Guilty Crown Bonding the Voids 作:倉部改作
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自分が生きている中で、人類が終わりかける瞬間を目撃するとは。
そう思ってしまうような景色が、二十四区のメガフロートからは見える。
そこに、ローワンが歩いてきた。
「壮絶な風景だね」
「ああ、いまだに何度見ても信じられない」
二人で、その場所をみつめる。結晶化してしまった巨大都市東京を中心に、壁が張り巡らされている。ローワンは言った。
「こんな極東の島国なのに、壁をつくる、あげく起動するとは思ってもみなかった」
「逆に、あれだけで隔離できるような相手でもない気もするけど」
そういいながら僕は彼を思い出す。エンドレイヴの最初期を作った道化師《clown》を。
「顔なし。あいつは自分にできる全部を使って、この景色を守り抜いた」
その時、別の声が聞こえた。
「ええ。ここは現代のソドムとゴモラとなるはずだったというのに」
嘘界が歩いてきている。奴は続ける。
「神にも等しい力を、ただひとりの人間が押し返した。あの、巨大な紅の光で」
僕は訊ねていた。
「あんたはみていたのか、あいつがルーカサイトを落とすところを」
「ええ。特等席で。美しかった……」
恍惚に堕ちる彼にローワンと一緒に顔をしかめていると、嘘界はこう言った。
「あの中にいるのは、実は救世主に近い何かなのかもしれません」
僕はため息をついていた。
「でもさ、そんなやつでもたどり着く景色がこれだ。なら僕たちは……」
「そうでした。それであなたたちを呼びに来ました。いきましょう。もはや我々はGHQですらなく、ダァトですけれども」
嘘界は踵を返し、進んでいく。そこでローワンは僕に言った。
「生きていればきっといいことがあるさ、ダリル坊や」
僕は力なく、「その呼び方はやめてくれ……」としか返せなかった。
ローワン、嘘界とともに、二十四区メガフロートの中心、巨大な司令室にたどり着く。そこには桜満博士もいる。デジャヴだ。そんな気がしたけれど、僕らの司令官はすでに変わって久しい。そこにいるのは僕のパパではなく、カルトの太眉の男になっていた。
「揃いましたね。では始めましょうか」
太眉は話し始める。
「我々の救済計画は、再度破綻となりました。理由は二点。我々ダァトの身内でもあった茎道修一郎、GHQ総司令官のヤン少将のロストクリスマス以前からの共謀。そして桜満集《ソリッド・シェパード》と恙神涯《リキッド・シェパード》による救済の拒絶」
彼は続ける。
「一点目については嘘界とダリル、そしてふたりのシェパードの活躍によって解決に成功しました。そして二点目については……」
残念だった、と言うつもりだろうか。そう思った瞬間、
「非常に喜ばしい結果となりました」
僕が目を見開いていると、彼は続ける。
「我々ダァトは、ロストクリスマスの時に理解したのです。救済計画は、誰かの計画に乗っ取られる可能性が高いこと、むしろ世界の黙示録を早めてしまうということを」
まあ確かに、そう思っていると彼は続けた。
「そのことを、ついに桜満真名は理解することになるでしょう」
「理解することになる……」
そう僕はつぶやいてしまう。すると太眉は僕へと視線を向け、
「桜満真名は、はじまりの石の一部。それは、いかなる時代にも、壊れたとしても再び現界するようになっているのです。我々人類を導くために」
僕は鼻で笑う。
「2001スペースオデッセイのモノリスみたいに?」
怒らせるつもりだった。けれど太眉は微笑んで応じる。
「その通りです」
僕は呆然としていた。なんとか応じる。
「あのわがまま女王様が人類に知性を与えたとかほんとにそういう話なの……」
「まさしく。桜満真名、元は正真正銘の石であったはじまりの石に寄り添い、管理を代行する。それが我々ダァトなのですよ」
ただ立ち尽くすことしかできなかった。そんな僕を放っておくように太眉はさて、と話を続け、
「桜満真名の再臨のため、他にも何人かをこの世界に降臨させます。そして牧羊犬《シェパード》の導き出した答えに基づき、これより我々は行動を開始します」
そこで嘘界が訊ねる。
「何をはじめるのですか、ユウ」
太眉の教祖代行、ユウはこう言った。
「戦争の準備です」
嘘界はさらに訊ねる。「戦う相手は」
「世界です」
嘘界は納得するように笑い、「それが、あの
ユウもまた微笑んだ。
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誰かが落としていったスパイクがある。
気がつけばそこへ向かって車椅子を進めている自分がいる。そして、それをまじまじとみつめている。
使い古されている感じはなかった。むしろ新しそうですらある。さらに、それは私の足のサイズに近いようだった。サイズはどれくらいなのだろうか。
手を伸ばしていて、届かない。私はさらに手をのばす。
そして、バランスを崩して倒れていく。
その時、フラッシュバックが訪れる。目の前に広がっていたのは、炎。そしてあまりにも近い車道のアスファルトと、車たちの残骸。
いや、それだけじゃない。建物の残骸。たくさんのコンクリートの破片。ガラスの破片。鉄製の柱のようなものの破片。
私は見上げる。そこにはかつてあったはずの塔、スカイツリーは消え去っていて、その部品の全てが砕け落ちている。
そして目の前には、私の新調したばかりのスパイクがあった。
これが、全てを奪われた瞬間。未来も、家族も、足との接続も、もうない。
