Guilty Crown Bonding the Voids 作:倉部改作
### insert yahiro 2
颯太がエンドレイヴと繋がってしまってから、数日後。すでに東京脱出作戦は前日に控えていた。作戦用の指示をまとめていく集に、俺は訊ねていた。
「まだ寝ないのか」
仮面越しに彼は答える。
「寝たいけど、寝られないんだ。そういうとき、あるでしょ」
「文化祭の時くらいはな。だが今はそうじゃない。騒がしい奴も、ここにはいなくなっちまったし」
「颯太だね」
俺はおもむろに訊ねる。
「なあ、あいつの今の状態、どうなっているんだ。奴の体、診てきたんだろ……」
「僕は医者じゃないよ。だから、これは専門外の、遺伝子工学屋の見解だ」
仮面の集はどこかを見つめながら、やがて答えた。
「今の颯太の体のエネルギーは、エンドレイヴを通じてゲノムレゾナンス伝送で賄われている。それが、颯太がステージ4で体内機関が完全崩壊しているにもかかわらず、四日間食事なしで生きている理由らしい」
「普通のステージ4の患者からしてみれば、まだ夢のある話だな。もっと自由な
「だからこそ、エンドレイヴから彼を切り離せば、颯太は死ぬ」
「やっぱり、か……」
俺は続ける。
「あれだけ症状が進行している患者だと、食事もとれないぶん潤よりも致命的だ。たぶん、切り離した瞬間に生命維持装置をつける大手術になるだろう……」
俺は集に振り向く。
「あいつを、どうする」
集は沈黙し、
「壁の脱出後、専門家に診てもらうしかないだろう。幸い、ゲノムレゾナンス伝送に包まれたエリアであれば喫緊の生命の問題は回避できているから」
「だが、あいつの心が保たないぞ……」
集は振り返ってくる。そして、訊ねてくる。
「殺すのかい」
俺は俯く。だがどうにか答える。
「あいつは苦しんでた。こんなに火が熱いって知ってたら、俺は飛び込まなかったって」
集はどこかを向く。そしてこう言ってくる。
「あのとき、潤くんは僕たちに選択の余地を与えてくれなかった。でも、今は違う」
俺は顔をあげる。
「生かすのか……だがそんなことをすれば、あのエンドレイヴの力が……」
仮面の集は、俺に向いてくる。頭蓋骨の、本当は目があるはずの真っ暗な穴から。
「いまの彼が僕にとって、必要なんだよ」
「どういう意味だ……」
その時、通信が入ってくる。それは、花音からだった。
「谷尋、亞里沙さんが、天王洲高校に帰ってきたわ!」
### insert souta 2
俺は静かに、座り込む。エンドレイヴの体で。
そんなとき、小さな機械が俺の前にやってくる。
「ふゅーねる、じゃない。なんだ、おまえ……」
若い声が聞こえた。
「キミへの情報提供者だよ。で、いまの体、気に入ってくれたかな」
俺はすぐさま、エンドレイヴの左腕をオートインセクトに振り下ろしていく。オートインセクトは華麗に避けていく。
「つれないなあ、感謝してくれよ」
「感謝だと!俺から食べ物を食べることを奪いやがって!」
「食い物食えたらキミ、その服をさらに汚すことになってたよ」
俺はエンドレイヴの腕を止める。けたけたとオートインセクトの声は笑い、
「ようやくわかってくれたかい」
「何のようだよ、てめえ」
「伝言だよ。クーデターのね」
「なんでてめえの言うことを聞かなきゃいけねえんだよ!」
オートインセクトの声は、静かに言った。
「段階を踏んで考えてみよう。君、壁が解放されたらどうなるかわかってるの……」
「そりゃ、このエンドレイヴから引き剥がしてもらうとか」
「それは最善のパターンだよ。もともとどうして東京がこんなふうになって、でも今も残ってるのか、わかってないのかい」
「……集がルーカサイトを止めたから」
「じゃあそのルーカサイトを止めた力は、外の世界ではどう思われていると思う」
「怖い、とか」
「じゃあいまの君の姿は外の世界からはどう映ると思う」
