Guilty Crown Bonding the Voids 作:倉部改作
# Act1 黄昏: twilight
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僕はあの分断された都市で、多くの罪を犯した。
淘汰されない。それだけのために。
僕たちが生きることにしがみついてきたその世界は、すでに天に見放されていた。
僕たちの前には、幾千の壁が存在していた。
暗く鈍い光を放つ、二度目の聖夜喪失《セカンド・ロスト》から消えることのない結晶の壁。
自分たちが建設した、誰かを退けるための壁。
そして、世界中からの敵意という壁。
そんな壁と壁の間で、ただの開発者でしかなかったはずの僕の体は、暗殺《ウェット・ワーク》のために最適化され続けた。
僕は地獄の世界で、銃へと成れ果てたのだ。
雨が降っている。
暗闇の中の大学病院。その駐車場に打ち捨てられた救急車。灯りのないベッドの上で寝転がったまま、僕は手に握る拳銃、コルトガバメントに銃弾を装填し、そして天に向けて構える。それを何度も繰り返し続けながら、合図を待ち続けていた。
その時、大量のノイズの混じった通信が入ってくる。同時に別回線からまたノイズが乗った声が僕を起こす。
『朝よ、おはよう、集』
「おはよう、ツグミ」
そういいながら救急車の窓からわずかに顔を出し、外の様子を伺う。フロントライトを煌々と照らした元GHQの装甲車たちが病院へと向かってきて、そして病院の前に乱雑に止まり、続々と降りてくる。彼らは治療を求めてこの病院に来たわけじゃない。そう理解できるのは、各々の銃を握って駆け込んでいたからだった。服装もそれぞれではあったが、全員が共通して肩にスカーフのようなものを付けていた。僕はそれを確認し、近くにあった紫のスカーフを巻きつける。そしてコルトガバメントをしまい、アサルトライフルのM4を手に取る。そして能面のようにのっぺりとした真っ黒で硬質なコンバットフェイスマスクをつける。
雨を体に受けながら駆け込んでいく隊列に自然と紛れ込むように同じ速度で走っていく。彼らは住人たちを見つけては銃を突きつけ、動くなと命じ続けていく。
その中でツグミが傍受してくれた通信を聞き続ける。
『ヴォイドが使えるようになりました』
『間違いない。ここに裏切り者が逃げ込んだ。
周囲を見渡すと、何人かが銃を投げ捨て、その手に新しい武器を構えていく。それは白金の輝きだったものと比べてくすんだ白い金属の何か。ニッパー、コンパス、三角定規、エクセトラ。そして彼らはその奇妙な武器を虚空に振る。すると壁がすぐさま切り裂かれる。降伏した人たちは驚き、叫ぶ。僕は被ったコンバットマスクの下で顔をしかめ、立ち往生しているのに気が付く。すぐさま僕は駆け上がる隊列に伴って走り抜け、けれどわずかに道をそれて彼らから離れ、目的地へと向かう。
そこはありふれた病院の個室だった。そのベッドには、四分儀さんがいた。
「遅かったじゃないですか」
僕はコンバットマスクを外しながら四分儀さんのもう片方の腕を探す。しかしそれは見つからない。
「その、残念です……」
「血は止まりました。残り一時間だった命は、この作戦のために延長できました」
四分儀さんはなくなった腕を上げる。肘から先が消え、代わりにアポカリプスウイルスが結晶化している。後ずさる僕をよそに、彼は何かを手に取り、差し出してくる。
「この
受け取る。それは大剣の持ち手。桜満真名、お姉ちゃんの。僕は背中のかばんへ仕舞い込み、やがて顔を上げる。
「四分儀さん、あなたたちは何も悪くない……だから僕らのところへ……」
「私たちの国に、そんな余裕はなかった。だから戦えなくなった私たちはいくつも分たれた。そして、敵と共に間引かれる時が来た。この作戦は、そこまでを加味したもの。忘れたわけじゃないでしょう」
僕は沈黙する。けれど、答える。
「やっぱり、四分儀さんたちが死んでいい理由にはなりません……」
僕はそう言って、腕に巻きつけていた紫のスカーフをほどいて捨てながら、病室を飛び出していく。待ちなさい、という四分儀さんの声が聞こえた。
同時に、館内の放送が流れ始める。
『俺たちは
僕は無線機に告げる。
「ツグミ、作戦変更。爆弾じゃなく僕の手で全部終わらせる。敵の通信の妨害を」
品質の悪い無線が、ツグミの声をなんとか再生する。
『集、そんなことしたらあんたが……』
「大丈夫、いますぐ彼女をひとりにはさせない」
沈黙ののち、了解と返ってくる。館内放送がわめく場所へと、僕はフェイスマスクをつけ、コルトガバメントにサプレッサーをつけ、急行する。走っていくとツグミのせいで無線が使えなくなったのか喚いている男がいる。その手には小さなヴォイドが握られていた。
「おい、応答しろ!どうした!」
彼の背後をとり、その体に二発銃撃を入れ、音を立てないように倒れていく体を支え、ゆっくりと下ろす。そして落ちたヴォイドが割れて粉々になっていくのを確認すると、やがてその男の体もキャンサー化していき、やがて動かなくなる。罪悪感で立ち止まっていたことに気付き、すぐさま目的地へ向かう。
