、電車に下ろされて……」
私はチャットを確認する。すでにいのりんからの連絡は来ていた。まずかった。
「ごめんいのりん、ふゅーねるの対応ばっかしてた!すぐ涯に伝える!」
私は急いで涯に連絡を入れる。
いのりんはふゅーねるを抱えて、集が映研で使っていると言うiMacの前で座ったようだった。そして、彼女は歌い始めていた。悲しそうに。私は見ていられず、すぐ繋がった涯に伝える。
「集が捕まった。そうなの。たぶん無事だと思うけど……うん、連絡遅れてごめん!」
そうして通信をしている間、いのりんはふゅーねるを抱きしめてくれていた。
「ねえふゅーねる、どうして私……寒いの……」
私は言葉を失った。いのりんがこんなに寂しそうなのは、はじめてだったから。
「集なら……知ってる……」
私は歯噛みした。いのりんの気持ちのどまんなかにいた、あのオタクはいない。今は無事かもしれないけれど、いのりんの方がずっと心配だった。すると、涯からいのりんに連絡が入る。
「いのり、聞こえるか。集を守り抜きたければ、羽田に来い。奴ら儀式を始めるつもりだ。お前の歌が必要になった!」
彼女はおもむろに肯いた。
そして通話が切れる。彼女は立ち上がる。そして、彼女は言った。
「ふゅーねる、あなたはここに……」
ふゅーねると私は驚く。
「どうして……」
「集は……きっと戻って来る。来てしまう。その時、集には、助けがいるの……」
彼女はそう言って飛び出していく。ふゅーねるは、私はそうして取り残された。
その時、黒猫のストラップに突然反応があった。私は驚く。あのもやし子か。
けれど、違かった。
「ブラックスワン。私は嘘界。あなたがダリル君に手渡していたあのキーホルダーの情報をもとに連絡させていただきました。恙神涯にこう伝えてください。ルーカサイトの状況、教えてもらえますか、と……」
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自らの屋敷に客がきた。久々に彼に会える。そう思えば、身なりを普段以上に整える気持ちになった。夏らしい、けれど自己主張しすぎないようなワンピースを。そして、電話の終わった涯に、声をかけた。
「お久しぶりですわね、恙神さん……」
彼は微笑む。
「涯、と……仲間はそう呼ぶので……」
おじいさまの部屋に涯を案内すると、おじいさまは大量の書類を目の前の机に載せた。そこには写真も挟まっている。小さな、金髪の男の子。そして桜色の髪の、いのりさんそっくりな人。そして、あの集に似た子も……
「驚いたよ。まさか、君があの男の息子だったとはな……ヴォイドゲノムを手に入れかけた理由には、確かに納得はいったが……」
あの男……疑問を胸に抱いていると、おじいさまは続けた。
「故にわしは問わねばならん。恙神涯。君はなぜ、なんのために戦うのだね……」
沈黙ののち、涯は答えた。
「女のためです。たった一人で巫女に成り果てた女を運命から解放し、この手に抱きたい。だから戦っています」
私も、そしておじいさまも目を剥いていた。そしておじいさまは膝に手を打ち、大笑いし始める。そんなおじいさまを、私はほとんどみたことがなくて驚いていた。
「日本を救うのは、女のついでか、面白い……君も集君、いや桜満《シェパード》の一族によく似ている……」
そう言いながら、おじいさまは部屋の窓へと向かう。
「桜満集君。表向きは既得権益の権化、セフィラゲノミクスの元インターン。しかし君も知っている通り、その実態は最も既得権益に抵抗する開発者、道化師《clown》だった」
私は茫然としていた。あの桜満くんが……
おじいさまは続ける。
「彼がなぜあれほどの開発を成し遂げられたか、なぜワクチンや軍事の既得権益に歯向かい続けたかわかるか……それもまた、君のように言えば、たった一人の女のためだった。そう彼の母から聞いている。記憶を失ってなお、どこにいるかも知らない彼女を救おうと抗い続けていたのだ……」
私は困惑した。セフィラゲノミクスでの実績も、道化師《clown》の実績も、たったそれだけの理由でつくりつづけたというのか。
同時に、私が褒めた時の、桜満君の首をかしげる様子を思い出す。
納得が訪れる。彼は自分の評価なんか本当にどうでもよくて、一人の女性のためだけに生きていたのだ。
涯へとおじいさまは振り返り、
「救えないはずのものを救う。その道は、あまりにも危うい。なぜなら、相手は救われることそのものを望んでいないからだ。救った暁にはやがて絶望し、生きた屍になるだろう。そうした運命の中で、多くの桜満《シェパード》は果ててきた。それは、わかっているのか……」
涯は皮肉げに笑い、
「それは集に言って聞かせるべきでしょう。俺は奴とは違う。この道は、真の救いではないですから……」
私には意味がわからなかった。けれどおじいさまは、
「なるほど、あの男の息子なだけあるな……」
本題に入ろう、とおじいさまは言いながら窓の外を見つめる。
「例の石は、これから羽田に持ち込まれる。連合国はGHQ撤退として、海外に運び出そうとしているようだ。GHQが奇妙なことを始めるくらいなら、あれは予定通り御退散願いたい。しかしGHQの第二次聖夜喪失計画《セカンドロストプラン》は終わった確証は、どこでも取られてはいない」
それだけじゃないぞ。おじいさまはそう言って、どこか遠くの空を見上げながら続ける。
「うちの代理人が連合国の動きを掴んだ。ルーカサイトが今日発射される。対象は、この東京だ」
私も、涯も、目を見開いていた。
GHQの撤退は、時間がかかるはず。なのにまとめて消しとばすと言っているのだ。