俺はエンドレイヴの体を見渡す。そして、かつての自分の体を。半身が結晶化した、醜い自分を。沈黙を続けていると、オートインセクトから声が響く。
「そういうことだ。だから君は、悪い方じゃない、と思われなきゃいけない。だから、クーデターなんだよ。すでに、あいつをよく思わない連中が学校の中でアップを始めてる」
「集を裏切れっていうのかよ!」
「あいつ、君を殺すかどうするか、話していたよ?」
俺はこう言っていた。
「どうせなら、集に殺して欲しいよ……」
「なんだよ、友達ごっこか?反吐がでる」
「てめえ……」
「だって、桜満集は君にそうなってもらうことを望んでいたんだよ?」
呆然とするしかなかった。
「どういう意味だよ」
おもむろに、声が響く。
「あの仮面の王子は、君のヴォイドを使って壁をこじ開けようとしているんだ。でも君のヴォイドの力は、あまりにも弱かった。だから、君に恐怖を植え付けて、そのエンドレイヴを通してさらにヴォイドを強く使えるようにしようとしたんだよ。ヴォイドゲノム・エミュレーション。君も言葉くらいは聞いてただろ……」
「でもあいつはそんなこと一言も……」
「君にがっかりしてたんだよ、せっかくその体をもらったのに、理解できずにわめいてたから。もう君を使う気はなさそうだよ?」
「そんな……」
オートインセクトは、笑い声をあげた。
「わかっただろ。あいつは友達を道具にする、最低な奴なんだよ」
そして奴は、こういった。
「しかもあいつは全部終わったら、あの楪いのりを、世界を壊した悪者だって撃つ気だよ」
俺はつぶやいていた。「なんだと」
「止めたくはないかい、あの横暴な王子様を……」
### insert daryl 2
僕とローワンはエンドレイヴ格納庫で、完成したゲシュペンストを見上げている。
「ほんとにできちゃったよ……」
ローワンもためいきをつく。
「いやはや自動制御だけ担当だったけどほんとに大変だったよ。徹夜が思ったより少なく済んでよかった……」
「こんなに早く仕上がるもんなんだな。無線でのエンドレイヴ接続って。でも、実地データなんてどうしたんだよ」
「ああそれは、嘘界さんと桜満博士がうまくやってくれたそうだ」
「なんかそういえばあいつ最近見ないね。あの壁の中で実験しまくってるの」
「ご名答さ。彼にできる部下がふたりついたらしくてね」
「ふうん……会ったことないね……」
「帰ってきても僕らと違うフロアにいるらしいからね。それで、作戦完了後から使うシュタイナーは……」
僕はああ、と頷いて、「昨日完成したよ」
そして僕らは今度は同じ格納庫にいる一対のエンドレイヴの前に立つ。そして僕は説明する。
「ヴォイドゲノム・エミュレーションを搭載した、史上最強のエンドレイヴだ。ところで、ローワンはヴォイドゲノムのことは」
「大学院は物理学専攻でね」
「まあいいさ、ヴォイドゲノムはエンドレイヴの技術のベースだから。こいつは、エンドレイヴを経由することで、ヴォイドの使用を許容する、現段階で桜満集を除いてもっとも王の能力に近い実装だ。名前はシュタイナーA9《アーノイン》」
「これを、桜満博士がつくったのか……」
「ある日突然、散らかり放題の研究室を片付け始めてね」
ローワンは首を傾げている。
「どうしたの?」
「いや、釈然としないんだが、ゲシュペンストも難航していたんだが、博士がある時思いついた、と言って驚くほどすぐにできあがったんだよ」
僕は肩をすくめる。
「案外、ゲシュペンストもシュタイナーアーノインも、同じ実装かもね。ゲシュペンストは外側に向き、アーノインは内側に向く。ヴォイドゲノムの力が」
なるほど、そういうローワンは、二つの機体を見比べる。
「しかし、なんでシュタイナーは二機あるんだ。ダリル少尉のやつと、このもう一つの赤い機体は……」
