Guilty Crown Bonding the Voids 作:倉部改作
### insert inori 5
歩き疲れた私は新しい家に帰って、そのダイニングにたどり着くと、テーブルの上にはずらりと料理が並んでいる。ポテトサラダ。タンドリーチキン。シーザーサラダ。そしてポトフに、なんとおにぎり。つけものまでちゃんと添えてくるあたり、作ってた本人が楽しんでいそうだった。
ひさしぶりにごちそうと呼べそうなものがならんでいるなかで、彼が声をかけてくる。「おかえり、いのり」
彼はテーブルで料理をまさに並べているところだった。私は答える。
「ただいま、集」
集と晩御飯を食べる。とてもおなかが減っていたのか、どれも勢いよくなくなっていってしまう。
「ごはんは逃げないよ」
私は顔をあげる。その様子に彼は笑う。
「君のおかげだ。電気をつないでくれたおかげで、ここで炊飯器で炊けた。電子レンジも、水道のシステムも元通り。ありがとう」
私は食べる手を止める。そして、呟く。
「わたしが、つないだ……」
集はやさしくうなずく。私は遠くを、夜の結晶の世界をみる。
「発電所でも、みんなうれしそうだった……」
集は促すように、うん、という。私は続ける。
「みんな、ありがとうって。でも、ぜんぶ私がはじめたことのせいで……」
そう言って次の言葉が出てこない私に、集はいう。
「君がはじめたことは変わらない。けれど、君がつないでくれたことも、変わらないんだ」
私は集をみつめる。気づけば、涙があふれてきてしまう。集はすこし驚いていたけれど、優しく微笑んでくれる。
「ゆっくり食べてね……」
### insert daryl 5
僕は夜に紛れるように葬儀社から撤退しながら、なんとかして使えるようにした無線で連絡を入れる。
「どうでしたか」
太眉の声に答える。
「あいつら、東京を繋ごうとしている」
「繋ぐ。どうやって」
「ゲノムレゾナンス伝送だ。もうすでに実用化させて、原子力発電所と繋いだらしい。電気をじゃんじゃん使ってた」
その時訪れたのは、沈黙だった。僕は訊ねる。
「どうした」
「いえ、想定外でしたので。ただ今のところ我々は手を出すわけにもいかなくなったようです」
「なんでまた」
「彼らが東京をつなぐのは、実は都合が良いのです」
「本気か、桜満集は捕らえにくくなるんじゃないのか」
その時、別の声が響いた。嘘界だ。
「私たちは直接は動けないのです。直接はね。とにかくいまは手出しは無用です。まずはゲシュペンストをなんとかしてください。わかりましたね」
はいよ、と僕は通信を終了する。そして振り返った先の高校を見つめる。
「いったい、何が……」
### 8
僕はソファで眠るいのりに毛布をかける。リビングのソファで眠りこけてしまったいのりをみつめる。眉根を寄せることなく、リラックスしている。そんな姿は、本当に久しぶりだった。僕はそれをみて、ほっとする。
そしてキッチンに戻り、洗い物をしていく。食洗機のなかにお皿をしまいながら、フライパンを洗いながら。そのひとつひとつが、昔はごく当たり前だったことなのに、とてもすごくて笑ってしまう。僕はこんな日常すら、忘れかけている。
僕はキッチンから、眠る彼女を見つめる。
全部、彼女が届けてくれたのだ。
そして外を、結晶の世界をみつめる。
このまま続けていけば、きっとよくなっていく。彼女も、世界も。
そのとき、結晶の世界が僕の目の前に現れる。そこでは全てが、キッチンが、テーブルが、何もかもが結晶に包まれている。そして、眠っていたいのりは、どこにもいない。僕は周囲を見回しながら、歩いていく。
「ここは、いったい……」
その時、頭痛がした。そして、大量のイメージが雪崩れ込んでくる。十字架。薬。真名おねえちゃん。教会。トリトン。
王の能力を見た時を思い出す。そう、あのときも今みたいに。
そして、さらに僕は多くのものが見えた。
そして、僕は爆心地にいた。大きな爆弾が落ちたあとみたいに、ぽっかり空いたクレーターの中心にいる。そして、全ての人たちが、爆発の縁で、僕を見下ろす。そして、爆発が起きる。
そう、ここが、僕のたどり着く先なんだと僕はその時悟った。
気づけば、僕はキッチンに戻っている。いのりは寝息をすうすうと立てている。そのときポケットのなかのスマートフォンが振動する。そして、通話に出る。誰なのかわかったとき、僕は一言告げた。
「ああ、僕たちは……王になる」
### insert arisa 1
文化祭当日。私は文化祭実行委員会の事務室ではなく入場受付から、宣言する。
「ただいまより、天王祭を開催いたします。みなさん、心いくまでお楽しみください」