けれど涯はすぐに答える。
「四分儀から連絡を受けました。葬儀社側からの制御権が完全に奪われた。そして、資金供給もストップしたと。先ほどツグミからもルーカサイトが稼働していると裏付けを取りました」
おじいさまはおもむろに涯に向き、
「あれが発動されては、困る。そうは思わんかね……」
涯は肯いた。
「ええ、全力で阻止します」
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護送車のなかで、嘘界少佐はガラケーのキータイプを続ける。
「桜満君。君に質問があります。日本語で、足にフィットするパンツやタイツのこと。スパッツやカルソンとも。四文字。なんだと思います……」
僕は沈黙を続けた。どうしようもなく、何もできなくなったこの場所にいる理由に、僕は答えた。
「わかりません……」
なんで。なんで谷尋が。何もかもをなくして、だからこそ、彼はGHQにたどり着いたのか。馬鹿だった。彼に何もしてあげられず、ただ背中を見ていただけの僕が、馬鹿だったんだ。
その時嘘界は叫ぶ。レギンスだ、と。そして高速でキーを叩く。
「建前上、君をただ約束の日まで拘束すればいいだけです。しかし私はパズルの空欄が大嫌いでね……君にはそのパズルを埋める協力をしてほしいのです。少し狭いですが、静かに考えられるよう、部屋を用意しました。パズルが解けるまで、好きなだけいていただいて結構ですよ……」
僕は彼を睨みつけた。けれど彼は笑っている。
「あなたの来歴こそが、最後の空欄です。罪深き道化師《Guilty Clown》……」
僕の空欄《void》を埋める審判の日が、近づきつつある。
取り調べ室で、僕は嘘界からこう言われた。
「情報提供者より、君は葬儀社に関与した疑いで、拘束されました」
「谷尋ですか……」
「ええ。寒川君からのプレゼントです」
そして大量の写真がテーブル兼端末に表示される。そこには僕と涯が話している姿があった。
「これは恙神涯。葬儀社のリーダーです。なぜ君のような優秀な開発者が、セフィラゲノミクスのインターンをやめて、こんなところにいて、こんな男と話さなければならなかったのかな……」
僕は沈黙する。
「そして、これはさらに興味深い……」
表示されるのは、谷尋のヴォイドを使って戦う僕。
「存在しないはずの、心理計測技術《ヴォイドテクノロジー》の原典。外なる王の能力と思しき力を、君はすでに手に入れている。これを最も否定し、セフィラゲノミクスの中で平和利用という反抗を続けていた桜満玄周の亡霊、道化師《clown》の君が使いこなしているとは、なかなか皮肉な話です……どうやってこの力を手に入れたのですか……」
僕は答えてしまっていた。
「そんなの……僕もわからないですよ……」
すると、嘘界はこう言ってくる。
「桜満君。ここのごはんはうまくないよ……あのソフト麺てやつを……僕は給食以来初めて食べました。そのへんのことはよーく考えて話したまえ……」
僕は嘘界を睨みつけた。
「じゃあ……もしも、エンドレイヴの銃弾を受けて僕の体が再生して、そのとき突然使えるようになったとしたら、それはどうやって手に入れたことになるんですか……」
嘘界は身を乗り出してくる。
「君の体に、秘密があるということですね。なるほど、君を切り刻めば、もしかしたら全ての謎が解けるかもしれません……」
僕は身構える。けれど嘘界は肩を落とす。
「しかしね桜満君。情報提供者経由で、君の体のDNAはすでに調査済みなんですよ。どこにも、王の能力の痕跡はありませんでした……」
僕は驚いてこう言っていた。
「痕跡……なにと比較したっていうんです……」
嘘界はにやりと笑う。
「桜満君。あなたの前にね、王の能力の持ち主はすでにいたんですよ……そしてその人物は、あなたの血縁者でもあったらしい……」
僕は驚いていた。そして嘘界は写真を飛ばしてきた。その写真には、赤いコートでフードを被る、夢の中で出てきた人と、青い髪の、いのりに似た人がいた。嘘界は告げる。
「通称スクルージ。真の名前を、ヴェノム・シェパード。十年前、私たちが目撃した、唯一本来の王の能力を持つ人物です」
僕は嘘界をみつめる。彼は、笑っている。
「君の遺伝子には、王の能力は刻まれていない。つまり、君の王の能力は、どこかの補助記憶装置《Auxiliary storage》に格納され、模造《エミュレート》されたソフトウェアと同義なのです。それは、君が、仮想化基盤《Virtualization platform》の機能を実装しているということを意味します」
そして嘘界はこう言った。
「ある人が言っていました。シェパード。それは、幾度となく橋を作っては壊し、世界救済を再定義しながら導いてきた、血族を超えた系統であると。その後継であり橋の生贄、凝集の牧羊犬《ソリッド・シェパード》、桜満集。橋の本質が、あなたの時すら超越してヴォイドゲノムすら凝集し、そして呼び出す、その力なのですよ。故に、あなたをただの生贄にするために、ここに捕まっている……」
そして、嘘界は立ち上がる。
次は拷問か。僕は身構える。
けれど、僕の手錠を外していった。
「君に、すべてを話しておきましょうか……」
僕は訊ねた。
「あなたは……GHQですか。それとも、連合国ですか……」
彼は笑う。「敵か、味方か、と。どちらでもありません。だから言ったでしょう。君にはそのパズルを埋める協力をしてほしい、と……」
ついてきてください。そう言われて、僕は案内されていく。
