Guilty Crown Bonding the Voids 作:倉部改作
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僕らは会議招集された生徒会室に遅れてたどり着く。
そこでは花音さんが発言している。
「食糧、水などの物資はいままでのGHQによる整備指導、供奉院さんによる緊急の供給、さらに空輸もあって、まだ余裕はあります」
花音さんの表情は曇る。
「やはりワクチンが、心許ないですけど……」
僕といのり、ツグミは席につく。
「環境の変化があまりに大きい。ワクチンは諦めるしかないかもしれない」
会議に参加していた谷尋はそう言った。
「今まで、集が道化師《clown》として開発し、セフィラゲノミクスが展開していたワクチンでは、残念ながら効かないと結論づけていいだろう」
供奉院さんがどういうこと、と静かに訊ねる。谷尋は答える。
「キャンサー化は、集の王の能力や、エンドレイヴといった力の根源、ゲノムレゾナンスの副作用です。現行のワクチンは、人間には不要なレベルでのゲノムレゾナンスを抑えるための薬効を持っています。しかし、セカンドロストが起きて状況が変わりました。どういうわけか、俺たちのゲノムレゾナンスが強まり続けている」
颯太が訊ねる。「だから抑えても抑えても溢れちゃうってことか……」
そういうことだ、と谷尋は頷き、
「ワクチンを投与をし過ぎれば、副作用により神経系の破壊が始まる。ノーマジーンの薬効のように」
谷尋は、僕へと視線を向けてくる。
「ノーマジーンの客も、キャンサー化に耐えきれずワクチンを大量投与した末期患者も、俺はよく知っています。ステージ3で動けなくなる目前の患者以外は投与を止めた集の判断は、間違ってなかったと思っています」
僕は俯く。「ありがとう、でもいまのやりかたは、ステージ3の涯に施した応急処置だ」
「そうだな、だから重篤目前の患者のために、ストックは確保しておきたい。また、四分儀さんたちのようにはなってほしくはない。供奉院さん、お願いできますか……」
「わかったわ、増やしてもらったばかりだけど、引き続き空輸の担当者経由でおじいさまにかけあってみましょう……」
ただ、と供奉院さんは呟き、
「打開策はほしいわ。東京を、このままにするわけにはいかない」
全員が沈黙する中、自分の都合で悪いのだけどね、と供奉院さんは前置きし、
「供奉院グループは、いまは規模がとても小さくなってしまったの。その中で新しい領域を開拓することを、私は託されている。だから、ここをなんとかして、最後は脱出しなければ、ならないの」
沈黙は続く。そこで、供奉院さんは言った。
「何か鍵は……」
そのとき、僕は答える。
「いのりが空港で歌ったことでウイルスの活動は一時抑制されたのか、僕たちはロストクリスマスのようなキャンサー化を回避することができました。鍵があるとすれば、彼女の歌です。ただ……」
ただ?と供奉院さんが訊ねてくるところで、いのりが答える。
「私の歌が、ロストクリスマスの元凶です」
全員が静まり返る。そのなかでツグミは補足する。
「いずれにしろ、専用のゲノムレゾナンス伝送設備が必要よ。空港の時は、春夏ママが二十四区のメガフロートとつないでくれたおかげでできた。今ここにあるものだけでは、効果を発揮できない」
亞里沙さんは肩を落とす。「二十四区。壁の外だし、なによりもあそこが壁を起動したと思われる。難しいわね……」
いのりもiPadを抱えて俯くなか、颯太はぼやく。
「封鎖、いつまでなんだろな……」
谷尋は天を仰ぐ。
「もともと次のロストクリスマスがあればこうなることは、俺たちは十年前から織り込み済みだった。だから東京での物資は五年間封鎖していても問題ない程度には水も含めて備蓄はされている。とはいえ楽観は禁物だ。連合国が一度ルーカサイトで東京を終わらせようとした以上、ロストクリスマスの時よりも状況は悪い。俺たちの頭の上に代わりのものが落ちてくれば、終わりだ。中で待つとしても、ヴォイドを使う敵性勢力、自称ギフトの連中がいた。本来の損失ゼロですべて鎮圧が完了したと報告は受けたが……」
谷尋は僕へ向き、「すまないな、嫌な仕事ばかり……」