敵を殺しながら突き進み、館内放送で喚かれていた管理のための事務所へとたどり着く。ここに到着する前から、人のざわめきを聞き取っていた。静かにその場所へと覗くと、そこだけが電気がつき、大勢の人がいた。そして彼らはどこかへ一方向へ向いている。僕はその視線にしたがって、端末の館内図を確認し、迂回してその視線の中心に向かう。そして再び覗き込む。そこでは、奇妙な白金の小さなカッターを武装した男がそれを天に掲げて叫んでいる。
「いいかもう一度言う。俺たちはお前たちを導く。これが俺たちの才能《ギフト》なんだよ」
その発言に、周囲はまたざわめく。その声で僕は理解する。標的だ。
周囲には、それぞれに奇妙な白金の文房具ほどの物が手に握られている。男は続ける。
「衛星兵器を破壊して、この東京を救ったあの赤い光。あれは、道化師《clown》が、桜満集が解き放ったヴォイドの力だった。あれは選ばれたただひとりだけのものだと思われていた。だが、そうじゃなかった、これがその証だ!」
そしてふたたびカッターを振りかざす。白金にしてはくすんだ色のそれを。
「俺たちは、王の能力だなんて力を使わなくても、俺たち自身の心を使うことができる。そう教えてくれた先生が、神が、本当に俺たちの前に現れた。この力を使えば、俺たちはもう一度世界を支配することができる!臆病で何もしなかった、道化師《clown》と違って!」
その中で、声が上がる。
「そのカッターで海は切れるの……」
失笑が周囲を包む。カッターを持っていた男は、わなわなと震え始める。そして、その発言の主へ、看護師の女性のもとにきたかと思えば、カッターを振り上げる。すると斬られてもいないにもかかわらず、その看護服が切り裂かれ、血が飛び散った。ヴォイドエフェクトが、彼女を切り裂いていたのだ。声にならない呻き声を上げながら、その女性は倒れていく。
彼女を、僕は知っている。「縁川《へりかわ》さん……」
周囲は悲鳴が上がる。一方でその男は、仲間たちは壊れたように笑い始める。感情の昂りで、そこらじゅうをヴォイドエフェクトで破壊していく。
しまった、早くやるべきだった。僕は拳銃からサプレッサーを取り外してしまい、アサルトライフルを構える。
カッターを抱えた男はひとしきり笑ったあと、こういった。
「逆らうからこうなるんだよ……」
そして、看護師を掴み上げる。痛みに彼女はうめく。男は訊ねる。
「お前の命は、これで切れる」
彼女は皮肉げに笑った。
「そんな使い方だから……あんたはここで、私と死ぬの」
男は怒りに体を震わせる。
「そうやって……いつも全部知っているみたいに……」
そして、カッターナイフを、ヴォイドを掲げる。目の前にいる相手を、切り落とすために。
「思い知らせてやる!散々見下してきた、お前らに!」
僕は照明に向かって銃撃を行う。サプレッサーを付けられてないこのM4は轟音とともに灯りを消し飛ばす。暗くなったと同時に、僕はカッターナイフの男を看護師から引き剥がし、体に銃撃を二発撃ち込む。男は驚愕の眼差しを向けたまま、倒れていく。同時に周囲にいたヴォイドのようなものを持つ男たちをなぎ倒しながら、確実に銃撃を加え、そのヴォイドを蹴り飛ばして体から離していく。夜が明けたのか、外からの光がわずかに入り込んで周囲は明るくなり始める。そして最後の敵を投げ倒したとき、ヴォイドを足で踏んでいた。リロードを行おうとしながら、それを勢いよく蹴り飛ばす。そのヴォイドは壁にぶつかり、ヒビが入る。
その瞬間、敵はヴォイドから痛みを受けたように体をのけぞらせた。さらに、絶叫する。
僕は戸惑った。どういうことだ。
けれど、敵は銃を引き抜こうと手を伸ばす。その手に、僕はすぐさま拳銃を引き抜いて撃ちこむ。
その体が結晶化していくのをみつめながら、息が上がっていたことに気づく。しかし今度は、別の呻き声が聞こえた。僕はそこに振り向き、銃を構える。それは、はじめに撃たれたカッターを持った男だった。男は僕へと手を伸ばしてくる。
「そ、そんな装備じゃだめだ……だが、いい……お前も、お、俺たちの仲間になれば……」
この病院の部屋に、夜明けの日差しが入ってくる。僕は、コンバットマスクを脱ぐ。相手の、周囲の顔は驚愕へ変わっていく。
「道化師《clown》……」
今度は彼の喉へと銃口を向ける。
「僕たちはとうの昔に、言葉を、
そして、彼に最も不要な才能《ギフト》を撃ち抜いた。男は事切れた。
周囲がざわつくなか、僕は看護師をゆっくりと起こす。血を止めようと押さえ込む。
「ごめんなさい。もっと早く、僕が……」
彼女は優しく語りかけてくれる。
「この傷くらいなら、なんとかできるから。ほら……」
その傷はやがてキャンサーによって固められていく。
「はじめは嫌だったけど……こういうのが治るのは、悪くないでしょ……」
「……ここのワクチンは」
「がんばったけど、もう尽きた。ステージ3以上だと、必要な量が多すぎるから。今日、私たちは終わるはずだったんだし」
唇を噛む。そして、なんとか言葉を絞り出す。
「ごめんなさい」
彼女は首をふる。
「いいの。ちょっとだっていい。こんな世界で、少しでも、明日へ進めるなら」
「なら、あなたの妹さんのもとへ……」
彼女は微笑む。
「私はそこへはいけない。だから妹を守って。
彼女をゆっくりと下ろす。そして僕は震える手でフェイスマスクをつけ、立ち上がる。
「……残った敵を、全て殺してきます」
彼女は笑う。
「あなたにはしばらく、マスクが必要そう……」