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僕は家に帰るための、日本での最後の仕事をすることになった。
けれど、その前に儀式があった。それを完遂させようと、パパは必死だった。
画面の先には、葬儀社のイデオローグとよく似た、桜満真名を名乗るやつが座り、ダァトを名乗る教祖代行がその横で立っている。彼らの前で、僕のパパは話している。
「ご安心を。茎道は不躾にもこれを持ち出してしまいましたが……私は、これを責任を持って、真の王の元へとお送りします」
若い教祖代行は不敵に笑った。
「そのために、空港を経由すると……」
はい、面の皮を厚くして、パパはそう言う。
「お任せください。我々が、真の王をここに呼び寄せます……では、後ほど……」
桜満真名は、冷たい眼差しを向けたまま、こう言った。
「……そう、楽しみにしているわ」
そう言ってパパははじまりの石と自らに手錠をし、共に出ていく。そして僕らも、そそくさとその場を後にする。
僕は屋外で、この最後の戦闘のために用意されたエンドレイヴをみつめる。823。その機体番号が再度割り当てられ、さらに特別な装備を搭載したゴーチェをみつめる。
その時、ローワンがやってきた。
「すごいな、ダリル。この兵器は……」
僕は両碗に取り付けられた捕縛兵器を見つめる。
「対アポカリプスウイルス兵器、再起動注入剤《Reboot Binary》。前の遺伝子捕捉機《ゲノムキャプチャ》を改造していて、今度は対象の遺伝子に変異を与えて、ウイルスの増殖を急速に減らすもの、らしい……前みたいに王の能力を持ったやつが出てきたら、これを打ち込めって話だね……」
ローワンは息を呑む。「可能なら使うことがないことを祈りたい兵器だな……」
「それは、この機体の中枢に組まれている方かな……」
なんだって、とローワンは言って、その中心にあるものを見つめる。「あれは……」
「周辺5メートルで、再起動注入剤《Reboot binary》を撒き散らす、自爆兵器だよ……」
ローワンは驚いて僕に訊ねる。
「ダリル少尉、なんでこんなものを!」
僕は怒鳴った。「パパを守るためだよ!」
ローワンは驚き、そして拳を握り締めていた。ローワンは言う。
「君のパパを、命をかけて守るって言うのかい……」
「それの何が悪いんだ!」
ローワンは顔を上げた。
「良くないに決まってるだろ!君はヤン少将だけのものじゃないんだぞ!」
僕は怯む。けど、口答えする。
「でもあんたには関係ない!家族じゃなくて、召使だった、あんたには!」
そう言って僕はヘルメットをふんだくって、その場を後にする。
急造のエンドレイヴオペレーションルームに向かうため、エレベーターを待つ。パパが王になった暁に凱旋するための輸送機が、近づきつつあった。僕はダンと、ローワンの顔を思い出す。
なんであいつらはあんな風に家族ヅラしてくるんだ。なんで、お節介に心配してくるんだ。そう言うのは全部、パパから与えられるべきものなんだ。
エレベーターのドアが開く。僕が乗り込もうとしたそこには、パパと、秘書がいた。しかも、お楽しみの最中だった。唇を秘書のと離してから、パパは僕を見て驚いている。
「ダリル……」
そうパパが呼んだとき、秘書が肩に触れて静止させる。そうして、扉はしまっていった。
僕はヘルメットを窓に叩きつけていた。窓は、僕の気持ちみたいに、割れてしまっていた。
### 25
外では、すでに大量のエンドレイヴたちが二十四区付近のこのエリアにいる。僕はそれを乗り込んだ車の窓から眺めていた。嘘界もまた車に乗り込みながら教えてくれる。
「物々しくてすみません。GHQが撤退するにあたって、みんな慌てているんですよ……まあ、詳しい話はあとで……ともかく君に見てもらいたいものがあるんですよ」
たどり着いた先は、とても大きくて、厳かで、なによりも新しかった。綺麗な待合室。広すぎるほどの。
「隔離用の病棟です。ここの施設は本来、この病棟のためにつくられたのですよ……」
「そしてセフィラゲノミクスが死亡した人を使い、実験をするための施設でもあった……死体は……感染の危険が否定できないから葬式もできないと……」
ええ、そう言いながら、嘘界は続けた。
「そして寒川君がなぜGHQの協力者になったのか。その理由もここにあります……」
嘘界は言う。
「彼は中毒患者ではありません。彼は売人でしかありませんでした。あの日封鎖されていた六本木に行ったのもその取引のため。彼はどうしてもお金が必要だったのです。なぜならば、ごらんなさい……」
彼が案内した先には、大きなガラスが張り巡らされている。そこを覗き込むと、巨大な病室が一望できた。
そこには、大量の結晶で動くことのできない患者たちが、ベッドに並べられていた。末期状態《ステージ4》の患者たちだ。
「ここに、潤君がいた……」
嘘界は頷き、
「ここは、不慮の感染事故か、君とセフィラゲノミクスが生み出したワクチンが体質に合わずに発症してしまった人たちを治療、あるいは彼らに緩やかな迎えを受け入れてもらう……つまり救済のための、最先端の施設でもあるのですよ。だから谷尋君は最後に残されたただひとりの家族のために、ありとあらゆる治療を依頼し続けた。しかし、高すぎた。情報提供者といえども、迎えを待つのではなく、最新鋭の治療を試行錯誤するのを選んで賄い続けられるほどの金額ではない。故に彼は君の正体を調べるうちに、ノーマジーンにたどり着いたのです。そしてノーマジーン捜査で捕まるとわかったら……潤君を連れてここから逃げていった……そうして彼は、無法地帯の六本木に、十年前の世界に、囚われた」