僕は首をふり、「僕がやれば、みんなは安全だから」
谷尋はためいきをつき、「集の努力はあっても、第二第三の、というのは容易に想像がつく。外側でも内側でも、暴動はできるからな」
花音さんは書記をしていた祭と視線を合わせ、
「そういえば、校内でももめごとが目につくよね……」
僕はさっき綾瀬に起きたことを思い出す。
祭も答える。「みんな疲れてるんだよ。帰りたくても、帰れないから……」
供奉院さんは告げる。
「GHQの解散が告げられた直後のセカンドロストと、連合国のルーカサイトによる大量殺戮《ホロコースト》未遂。GHQはこの国を守る権限を失って、十年前の無政府状態は再発した。だからみんな怖くて外には出られない。ここでなら元GHQと葬儀社の人たちが守ってくれる。それにその気になれば、ギフトの
でも、と供奉院さんは区切り、
「なによりも電気ね。どうやら都内の送電は全て止まっている。ここのもGHQ指導で作られた緊急用の発電機を動かしているけれど、他に供給するほどのものじゃない。四分儀さんのように名目上発電所に護衛に行った人たちからも、送電する経路がないと報告を受けた。こればかりは今の私たちの力じゃどうにもできない……」
僕は、ぽつりと呟く。
「僕たちはこのなかで生きてはいける。けれど、長くはない……」
全員が静まり返る。
静寂の中、祭がいう。
「その、外のみんなと手を、とりあうとかは……」
ふと、声が去来する。
『集。とって。全てはここに、繋がるから……』
僕は彼女へ振り返る。彼女は、うつむきながらも、どこかを見つめている。
「やりかたはわからない。でも、発電所にいる人たちはどうにかしようってきっとがんばってくれている……」
花音も続く。
「ねえ、ここから出て行った人たちも……病院は、四分儀さんたちが今も生きている。いますぐ解決できなくても、離れ離れを続けなくたっていい」
ここまで難しい顔をしていた颯太が笑顔で応じる。
「いいじゃん!ならいっそ、東京の復興とかでみんなを集めるとかさ」
供奉院さんも肯く。
「話が大きくなり過ぎるかもしれないけれど、悪くない。こんな状況ですもの」
僕は疑問を口にする。
「僕は、大丈夫かな……」
冷静に谷尋は補足してくれる。
「必要だったとはいえギフトを倒してここを防衛するために戦ってきた。その集が率いる、この葬儀社に周りが協力してくれるか、だな……」
僕はなんとか肯く。颯太は肩を落とす。
「そうだよな、側からみれば武器を持ってる怖い奴らって扱いだもんな、俺たち……」
祭は書記で使っていたノートに、小さならくがきをしていた。かわいらしい熊が、よだれをたらして眠りこけるらくがき。
「でも、勘違いしてるだけだよ。みんなで……せめて、息抜きとかできればいいんだけど……」
颯太が何かを思いついたように、テーブルのカレンダーを手に取る。どうしたの颯太、僕がそう言っていると、彼はカレンダーから目を上げ、笑った。
「なあ、文化祭やらないか!」
茫然としている僕たちに、颯太はまくし立てた。
「本当なら今月文化祭じゃん!なあ、やろうぜ文化祭!」
そんななかで谷尋が冷静に突っ込む。「何言ってるんだ、この非常時に……」
「だからこそだよ、どうせみんな疑い深いんなら、ここで一発どかんと盛り上げて、いや〜な空気も吹き飛ばそうぜ!」
いいアイデアかもしれないわ、そう言ったのはなんと供奉院さんだった。会長まで、と谷尋はたじろいでいる。供奉院さんは頬杖をつき、
「ワクチンはだめだけど、食糧は当面心配ないし、ささやかなものならやれると思う」
僕は供奉院さんに訊ねていた。
「問題は文化祭のあとです。協力をしてもらうにも、何かの対価は必須です」
しかめっ面だったツグミも応じる。
「それだけじゃない。人を集めても、ネットワークもなんもないもん。まず電力も、それを流し込む算段も。私は商売上がったりよ」
そのとき、いのりが呟く。「……ゲノムレゾナンス」
彼女は持っていたiPadを操作して、そして僕へと渡してくれる。
「春夏さんが空港でくれたアプリ、いろいろ入ってた。これは、つかえる……」
僕はそのアプリをみつめる。それは、とても懐かしいものだった。
「僕も、一緒につくっていたやつだ……」
ツグミが駆け寄ってくる。そして、それらを見つめ、端末の中を確認していく。
