Guilty Crown Bonding the Voids   作:倉部改作

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 目を開くと、そこは無機質な空間だった。私は寝ていたことに気がつき、顔をあげる。そして周囲を見渡す。とても広い。まるで、何かのホールのように。けれど観客が座る場所は、ここにはなさそうだった。しかも中心には奇妙な六角形の柱がいくつも並んでいる。私は呟く。

「ここは……」

「目が覚めたか」

 その声は、空から降ってくる。私は見上げる。そこには、柱に座る、白い外套の誰かがいた。白いのは、外套だけじゃない。その長い髪すらも、真っ白だった。そして、私はそれがだれなのか、ようやく理解する。

「涯……」

 白い涯は答える。

「久しぶりだな。亞里沙」

「死んだはずじゃ……」

 彼は、おもむろにこう言った。

「俺たちが死ぬことは、許されない」

 私は疑問を口にする。

「それは、どんなことがあっても生き延びるからってこと……」

「いいや。言葉通りの意味だ。俺たちは死んでも、呼び戻される。この世界に」

 実体の彼をじっと見つめながら、私はいった。

「そんな、ありえない……」

 そう口にしていると、白い彼は言う。

「君はすでに、そういうやつとしゃべっていた。集だよ」

 なんとか訊ねる。

「桜満くんは、死んでいたの……」

 彼は頷く。

「六本木でGHQと戦った時、奴はいのりをかばったらしい。その結果、失った命を、アポカリプスウイルスの力で呼び戻し、補った。失っていたはずの、記憶の一部や王の能力も抱えて。そうとしか考えられない事象が、記録されていた」

 私は何度も首を振る。

「そんな。桜満君は、あなたは、人間じゃないの……」

「人間ではある。だが、君と比べればいささか特徴が違うだけだ」

「そんな、背丈の話みたいに……」

「人類の定義が、アポカリプスウイルスの影響を受けた存在であるというなら、俺も君も同じ人間だ」

 言葉を失う私に、涯は続ける。

「茎道の研究と、集の体で起きたことを模倣することで、限定的なようだが一部の人間はこの世界でもう一度生命をやりなおすことができるようになっている。それが、俺を構成する体。インスタンスボディだ」

「その、キャンサー結晶だけにならないの……」

「もともとキャンサー結晶は、未知の物質だ。それが人間の体を、細胞レベルまで模倣する。一部うまくかなかったところもあるがな」

 涯はそう言いながら、隠れていたほうの目の髪を、分ける。私は驚いていた。その目と周辺は、キャンサー結晶に包まれている。

 涯は続ける。

「とはいえ奴も俺も、どうあがいてもただの人間としての力しか残されていない。だがそれでも、奴も、俺も、止まることはできない」

 私は桜満君が言っていたことを思い出す。

『供奉院さん。別の人から事情を話すから、そのときに』

 私は訊ねていた。

「何をするつもりなの……」

「世界の、解放だよ。この、二十四区を使ってな」

 理解が追いつかない。

「なんで……」

「この先俺たちが選べる道はひとつしかない。黙って淘汰されるのではなく、適応して自分が変わることだけだ」

 涯は飛び降りてきて、私の手をとり、起こす。

「いくぞ、こっちだ」

 手を引かれて、進んでいく。彼の手で、気がつく。

 本当に、暖かい。

 

 彼とともに夕焼けの差し込む二十四区を進む。辿り着いたそこは、真っ白で流線的な、現代建築の権化のようなロビーだった。給仕は涯を確認すると、中へと案内していく。

「ここは……」

「二十四区のエリートたちが使っていたホテルだ。今は、俺がその所有者だがな」

 そこは、とても広い、二人だけの席が用意されていた。そして、外には結晶の世界が広がっている。退廃的で、それゆえに美しい黄昏の世界が。

「景色は変わり果ててしまったが、ここで食事をしながら状況を話そう」

 

 避難してからは食べられずにいたディナーのフルコースは、信じられないほどおいしかった。丁寧に濾された味わい深いスープ。宝石のようなジュレ。鮮やかに彩られたサラダ。そして、主菜の暖かくて、柔らかいビーフステーキ。みるみるうちに、食べ物は消えてしまう。そして対面の涯もまた静かに食事を進めていく。空はすでに、夜の帳が下りている。廃墟の街は本来の天の川のような輝きこそを失ってこそいたけれど、点々と灯りは輝いている。あれが、ゲノムレゾナンス伝送の結果だったのだ。