嘘界は続けた。十年前。あのアポカリプスウイルスのパンデミックと、それに端を発する大暴動、聖夜喪失《ロストクリスマス》で、この国は、世界は狂いました。後に、君と我々で開発・普及させたワクチンでなんとか黙示録《アポカリプス》を抑えこむことに成功し、世界はようやく、一定の秩序を取り戻すことに成功しました。
彼はそう言いながら、病院の応接間に僕を座らせ、コーヒーを差し出している。僕は目の前のコーヒーをただ眺め、そして彼がコーヒーを飲んでいるのをみている。
「だから許せないのです。我々と君で守ろうとしていた秩序を乱そうとしている、すべてが……桜満君、私にはわからない。なぜ君のような賢い少年が、道化師《clown》となり、インターンもやめ、自分で築き上げた善意を踏みにじるのか……」
六本木での出来事を思い出す。壊滅させたアンチボディズが、そしてGHQが行ってきた、行いかけたすべてを。
「善意、ですか……あれが一体、どんな善意……」
どういうことでしょうか、そういう嘘界に、僕は言った。
「だって……六本木で、目の前で人が殺されたんですよ、あなたたちに……」
「フォートの住人は非登録民です。定期的なワクチン摂取も拒んでいる。いわば感染の温床だ」
「違う、あんな定期接種は本当はいらないんだ……あれはセフィラゲノミクスとGHQの、利権と支配のためだけに生み出された方式《メソッド》だ……感染の温床にならない、殺していい理由にはならない!」
「さすがに詳しいですね、道化師《clown》。しかし我々の兵士も殺されました。彼らも故郷のある身です。異国の地で、遺体も埋葬されず、死にたくなかったと思いませんか……」
僕は言葉に窮する。けれど言った。
「けど、僕は思うんです。自分たちを守るためには、戦うしかないって……」
「ならなぜ、我々GHQは葬儀社にも、連合国にも、殺されなければならないんです!」
僕は驚いていた。そして嘘界はこう言った。
「では、全てをお話ししましょう。あなたと、そして、全ての世界に」
海戦の準備は、嘘界はそう言ってどこかに連絡する。カメラのチャンネルをG7に。中継の準備は。それに応答が返ってくる。完了してます。全国のGHQ管理下の全回線から出力されます。結構。そう言ったかと思えば、嘘界は大型のディスプレイ端末を起動する。そこには、嘘界と僕が映し出されている。まさか、何かをここで配信するつもりか。逃げることもできないまま、嘘界は配信を開始した。
「日本の皆様。そして、GHQに所属する全ての皆様。私は嘘界。親愛なる皆様にお知らせです。我々は間もなく、衛星兵器ルーカサイトにより東京と共に消失します……」
僕は混乱する。どういうことだ。
「連合国は予定を繰り上げ、GHQが本国へ帰還することすらも拒否し、ウイルスのパンデミックを武力で収束させるするつもりです。こちらが根拠です」
配信画面で表示されたのは、ルーカサイトが発射の準備をしているという数値。そして座標。目標は、東京。
「このままでは我々は光の中に消える。しかし発端は、十年前、アポカリプスウイルスのパンデミックという事態の発端を起こしたGHQ上層部、ヤン少将と茎道元局長です。彼らが連合国にルーカサイトを打たせることを決めた全ての元凶です。彼らは羽田空港で、第二次聖夜喪失《セカンドロスト》を引き起こそうとしている……」
嘘界は言葉を切り、しかし淡々と告げる。
「それが嫌なら、日本にいる皆様はこの彼を信じ、助けしてあげてください。彼は、桜満集。この世界にエンドレイヴとアポカリプスウイルスワクチンの原型をもたらした、驚異の開発者、道化師《clown》です。そして、我々アンチボディズの失態、六本木において、王の能力を目覚めさせ、我々の暴走を止めてくれた伝説の英雄、凝集の牧羊犬《ソリッド・シェパード》でもある。真の王である彼は、この事態を止めるための力を、持っている」
そのとき配信には、僕がいのりのヴォイドを握って飛び出していく写真が大きく出ていた。これを谷尋はみていたということか。
「そして彼らを助けてください。共に日本を救おうと戦い続ける我らが救い主、葬儀社に。GHQの皆様は、我々GHQ内部の義勇兵と共に、ルーカサイトを攻略している葬儀社をバックアップし、ヤン少将と茎道元局長を討つのです。我らがここにやってきたのは、日本を救うためだったはずです」
嘘界は言葉を切り、宣言した。
「さあ、雌伏の時は終わりです。始めましょう。全てを失い、そのために立ち上がらなければならない、我々の戦いを」
彼は配信を終了し、今度はある人物に電話をかけはじめる。
「どうした集……さっきの放送は……」
「涯……」
驚いていると、嘘界は涯に向かって、
「私はGHQの嘘界。さきほどの続きの取引をしましょう。恙神涯……」
涯は応じて、
「GHQの第二次聖夜喪失《セカンドロスト》阻止、ルーカサイトの攻撃の阻止か……」
嘘界は肯定する。涯は訊ねた。
「その対価は……」
「GHQ全ての兵力、そしてその関連企業、セフィラゲノミクスも含めたものです。あなたは、ついに日本の全てを手に入れることになります」
「……ルーカサイトを止める方法がない。うちのクラッカーはさっきの情報を取得できるバックドアまでは仕込んだが、計算資源の不足で管理者権限への突破はできないと言ってきている……」
「では、前金です。私がセフィラゲノミクスで使えるようにしているコンピューティングリソースをあなたに託します……」
僕は驚いていた。
「史上最高のコンピューティングリソース……」
あよいしょ……そんなことを言いながら、嘘界は何かを送信する。涯はおもむろに答える。