そう言うと、葬儀社とGHQの兵士たちが、学校の門を開けていく。その目の前には、たくさんの人たちが集まっている。そして彼らは手を振る。入ろうとする人たちの警戒を解くために。そしてその頭についているのは、どういうわけか納入に成功した品、動物の耳飾りのカチューシャ。男性女性、年齢も問わず、兵士たちはみんな頭につけているのだ。そして彼らは武器を携帯はしていても、手には別のものを抱えている。スープカレー、りんご飴、ミニカステラ、その他たくさんの食べ物だ。
門を開かれた人たちは、恐る恐る、けれど入場してくる。そして兵士たちから受け取っていく。すぐに兵士たちの手からなくなる。私はさらにアナウンスする。
「お金はいただきません。今日からはみなさんと分かち合えたらと思います。他の方も呼んでいただければ、さらにご提供いたします」
彼ら兵士も指差してくれる。その示す先には、その他のたくさんの食べ物がある。
集まった人たちは会話をして、何人かはどこかに向かって走っていく。そして残った人たちは、順調に校内に入っていった。その人数は、ますます増えていく。
その様子を見て、ほっとひといきつく。そうして近くにいた草間さんが、呟く。
「とりあえずよかったですね」
「ええ、ゲノムレゾナンス通信でここ一帯の通信を回復させることができた。おまけに宣伝も。ツグミさんと桜満君のおかげね」
はい、そういう草間さんは、私をみて笑う。
「ツグミちゃんからもらったんですか?似合ってますよ、供奉院さん……」
私は頭につけた猫耳のカチューシャをさする。
「こういうの、実ははじめてで……」
そうじゃなかった、と私は草間さんに、「あなたのその格好も、素敵だわ……」
「こ、これはその……」
「素敵なメイドさんね。お屋敷にいたらとても嬉しいわ」
あ、ありがとうございます、と彼女はしおらしくなっていく。けれど、彼女はこう言った。
「けど、本番はここからですね」
私はうなずく。
「ええ。ここで、東京が、日本が救えるかが決まる」
### insert ayase 3
ツグミは私を連れて文化祭の会場をゆっくり回っていく。メイド服を来た彼女はとても楽しそうだ。
「すごいね綾ねえ。こんなにたくさんの人が来てくれたよ」
「ええ。ほんとにこんなに来てくれるなんて……」
たくさんの人たちが、思い思いの食べ物を楽しんでいる。この学校の外の人たちにとって、この食べ物たちはご馳走と同じだった。小さい子たちは必死に食べて、そして笑っている。中にはうれしすぎたのか、食べながら泣いている人すらいる。
「ほんとはもう少し違うんだろうけど、私たちも普通に学校に行ってたら、こういうことしてたのかなあ」
周りの屋台の誰もが、この学校に避難してた時よりもずっと顔を輝かせている。おとなも、こどもも。
「あ、綾ねえベビーカステラだよ、ベビーカステラ」
そう言いながら、彼女はもらいにいく。彼女の背中からは疲れは全く見えない。けれど私は自分の端末を起動し、オンラインになっていることを確認する。そのゲノムレゾナンス通信圏内を表示するツグミのつくったアプリは、昨日の昼と比べてもさらに広がっている。
あの小さい体に、とんでもない才能が宿っているんだ。
そしてわたしは自分の足をみつめる。
私には、そういう才能は、見当たらない。
ふと祭から花をつくったとき言われたことを思い出す。
『わあ、篠宮さんやっぱり上手……』
でも、こんな手先だけじゃ、なにも。
### insert arisa 2
体育館には、すでに大勢の人たちが集まっている。そこでは催し物の動画再生が行われていて、彼らはここ葬儀社にいる人たちが作った動画を見て笑っていた。その舞台袖に私たちはいる。
一緒についてきた草間さんが呟く。
「いよいよですね……」
「ええ」
そして動画会が終わり、片付けが済むと、私と草間さんは設置された演説台に立つ。みんな、私をじっとみつめてくる。
「本日は天王祭にお集まりいただき、誠にありがとうございます。これより、ゲノムレゾナンス通信の説明会をおこないます」
私はそうしてプレゼンテーションをはじめる。
「私たちは、葬儀社、GHQ、供奉院グループを統合し、新生葬儀社としてこの天王洲高校を中心に避難している方々の警備、物資支援、居住地提供を行ってまいりました。しかし、供給可能な電力の問題により、これまで受け入れ人数に非常に大きな制約がありました」
そして、新しく繋がった原子力発電所のスライドを出す。