「博士に聞いたけど、いいパイロットがいるらしい。うまく進めば、そいつがパイロットになるんだとか」
ローワンは笑う。「そりゃ、いいね」
僕はローワンに向く。
「どういう意味だよ」
「ダリルが肩を並べて戦うのか、って思うとちょっと嬉しくてね」
「何様だよ……」
その時、誰かが入ってくる。それは、教祖代行だった。
「ついに完成したのですね」
僕は声をかける。
「ずいぶん久しぶりに見た気がする」
声をかけられた太眉は笑う。
「少し、鍛錬をしてまして。なかなか人前に出られなかったのですよ」
僕はためいきをつく。
「厳しい修練ってやつ?教祖代行も大変なんだね」
「それだけの価値はありました。ようやく、まともに使えるだけの力を用意できた」
僕とローワンは顔を見合わせ、首をかしげる。太眉は答える。
「ついに、桜満真名がつくりあげてきた一つの時代に、終止符を打つことができます」
「教祖代行らしくないこと言うんだね、どうして」
「それが彼女を、世界を救う最後の手段なのです。世界をひとつの夢《void》に接続するなど、不可能だったのですよ」
それは確かに、あの地下で桜満真名と戦った時を思い出しながら、そう思った。その時、ローワンが言う。
「とにかく、ダリルがいて桜満集を捕らえられたとなれば安心だよ」
僕はうなずく。
「ようやく外の連中を黙らせることができる」
そのとき、ローワンがスマートフォンを取り出し、ごめん、と言って電話に出ながら離れていく。
僕は、ゲシュペンストを見つめた。
「核廃絶よりも先だ。桜満集。あんたは人類のために、捕まってくれ」
### insert ayase 2
東京脱出作戦の本番。学生とわずかな葬儀社や元GHQの監視のための兵士だけの、奇妙な構成の部隊は出撃の準備を進めているが、文化祭のような賑やかさは失われていた。それを、私は抱き抱えられながら見つめる。ツグミの声が、放送として響いている。
「準備ができた班より、移動を開始してください」
抱えられたままトラックの中に入っていくと、そこには端末を起動したツグミがいた。
「目的地は東京タワー。詳しくは、班長の指示に従ってください」
「やっぱり、嫌なムードね」
私を運んでくれている仮面を被った集が言う。
「結局、ヴォイドランクという名のついた、懲罰部隊の総動員作戦だ。おまけに僕は表向きだと一緒に突撃することになってるけれど、実際は違う」
「囮作戦、ってことがみんなもわかってるってことね。なら……」
そこでツグミが振り返ってくる。
「あやねえは今回ベンチよ」
「どうして。ヴォイドゲノム・エミュレーションで私も車椅子に乗ってRPGくらい撃てる。いくら悪いことをしてきたやつらだからって……」
集は、私を車椅子に載せる。そして膝立ちで言った。
「僕が君たちのヴォイドを使うには、敵のいないポイントで待機してもらわないといけない。君はすでに、ヴォイドゲノムを現実にもたらした一人なんだ。彼らと違って、いまの君の身に何かあったら」
同じ目線の彼に、私は聞いていた。
「そうやって私を遠ざけるために、ヴォイドゲノムの研究をさせてたの」
沈黙する集に、私は肯定とみなして訊ねる。
「ねえ、どうしてそこまでひとりになろうとするの……」
気づけば、私はうつむいて、これまでの気持ちを言っていた。
「私じゃ、嫌なの?」
「いいや」
突然の切り返しに、顔をあげる。そして、集は同じ目線でこう言った。
「綾瀬は綺麗だ」
私は呆然とする。仮面の集に、訊ねていた。
「いきなりなにいってるのよ……」
彼は立ち上がり、私を見下ろしてくる。表情の見えない仮面越しから。
「汚れるのは、僕の、僕たち懲罰部隊の、役目なんだよ」
それでようやく、意味が理解できた。そして、彼は出ていく。
「綾瀬は、綺麗なままでいてね」
その背中に、私は叫んだ。
「逃げないでよ!私の接続を切らないで!」
彼は、トラックから出て行った。