Guilty Crown Bonding the Voids 作:倉部改作
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夜明けの光が差し込む中、銃を抱えて、仮面を腰にぶら下げて、僕は歩き続けている。やがて抱えたM4と呼ばれたそのアサルトライフルを見つめる。その銃口とその周りには、血がへばりついていた。
「これで、すべてのギフトは終わったはず……」
そう言っていた僕は、咳を繰り返していた。誰もいないことをいいことに。ややあって、ため息に変わる。
「またか……いつまで隠せるだろう……」
その時、背後から声が響いた。
「無理だ。お前が一番理解していたはずだが……」
すぐさま銃を向けつつ、振り返る。そこには、かつて夢の中で出会ったフードをかぶった大柄の男がいる。血色の眼光を、僕へと向けていた。銃を下ろしながら、訊ねる。
「あなたは……」
そう訊ねると、男は素っ気なく答える。
「茎道に自己投影されたときは、守銭奴《スクルージ》と名付けられていた。今はお前の中で生きることしかできない、亡霊だよ……」
僕は思い出す。監獄のなかで、嘘界から与えられた情報。
『通称スクルージ。十年前、私たちが目撃した、唯一本来の王の能力を持つ人物です』
「ヴェノム、シェパード……」
「そこまで俺のことを知っているなら、話は早い。いや、認めたくないだけなのか……」
フードを被った男は続けた。
「王の能力は、人間が結晶化するだけの虚無の降臨を行っている。それを連続すれば、いかにお前が|選ばれし者(THE ONE)であろうとも、その報いを受ける。お前はあの
僕は首を振る。
「だからって、やめるわけにはいかないんです。僕は、王になったから……」
その時、さらに背後から鈴を転がすような声が聞こえた。
「そうね、集。あなたは王になったかもしれない」
振り返ればそこには、青い髪の、いのりに似た美しい人がいた。
「あなたは……」
「キャロル。そう呼ばれていた、そこのけちんぼさんの同類よ……」
「同類……」
「そう。ヴォイドテクノロジーにこの身を捧げ、それ故に肉体を失って魂だけに成れ果てた者。あなたの、
怯む僕に、彼女は歩み寄ってくる。
「だから同類として教えてあげる。あなたは虚無《ヴォイド》を支配する王であって、神ではない」
それは、そう言い淀み、俯くと、キャロルは僕の顔を覗き込んでくる。小さな子に、言葉を聞いてもらうように。
「いい、集。この力は私たちに過ぎたものだったのよ。あの子がはじめに人類にくれた、この異常なまでのコミュニケーション能力すらも」
僕は言い返そうと彼女をみつめる。けれど、その表情は、ひどく儚く、悲しげで僕は言葉が詰まってしまう。そんな様子をみた彼女は微笑む。全てを、諦めたように。
「そんな扱うことが叶わぬ力を振り回して成り立つ私たちの未来は、必然だった……あなたのたどり着いたこの場所が、人類の限界。袋小路だったのよ……」
彼女たちは風が凪ぐと魔法のように消え去ってしまう。
そして、僕は日差しを感じて振り返る。
遠くから見えたそれの昔の姿を思い出す。幾多の戦車と兵士が立ちはだかり、豪勢をつくした支援物資に包まれたかつての世界。GHQがこの国を支配し、多国籍企業と数多の国家に無限の軍事力と利権を作り出すばかりで何ももたらすことのない、泡沫の夢を。
僕はずっと、あの袋小路の世界を変えようとし続けてきた。なのに、僕はそれの劣化品を再生産することしかできなかった。
僕は、今日もまた守り抜いた場所を見つめる。
本来の目的とは異なるほどに侵入者を排除するように改造された門。急造のバリケードで幾重にも覆われた道路。それらは、武装された人々によって守護されていた。GHQの元兵士や葬儀社のメンバーは僕と同じように銃を抱え。