「……確認した。セキュリティ監査を完了次第使わせてもらう。続きはそのあとだ」
そう言って、涯の通信は終了した。
僕は嘘界に訊ねていた。
「なぜ、こんな大事なことを僕たちに……」
嘘界は遠くを見つめる。よく晴れた青い空を。
「いろんなことを言いましたけど……私はね、別に世界の滅亡なんかに興味はない」
彼は続けた。
「十年前、王の能力を見ました。美しかった。あれを追い求めて、今私はここにいるんです。そしてあなたが、真の王だったという。そして生贄にされてしまうという。ならば、儀式が止められないなら、王の能力の担い手に、王になってもらいたい。そうすればあの光を……もう一度、見れるでしょう……」
「僕は……王になる資格なんか……」
嘘界はゆっくりと出ていく。
「それでも待っていますよ、真の王。凝集の牧羊犬《ソリッド・シェパード》。ところで、君はとてもいい友達を持ちましたね……」
そう言われ、振り向くと扉は既に閉まっていた。僕は立ち上がる。どうすればいいんだ。その時、扉がもう一度開かれる。そこには、思わぬ人物がアサルトライフルを体にかけて現れた。
「谷尋……どうして……」
谷尋は歩いてこちらに来る。
「あのあと、嘘界少佐に捕まってな……お前の情報を提供して連れてくるのを条件に、GHQ側としてお前の協力者、有り体に言えばGHQの軍人になるという取引をした」
「薬のことで、取引しなかったってこと……」
谷尋は笑った。
「日本滅亡の危機だぞ。どうでもいいだろ俺が許されることなんか。しかもそれだとお前を手助けできなかった。嫌なら俺の鋏でちょんぎればいい……楽だろ……」
僕は茫然としていた。
「なんで……僕は、潤君を助けられなかったのに……」
そうかもしれんな、そう言いながらも、谷尋は答えた。
「潤は全てを繋ぐことはできないって言ったんだったな。けど、ひとつの繋がりを断つことで、新たにつながるものもある。潤も、それを望んだんじゃないのか……」
僕は突然の赦しに、立ち尽くしていた。すると、谷尋は肩をつかむ。
「世界は不条理で、不公平なんだ。だから変えなきゃいけないんじゃないのか。そうやって道化師《clown》だったお前が不条理や不公平を変え続けたみたいに。なあ集、それがいま俺たちの、やれることなんだろ……」
気づけば、僕の目から涙がこぼれていた。谷尋は笑い、
「ぼさっとしているな、敵は羽田空港だ。いくぞ、集。世界を救いに行くんだろ……」
ああ、そう言って、ふたりで走り出す。
GHQの車に乗り込み、谷尋は車をすぐさま運転をし始める。
「谷尋、車の免許持ってたっけ……」
彼は鼻で笑う。「もう許されることのない、怪我の功名さ……」
谷尋の荒っぽさもないスムーズな運転の中で、橋を渡ろうとしたその時、その先は通行止めと止められていた。谷尋は困惑する。
「どういうことだ……」
近づいてくるのは、GHQの兵士とは異なる服装の男だった。真っ白な、奇妙な服装。しかし、銃を握っている
そして、谷尋は近づいてきた兵士に言う。「GHQの協力者だ。ここを通してくれ」
「なりません。ここから先は、儀式が取り行われます。許可のないものが立ち入ることはできません……」
そして、彼らのトラックを谷尋は見つめた。全く異なるロゴ。そして叫ぶ。
「あんたら何者だ!」
「我々はダァト。はじまりの石を守る者たち……」
周囲に、じりじりと白服の連中が集まる。谷尋は叫ぶ。
「俺たちを追いかけてきたやつらだな、くそっ!」
谷尋は急速にバックを行い、そして、来た道へと走り出す。
「すまん集!とりあえず天王洲第一高校だ!そこにいく!」
「わかった、けどなんで!」
谷尋は笑う。
「俺のヴォイドだけじゃ無理だ。けどみんなのヴォイドがあれば、あの壁だって突破できるかもしれないだろ……」
僕は肯くことができないままだった。彼らを武器に、戦えと言うのか。
けれど向かっていく。もう終わりを迎えた日常の場所へと。
### insert tugumi 5
いのりんは涯のところに合流した。そして、すでに衣装も着替えられているのを、オートインセクトから見つめる。
「集は元気そうだったな。近く合流できるはずだ……」
「いいえ、集が来る前に、終わらせる。ぜんぶ……」
さっきの寂しそうないのりんとは、もう別人だった。誰かを守ろうとする強い意志を、彼女の視線から感じる。涯はそれを見て肯く。
「よし、作戦開始……」
作戦開始を告げられて、みんなは迅速に目標地点へと向かっていく。
「リキッドより全ユニット。作戦は変更。連合国の隠密の護衛ではなく、GHQ義勇兵と連携した、はじまりの石の奪還だ。それは羽田空港の急造の作戦司令室にあるはずだ!見つけ出し、奪いとれ!あれが、十年前の全てを引き起こす!俺たちが、第二次聖夜喪失《セカンドロスト》の、抑止力になるんだ!」
アイアイ、そう言いながら私は作戦を支援していく。
涯たちは迅速に空港の中に侵入したようだった。
「エンドレイヴ部隊は、はじまりの石奪還後、撤退の支援だ!」
綾ねえは応じる。
「了解です」
涯は走りながら訊ねてくる。
「ツグミ、ルーカサイトの状況は……」
「エネルギーの充填が確認されている。しぶっちの援護とさっきのびっくりするくらいの演算処理能力《コンピューティング》で今バックドア経由で無理やりこじ開けている。時間はかかるけど、発射前にこっちに制御を戻せると思う」
「よし、君が日本の最後の砦だ、ツグミ……」
私は笑う。「重すぎるね……サイコーだよ……」
そう、終わらせなければ。変な王様をつくりだすのも、ルーカサイトも。ぜんぶ、ぜんぶ。