 そんな景色を見つめながらデザートのチーズケーキを私が食べているとき、彼は言った。

「君を集の手引きでここまで運んだのは、君にしか頼めないことがあったからだ」

「桜満君が……でも、何を」

「桜満真名を、人間の形に戻す」

「まさか、羽田のあとで戦ったっていう、桜満くんのお姉さん……いえ、楪さんのこと……」

「認識としてはどれも正しいが、もっと正確に言えば、いのりから分たれ、絶望したはじまりの石、いや、意志《Sense》だ」

「はじまり……」

「俺たちの祖先を生み出した、アポカリプスウイルスの原初《はじまり》だよ」

「なんで、そんなことを」

「全ては話せない。だがこれだけは。彼女が顕現することで、世界は真の意味で、解き放たれる」

 私は沈黙し、さらに訊ねていた。

「どうやって彼女を」

 

 二十四区内に設置されたホテルの中を通り、ここだ、そう言って、涯は案内する。部屋は広く、窓も巨大で、一面の夜景が見える。それもまた、結晶の世界となってはいたけれど。その場所は紛れもない、スイートルームだった。

「すごい……」

「供奉院の令嬢でも、流石にこれは喜んでくれるか」

 彼はそう笑う。私は恥ずかしくなって、顔を背ける。彼は部屋の奥へと案内する。そこは広く、整えられた大きなベッドがある。

「ここで、散らばった彼女を君の中に集め、降臨させる」

 どうしてここで。そう訊ねると、彼は平坦な調子で言う。

「どこでもいいといえばそうだが、馬小屋で、とかの物語《エピソード》は神の子に譲るべきだろうと思ってな」

 くすり、と笑ってしまう。彼は続けた。

「いまの真名は、東京の中に散り散りになっていた。その残滓は大抵目に見えないが、その一部は君は見たはずだ。巨大な剣の、残骸を……」

「もしかして、あのヴォイドを起動する、()のこと」

「そう。あれが、今の彼女の姿だ」

「あれは、不思議だった。桜満君が触れると、特定の人間へ、直接触れることなくヴォイドを引き出させ、与えることができていた。あれは、真名さんだったからなの……」

「はじまりの石は、そういう超越した力を人間に与える機能が備わっているらしい。俺がヴォイドを引き出したことで、彼女はあの姿のまま、止まった。そして元の体を失って、ヴォイドの姿のままなんだ」

「それは、なんだかかわいそうね……」

 涯は私へと振り向く。私は首を傾げる。

「な、なにかおかしかった……」

 彼はわずかに笑う。

「いや。君なら、彼女と仲良くなれるだろうな、と思って」

「でも、あの()は、ひとつ足りないって桜満君が言っていた」

「それはまもなく、あいつの手元にやってくる」

 そう言いながら、彼はベッドに私を座らせる。私は訊ねている。

「でも、どうして私を」

「性質が近い方が、体に馴染みやすい。ヴォイドを融合させるのと同じだからな」

 そこで私は気がついた。彼を睨みつける。

「私の心は、どうなるの……」

「うまくいけば、ひとつの体に、二つの魂が載る」

「そんなこと……」

「集の体には、七歳の時からロストクリスマスで失われた数百万の命が載せられている」

 私は驚く。「そんな……」

 私はシーツを握りしめる。そして言った。

「世界を解放した後も、人の世界は続く。そのとき供奉院の一族は、今は私しかいない。おじいさまのためにも、できないわ」

「そうか。その時、悲しいが俺は君を必要と言えなくなる」

 その一言に、私はわなわなと震える。そして、涯に皮肉を投げかけた。

「女のためなら、興味のない相手を道具にするのね。好きな女の、偶像を背負わせて……」

 涯は、かがみこみ、急にシーツを握る私の手をとる。離しなさい、そう言うのに、動かそうとするのに、彼の手はびくとも動かない。涙が出てくる。これから、私は私ではなくなるんだ、と。