そこはかつては学び舎だったもの。高く掲げられた旗を見つめる。棺と漢字の葬を模した、葬儀社のロゴマーク。
ここが、今の僕の守るべき東京最後の楽園、新生葬儀社。
戦車はエンドレイヴに変わり、兵士はレジスタンスに変わり、支援物資は豪勢さからは縁遠くなった。
僕は怒りにM4のフォアハンドグリップを握りしめる。
これが、僕の理想郷《ユートピア》。その臨界点だった。
その門にたどり着くと、葬儀社のメンバーも、GHQの兵士たちも、厳格に敬礼を送ってくる。
銃を預け、僕だけに用意されたシャワールームへ向かう。ただひとりの脱衣所で、暗殺任務のために装備していた全てを外していく。防弾チョッキ。いくつものマガジン、そして、フェイスコンバットマスク。自らの体の動きに追従する、伸縮性コンバットスーツ。そうして脱いでいくとき、ふと鏡に自分の姿が映る。その首の周りには、大量のあざができていた。
僕が戦っているのは、壁の外だけではなかった。この世界を見つめ、もっとも絶望する人を、僕は救ってしまったのだから。
また彼女は、あの屋上から自分の罪を眺めているのだろうか。
### 3
シャワーを浴び終わり、僕は葬儀社の服を身に付けていた。けれど、僕がかつて着ていたものではなく、引き継がれたもの。僕の友達が着ていた、葬儀社のリーダーであることを示す葬送の外套だった。そして、首の傷を隠すために真っ赤なマフラーを首へと巻く。
一人、目的地に向かって突き進む。周囲の人たちは敬礼とともに、僕に道を譲る。葬儀社のレジスタンスたちも、かつて敵だったGHQだった兵士たちも、無表情のままに。違うのは避難してきた人たち。会釈する人たち、手を合わせて神のように拝む人もいれば、茫然と僕をみつめる小さな子供達もいた。
その中で、ひとりの学生が声をかけてくる。
「あの、桜満、くん……」
振り返ると、そこにはメガネをかけた、いかにも優等生な高校生の先輩が僕を見据えている。横には、そんな彼女とは正反対な同級生の女の人もいる。
「雅火さん、宝田さん」
雅火と呼ばれたその人は、険しい表情で訊ねる。
「前のお願い、どうなったの……」
僕は沈黙する。けれどなんとか答える。可能な限り、逃げたりしないように。
「君に言われた通り、今日も説得はした。けれど、彼らは戻ってこないって言っていた」
雅火さんは言う。
「ここの物資はまだなんとかなっているのに」
僕は奥歯を噛み締める。
「君たちには、理由を話せない」
雅火さんは言う。
「そうやって、あなたを慕った看護師の姉も、切り捨てるんだね。ここを守るために」
看護師の彼女を、縁川さんを思い出す。
「私はそこへはいけない。だから妹を守って。
僕は俯く。宝田さんは言う。
「ねえ雅火。王子様でもやっぱり難しいんだって」
わなわなと震える雅火さんは、
「失礼します」
そういって踵を返し、足早に消えて行った。宝田さんはまって、と追いかける。
僕は唇を噛む。どうにもできない自分が、歯痒かった。
そこで、ふと颯太が隠れていたことに気づく。
「颯太。盗み聞き……」
彼はおずおずと出てくる。そして言う。
「その、ちょっと通りがかって……」
そして彼はおもむろに言う。
「なあ。ヴォイドランク制。どうするんだよ」
「考えていない。念の為全員ヴォイドの調査はしたけど、葬儀社もGHQもここに集結している以上はまだ必要じゃない。君も、前は反対してただろ」
「そうなんだけどさ……」
それは、少し前のこと。夜の帷が下りるこの学校の屋上で。
「見損なったぜ集、そんなひどいシステムを採用するなんて!」
「いや、しないよ。するわけないじゃない」
「え、そうか。ごめん集。見損なったとか言っちまって。土下座でいいか。許してくれ!」
本当に土下座している颯太に、僕は慌てる。
「いいんだよそこまでしなくても」
すると、颯太は手を差し出す。
「じゃあ、握手。これで、仲直りな」