### insert daryl 11
僕は突然テレビすらもジャックして流れた嘘界と集の放送に驚いていた。完全なる叛逆。嘘界はなぜそんなことを。配信ジャックが完了した後、困惑しながらも繰り返し状況を伝えるテレビ局のキャスターたちを見ている時、その嘘界は僕に通信を入れてきた。
「ダリル少尉。真の王がこれより凱旋します」
「なに言ってるんだ……」
「この事態を収束させるために到着するんですよ。桜満集が……」
あの道化師《clown》がここに。僕が言葉を失っていると、嘘界はこう言った。
「心理計測技術《ヴォイドテクノロジー》より生まれ出た、ダリル・ヤン……偽王《マクベス》を、ヤン少将を、討ってください……」
その時、背後にローワンがやってくる。
「ダリル……状況が変わったみたいだね……」
僕は振り返り、怒鳴る。
「何言ってんだよローワン、僕が、僕がパパを殺せだって!ふざけるなよ!」
「君はいい子すぎるんだ……まるで、生き直しているみたいに……」
僕は言葉に詰まる。けどね、とローワンは言って、
「君のパパは、世界を終わらせようとしているんだよ。この時のために、僕らはずっと待ち続けてきたんだ。全てを終わらせるための、この日を……」
「知らなかったのは僕だけだって!それでもいいよ、僕はパパを……」
「君を道具にして、家族と認めなかったパパを、かい。ダリル坊や……」
僕は拳を握りしめる。そして、ローワンにつかみかかる。
「家族ヅラしてくるなよ!そういうのはパパから……パパ、から……」
気づけばローワンから涙が伝っていた。僕は叫ぶ。
「なんでアンタが泣いているんだよ!」
「君が……泣いているからだよ……」
そうして僕は気づいた。視界が涙で歪んでいることを。
僕は崩れ落ちた。
「行こう、ダリル少尉。日本を、世界を救うんだ。エンドレイヴを真に生み出した、他ならない、君の手で」
僕は、自分が真に望んだものを、諦めるしかなかった。
### insert haruka 2
私はあの嘘界の放送の後、二十四区の檻に囚われ、椅子に縛り付けられたその男に、問い詰めていた。
「どういうつもりなんです茎道!玄周のIDを使って、あの石を盗み出して!」
目隠しをされた男は微笑んでいた。
「島で懐かしい顔を見たよ。ずいぶん、顔つきが変わっていたね……」
私はわなわなと震える。そして叫ぶ。
「集たちを巻き込まないで!」
彼は笑う。
「まさか、玄周の亡霊とも言われた道化師《clown》もまた、彼だったとは思いもしなかったがね……」
そこまでばれているのか。私は歯噛みする。そのとき茎道は笑う。
「楪いのり、君も会ったろう。あの顔、あの姿、あの声をしたままの少女が、ただの偶然で彼の隣にいると、思うのかね……」
私は彼を見据えて答えた。
「あの子は、彼が守って連れてきた!私は、集を信じる!」
茎道はこう言った。
「どのみち、奴は橋の生贄。真の王は……この、私だ」
そのとき、奇妙な音が聞こえはじめた。歌ではない。別の何か。
私は目を見開く。
「そんな、これは……聖夜喪失《ロストクリスマス》の……まさか、はじまりの石が起動する……」
「そう、私が作り上げた、真の王のための歌だ。全国のGHQ管理下の回線から、これは流れている……誰かに嗅ぎつけられていたようだが、おそらく嘘界だろう。奴は切れ者だ。過ぎるほどに……」
その時、背後の扉の向こうから銃撃音が聞こえる。私は身構える。そして扉は開かれた。同時に茎道の拘束は解かれ、檻はあがっていく。彼は立ち上がる。
「お迎えに参りました……茎道様」
扉の向こうには、GHQの兵士たちがいる。しかし、同時に結晶化し、絶命している人たちもたくさんいた。しかもそれは、いままで味方同士だったGHQの兵士だった。
私は言葉を失っていた。まさか。まさかそんな。
玄周さんから言われたことをちゃんとやったのに、こんなことになるなんて。
連れて行かれ、ヘリコプターでたどり着いた先の羽田空港で、私は茫然としていた。ここでもGHQの兵士が結晶化している。それだけじゃない。空港で働いていたスタッフの人たちも。結晶化して動けなくなっている。
ヘリコプターのもとに拳銃を持った少年がやってくる。その腕に抱えていたのは、はじまりの石の入ったシリンダーだった。
「すごいよ茎道、スカイツリーを堕とした時の比じゃない、あの時と本当に同じだ!」
「はしゃぐな、研二……ここは任せた」
私は叫ぶ。「一体何を考えているんですあなたは!」
彼は笑っている。
「人類の未来を……この国を全て食い尽くして、私が王になる。そして、橋を完成させる。橋を作り直すばかりのシェパードの系統……あの小僧、いや玄周より優れた存在となるのだ」
私は奥歯を噛み締める。そして答える。
「あなたが、前のときも、そして今回も、めちゃくちゃにした!あなたが出しゃばって生贄という犠牲を伴わせなければ、聖夜喪失《ロストクリスマス》は起きなかった!それをあなたは!」
茎道は言う。「なんの犠牲もなく、この世界を救えるとでも……」
「詭弁よ、あなたのは、支配するために力を手に入れようとしているじゃない!そんなので、玄周も、集も、越えられるわけない!」
彼は鼻で笑い、そして両手を上げた。
「さあはじめよう。あの日、あの失われたクリスマスの続きを!」
「お姉さん、こっちに来てね……」
研二と呼ばれた少年からそう言われて私は銃口を突きつけられる。その時、誰かが身を呈して庇ってくれる。たしか、最近赴任した連合国の大佐だった。
「レディに手を上げるなよ、ボーイ!」
他にも何人もGHQが現れる。私は走り出す。
走り出し、構内に入った時、銃声が響いた。