 けれど、その手はゆっくりと両手で取られ、涯は私の手の甲に額をやさしくつける。まるで、口付けをするように。

「そうだと言い切れるほど、俺は強くなれなかった」

 私は、奇妙な感覚と共に呆然としていた。彼は続ける。

「だれかの気持ちを踏みにじることは、今も怖い。特に、君の気持ちをだ」

 それは、告白だった。

「俺は、いつか君に言った。自分を守ろうと、必死で体を丸めていると。甘えるのが下手だと。それは、俺もだ。だから、せめて甘えさせたくて、ここに呼んだんだ。こんな状況でしかもてなせなくて、残念だったが」

 そして、私はひざまずく彼を見つめる。彼は、こう言った。

「君とでなければ、ならないんだ……」

 彼の信じられない姿に、私の心臓が昂る。

 なんで。こんな身勝手な男なんかに。

 気がついたら、彼を抱きしめていた。そして、私は言う。

「甘えるの、上手じゃない……」

 そして私は、彼をベッドへと引っ張りこむ。そのとき、ベッドの脇のテーブルに、十字架の少し大きなネックレスが見えた。

 

 

 気が付くと、私は砂浜にいた。波が流れている。寒さは感じない。かといって夏のようなひりつく暑さもない。どこまでも快適な世界。

 そこで、背後から声が聞こえる。

「あなたが、私とひとつになる人、亞里沙さんね……」

 振り返ると、そこには、桜色の髪の美女が微笑んでいる。けれど、楪さんより、ずっと髪が長く、表情は豊かだった。

「楪さん……いえ、あなたが、桜満真名さん……」

 彼女は頷く。そうして、私はふと、疑問をぶつけていた。

「ここは……」

「私もまだ全ては知らない。でも、追憶の世界みたい。どこかからやってくるアポカリプスウイルスを制御できれば、誰にだってみせることができる」

 私は見渡す。どこまでも平穏で、美しい世界だった。

「ここで、涯が……」

 私はそんなことよりも、と首を振る。そして、彼女へと訊ねる。

「ねえ、真名さん。どうしていまも世界を救おうとしているの……」

 彼女は海を眺めながら、こう言った。

「ほんとは、世界なんか救いたかったわけじゃないのかも」

「どういうこと……」

 混乱する私を、置いていくように、彼女は浜辺に座る。

「あなたは、集がどんな子か知ってる……」

 私も、彼女のとなりに向かう。

「あなたを助けるために必死だったと、おじいさまから聞いているわ」

 そうして座ると、彼女は地平線を眺めながら、言った。

「もともと、シェパードの一族は、私を助けようといつだって必死だった。彼らはいつだって、ひとりぼっちだった私と寄り添ってくれた」

 彼女は、おもむろにこう言った。

「でもついに、集と出会ってしまった」

 彼女の横顔は、どこか寂しげだった。

 

 真名さんは、私を大きなお屋敷へと連れていく。私の家のように古風なわけじゃなく、むしろ新しい形式の、大きなお屋敷だ。

 そして、その大きな書斎で、真名さんはどこかに通話していた。

「わかったわ。それでお願いね……」

 その部屋に、男の子が何かを抱えてやってくる。

「おねえちゃん、なにしてるの……」

「お仕事よ……」

 真名さんがそういうが、振り返ることはない。

 男の子はおもむろに、こう言った。

「しごと、きらい……」

 真名は顔をあげ、すぐ振り返る。そこには、小さな桜満君がいじけている。彼女は席から離れ、彼の元へ。そして膝立ちで、桜満君を抱きしめる。

「ごめんなさい。わたしもしごとより、あなたがすきよ……」

 桜満君は、嬉しそうだった。真名さんが体を離すと、彼は何かを差し出した。

「これは……」

 それは、さっきみた少し大きな十字架のネックレスだった。

「おまもり。おかあさんの形見だからって、おとうさんがくれたの。でも、僕よりおねえちゃんのほうが似合うかなって……」

 桜満君は、その十字架のネックレスを、真名さんにかける。真名さんは胸元で輝く十字架を見つめる。

「なんだか、私には素敵すぎるわ……」

「でも、きれいだよ……」

 真名さんは、桜満君を呆然と見つめていた。やがて彼を抱きしめる。

「ありがとう、集」

 彼女は体を離し、

「ねえ、お礼。みんなに内緒で……あなたに素敵な場所に連れていってあげる」

 