「しかし昨日、原子力発電所より電力の供給を行うことに成功し、同時に電気通信の復旧も完了しました。これにより制約は解かれ、これまでの天王洲高校周辺の閉鎖を解除し、天王祭を行うことができました。みなさんのもとへも、電力と通信の供給が無事行えるようになっているのはこのためです」
そして私は核心に入る。
「私たちはさらに、現在都内で電力と通信に困っている皆様の支援をおこないたいと考えています。しかし、私たちだけでは、この広い都内全てに電力と通信を供給することは難しいです。そこでみなさんにご協力をいただくことで、都内にいる人全てに電力を再度提供できるようにしたいと考えています」
スライドを切り替える。それは、ツグミさんが桜満君のものからつくりあげたアプリケーションについてのもの。
「このアプリは、みなさんの持つスマートフォンのゲノムレゾナンスセンサーを使って電力と通信をおこないます。同時に、このアプリは他の人の端末にも配信することができます。これにより、本来は通信が途絶している地域でもこのアプリを届けることができるようになります。みなさんには、知人の方や都内のご家族へ、このアプリを届けていただく支援をしていただきたいのです」
スライドを終了する。
「以上が概要となります。質問などはございますか」
そこで、若い女性が手をあげる。彼女は近くにいる担当者からマイクをもらい、
「ここに物資と電気、通信があるのはわかりました。私も早速協力させていただきたいと思っています」
ありがとうございます、そう言った時、彼女はしかし、と続けた。
「こう考えずにはいられません。葬儀社が、供奉院が、GHQがはじめたことが、この災害を引き起こしたのではないかと。同時に、それを見越してここまでの準備がすでにできていたんじゃないかと……」
私はマイクを持つものの、どう返せばいいかわからずにいる。
矢継ぎ早に、次の手があがり、今度はマイクなしで声が聞こえる。
「我々は、やはり見捨てられたのではないですかね。GHQも上層部は私たちを守ろうとせずに逃げようとしていたらしいじゃないですか」
さらに声があがる。
「ただで飯が食えるのはありがたいよ、でもおれたち、だいじょうぶなのかね」
そして声は続く。
「なにかほかにも裏があるんじゃないの……」
そこで、私は答える。
「みなさんの不安はわかります。だから、私たちは繋がらないといけないんです」
けれど、会場は不安の声が続く。横にいた草間さんは私に声をかける。
「このままだとまずいですね……」
「ええ、でもどうすれば……」
私は歯噛みする。こんなとき、おじいさまならどうするのだろう。
いいや、涯なら、どうするのだろう。
### insert ayase 4
葬儀社の防衛エリア、そのなかの公園のベンチ。
ツグミは先ほど手に入れたベビーカステラを紙袋から取り出しては、頬張っている。甘いいい香りが漂っている。そして彼女は訊ねてくる。
「ほんとうにいらないの、おいしいよこれ……」
そう言いながらまた頬張っていく。けれど、彼女は、あ、と何かに気づく。
「綾ねえラスイチさんだよ。まだ何も食べてないんだから……」
ほら、あーん。
「いらない」
ツグミの手は止まる。結局彼女は食べてしまう。その彼女へ、私は言っていた。
「私には、ここで食べ物を食べる資格なんかない」
そんな、どうして。そういうツグミに、私は言う。
「ツグミはすごい。なんでもできる。頭もいいし、なんだってつくれる。集と同じ。でも私は、何もできない。もう取り柄なんか、なにひとつない」
ツグミは困惑する。
「急にどうしたの、綾ねえ……」
「私、エンドレイヴがなきゃ足手まといでしかない。ううん、エンドレイヴがあったって、シュタイナーがあったって、結局何もできてなかった。集とツグミがいなきゃ、涯がいなきゃ、一緒に立つことすらできない」
「戦うのは、逃げないのは、すごいことだよ」
私は首を振る。
「じゃあ、なんで切ったの」
「なんのこと……」
「あのとき。なんで接続を切ったの。あたしまだ、やれたのに。涯を守れたのに」
「そんな……じゃあ綾ねえが死んじゃってもよかったわけ?」
「そう、死んだ方がよかった!」
ツグミは驚いている。私は続ける。
「こんな、中途半端に生き残って。スカイツリーが落ちたときも、いまも」
ツグミは、ベビーカステラの入っていた紙袋を握りしめる。
「そんなこというのやめてよ。こっちが悲しくなるじゃん……」
ツグミは紙袋をくしゃくしゃに丸めていく。
「ごめんね綾ねえ、わたし戻るね……」
ツグミは去っていく。
彼女の背中は、遠く離れていく。
そして、お腹が鳴った。私は自嘲するように笑う。
「私、ほんとうにすくいようがない……」