勢いに押されるまま、僕は頷く。
颯太は突然、屋上でこう言った。
「なあ集。どうすれば、お前みたいになれるんだ」
「え、どうしたの急に……」
おもむろに颯太は言う。
「お前はたくさんの人に頼られる。できることも、できないことも。でも俺はさ、頼られすらしない」
僕は遠くを、結晶の世界を見つめる。
「ろくなもんじゃないよ。頼られるんだったら、こんな景色の下でなければよかったくらいだ」
そして、遠く、どこか遠くを見つめながら、続けた。
「もっと普通の世界で、普通の高校生で、普通にいのりと一緒で……」
「お前なら、そうなれる。だが俺はそうじゃない。どこでもだ」
僕は颯太に振り向く。彼は、俯いている。
「いのりちゃんが選んだのは、お前だ。幼馴染も、お前に助けを求める」
そして、颯太は訊ねる。
「だから教えてくれ。どうすれば、お前みたいになれるんだ」
僕は、ふとこう言っていた。
「燃えるビルの中に飛び込んで人を救いたくても、火の怖さを知れば怖気づく」
颯太は答える。
「
僕は笑う。「君が教えてくれた映画だったよね」
颯太も笑って、「お前が映研として唯一まともにやってた活動だな」
時間はここに戻り、颯太は言う。
「俺だって、燃えるビルの中に飛び込む覚悟はしてる」
「どうして……」
彼は答えることなく、踵を返す。
「さきに生徒会室行ってるぜ」
僕も疑問を抱えたままだったけど、彼女を追って屋上へ向かうことにした。
学校の屋上にたどり着く。そこに、結晶の世界を見つめる桜髪の彼女はいた。
歩いていく時に気づく。彼女はiPadを抱えている。そこには楽譜が表示されているようだった。
僕は彼女に声を掛ける。
「いのり、またここにいたの……」
彼女は振り向くことなく、結晶の世界をみつめている。
「うん……」
心ここにあらずという様子で肯く彼女の顔は、思いつめるように曇っている。
僕もまた、その結晶の世界を見つめる。
夢の中で、彼女と出会った時の風景そのままの世界。幻想的で、安らかで、破滅的な結晶の荒野が、そこには広がっている。彼女は呟く。
「世界を無理やり繋ごうとした。そうしたら、全部、壊れてしまった」
僕は彼女に言う。
「大丈夫だよ。僕たちはまだ生きている……」
慰めにもならない虚空を掴むような僕の言葉に、いのりは呟く。
「四分儀さんたちを、追い出しながら……生きるべきなのは、四分儀さんたちなのに……」
僕は俯く。僕は救ってしまった。生かしてしまった。この風景に最も絶望するその人を。けれど言葉を紡ぐ。
「四分儀さんたちは、僕たちにここを託した。どんなに突然だったとしても。だから怖くても、生き続けなきゃいけない」
「でも……」
そういう彼女の手は、手すりを乗り越えようと力が入った。僕はどうにか、手すりをつかむ彼女の手を重ねる。彼女の冷たい手は払われることもなく、また応えることもない。僕は俯く彼女になんとか声を掛けながら、手を引く。
「いのり。一緒に行こう……」
連れられた彼女は俯いたままだ。彼女はまた思いつめるような顔をしている。
僕はため息をつく。彼女を何度も悩ませる僕は、きっとひどいやつなんだろう。
そうして彼女を連れてここから去ろうとしたそのとき風が吹き、僕は無意識に振り返る。結晶で拘束された世界を。
僕は彼女の手を握っていない拳を、握りしめる。
これでいいわけがない。橋を繋ぎ直さなければならない。だが、何を、どうやって。
僕はどうすればいいんだ、涯。
もう涯はいない。僕の心の声に、彼は応えてくれない。僕は彼女の手をひいて、進もうとする。
けれど、突然波の音が響く。背後には誰かがいたような気がした。海岸《ビーチ》の彼女は語りかけてきた気がした。
「集。とって。全てはここに、繋がるから……」
振り返っても、そこには誰もいない。広がっているのは人類には絶望的で、それ故に畏怖される、究極の自然だけだった。