Guilty Crown Bonding the Voids 作:倉部改作
そんなばけものが何よりも人として迷ったりしてる姿が、悲痛であり、忘れ難いからかもしれません。
### insert yahiro 1
俺は中央作戦司令室のその上にある制御室に辿り着いた。中に入ると、そこにはいくつものサーバーが並べられている。そのずっと奥に、彼はいた。
「嘘界さん」
嘘界さんは振り返ってくる。彼は笑う。
「これは谷尋君。その白衣、やはり以前のGHQの服よりも似合っていますね」
どうも、そう言いながら俺は訊ねる。
「あの壁の中でのことで、聞きたいことがあるんです」
どうぞ、と嘘界さんは促す。おれは質問する。
「颯太に、何を投与したんですか」
嘘界さんは俺の表情をまじまじとみるように前屈みになる。
「その様子なら、あなたも理解してるんじゃないですか」
「……やはりヴォイドゲノムですか」
「ご名答」
いったいなぜ、俺はそう訊ねると、嘘界さんはディスプレイをみつめる。
「理由は三点ありました。ひとつは城戸研二からの要請。二つ目は桜満集からの要請。この二点目があなたがここに来たことと関わり深いですよね」
「なぜ集は颯太にヴォイドゲノムを……」
「厳密には彼も、それに城戸研二もヴォイドゲノムを投与を行えという要請をしたわけじゃありません。彼らは、あなたたちの実行した東京タワーへの強襲作戦の後の、葬儀社内部の犯罪者であったヴォイドランカーたちを一斉摘発させるための準備のみを要請してました」
俺は拳を握りしめる。
「つまり、集の計画に巻き込まれただけだと。ヴォイドゲノムが使われて、潤のようになる理由には、俺には思えませんが……」
そこで嘘界さんは振り返ってくる。
「そこで三点目の理由です。あれはもともと私が使おうと造ったものでした」
俺は絶句していた。
「いったいなぜ、今更ヴォイドゲノムなんか。王の能力を行使するなど、不可能なはずです」
「これが意外な話なんですがね。どうも桜満君は十年前に王の能力を投薬の手法で手に入れているようなんですよ。それで、ロストクリスマスを止めた」
俺は愕然としていた。
「もしかして、集の中には王の能力がふたつあったと……」
嘘界は頷く。
「片方は、君の知っている通りです。ですがこちらは非常によくできた、コピー品です。これは恙神涯によって抽出《extract》されました。もう片方はオリジナルではあるのですが、どうも完璧な武器を作り出すことはできず、プレゼントのようなキャンサー結晶による攻撃か、引き抜いた対象を破壊する機能しか実現できないようです」
俺は訊ねる。
「それで、不完全な王の能力をなぜあなたが、あげく颯太にまで……」
遠くを見つめながら、嘘界さんは言った。
「彼が、私のように桜満君に憧れていたからです」
俺は呆然としている。嘘界さんは続ける。
「彼の行動は、あの文化祭の日からずっと見ていました。どうにも彼が他人に見えなかったんです」
「そんなことのために……」
嘘界さんは俺に向く。
「憧れが、私をここまで動かしてきました。十年前、ヴォイドの光を見た、あの時から。君も桜満君の力を知ったから、今はその白衣を来ているのでしょう」
俺は言葉に詰まる。しかし、どうにか答える。
「はい……」
嘘界さんは俯く。
「君たちを使って、何も感じないわけではないです。わたしなりのけじめのつけかたは、させてもらいますよ」
そして話は終わったと言うふうに、再びデスクトップに向き合い、何かのコードを読み始めた。
俺はこの巨大な制御室を立ち去ることしかできなかった。
### insert inori 2
私は集に託された手帳を抱え、大島の海の果てをみつめている。車椅子を押して連れてきた綾瀬の横に立って。その夕焼けは、世界の無慈悲さを与えてくるようだった。
「綾瀬。目を開けて」
さっきまで暗い表情だった綾瀬は明るくなる。
「ほんとにきれいね……」
私は頷く。
「集も喜んでくれた」
綾瀬は笑う。「だからあの子はあんなに優しかったのね」
私は彼女へ振り返る。彼女は私のきょとんとした顔に答えてくれる。
「いのり、結構あの子を甘やかしてたんじゃないの。そうじゃなきゃ、今の私たちの暮らしまでなんとかしておいてくれるまで優しくなれないわよ」
呆然と、彼女の笑顔を見つめる。そのとき、遠くからツグミがやってくる。
「いのりん、いたいた」
彼女はスマートフォンを手渡してくる。受け取ると、そこには懐かしいアプリが立ち上がっている。アプリは告げる。
「あなたの色相は、非常に健やかであることを示す、チェリーブロッサム・ピンクです」
私は訊ねていた。「これは……」
「ゲノムレゾナンス通信をつなげてた時の端末の余り。中にこれが入っててね。いのりんなら知ってるかなって」
「集が、つくったの」
ツグミは笑う。
「そういうことね。これのアルゴリズム書いたのは私だったから、一体どんな暇人がつくってたのかと思ったら……」
そのアプリは3Dモデルの色を変えながら続けた。
「あなたの好きな相手の色相は、ターコイズ・グリーンです」
それは彼の色。極光《オーロラ》の輝きを放つ、無慈悲な、誰もいない結晶世界を包む色。それでも私はつぶやいていた。
「きれい……」
綾瀬は私にこう言った。
「いのり、変わったよね」
私は呆然と綾瀬をみつめる。
ツグミも楽しげに、「どこかの道化師のおかげですかねえ」
私は微笑んでいた。
思い出すのは、私に戸惑う、かわいい彼との再会。
けれど、悲しさが差し込んでくる。
左目を瞑ったまま微笑む彼を思い出す。巨大な爆発雲を背負った、悲壮な彼を。
私はツグミの言葉にうまく答えることができず、俯いてしまう。
彼女は「ごめん」と言って口をつぐんでしまう。
気を使うように、綾瀬は言った。
「彼は、いい子だった」
そう言いながら、彼女は海を見つめながら微笑む。
「いのりが集にたくさんのものをあげたみたいに、私たちにたくさんのものをくれた。だから、私たちも変わったのかもね」
そう言われて、私は微笑んでいた。けれど綾瀬は俯いていく。
「でも、それだけじゃない。彼は私たちを背負って、立ち上がってくれていたの。何度も何度も。どんどん大きなものを背負って。いっぱい無理をして。そしてあるときから、後戻りできなくなった」
綾瀬は両手を握りしめている。私のように。溢れる気持ちを、どうにか抑えるように。
「あの子は優しさの果てに仮面を被って、それで……」
私は手帳を抱きしめ、その言葉を継ぐ。
「世界を救う、ばけものになった」
綾瀬は、ツグミは私を呆然と見つめる。彼女たちに、私は告げる。
「でも本当の集は、ばけものなんかじゃない」
私は踵を返す。綾瀬が声をかけてくる。
「どこいくの」
「春夏さんのところへ」
そう言って私は進む。それが彼のもとへと向かう、最後の旅のはじまりだった。