私は決意した。終わらせる。それこそが、何もできなかった私の罪を償うことなのだと。
### insert daryl 12
僕はエンドレイヴを稼働させ、疾走する。ただ一つの目標地点に。この聞こえている歌が、なにもかもを壊したらしい。近くにいたエンドレイヴも何機か叫びながら動かなくなり、歩兵もキャンサーまみれで苦しんでいる。
だがそんなことはどうでもよかった。そう、どうでもよかったんだ。ローワンから通信が入ってくる。
「ダリル少尉。はじまりの石は盗み出されたらしい……確保には失敗したけど……君にしかできないことは、残っている……」
僕は羽田空港の急造の作戦司令室である管制室に跳躍しながら登ってたどり着き、そして強化ガラスでてきていたであろうそれを腕を振り回して破壊し、ブレードをじりじりと伸ばす。その先には、すでに銃口を全員に向けられていたあの秘書と、パパがいた。
パパは震えながら言う。
「よ、要求をいえ……何が望みだ、私はGHQ最高司令官で……」
僕はふと、訊ねていた。
「機体番号823。僕の誕生日と同じナンバーだ」
パパは茫然としている。そして何も言うこともない。
「わからないの……そう、わからないのかよ……」
僕はブレードをしまい、銃口を向けた。ヤン少将に銃口を向けていたGHQの全員が逃げ出す。
「汚らしいんだよ、あんたたちは!」
僕は銃を放ち続ける。たぶらかした秘書に、そしてパパに。マガジンが空っぽになるまで。僕の怒りが消え去る、その時まで。
マガジンが空っぽになって、全てが終わった時、僕は泣いていた。そんななかで、ローワンの声が聞こえる。
「ご苦労だったな、ダリル少尉……」
それと報告だ、とローワンは言った。
「ミスターダンが、死んだよ……」
僕の涙が止まっていた。あのスポーツマンの言葉を思い出す。
『家に帰ろう、ボーイ。何もかも忘れて、静かに生きるんだ』
あいつは帰れなかったんだ。
「じゃあ僕は、どこに帰ればいいんだよ……」
僕はエンドレイヴの体に張り巡らされた、自爆装置を眺め続ける。
その時、嘘界の声が入る。
「茎道元局長の向かった先がわかりました。六本木フォートです。ヘリコプターで移動した模様です。動けるものは、急行してください……」
僕は、その声に従って走り出す。ローワンが通信を入れてくる。
「ダリル少尉。君の役目はもう……」
「いいや、まだだ。パパをたぶらかした、あのスポーツマンを殺した元凶を殺す。それで、全部終わりなんだ……」
### 26
谷尋の運転する車で、ラジオが流れている。
「さきほど、羽田空港において、何者かが、ウイルスを使った大規模なテロを行いました。被害は都内全体に広まっているようで……」
歌が聞こえ続けている。僕は呟いた。
「なんだ、この嫌な感じ……」
「どういうことだ、集」
僕は驚いた。
「聞こえないの、何か、歌みたいな……」
谷尋は首を振った。「音ならわかるが、これは歌じゃないだろ。大丈夫か、集……」
僕はおもむろに答えた。「わからないよ……何も」
僕らは学校にたどり着いて、放送室に向かっていく。学校では放送が流れていた。
「特級防疫警報が発令されました。まだ避難していない皆さんは……繰り返します……」
僕らは放送室に入り、チャンネルを切り替え、僕は話し始めた。
「あの……聞こえますか……」
そこから、僕は言葉を失っていた。王の能力を使う。それに僕は迷いがある。けれど、いのりに僕は言った。この大きな力を、もっとみんなのために使えるんじゃないか、と。いまが、今がその時なはずだと、僕は思いたかった。
「これから名前を言う人……この放送が聞こえていたら、映研部室まで、来て欲しい……こんな時だけど、頼みたいことがあるんだ……」
僕は放送を切る。谷尋は肯く。
「よし、これでヴォイドが揃うな……」
僕はふらふらと放送室を出ていく。それを谷尋は追いかけてくる。
「どうしたんだ、集……」
「まだ、まだ僕は踏ん切りがついていないみたいなんだ……」
それでも僕は映研部室へととぼとぼと向かっていく。谷尋は何も言うことなく、ついてきてくれた。
日が沈み始めた頃、映研部室には、呼んだ全員が集まりはじめていた。
祭は、ふゅーねるを抱えてやってきた。
「集、無事でよかった……」
「うん、心配かけてごめん。どうしたの、ふゅーねる……」
「この子、前足がぼろぼろで……」」
そのときツグミの声が響く。
「ごめん、ふゅーねるがいのりんのところに行こうとして、それで落っこっちゃったみたいで……」
颯太が部室に入ってきながら訊ねてくる。
「なんだよ集、頼みたいことって……お前が捕まったって聞いたし、さっきのお前が生配信で出ていたやつも驚いたし……何が起きてるんだよ……」
委員長も続く。
「防疫警報も出ているの、知っているよね……」
椅子に座っていた僕は肯く。
「でも、僕は……僕は、羽田に行きたいんだ……」
学校で仕事をしていたと言っていた供奉院さんは呟く。「空港に……」
委員長は訊ねる。「外にはウイルスが出ているのよ……」
僕の代わりに、谷尋は答える。
「羽田に、集の助けたい人がいるんだ……でも、俺たちじゃ無理で……手伝ってもらえれば……」
僕は遮る。「そうやって、また人を道具にしたくないんだ」
颯太が呟く。「ヴォイドのことか、集……」
供奉院さんは告げる。「私から引きずり出した、あれのこと……」
委員長は僕と谷尋を見比べながら訊ねる。「よ、よくわからないけど……こんな状況で助けに行かなきゃいけない人って、誰なの……」
颯太は気づく。「ひょっとしていのりちゃん……いのりちゃんなのか!」
供奉院さんは驚き、「まさか、あなたがずっと助けたいって思っていた相手って……」