 私は気づけば、夕焼けの輝く崖にいた。真名さんは言う。

「集を夕焼けの見えるここに連れてきたその日、トリトン、涯と会った。そして、あの子とも」

 そして夕焼けの砂浜で、三人の子供たちが遊んでいるのを、また砂浜に座って見つめている。ひとりは桜満君。ひとりは涯。そしてもうひとりの、栗色の髪の女の子。私はつぶやいていた。

「あの子は……」

「きっと、すぐわかるようになるわ」

 真名さんはそう言う。そしておもむろに、

「彼が、私の全てだった。でも、集は彼らと楽しく遊び始めた」

「素敵だと、思いますが……」

 真名さんは笑う。

「そうよね。でも私は、焦っていたの」

 どうして。そう呟くと、彼女は彼らを見つめている。

「あの子の周りには、どんなに力がなかったとしても、もうたくさんの人たちがいたのよ。力関係でしか繋がっていない私なんかよりたくさんの人たちと、楽しく生きていたの」

 その孤独は、知っていた。あの、客船でのパーティーで。真名さんは続ける。

「彼らはすでに人々を繋ぐ橋だった。私がもっと大きな願いを持たなくなってしまったら、彼は、どこに消えてしまうんだろう、そう思ってしまったの……」

 そして、集が栗色の髪の女の子の手をひき、涯とともに一緒に海へ遊びに向かっていく。私は訊ねている。

「それが、ロストクリスマスを起こした理由……」

 彼女は自嘲するように、「ええ。そうすれば、世界を理由に、ずっといっしょにいられるとおもったの。もっと楽しい世界に、生きられるって。でも茎道に裏を書かれていて、あんなことになってしまった。本当に、最低の子よね、私」

 言葉を失っている私に、彼女は私へと向く。

「だから私は、世界に償わなければならないの。この世界をさらに複雑に、無意味にねじ曲げてしまった償いを」

 私は、なんとか頷く。けれど真名さんは突然、こう言った。

「でもあなたは、何も悪いことはしてない。戻るなら、いまよ」

 でも、わたしは。そう言うけれど、彼女は首を振る。

「供奉院の一族は、世界を解き放った後も必要だったんじゃないの」

「そ、それは……」

 彼女は笑う。「あなたもトリトンに絆されちゃったのは、よくわかっているわ。私たちはシェパードの彼らに惹かれ過ぎた。もうこの気持ちは、消すことはできない。半端者な私たちは、完璧な彼ら(Lord_of_Perfection)の願いに従ってしまうの。かわいいからって自分が制御《コントロール》しているように見えて、制御《コントロール》されてしまう」

 私は否定する。「違う!そんなこと……」

 彼女は優しく言った。

「なら、早く逃げて。彼らの願いに囚われ、呪われた私を、置いていって……」

 

 

 気づけば、ベッドの中で眠っていた。自分の体を見ても、何も変化は起きていないようだった。

「目が覚めたか」

 隣に服を着てベッドに腰が蹴ている涯に言われ、頷く。

「ごめんなさい、あなたの願いは、叶えられなかった……」

 涯はそうか、と言ったそのとき、一人の女性が入ってくる。それは夢の中で出会った女性。真名だった。私はつぶやいていた。

「そんな、どうやって……」

「完璧な器ではなくても、復活はできる。誰かと一緒も悪くないと思ったけれど、仕方ない」

 言葉を失う私の横で、涯は立ち上がる。そしてロザリオを手にとり、彼女の首にかける。そして、彼女に跪き、彼女の手の甲にキスをする。

 それを、私は呆然と眺めている。涯はやがて立ち上がり、

「いくぞ、真名」

 そうして彼女を連れて、歩き去っていく。そうして私は、ひとりぼっちになった。

 遅れて、涙が流れていた。そして、自分が悔しかったんだと気がついた。そう思うと、涙が止められなくなってしまった。

 どんなに後悔したっていい。私も、あんなふうになれたなら。

 そのひとりぼっちのスイートルームに、ひとりの金髪の女性が現れる。

「帰宅の時間です、お嬢様」

 私は、なんとか頷く。彼女は、こう言った。

「あなたの選択の先は、まだ僕たちも知らない世界です。だから、まずは生き延びてください。また、いつでも待っています」

 私は首を上げる。

「あなたは……」

「かつてはプレゼントと呼ばれていた、女王の臣下です」

 

 

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