「信じらんない。ゲノムレゾナンスで、通信に、電力供給……おまけにソースコードまで。集、これは、対価どころじゃない。私たちの、みんなの希望になる……」
僕は呟く。
「これを使って四分儀さんたちのように都内に散らばった葬儀社の人たちと協力して都内をつなぐ。最終的になんとか壁の外に出て二十四区と繋がれば、全ての問題が解決する……」
谷尋は驚いている。
「そんな……できるのか……」
颯太は谷尋の肩をつかむ。
「空気を読みたまえよ、寒川官房長官……」
僕も、戸惑いを隠せない。
「で、でも……」
そう言っている僕に、供奉院さんは優しく、桜満くん、と語りかけてくれる。
「あなたの言う通り、確かに私たちはこのなかで生きてはいける。でも、それだけじゃだめなのよ。今できることはやってみましょう。道化師《clown》のあなたも、武器より、こういうののほうが好きだったんじゃないかしら……」
そんななかで花音さんも、
「ってことなら……」
祭も続く。「いいよね……やってみよう、集!」
僕はなんとか肯く。「そうだね、やってみよう」
そして、いのりへと振り返る。道をつくったはずの彼女は、なぜかきまり悪そうに俯いている。
### 5
夕焼けの差し込む、ツグミと僕だけの広いことだけが取り柄な急造の研究室。そこでツグミはディスプレイに映った結果に驚嘆の声を上げた。
「ほんとにこんな小さなゲノムレゾナンスセンサーで電力と通信を伝送できちゃった……信じられない……」
僕は彼女へと出来上がったコーヒーの入った黒猫のマグカップを差し出す。
「エンドレイヴを支える、ゲノムレゾナンス伝送基礎技術。僕が本当につくろうとしていたのはこれだったんだ」
彼女が受け取って、砂糖もミルクも所望しないままコーヒーを啜っているのを見ながら、僕は続ける。
「ゲノムレゾナンスは波のようなんだけど、音波でもなければ、電磁波、つまり無線の電波や光ですらない。さらにどうやら、この空間とは全く違う経路を通っている。つまり、光すら越えられない時空すら、越境できる。太陽より離れた星との通信も、ゼロタイムで実現することができるだろう。そんな技術が、感情の変化を送ることができるなら、それよりも大きな電気通信、さらに強くなった電力も伝送できるはず。こうして実用化できたのは、いのりに会う直前だった。でもあの時は大して必要とされてなかった」
ほっと一息つく彼女は肯く。
「確かに宇宙開発なんてロストクリスマスでルーカサイト以外おじゃんになったらしいし、光回線と送電線でこの国は繋がっていたからね。だから当時のあんたは、GHQとともに技術でこの国の遺産すら終わらせる、って言われていたほどだった」
僕は窓の外を見つめ、
「実際、この国は僕の使っていた技術で終わった」
ツグミもまた、窓の外の廃墟たちを見つめる。
「それでもあんたは、私たちを生かしてくれたよ……」
僕はなんとか肯く。そして、廃墟の道を見つめる。壊れ果てた、危険な道を。
「誰がこれを届ける……」
ツグミはマグカップを置いて、
「そっか、結局アプリを配信するためにはソフトウェアを持って移動しなきゃいけないもんね」
うーん、と考えていた時、あの丸い機械が、防災グッズのクッキー缶を持ってやってくる。それでツグミは僕に振り返る。
「ふゅーねる、この子ならなんでもできる」
僕は笑う。「いいね。きっと人気者だ」
でも、と僕は続ける。
「僕たちのことを悪く思う人たちなら、たぶん奪い取ったりするだろう。誰かが守らなきゃ。でもその人も自分を守れないと……」
ツグミはふゅーねるをからクッキー缶をもらいながら僕を見上げる。
「集、今度はちゃんと日向に出たらいいんじゃないの……」
あの長髪の先輩の言葉を思い出す。
『なんか問題ある……世界をめちゃめちゃにしたお前よりも……』
僕は首を振った。「僕じゃダメだ。みんなが嫌がる」
ツグミは口を尖らせ、「集もみんなもわがままだよね」
僕は肩を落とす。「ほんとに、その通りだよ……」
あ、とツグミは声を上げ、そして意気揚々と僕に顔を上げる。
「適任がいるよ。集よりも強くて、ふゅーねるの大のお友達で、このアプリを持っていた子……」
僕は彼女の姿を思い出す。あの廃墟を見つめる歌姫を。
「けれど彼女には……」