祭は全員に言ってくれる。「みんな、いっぺんに言わないで。集はちゃんと答えてくれると思うから……ね」
僕はそんな状況をみつめながら、考える。
世界が、僕を王だという。でも谷尋の言うようには、すぐには怖くてできない。なら、もっと王様らしい涯ならどうする。有無を言わせず行動する。
委員長が怯えるように告げる。「もう時間がないのよ、逃げなきゃ……」
颯太は言う。「話してくれよ、頼むよ……」
供奉院さんも腕を組んで、「桜満集君、あなたが関係者である以上、答える義務があると思うんだけれど……」
根回しを済ませておく。人を騙して思い通りにさせる。それとも、強引に命令してしまうんだろうか。
僕は笑う。それは涯のやりかただ。僕は、涯みたいにはできない。
僕は立ち上がる。僕は、僕にできるやりかたでやるしかない。
「祭。君のお願いを、ここで叶えさせて欲しい。身勝手だけど、いいかな……」
彼女はすぐに肯いた。そしてふゅーねるを静かに置く。
「いいよ、言ってくれれば、私はいつでも。だから手を繋いで、集……」
そして僕は彼女の胸元へと手を伸ばしながら、手を繋ぐ。
「ね、ねえ……まさかまたあのときみたいに……」
色恋を感じさせる展開に委員長が困惑している時、僕は祭からヴォイドをゆっくりと取り出していく。祭は喘ぐ。彼女の胸元から、長い長い帯状の、浮遊する何かが取り出されていく。そして、引き抜き切る。そして彼女を抱きとめた。
「包帯……祭らしい、優しいヴォイドだ……」
そう言っていた時、僕は驚いていた。彼女は気を失っていない。彼女は微笑む。
「この手順が、人から意識を奪わずにヴォイドを取り出す方法。試したこと、なかったかもしれないけれど……」
僕はあいまいに頷く。委員長は訊ねてくる。
「桜満君、それは……」
「これがヴォイド。人の心を形にしたものだよ……だから人によって、形と効果は違ってくる……」
そう言いながら、僕はふゅーねるへと包帯を差し出す。ふゅーねるの前足へと包帯は巻きつき、ヴォイドは輝き始める。そして、ヴォイドを引き戻してくると、ふゅーねるの前足は修復され、いつも通りの快活な挙動をみせはじめる。
全員が驚いていた。彼女に、ヴォイドをゆっくりと戻していく。その中で僕は語る。
「颯太と谷尋、それに供奉院さんは知っている通り、あんな風に前に取り出したことがあった。君たちの心を盗み見る気がして、ずっと後ろめたかった……ごめんなさい……」
そして僕は続けた。
「僕は涯といのり、葬儀社のみんなを、助けに行きたい……でも、僕は怖いんだ。みんなを巻き込んで、みんなを道具にするのが……」
そのとき供奉院さんが呟く。
「あなたの行動全部が、楪さんのためだったから……?」
僕は驚いて顔を上げる。
「ごめんなさい。おじいさまから少し話を聞いてね……」
供奉院さんはこう言った。
「あなたが道化師《clown》になったのも、セフィラゲノミクスのインターンにいたのも、いま葬儀社にいるのも、ぜんぶ楪さんのためだったんでしょう……」
突如の言葉だったのに、僕は肯いていた。
「……はい、思えばそうだったのかもしれません」
「そんな自分の願いを通すのに、私たちを巻き込むわけにはいかない、と……」
「はい。本当に、本当にその通りなんです」
僕は俯く。
「もう自分の都合や自己利益《エゴ》で、誰かを巻き込みたくなくて、僕は……」
「でもあなたが、本当の私の姿を少しでも見せてくれた、そうでしょう……」
僕は驚いて、微笑む供奉院さんを見上げる。
「あなたは立派に、私を助けてくれた。エゴでもがんばれるあなたと涯がいなければ、私はずっと自分の殻に閉じこもってばかりだった。おじいさまから言われたことをちゃんと理解しないで、従うばかりの私になっていた。そうならずにここに供奉院グループの力で救援物資を運び込んで学校のみなさんの避難誘導に自分の意志で来れたのは、ぜんぶ、あなたたちのおかげなのよ」
颯太も笑う。
「そうだよ、任務のためだったみたいだけどさ、それでもお前は、俺とも向き合ってくれただろ、今もそうじゃん……」
僕は颯太を見つめる。さらに、委員長がため息をついた。
「ようやく桜満君があのとき本当にしたかったことがわかった」
委員長……そう言うと、花音ね、と口添えしながら、
「平謝りして、でも必死に隠して……でも、いいよ。あなたは、必死に隠れながら私たちもワクチンで助けてくれていた、道化師《clown》だったんでしょ。一人の女の子のためにそこまでしてくれたとか、正直すごいし、いいなあって思うし。だから、私もお返ししないと……」
笑いながらそういう花音さんの言葉に、僕は右手を握りしめる。
「僕はただ、突き動かされていただけなんだ、何もできることはないからって……」
抱き抱えられた祭は、僕の拳を握る。王の能力の宿る右手を。
「でも集、相手が誰であったとしても、あなたのこの手は、何度も私たちを救ってきた。楪さんのためになりますようにって願ったあなたの気持ちはいま、私たちの生活のなかで、心理計測技術《ヴォイドテクノロジー》として何度も助けてくれている。だからね、今度は私たちを使ってほしいの。優しい王様の……集に……」
僕はなんとか肯いた。その時、涙がこぼれた。
「ありがとう、みんな……谷尋も……」
谷尋は驚く。そして顔を背ける。
「ぜんぶ楪さんのためだったなんてな……お前の気持ちに背いていた、すまなかった……」
祭は微笑んだ。
「誰かのために、今度こそ何かしたい。それはみんな、同じだよ……」
僕は肯く。そして僕たちは向かっていく。いのりのもとへ。運命の元へと。