けれどそれは過去の話。目の前には、見ず知らずの誰かのスパイク、その地面は学校の敷地内のタイル、崩れ落ちているものは、この辺りにはまだそれほどない。
スパイクを手に取りながら、怒りが漏れる。何やってるのよ、わたし。もう走ることなんか、飛ぶことなんか、できなくなったというのに。
怒りにまかせて、そのスパイクを投げる。
その時、誰かが声をかけてくる。
「穏やかじゃないね」
そう言いながら、メガネの男子高校生が近づいてくる。その横には、長髪を束ねた同級生だろう男子もいた。そして、メガネが笑いながらこう訊ねてくる。弱者に、そうするように。
「大丈夫、立てる?」
そして、彼らが自分を下から上まで眺めていることを視線で理解する。こいつらは、集や涯とは別のいきものだった。
私は告げた。「消えて」
メガネの男子は肩をすくめる。
「そんなに警戒しないでよ」
長髪の男子も続ける。
「別に、手伝ってあげようってだけじゃない……」
頼んでない、と私はつっぱねる。メガネの男は後ろに回り込んでくる。逃げ道を塞ぐように。長髪の男は言う。
「ああ、君はあれだ……ひとりでできるもん、的な?」
私は語気を強くさらに、「どっかいって!」
長髪の男が中腰になって話しかけてくる。
「なに、ツンデレちゃんなの、きみ……」
回り込んでいたメガネが口を開く。
「克己心もいいけど……」
その顔は、怒りに歪んでいる。
「親切を無碍にされるとむかつくよね……」
目の前にしゃがみ込んだ長髪は手を差し出してくる。
「仲良くしようぜ、ほら……」
そういって、長髪の男の手が、私の胸に近づいてくる。
その手首をひねり潰そうと手を出そうとしたそのとき、
「ちょっと、やめなよ」
その静かな声に振り返ると、そこには涯の服を纏った集がいた。いのりもいっしょにいる。
「あ、なんだてめえ……って……」
「君こそ何してるの、倒れている子に向かって……」
集のかつて聞いてきた優しい言葉づかい。けれどどこか集から、違和感を感じる。そう、彼の表情が、目が据わっている。標的を見定めた、猟犬のような。
メガネの男子は集へと振り返り、
「こんな状況だからね。助け合いの精神を発揮していたんだよ。道化師《clown》の君も好きだろ、人助けは」
道化師と言う言葉を聞いた集の眉が動く。さらに長髪の男子が続く。
「だぜ、なんか問題ある……世界をめちゃめちゃにしたお前よりも……」
いのりが、体を震わせる。そのとき集の表情はもう微動だにしなかった。集はゆっくりと一歩。また一歩と踏み出していく。私はわかった。涯と同じ気配だ。彼は制圧してしまう。その体が一瞬動く。待って、叫んだそのとき、よく見知った彼女の声が響く。
「ミサイルううう、きいいっく!」
強烈な飛び蹴りを長髪にかましながら、ツグミは現れる。そして近づいていた集も長髪の男子に巻き込まれて倒れていく。
メガネの男子が鋭く訊ねる。
「何するんだ君!」
集もぼやきながら頭をあげる。「なにするの……」
「それはこっちのセリフよ、あんたたちこそ、綾ねえになにしてんのさ!」
そう指差しながら、彼女は率直に言い放つ。
「ドヘンタイ!」
よろよろと集とは立ち上がる。どこか懐かしい集の様子に戻っていた。
「ちょっと、僕までいっしょくたにしないで……」
立ち上がった長髪は怒りに叫ぶ。
「ざけんなよ、チビ!」
「ネイ!発展途上よ!」
長髪は忌々しくツグミに目を向ける、そのときメガネがおい、と長髪に話しかける。周囲にはまばらに人が現れ、さらに元GHQの兵士が銃を持って近づきつつあった。
長髪の男子は舌打ちしながら覚えてろ、と捨て台詞を吐きながら去っていく。
ツグミはその背中に向けてマシンガントークを続ける。
「冗談、そんな記憶に1bitぶんの電子だって使ってやるもんか!べー、だ!」
いのりがゆっくりと私に寄り添ってくれる。
「だいじょうぶ……」
うん、なんとか私は肯く。
「なんかあったの……」
私は答える。
「別に。ちょっと絡まれただけ……」
元GHQの兵士が集のもとにやってくる。
「問題が発生しましたか、ボス」
「気にしないで、解決した」
了解、そう言って兵士は何度も長髪とメガネたちのいった先をみながらも元の場所へ戻っていく。静かな様子に戻ってしまった集を私はみていた。
どこか頼りなさげだった彼の面影は、その容姿以外残っていない。その立ち姿はどこまでも涯のようになっていた。いや、違う。涯が、集を真似ていたんじゃないのか。そう思えるほどに、彼のいまの姿は馴染んでいた。
長い外套。首を覆い隠すようなマフラー。そして静かに世界を捉え続ける観測者のような目。
目の前にいる彼こそ、日本を救う為に衛星兵器すら撃ち落とした、
彼は手を差し伸べてくれる。優しく。
「もう大丈夫……」
そのとき、私を救ってくれた涯を思い出した。海兵隊で全てを失った時、彼は手を差し伸べてくれた。
『ようこそ、篠宮綾瀬。我々の、葬儀社へ』
その彼は、もういない。
『ツグミ、ベイルアウトだ!』
その声が、私の聞いた彼の最後の言葉になったのだから。
我慢が、限界に達する。
「ねえ、もう行ってくれない……」
集は戸惑うようにいい淀む。そこに私は怒りを叩き込む。
「人の手は借りない。よじ登る姿はエレガントじゃないの!」
はっとして彼を見上げる。集はばつの悪そうにそろそろと差し伸べていた手を引き、いのりも顔を背けていた。やってしまった。
そのときツグミが去りながら告げる。
「いこう、集、いのりん……」
彼らは私に振り返りながらも、歩き去っていく。
ひとりぼっちになったわたしは、呟いていた。
「何やってるのよ、わたし……」